ラブライブ! 若虎と女神たちの物語   作:截流

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どうも、截流です。

今回のお話は、ある人物がある人物との対面を果たすというサブタイの文字通り、不思議なお話です。あとちょっと長いです。


それではどうぞお楽しみください!!


55話 泡沫の夢

―――あれ、ここはどこだろう?

 

 

穂乃果は気が付くと、森の中にいた。森とは言っても平坦なものではなく、地面に凹凸や斜面のある山道のようなものだった。彼女がしばらく歩くとどこからか喧騒が聞こえてくる。

 

 

―――あっちに誰かいるのかな?

 

 

穂乃果はその声がする方向へ歩き出す。声がする方へ近づけば近づくほど声はどんどん大きくなっていく。そしてさらに歩くとその声はさらに大きく、喧騒が激しくなっていくのを感じ、穂乃果は足を速める。

 

 

「こっちの方から声が・・・きゃっ!?」

 

穂乃果は森から抜けたが、そこは大人の男2人分ほどの高さの崖になっていたので足を踏み外しそうになったが、そこまで大きく踏み外したわけではなかったので、崖から落ちずに済んだ。

 

 

うおおおおおおお!!

 

 

 

「痛てて・・・ん?」

 

崖の下から声が聞こえるので穂乃果は崖の下を見下ろした。そこでは――――

 

 

 

「この先に武田勝頼がいるぞーーー!!」

 

「逃がすなーーーー!!!」

 

 

狭い崖路に我先に進まんとする足軽や鎧武者の大軍と、

 

 

「ここはこの土屋惣蔵昌恒が通さん!!貴様らが進むのはこの先ではなく、黄泉路が似合いだろうがな!はははははは!!!」

 

 

左手には崖に垂れている(つる)を巻き付け、右手には刀を握り締めて迫りくる大軍に不敵に笑いながら啖呵を切る男がいた。

 

「敵は1人だ!潰してしまえ!!」

 

『うおおおおおお!!』

 

啖呵に乗せられた大軍が男へと迫る。だがここは狭い崖路、大軍で動くにはあまりにも手狭であったが故に、一列か二列になって進むことしかできない。

 

だがそれが啖呵を切った男、土屋昌恒の狙いだった。

 

「こんな所に大軍で攻めてくるとは織田軍も存外間抜けなものだな!そらそらァ!!」

 

「ぎゃあ!」

 

「ぐあっ!!」

 

昌恒は刀を振るって迫る敵を斬り、または崖下に蹴り落とす。彼に対抗しようものの、数百人で崖路を渡っている織田軍は身動きができず、どんどん後ろから前にいる兵たちが押されて昌恒の刃の錆になるか蹴り落とされることしかできなかった。

 

これぞ後世に云う『土屋昌恒の片手千人斬り』である。

 

 

 

 

「すごい・・・。」

 

 

普通なら命のやり取りを知らない現代人ならこの光景から目を背けてしまう所だが、穂乃果は目を背けることも、瞬きすることもせずにその戦いを見守っていた。

 

昌恒の決死の奮闘には映画やドラマのアクションスターのような華麗さは全くなかった。だが、それでもそのがむしゃらに刃を振るうその姿に彼女は心が惹かれるのを感じた。

 

 

―――なんだろう、まるで誰かを見てるような気がする・・・。

 

 

穂乃果は既視感を感じるものの、それが誰のものであるかは思い出せなかった。

 

 

 

「はは、もう何人斬ったか全然分からん・・・。だがこれだけ斬れば、勝頼さまの時間稼ぎにはなったであろうな。兄上、もうすぐそちらへ行きます・・・。そして勝頼さま、お先に失礼いたします・・・!」

 

それから数分後、昌恒は衆寡敵せず討ち取られた。織田軍の兵たちはその勢いに乗って崖路を進んでいく。

 

 

 

―――あの人は凄いな・・・。あんなの絶対勝てるはずがないのに、最後まで諦めずに戦い抜くなんて・・・。スクールアイドルを辞めた私なんかと大違いだ。

 

