職業:転生トラック運転手 年齢:42歳 年収:550万   作:ルシエド

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九十九の神は、物語(じんせい)の終わりを告げる

集い来たりて(コエウンテース) 敵を射て(サギテント・イニミクム)

 魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス) 光の1001矢(ルーキス)

 

 四葉誠司の手より、何を言ってるのか分からないくらいの早口言葉で詠唱がなされ、その手より無数の光の矢が放たれる。

 一つ一つが岩をも砕く光の連射に、ブラフマーは冷静に対処した。

 

「ブラフマーの名において命ずる。現れよ、鏡亀(チングイ)

 

「!?」

 

「うわっ!」

 

 ブラフマーが呼び出した鏡の亀が、光の矢を跳ね返す。

 危うく全滅の危機、となるところだったが、間に割って入った七宮友心こと仮面ライダーV3がその全ての攻撃を必死になって弾き、仲間を守った。

 

「このおバカ! 光術跳ね返されてどうすんだ!」

 

「光属性反射ってなにそれずっこい。んじゃ別属性で―――」

 

 誠司は再度光以外の魔法の詠唱を開始する。

 今五人は、仮面ライダーである七宮が最前衛、強化装甲服(ウォードレス)『烈火』を着た三条純と絶技使いの二階堂知教がその背中を守り、最後衛に魔法使いの四葉と五和愛が構える形となっていた。

 必然的に、大火力な誠司の攻撃の合間を仲間達の攻撃が埋める形となる。

 

「インペディメンタ! 妨害せよ!」

「王命によりて 我は力の代行者として 火の国の宝剣を使役する 完成せよ 『天拳』!」

「やっ!」

 

 愛が杖を振り、動きを妨害する魔法を放つ。

 知教が青色の絶技を放ち、突き上げる拳のごとく地より光の柱が放たれる。

 純が40mm高射機関砲の引き金を引き、銃弾の嵐を叩きつけた。

 

「ブラフマーの名において命ずる。現れよ、被甲(ピージャー)

 

 ブラフマーはそれに、鎧の大昆虫を召喚して当てる。

 強固な昆虫の鎧がそれを防いでいる間に、ブラフマーは被甲(ピージャー)の影に隠れながら移動、三者の攻撃の射線から外れた。

 だがそこで、ブラフマーの動きを先読みした誠司が闇属性の魔法を放つ。

 

集い来たりて(コエウンテース) 敵を射て(サギテント・イニミクム)

 魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス) 闇の1001矢(オブスクーリー)

 

「ブラフマーの名において命ずる。現れよ、闇食魚(アンシーユイ)

 

 瞬時に召喚される、闇属性の獣を喰らう生態を持つ闇食魚(アンシーユイ)

 当然ながら闇属性の魔法が通るわけもなく、誠司の魔法は的確に対処されてしまっていた。

 

「ガチメタばっかかぁ!」

 

 ブラフマーが使っている術は、『獣魔術』という。

 使い手の精を喰らい、使い手に寄生し、使い手の求めに応じて召喚される"獣魔"を扱う術だ。

 獣魔は魔法や術と同じ感覚で扱える上、個別の生態・個性・能力を持つため、その応用力と合わせて極めて実践的な効果を発揮する。

 "闇を操る獣魔を喰う獣魔は闇に強い"などの個性や、獣魔は肉体を破壊されても何度でも復活する特性、生物を魔法の感覚で使うという特異性など、かなり珍しいタイプの秘術である。

 

「一旦全員下がって! デカいの、行くよ!」

 

 中途半端に攻めては駄目と判断したのか、三条と四葉が後退し、代わりに二階堂が前に出る。

 

「我は完全なる青に冀う

 それは損得を抜いて成立する聖なる契約

 青にして雲耀の我は万古の契約の履行を要請する

 完成せよ! 『テンダイス』!」

 

 そしてありったけの精霊(リューン)を動員した、巨大剣による横薙ぎを放った。

 

「ブラフマーの名において命ずる。現れよ、四天精聖奉還(スティエンシヲンチンフヲンホァン)! 走鱗(ツォウリン)

 

