魔法少女リリカルなのはStrikerS -Another Sankt King- Re:   作:炎狼

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第三話

 六課の隊舎近くに併設されている陸戦空間シュミレータは、陸戦魔導師を鍛えるための空間を擬似的に生成するシュミレータである。

 

 市街地や森林、廃ビル群などのフィールド生成はもちろん、建物の配置を含めた障害物や足場の設定も可能となっている。

 

 そして今、シュミレータは使われなくなった旧市街の廃ビル群をモチーフとしたフィールドを生成している。ところどころひび割れたビル群の他に、道路上には倒壊したビルの残骸や、廃棄された車両などが障害物として存在している。

 

 するとシュミレータで生成されているビルの上階から白色の魔力光が漏れ出した。見ると、ビルの中を駆け抜ける聖の姿があった。

 

 今、彼は機動六課の戦力調査。のようなものを受けている真っ最中なのだ。調査と言ってもあくまで形式的なものなので、結果がどうあれ聖が六課に所属することは変わらないのだが。

 

 けれども、形式上とはいえ己の力を見せるには良い機会だと感じた聖は、ただ今全力で挑んでいる。

 

 通路を駆けていると、角から人質を模したプレートが現れた。だが、それを確認したのも束の間、プレートの影から攻撃用のスフィアが2機、姿を現した。

 

 同時にスフィアは小さな魔力弾を放ってくるが、その速さたるやBランク程度の魔導師ランク試験で放たれる魔力弾の速度ではない。

 

 けれども聖は自身の顔面に目掛けて飛来した魔力弾を避けようともせずにスフィアに向けて突っ込んでいく。

 

 魔力弾はその軌道どおり聖の顔面に直撃し、白い爆煙を上げた。しかし、爆煙が一瞬揺らいだかと思うと、煙の中から無傷の聖が飛び出し、2機を一刀で斬り堕とした。

 

 聖の顔の前には白色の魔力光を放つ『近代ベルカ式』の魔法陣がゆっくりと回転しながら展開していた。

 

「今ので13機落としたか。安綱、送られてきたデータと照合」

 

 走るスピードを落とさずに聖が問うと、相棒の安綱の声が飛んでくる。

 

〈あと3機でこのビルにいるオートスフィアは殲滅完了となります。全体的に見ると先ほどの2機で70機いるうちの13機を倒しました〉

 

「あと57機か。ちっとばかしペース上げるぞ」

 

〈了解〉

 

 グッと足に力をこめた聖は走る速度をさらに上げていく。

 

 

 

 

 ビルの中を駆け抜けながら攻撃用のオートスフィアを次々に撃墜していく聖の姿は、なのはが操作しているサーチャーから送られてくる映像にうつっている。

 

「聖くんなかなか速いなぁ。シューターの使い方も上手いし」

 

「そうですね。動きにも無駄がなくてさすがSSランクの魔導師です!」

 

 映像を見ながらはやてとリインが感心したような声を上げる。口元はやや上がっており笑み交じりだ。

 

 けれどもそんな彼女に対してやや否定的な言葉を漏らしたのはなのはだった。

 

「うん。確かに二人の言うとおりかもしれない。けど、ちょっと強引なところもあるね」

 

「だね。さっきのところは特にそれが現れてたかも。いくら防御(シールド)があるといっても突っ込むのは褒められないかも」

 

 なのはの意見にフェイトも賛同するが、様子を見守っていたシグナムは微笑を浮かべてから声を発した。

 

「お前たちの意見は最もだが、裏を返してしまえば聖の自信の現れだろう。『決して貫かれることのない鉄壁の防御が俺にはある』というな。それにアイツも防御する攻撃か、回避するべき攻撃は見定めている。そら、今がそうだろう」

 

 シグナムが顎で差したモニタには聖が別のビルに飛び移った直後、中型のスフィアからの攻撃を後退しながら回避している映像が流れていた。

 

「あのスフィアは小型のものよりも攻撃力が高い。そうだな、高町」

 

「はい。大型スフィアより威力は落ちますけど、小型と比べるとかなり違います」

 

「だろうな。聖もその辺りはしっかりと見極めが出来ているのだろうさ。だからというわけではないが、そうアイツを責めてやるな」

 

「別に責めてるわけじゃないですよー!」

 

「そうだよ、シグナム! 私たちはちょっと危ないかなーって思っただけで」

 

 シグナムに二人があたふたしながら抗議するが、シグナムは微笑を浮かべながら小さく肩を竦めるだけだった。

 