 

 

 

穂乃果はその死にざまを見て心の中で呟く。その言葉には最後まで戦い抜いた昌恒に対する憧憬や、自分の夢を捨てた自分への皮肉が入り混じっていた。

 

 

「やっぱりこれって、この前から時々見てる夢の続きなんだろうな・・・。」

 

穂乃果はそう独り言ちて空を見上げた。

 

 

 

 

穂乃果はここ数日、不思議な夢を見るようになった。

 

始まりは学園祭の前日、雨降る夜に練習をしようとしていたところを志郎に見つかり無理やり家に帰され、家で眠りについた時のことだった。

 

 

穂乃果は野原に立っていた。野原といってもただの野原ではなく、人馬の足音や鉄砲の音が轟き、あちこちで刃がぶつかり合う音が鳴り響き、血煙がはじけ飛ぶ殺伐とした戦場であった。

 

そして彼女は、この戦場の夢である人物の名を耳にした――――

 

 

穂乃果は翌日の朝、熱で朦朧とした状態で起き上がったが、夢の中で耳にした名前だけははっきりと覚えていた。その名は『武田勝頼』だった。

 

 

 

その日の後、学園祭で倒れた後やことりがメンバーの前で留学することを明かす前日の夜、そして志郎と喧嘩別れした後の夜・・・。そしてスクールアイドルを辞めてから特に何もすることなく過ぎて行った10日余りの無為な日々の間にも、この『武田勝頼』という人物が出てくる夢を見続けた。

 

 

 

「もしかしたらこの森のどこかに勝頼さんがいるのかな。」

 

穂乃果はそう呟き再び森の中を彷徨う。

 

 

 

「では姫様、但馬どの、おたっしゃで・・・!」

 

 

 

しばらく彷徨っていると、今度は茂みの向こうから男の声が聞こえて来た。その声からは何か悲痛なものを穂乃果は感じ取った。

 

「うわっ!?」

 

穂乃果が声のした方へ行ってみると茂みから3人の兵士が飛び出してきた。穂乃果はびっくりして尻もちをついたが、3人の兵士はそんな穂乃果に目もくれず、その場から逃げ落ちるように走り去っていった。

 

「そっか、私のことは見えてないんだった。」

 

穂乃果はそう言って苦笑した後、立ち上がって尻についた土を払い、茂みをかき分けた。

 

 

「本当によろしいのですな、桂さま。」

 

「はい。ここまでついて来てくれてありがとうございます、但馬。」

 

 

茂みを抜けた先にいたのは、穂乃果と近い年ごろの少女と『但馬』と呼ばれていた白髪混じりの武者であった。少女は着物は汚れ、心なしかやつれているように見えた。だがしかし彼女は顔立ちが整っているだけでなく、目つきも凛として瞳も吸い込まれそうになるほどに透き通っており、見た目以上に堂々としているように見えた。

 

 

―――あの子、きっと海未ちゃんみたいなしっかり者なんだろうな・・・。

 

 

穂乃果は少女を見て幼馴染みのうちの1人の事を思い出していたが、少女がとった行動を見て目を見張った。

 

「え!?嘘、あの子が持ってるのって・・・!」

 

少女が手に持っていたのは一本の小刀であった。穂乃果はそれを見て彼女が何をするかを察し、

 

「だめだよ!!死んじゃだめ!!」

 

と叫んで止めようとするも、穂乃果の言葉が少女に届くことはなかった。そう、これは夢なのだから―――。

 

 

「勝頼さま、どこにおられますか?私はもう自害いたします!どうかお急ぎください、私は三途の川のほとりであなた様をお待ちしております!!」

 

少女は布をかぶった頭を上げてどこかで戦っている勝頼に向かって語り掛けるように声をあげた。

 

「では勝頼さま、お先に失礼します。子はなせませんでしたが、あなた様の妻になれてとても幸せでした。」

 

少女はそう呟くと目を静かに閉じて自らの喉に小刀の刃を突き立て、そのまま前のめりに倒れ込みそのまま静かに息絶えた。

 