 対しブラフマーは、バリアの獣魔と、スケートボード状の獣魔を同時召喚。

 バリアで斬撃を弾き、斬撃を弾いた直後にバリアを解除、走鱗(ツォウリン)で距離を取る。

 そしてウニのような氷の獣魔と、高速回転する目玉に刃が生えた獣魔を召喚した。

 

「ブラフマーの名において命ずる。現れよ、凍血球(ドンシゥエチウ)回風(ホイフォン)!」

 

 ウニのような形の獣魔が地面に着弾すると、地面ごと皆の足が凍りつく。

 そうして動きが止まったところに、カマイタチを纏う刃の生えた目玉が、着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供の頃、一ノ瀬祐樹が神に仕えることを決心した出来事がある。

 彼は偶然、九十九が魂を輪廻の輪に乗せる過程を見てしまった。

 

「80年。よく生きたの」

 

 九十九は死した魂を抱きしめ、一つ一つに暖かな言葉をかけてやっていた。

 人生という旅路をよく歩ききったと、一つ一つの魂を褒めてやっていた。

 九十九はこの世界のどこにも存在し、世界の全てを知覚する神。

 神は、人の人生の全てを見ている。良いことも、悪いことも。

 

「よく頑張った。お前が人生で頑張ってきたことは、全て妾が見ておったよ」

 

 この日、祐樹は知ったのだ。

 幸せな人生でも、不幸な人生でも。

 恵まれた人生でも、恵まれなかった人生でも。

 

 その人生の最期に、自分の人生の全てを見てくれていた神様が、『よく頑張ったね』と言ってくれるなら。

 自分が人生で頑張ったことの全てを知り、認めてくれる神様に、そう言ってもらえるのなら。

 

 それはきっと素敵なことなのだろう、と。

 

「さあ、送ろう。その未来に、幸多からんことを祈って」

 

 自分の管理する世界の全ての命を、死した後抱き締め、その頑張りを褒めてくれる神様。

 その容姿は筆舌に尽くしがたいほどに美しく、少年だった祐樹は思わず見惚れてしまう。

 

 あの神様の助けになりたいと、彼はいつの間にか心に決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七宮友心が、空中できりもみ回転をしながら飛び蹴りを放つ。

 

「V3! きりもみキックー!」

 

「ブラフマーの名において命ずる。現れよ、闇魚(アンユイ)影牙(インヤア)土爪(トウチャオ)

 

「っ!?」

 

 しかしその飛び蹴りは闇の獣魔により阻まれる。

 闇がV3とブラフマーを飲み込み、互いの姿を認識できなくしてしまっていた。

 ブラフマーは闇の中で飛び蹴りをかわし、同時に爪の斬撃を放つ獣魔を召喚して攻撃を仕掛けるも、風切り音だけで土爪(トウチャオ)の位置を把握し殴り飛ばしたV3に舌を巻いた。

 

「エンハンス! 踊る靴!」

百重千重と(ヘカトンタキス・カイ) 重なりて(キーリアキス・) 走れよ稲妻(アストラプサトー) 千の雷(キーリプル・アストラペー)

 

「!」

 

 そして、靴に飛行能力を付加した二階堂知教がV3を抱えて離脱し、コンマ1秒も置かずに四葉誠司の巨大な雷が着弾する。

 かなり短い詠唱で強力な術を行使した誠司は、確かな手応えを感じていた。

 

「やったか?」

 

「あ、このバカ!」

 

 巨大な雷に飲まれ、消し炭になったブラフマー。

 しかし三只眼(さんじやん)吽迦羅(うんから)であると同時に(ウー)でもあるブラフマーは、あっという間に再生してしまう。

 原子レベルで破壊しようが、封印することでしか対処できない高位の悪魔をも滅ぼす超高等魔法だろうが、(ウー)を殺すことはできない。

 

「……これだから不死身は嫌なんだ」

 

 誠司が辟易した声を漏らす。

 多芸で、強くて、不死身で、家族のために戦う心強き男。

 こんな敵をそう簡単にどうこうできるわけがない。前衛の中核である仮面ライダー七宮と、後衛の中核である四葉は、油断なく構えながら話し合う。

 

「どうしたものかー」

 

「封印だろ。それしかない」

 

「やっぱり? だけど、あれほどの敵相手じゃ難しくないかなー」

 