 三人は決して言い合いには発展しなかったが、少しの間モニタから視線を外してしまっていた。その間に、モニタをはやてと観察していたリインが「あっ」と声を漏らす。

 

「どしたん、リイン」

 

「今、白雲執務官の足元が少しだけ光ったように見えたんです。同時に執務官の移動速度が上がったような……」

 

「気になるんなら少し巻き戻して確認してみよか。なのはちゃん、お願いできるか?」

 

「いいよー。ちょっと待っててね」

 

 なのはは小さなモニタを呼び出し、先ほど録画していた映像のデータの一部をコピーし、はやてとリインの前にモニタを表示させた。

 

 確かにリインの言ったとおり、そのモニタの中で聖の足元が小さく光ったように見える。もっとよく観察するため、はやては映像を一時停止させる。

 

「これって魔法陣だよね?」

 

「みたいやなぁ、でもなんで足元なんかに……。あ、もしかして!」

 

 何か思い至ったのか、はやては映像を再生する。少しの間映像をじっくりと観察していたはやては、やがて満足そうに頷いた。

 

「なるほどなるほど、そういうことか。やっぱり聖くんおもろいなぁ」

 

「はやてちゃん、どういうことです?」

 

 はやての肩に乗ったリインが小首をかしげると、はやてはどこか得意げに解説を始めた。

 

「ええか、リイン。聖くんがやったんはすごく単純なことなんよ。あの瞬間、聖くんがやったんは魔力爆発」

 

「魔力爆発……。まさか白雲執務官はその魔力爆発で発生したエネルギーでスピードアップしてるってことですか!?」

 

「原理自体はそんなもんやろね。まぁそのままやっても対してエネルギーには変換できてへんと思うから細かく調整しとるとは思うけど」

 

「でもそれってかなり危険なことなんじゃ……」

 

 リインが苦い顔を浮かべる。それも無理はないだろう。魔力爆発には十分な破壊力があるからだ。例えばシューターにそれを仕込んで相手にぶつけたしても、相手には明確なダメージが及ぶ。

 

 非殺傷設定というものがあれど、失敗でもすれば捻挫程度ではすまないだろう。悪ければ足の骨を複数箇所折る可能性もある。もっと悪ければ神経を傷つけてしまうリスクもある。

 

「まぁ確かにリインの言うとおり、危険なのは確かやけど、さっきシグナムもいっとったやろ? 聖くんにはあれを使いこなせるだけの技量と、自信がある。この自信は決して慢心やない」

 

「それはわかりますけど……」

 

「そないにすぐに理解しようとせんでええと思うよ。どうしても理解したいんなら、あとで聖くんに聞いてみればええ」

 

 はやてはリインから視線を外して、大きなモニタに表示されている聖の姿を見やる。その中でも聖は魔力を足元で爆発させて素早く移動し、スフィアを次々に破壊していった。

 

 しかも今度は単発で爆発を起すのではなく、間隔を空けながら連続で使用しているので移動速度は先ほどまでの比ではない。

 

 

 

 

 魔力を足元で爆発させながらビル内を駆け巡る聖は、次々と現れるスフィアを撃墜していった。

 

 やがて全てのビルの制圧を終えるた聖であるが、その顔はあまり芳しくはない。

 

「3機足りねぇな」

 

 この戦力調査はフィールド内にある廃ビルのいくつかの中に潜むスフィアの殲滅が主な課題となっている。スフィアの数は合計で70機のはずなのだが、ビルから出てくる前に撃墜したものとあわせても67機と3機足りないのだ。

 

「どこかで見落とした……いや、それはないな」

 

 ビルをかけながら撃墜している最中も常に周囲には気を配っていたが、離脱するような動きをするスフィアはなかった。

 

「となると考えられるのは一つか」

 

 口元に手を当てながらゴールを見やる。ゴールがあるのはこの場所から少し行ったところだ。

 

「この一本道のどこかに潜んでいるか、もしくは両脇のビルの中にいるかだな」

 

 小さく息をついた聖はゴールに向けて走り出した。

 

 走り出してから数秒も経たない内に、安綱が警告を発した。

 

〈聖様、前方50メートルから強力な魔力反応です〉

 

「ああ。こっちでも今見えた」

 

 答えると同時にその場から飛び退く聖だが、飛び退いた瞬間、今度は左前方から魔力弾が放たれた。

 

 驚いた様子を見せるが、焦らずに突き出した右掌の前でシールドを展開して魔力弾を防いだ聖は、近くにあったビルの残骸の陰に身を隠す。

 