「姫さま、それがしもお供させていただきますぞ・・・!共にお屋形さまをお迎えするために!!」

 

少女の側にいた白髪混じりの武者もまた小刀を自らの腹に突き立てて彼女の亡骸に縋りつくように倒れた。

 

「私たちと同い年くらいの女の子なのに・・・。どうして・・・。」

 

穂乃果が悲痛な表情で少女たちの死を悼んでいると、

 

 

「桂!桂っ!!どこにいるのだ!!」

 

 

と、男の声が聞こえて来た。

 

「あっ、勝頼さん・・・。」

 

茂みから出てきた男の顔を見た瞬間に勝頼の名を呟いた。穂乃果はここ数日間見続けた夢の中で武田勝頼の顔を幾度にわたって見て来たので、すぐに分かった。だが、今この場にいる彼は今までの夢で見て来たような勇壮なものではなく、頬は痩せこけて身にまとった甲冑もボロボロと、まさに『みすぼらしい』という言葉がしっくりと来るような姿であった。

 

「桂・・・。」

 

勝頼は倒れている妻の亡骸を見ると右手に持っていた刀を放り捨てておぼつかない足取りで彼女の元へ歩み寄った。そして彼女の側に座り込むと、その亡骸を優しく抱き上げた。すると少女が被っていた衣が落ちて顔が露わになった。

 

少女の死に顔は、悲惨な最期を迎えたものとは思えないほどに安らかなものであった。

 

「綺麗・・・。」

 

穂乃果はその死に顔を見て驚嘆し、

 

「桂・・・、済まぬ。わしのような不出来な男に嫁いだことでこのような最期を迎えることになるとはな・・・。本当に済まぬ・・・!」

 

勝頼は妻の死に顔を見ると泣き始めた。涙を流しながら自分を責め、泣きじゃくりながら自分に嫁いだばかりに悲惨な最期を迎えた妻に謝っていた。

 

「だが、わしはお前を1人にはせん。せめて三途の川の渡しは共に手を取って渡ろうではないか。」

 

勝頼はそう言って涙を拭うと少女の喉から短刀をそっと抜き取り、彼女が被っていた衣の端で彼女の地を拭った。

 

「父上・・・、私が不甲斐ないばかりに武田は滅びてしまいました。どうか、あの世で私を叱ってくだされ・・・。」

 

勝頼は鎧と着物を脱いで上半身を曝け出し、短刀の刃を自分の腹に向けると同時に、あの世にいる父、武田信玄に自分の不甲斐なさを詫びた。

 

「もし生まれ変わるのであれば、次は血や家といったしがらみのない時代に生まれたいものだな。」

 

勝頼は寂しげにそう言い放つと、自分の腹に刃を突き立てた。そして次の瞬間、彼の側にいた家臣と思われる武者が勝頼の首に刀を振り下ろした。

 

「・・・っ!!」

 

穂乃果は思わず目を背けた。

 

「・・・。」

 

しばらくして目を開いて勝頼がいた方に目を向けると、そこには死体が転がっているだけの静かな森が穂乃果の目に映っていた。

 

「こんなの、ひどすぎるよ・・・。」

 

あまりにも残酷で悲しい光景を見せつけられた穂乃果は誰に言うわけでもなく、その理不尽な出来事を責める言葉を吐いた。もちろんこれが夢であり、恨み言を言ってもどうにもならない事は穂乃果自身よく分かっていた。

 

だが、それでもそう言わずにはいられなかった。

 

「どうして、どうして私はこんな夢を・・・。」

 

穂乃果が空を見上げながらそう呟くと、

 

 

 

「それはお前の運命(さだめ)にかかわりがあるからだ。」

 

 

 

何者かが背後から穂乃果に声を掛けた。

 

「誰っ!?」

 

穂乃果が驚いて後ろを向くと、彼女は目を剝いた。

 

何故ならそこには先ほど自害したはずの武田勝頼が目の前に立っていたからだ。

 

「あなたは、勝頼さん・・・ですか?」

 

