職業:転生トラック運転手 年齢:42歳 年収:550万   作:ルシエド

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二階堂知教と三条純の物語の合間

 神にも会議というものはある。

 上位の神が管理し、下位の神が無限に集まる、空間の概念すらない場所での会議。

 祐樹の住む世界の神、九十九はここに出席していた。

 とはいっても、この会議は数億年続いているのだが。

 

(全く、今回の話し合いは久しぶりに長いのじゃ……)

 

 神は人間のように単一の存在と、ひと繋がりの自己連続性で成り立つ生き物ではない。

 人は世界の一部であり、世界は神の一部であり、神の規格は単一の世界には収まらない。

 神は世界にあまねく偏在する。

 複数の世界を管理している神ならば、その複数の世界の全ての場所に神は偏在する。

 そして神はその複数の世界に存在すると同時に、神の世界に存在することもできる。

 

 女神・九十九も、そうして様々な場所に偏在していた。

 彼女が管理する世界は無名世界観を一つの世界とカウントしても、十万前後。

 管理世界が百~億程度の神が集まるこの寄り合いの中では、中堅程度の位置付けだった。

 

(上位の神は、相も変わらず静観)

 

 九十九が"概念的な上"を見上げると、そこには神同士の話し合いを見守る上位の神が居た。

 無限個の宇宙を内包する宇宙を無限個管理し、この場に揃った九十九達などの神々の管理する世界の全てを、その気になれば支配できる上位の神。

 その上位の神の上にも更に上位の神が居るらしいが、大抵の人間が神の存在を認識できないのと同じように、位階が違いすぎる神の存在は、九十九にも理解することはできなかった。

 数千の世界において全知全能である神と、十万の世界において全知全能である神ならば、例外を除き後者の方が強いのは当然だ。

 上位の神々は、人間が扱える数字単位では測れない単位と次元における、全知全能だった。

 

(妾達より下位の神も、そちらはそちらで必死じゃのう)

 

 九十九が"概念的な下"を見下ろすと、そこには九十九より下位の神々が話し合っていた。

 一つの世界を管理する神や、一つの国を管理する神々が多く見える。

 そこよりも更に下位を見ようとすれば、土地神や何も管理していない神々が見える。

 文字通りに、九十九とは次元の違う神が並んでいた。

 

「……はぁ」

 

 九十九が所属しているこの神々の寄り合いは、今真っ二つに割れていた。

 二つの派閥が、それぞれ自分の主張を譲らずぶつかり合っているのである。

 

 片や、世界をもっと神に都合のいいものにし、人間を奉仕種族として変えるべきと考えている神々。彼らは人の世界に介入し、積極的に自分の都合のいいものに改変しようとしていた。

 彼らの目的は、自分達をより高い位階の神性へと至らせること。

 より高いステージの神々の仲間入りをすること。

 どこか"人らしい"とさえ言える上昇志向が、彼らを駆り立てていた。

 

 片や、人の世界は人が作っていくべきだ、神は世界に生きる命を手助けするに留まるべきだ、と主張する神々。こちらの神々が六割ほど居て、多数派だ。

 彼らの目的は、全ての命がありのままに在ること。

 そして、できればその命が限りある生の中で幸せを掴むことだ。

 命を助ける見返りを何も求めないその在り方は超然としていて、まさに"神"と呼ぶに相応しかった。

 

 上位の神が、神と神の直接的な争いを禁じていなければ、とっくの昔に戦争が始まっていただろう。そのくらい、この二勢力の神々は仲が悪かった。

 

(人らしい神など、その時点でとうに壊れているだろうに……)

 

 神が転生させた命は、その神に属する命となる。

 その子孫もまた、転生させた神に属する命となる。

 そして神が転生時に力を与えた場合は中々死なず、その力で金や権力を掴んだり、その力そのものが魅力となる世界であったりするなどして、ほぼ確実に子孫を残す。

 するとどうなるか?