「やるしかないさ!」

 

 そして、駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは夢だ、と薄々祐樹は気付いていた。

 夢の出口を探し、まどろみの中を漂い、祐樹は記憶の中をかき分けて行く。

 

「さあ、送ろう。その未来に、幸多からんことを祈って」

 

 ある日、他の神の手により送られてきた刺客を祐樹が片付けた後のこと。

 自分を憎み殺しに来た転生者の魂も、九十九は愛を込めて優しく扱い、来世での幸福を祈りながら送り出していた。

 それを見て、祐樹は疑問に思ったのだ。

 

「あなたは、人間に幻滅しないんですか?」

 

「幻滅? 大仰な言葉を使うのう」

 

「誰だって知ってます。口には出さなくても心の中では思ってます。

 人は悪辣で醜悪な者が多いと。どんな人間でも、きっかけ一つでそうなってしまうと。

 あなたが人を助けても、人の大半は都合の悪いことがあればすぐ祈った神のせいにします。

 欲望が無尽蔵だから。絶対的な幸を抱いていないと、祈りの見返りでしかないのに不満を言う」

 

 神の部下として働くたびに、祐樹はそれらを実感してしまう。

 神の視点だと、よく見えるのだ。

 神に感謝しない者、祈れば望んだものが全て貰えて当然と思っている者、助けられているくせに神の存在を信じていない者。

 誰も彼もが、恩知らずに見えた。

 

「人が人を殺す。

 人がたくさん死ぬ戦争を始める。

 それは全ての人の命を等しく愛しているあなたへの裏切りに近い。

 愛を注いでいるのに、あんなにも愚かに殺し合いを続ける人に、何故幻滅しないんですか?」

 

「ふむふむ。なるほどのう」

 

 自分が神だったらとっくに人なんて見捨てて、好き勝手生きている。そういう確信があったからこそ、彼は神の愛が不思議で不満で、よく分からなかった。

 その不満は、好きな女の子が頑張っているのに報われない、といった感じの子供じみた感情であったのかもしれない。

 

「そうじゃの……無償の愛、という表現が一番的確じゃな」

 

「無償の愛……」

 

人間(そなたたち)が愚かなことをしたとしても、妾は人間(そなた)を嫌わぬよ」

 

 だが九十九は子供のような在り方をする者ではなく、大人のような在り方をする者でもなく。

 人と根本的に違う、神としての在り方を選ぶ者だった。

 

人間(そなたたち)のいいところも、悪いところも、妾はよく知っておる。今更幻滅などするものか」

 

 たとえ、人がどれだけ愚かでも。

 

「この世界のありとあらゆる人間よりも『人間を知る』妾は、声高に叫び続けよう」

 

 たとえ、人がどれだけ罪を重ねても。

 

「人間は、愛する価値のあるものじゃ。神の愛は、ずっと人間(そなたたち)に注がれ続ける」

 

 九十九は人を見捨てない。

 人を滅ぼすべきものだとは思わない。

 人を見捨てるべきだなんて考えない。

 神はただ人を愛し、人を許し、人を受け入れ、人を抱き締める。

 

 それを知り、一ノ瀬祐樹は気付いたのだ。

 

 自分はこの神様に、恋をしているのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラフマーの名において命ずる。現れよ、縛妖蜘蛛(フーヤオチチウ)

 

「きゃぁっ!?」

 

 後衛の五和愛が蜘蛛の獣魔の糸に包まれ、封印されたその瞬間、この中で最も頭のいい四葉誠司は、敗北に終わる未来を確信した。

 後衛の愛を潰し、ブラフマーはそのまま誠司との距離をゼロにする。

 

来れ 虚空の雷(ケノテートス・アストラプサトー) 薙ぎ払え(デ・テメトー) 雷の――(ディオス―――)

 

「遅い、ですよ。ブラフマーの名において命ずる。現れよ、哭蛹(クーヨン)

 

 そして誠司の腹に掌底を叩き込みながら、誠司の腹の中に獣魔を召喚した。

 

「か、はっ……!」

 

「見たところ、あなたが一番厄介と判断しました。

 あなたの腹の中に召喚した獣魔は哭蛹(クーヨン)