「如何にも。わしこそが武田家20代にして最後の当主、武田大膳大夫勝頼だ。」

 

「その勝頼さんがどうしてこんな所にいるんですか?あそこにいるのは・・・。」

 

穂乃果は状況が理解できず、勝頼に対してどういうことなのかをたずねた。

 

「お主は今日まで、わしが出てくる夢を数日にわたって見てきただろう?あれはわしの人生そのものよ。お主はわしが長篠に敗れてから天目山で自害するまでの人生をそのまま追っていたのだ。この時代で言うと臨場感が半端じゃないドキュメンタリー映画のようなものだな。」

 

勝頼は分かりやすく穂乃果に質問の答えを教える。

 

「じゃあ、今ここにいるあなたは一体・・・。」

 

「わしか。わしは400と数十年前に自害した武田勝頼の魂そのものだ。」

 

「魂ってことは・・・、幽霊なんですか!?」

 

「そうであってそうでない、と言うべきかな。このわしの魂はどういうわけかこの時代に残っているようでな。」

 

「・・・それで取り付く相手を探しているんですか?」

 

「いやいや、それはない。わしの魂は既にある存在となってこの世に住み着いている故、誰かに憑くような真似はしない。」

 

恐る恐る話しかけてくる穂乃果に対して勝頼は宥めるように自分の事を語った。

 

「じゃあなんで私の夢にいるんですか?それにどうして私にこんな夢を?」

 

「お主たちが寝ている時間帯は『丑三つ時』と言ってわしのような存在が跋扈しておるのだ。そしてこのわしの魂もお主の夢を利用してその中でこうして具現しているのだ。」

 

「つまり勝頼さんが私とこうやって話せるのは夢の中だけって事?」

 

「そうなるな。」

 

「じゃあ、この夢は一体何なんですか?勝頼さんが見せているんだったら、どうして私に見せるんですか?」

 

穂乃果は続けざまに勝頼に疑問をぶつける。

 

「この夢はわしが見せているわけではない。わしはあくまでもお主の魂に引き寄せられただけだ。」

 

「私の魂に?」

 

「さよう。魂とは似た性質を持つ魂と引き合うものなのだ。お主とわしはどこか似た部分があるのであろう、故にわしはここにいるのだ。」

 

「なるほど・・・。」

 

穂乃果はポカンとした表情で勝頼の言葉に頷いた。

 

「まあ難しい話はこの辺までにして・・・、さて今度はお主の番だ。」

 

「へ?」

 

突然話を振られた穂乃果は素っ頓狂な声を漏らす。

 

「お主の話よ。お主はわしの後半生を見た。であればお主も何か話をするのが道理であろう?」

 

「で、でも私自分の人生の話なんてできないよ。」

 

「ふむ・・・。であれば何でも構わん。お主の心に残っている話をわしに聞かせてくれ。」

 

「あ!それなら出来るよ!!私、春からスクールアイドルをやってたんだけどね!―――」

 

穂乃果は意気揚々と自分のスクールアイドルとしての活動の日々を勝頼に話し始めた。勝頼もまた興味津々な様子で、時々質問を挟みながら穂乃果の話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

「―――で、私たちは学校を廃校から救う事ができたんだ!でも・・・。」

 

「でも、どうしたというのだ?」

 

顔を曇らせた穂乃果を見て勝頼は何があったのかたずねる。

 

「うん、実はね・・・。」

 

穂乃果は勝頼に廃校を阻止した後に起きた出来事を話した。ことりが留学することを知って取り乱して彼女にあたるような発言をしてしまったこと、その後にことりが本当は穂乃果に相談したがっていたのにラブライブと学園祭のライブに夢中になっててそれに気づかなかったこと、それをきっかけにμ'sをやめると言った事、そしてそれを止めようとした志郎を痛罵したこと・・・。それら全てを包み隠さずに話した。

 

勝頼はそんな穂乃果の話を何も言わず、ただ無言で頷きながら聞いていた。

 

「―――それでお主は今ではスクールアイドルをやっていないというわけか。」

 

「うん・・・。」

 

