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夕方を通り越しだんだんと日が暮れていく中、僕たちはようやく森の出口に差し掛かった。
この先の丘を越えれば町が見えてくる。ようやく森を越えられるという安堵からか皆一様に笑顔を浮かべる。
「やっとか・・・はやく宿でのんびりしたいなぁ」
お兄さんが疲れたようにつぶやく、それには僕も賛成だ。
傭兵さんが頷こうとした僕をちらりと見た。
「俺だってそうしたいとは思うけどな・・・まずは兵の詰め所だ、討伐隊編成の為にも事情を話しに行かないといけない」
それを聞いてちょっとげんなりする。僕なんかずっと逃げていただけだ、何も話せることなんてないんだけどなぁ・・・
微妙な顔の僕を見てかお兄さんが明るく話しかけてきた。
「まぁ、そんな顔すんなって!早いところ討伐隊が出てくれれば森も通れるようになる。すぐに帰れるさ!」
そうだった・・・森が通れなければ街に帰れない・・・
父さん達・・・心配するだろうなぁ・・・
「討伐隊がすぐ出てくれればいいんですけど・・・はぁ・・・それまでの宿を確保しないと、お金あんまり無いのに・・・」
街道の安全が確保されないと馬車は出ない。それまでどこかで寝泊りしないと・・・
「それならうちに来るか?工房に住み込みだが・・・なに、軽い雑用でもやってくれりゃ文句もないだろ。おやっさんに頼んでやるよ!」
お兄さんがそんな提案をしてくれる。
「いいんですか?助かります!」
とてもありがたい。なんとか野宿は避けれそうだ。
「良い案だ、どうしても駄目だったら俺のとこにきな。街道が使えるようになるまでくらいはなんとかしてやるさ」
傭兵さんもそんな事を言ってくる。この二人と出会えて本当に良かったと思う。
「よし!そうと決まりゃとっとと街まで行くか!」
お兄さんがそう言い、三人で軽快に歩いていく。
ようやく丘を越えられそうだ。
「ん、町のほう妙に明るくないか?」
お兄さんがそんな事を言い出す。
「外壁には松明がつけられてる、その明かりだろ?」
傭兵さんはそう応えるが・・・なんだろう、やな予感がする。
「煙が上がってる・・・!おい急ぐぞ!」
お兄さんが先頭を走り僕達もそれに続く。
丘の頂点、高い位置に立ち町を呆然と見下ろす。
そこにあったのは外壁が、家が崩れ去り、ところどころ火が上がっている町の姿だった。
「なんで・・・こんな・・・」
「町が・・・」
僕と傭兵さんは未だ見下ろすことしか出来ない。
お兄さんが一歩前に出る。
「おやっさん・・・おやっさん!」
駆け出そうとしたお兄さんの腕を傭兵さんが掴む。
「待て、よく見ろ!まだ町に魔物がいる、死ぬぞ!!」
お兄さんは掴まれた腕を振りほどこうとしている。
行ったら死ぬ・・・!お兄さんに死んで欲しくない。僕もお兄さんの腰にしがみつく。
「離せよ!工房が・・・仲間があそこにいるんだよ!!」
僕らを引き摺ってでも行こうというのか、足に力をこめて進もうとしている。
「冷静になれ!町には兵士が駐屯してる・・・避難はしているはずだ」
その言葉にお兄さんはやっと力を緩めてくれた。
「そう・・・か。避難しているなら・・・大丈夫か・・・」
お兄さんはその場に立ち尽くす。
よかった・・・何とか留まってくれた。
ウォォォォォォォン!!!
そのとき、町のほうから大きな獣の鳴き声が聞こえた。
町から離れている僕達も竦み上がるほど恐ろしく、大きな声だった。
身を竦ませるような大きな獣の声が響く。
その声とともに散っていた魔物たちが大通りに集まっていく。
「鳴き声で魔物を指揮しているのか・・・中級じゃないな、上級かそれ以上の魔物だ・・・」
僕はその言葉に現実感が湧かない。上級より上の魔物・・・御伽噺の中に出てくる魔王の軍勢くらいしか聞いたことが無い。
「はは、上級とかそれ以上とか・・・御伽噺じゃないんですから」
僕は勤めて軽い口調で話す。そんなものいるはずが無いんだから。
傭兵さんは笑ってくれない。冗談だって言ってほしい。
「俺は・・・100を超える魔物の軍を指揮できる存在を・・・他に知らない・・・」
そんなことってあるのだろうか・・・
「おい、魔物・・・こっちに来てないか?」
その言葉を聞き現実に引き戻された。
「え・・・」
町のほうを見ると崩れた門から魔物たちがこちらに歩いてくるのが見える。
「街道を離れるぞ、奴らをやり過ごす・・・魔物が出れば町に入れる」
傭兵さんはこんな状況でも冷静に状況を見ている。
「ちょ、待ってください!このまま街道を進まれたら・・・僕の町も!」
僕の町が、父さんが、母さんが、町の人が!
「いいから離れるぞ!町に入ったらすぐに役所に向かう、そこなら伝書鳩か交信機があるはずだ・・・それで連絡を取る。俺たちが戦ってもすぐにつぶされる、ならそっちのが可能性高いだろ?」
この人はいつも冷静で、僕たちに希望をくれる。
「そう・・・ですよね!わかりました、魔物が町から出たら急ぎましょう」
僕たちは傭兵さんの提案に乗り街道から横にそれる。
街道から少し離れた草むらに、腹ばいになって潜む。魔物の軍団は街道を進んでいく。
ちょうど軍団が真ん中に差し掛かったとき、傭兵さんに声をかけられた。
「アイツだ、あの真ん中辺りにいる赤いたてがみの魔物。」
それは軍団のど真ん中にいた。
「あの魔物がどうかしたんですか?」
「たぶんあいつがリーダーだ。俺じゃ細かいところまで見えない、見た目の特徴を詳しく教えてくれ」
あれがこの軍団のリーダーなのか・・・たしかにとても強そうに見える。
「ぇっと・・・赤いたてがみは傭兵さんの言った通りです、鉄の装飾・・・鎧かな。腰に大きな剣を挿しています。どこかで見たような・・・そうだ、本で見たライオンに似てるんだ」
僕は見える様子から、父さんが買ってくれた本に出てきた動物の特徴を思い出した。
「ありがとう、助かったよ」
笑いかけ、頭をなでてくれる。
「いえ、傭兵さんの役に立てたのなら良かったです」
そのまましばらく魔物たちを眺め通り過ぎるのを待つ。
魔物たちが十分離れ、辺りがうっすらと明るくなってきた頃僕達は町に入った。多くの建物が崩れまだ火が燻っている。
ところどころに魔物や兵士、逃げ遅れたのだろう人の死体が転がっている。
「う・・・おえぇぇぇ・・・」
僕はその光景に耐えられなかった。
「おい坊主、大丈夫か?」
傭兵さんが背中をさすってくれる。
「ゲホッ・・・だい・・・じょうぶです・・・」
「無理すんな、少し休んでろ・・・俺は工房を見に行ってくる、役所のほうは任せるぞ」
「あ、おい!まだ魔物がいるかもしれないから気をつけろよ!」
片手を上げ、お兄さんは足早に離れていった。
「よし、俺らはさっさと役所まで行くぞ、ついてこい」
「はい、わかりました」
たくさんの瓦礫や遺体を横目に、僕たちは町を進んでいく。