 あらゆる術の力を喰らい、無力化する最強のごくつぶし……」

 

 ブラフマーは線の細い体から、信じられないくらいに強い強者の雰囲気を漂わせ、残る二人の男達に向き合う。

 二階堂知教は、ウォードレスごと殴り壊された三条純を庇うように立っていた。

 七宮友心は、常に一番前で戦っていたために一番多くの攻撃に晒されていたが、それでもまだ一番力強く地に足つけて立っていた。

 

「まだ諦めるなよ、二階堂さん……」

 

「言われ、なくても!」

 

 敗北の気配が濃厚になってきた、その時。

 残った二人とブラフマーの間に、突如トラックが出現する。

 

「!」

「!」

「!」

 

 三者が揃って一方向を向けば、そこには精根尽き果てた体に鞭を打ち、青い顔で息を切らして、なけなしの力で転生トラックを召喚した祐樹が立っていた。

 

「楽しそうだな。俺を除け者にすんなよ、寂しいじゃねえか」

 

「ユウキさん……!」

 

 祐樹はいつの間にか隣に居た九十九に話しかける。

 今の一ノ瀬祐樹には、立っているだけで、何か言うだけで、息をしているだけで、命を削っているような雰囲気すらあった。

 

「九十九様」

 

「なんじゃ?」

 

「夢を、見ていました」

 

「夢か」

 

「はい。長い夢を」

 

 虫の息の体を押して、祐樹は立ち上がった。

 その理由は、惚れた女が守りたいと思っているものを、守りたいと思っているから。

 

「あなたが守りたいと思ったものは、俺が守ります」

 

 一ノ瀬祐樹は、九十九という神に惚れている。

 けれども、神が人に惚れることはない。

 何より九十九という神が、己がそういった人間らしい存在になることを許さない。

 彼の初恋は、約束された永遠の片想いだ。

 他の誰でもない祐樹自身が、その想いが報われることはないと思っている。

 

 けれどそれでいい。

 それに祐樹は納得している。

 神は全てを平等に愛する。誰かを露骨に依怙贔屓したりはしない。

 そんな九十九の在り方にこそ、祐樹は心惹かれたのだ。

 

 今はブラフマー、前世で八神光太郎と呼ばれていた青年も、九十九にとっては愛する子らの一人だ。幸せになって欲しいと、九十九はブラフマーに対しても思っている。

 八神光太郎(ブラフマー)もまた、九十九が守りたいものなのだ。

 

 祐樹は、九十九の手助けをするためにここに居る。

 九十九の負担を減らすためにここに居る。

 一ノ瀬祐樹をブラフマーから守るために九十九が動くことを狙う、邪神の奸計。それを狂わせるために、祐樹は神の手を借りずにブラフマーを止めなければならない。

 

 過去の記憶が、彼を奮い立たせていた。

 目に焼き付いていた九十九の姿が、想い出が、彼の心に力をくれた。

 

 彼は原初の『負けられない理由』を思い出したのだ。

 

「八神は、俺達がどうにかします」

 

「うむ」

 

 祐樹は九十九に背を向け、ブラフマーに向けて歩き出す。

 二階堂と七宮が跳んで合流し、その後に続く。ブラフマーは何をしてくるかと構えた。

 祐樹はまず小手調べとばかりに、地を埋め尽くすトラックの集団を召喚する。

 

「!」

 

 トラックは横一列にびっしり並び、トラックとトラックの距離は10cmもない。

 無論、触れれば強制転生。不死身の(ウー)ですら耐えられはしない。

 前後左右に逃げるなら、絶対に回避できないようになっている攻撃だ。

 トラックに込められている力次第では、地面の下に潜っても地面を踏むタイヤに転生させられかねない。

 当然、この攻撃に上に跳んで避ける以外の選択肢はなく。

 

「ブラフマーの名において命ずる。現れよ、走鱗(ツォウリン)!」

 

 移動用獣魔を召喚し、スケボーに近いそれに乗って上昇したブラフマーは、そこで自分の上方を塞ぐように上から来るトラックの群れを見た。

 トラックは、長方形で構成される直方体に近い構造をしている。

 祐樹はこれを大量召喚し、隙間なく敷き詰め、"トラックの天井"を作って落としたのである。

 

「な」

 

 触れれば終わるトラックの天井は間近に迫り、ブラフマーに減速も停止も許さない。

 ブラフマーは天井をかわすように高度を下げながら、かつ地を蹂躙するトラックの軍団に触れないよう高度を下げ過ぎず、前方向斜め下に向かって全力で飛翔する。

 だがその動きを読んでいたかのように、トラックが彼の眼前まで飛んで来た。

 ブラフマーの移動先に"置くように"発射されていたトラックが、彼に迫る。

 

(これは―――!?)

