職業:転生トラック運転手 年齢:42歳 年収:550万 作:ルシエド
今生の名は『ブラフマー』。
父の名は
ブラフマーは、父・
「お兄ちゃーん、早く買い物行こーよー!」
「パイ、前を向かずに走っては転んでしまうよ」
「だいじょーぶ!」
元気な妹を見て、
彼の二度目の人生において、母と妹と友はとても大切に思える相手であったが、自分を道具としてしか見ていない父は、どうあっても愛を向けられない相手であった。
「気をつけなさい、パイ。わたしと違って、お前は怪我をしても治らないのだから」
「はーい」
不老不死となった生物は
その不老不死の術に関して、ある時、ある者が一つの提案をしたという。
―――三只眼吽迦羅を无にしてみたら、どうなるだろうか?
その思いつきから始まった実験の材料に、ブラフマーは選ばれた。
太古の昔、地球の龍脈に流れる精が尽きることを防ぐため、地球の五ヶ所にてその身を捧げた三只眼吽迦羅のミイラ・『鬼眼五将』に術式を刻印。
"ミイラの三只眼吽迦羅に仮想的に不老不死の術式"を使わせる仕組みを作り、ブラフマーという三只眼吽迦羅を、无とした。
99%死ぬであろう試みは成功し、誰も試そうとはしなかった危険な理論は確立され、ブラフマーの魂は地球に融け合い、彼は不老不死と三只眼吽迦羅の力を併せ持つ存在となった。
その時からだ。
彼の中で、"父が自分を物としてしか見ていない"という疑いが、確信に変わったのは。
(わたしに『人化の法』の順番が回ってくるのも、そろそろかな)
父・
その答えが、人化の法という特別な儀式である。
力を抜き取られた二人の三只眼吽迦羅はただの人間になり、用済みとなる。
この儀式に使うためだけに、ブラフマーは生み出された。
捧げる力を強くするために、ブラフマーは死ぬかもしれない実験に使われた。
彼の父
当然、こんなことを目論んで子から愛されるわけがない。
子がこの畜生な父に向けたのは、純粋な殺意であった。
(かといって、わたし一人で反乱を起こしても何か変えられるはずもなく)
ブラフマーは完全な不老不死だ。
地球が生きている限り不滅であり、肉体的にも精神的にも成長はすれど摩耗や劣化はしない。
三只眼吽迦羅特有の強力な霊力も持っている。
地球のバックアップも受けているようなものなので、その力は非常に高いレベルに有る。
それでも、子・ブラフマーより父・鬼眼王の方が強かった。
自分が父を殺せるという確信が得られれば、この青年は即座に父を殺しに行くだろう。
「置いてくよー! お兄ちゃーん!」
「……わたしの妹は本当に元気でよろしい」
不死身であるということは。
優れた種族であるということは。
無双の強さを持っているということと、イコールではない。
可愛い妹の面倒を見ながらも、ブラフマーの思考は憎き父と、その父を頂点として従順に従う、腐りきった"三只眼吽迦羅という集団"の支配体制を破壊することに向いていた。
「やあ、おはよう。パイ、ブラフマー」
「シヴァ!」
「あ、兄さん。おはようございます」
妹の後を追っていくブラフマー。
だが仲睦まじい兄妹の行く先に、穏やかな微笑みをたたえた美貌の青年が立っていた。
シヴァと呼ばれた美貌の青年は、パイの頭を撫でながら、
「パイ、君の兄を少し借りたい」
「え……うーん……ちょっとだけなら……」
「ありがとう」
「他の人にはめーするけど、シヴァだからちょっとだけ貸してあげる!」
「ああ。ちょっとしたら返すよ」
名残惜しそうに、去り行く兄に手を振るパイ。
