はて、地下に潜ってどれくらい経ったろうか。
かまどで鉄インゴットを精製しつつ松明を何ブロック間隔で壁に据え付けたものか思案していたマイン・クラフトは、小腹が空いてきたこともあって、作業を小休止することにした。
焼き豚のうま味を味わいながら、つくづくと思う。拠点づくりは心が洗われると。
ベッド、作業台、チェスト、かまど。最低限この四つさえこさえれば、周辺を探索あるいは開拓するための拠点とすることができる。広い世界の中に己の安息地を得る幸せは何にも勝る。
環境がよければ拠点を拡張、あるいは新規に大規模な建築を始めればいい。本拠地としていた山上城塞も、洞窟の仮拠点を活用しながら建てたものだ。朝日を拝む雄大なベランダ、日の光を受け止めて爽やかなガラス壁の広間、夕日を正面に見て静かなる尖塔、本棚に囲まれ神秘の文言の浮かぶエンチャント部屋……素晴らしき建築物たち。
うっとりとした回想は、爆発音と衝撃によって中断を余儀なくされた。
すわ、クリーパー!?
マインは慌てて二列並びの丸石製階段を駆け登った。樫の木階段を組み合わせたテント風極小建築物へ至れば地上である。小奇麗な白樺製扉を開いて外へと出る。
晴天の下、土壁の一画が爆破されていた。
もうもうと上がる土煙の向こう側には、はたしてピンク頭がいて木の棒を構えている。
「やっぱりいたわね! こんなところに土の壁なんて作って、何してるのよ! 使い魔のくせに!」
何やらキャンキャンと喚きたてている。威嚇行動なのかもしれない。やはりさっさと射殺すべきか。
間合いをとろうとしたところで、マインはピンク頭が今日も仲間連れであることに気づいた。赤い頭部で顔の茶色い村人もどきが、こちらは棒を持たずに立っている。
「あんたの使い魔、ほんとに人間なのね! ある意味、凄いじゃない!」
「うるさいわよ、キュルケ! 勝手についてきて!」
「だって見てみたいじゃない。使い魔として召喚された上、契約に抵抗して吹き飛ばされた平民だなんて……しかも契約したらしたで、主人の授業中に逃げ出したっていうんだから。面白すぎるじゃないの」
「面白くないわよ! 馬鹿にして!」
仲間割れだろうか。それとも新手の求愛行動だろうか。
いずれにせよマインは放っておくことにした。今はそれよりも気になることがある。
「どうせ使い魔にするなら、あんたもこういうブランド物にすればよかったのにー」
何だろうか、あの赤い生物は。
赤頭茶顔の傍らに控えているそれは、これまでマインが見たどんな動物、モンスターとも似ていない。なめし皮のような艶々とした体表も奇妙だが、何よりその尻尾だ。燃えている。いや、炎そのものだ。ブレイズと同じような危険性があるだろうか。
「そんなことより、授業よ!」
炎尻尾は見たところ従順な様子だ。番犬にしていた狼を思い出させる。欲しい。マインはこの正体不明ながらも魅力的な動物を自分の従僕にしたくてたまらなくなった。
だって、あの尻尾……探索に便利すぎる。照明的な意味で。
「昨日の今日なんだから、シュヴルーズ先生の授業は使い魔のお披露目会になるわ。どんなにハズレだって、わたしもあんたを連れてかないと!」
見れば見るほどに素晴らしい尻尾だ。夜によし、地下によしだ。どこに生息しているのだろうか。何を与えれば懐くのだろうか。
「ついてきなさい! あ、朝食は抜きだからね! 勝手に部屋を抜け出した罰として!」
「あなたの部屋、ミスタ・コルベールが『ロック』をかけたのよね? どうやって逃げ出したのかしら」
「そういえば、そうね……窓も何ともなってなかったし」
「ゼロの部屋は魔法の効果もゼロになるのかしら?」
「なっ、どういう意味よ!」
大きいなあ。尻尾をフリフリとして歩くんだなあ。戦えるのかなあ。遠く離れたらテレポートしてきてくれるのかなあ。
マインはサラマンダーの後を追う。観察し、あわよくばこの個体を得たいと思う。
赤頭茶顔との取引で手に入るなら、ダイヤブロックを出しても惜しくない……ああ、しかし持ってきていない! 本拠地のチェストにしまったままだ! だってエンダードラゴンと戦うつもりだったから!
「ちょ、ちょっと、何よ……そんな悲しそうな顔したって駄目なんだから。お腹減らせて反省しなさい!」
「あらあら、可哀想にー。フレイムには負けるけれど、よく見れば味があって可愛らしい顔立ちなのに」
「キュルケ! 気持ちの悪いこと言わないで!」
欲しいなあ。この火炎尻尾、欲しいなあ。
フリフリに魅入られながらフラフラと歩いていくマインは、その後、驚愕のあまりジャンプを繰り返すことになった。ピンク頭が入っていった大部屋には、なんとなんと、未知の生き物が満ち満ちていたからである。
凄い、凄いぞ、この世界は……! あ、小麦! 小麦と木の柵! あと、縄! 縄も!
マインは興奮した。そしてその分だけ油断もしていたのだろう。
気がつけばピンク頭が前方へ出て棒を振っていた。そうすることでクリーパーとしての本領を発揮した。爆発である。
「だから言ったのに! ゼロのルイズにやらせたらこうなるんだよ!」
「ああ!? 俺のラッキーが!」
大騒ぎである。
「いいじゃない、別に……貴方も私と一緒に使い魔再召喚しようよ。哀しみを乗り越えようよ」
「貴女の豚ちゃん、何にやられちゃったのかしらね」
これは好機でもある。いずれ捕らえて手懐けるために色々と知らねば。
マインはしっかりと魅力的な生き物たちの生態を記憶した。炎尻尾は火を口から発射する。太くて長い足無しは黒い鳥を食べる。羽根がついているものは大体飛ぶ。
本と羽ペンが欲しいところだった。