 

 ブラフマーは走鱗(ツォウリン)から転がり落ちるようにそれを回避する。

 体が慣性で前に向かい、走鱗(ツォウリン)の上から右に跳んだことで姿勢は崩れ、彼は受け身も取れず地面に叩きつけられる。

 ゴロゴロと転がる中、ブラフマーは、祐樹の声を耳にした。

 

「お前の動きのパターンは、ここまでの戦いで既に覚えてる。経験の差だ」

 

 越えて来た修羅場の数の差、実戦経験の数の差、瀕死の体で勝利を掴んだ経験の数の差、自分より強い敵に勝った経験の数の差が、祐樹にブラフマーを追い詰めさせる。

 精神と頭脳に由来する、一度戦った人間にはそうそう負けない学習能力。

 こういったものでもなければ、幾多の神間抗争を生き残ることなどできやしないのだ。

 

「やれ、二人とも」

 

 ブラフマーが走鱗(ツォウリン)から飛び降り、地面に叩きつけられて転がり、再度立ち上がるまでの僅かな時間。そこで祐樹は、『仲間』を動かす。

 ブラフマーが立ち上がる前に、知教と友心の合体攻撃が放たれた。

 

「偉大なる青にして青の王

 そは絶望と悲しみより出で勇気と願いに変わる純粋なる炎

 青にして雲耀の我は万古の契約の履行を要請する 完成せよ! 『精霊脚』!」

 

「ダブル! ライダーッ! キィーックー!」

 

 転がっていたブラフマーが顔を上げた時、1mと離れていない目と鼻の先に、迫る二つの足裏が見えた。ブラフマーは瞬時に自身の窮地を察する。

 

四天精聖奉還(スティエンシヲンチンフヲンホァン)……いやそもそも、獣魔の召喚が間に合わない!)

 

 二人の蹴りが当たるまで1秒もない。それゆえに、彼の判断は速かった。

 

假肢蠱(チイアチークウ)!」

 

 ブラフマーは詠唱ではなく、"事前に自分の体内に召喚していた腕の獣魔"を展開。不死身の自分の腹を内側から突き破らせて、V3の方のキックを弾かせる。

 だがV3のキックは腕の獣魔假肢蠱(チイアチークウ)を粉砕し、青く輝く二階堂のキックと同時に、ブラフマーの胸に突き刺さった。

 

「が、あ、はっ……!」

 

「この青い輝きはご都合主義の塊! ハッピーエンドを掴む意志そのもの!

 敵に撃てば一掃し、味方に撃てば病魔だけを殺す! "世界の情報を改竄する力"!」

 

 蹴り転がされ、けれど今度はすぐさま立て直すブラフマー。

 そこは流石と言うべきところだろうが、立ち上がったブラフマーは自身の体の違和感に気付く。

 假肢蠱(チイアチークウ)が突き破った腹の穴はもうないのに、体に付いた細かい傷が消えていない。

 (ウー)ならば、瞬時に回復するはずなのに。

 

「あなたに今、地球から命を取り戻させた! あなたはもう不老不死の存在ではない!」

 

「!? な、なっ……!?」

 

 精霊手はとてつもない技だ。

 これ一つあれば、それが汎用技にも必殺技にもなる万能の青き拳である。

 不死身の体を取り上げられたブラフマーの前に、いつの間にか接近した祐樹が踏み込み、拳を振り上げる。ブラフマーは、こうして詰んだ。

 

「八神。いや、ブラフマー」

 

「―――!」

 

 ここまでの流れには一切の無駄がない。

 否、無駄なことをしている余裕などないのだ。

 瀕死の祐樹に、無駄な過程を経る余裕など一切ない。

 ゆえに、彼は今の自分の中にある力と命と想いの全てを、拳に込める。

 