そんな妹に手を振り返し、ブラフマーはシヴァと並んで歩き出す。
「何用でしょうか? 兄さん」
「腹違いとはいえ、兄が弟に声をかけてはいけないのか? ……と、言いたいところだが」
すると歩いて行く先に、筋骨隆々の『強者』を絵に描いたような男が立っていた。
男はブラフマーを見てニヤリと笑う。
そしてブラフマーとシヴァが男の前を通り過ぎると、その背中を守ろうとしているかのように、少し後ろを付いて歩き始めた。
男の名はベナレス。シヴァの
彼が背後に居る限り、彼らを尾行することも奇襲することも不可能だろう。
「シヴァにベナレス……と、いうことは」
「ああ」
男三人は、誰にも気付かれぬよう密会の準備を始める。
「素敵なクーデターの話をしよう」
シヴァの物騒なその台詞が、彼らが寄り合っている理由を告げていた。
一つ歯車が加われば、時計の針が逆向きに動いてしまうように。
物語の中核に一つ新たな歯車を加えれば、何もかもが予想できない方向に動いていく。
例えば、行われるはずのなかった実験が行われて
それにより、三只眼吽迦羅という種をこのままにしてはいけないと決心する者が出たり。
犠牲になるはずだった者達が生き残ったり。
最終的にクーデターを望む者達が、こうして悪巧みをしていたり、などなど。
今この地は、長生きしすぎたせいで精神が腐敗した三只眼吽迦羅と、誰よりも強い力と誰よりも腐敗した精神を持つ
三只眼吽迦羅以外の生物は奴隷同然の扱いを受けており、それに異を唱える者やまだ優しさを持っている三只眼吽迦羅は、殺されてしまうことすらあるほどだ。
この体制を変えるため、線の細い外見から想像できないくらいバイタリティ溢れるブラフマーは、一緒にこの体制を変えてくれそうな者達に声をかけて回った。
説得の日々は苦難の連続であったが、それでも多くの者が集まった。
ブラフマーの母、鬼眼王とブラフマーに次ぐ力を持つパールバティー三世。
パールバティー三世の无、エル=マドゥライ。
ブラフマーの腹違いの兄、シヴァ。
シヴァの无、ベナレス。
鬼眼王の妻であり、シヴァの母であるウシャス。
ウシャスの无、アマラ。
その他諸々の三只眼吽迦羅が4、5人居る。
秘密裏に協力しているベム=マドゥライなども含めれば、もう少し人数は増えるのだろうが、基本的には少数精鋭でクーデターを起こす予定であった。
「こんにちわ、アマラさん」
「ああ」
彼らはアマラという无の隠れ家の一つを、密談なども行うための拠点に改造していた。
隠れ家の外でベナレスが、隠れ家の内でアマラが、それぞれ敵の襲撃を警戒する。
「兄さん、こっちは――」
「无はベナレスが無力化できる。問題は鬼眼王――」
「―――」
「―――」
安全と機密が確保されたその場所で、シヴァとブラフマーは長々と話し合う。
シヴァは純粋に頭が良かった。それこそブラフマーでは足元にも及ばぬほどに。
ブラフマーには"前世が人間である"という個性があった。長命種に無いバイタリティや積極性、
この二人が揃って話し合った内容が、仲間達の基本方針となることが多い。
「―――で、よし、と。これでよさそうですね」
そうして彼らは、クーデター実行までに必要な準備と作戦の最終チェックの全てを終えていた。
「ふぅ……ああ、そうだ。ブラフマー。君に聞きたいことがあったんだ」
「何でしょうか?」
「聞いても聞かなくても変わらないかもしれない。
けれど誰が死ぬかも分からない大きな戦いだ。だから、聞いておきたい。
最近まで大人しくしていたお前が、最近になってこうまで派手に動き始めたのは何故だ?