穂乃果は顔を俯かせながら頷く。

 

「なるほど、事情はよく分かった。その上で1つ聞こう、何故お主は自分の夢を捨てた?お主はあれほどまでにラブライブとやらに出ることを夢見ていたではないか。」

 

「だって、もう廃校を阻止したからラブライブに出る必要は無くなっちゃったし、それに出れたはずのラブライブだって私のせいで出れなくなって、ことりちゃんのことだって私が周りの事を見てなかったからこんなことになって・・・。」

 

勝頼の問いかけに穂乃果はぽつりぽつりと言葉を絞り出して答える。

 

「だからもう私がスクールアイドルを理由も、意味もないんだもん。私がスクールアイドルをやらなければこんなこんな事にはならなかった!だから・・・!!」

 

「だからお主は夢を捨てたのか。」

 

「だって、誰かに迷惑をかけて、誰かを悲しませる夢なんて―――」

 

 

 

「驕るな小娘!!!」

 

 

 

「うわっ!?」

 

穂乃果の言葉を遮るように放たれた勝頼の咆哮に驚き、穂乃果は思わず尻もちをついてしまった。

 

「高坂穂乃果よ。お主は2つ大きな過ちを犯している。」

 

夢の中だから痛まないはずの尻をさする穂乃果に勝頼は指を2本立てて語り掛けた。

 

「過ち?」

 

「まず1つ、それは今起きている事態の原因をすべてお主自身が背負っているという事だ。」

 

「だってそれは・・・。」

 

「いいから話を聞け。」

 

反論しようとする穂乃果をたしなめた勝頼はそのまま語り始めた。

 

「今お主が直面している困難はお主だけが原因ではない。もちろん周りを見ずに突っ走っていたお主も悪いが、それを諫めなかった他の仲間たちも、異常を察していながらも現状を維持することを選び事態を変えるべく動こうとしなかった志郎と幸雄とかいう少年たちも、そして『後で後で』とお主に大事な事を伝えるのを先送りにしていたお主の幼馴染みも悪い。お主ら11人がみんな揃って間違えて来たからこそ今の事態が起きていると言っても過言ではなかろう。」

 

「私たち全員が・・・。」

 

穂乃果は勝頼の客観的かつ正確な指摘に反論することができなかった。

 

「そして2つ目は、お主の夢はもうお主だけのものではないという事だ。」

 

「私の夢なのに私だけのものじゃないってどういう事なんですか?」

 

勝頼の言葉の意味が理解できなかった穂乃果は首を傾げながら勝頼にどういう意味があるのかをたずねた。

 

「お主が作り上げたμ'sというグループのメンバーはお主の『学校を救いたい』という想いに惹かれて集めって来たのであろう?そうして集まり共に歩むことで他のメンバーもお主と同じ夢を志すようになっていった・・・。」

 

「私と同じ夢を・・・。」

 

「確かに学校を救うという夢は果たされた。だがお主はそれ以外にも夢を抱いていたはずだ。『ラブライブに出たい』という夢をな。」

 

「・・・。」

 

「お主がスクールアイドルを辞めるというのはお主自身の自由でわしがどうこう言う道理はないが、それはお主と同じ夢を志した同胞を裏切ることになる・・・という事をお主は知るべきだとわしは思うておる。」

 

「私がみんなを・・・。」

 

穂乃果の脳裏には屋上でスクールアイドルを辞めると言った時のメンバーの顔が鮮明に映っていた。

 

「μ'sのメンバーもそうであるが、もう1人忘れているのではないか?」

 

「え?もう1人・・・?」

 

穂乃果は思わず首を傾げた。

 

「お主がμ'sというグループを作り上げた時からずっとお主たちを傍らから支え続けた男だ。」

 

「・・・志郎くん?」

 

勝頼の言葉でようやく穂乃果の口から志郎の名が出てきた。

 

「でも、志郎くんは・・・。志郎くんはことりちゃんが留学に行っちゃうのをその程度だって言ったんだよ!志郎くんだって・・・私にとってことりちゃんが、友達が大事だってこと分かってなかったもん!!!」

