夜、階段を登るとルイズがいたから、マイン・クラフトはギョッとして羊毛を取り落した。
場所は拠点一階である。油断もしている。見慣れたピンク色とはいえ、不意にクリーパー的存在と出くわせば慌ててしまって当然だ。往々にして奴らは気配を殺し忍び寄ってくるものゆえに。
「あ、ふかふか……ギュってする……」
羊毛を取られた。絨毯と絵画を作った際の余り物だが、牧場に羊がいない現状、それなりにレアな素材である。マインとしても色々とやりくりしているのだ。この世界ではモンスタースポナーどころかモンスターのスポーン自体が確認できないから、他にも火薬や火薬、あとは火薬などの入手手段にも難儀している。
「……あったかい……」
ピンク色が丸まってるとどうしたって豚みたいだな、とマインは焼き豚を取り出してかじり始めた。これと取り換えてくれないだろうかと思う。
豚肉は大量に確保している。二匹の豚を黒色頭部との取引で入手し、大量のニンジンでもって急速な繁殖を実施したからだ。エンチャントなし鉄剣でもどうしてか一殺で四、五個の肉を獲得できる今のマインにとって焼き豚と羊毛との交換レートは八対一である。
ちなみにマインが支払ったのは鉄斧だった。エメラルドでは甲高いハアンを鳴かせるばかりで一向に取引として決着しない。ならばと思いついたのが金色頭の大好きな鉄である。鉄ブロックおよび鉄製品を並べたところ斧が選ばれた形だ。当たりだ、と思った。それはパワーランクこそ低いものの効率強化のエンチャントを施した品だった。
そう、本も不足している。どこかに図書室のある遺跡か司書のいる村はないだろうか。
「姫さま……ワルドさま……」
さても、どうしたものか。マインは首を捻った。
ルイズがこの仮であることをやめた拠点を訪れることは珍しくないが、夜半であることは稀である。そしてそういう時には他の村人もどきが集まってくる傾向があるのだ。
あれも来るかな……骨も小麦も駄目なら今度は肉だ肉。豚肉一スタック。
ウロウロと動き中腰を繰り返す。このところマインはとある生き物に執着している。巨大ゴーレムと共に遭遇したエンダードラゴンもどきだ。あの青い翼の根元にサドルを着けたい。空を旅したい。海底でも地中でも巨大建造物を発見してきたのだ。天空にだって何かあるに違いない。見つけたい。あと空にも拠点を作ってみたい。
コツン、コツン、コンコンコン。
奇妙な音が入口から聞こえてきて、ルイズが丸まることをやめて、マインは羊毛を回収した。
そしてやはりか村人もどきが扉を開けて入ってきた。黒い頭部だがあの黒色頭部とは違う個体のような気がする。それは首をグリグリと動かして……棒を振った!
「姫殿下!」
「お久しぶりね。ルイズ・フランソ……え?」
「マイン!?」
ダイヤ装備一式でルイズの前に割り込んだマインだが、爆発も何も起こらなかったから、はてなと首を捻った。キラキラと光るものが飛んだ気もしたので、もう少し様子を見ることにする。とりあえず防御姿勢をとろうとして……愕然とした。
防御できない。右手の剣で防御姿勢がとれない。何か左手がむずむずとするばかりだ。ならば。
「おう、相棒。ちょっと聞きてえんだが、お前さん、豚に恨みでもあるのか? 畜産業ってなそういうもんだと知っちゃあいるが、さすがにあの屠殺の仕方はやりすぎだと思うぜ……あれじゃ虐殺だ……すぐ増える豚にもおでれーたけど」
これだ。この耐久度を回復する不思議剣を左手に構えるしかない。防御効果があるかどうかといえばない気もするマインだが、羊毛や食料よりはマシであろう。
「マイン、大丈夫だから。この御方はトリステインの王女アンリエッタ様。わたしたち貴族が忠誠を捧げる王族であらせられるの。どうしてここにお越しになったかについては、わたしもわからないけど……」
「あ、ああ、ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! わたくしたちの間でそんな寒々しい言葉はやめてちょうだい! おともだちじゃないの! 思い出して! 幼い心を自由と希望に満ち溢れさせていた、懐かしくも輝かしいあの日々を!」
鳴き声がとてもうるさいが、敵ではなかったらしい。むしろ逆だ。黒々大声はルイズへの求愛の姿勢を見せている。どうしたものかとルイズを振り返ると頷いた。繁殖する気らしい。マインは脇へどいた。産まれる個体は何色頭部だろうかと思う。
「まさか姫殿下がわたしのことを覚えていてくださったなんて……幼少の頃のこととはいえ、今にして思えば無礼と暴挙を働きました。恐懼するばかりです」
「まあ! 抱きしめていてもまだよそよそしいだなんて! ルイズとの思い出は全部が宝物よ? 一緒になって駆け回って、泥だらけになって、傷だらけになって……あんなに楽しく笑いあったのだから!」
「……姫さま……」
なかなか子供が産まれない。ルイズの方の発情が足りない気がする。しかしマインは今小麦を持っていない上に、そもそも村人もどきに有効なアイテムを探り当てていない。最近は赤いポーションを疑っている。
「ところで、そちらはルイズの?」
「はい。わたしの使い魔です。わたしにはもったいないくらいの。先ほどは粗相をいたしましたが、異文化に属するゆえのこととお許しくださいませ」
「それは構いませんが……それにしても……」
黒々大声が顔を向けてきたから、マインは一歩退いた。
「ルイズ・フランソワーズ。あなたって本当に変わっているのね。わたくし、何だか言葉が見つからないわ」
発情は治まっていたようだ。マインはホッとしてベイクドポテトをかじり始めた。