私には分からない。お前は短い時間で、小さなきっかけで変わる、珍しい三只眼だからな」
三只眼吽迦羅が人になった人間は居ても、三只眼吽迦羅になった人間は居ない。そういう意味でブラフマーの精神性はシヴァにとって興味深く、また不可解なものだった。
「わたしは、パイに言われたのです」
「何を?」
「わたしが
ブラフマーの心の変化に、特別な事件があったわけではない。
ただ、妹の何気ない一言が、彼を変えていた。
「闘うための力を聖なる力と呼ぶわたしに、パイはこう言いました。
『闘う力は聖なる力じゃないよ。
暴力を捨てるのが、仲間を作るのが、本当の聖なる力だとパイは思うもん』
と。強い力を与えられ、いつの日か
そんなわたしには、パイの言葉が、とても眩しく輝かしいものに思えたのです」
この兄は妹が本当に好きなのだな、とシヴァは口に出さずに溜め息を吐く。
けれどその表情は、どこか楽しそうにも見えた。
パールバティー四世の言葉にも、その言葉に変えられた腹違いの弟の姿にも、シヴァは"美しさ"を見い出していた。
「もしも、他人を傷付けることが罪であるのなら」
己が戦いの覚悟を口にするブラフマーを見て、シヴァはようやく理解できた。
「もしも、戦わなければ光ある未来を掴めないのだとすれば」
この腹違いの弟は、家族のために全てを引っくり返そうとしているのだと。
「わたし達がするべきことは、小さな子のために、その罪を背負うことでしょう」
そのために、この腐敗した構造を作っている憎き父を殺そうとしているのだと。
「家族の未来のためなら、何だって壊してみせる。それがわたしの、聖なる力です」
妹が語った"聖なる力"を現実にするには、三只眼吽迦羅という種そのものが変わっていかなければならない。
そして彼らのクーデターが成功しなければ、それは永遠に叶わぬ夢だった。
かくして、彼らのクーデターは成功する。
新たな時代が来る……そう、誰もが思っていた。
力なく倒れるパールバティー四世にすがりつき、泣き叫ぶブラフマーを見るまでは。
時は流れ、ブラフマーの主観時間で一週間ほど経ったその日。
一ノ瀬祐樹は、敵対勢力の神が送り込んできた転生者に囲まれていた。
「こらまた、豪勢なことで……」
「ヒャッハー! お前を殺せばなんでも願いを叶えてもらえるんだぜー!」
「ふははははははははゲホッゲホッむせた」
「ひゃははははははははッ! まあ俺は殺せれば誰でもいいんですけどー!」
神に力を与えてもらった上で転生し、今祐樹を囲んでいる転生者は1000を超えている。
亜人のような者も居れば、巨大ロボを持って来ている者も居て、自分の体を巨大化させている者までおり、この人数で更に部下を召喚している者まで居た。
聖剣も魔剣も、呪われた力も祝福された力もあり、魔法もあれば超能力もあって陰陽術もある。
祐樹はタバコに火を着けながら、ごった煮の転生者軍団を見回していた。
「全盛期を過ぎたオッサンには過剰戦力じゃねーかね」
「お前が全盛期ほどの力を持っていないことは皆知っている!」
「褒美はラストアタックボーナスだからな! 気張るぜェ!」
「お前がどっかでうっかり死ななければ……お前を倒した後、誰が殺すか僕らで殺し合い……」
神と神での直接的な争いが禁じられている以上、こういった抱えている手駒の数はそのまま神が自由に使える戦力となる。
言い換えれば、この転生者軍団は人類史における『私兵』と同じものなのだ。
人材を選別し、力(人類史であれば銃火器。この場合は神が与える能力)を与え、何年もかけて育てた私兵。
用意するのに時間がかかり、使えば使うほど損耗するが、色々と役に立つ、というわけだ。
だが、この転生者軍団を生み出した神は、人に頼る気も無ければ人を尊重する気もなく、この転生者軍団を部下と考えてもいないだろう。
あくまで消耗品。使い捨ての当て馬という認識。
"人間というもののコスト"を認識していない神だからこそ、1000を超える数の転生者を、こういう風に雑に投入してしまうのだ。
「協調性がねえなあ」
カモだな、と祐樹はタバコを捨て、それを踏み潰しながら思う。
パン、と空いた両の手を叩き合わせて、小気味のいい音をかき鳴らす祐樹。
「まあ、その方が俺は助かる」
するとその瞬間、幾千のトラックが転生者達の頭上から降り注ぐ。
絶対防御の力を持つ者が居た。絶対に壊れない鎧を着ていた者が居た。巨大ロボに乗っている者が居た。不死の者が居た。魂だけで存在する者が居た。
されど降り注ぐトラックは、10人程度の極めて有能な人間を残し、それ以外の全ての人間を一瞬にして絶命させていた。
「な……なんだ、その能力は!?」
「お前らに能力教える義理とかねえだろ」
タネが割れれば簡単な能力だしな、と祐樹は心中にて独り言ちる。
彼はトラックに乗り込み、そのまま空に召喚したトラックを落とし、地面から無数のトラックを生やし、何も無い空間からトラックを出現させて次々転生者を轢いていく。
そうして、目に見える範囲の転生者の全てを綺麗に片付けていた。
1000の転生者を倒すのに、かかった時間は十分弱だろうか。
「こんなもんか?」
祐樹は周囲を見回し、警戒を続けながら敵転生者の死体をチェックする。
やがて"奴が油断することはない"と判断したのか、物陰から最後の一人が飛び出して、決死の攻撃を祐樹に仕掛けて来た。
祐樹はそれに的確な対応をしようとし―――思わず、迎撃の手を止めてしまう。
「ブラフマーの名において命ずる。現れよ!
