大統領 彼の地にて 斯く戦えり   作:騎士猫

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約2か月ぶりの投稿となります。
お待たせし致しました……。


第三十話 助かった者と助かっていない者

 

ロンディバルト軍による報復攻撃がされた日の午後、帝都ウラ・ビアンカ元老院跡にて皇帝の緊急招集の元議員達が集められていた。

 

「陛下にお尋ねしたい!!キケロ卿によればロンディバルト国の使者は和平を望み、会合を重ねていたそうではありませんか。私自身もその会合に近々出席する予定でした。であるのに、これはどういう事か!?何故元老院が粉みじんにされなければならないのか!?」

 

玉座に座るモルトに対してカーゼルが問いかける。が、モルトは口を開こうとはしなかった。そのためカーゼルはさらに言葉を続ける。

 

「お答えいただけぬようですな。でしたら私が話しましょう。……事の発端は開戦前、門の向こうの民を数人攫ってきたことにある」

「なんと!!?」

「そんなことが!?」

「その事実を知るや、事もあろうにゾルザル皇子を打擲するに及んだ!!」

 

カーゼルのその言葉を聞いた議員たち全員がゾルザルに振り向いた。

ペルシャールによって5発の銃弾を受け、その後皇宮付の魔導士によって治療が施されたものの、包帯まみれとなっていたゾルザルを見た議員達は哀れみの声を挙げた。だが、モルトとピニャだけは事の事情を知っていたために哀れむどころか自業自得と思っていた。

 

「しかも皇子を打擲したのは彼の国の皇帝であるペルシャール・ミースト!!何故1国の皇帝が一人の民のためにそのようなことに及んだのか!?幾多もいる奴隷などのために!?」

カーゼルの問いかけに対してピニャが答えた。

 

「カーゼル侯爵、妾が説明させて頂く」

 

ピニャは自身が経験した事を議員たちに語った。イタリカでのロンディバルト軍の圧倒的な力、一人一人の民を愛し、例え敵だとしてもルールに基づいて厚遇し、殺したり金に換えようなどとはしない。

そして、その彼らが自国民のもてあそばれた光景を目にし、激怒した結果がこれなのだ、と。

 

「そんな馬鹿な話があるか!?」

「所詮きれいごとにすぎん!!」

 

聞いただけでは未だ半信半疑と言った感じの議員達を見つつ、ピニャはあるものを取り出して言葉を続ける。

 

「これは先日ロンディバルトより提供されたわが軍の捕虜の名簿です」

「何ですと!?」

「何故早くそれを見せて下さらぬ!?」

 

ピニャの持つ名簿に群がるように近づく議員達。ペルシャールが念のためと複数渡していたため、議員達はいくつかの輪になって覗き込むように名簿を見た。

 

「おお!!息子が…息子は生きていたのか……」

「カーロス!!そなたの孫が載っておるぞ!!」

「誰かわしの弟の名を見なかったか!?」

 

議員達の喜びが収まると、ピニャは先ほどより大きな声で言う。

「妾は見返りとして14人身請けを許されている。講和交渉関わる者の身内を優先させて頂く」

「そんな!!候補から漏れた者は一体どうなるので!?」

「私の息子が奴隷に落とされるなど!?」

「それは心配せずとも良い。彼の世界では奴隷は居らぬし身代金も要求せぬそうだ」

「奴隷がいない……?」

「そんな馬鹿な!?奴隷なしで!?」

「それでよく生活できるな……」

 

 

議員達は帝国とロンディバルトの圧倒的な差を一部なりとも実感した。

その後の協議でロンディバルト国との講和交渉を推進する者が全体の8割強を占める結果となり、ピニャを中心に講和への動きが進んでいくことになる。

 

 

■□■□■□■

 

 

アルヌスに帰還すると望月紀子とエリーカ・クラウベル、そして同じく奴隷になっていた亜人女性4人を衛生課に検査の為に預け、検査終了まで廊下に座っていた。するとSS情報課の柳田中尉がやって来て、二人についての報告を上げてきた。

 

