職業:転生トラック運転手 年齢:42歳 年収:550万   作:ルシエド

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四葉誠司の恋模様

 四葉(よつば)誠司(せいじ)は、幾多の人間を見てきた一ノ瀬祐樹が認める本物の天才である。

 彼が轢く人間は多様だが、それでも本物の天才というものは意外と多くない。

 精神の強さのみで何かを成す人間、周囲の人間を惹きつける英雄気質、一つ分野で努力を重ねて一流になるプロフェッショナルタイプと、人の有能さには様々な形がある。

 それでも、『本物の天才』というものはそれらと一線を画す、どこかおかしい人間なのだ。

 

 一例を挙げよう。

 彼は最初の人生の時、幼少期に五十音表を見てあっという間に記憶して使いこなしたという。

 それ以来、一度も五十音表を読むことはなかったそうだ。

 

あいうえお

かきくけこ

さしすせそ

たちつてと

なにぬねの

はひふへほ

まみむめも

や ゆ よ

らりるれろ

 

 そして二度目の人生の幼少期、五十音表を見ていきなりこう言ったという。

 

「見ろよここにホモが居るぜ!」

 

あいうえお

かきくけこ

さしすせそ

たちつてと

なにぬねの

はひふへほ←

まみむめも←

や ゆ よ

らりるれろ

 

 目の付け所が実にシャープだ。

 彼は一度目の人生もずっとこんな感じで、貧乳の女性を見れば「平胸盛(たいらのむねもり)」とあだ名を付けて、合法ハーブと合法ロリの関係性から脱法ハーブを元にした脱法ロリの存在を仮設定義し、あんまりにも馬鹿らしい論文課題からの凄まじく優秀な論文内容で、学会の人間を唸らせていたという。

 

 イカしてる、と彼が言う。

 イカレてる、と周囲は言う。

 そんな毎日が絶えず続いていた、との話だ。

 当然ながらこういう天才は環境次第でとんでもない大惨事を起こしかねないため、将来的に凄まじいやらかしをすることを察知した神の手により、一ノ瀬祐樹が差し向けられた。

 

 そうして、四葉誠司は生まれ変わる。

 生まれ変わった先の世界は、"魔法先生ネギま!"という名の作品世界であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四葉誠司は生まれ変わり、孤児として育ち、新たな名と新たな人生を手に入れていたが……そこは常識に囚われない天才だ。

 彼は特に何も考えず、前世と同じ名を名乗っていた。

 そうしてその名前で通し、今は麻帆良と呼ばれる土地の土手の草地に寝っ転がっていた。

 

「相談したいことがあったのに、最近全然話せなくて困ってたんですよ、一ノ瀬さん」

 

『最近忙しくてなあ。バサラ教歌劇派原理主義が騒音公害ぶっ放してるんだよ、今も』

 

「楽しそうですねぇ……超そっちに行きたいです。退屈はまるで無さそうだ」

 

『お前がこっちに来たら俺の平穏は無くなリそうだな』

 

 祐樹は誠司の頭の中に話しかけつつ、やんわりと流すように言葉を選ぶ。

 うっかり"絶対に来るな"とでも言おうものなら、この感性がどこかイカれてる天才は、世界を渡る魔法を発明して襲来しかねない。祐樹はその辺りをよく理解していた。

 

『で、相談内容はなんだ?

 研究か? 技術提供はあまりできんぞ。

 援軍要請か? 行くとしたら俺だが、さっきも言ったが俺は忙しく……』

 

「いえ、恋愛相談です」

 

『なん……だと……?』

 

 祐樹は誠司の性格をよく理解し、言動を予測し、そう簡単には驚かない心構えで居た。

 なのだが、彼はいきなりそんな祐樹の度肝を抜いていた。

 

『お前が恋愛相談……? 明日は久しぶりに空からブラックホールが降りそうだな……』

 

「私に好きな人が居るとかそういうわけじゃないですよ。むしろその逆で」

 

『逆?』

 

 恋愛相談なのに"好きな人が居る"という典型的な相談内容の逆とは、どういうことなのか。

 

「私、発明と人助けが大好きです。

 何故なら人が私を認め、賞賛してくれますからね。

 あの快感が欲しくて、私は新しい物を作り古くからある者を守るわけです」

 

『まあ、お前は度が過ぎなければそれで有益だからな』

 

「なんですが最近、助けた女の子に好かれてしまいまして」

 

『あー……』

 

 四葉誠司は自分が褒め称えられていればそれでいい人間だ。

 ある意味ではびっくりするくらい俗物的だが、他人というものを決して軽視しないという意味ではとても人間的で、賞賛と尊敬以外の見返りを求めないという意味では超然的ですらある。

 彼は天才特有のズレた精神構造をしていた。

 女の子にモテたとしても、終始それを少し迷惑に思っている程度には。

 