 

そして穂乃果はあの時の志郎とのやり取りを思い出し、怒りを露わにした。

 

「確かに、その志郎とやらがお主の幼馴染みを想う心を蔑ろにする物言いは褒められたものではないな。だが、志郎とやらはそれ以外に何か言ってはおらなんだったか?何もお主の幼馴染みへの想いを愚弄しただけでは無かろう。よく思い返してみよ。」

 

憤る穂乃果に対して勝頼は、彼女を宥めつつ志郎と交わした最後のやり取りを思い返すように促した。

 

「志郎くんが他に言ってたこと?それは・・・。」

 

穂乃果は考え込んだ。あの時志郎がなんて言っていたか、穂乃果は懸命に思い返そうと埋もれつつある記憶の山を掘り返す。

 

―――何か、何か大切な事を忘れているような気がする・・・!

 

「う~ん・・・!何だっけ・・・。」

 

穂乃果は唸る。あと少しという所で志郎が語っていた言葉が浮かばないのだ。そんな中、

 

 

 

―――何故お主は自分の夢を捨てた?

 

 

 

勝頼が穂乃果に向けて投げかけた疑問が穂乃果の脳裏によぎった。

 

「あっ。」

 

その時、穂乃果はハッと目を見開いた。

 

 

 

―――お前が自分だけの夢を自分で侮辱し捨てるのであれば勝手にすればいい。だが貴様はみんなの夢を侮辱したのだ!!あいつらがどんな想いを抱いてμ'sに入ったのか知らないわけではないだろう!貴様とて、このμ'sの為にどれだけの汗と涙を流してきた!!貴様のさっきの言葉は、他の8人のメンバーの夢や願いを踏みにじり、彼女たちの心を裏切ったも同然なのだ!!

 

 

 

穂乃果は思い出した、志郎の怒りを。

 

 

 

―――貴様は全てにおいて恵まれていた。天の時、地の利、そして人の和・・・!人が大業を成し遂げるために必要だとされている天地人の要素に恵まれ天運にも愛されていながら、貴様は夢を捨てると言ったのだぞ・・・!!

 

 

 

「そう言えばあの時の志郎くん、悲しそうな顔してた・・・。」

 

穂乃果は思い出した。怒りの言葉を自分に向ける志郎が泣きそうな顔をしていたことを。

 

 

 

 

「ようやく思い出したようだな。」

 

勝頼はやれやれといった表情で穂乃果に語り掛ける。その表情にはまるで子を慈しむ父親のような温かさがあった。

 

「私、ひどい事言っちゃった・・・。志郎くんもだけど、私も志郎くんにひどいこといっぱい言っちゃった・・・!志郎くんには関係ないとか、謝ろうとしてくれてたのに付いて来ないでとか・・・。」

 

志郎の言葉を思い出した穂乃果は、その時自分が志郎に向けて言い放った言葉を思い出して泣き出してしまった。

 

「どうしよう勝頼さん・・・!私、ことりちゃんだけじゃなくて、志郎くんも傷つけちゃったよ・・・!!どうしたらいいの勝頼さん・・・!」

 

取り乱した穂乃果は勝頼に縋りついてどうすればいいのか教えを請いた。

 

「どうすればいいのか、それを決めるのはお主自身の役目だ。」

 

「そんな・・・。だって私バカだからそんなの分かんないよ!」

 

「案ずることはない。お主は傷つく辛さと人を傷つける辛さを知った。その2つを知ったお主であれば二度と同じ過ちは犯さないだろう。」

 

不安げな穂乃果に対して勝頼は優しく頭を撫でながら彼女を諭す。

 

「少しは自分に自信を持て。お主は今まで奇跡を起こしてきたのだろう?ならば2人と仲直りをすることだってできる。己の心を信じ、夢を信じ、もう一度前に進むのだ!」

 

勝頼は穂乃果の肩を掴み、優しく喝を入れた。

 

「私の心と、夢を・・・。ありがとう勝頼さん、私ことりちゃんや志郎くんと仲直りできそうな気がしてきたよ!」

 