それによれば望月紀子の両親はあの銀座事件の日、行方不明となっていた娘を見つけるためにビラを配っていたらしい。そしてあの事件に巻き込まれ母親は右腕を骨折、父親は腹部を剣で斬りつけられ重傷を負った。

だが幸い命に別状はないようだ。しかし二人揃って入院している間に自宅が漏電による火事で全焼してしまい、今は近くのアパートを借りて生活しているらしい。

 

エリーカ・クラウベルは銀座事件の1か月前に東京に兄と観光に来ていてその途中で行方不明になった。

両親は今東京でその行方を捜しているようだ。幸い銀座事件当日は浅草に居たので巻き込まれることは無かったようだ。

 

俺は柳田から詳しく纏められた報告書を受け取ると様子を見るために検査室の扉をそっと開けた。

 

「あ、かっ「静かに」あ、はい」

俺は敬礼しようとする倉田を小さい声で止めさせた。

倉田の奥で望月紀子が電話をしているのを見たからだ。恐らく栗林辺りが気を利かせたのだろう。約半年間、過酷な虜囚生活を強いられていたのだ。家族とようやく話せるこの時間を俺が邪魔するわけにはいかない。今頃隣のエリーカ・クラウベルの所も同じような状態だろう。

俺は泣きながらも笑顔で話している望月紀子を確認すると直ぐに検査室を後にした。

 

望月紀子、エリーカ・クラウベル、それだけではない。

あの銀座事件で多くの親友や恋人、家族が失われ、その数倍の人々が悲しみに暮れている。

 

帝国との講和交渉はピニャの様な人間もいる、続けていいだろう。

だが現皇帝モルトや主戦派、そしてゾルザル奴らだけは許すわけにはいかない。奴らは存在するありとあらゆる苦痛を味あわせて惨めに殺してやろう。

 

いつの間にか司令官室に着いていたようだ。俺は帝国主戦派への怒りの思いを一旦抑えて扉に手を掛けた。

 

「閣下、少しよろしいですかな?」

その声に俺は振り返った。

「シェーンコップか、どうした?」

「ゴスロリ少女と魔女っ娘の二人が閣下を探していましたよ。何やら慌てていましたが」

ロゥリィとレレィが俺を?どうやらお帰りを言うためではなさそうだな。

「今は何処に?」

「金髪エルフの部屋に行ったようですな」

「分かった」

俺は一体何が起きたのかと思案しつつ早足でテュカの部屋に向かった。

 

 

「ここか」

そういえばテュカの部屋には入ったことがなかったな。レレィの部屋には翻訳書作成の後疲れて寝てしまった彼女を送った時に入ったし、ロゥリィには宗教関係の話を聞くために何度か入ったことがある。まぁ何か理由がなければ入ることはないからな。

 

扉を2回ほどノックして部屋に入ると一瞬手が止まった。

部屋にはレレィとロゥリィとしてテュカが居たのだが、テュカがベッドに腰を掛けて何故か泣いていたのだ。そしてレレィとロゥリィの深刻そうな表情が否応にも何か悪いことが起きているのだと感じさせた。

 

「テュカ?」

取敢えず話を聞いてみないことには始まらない。俺はテュカに声をかけた。

 

「何かあったのか?」

「…………」

 

 

テュカは泣きながらゆっくりとその真っ赤にさせた目で俺を見た。

 

 

「お父……さん………」

「え?」

「お父さん!!」

 

”お父さん”

テュカは俺を見るとはっきりとそう言いながら抱きついて来た。

突然お父さんと呼ばれたことに俺は驚愕しつつ、とりあえず彼女を落ち着かせようとした。

しかしテュカは俺に抱き着きながら振り向いて言った。

 

「ちゃんと帰って来たじゃない!!二人とも冗談が過ぎるわ!!」

「テュカ……?」

俺の中に小さくあった嫌な予感が徐々に大きくなり始めた。

 

「お父さん聞いてよ!!」

 

 

「あいつったら……あいつったら、お父さんが死んだっていうの!!お父さんが炎龍に殺されたって!!」

 

 

テュカの表情を見て俺は確信した。

 

 

 

とうとうテュカの心は壊れたのだ。

 

 




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