「こんの大バカタレ、他人を頼ろうとしない大バカタレが。歯ぁ食いしばれ」

 

 八神光太郎の成長を褒めてやりたい。

 家族のために戦うブラフマーを助けてやりたい。

 そんな風に思いながらも、その想いをぐっとこらえて飲み込んで、祐樹は彼の将来のために、まずは叱るための拳骨を突き出した。

 オッサンに、青年が派手に殴り飛ばされる。

 

 気絶するブラフマー。座り込む二階堂知教。勝利に叫ぶ七宮友心。

 

 そうして、この戦いに決着は付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その戦いが終わり、戦いの後始末が終わり、そこから30年の月日が経った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 70を超えた一ノ瀬祐樹が、体を起こす。

 ふと、彼は気付いた。

 "今日、自分は寿命で死ぬ"と。

 

「懐かしい、夢を見たな」

 

 ブラフマーを倒した後、誰もブラフマーを悪く言うことはなかった。

 それだけでなく、友情の七宮友心を中心に、「祐樹さん助けたついでにブラフマーさんも助けて行こーぜー」という軽いノリで、五人全員がブラフマーの世界に行こうとする始末。

 「あれは流石にルール違反じゃからの」と一時的な力をくれた九十九から激励され、皆揃って邪神討伐に乗り出していた。

 

 「家族を人質に取るなんざ外道も外道」と祐樹もノリノリで皆を先導し、ブラフマーの世界のシヴァやらベナレスやらと合流して邪神世界に殴り込み。

 邪神サイドが人を甘く見ていたことと、祐樹サイドが全員九十九の加護を受けていたこと、そして神にない人の可能性やら何やらで邪神は撃滅された。

 撃滅のち根絶。

 奇しくも"神同士で殺し合ってはいけないのなら人を駒に使えばいい"という発想を、そのままやり返された形になった。

 

 邪神撃滅作戦は日帰り&現地解散。

 祐樹はバスで帰り、ブラフマー達はベナレスが色々やって自力で帰り、友心が連れて来た転生者達は時の列車が運んで行ってくれていた。

 また後日打ち上げ兼ねた飲み会やろう、みたいな話をちょっとしてから、皆自分の世界に帰っていった。

 それから30年。

 戦いの中でボロボロになっていた祐樹の体は、その命の灯火が消え去りそうになっていた。

 

「一人、か」

 

 老人になった彼のそばには、誰も居ない。

 彼は一人ぼっちの寂しい最期を迎えようとしていた。

 

「当然だな。

 戦わないのが普通の人生で、戦う人生はどこか歪に決まってる。

 当たり前の幸せを得られないのが当たり前……

 誰かと恋愛してガキでも作ってれば、こうはならなかったんだ。自業自得だ」

 

 一ノ瀬祐樹は自嘲する。

 死に際の彼の脳裏に想起されるのは、子供を作って家族を愛した転生者達や、自分に決死の覚悟で向かって来たブラフマーの姿。家族のため、やりたくもないことをやっていた者達の姿だ。

 人は生きれば生きるほどしがらみが増えていく。

 生きていれば自然に持つようになる、『家族』などその最たるものだろう。

 

 それでも。

 大人になっていく過程で、ちゃんと家族を愛し、家族のために"やりたくもないこと"をやっていくことを学び、やりたくないことを進んでやれるようになったなら。

 その人は、その時点で『大人』なのだ。

 自分以外の誰かのために、下げたくない頭を下げ、やりたくないことをする。

 そんな大人に、一ノ瀬祐樹は敬意を抱く。

 

 九十九への想いから、一生独身を貫いてしまった祐樹は、そうはなれなかったから。

 

「……一人で、死んでいこう」

 

 見送ってくれる家族が居ないことに寂しさを感じながら、祐樹は死ぬ覚悟を決める。

 

 そんな彼の部屋に、ドアを開けて銀色の髪の美しい少女が入って来た。

 

「何を老けこんだことを言っておる」

 

 最後の最後に、その少女の顔を見られたことに、祐樹は"今ここで死んでもいい"と思えるほどの嬉しさを感じた。

 