『お前は不特定多数からの賞賛と尊敬が欲しい。

 なんで、一人の女の子に自分の時間を捧げるとかしたくないと』

 

「正直思っちゃうんですよね。

 女の子選んで一緒に遊んだりとかしたとして、そっちの方が本当に楽しいのか? って」

 

『……だろうな。お前はそういう奴だ』

 

「告白とかして来てくれれば、きっぱり断ってあげられるんですが」

 

 誠司は欲しい物しか求めない。

 周囲からの賞賛もそうであるし、現在世界に無い新技術もそうであるし、世界を一発でリセットするような兵器もそうである。

 逆に言えば、彼の周囲の女性は彼が欲しい物ではない、ということだ。

 彼は一貫してそういう行動原理で動いている。

 

『ならぶっちゃけ聞くが、ムラムラとかしないのか? その女の子達に』

 

「オッサン臭いですよ、一ノ瀬さん」

 

『いいだろこんくらい。

 お前の周りの女子って言うと……前に俺が援軍に行った時に居たあれか。結構エロかったろ』

 

「一ノ瀬さん周りに悟られないよう女子のケツ見るの上手いですよね」

 

『うるせえ』

 

 拭い切れないオッサン臭さを、モテ期にある青年が指摘するというこの構図。悲惨である。

 トラックで引くぞこの野郎、と祐樹が言えば、三度目の人生と三個目の新世界だわーい、と誠司が感情のこもっていない言葉で返す。

 

「正直私も、彼女ら容姿は飛び抜けてるし体もエロいなーって思いますよ」

 

『ほほう』

 

「それだけじゃなく、彼女らのためなら命懸けて戦ったっていいくらいに友情も感じてます」

 

『ほー』

 

「でもなんというか、友情と欲情はあるんですが、愛情とか恋愛感情とかは全く無いんですよね」

 

『……おおう』

 

「彼女らは俺とセックスしたいとまでは考えてないと思うんですよね。

 せいぜいイチャイチャしたいくらいだと思うんです。

 でも俺はイチャイチャしたいとかそういうの無いんです。

 恋とか愛に繋がるものはエロいことしたい、くらいのもんなんですよ」

 

『……お前の自己分析能力は一種の才能だな』

 

「そうですか? ありがとうございます」

 

 劣情はあるが愛情はない。友誼はあっても恋慕がない。LikeがあってもLoveがない。

 誠司は周囲の複数の女性から好かれていたが、周囲の女性の全ての心理を理解し、それに対する自分の心理も完璧に分析した上で、天才特有の反応を見せていた。

 彼は少し困っている様子だが、"どうすればいいのか"といった迷いは全く見て取れない。

 周囲の女性に友情を向けたまま、周囲の女性の恋愛感情を少し迷惑に思い、さっぱりきっぱりとした生き方を継続していた。

 

「まあそういうわけで。

 こんな気持ちで彼女らの恋愛感情に応じるってのは流石に彼女らが哀れすぎるというか……」

 

『酷い結論かつ正論だな』

 

「しょうがないじゃないですか。

 私、彼女らは友人としては大好きですが、異性として好きだと思ったことは一度もないんです」

 

 誠司は自分に惚れている女性の前でも、こうやって断言できるのだろう。

 その言葉を言うことで、自分に惚れているその女性が傷付くのだとしても。

 それは彼が凡人の気持ちを理解できないからではない。

 応える気のない恋愛感情はさっさと終わらせて、以前のように『素晴らしい友達』として付き合いたいと思っているからだ。

 彼は告白の前よりも、告白そのものよりも、"告白を断った後に友達に戻る過程"こそが第一であると、そう考えているからだ。

 

『お前が特定の誰かに惚れたなら、それで決着は着くんだろうがな』

 

「誰かに惚れてる私とか、想像もつかないです」

 

『何、他人に惚れない人間なんて居ないさ。

 他人を求める心を持っている限り、人が人に惚れなくなることはない。

 そんな人間が居るとしたら、それは他人を全く必要としない、人間じゃない存在だけだ』

 

「一ノ瀬さんもですか?」

 

『……』

 

「一ノ瀬さんの、ちょっといいとこ見てみたい!」

 

 やんややんやと囃し立て始める誠司。その声色は面白そうなものを見つけたと言わんばかりだ。

 このままだと丸一日煽られるな、と思った祐樹は、さして隠すことでもなかったので、適当に自分が若かった頃の昔話をし始めた。

 

『今思うと、いい感じになった女の子は何人か居たな。

 こう、世界滅亡の危機を前にした吊り橋効果とかそういうので』

 

「へえぇ……じゃあなんでその歳でまだ独身なんです?」

 

『お前本当に常人なら躊躇う発言をズバズバ言ってくるな』

 