「やっぱりこの一本道に仕込んでたか。安綱、距離と狙撃場所の予測はつくか?」

 

〈右から放たれた魔力弾は約50メートル右前方にあるビルの五階から、左から放たれた魔力弾は約60メートル左前方にあるビルの最上階に発生源があると予測します。魔力弾の威力からして、配置されているのはこれかと〉

 

 安綱がモニタで映し出したのは大型の狙撃型オートスフィアだった。このスフィアは魔導師がBランクに上がる時の試験でも約4分の1の確立で出現する障害であり、一般的なBランク魔導師がこれに当たると対処が非常に困難であり受験者の大半が落第してしまうほどの関門だ。

 

 Bランクの試験で配置されるのは1機だけだが、今回は改良型というだけあって2機も配置しているらしい。

 

「ったく、スパルタなことしてくれるな。高町教導官は」

 

 苦笑しながらも軽口を叩いた聖はタイマーを確認する。

 

 残り時間は5分と表示されている。余裕がないわけではないが、多少急がなければならないだろう。なにせ今確認できているのは残り3機のうちの2機のみ。2機を破壊しても残り1機が残っている。

 

「安綱。魔力弾が放たれてから俺に到達するまでの時間は?」

 

〈約1.5秒かと。連射も可能と考えられますので立ち止まってしまうといい的になります〉

 

「常に動き回ってかく乱するしかねぇな。あーあ、幻術を使えるようにしとくべきだったか」

 

 ガリガリと頭を掻くと、静かに息をついてから意を決したように瓦礫の影から飛び出して足元で魔力を爆発させる。

 

 グンッと加速しながら道路を駆けると、先ほど聖が飛び出した場所に魔力弾が着弾し土煙を上げる。

 

 それに決して臆することなくスフィアをかく乱するためジグザグに動きながら右前方のビルに潜んでいるスフィアに向けて突き進む。

 

 スフィアからの攻撃と聖の移動速度は約0.5秒ほどの誤差があるようで、聖の動いた直後に魔力弾が着弾する形となっている。

 

 右側のスフィアが潜むビルの近くにやってくると、聖は崩れた外壁の穴に向けてジャンプするこれもただのジャンプではなく、身体強化の魔法と、魔力爆発を併用したものだ。

 

 一気に五階に躍り出た聖に対し、スフィアは容赦のない攻撃を放ってくる。それをシールドを展開することで防ぐと、背後から迫る魔力弾に見向きもせずに眼前にいるスフィアを見据えて駆け出す。

 

 納刀した安綱の柄に手をかけるとスフィアの真横を駆け抜けながら振り抜いた。

 

(ザン)ッッ!!」

 

 スフィアが常に展開しているバリアすらも切り裂いた一閃は、白い光の帯となって軌跡を描いていた。

 

 聖の背後でスフィアに亀裂が入り、亀裂よりも上の部分がズレて紫電がバチバチと洩れ出ていた。

 

 それを確認もせずに聖はその場から飛び退く。斜め向かい側にいるスフィアからの攻撃を避けるためだ。

 

 案の定先ほどまで立っていた場所に魔力弾が着弾した。

 

「左側の方は追尾が強くなってるみたいだな」

 

 呟きながら次々に飛来する魔力弾をギリギリの寸でのところで回避する。

 

 ……さてどうするか。いちいち向こうまで行って斬るのも時間の無駄だな。じゃあ、やることは一つだな。

 

 ニッと笑みを浮かべた聖は、抜き身の状態の安綱の切先に魔力を集中させる。白い魔法陣が切先に展開し、小さな魔力の球体が出現した。

 

 飛来する攻撃を回避しながら対象であるスフィアを確認できる壁際まで移動すると、そのまま切先をスフィアに向ける。

 

 瞬時に切先に展開していた魔法陣の先に更に三重の魔法陣が続けて展開していく。先に行くにつれて魔法陣は小さくなっており、一番前に展開しているものは切先近くの魔法陣の4分の1ほどの大きさしかない。

 

 そして斜め向かいのビルから魔力弾の燐光が弾け、真っ直ぐに聖に向かってくる。聖は右の上腕に左手をそえる。

 

「ルクス・ブレイザーッ!!」

 

 声と共に放たれた砲撃魔法は、非常に細く小さなものだった。圧倒的に魔力弾の方が大きいのは一目瞭然だ。

 

