マイクラな使い魔   作:あるなし

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サドルとウィッチとグリフォン

 未だドキドキと落ち着かない胸を押さえつつ、マイン・クラフトは馬にサドルを着けていた。

 夜明け前だ。あいや日が昇り始めたか。つまりは本来のマインの起床時刻である。それよりも早く起きて馬の支度をしているのは、ベッドで寝ているところをルイズに叩き起こされたからだ。

 恐怖であった。まっこと恐怖体験であった。目覚めればルイズという事件は既に経験していたが、まさか絶対安全状態であるはずの寝込みを襲われるとは。クリーパーもピンク色になると脅威の底が知れない。

 

「ギーシュ、本当についてくる気なの?」

「グラモンの家名に誓って許されたことさ。冗談のわけがないだろう?」

「元帥を輩出する家の誇り、ということ? 公式に賞賛される任務ではないのに?」

「ルイズ、君が知らないのも無理はないが……軍隊にとって非正規戦なんて珍しい話じゃないんだ。華やかな軍装を整えるその裏に借財の必死が隠されていることもあるように、軍人の誇りにも色々な種類があるということを知っておいてほしいな」

「……ふーん」

 

 ルイズが金色頭部と交流している。あの強力な宝石は手にくくりつけてあるようだ。マインはジッとそれを観察した。やはりエンチャントされている。欲しい。しかしルイズを敵に回す気にはなれない。

 マインはため息交じりに木炭と棒を組み合わせて松明を作った。作業台なしにできる手慰みだ。

 ジ・エンドへ向かうつもりが二つ月の世界に目覚めて早二十日あまり……どうにも習慣が乱れている気がしてならなかった。行動半径の話である。

 大村落と、その周辺地域たる草原と森と、地下線路で連結させた町……このところのマインの居所だ。仮拠点から仮の字が消えることはままあるとしても、無限に広がる世界を前にして冒険を開始せずにいる己にマインは首を傾げるばかりだ。

 原因は知れている。ルイズだ。

 ピンク頭のクリーパー的何かである特殊個体がマインの行動範囲を狭めている。何か目の離せないところがあって、ベッド一つ抱えての探索行へと踏み切れない。側にいようと考えてしまう。今もどこかへ遠出しようという素振りを見せるから着いていく腹積もりだ。

 その一方で、ブランチマイニングもまたいつも通りに進行していない。

 パワーストーンの鉱脈が大きく立ち塞がっていて岩盤を拝みに行けないのだ。無理に突破しようにも周囲が発光する鉱石まみれではどうしたってツルハシを振るう勢いがつかない。ネザーにおける溶岩浴の記憶が甦る。

 

「あんたは使い魔連れてくの?」

「うーん……連れていきたいんだけど、駄目かな?」

「駄目ってことはないけど、確かジャイアントモールよね? 目的地、アルビオンなんだけど」

「そうなんだよなぁ……! 離れ離れになるなんてつらすぎるけど、ヴェルダンデを船に乗せるのも可哀想だし……うう……」

「ああ、眩しいとか、そういうの? マインならどうとでもできるんじゃない?」

「え? あ! そうか! そうだよ! 君の使い魔なら船倉一杯の土だってどこからともなく!」

「それ、もう船倉っていうより巣箱よね……」

「ありがとうありがとう! ああ! 素敵な初陣になりそうだ! ぼくの可愛い可愛いヴェル……うわあ!?」

 

 ルイズは繁殖に際していつも受け身だなとマインが眺めていると、どうしたことか、金色頭部が目的を達することなく吹き飛んでいった。爆発ではない。土が一ブロックも削られていない。

 

「そこまでだ。バラを手に婚約者を口説かれていて見過ごしにできるほど、僕は軟弱ではない。納得がいかないなら決闘も止む無しだが、やめておいた方がいいと忠告しておこう。魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 

 ウィッチだ! とうとう草原にスポーンしたか!? それとも村人に落雷直撃か!? 

 マインは興奮しつつも即座にダイヤ剣を装備した。このモンスターは悪性のポーションを投げつけられる前に一気に倒す必要がある。一足飛びに間合いを侵略する。

 

「姫殿下より、きみたちに同行するよう命じられ……うお!?」

「マイン駄目!!」

 

 剣を振り下ろすその瞬間に気づいたことがあって、マインは攻撃を取りやめた。髭だ。この個体は髭を生やしている。鼻もブラリと長くない。ルイズの例もある。ウィッチのようでいてウィッチでない何かかもしれない。首を捻る。

 

「剣を納めて、マイン。今のは誤解しても仕方がなかったけど、その人は敵じゃないの」

「あ、ああ……すまなかった。僕は敵じゃない。姫殿下より、きみたちに同行するよう命じられたんだ」

「……ワルドさま。あなたも誤解なさってます。あなたが風で吹き飛ばした彼は、ギーシュ・ド・グラモン。かのグラモン元帥の息子で、勇気と忠誠とをもって今回の任務に志願した仲間です。先ほどのやり取りも戦場へ向かうに際しての意気軒昂を表わしたものでした」

「そ、そうか。どうやら早合点してしまったようだ」

「いてて……ご紹介にあずりました、ギーシュ・ド・グラモンです。勇名をはせるグリフォン隊の隊長閣下と任務をご一緒できること、光栄に存じます。よろしくお願い致します」

「グラモン元帥の御子息とあれば頼もしい。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 やはりだ。マインはウムウムと頷いた。この個体はウィッチ風の村人もどきだったようだ。持ち替えやすい位置に牛乳を配した措置も杞憂だった。無駄遣いにならなくて御の字である。牛を繁殖させられていない現状、黒色頭部との取引で得たこれは貴重品だ。

 

「それで、そっちの……見たところ『メイジ殺し』らしいが?」

「マインです。わたしの大切な……誰よりも頼もしい使い魔ですわ」 

 

 ところで、何だろうか。あの不思議な生き物は。

 のそりと近づいてきた、鶏とヤマネコを混ぜて雷を落とした挙句に牛の大きさへ膨らましたような生き物を見つめる。徐々に近づく。手には豚肉を持っている。

 

「そ、そうか……人……なのか? あれは?」

「ちょ、ちょっとマイン! それやめてっていつも言ってるでしょ!」

 

 マインは首をグリグリと激しく動かした。

 なぜなら不思議生き物の背にサドルを見出したからである。乗れる、これは!


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