「!?」
九十九の敵対勢力の神が送り込んできた者達の中に、かつて自分と九十九が送った者が混じっていたことに驚き、ほんの一瞬だけ祐樹の手が止まってしまう。
そして
ブラフマーは、一つの要素を除いて、完璧な形で勝利を納めていた。
その一つの要素を除けば、想定以上での形で勝利できたとすら言っていい。
今の
無血開城とまでは行かないが、流れる血は異様なまでに少なかった。
……だが、"上手く行き過ぎた"ことにこそ問題はあったのだろう。
上手く行き過ぎたことで、ブラフマーもシヴァも、心のどこかが緩んでしまっていたのだ。
それが結果的に、悲劇を呼ぶ。
地球のバックアップを受けるブラフマーよりも力の強い、鬼眼王の呪い。
それは、一瞬で対象者の命を奪うものだった。
「……く、は、はっ……お前達……の……思う……ようになど……させん……
道……連れ……一人……ブラフマー……親不孝者のお前を、最も、苦しめる……者……」
声を上げる間もなく、ブラフマーの最愛の妹・パイはその場に崩れ落ちる。
「パイぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」
ブラフマーはパイの遺体にすがりつき、クーデターを成功させた者達は笑顔でブラフマーに報告しに来てから、泣き叫ぶブラフマーを見て嘆き始める。
そうしてクーデターの実行者達が一つの部屋に集まった時、空から光が舞い降りた。
『お前の妹の命は、死の呪いをかけられる前に我が体から引き離した』
「え?」
光が漏らすその声に、ブラフマーはこの世界に生まれる前のことを思い出す。
その声はどこか、女神・九十九に近いものがあった。
けれども九十九の声よりもずっと、邪悪さを感じられるものだった。
「九十九さんと、同じ、神様なのですか……?」
『我は善意からお前を助けた。これは契約だ。
貴様の妹の命をその体に戻したくば、対価を支払い、契約を完了させるのだ』
「契約?」
善意とは名ばかりの、神の善意による救済という隠れ蓑を被った、脅迫に近い取引。
ここでブラフマーはこの神の本質が、邪神であると理解した。
『九十九の神の走狗、一ノ瀬祐樹を殺すのだ』
「な……できるわけがない!
あの方はわたしに変わる機会をくれた方で、祐樹さんは何度も励ましてくれた方です!
