数十匹に増えた赤色エンドラもどきたちを見渡して、マイン・クラフトは二度三度と頷いた。
素晴らしい。繁殖時に火を噴くとは知らず危うく死にかけもしたが、そんな些細な失敗など消し飛ぶほどの光景である。水場兼炎上時飛び込み用の池がキラキラと輝く様はマインを祝福しているかのようだ。
「また増えてる……マイン、あんたどういう飼育してるのよ。こないだ二十匹も軍へ売ったばかりなのに」
「え、ルイズ、ちょっと待って。あなた今何て言ったの? 火竜を二個中隊分も融通したの?」
「何よ、キュルケ。別にいいでしょ? ゲルマニアとアルビオンは敵対してないんだし」
「違うわ、そういう問題じゃないのよ、ヴァリエール。あなたの使い魔が捕えた火竜って四匹だったのよね? それが何? 半月と経たずにどうやって増えたの? どうしたら増えるの?」
「餌の質と量じゃないの?」
「あなたね……竜騎士部隊の軍事的価値をわかってる?」
「うーん……マインの爆弾二つ分くらい? 代金として牧場と農園を始めるための色々を貰ったから、マインも納得してたけど」
観覧台にルイズの姿を認めて、マインは一度ジャンプした。丁度いい。小腹が減っている。
少し駆けて鶏猫牛のところへ行き、またがる。エンドラもどきは遠出用だ。日常においては着陸場所を選ばない鶏猫牛を愛用している。こちらももう一匹を確保して繁殖させたいところだ。馬以上の速度で地を駆けさせられるという点ではエンドラもどきよりも有能であることだし。
「あれ? タバサは? 一緒に来たんでしょ?」
「あー、それが……使い魔の風竜連れて雲隠れしちゃった。あなたの使い魔がドラゴン牧場をやってるって聞いたからじゃないかしら。何だか怖い顔してたわー」
「う、うーん……シルフィードだっけ? マイン、確かに執着してるみたいだけど……ドラゴンの餌用にって豚と牛の牧場も始めてるし、その飼料用の畑もやってるし、城の補修とか新築とかもしてるから、前みたく追っかけたりする暇ないと思うけど」
「待って。今、新築とか言わなかったかしら?」
「え? 言ったわよ?」
「気にはなってたのよ。あの丘の上で施工中の大規模建築……あれ、アルビオン王国の城塞じゃなくて、あなたの使い魔の居城なの?」
「そうよ? あ、大丈夫。国王陛下のお許しは賜ってるから」
「な、なんで許されるのよ……王城の目と鼻の先で……」
滑空と着陸は何度体験しても素敵だ。マインはまず鶏猫牛へ豚肉を一枚与え、次いでベイクドポテトを手に持った。ルイズと赤頭茶顔が交流している様子を眺めつつ、かじる。
思えば幸運であった、とマインは思う。ルイズと離れずにここの拠点化を進められている。
ルイズは五角形からなる大村落に所属する個体だと考えていたが、それは誤りであったらしい。この空中大陸に上がってからというもの、ルイズは壊れ城に起居するようになった。
マインはそれを不憫に思うから目に付く端から破損個所を修復しているし、再襲撃に備えて城の防御力の増強も図っている。近々エンドラもどきで大村落そばの拠点へ戻って溶岩バケツを大量に持ってくるつもりだ。ここは鉄もパワーストーンも豊富だが溶岩資源にだけは恵まれていない。
「相変わらずね、あなたの使い魔は。いつでもどこでも、誰も予想がつかないようなことをする。それが当然だっていう顔をしてね」
「それがマインよ。わたしの使い魔だわ」
「フフ……いい顔をして。また一つ、覚悟の高みへ昇ったのね? それでこそよ、ヴァリエール」
「何よそれ。上から目線で言ってくれちゃって。そっちこそしっかりなさいな、ツェルプストー」
「オホホ、それは貴き殿方に求婚され続けている女の余裕というものかしら?」
「な! ど! どこでそれを……じゃなくて、な、何のことかしら!?」
「待遇でわかるわよ。あなた、まるでお姫様のようにかしずかれてるじゃないの」
「そ、そそそそれは……大使! そう、大使としての!」
「大使にしては凄い部屋をあてがわれてるわよね? 王族のための階層だし、広いし豪奢だし……部屋の中に滝まであって。何あれ?」
「あ、それはマインが」
さて、とマインは首を回した。今日はこれから伐採だ。アイテムスロットを空にして臨み、たっぷりと木材を収集したい。既に深い森を発見している。どのエンドラもどきで行こうかと悩むのもまた楽しい。
「マイン、出かけるのね? 火竜で行くってことは、帰りは夜かしら」
「あらあらー、何だか夫の帰りを待つ妻のような言葉だこと」
「相変わらずの思考回路ね……わたしはマインの主人だもの。堂々と待たなくちゃいけないのよ」
「あ、そういえばあのお髭の子爵は? 婚約者なのよね?」
「……元ね。ワルドは殿下と一緒に前線よ。アルビオンが治まるにはもう少しだけかかるみたい」
「噂には聞いてたけど、その事実だけとってみても、トリステインとアルビオンは蜜月よねぇ……ゲルマニアはどうなるのかしら」
「ああ、姫さまのお輿入れの話、なくなったもんね」
「『レコン・キスタ』だっけ? そういう降ってわいたような脅威があってはじめて成り立つ話だもの。それがなくなれば元通りになるだけ。トリステインとゲルマニアは領土問題を抱える歴史的な敵対関係……あたしたちの家同士もね」
「……敵……」
ルイズを見る。相変わらずのピンク色である。村人もどきとの交流を好み、好物は砂糖を素材とする食料だ。馬や鶏猫牛、エンドラもどきに乗ると上機嫌になる。知れば知るほどにマインは感じたものだ。爆発が、ルイズにとってさして重要な特徴ではないということを。
まあ、怖いことは怖いが。
観覧台から赤色エンドラもどきを見渡す。いかにも空を飛びたげな一匹を見定め、そこへ向かって走り出した。鶏猫牛は残したままでいい。ルイズが乗るかもしれないし、乗らないなら乗らないでいいようにするだろう。
「……ねえ、キュルケ」
「何? ルイズ」
「貴族の誇りって、土地に縛られるものなのかしら」
「……実質的には。貴族の始まりを紐解けば、本来的には違うのかもしれないけど」
「マインは飛ぶわ。何に縛られることもなく、どこへでも自由に。たった一つ……わたしのことだけは、いつも振り返りながら」
「そうね。それが主人と使い魔の関係と言ってしまえばそれまでだけど……それだけで収まるわけがないのかもね。あなたと、あなたの使い魔に限っては」
「わたしは……マインの主人たるわたしは……土地に縛られてはいけないのかもしれないって、そう思うの」
「ルイズ……あなた……」
「まだうまく考えがまとまってないんだけど、でも、これだけは言えるわ」
さあ、行くか。楽しい楽しい大伐採だ。
何スタックも収集していればリンゴもたくさん拾えるだろう。あの金リンゴパイを作ってみようかと思いつき、マインは首をグリグリと振り回した。いいアイデアだ。きっとルイズが喜ぶはず。
「キュルケ。あんたはわたしの友達よ。敵ではないわ」
「……うん。あなたはあたしの友達で、間違いないわ」
ルイズが笑っている。眩いばかりの笑顔だ。
だからマインは尚一層に首を回した。クラクラする。どちらが天でどちらが地か。
「マイン! いい加減にしなさい! あんた、首、取れちゃうわよ!?」
ルイズの声を聞きながら、マインは森へと向かった。今日も楽しい一日になりそうだった。