ガラス製とおぼしき矢が数十と飛来し赤色エンドラもどきがダメージを負ってしまったから、マイン・クラフトは眼下の森への急降下を選択した。木立の疎らな場所を選んで着陸させる。すぐに豚肉を与える。
すると今度は見えない何かに横合いから叩かれた。ノックバック効果だけが発生したかのような現象だ。空中で足をバタバタさせつつマインは吹き飛び、着地した。何事だろうか。首を傾げる。
「おでれーた。あの娘は、相棒の主人とたまにつるんでたやつじゃねえか」
背中で不思議剣が鳴いている。マインはもう反対側へ首を傾げ直して、それを見た。
青頭子供だ。大きな棒を持った青頭子供がジッとマインを見つめている。
「命令だから」
この個体のハアンは小さくてよく聞こえない。
それよりも、とマインは周囲を見渡した。青頭子供がいるとなればあれもまたいるかもしれない。初めて見つけたエンダードラゴンもどき……青くて速そうなあの個体だ。どこだどこにいる。
「相棒、あの甲冑を出さねえの? もしかして持ってきてない?」
鋭い音がした。マインは驚いた。肩が裂けたのだ。
腕と足でも同じような現象が起きた。ダメージを負った。不思議である。この世界に来て二度目の体験だ。一度目はエンドラもどきを捕獲する際で、大したダメージではないものの、見えない剣が飛んでくるようなこの現象は避けようがない。
とりあえず焼き豚を食べる。見たところ青色エンドラもどきの姿はないが……マインにはわかる。見えずとも、近くに潜んでいる。そんな気がしてならない。
「無抵抗は無意味」
これみよがしに一枚を食べ終えて、もう一枚をばブンブンと振った。振りつつマインは耳を澄ませた。やはりだ。どこかから興奮したような鼻息が聞こえてくる。あの個体は生の豚肉よりも焼き豚を好んでいた。
「剣を抜くべき。これは最後の警告」
ならばとマインが取りだしたのは、ステーキである。
牛肉の旨味をギュっと閉じ込めるようにして焼き上げた逸品だ。ボリュームもある。ここへ来て牛の飼育が可能になったため生産可能となった。一口かじる。やはり美味い。豚肉とは餌も用途多様性も違う牛ならではの美味しさだ。
それを振る。旨味よ飛び散れとばかりに。どうだ、食べたかろうとばかりに。
出てこない。まだ出てこないか青色エンドラもどき。しかし本番はこれからだ。
マインはゆっくりと歩き出して、三ブロックほど剥き出しになっている石の側へ寄った。そして……打つ。石を打つ。ステーキで。ビダンビダンと旨味が音に乗る。勢い余って一ブロック破壊したから、次のブロックを叩く。
「……どうして」
どうした青いの、聞こえてくる鼻息が荒いぞ? そら、どこまで耐えようというのかね?
そうら、もう一ブロック石を壊してしまった。三つ目も壊したら……はて、どうなるというのか。マインは首を傾げた。どうして自分はステーキで石ブロックを破壊しているのだろう。興奮のあまり少し自分を見失っていたようだ。
「どうして、敵と、認めてさえいないの?」
「……相棒。とりあえず俺を抜いてみない? 何だろう、伝説、ちょっと居たたまれない」
「なら……!」
おや、とマインは気づいた。
十ブロックほど先に佇んでいる青頭子供……その周囲に何か透明なものが飛んでいる。氷だろうか。それにしては尖っている。まるで矢だ。いや、剣か。見る間に大きくなっていく。二ブロックほどの長さにもなった。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……」
はた、とマインは気づいた。
美しくも剣呑な氷剣……それは火の玉や光る矢に類するものかもしれない。特殊攻撃かもしれない。手に持ち構えてはいない。しかし剣だ。飛ばす物か。長大な棒の動きに連動する。十ブロックの距離は射程範囲内か。
ああ、これはつまり、敵対行為か?
