特にこれということもなく着水したマイン・クラフトだが、水面に顔を出して周囲を見渡すこと数秒、己の置かれた状況にうんざりとせざるを得なかった。
どこにも陸地が見えない。どこへ向かえば陸地があるのかもわからない。
「おでれーた……もしかすると死なないかもとは思ってたけど……無傷だとはな」
背中の不思議剣がどこか呆れたように鳴いている。己の失敗を恥じる気持ちがそう聞こえさせるものか。マインは夕暮れに染まる空の高みを仰ぎ見た。そして更にうんざりとすることとなった。
あれは……動いてるなあ。
ついつい掘り抜いてしまった浮遊大陸であるが、どうやら雲と同じく空を旅しているらしい。その巨大さからすれば大した速度でもなかろうが、少なくとも土ブロックを積み続けていったところで戻れまい。そもそも何スタックあれば届くとも知れない高度ではあるが。
「まあ、相棒のことだ。遭難なんて別に……ん? 何だ、この懐かしくも嫌な気配は……」
マインは水流に巻き込まれた。突然のことだ。勢いが強い。流れから脱することができない。しかも速い。視界が回転する……水流が渦を巻いている?
「こ、これは! やべえ!」
マインは為す術もなく水中へと没した。引きずり込まれた形だ。そして、すぐにも水面に上がることを諦めた。なにしろ先の落下に勝るとも劣らない速度で沈んでいくのだ。
「捕まえたぞ。『過ぎる者』よ。生命と精神の理を異にする者よ」
「『水の精霊』だ! たった今思い出したが、こいつはブリミルも苦労した相手だぞ! どっかの湖に切り離されてたやつでも厄介だったのに……海の本体となっちゃあ……!」
「ここは我がテリトリー。決して逃さぬ」
マインは首を傾げた。水中だというのに何やら耳の奥に音が響く。
「かつての者は我の敵であった。お前はどうなのか。答えずともよい。まずは我の力を知れ。それで滅ぶものならば滅びてしまえ。それがこの世界の理というものだ」
「遥か昔に聞いたことがあるような言葉だな! ガンダールヴに対してそれを言うかよ!」
「過去にもいたが、今にもいるか。『鋼の意志』」
「その呼び名! 嫌なことばかり思い出す!」
暗い水底へと落ちていく。朝も夜もなく真っ暗な世界へだ。
「沈め。そして眠れ。かくして我は世界を鎮撫する」
息ができない。刻一刻と窒息していく。やがては飢餓や毒と同じく命を削られるだろう。あるいは水底の暗闇とは物質化した死そのものなのかもしれない。絶望を象徴しているのかもしれない。さすれば遠い水面は遥かな希望か。手を伸ばしても届く見込みなどなく。
「くそ、どうしようもねえ……さすがの相棒もこれまでか……」
足が砂に触れた。どうやらここが終着点らしい。
「海の底……考えようによっちゃあ、伝説の終わる場所としちゃ上等かもしれねえや。ブリミルの終わり方とは真逆っちゃ真逆だけどな」
全き闇の中でマインは世界を想った。
己が生き死にを繰り返している世界という舞台を。
「あいつは精霊を退けたけど、仲間だった連中を大勢犠牲にしたから仲間に殺された。六千年も前の出来事だ。貫いた俺が言うんだから本当のことさ。そんでもって、相棒は精霊に呑まれちまったけど、今日ここに至るまで仲間を誰一人とて犠牲にしてねえ。てーしたもんだ。誇張なしに、歴代最強のガンダールヴだったよ」
光の恩恵を受けつつ開拓し、闇の妨害を受けつつ冒険した日々……マインの軌跡は建築物として各所に刻まれている。時にはクリーパーに爆破されたり、落雷や事故により焼失したりもしたが、破壊される以上の創造をもってマインは世界と相対してきた。ひたむきに。それしか知らぬとばかりに。
「……無念、だなあ……相棒なら伝説中の伝説になれる気がしてたんだが」
だからマインは熟知しているのだ。世界に対抗する手段を。
絶望するどころか、遥かな希望をスルリと引き寄せる術を。
目には目を。歯には歯を。そして……理不尽には理不尽を。
方法は幾らもある……たとえば、そら、松明を一つ灯せばいい。
「なんと」
「おお?」
地形の段差に設置した松明は、一瞬だけ光を放ち、すぐにも水に流された。
しかしその一瞬でいいのだ。もう、マインは一呼吸を済ませたのだから。
「ええと……相棒、今のは何だ? 何が起きて……ああ、いや、わかった。伝説、二回も三回も目撃すれば全部わかっちゃう。新手の奇妙だな。さすがは相棒」
数ある水中呼吸法の一つ、それが松明設置である。照明の力でもって一瞬だけ水なき空間を作り呼吸するテクニックだ。流された松明を即回収することで何度でも実施できる。つまりマインは水底で窒息しない。
「風の力ではない。されど対抗できぬ。過ぎる者の過ぎたる力ということか。しかし、死なぬだけでは生きられぬ。このまま封じてくれよう」
マインは暗いところが嫌いである。だから松明とは別の照明を用意することにした。
幸いにして材料は揃っている。アイアンゴーレム用にと所持していたカボチャに松明を組み合わせればいい。そら、ジャック・オ・ランタンの出来上がりである。たちまちのうちに周囲が幻想的に照らされた。
これで人心地がつくというものだ。松明を設置したり流されたり回収したりしながら、マインはしばし水底のひと時を楽しんだ。
「消せぬ明かりか。しかし、動けぬでは逃れられぬ。このまま……なんと」
さて、そろそろ移動するか。
マインは作業台を設置し、樫の木製の扉を一つ作り、それを水底に設置した。そうしたことで生じた一ブロック分の水なき空間に入る。扉は水に流されない。これでもう呼吸の心配は皆無となった。
数ある水中呼吸法の中でも特に利便性と安定性の高いテクニック、ドア・エアポケットである。マインは意味もなく扉を開けたり閉めたりした。軽快な開閉音を楽しむ。ベイクドポテトを一つ食べる。
「我が力が届かぬ領域を、こうも容易く作成するのか。過ぎる者よ。そうやってこの世界の理を曲げ、やがては『果て』へと過ぎ行くつもりか。かつては為せなかったそれを今為すのか」
水流が乱れているなら、地中を掘り進めばいい。道とはどこにでも作れるものだ。
残る問題は方角だが、浮遊大陸へ戻る最短経路さえ諦めるのならば方法はある。コンパスを作ればいい。レッドストーンはないが、落下事故の直前に得たパワーストーンがある。鉄インゴットも四つならば何の問題もない。
サクリと作成した新型コンパスは、針が透明で少々使いづらかったが、きちんと一定の方向を示した。恐らくはこの世界における初期スポーン地点であるところの草原を示しているのだろう。そちらへ進めば陸地があるのだし、そこから浮遊大陸への道程をマインはしかと記憶している。
「……相棒は、つくづくもって、相棒だなあ……」
背中の不思議剣がどこか呆れたように鳴くのを聞き流しつつ、マインは地下通路を作り始めた。
まあ折角だからと、水底ログハウス建築を第一工程として。