そう勝頼に言う穂乃果の顔は今まで通りの笑顔が咲いていた。

 

「うむ、それでよい。女子というのは笑顔であってこそだ。」

 

勝頼は満足げに笑っていた。

 

「それにしても、お主の目は桂に似ているな。」

 

「桂って勝頼さんの奥さんの事ですか?そんなに似てたかな?」

 

突然勝頼に自分の妻と目が似ていると言われた穂乃果はさっき姿を見た少女と自分が本当に似ていたのか唸って考え始めた。

 

「うむ、妻と言っても18も年下で半分娘のようなものではあるがな。お主とは目の色や形こそは違えど、見ていて引き込まれそうになるくらいに透き通った瞳をしておった・・・。」

 

勝頼は妻であった少女、桂の顔を思い出しながら懐かしむような表情で穂乃果にそう言った。

 

「へ~・・・。」

 

穂乃果が頷いたその時、

 

 

ジリリリリリリリリリリリリリ・・・

 

 

 

突然耳をつんざくような音が鳴り響いた。それはまるで目覚まし時計のような音であった。

 

「なに!?何の音!?」

 

「どうやら刻限が来たようだな。」

 

穂乃果が周りをキョロキョロと見回す一方、勝頼は落ち着き払った様子で上を見上げながらそう言った。

 

「刻限?」

 

「その通り、今お主の生きている時間で朝が来ているのだ。」

 

「朝が来てるって事は・・・。」

 

「さよう、夢が覚める時が来たのだ。」

 

「そんな!私、まだ勝頼さんに聞きたい事とかあるのに!」

 

「さっきも言ったであろう。自分の過ちに気づき、悔いて、省みて、そしてもう一度立ち上がったお主であれば問題ないさ。」

 

勝頼との別れを惜しむ穂乃果に、勝頼は笑いながら励ましの言葉をおくると、彼女に背を向けて歩き出した。

 

「待って勝頼さん!」

 

「なんだ、まだ不安か?」

 

穂乃果に呼び止められた勝頼が振り向く。

 

「最後に一つだけ教えて!どうして勝頼さんは私の夢に来て、背中を押してくれたの?」

 

穂乃果は勝頼に対して最後の疑問を投げかけた。

 

「わしがここにいるのは先ほども言った様に、わしの魂がお主の魂に引かれたからだ。そしてお主の背を押したのは・・・。お主のことが羨ましかった(・・・・・・・・・・・・)からだ。」

 

「私の事が羨ましい?」

 

穂乃果は勝頼から帰って来た意外な答えに目をぱちくりさせる。

 

「お主は恵まれておる。動くべき時、夢を追うために必要な土台、そして夢を共に追い支えてくれる仲間・・・、その全てにな。わしとは大違いよ。」

 

勝頼は自嘲するように笑いながら語り始めた。

 

「わしは父上の子でありながらかつての敵国の血を引いていた。武田では諏訪の子だと、諏訪でも武田の子だと眉を顰められた。運命の悪戯でわしが父上の跡継ぎになった後もそうであった。誰もわしを武田の・・・、父上の継承者だとは認めようとしなかった。」

 

勝頼の母親はかつて武田に敵対していた諏訪家の娘で、信玄が彼女を側室にするのを家臣たちは盛大に反対していた。だが、彼女との間に生まれた子を諏訪家の跡継ぎにすれば諏訪の民たちを懐柔できるだろうと言って家臣たちを納得させたのだ。

 

そうして生まれたのが勝頼だった。だが、勝頼は武田の家臣からも、諏訪の民からも白眼視されながら育ってきたという。そんな彼に偏見なく接していたのは長坂釣閑斎や跡部勝資といった側近や従兄弟の武田信豊、年の近い真田昌幸、そして勝頼が諏訪と名乗ってる時代から彼を武田の姓と呼んでいた長兄、義信くらいであった。

 

「だからわしは初陣の頃からずっと無茶ばかりしてきた。戦があれば常に先陣に立ち、槍を振るい、兵を鼓舞して、前に前に突っ走って来たのだ。お主と同じようにな。」

 