 やがて魔力弾と砲撃魔法が激突し、小さな電光が迸った。一瞬だけ競り合ったようにも見えたが、スフィアが放った魔力弾は砲撃魔法によって砕かれ、空気中に弾けて消える。

 

 砲撃魔法は威力を損なうことなく真っ直ぐに突き進み、スフィアのバリアとぶつかり合った。バリアを展開している間は、スフィアも魔力弾を発射することは出来ないが、これを貫けなければ再び攻撃が始まるだろう。

 

 砲撃魔法とバリアの衝突により、先ほどの魔力弾とは比べ物にならない電光がバチバチと明滅しながら周囲を照らす。

 

 だが、この競り合いにも終わりが見え始めた。バリアに小さな亀裂が入ったのだ。その手ごたえは聖にしっかり伝わっており、彼は不敵な笑みを浮かべると小さく告げた。

 

「貫け」

 

 その言葉通り、次の瞬間バリアはガラスが割れるような音と共に砕け散り、白い閃光がスフィアの中心を貫いた。

 

 本来、あのようなバリアを破壊するには、バリアのプログラムに割り込みをかけて侵食、破壊するのが常套手段なのだが、聖は砲撃魔法を極限まで細くすることで貫通力を増加させ、バリアの一点を集中的に攻撃したのだ。

 

 核を貫かれたことにより、スフィアは機能を停止し、小さな爆発を起したあと黒煙を立ち上らせた。

 

「これで2機撃破と。残り時間は……」

 

 息をついた聖がタイマーを覗き込むと残り時間は3分半残されている。しかし、まだ終わりではないはずだ。あと1機撃墜していないターゲットがいる。

 

 もしかするとこの先のゴール手前に配置されているのかもしれないと考えた聖は、五階から飛び降りてゴールへと駆け出す。

 

 そしてゴールまで三十メートルに迫った時、地面が一瞬歪んだ。警戒をあらわにした聖は安綱を抜き放つ。

 

「いよいよ最終関門ってか?」

 

 肩を竦めた聖であるが、地面の歪みから現れた物体に表情を強張らせることとなる。

 

 地面の歪みから出現したのは、水色と黒味が強い灰色の配色がなされた楕円形のボディの機械だった。前面には僅かに濃くなった水色のプレートに、四つの半球が埋め込まれており、その中心には半透明の黄色のカメラが妖しく光を反射していた。

 

 聖はこの機械を知っている。心の奥底に封印していた忌まわしき記憶の中にはっきりと刻まれている。この機体と、その前に立つ白衣を纏った紫色の頭髪と、妖しく輝く黄金の瞳、そして三日月のように吊り上げられた口元を、聖ははっきりと覚えている。

 

「ヤツは……あの男は、まだコイツを作ってるのか……!」

 

 見開かれた瞳には怒りと憎悪、そして明確な殺意が宿っていた。聖は安綱を古い、右腕を伸ばすと、低い声音で告げる。

 

「安綱、ロードカートリッジ」

 

 答えるように、安綱の鍔付近から赤色の薬莢が排出され、安綱の刀身が淡い光を纏う。安綱を下段に構え、今までないほどの威力の魔力爆発を足元で起すと、水色の機体に急接近し、逆袈裟切りを放った。

 

 スピードと魔力、そして聖の筋力が乗った攻撃は、水色の機体を確かに捕らえていた。だが、安綱の刃は機体には届いておらず、聖と機体の間では燐光が飛び散っていた。

 

 まるで見えない壁かなにかに弾かれているような状況だが、聖には焦りはない。あるのは明確な敵対心のみだ。

 

 ギチリと音がするほど歯を噛み締めた直後、聖は気合いの雄叫びを上げる。

 

()ァッッ!!」

 

 声と共に安綱が半ば強引に振りぬかれ、水色の機体は斜めに切り裂かれると同時に、衝撃で廃ビルの壁に激突して爆散した。

 

 最後のターゲットを破壊した聖は、安綱を鞘に戻してからゆっくりとゴールラインを超えた。

 

 甲高いアラーム音が鳴り響き、タイマーがストップした。残り時間は2分13秒。早いタイムではないだろうが、十分力は示せただろう。

 

 なのは達の元へ戻る間に聖は纏っていた殺気を消し、憎悪と怒りを心の奥底にしまいこんだ。

 

 

 

 

「聖くん、お疲れさんや~」

 

 聖が戦力調査開始地点に戻るとはやてが労いの言葉をかけた。それに感謝しながら答え、彼ははやてに対して問う。

 

「ありがとさん。で、部隊長の評価はいかほどだ?」

 