どちらもわたしの大切な恩人です! 守るならともかく、殺すなど……」
『それでもよい。契約が果たされないだけだ。
契約が完了されないかぎり、我の手の中にあるこの命は絶対に戻らない』
「……っ」
家族のために家族でない他人を殺せば、最愛の妹は帰ってくる。
選ばせる気のない、残酷な二択だった。
「
だがそこで、シヴァの
情けも容赦もない一撃であったが、神は頭を無くしたまま、平然と話し続けた。
『下等な命では、我を傷付けることはできない』
「チッ」
神をも殺しそうな目付きと、力強い殺気がベナレスの内で膨れ上がる。
だがそんなベナレスを、ベナレスの主であるシヴァが手で制する。
神はブラフマーの前に世界と世界を繋ぐ穴を開け、そこにブラフマーを誘った。
『さあ、行くがいい。道は作っておいてやろう』
世界の穴に向かうブラフマーの背中に、皆は十人十色の反応を見せる。
心配する声。引き止める声。無言で見つめる視線。後を追おうとする者。
彼自身が望めば、ブラフマーが世界を渡る際に仲間を連れていくことは出来ただろう。
けれどブラフマーはシヴァも、ベナレスも、母も、マドゥライ親子も、ウシャスも、アマラも、誰も連れて行こうとは思わなかった。
これより先は汚れ仕事。
ブラフマー自身ですらやりたいとは思えない、"
仲間の手を、そんなことで汚させたくはなかったのだ。
彼が仲間に向ける暖かな感情が、仲間が彼に向ける暖かな感情が、
「いいのか、ブラフマー」
ブラフマーの背中に、シヴァの声がかかる。
「家族の未来のためなら、何だって壊してみせる。それがわたしの、聖なる力です」
ブラフマーは振り返らないまま、そう答えて、恩人を殺すために旅立った。
かくして、ブラフマーが『邪神』と心の中で呼ぶ神の計略は成る。
一ノ瀬祐樹は僅かに隙を見せ、そこにブラフマーが攻撃を叩き込んだことで、戦いは開幕から一方的な展開になった。
そうして、祐樹は血まみれで転がされる。
「……げほっ、げほっ、なーるほど……そっちの事情は、大体分かった」
祐樹が血まみれになって得たものといえば、
もうトラックの召喚どころか、移動させる力すら残っていない。
「わたしも、あなたの力の正体が分かりました。『転生』ですね?」
「ご明察」
一ノ瀬祐樹の力の本質は、『構築』。現在は転じて『転生』だ。
彼は長年九十九のために戦い続け、そのせいで力のほとんどを失っている。
そして残った力の全てを注いで、神の業務の手助けと戦闘に両立できる力を構築した。
それが『転生トラック』である。
彼のトラックに触れたものは、"強制的に転生させられる"。
ロボに触れれば搭乗員が転生し、無敵のバリアに触れれば術者が転生し、空間の遮断すら概念的に突き抜けて、殺せない不死身の敵を殺さないまま転生させることができる。
いわば、不老不死も絶対防御も貫く一撃必殺。
転生を強制するために、蘇生や回復も完全無効。
殺してもいない、攻撃に判定されるわけでもない、ゆえに大抵の防御・蘇生手段を貫通する。
転生させた魂は九十九の管理する転生ルートに乗るため、一切の無駄もない。
彼のトラックに轢かれた者は苦しむこともないという、不器用で分かりづらい彼の優しさが形になったかのような力だった。
「邪神の仕業だな……ったく、外道も居たもんだ……ニャルか? 見てみないと分からんな……」
「……正直に言ってしまえば、わたしは貴方を殺したくはない。
間違っているのはあの神と、その神に従っている私です。
言う通りにしても、妹が帰って来る保証もない。
……けれど、わたしはこうするしかないのです」
「家族、か」
祐樹は、八神光太郎を轢いた時のことを思い出す。
八神光太郎は天涯孤独の孤児だった。
そんな孤児が家族のためならば何だってできる男に成長したことを知り、祐樹は俯いて笑む。
「わたしは、わたしの世界の地球が死ぬ日まで、死ぬことがない
いつかは生きることに飽き、自らの選択で永遠の眠りを選ぶことになるでしょう。
三只眼吽迦羅と无は、悠久の時を共に生きるつがいと言い換えてもいいもの。
ですが、地球と共に生きるわたしは絶対に、この地獄に无を付き合わせてはいけないのです」
「……永遠の孤独、か」