 転生させた命の子孫が、現地の地球の命と交わり、地に満ちるのだ。

 やがて転生させた命の子孫でない人間は存在しなくなり、その星の人間全てが神に属することになる。

 

 神はこうして自分の管理する世界を増やし、自分の神としての位階を高めることができるのだ。

 

 この行為の目的は大きく二つに分けられる。

 まず、上昇志向が強い神による侵略行為。性欲が強い男性などを使うなどして、相応の能力をくれてやり、恐ろしいスピードで他世界を事実上の植民地化していくのだ。

 そしてもう一つが、九十九などの多数派の神による保護行為。他世界に迷惑をかけない人選を徹底し、他世界を先に抑えることで、その世界を神の手で好き勝手できないものに変えるのである。

 神による世界単位の陣取りゲームは、早い者勝ち。

 

 一ノ瀬祐樹の仕事は、そういう神と神の戦いに、僅かながらに影響を及ぼすものであった。

 

(ユウキは、今……)

 

 九十九は会議中の暇潰しに、別世界に視点のピントを合わせる。

 『神は自分の管理するどの世界にも偏在する』、『神は世界の全てを見ている』、そのため『世界の全てを最初から見ていたことになる』。

 今日はドラえもんの野比のび太の立ち位置に送った人間に、祐樹が会いに行っているはずだが、と思いながら彼女は世界を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 どこぞの公園、祐樹と対峙する野比のび太(仮)。

 

「僕がジャイアンを殺さないと、ドラえもんが安心して未来に帰れないんだ!」

 

「待て! 落ち着こう! おじさんも一緒に色々考えるから、な!?」

 

 九十九はややこしいことになっている祐樹を見て、ちょっと笑ってしまった。

 

 

 

 

 

(いやはや、やはりあやつは面白い。あやつの周りには、面白いものが集まるのう)

 

 九十九はこの会議の場に居続けたまま、この会議室の場から退出し、祐樹の下に向かった。

 神には『意識の主体』というものもない。神の世界や自分の管理している世界であるならば、そこに存在しようと思えばそこに存在できる。

 そうして九十九は、こまごまとしたことを片付け終わった祐樹の前に姿を現した。

 

「あ、九十九様。大丈夫です、こちらは今片付きました」

 

「じゃろうな。見ておったよ」

 

「でしょうね。最初から見てたことになるんでしょうし」

 

 さらりとした銀の髪を揺らし、艶やかな唇で言葉を紡ぎながら、現れる神。

 慣れた様子で驚きもせず、祐樹は淡々とした様子で神の言動に合わせていた。

 

「最近多いですね、別世界からの刺客」

 

「すまんのう、妾も最近は少し目立ってきてしまってな。

 嫌がらせも兼ねて、妾の手駒を削ろうと躍起になっている神々も多いのじゃ」

 

「九十九様に悪い所なんてありませんよ」

 

「ほっほっほ、いーや妾が悪い。

 今妾の下で働いている人間の中で、妾が一番気に入っているのはお主じゃからの。

 妾の一番のお気に入りを真っ先に消そうとするのは必然。襲撃も増えるというものじゃ」

 

「……」

 

「ん? なんじゃ無言でタバコなんぞ吸いよって。照れておるのかの、ん?」

 

 年頃の少年ならば勘違いしてしまいそうな、魅力的な笑みを浮かべ、九十九は肘で祐樹の脇をぐりぐりと押す。

 

 九十九の手の者は、何も一ノ瀬祐樹一人きりではない。

 十万前後の世界を運営するため、九十九の下で働く者達は互いの顔も知らぬまま、自分の故郷の世界を中心としたいくつかの世界を渡り歩いている。

 王、巫女、英雄、魔王、幽霊、転生者、オッサンと、そのメンバーは多種多様。

 その中で一人だけ『お気に入り』が居るとなれば、九十九と敵対している、人間の世界を思うがままに変えようとしている神々の手の者が、その人間を優先的に狙うのは当然のことだろう。

 

「九十九様、丁度一週間前の午後二時頃、あなたが何と言ったか覚えていらっしゃいますか?」

 

「ん? 確か

 『あれは御坂美琴タイプの転生者……

  あっちは麦野沈利タイプの転生者……

  同じ電気種族のLV5が二人……来るか、ランク5オーバーレイ!』

 じゃったかの。それがどうしたんじゃ?」

 

「そうですよ。んで実際にしましたからね。んで俺苦戦しましたからね。びっくりですよ」

 

「はいはいゼアルゼアル、と」

 