「さすが本局のクロノ提督の右腕と言われるだけはあったわ~。身のこなしも魔法の使い方も期待通りやったよ」

 

「ならよかった。じゃあ、これで力は示せたってことでいいのか?」

 

 首をかしげながら問うと、はやては「せやねぇ」と呟いた後、口元に手を当ててなのはとフェイトを見やった。

 

「スターズ分隊長、ライトニング分隊長さんは聖くんに対して言いたいこととかない?」

 

 わざとらしくそれぞれの分隊名で二人を呼んだはやての顔は、どこか悪戯っぽさがあった。

 

 部隊長であるはやてに言われ、二人はそれぞれ顔を見合わせた後に告げた。

 

「はやてちゃんの言うとおり、聖くんの実力はすごく高かったよ。でも、一つ言わせて貰うと、ちょっと強引で危ないと感じたところがあったかな」

 

「私もなのはと同意見かな。けど、それを含めても聖の強さは十分に伝わってきたよ」

 

 なのはとフェイトの意見は少々厳しさのあるものだった。だが、聖はそれに反論せずに小さく頷く。

 

 なのはは戦技教導官という立場上、危険な魔法の運用や行動は見過ごせないのだろうし、フェイトも幼い子供二人の後見人を務めていることもあり危険行動は良い意識は持てないのだろう。

 

 聖自身も自分の魔法には強引なところがあると理解しているし、危険な行動もあると理解している。なので、他人からそのような意見を投げかけられるのも当然といえば当然だ。

 

 そして最後になのはは「でも」と付け加える。

 

「聖くんの闘い方を全否定はしないよ。最初から最後までを通して見てわかったことだけど、聖くんにとってはあの闘い方がベストの実力を出せるんだろうなって思ったし、なによりしっかりと安全も確保できてたしね。自分の実力を超えたパフォーマンスじゃなくて、自分自身が出せる全力の範疇のパフォーマンスは、私は好きだよ」

 

 柔和な微笑みを見せるなのはの姿に、聖は一瞬目を奪われてしまった。すぐに咳払いをして平静を装う。

 

「そういってもらえると嬉しいな。サンキューな、なのは」

 

 取り乱すことなくいたって冷静に感謝を述べる聖であるが、彼の脇に立つ部隊長がそれを許さない。

 

「おやおやぁん? 聖くん、なんか顔赤くなってへんかぁ~」

 

「なってねぇよ」

 

「えー、嘘やー。なぁリイン?」

 

「はい! 白雲執務官、嘘はよくないです!」

 

「だぁから、見間違いだっての。運動してきた後だから身体が熱いんだよ。で、もうこれで本当に終わりでいいのか?」

 

 強引に会話を終了する聖であるが、はやてはまだなにか企みがあるようで、

 

「せやなぁ。確かにこのまま終わってもええんやけど……聖くん、まだ動けるよね?」

 

「……もう好きにしてくれ。こうなったらとことん付き合うさ」

 

 今のはやてにはなにを言っても止まらないと察した聖は溜息交じりに答える。はやてもそれにクスッと笑うと聖から視線を外してシグナムを見やった。

 

「ほんなら、聖くんにはシグナムと軽い模擬戦をしたもらおかな。制限時間は10分の空戦で、魔法の縛りはなし」

 

「あいよ」

 

「シグナムもそれでよろしく頼むで」

 

「わかりました」

 

 シグナムは返答した直後にバリアジャケットを身に纏う。それを確認したなのはがタイマーを再設定した。

 

「タイマーの設定おわったよー」

 

「了解やー。ほんなら、二人とも頑張ってな」

 

 それに頷いてから聖はシグナムと共に空中に浮かび上がる。ある程度浮き上がったところで二人は集まっていた場所からやや離れた空中に移動する。

 

 移動が完了したところで、聖とシグナムそれぞれに同様の通信がなのはから入った。

 

『それじゃあ十秒後に模擬戦開始ということで、両者よろしいですか?』

 

「おう」

 

「ああ」

 

 それぞれ短く答えると、二人のちょうど中間あたりにカウンターが現れて十秒からカウントが始まった。

 

 シグナムがデバイスモードになっているレヴァンティンを構え、聖も呼応するように安綱を鞘に戻して抜刀の姿勢を取る。

 

「実を言うとな、白雲。私はお前との模擬戦を楽しみにしていた」

 

「奇遇ですね。俺もです」

 

 どちらも嘘はついていない。

 

 聖の安綱も、シグナムのレヴァンティンもそれぞれ剣の形をしている。魔導師でもあり剣士でもある二人にとっては、自分と同じような戦い方をする者とは手合わせしたいのが本音なのだろう。

 

「限られた時間ではあるが、本気でやらせてもらうぞ」

 

「こっちもそのつもりです。そんじゃ、よろしくお願いします!」

 

 言い終えると同時にカウントが0になり、聖は一瞬にしてシグナムまでの距離を詰めた。魔力爆発による高速機動だ。

 

 ……先手必勝!!