「だからこそ。
いずれ全ての知人が寿命で先に行ってしまうからこそ。
わたしは、わたしが今一番大切に思っている家族を、救いたい……」
ブラフマーが父を憎む理由。
永遠に近い命を持ち、定命の家族を守ろうとする理由。
それを聞き、祐樹は納得の声を上げた。
「いいさ」
"これなら俺が死ぬ理由には十分だ"と、心のどこかで思いながら。
「俺の死がお前の家族を救うことになるのなら、存分に使ってくれ。俺はお前を恨まない」
「……祐樹さん」
ブラフマーは謝らず、躊躇わず、けれど途方も無い罪悪感に包まれながら、その手を掲げ――
「おっと、そこまでじゃ。時間切れじゃの」
――祐樹とブラフマーの間に突如現れた、一人の女神に邪魔された。
「! 九十九さん……!」
「惜しかったの。そなたがこの男を殺せるタイムリミットを、オーバーしてしまったようじゃ」
「……貴女が、わたしを止めるというのですか」
「いや、妾はノータッチじゃ。そなたも妾の愛する子らの一人。
邪神の介入のせいで加減を間違え、殺してしまったら死んでも死に切れん」
「……?」
ならばタイムリミットとは何か、と怪訝に思うブラフマーの前で、神は抽象的な言葉を紡ぐ。
「勇気と友情は、互いに助け合う関係にある。
友情が心にあれば、自分に不相応な勇気が出せる。
友のピンチに振り絞った勇気こそが、友情を育てる。人とは、そういうものじゃ」
「九十九さん、何を言って……」
「勇気の危機には、友情こそが駆けつけるのじゃよ」
意味の分からない神の言葉の終わりに、空より『列車』が現れる。
「あれは……伝承に語られる、時の列車!?」
現れた時の列車より、五人の人間が飛び降りてくる。
ブラフマーが跳んで下がると、その五人は勇気を守るようにその周囲に着地する。
「遠い世界で友の危機。
ならば我らは駆けつけよう。
友情に距離無し。愛情に距離無し。信頼に距離無し。
我らはそう、戦うために生まれて来た。我らはそう、守るために生まれて来た」
その内の一人が、謳うように名乗りを上げる。
「しかして我らは、あえて最初の人生の名を名乗ろう」
並び立つは、五人の男女。
「二階堂知教」
知識。
「三条純」
純真。
「四葉誠司」
誠実。
「五和愛」
愛。
「七宮友心」
友情。
「お、お前ら……どうして……」
そして一ノ瀬祐樹。すなわち勇気。
人とは神が愛する子らのこと。転生者とは、神に選ばれ次の世界に旅立った者達のこと。
すなわち彼らは、女神・九十九に『選ばし子供達』である。
「助けられた分、助けますよ」
一人は、生き残る知識を貰った恩返しに。
「え? 特に理由はないけど」
一人は、純真な気持ちで。
「恋愛感情も友情もオンリーってことですよ。無くなったら、寂しいもんです」
一人は、分かりづらくも誠実な心で。
「あなたの危機を知り、見捨てることなんてできません」
一人は、暖かな友愛で。
「急いで来たからこれだけしか集められなかったけど、まだまだ来そうな感じはあったっすよ!」
一人は、歳の離れた友人として。
「神の名の下にここに断言してやろう。これが『絆』とかいうやつじゃ」
七宮友心が勇気の危機を察知し、仲間を集めて来てくれたのだ。
転生者軍団の襲来には惜しくも間に合わなかったが、その代わりに彼らは最高のタイミングで来てくれた。
友心は祐樹の助けを、もう必要ないと言った。
けれどもそれは、友心が祐樹を助けないということを意味しない。
「……ふふっ、これだから……悪い風に生きてはいけないんですよね……」
ブラフマーは自虐的に笑って、祐樹の仲間達の姿を見る。
悪逆よりも正義が好きな神様が管理している世界で、悪役が勝てるはずもない。
仲間を元の世界に置いてきたブラフマーへの因果応報と考えると、もうブラフマーは笑うしかない。こう在って欲しいと、心のどこかで望んでいたから、尚更に。
「されどわたしは負けられない! 妹を、取り戻すために!」
一人VS五人。
無敵の力+不老不死VSバラバラな力が五つ。
取り戻す者VS守る者。
かくして、神に選ばれし子供達の死力を尽くした戦いは始まった。
露骨過ぎたのでやめたのですが最初に考えていた祐樹の苗字は一乗寺でした