「九十九様……来てくださったのですか……」

 

「せめてそなたの最期くらいは、看取ってやらねばの」

 

 九十九は布団に横になっている老齢の祐樹の手を取った。

 だが祐樹は、自分の手を取る九十九の手が透けていることに、目ざとく気付く。

 

「九十九様……?」

 

「お察しの通り、妾は本体の九十九ではない。

 女神・九十九の中の"一ノ瀬祐樹への想い"を切り離したものじゃ。

 妾を切り離したことで、本体はそなたの死を引きずらずに済む。

 そして妾という存在は、そなたの命と共に最期を迎える。……心中のような、贈り物じゃ」

 

 神が切り離した己の一部。

 分体であろうと本体であろうと、九十九は九十九だ。

 一部とはいえ神が人と共に心中してやるなど、贈り物としては過分にすぎる。

 

「妾の存在そのものが、そなたが女神・九十九に大切に思われていた証明となる。

 そなたと妾の付き合いはどの人間とのものより長かった。

 そしてどの人間との付き合いよりも濃かったのじゃ。

 だからこそ、切り離さねばならなかった。

 切り離さねば……そなたに望まれた、神としての九十九の在り方が続けられなかったのじゃよ」

 

「―――」

 

 友情であろうと、愛情であろうと、信頼であろうと、依存であろうと。

 神が人に大きすぎる想いを抱いてしまっては、システムとしての神の働きに陰りが出てしまう。

 九十九は、祐樹に信じられた自分で居続けることを選んだ。

 望ましい形の神であることを選んだ。

 だからこそ、祐樹への想いを切り離したのだ。

 

「そなたは一人ではない。そうじゃろう? お前達」

 

 九十九の想いは祐樹に伝わった。

 ならば、他の者達も伝えねばならない。

 九十九の後から、次々と人が部屋に入って来る。

 

「え……」

 

 入って来た者達全員の顔に祐樹は見覚えがあった。

 一ノ瀬祐樹の臨終と聞き、別世界から駆けつけて来た彼らは皆、九十九と祐樹の手によって第二の人生を歩み始めた者達だった。

 九十九の指示ではなく、彼の勝手な独断で、祐樹が助けて来た者達だった。

 祐樹が別世界に行って、直接助けた覚えもある者達だった。

 

「……ああ」

 

 皆が口々に、祐樹に言葉を聞かせていく。

 皆が思い思いに、祐樹に想いを伝えていく。

 皆が笑顔や泣き顔を浮かべて、骨と皮だけになった祐樹の手を握っていく。

 

 自然と祐樹は、笑顔を浮かべていた。

 

「よかった。悔いなく、死んでいける……」

 

 いつの間にか、皆泣いていた。

 いつの間にか、祐樹の心臓は止まりかけていた。

 いつの間にか、その目は何も見えなくなっていた。

 

「九十九様」

 

 一ノ瀬祐樹は、死するその直前に、ずっとずっと言えなかった言葉を口にする。

 

「貴女を、愛しています」

 

「知っておったよ」

 

 バカみたいに一途で、バカみたいに奥手で、バカみたいに不器用で、バカみたいに優しかった男が一人、そうして死に至る。

 九十九は祐樹の魂を抱え、愛おしげに抱き締め、その魂と共に消えていく。

 部屋の中で、九十九を除けば泣いていない者は居なかった。

 

「さあ、送ろう。その魂に、幸多からんことを祈って」

 

 ふっ、と消える九十九の体。輪廻の輪に乗る、祐樹の魂。

 動かなくなった祐樹の体を見て、皆の涙の勢いが増す。

 一ノ瀬祐樹は死んだ。

 それでも世界は回っていく。

 彼の死は悲しみを産んだが、誰かが死に悲しみが生まれても、この世界は止まらない。

 神様も、その悲しみに足を止めることはない。

 世界の大多数の人々の人生も、祐樹の死なんて気にかけてもいない。

 

 そうして、人生は続いていく(Life Goes On)

 そうして、世界は続いていく(The World Goes On)

 

 されど、その人生の最後に、誰かがその死に悲しんでくれたなら……その人生に、きっと意味はあったのだ。

 

 

 




おわり

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