マインは青頭子供を見る。思えばこの個体も棒を持っていた。エンドラもどきに乗っていた個体やルイズに比べると大きさが違い過ぎていたから思い至らなかった。
あれを振ると何かが起こる。いや、何かを起こす。弓矢を射るようなものだ。火の玉や光る矢や、爆発を飛ばしてくる。あるいは見えない剣も棒が原因か。
アイテムスロットを確認する。大量の木材を所持すべくダイヤ製防具は置いてきた。TNTはおろか弓矢も剣もない。あるのは斧だけだ。しかしこれで十分であろう。
マインは決めた。あの氷でできた何かが飛んできたら倒そうと。
「『ジャベリン』だ。人一人殺すにゃ充分な威力だが……相棒は食らっても平気そうだなあ」
青頭子供が棒を振った。氷でできた何かが飛んできた。
マインは斧を右手に握った。ダイヤ製の斧だ。奇しくも色が似ている。威力が青く輝いている。
わざわざダメージを負うのも馬鹿らしい。避けて、駆け寄り、青頭をかち割ろう。
仄かに軽くなった身体でマインが動こうとしたその刹那、もう一つの青色が割って入った。
「きゅいいいっ!!」
来た。青色エンドラもどきだ。
今か今かと飛び出てくるのを待ち望んだ個体が、素晴らしい速度でマインの目前に現れ、その胴体を氷でできた何かによって刺し貫かれたのである。
よし、何をおいても今度こそは。
マインはすぐにもダイヤ斧をしまってステーキを握りしめた。駆け寄る。氷でできた何かを回収する。中々のダメージが通ったようだ。一撃死しなくて良かったと思う。
「だ、ダメなのね……あぐ、アムアム……おねえさま、この御方と争っちゃダメなのね……モグモグ、モグッモグッ……きゅいきゅい!」
よしよし。食え。存分に食うがいい。
ステーキを四つ五つと与えながら、マインは少々の後悔を覚えていた。どうして、今、自分はリードを持っていないのか。この個体はエンドラもどき牧場の核となる逸材だ。どうあっても連れて帰らなければならない。
「……どうして? 餌付けられて……裏切るの?」
「もう! おねえさまのことをいつも見守るシルフィなのね! この御方はモグッ、ガツガツ! 美味しいお肉くれるけど、それはそれなのね! あ、まだ食べられるのね! ガツガツガツ……きゅい! この御方は大いなるハフハフッ、ガッガッガッ! 美味し過ぎてお腹の傷治ってたのね! きゅいきゅい!!」
ああ、どうして今日に限って黒曜石ブロックも置いてきてしまったのか。原木ブロックでどうにかなるものか。やらないよりはマシか。檻だ。今すぐ檻を作らなければ。窒息ダメージが入らないギリギリのところを見極めて、十重二重の、寄木というのも憚られるような何かを構築しようそうしよう。
「……話ができない。人に化けて」
「それもそうなのね! でも話したらまた大きなお口でお肉食べるのね!」
マインは固まった。驚きの余りピクリとも身動きがとれない。
何が、起きた?
いや、何が起きたかはわかっている。
青色エンドラもどきが、村人もどきになった。
目の前の出来事だ。目の錯覚ということはあり得ない。ポンという音がして変化した。青色エンドラもどきから青色頭部とでもいうべき個体へだ。青頭子供の親か。くっついている二体を見比べる。どこか似ている。いや、そんなことはどうでもいい。青色エンドラもどきはどこへ。いや、ここにいるこれか。いやしかし。
まさか、あれか。
豚がゾンビピッグマンへと変ずるあれに類する現象なのか。落雷ではなくステーキが引き金となって……忌まわしいそれが起きたのか。
「きゅい! この御方は『大いなる意志』に導かれて、『最果て』に挑む者なのね!」
混乱したままに、マインはステーキを食べた。
きゅい……としょぼくれた鳴き声が聞こえた。一枚与えたら、とても喜ばれた。