大統領 彼の地にて 斯く戦えり   作:騎士猫

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今回は少し短いです。


第二十四話 シュワルツの森からの使者

俺がいつも通り書類決済をしているとハイドリヒがファイルを片手に司令室に入ってきた。

 

「ん、どうした?」

「はっ、実は些か面倒な問題が発生しまして」

面倒な問題?難民との間にトラブルでも起きたか?それとも帝国がまた侵攻してきたか?

ハイドリヒの言葉に俺が思考を巡らせていると、それに気づいたのかハイドリヒが”そういう類ではありません”と安心させるような言葉を掛けた。だがその表情は全く変わっていない、初対面だったらまず信用されないだろう。

 

「増援部隊の駐屯地の件なのですが、計画にないアルヌス町が出来たために駐屯地建設に使う土地が不足しているのです」

「土地が足りないか……。具体的に後の程度足りないんだ?」

「計算によれば1個師団分に相当すると」

1個師団分か、思ったより多い。増援部隊を減らすか?

いやダメだな。ただでさえ最低限の兵力数に抑えたんだ、これ以上減らせば今後の作戦に支障をきたすだろう。さて、どうするか……。

 

「そこで提案なのですが、対帝国と言う名目で2個師団ほどをフォルマート領に駐留させてはどうでしょうか?議会への報告も何とかできますし、実際帝国の進行があった場合先ず始めに攻められるのはイタリカになります。防衛を強化しても悪くないかと」

「そうだな、そうしよう。現在派遣されている師団の中から選定を行ってくれ」

「分かりました」

話しは終わった、そう思い俺は再び書類に視線を戻した。

しかしハイドリヒが動く様子がない。まだ何かあるのか?

 

「……まだ何か問題が?」

「はい、先ほどアルヌス警備隊が恐喝行為の疑いで女性のダークエルフを連行したのですが、何でも軍の指揮官に話があるそうで」

女性のダークエルフが俺に話?まさか自分たちは帝国に迫害されていてその恨みを晴らしたいとか言ってくるんじゃないだろうな?いや、それとも聖地であるアルヌスから出て行けと恐喝でもしてくるのか?

「ご安心を、恐喝行為は通報側の恣意的なものでダークエルフは無罪です。通報した男たちからの証言も取れています」

いや、別に犯罪者と会いたくないからとかそういうことじゃないんだが……

仕方ない、とりあえず会ってみるか。

 

俺はペンを置くと表情を全く変えないハイドリヒを横目に司令室を出た。

 

 

■□■□■□■

 

 

会議室に着くとそこには女性のダークエルフと翻訳のレレイが座っていた。

 

話を聞くと、俺が考えていたようなものではないがまた別の意味で面倒な内容だった。

彼女の名はヤオ・ハー・デュッシ、出身地はシュワルツの森と言う所で、其処には同種族の者たちが暮らしているらしい。

しかし数か月前突如手負いの炎龍が現れ、村は壊滅。生き残った者たちは森の中にある洞窟に身を潜めている。何とか炎龍を倒そうと挑んだ者は無残にも倒され、隠れ潜んだ者たちはその住処ごと炎龍に焼き払われた。もう部族の全滅は必至、そんな絶望的な状況の中彼らに希望の光が差し込める。

”炎龍をたった10人程度で迎え撃ち、片腕を落とし見事撃退した緑の人”

彼らはその噂に部族の運命を委ね、彼女に部族の宝である金剛石を持たせて旅立たせた。そして彼女は噂を手掛かりに此処アルヌスまで来たと言う訳だ。

 

出来れば俺もヤオ達を助けたい。部隊もいつでも出撃できる直ぐにでも出動させるべきだろう。しかし一つ大きな問題があった。シュワルツの森の位置である。

 

シュワルツの森は帝国との国境を大きく超え、エルベ藩王国領土の中にある。

講和交渉を水面下で推し進めている中、大軍で戦争中とはいえ越境すれば講和交渉など直ぐに吹き飛んでしまう。そんなことになれば講和を進めているピニャ皇女は反逆の疑いで死刑、この機に乗じて主戦派は講和派の一掃に掛かるだろう。今帝国と戦争中ながら戦闘が起きていないのは元老院が主戦派と講和派に分かれ争っているからだ。身内で争いながら進んで戦争をするような者はいない。だからこそ、このまま講和に持ち込んで少ない犠牲でこの戦争を終わらせたいのだ。

 

そんな事情もあってこの要請を受けることはできない。

 

「……力になれず申し訳ない」

レレイの翻訳した言葉を聞いたのだろう。ヤオの顔から生気がみるみる無くなった。

「ま、待ってくれっ!!」

ヤオの言葉を遮って俺は協力できない理由を伝えた。

だがそれでも納得できないらしい。当然だ、部族の命運を託されておいてはいそうですかと引き下がることはできないだろう。

「た、大軍でなくても良いのです!緑の人は、10人程度で炎龍を撃退したと聞いています。それならっ」

確かに少数なら越境しても気づかれる可能性は低い。だが……

「滅相もない。それでは部下に死ねと言うようなもの、そのような命令を下すことなどできませんね」

 

「……遠路はるばるお越しいただいたのに、申し訳ない」

「そんな……」

 

俺はそう告げるとヤオと顔を合わせないように部屋を出た。だが部屋を出る直前、彼女が死んだような目でこちらを見つめているのを俺ははっきり見た。

 

 




ここで要請を受けてヒャッハァァアアすることも考えたのですが、そういうのはまだ取っておくことにしました。流石に大統領とはいえおいそれと大規模に軍を動かすことはできないのです(真顔

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