「あれもそうですが、最近同じ神が複数の刺客送って来てません?」

 

「あそこの神はのー。

 世界にしょっちゅう手を出すんじゃが、なかなか上手く行ってなくての。

 好きなように世界を変えようとするんじゃが、そのたび人が反抗して笑ってしまうわ。

 人修羅、ワイルド、メシア、タダノヒトナリ、ライドウ、ベルの王……

 ただでさえ神の走狗とそれの反発勢力で拮抗しておるというのに。なにやってんじゃか」

 

「はぁ」

 

 上位の神に釘を刺されているため、神と神は争えない。

 なので、神と神の争いの激化は、そのまま神の使徒同士の争いの激化になる。

 いかな理由か九十九に気に入られている祐樹は、戦場の最前線に放り込まれているに等しい。

 九十九は面白そうと言わんばかりの笑顔で、少し先にある交差点を指差した。

 

「しかも頻度が高いと来た。ほれ、次が来るぞユウキ。五分後じゃ」

 

「え、またですか……」

 

 九十九が指定した五分後に、交差点に突如車が出現し、雷を纏いながら急ブレーキをかける。

 雷にデロリアンとか趣味100%じゃねーかクソ、と呟きながら祐樹はトラックを召喚し、自分が守る対象である神を車の陰に隠す。

 そして祐樹の前に、車から降りて来た、新たなる異世界からの侵略者が現れた。

 

「俺の名はスーパー戦隊・アカレッド!

 全ての世界に存在する、共産国家以外の国は全て俺が殲滅する!」

 

「また凄いのが来たな!?」

 

 神から貰ったであろう能力と、それを使用している人間の個性が、致命的に噛み合わないまま致命的に噛み合ってしまっている、そんな敵であった。

 

「ほれほれ倒して来い。

 ああいうガワに頼ったイロモノに苦戦はせんじゃろ。

 頑張って倒して、妾のゴッド好感度を稼ぐがよい」

 

「ゴッド好感度って何ですか。万物平等に愛してるくせに……」

 

 祐樹は二台目のトラックを召喚し、人の居ない海辺に向かって逃走。

 当然、アカレッドはそれを二本の足で走り追いかけようとするが、途中で息が切れ、膝に手をついて息を整え、しばらく経ってからデロリアンでの追跡を開始していた。

 それを微笑みながら見ていた九十九は、やがて何も無い虚空に呼びかける。

 

「そろそろ出て来い」

 

「バレていたか」

 

 するとそこから、"ぬるっと"人影が現れた。

 燃える炎のように何もかも真っ赤な、人間のようで人間でない何か。

 それは空間をスポンジと例えるならば、スポンジから染み出てくる水のように出現した。

 

「神……ではなかろうな。

 自身が神であることを捨て、神でないものになった神話の存在とよく似た雰囲気がする」

 

「その通り。

 私は管理世界の全てを一時的に預け、神の座を返上して来ました。

 そしてその代わりに、それに相応の力を与えられてきた。あなたを殺すための力を」

 

「神同士での殺し合いがご法度だからといって、こんな小細工するとは妾もびっくりじゃ」

 

「あなたには分かるまい。

 我らは皆で力を合わせ、もっと上に行くことを決めたのだ。

 あのお方は、私よりもずっと崇高な神であり、あのお方の仲間で居続けていれば私も……」

 

「ふん……妾には仲間とは名ばかりで、四大天使と変わらぬ使い走りにしか見えぬがの」

 

「―――!」

 

 水のように現れた炎のような色合いの元神は、自分が神であることを捨ててまで九十九を殺すことを望み、九十九を殺すための力を得て来たようだ。

 その理由は、神と神の権力闘争。

 邪魔な神を排除した上で、九十九が管理していた十万前後の世界を獲得しようとの目論見からだろう。

 しかし九十九に痛いところを突かれたからか、苛立った様子で元神は剣を取り出し振り上げる。

 

「お前は! 私達と違い!

 世界に危機をもたらすような存在が現れても、直接手は下さない!

 天罰は神の権利であり義務であるにもかかわらずだ!