 

 シグナムの眼前で腰を低くした状態で居合いを放つ。正確にシグナムの右脇腹から左肩口までにダメージを残せるコースだ。

 

 けれど安綱の刃はシグナムの身体に届く直前で火花を散らしながら防がれる。見ると、シグナムがレヴァンティンの柄を逆手に持った状態で聖の攻撃を防いでいた。

 

「あの一瞬で……!?」

 

「局の魔導師になってからも暇があれば剣の鍛錬ばかりしていたせいかもしれんな。(レヴァンティン)を持ち替えることも一瞬あれば可能になった」

 

 涼しい顔で剣でいうシグナムであるが、あの一瞬で剣を逆手に持ち替えるなどそれこそ達人の域でなければ出来ない芸当だ。

 

 ……この人、うちの親父といい勝負できそうだな。

 

 聖の父親も剣術に関しては圧倒的な力を持っており、魔導師となった今でも彼には一度として勝つことは出来なかった。

 

 そんな父親と同等の力を持っているかもしれないシグナムに聖は驚きを隠せなかった。けれど、彼はどこか楽しそうに笑みを浮かべている。

 

 すぐに距離を取るために後方に飛び退く聖であるが、口元の緩みはいっこうにおさまらない。そればかりかゾクゾクとした高揚感めいたものすらも出てきてしまった。

 

「やけに嬉しそうだな」

 

 さすがにシグナムも気になったようで、声をかけてくる。

 

「すみません。ただ、なんていうか本当にただ嬉しくって、ついつい笑ったんです。俺は魔導師ですけど、剣士でもあると思ってるんです。だかなんですかね、強い人と戦えると、自然と笑みが零れるんですよ。特に、シグナムさんみたいな剣士が相手だと」

 

「ほう。私も自分の性分が大概だと思っていたが、お前もそうだったか。やはり剣士と言うのは多かれ少なかれ似たような感情を抱くものなのだろうな」

 

 シグナムもまた微笑を浮かべると、逆手に持っていたレヴァンティンを瞬時に持ち直して切先を聖に向ける。

 

「では存分に楽しむとしよう。退屈させてくれるなよ!」

 

「望むところです!」

 

 互いに笑みを浮かべた二人は、同時にその場から消えた。刹那、魔力光を帯びながら現れた二人は、互いの剣をぶつけ合う。

 

 火花を散らしながら激突する二人は、魔法の使用を最小限に抑えつつ、己の持つ剣のみで戦っていた。

 

 

 

 

 空中で剣戟を繰り広げるシグナムと聖を、地上で見守る四人は唖然とした様子だった。

 

 四人ともシグナムの力量が高いことは知っているし、聖の技量が高いことも先ほどの調査で証明された。だが、それを踏まえても今の二人の戦いは呆然としてしまうほどに高度なものだった。

 

 魔法を最小限に抑えたまさしく剣士の闘い。一振り一振りが必殺の斬撃。一撃でもくらえば大きなダメージを負いかねない攻撃を、それぞれがギリギリのところで回避し、防ぎ、そして一転して攻勢に出る。

 

 (安綱)(レヴァンティン)が激突するたびに、聖とシグナムの気迫がビリビリと空気を伝って四人の肌をピリつかせる。

 

「すごいです……」

 

 呆然と見ていたリインが呟くと、はやてもそれに頷く。

 

「あれが本当の剣士同士の闘いなんやね。あんな顔して戦うシグナム初めてや」

 

「うん。私やなのはと戦う時とは全く別の表情。すごく嬉しそうで、楽しそう」

 

「言い方は物騒かもしれないけど、どっちも相手を倒したいけど、出来ることなら永遠に斬りあっていたいって思ってそうだね」

 

「いんや、あながちなのはちゃんの推測は間違ってへんかもしれんよ。前にシグナムがお酒呑んだ時にポロッと呟いたんよ。『剣士にはどうしても抑えられない感情があるの』って。リインも聞いとったよな?」

 