 一ノ瀬祐樹がこういった戦いの日々を始めたのは、12の頃。ちょうど30年前だ。

 まだ"主人公"という呼称が相応しかった頃の彼には、色気のあるエピソードがたくさんあった。

 無論、くたびれたオッサンそのものである今の彼にそんなものはないが。

 何故誰ともくっつかなかったのかという誠司の疑問に、祐樹は少し答えにくそうな声色で正直に答える。

 

『……一番最初に好きになった人より、好きになった人が居なかったんだよ』

 

「うわっ」

 

『おい』

 

「いや、オッサンのくせに予想以上に純情で気持ち悪、とか思ってないですよ」

 

『お前本当に常人なら躊躇う発言をズバズバ言ってくるな!』

 

 自分から聞いたくせに何て言い草だ、と遠い世界で祐樹が唾を吐き捨てる。

 どうでもよさそうに、どうでもいい自分語りを、恋愛関係にどうとでも役立てろと言わんばかりに彼は語る。

 

『複数の人を同時に好きになるってこともある。

 好きな人がどんどん入れ替わっていくこともある。

 そういう奴も居るだろう。

 でも俺は、結局一度に一人しか好きになれない奴で、一生に一人しか好きになれない奴だった』

 

 祐樹はかなり適当に、細部を語らない語り口で語っていた。

 

『んでもって、その一人は俺に絶対に振り向かないような奴だったんだよ。それだけだ』

 

 が、頭のいい誠司は、そんな少ない情報から一つの答えを導き出した。

 

「……あー」

 

 そうして答えを見つけると、芋づる式に色々なことが理解できるようになる。

 一ノ瀬祐樹がこれまでも、そしてこれからも神に尽くす理由。

 九十九が祐樹を信じて頼り、信じて用いる理由。

 神と人の間にある信頼と信用が、どこから来たものなのか。

 

「あなたも難儀な人ですね。本当に」

 

 そうして誠司は、もう恋でもなんでもない感情に変わり果てた感情を抱えているであろう、一ノ瀬祐樹の現在を想って、同情の溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近の若い奴の恋愛相談とかどうすりゃいいんだ、と悩んで、酒飲んで全部忘れてぐーすか寝た五日後の祐樹。そんな祐樹の度肝を抜いたのは、やはりというか誠司であった。

 

「エヴァンジェリンって子に惚れました」

 

『えっ』

 

「私、どうやら勘違いしてたみたいです。

 ただ単に私は、ロリコンで洋物好きだったのかもしれません」

 

『そういう自己分析はいいんだよ!』

 

 祐樹は"魔法先生ネギま!"系列世界はいくつも回ったことがある。

 そのため、『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』という少女の存在も知っている。

 しかし、これはあまりにも予想外だった。

 聞けば一目惚れで、少し話してぞっこんラブ(死語)になったらしい。

 天才の先は予想できないということは分かっていたはずなのに、祐樹は頭を抱えずにはいられなかった。

 

「俺はロリコンかもしれません。

 ですがこの愛は真実です。

 彼女はロリですが、彼女がババアになっても愛せる気がします」

 

『待て、あいつは既にババアだし外見がババアにならん奴だぞ』

 

「確かにロリに惚れた私は社会的には死すべき存在でしょう。

 ですが私は、常々思っているのです。

 社会が私を許さなくても、私だけは私の全てを許してやろう、と。神が人にそうするように」

 

『なんか今のお前常のお前に輪をかけて理解できない!』

 

 今の四葉誠司は、何をやらかすのかまるで理解できなかった。

 今の四葉誠司は、何でもできそうな気がした。

 前世の西暦2016年の地球で、オーバーテクノロジーの『地球破壊爆弾』を思いつきで作ろうとして神に排除された、その才能。それら全てを一人の女を向けようとしているのは目に見えていた。

 

「というわけで。彼女を落としてきます」

 

『待て! せめて口説くと表現してくれ! その言い方は不安が―――』

 

 ぶつん、と思考と思考の繋がりは、切断された。

 

 

 

 

 

 四葉誠司は、自然に誘導して他人の心を動かすこともできる。

 女性の好みを知り、その好みど真ん中になるように自らの全てを改造し、変えることもできる。

 彼は"必然の帰結"として結果を出すタイプだ。

 それは、恋愛においても変わらない。

 絢爛な舞踏を舞うように、"神の視点で見ても最適な選択肢"を選んでいけば、最終的に待つ結果は揺らがないだろう。

 

「……俺、知らね。あいつが問題起こすまではもう何も知らん。ノータッチだ」

 

 祐樹は近い将来、蜘蛛(天才)の巣に捕まるであろう(ヒロイン)の未来を思い、数万分の一くらいの確率で蜘蛛の毒牙から逃れられる可能性を考え、見初められたロリババアの将来の幸を願った。

 

 

 


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