 そこから推測できることは、お前に戦闘能力は無―――」

 

 キリスト教における楽園に、聖獣(ケルビム)と並べて置かれるという回る炎の剣。おそらくはこの元神に裏で糸を引いている神が渡した炎剣が、九十九の首元に迫り……

 

「勘違いするでない」

 

「……え」

 

 首に当たる直前に、空中で静止する。否、静止ではない。これは『凍結』だ。

 

「―――え、な、聞いてな―――」

 

「妾が多くの仕事を人に任せているのはな。

 妾がいつかどこかで死ぬ時、人に妾の力を託そうと思っているからじゃ。

 そうすれば妾が居なくとも、人が集団で力を合わせることで世界は問題なく回る」

 

 炎は燃えたまま凍結し、元神の体が丸ごと凍結し、空間も時間も凍結し、やがて元神の持つ力と概念の全ても凍結する。

 凍結が不可逆にその元神を破損させ、破損した状態で永遠の静止へと導いた。

 この時点で、生命という観点から見れば、この元神は死に至っていた。

 ある程度の不老不死はどんな神でも持っているが、神と神の間に埋めようのない格差があるならば、こうして殺すこともできる。

 

「神が管理する世界の将来的な理想形は、神が居なくとも変わらず回していける世界じゃろう」

 

 九十九は凍らせた元神を指先でちょんとつついて、粉砕する。

 凍りついていたその体は、いとも容易く原子レベルのサイズにまで細かく砕け散った。

 九十九はその破片の一つ一つを世界に流し、溶かし、全ての命への祝福として流転させ……悪い言い方をすれば、元神を余すことなく"この世界の肥料"とした。

 

「バカバカしい。神が権力闘争など、そんなことを考える時点でおかしいのじゃ……ん?」

 

 神を容赦なく肥料にし、生まれ変わりなどの可能性を丹念に消す九十九。

 そんな彼女の手の中に、新たな魂が一つ送られてくる。

 それが先程アカレッドと名乗っていた、今この瞬間に祐樹の手によって殺された魂だと気付き、九十九は神の愛を浮かべた微笑みで、その魂を輪廻の輪に乗せる。

 全てを忘れ、全てを一からやり直し、けれど必ず幸せになれる場所に生まれるようにと、祝福と祈りを込めて。

 

「さあ、送ろう。その未来に、幸多からんことを祈って」

 

 敵対者であっても、一つの命であるならば愛する。

 神に対しては向けられない『神の愛』は、九十九を憎む人間に対しても向けられる。

 そんな九十九を視界に捉えながら、祐樹がトラックに乗って帰って来た。

 

「流石、仕事が早いのう」

 

「ええ、まあ」

 

 トラックから降りた祐樹は、くるりと回る九十九の可愛らしさと美しさに見惚れるも、九十九が徹底して『神』で在ることに、思わず肝を冷やしてしまう。

 

「相変わらず容赦が無いですね。

 あなたのその人と命への愛と、神への容赦の無さは、相変わらず身震いしますよ」

 

「面白いことを言うのう」

 

 微笑む九十九。彼女はどこまでも、『神』だった。

 

「人の命に価値はあれど、神の命に価値はあるまい。

 妾達はただ、世界を維持するシステムなのじゃから」

 

 そんな風に、九十九は"あるべき神の形"を語る。

 

 だからあなた達は争っているんだろう、と祐樹は思うも、口にはしない。

 権力が欲しい、もっと上に行きたい、もっと強くなりたい、死にたくない、仲間との絆でどこまで行けるか確かめたい……九十九と敵対している神々は、そういうことを考えている神々だ。

 言い換えるならば、"人らしい神々"こそが、既存の神々と争っているのである。

 

 九十九は既存の神々の枠の中に居る。古き在り方を守っている。

 古いものが悪いわけでも、新しいものが正しいわけでもない。その逆も然りだ。

 現に人らしさを得た新しい神々は、人を苦しめる方向性を得てしまっている。

 だからこそ一ノ瀬祐樹は、九十九という神の味方についたまま裏切らない。

 人らしい神々を否定することが、人が人らしく生きる唯一の道だから。

 

 あなたがそうしてどこまでも『神らしい』から争いは起こるのだと、祐樹は思うも口にしない。

 口にするだけ無駄だ。

 

 十万の世界において全知全能である九十九という神は、そんなことは百も承知であるのだから。

 

 

 


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