「はい。シグナムはそのあとにこう続けていました。『本気で斬りあう時の研ぎ澄まされた刃のような感覚は、剣士としては何事にも変え難い存在なんだ』と」

 

 剣の騎士シグナムだからこそ持てるその特殊な感情は、はやて達が理解しようとしても中々に難しい。

 

 けれど、今シグナムの前には自分と同じ感情を持つ剣士、白雲聖が立っている。

 

 彼と斬りあうこの時間は彼女にとってとても嬉しく、楽しい時間なのだろう。普段見せない表情を浮かべるのもそのためだ。

 

「本当に、聖くんはおもろいなぁ」

 

 呟くはやての視線の先では、剣戟によって生じる火花を迸らせ、小さな笑みを浮かべながら戦う二人の姿があった。

 

 

 

 

 

 何度打ち合っただろうか。聖は20を越えた辺りで数えるのをやめ、シグナムも25を超えた辺りで剣がぶつかり合った回数を数えるのをやめた。

 

 恐らくゆうに50を超え、100に到達していただろうが、二人にとっては瑣末なことだ。

 

 二人は軽く息があがっており、二人ともが肩を僅かながら上下させていた。

 

 タイマーを見ると、残り時間は約30秒と短い。模擬戦の勝敗をつけるのは難しいかもしれないが、それだけ残っていれば二人にとっては十分だ。

 

「名残惜しいが、どうやら次で終わりのようだな」

 

「みたいですね。でも、だったらやることは一つでしょう」

 

 聖が片方の口元を吊り上げて笑うと、シグナムもフッと小さく笑う。

 

 そして二人はどちらかともなくそれぞれが全力中の全力を出せる構えを取った。聖は安綱を納刀した状態の抜刀術の構えをとり、シグナムはレヴァンティンを真正面に構える。

 

「レヴァンティン!」

 

「安綱!」

 

 それぞれが相棒の名を叫ぶと、〈了解〉という2機の音声の後に安綱から3発の薬莢、レヴァンティンから3発の薬莢が吐き出された。

 

 鞘に納まっている安綱からはチャージされた白い魔力が鞘の隙間から漏れ出して空気中に煌めいている。

 

 対し、抜き身のままのレヴァンティンは、鍔から切先にかけてを紫色の炎に覆われた。

 

 しばらく無言の状態の睨みあいが続き、静寂があたりを支配する。やがてタイマーが残り五秒を指し示した瞬間、二人はどちらかともなく動いた。

 

 両者の姿が消えたかと思うと、ほぼ同時に現れ、互いの剣を振るう。

 

「紫電……!」

 

「白光……!」

 

 片や紫炎を高く燃え上がらせ、片や白刃を美しく煌めかせ、叫ぶ。

 

「一閃ッ!!」

 

「烈閃ッ!!」

 

 紫の炎と白の光が衝突すると同時にタイマーは時間切れを指し示したが、二人の攻防はまだ続いている。

 

 けれど、攻防にはすぐ終わりがやってきた。激突した魔力と魔力が混ざり合い、轟音と共に炸裂した。

 

 衝撃波はなのは達の元にまで届き、周囲の空気全体を振るわせる。

 

 炸裂した魔力によって発生した爆煙の中からはじき出された二人は、空中で態勢を整えてお互いを見やったあとにそれぞれ開始地点に戻っていく。

 

 聖と合流しながらシグナムは聖に笑いかける。

 

「いい勝負だった。お前とはまたやりたいものだな」

 

「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。シグナムさん」

 

 微笑を浮かべた聖はシグナムに向かって右手を差し出し、握手を求めた。彼女もそれに快く答えた。

 

 握手を終えて開始地点であるビルの屋上に戻ると、はやてが拍手しながら二人を迎えた。

 

「お疲れさんや、二人とも。にしても、ええもん見せてもらったよ~」

 

 主であるはやてに労いの言葉をかけられたシグナムは軽く会釈をして返し、聖は肩を竦める。

 

「で、部隊長。他に何かやることはあるのかい?」

 

「ん、大丈夫や。やってもらいたかったことはシグナムとの模擬戦で最後や。本当にありがとうな、聖くん」

 

「別に感謝されるようなことじゃないさ。いったろ、とことん付き合ってやるって」

 

「ハハハ、そうやったね。……こほん、それじゃあ聖くん、こっからは少し真面目な話になるから、よぉ聞いてな」

 

 わざとらしい咳払いをした彼女が纏う空気が少しだけ変わったことに聖も気が付き、軽く背筋を伸ばしてはやてと正面から向き合った。

 

