「きゅい! お腹一杯なのね! でも元に戻ればもっと食べられるのね!」
「駄目。嫌な予感がするから駄目」
何枚のステーキを与えたところで青色頭部が青色エンドラもどきに変わることはなかったから、マイン・クラフトは悄然として斧を握りしめた。せめて本来の目的を果たすことにしたのである。
切ろう、木を。無心に。そうすることで心が慰められる。
「あの斧は……マジックアイテム? あの鎧と同じ材質……ダイヤモンド……」
「凄いのね! 木はどこへ消えたのね! 何で苗とかリンゴが落ちてくるのね!」
「幹を手の高さで消し飛ばして……木が落ちも倒れもしない。魔法……先住の?」
「上向いて木を切ってるのね! 凄いのね! どうして届くのね! 何で潰れないのね!」
「土の足場……学院でもここでも同じ土……無から有を生み出している……?」
「きゅい! 上から! 上から木を切ってるのね! 葉っぱの上を歩くし跳ぶのね!」
この森の木々はどれも高さがあって伐採しにくい。
しかしマインはその困難を愛した。どんとこいである。思うようにはいかない諸々を思う存分いいようにする……それこそが開拓であり、マインの世界への関わり方なのだから。
原木のスタック数を重ねていく。充実した時間がそこにある。
単純作業に没頭することの楽しさよ。アイテムスロットが埋まっていくことの嬉しさよ。木材の多岐に渡る用途へ思いを馳せることの喜ばしさよ。世界に在ることの幸せにマインは打ち震えた。
「きゅい……森がなくなっていくのね……でも苗はたくさん植えてあるのね……」
「あの勢いで斧を振り続ける体力……やっぱり人外……とても強力な、幻獣……」
“何なのアレ……本当にガンダールヴなのかしら……どの辺が神の盾なのよ……”
耳慣れない鳴き声が聞こえた気がして、マインは樹上でグリグリと首を動かした。特に何もいない。夕暮れを待たず飛んでいる慌て者のコウモリが一匹いるばかりである。
ふと、郷愁にも似た思いがマインの心をよぎった。
浮遊大陸に生い茂る森の上……鶏猫牛や赤色エンドラもどきにまたがって飛ぶ時とは違う、静かな高所の風景である。空の青さが近しい一方で、見渡せるが故に地の果ては却って遠い。
行かねば。
切なく胸を刺す思いに、マインは食べるでもなしにベイクドポテトと焼き豚の持ち替えを繰り返した。いや、かじりはする。しかし消費する前にかじることをやめる。空腹とは別の衝動を感じている。
マインは行かねばならない。
『果て』の風景を見なければならない。
そこに巣食う『終わり』の象徴と対決しなければならない。
誰に命じられた訳でもなく、それで何かを得られるという目算もなしに、ただマインは確信しているのだ。そうしないでは己の冒険が意味を失うと。建築してきた全てが嘘になると。世界に対して……何かを誤魔化してしまうと。
「何て目……何て遥かな……」
「きゅい……風は東に吹いているのね……」
“あの、ジョゼフさま、そろそろ大丈夫ですか? お水飲めましたか? 落ち着きましたなら、ご覧くださいませ。今の姿ならまだしも雰囲気はガンダールヴらしく映るかもしれませんゆえ……”
何かが聞こえる。どこからともなく耳に届くそれに惹かれて、マインは樹上に立ち上がった。
音楽だ。これは音楽だ。
音符ブロックではなくジュークボックスの音楽だ。レコードに刻まれた調べだ。
気づけばマインはジャンプしていた。一度ではない。飛ぶ勢いで何度もだ。首も猛烈と振り動かしている。空へ向かって焼き豚を振り回してもいる。そうせずにはいられない。
『Far』だ! 清澄な風を思わせて、どこか遥かな遠方を思わせるあの曲だ!
飛び降りた。落下ダメージを焼き豚を食べた満腹で癒しつつ走る。音楽の聞こえてくる場所へ。
しかしすぐに駆け戻った。赤色エンドラもどきを忘れていた。いけない、リードがないのだった。しかして空を飛ばせば音楽が聞こえにくいし地を駆けさせれば鈍足だ。
やむなし。右手に豚肉を握り締め、道すがらの木をビシバシと打撃しながらマインは走る。
よしよし、いい子だ。我に続け。赤色エンドラもどき。
「どこへ行こうというの……?」
「きゅい、きゅいきゅい?」
“あああ、ジョゼフさま! お気を確かに! お水を……きゃあ!? まるでブレス! 冷たい! し、深呼吸ですジョゼフさま! え? 肉? 肉はもう勘弁しろ? そ、それはどういう……”
森の奥へ、深くへ、豚肉片手に駆け入って……マインは見つけた。
黄金の頭部をした村人もどきだ。同じ金色といっても鉄ブロック好きの頭部との差は明らかで、エンチャント済み金リンゴを思わせる稀少性に輝いている。そして胸部が巨大だ。牛的であり、ルイズとは明らかに別種である。
何にせよ、この個体だ。
この牛的黄金が音楽を発していたのだ。今はどうしてか沈黙してしまったが。
「だ、誰?」
マインは首を傾げつつも周囲を見渡した。
村だ。見慣れた規模であり、十軒ばかりの家が密集する様は懐かしさすら覚える。畑はあるもののやはりアイアンゴーレムがいない。もはやこの世界の村人の無防備さには呆れるよりなく、マインは空を仰いだ。村の規模のままに切り取られた青空に太陽が南中を過ぎたことを知る。
「こ、こんなに地面を走ったら、疲れて死んじゃうのね……シルフィに乗れば速いのね……」
「……村。こんなところに」
「子供と……は、裸の女の人!? あなたたちはなんなんですか? この村に……ひゃあ!?」
どこかを押せば、また音楽が発せられるだろうか。
マインはとりあえず牛的黄金の頭を押してみた。反応しない。肩を叩く。反応しない。胸を押す。やはり駄目。
「あ、や……はんっ」
よく見ると手に何か持っている。弓か。いや、それにしては欲張りに過ぎる品だ。一度に何本の矢を射るつもりか。エンチャントはされていないようだが。
「お姉ちゃんが大変だ! 変な奴だ! 怪しい奴……わあ、あのお姉ちゃん裸だ!」
「近づいちゃダメな種類のお姉ちゃんかも!」
「ティファニアお姉ちゃんだって脱いだら凄いぞ! 負けてなんかないぞ!」
「きゅい?」
「は、はぅぅ」
「あ! 何かいい匂いがするぞ! 肉だ!」
「何だろうこれ! あ! その変な奴だ! 肉持ってる!」
「ティファニアお姉ちゃんだっていい肉持ってるぞ! 胸に! いい匂いだし!」
「……渾沌」
走ったことでお腹が減ったから、マインは右手の焼き豚をかじっていた。
わらわらと湧いて出た村人もどき子供たちが寄って来た。そろって物欲しげであった。餌で誘引された家畜のようであり、また、懐いたオオカミのようでもあったから、焼き豚を与えた。
ハアンハアンと鳴き声が響いた。
この世界に来てからというもの随分と聞き慣れたそれに囲まれて、マインは首を傾げた。音楽を見失ってしまったから、胸の奥に残る響きに耳を澄ませていた。