「最初にやった魔導師試験の改良版と、今やったシグナムとの模擬戦はどっちも聖くんの強さを測るものやったっていうのは感づいてるとは思う」

 

 はやてはなのはとフェイトに掌を向けながら説明を続ける。

 

「知っての通り機動六課のフォワード部隊は、なのはちゃん率いる『スターズ分隊』の。フェイトちゃん率いる『ライトニング分隊』の計八人で構成されとる。なのはちゃんとフェイトちゃんの力量は言わずもがなやけど、任務によっては新人の子達だけで動く時もある。そうなるとどうしても戦況がキツくなることもある。もちろんそういう時は各隊の隊長、副隊長がフォローに回るんやけど、それでも手が回らない場面に聖くんは戦況を見て、個人の判断で動いて欲しいんよ」

 

「つまり、白雲執務官は戦場を自身の目で見定めて、最も力が必要な場所に向かって戦う遊撃手として動いて欲しいんです!」

 

 はやての肩に乗っていたリインが聖の顔のすぐ傍まで浮き上がって若干興奮気味に告げた。小さな身体をしているがここまで近づかれると中々に迫力がある。

 

「なるほど、遊撃手ね。けど部隊長的にはいいのかそんなのを部隊に入れて」

 

 リインを手の甲に乗せてから軽く退けながら聖ははやてに問う。

 

 そもそも部隊というのは縦社会でもある。上官からの命令には基本的に従わなければいけない。もし命令無視でもしてみようものなら軽くて謹慎、最悪の場合は除隊処分もありうる。

 

 とはいえ、部隊長が遊撃手の存在を認めているのならその限りではないのだろうが、端から見ると余り心地よくは見えないのではないだろうか。

 

「私のこと心配してくれとるんなら、それは大丈夫。遊撃いうても、基本的な扱いはフォワード部隊の副隊長クラス、遊撃手としての権限が発動するのは私から通信した時か、戦況を見極めた聖くんが必要だと感じた時に通信を入れてくれたとき。まぁ聖くんが命令無視をして独断で動いたとしても、遊撃手っていう存在を部隊長が認知してる時点で査察や監察の対象にはならんけどね」

 

「そっか。まぁ、はやてがそれでいいなら俺はそれに従うよ」

 

「うん、ありがとう。部隊内でのコードネームは『クラウド1』。改めてよろしゅうな」

 

「ああ。よろしく、八神部隊長」

 

 聖とはやてはあらためて握手を交わした。

 

 そして握手を終えると同時にはやてが再び悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ほんならこれから聖くんの歓迎会でもしよかー! デリバリーでも取ってパーッと! リイン、ヴィータ達に連絡入れといてやー」

 

「はいです~!」

 

 テンション高めの二人は先ほどまでの真面目な空気はどこ吹く風。さっさとビルから降りて六課の隊舎の方へ向かって言ってしまった。

 

 そんな上司の様子を見やっていると、シグナムが肩を掻くポンと叩いてからはやての後を追った。聖もバリアジャケットから制服姿に戻ると、なのは、フェイトと共に隊舎へ向かう。

 

「まぁ優秀な上司だとは思うんだが、はやてのあの思い至ったら即実行みたいなのって昔からだったりするわけ?」

 

「あー、そうだねぇ……。子供の頃からちょいちょいあんな調子が見え隠れしてたかも」

 

「だね。実際六課を立ち上げるって言ったときも唐突だったし」

 

「なるほどね。けど、唐突に言って本当に部隊を立ち上げるのは、素直にスゲェと思うわ」

 

 肩を竦めた聖は感心と呆れ混じりの溜息をついた。

 

 

 

 

 結局はやてが言っていた聖の歓迎会は夜にしっかりと開催され、深夜まで続けられたという。




お疲れ様です。ようやくの第三話の投稿です。

とりあえず、文章量を増やして描写もそれなりに多くしてみましたw
もう前の三話見ると顔から火が出そうなほどやばかったです。よくあれを投稿する気になっていたなと……。

今回は前の話にはなかったスフィアを使った戦力調査を加えました。その他は多少差異はあれど元と同じですかね。
あと、技名も少し変えてます。一応続編的な位置に置いているvividの方とは干渉しないように設定しているので大丈夫です。
次の話はもはや元の話にはないものとなっています。六課が正式に始動する間の二週間にあったお話です。
ロングアーチスタッフやら、ヘリパイロットのヴァイス陸曹も絡むことになっております。

では、次回もいつになるかわかりませんが、よろしくお願いします。

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