「私と、同じ・・・。」

 

「だが、わしはお主のような強さには恵まれなかった。重臣たちは何かあるごとにわしと父上と比べ、一門衆はわしが何か言えば何かしら理由をつけて言う事を聞いてもくれなかった。だからわしはさらに躍起になって無茶を重ね、その結果がさっき見た通りだ・・・。」

 

「・・・。」

 

穂乃果は何も言う事ができなかった。自分もラブライブを目指すことに固執するあまりにことりの悩みに気づかず、さらには無理を重ねて学園祭のライブで倒れ、それが原因でラブライブを棄権する羽目になったという、ここ最近の失敗が走馬灯のように彼女の脳裏をよぎった。

 

「私も同じだよ勝頼さん、私も無茶ばっかりして周りを見てなくって・・・。それで全部台無しにして友達も傷つけて・・・。勝頼さんが羨ましがるようなもんじゃないよ。」

 

穂乃果は今までの出来事を振り返って自虐するが、勝頼は首を横に振る。

 

「確かにそうかもしれないが、さっきも言った様にお主はわしに無いものをたくさん持っている。さっき言ったものもそうだがもう1つ、わしとは決定的に違うものをな。それはお主を見捨てない(・・・・・)仲間だ。」

 

「私を見捨てない仲間?」

 

「そうだ。」

 

勝頼はゆっくり頷く。

 

「それはないよ。海未ちゃんも他のみんなもきっと私に愛想尽かしてるから・・・。」

 

「いや、それは違う。お主たちの仲間たちは皆心の中ではお主の事を案じておる。」

 

落ち込む穂乃果を慰めるように勝頼が語り掛ける。

 

「なんでそんな事が分かるの?勝頼さんが実際に見たわけじゃないのに・・・。」

 

「確かにこの目で見たわけではないが、それでも分かるものなのだ。本当に人に見捨てられる時は一気に周りから人が去っていくのではなく、少しずつ自分の周りからいなくなっていくものよ。家臣たちに見捨てられて滅んだわしが言うのだ、間違いあるまい。」

 

勝頼は笑いながら自分の経験則を語る。

 

「それにな、この世に残ってるわしの魂が告げておるのだ。お主のために周りを巻き込み、全てを懸けて奔走している男がいるとな・・・。」

 

「それって・・・!」

 

勝頼の言葉を聞いた穂乃果はハッとした顔で彼に言う。

 

「恐らくお主の言っていた志郎という男であろうな。お主はまだ見捨てられてない、まだ立ち上がる機会があるのだ!だから諦めるなよ。」

 

勝頼はそう言うと、再び歩き出した。

 

「勝頼さん、ありがとう!!私もう迷わない!今度こそ立ち上がるから!!」

 

穂乃果はそう言って勝頼に向けてちぎれんばかりに手を振った。

 

「それでよい。それでこそ諏訪部志郎(わし)が認めた女だ。」

 

 

 

 

「負けるなよ。」

 

 

 

 

「えっ・・・?」

 

振り向いた勝頼の顔を見た穂乃果は驚きのあまり、一瞬周りの時間が止まったかのように感じた。

 

「志郎くん・・・!?」

 

勝頼の微笑む顔があまりにも志郎にそっくりだったのだ。顔立ちは志郎とは違ってはいるものの、どこか寂しさと儚さをにじませた微笑み方が志郎と瓜二つだったのだ。もちろん志郎と勝頼は同一人物なので当然のことなのだが、志郎が勝頼の転生者であることを知らない穂乃果が驚くのは無理もない話であった。

 

「待って勝頼さん!!」

 

穂乃果は勝頼を追いかけた。

 

「待って・・・!待ってよ・・・!!」

 

穂乃果は必死に駆けたが、どれだけ速く走っても勝頼の背に手が届かない。そればかりかどんどん勝頼から引き離されていった。

 

「待って勝頼さん!!ううん、志郎くん(・・・・)!!!」

 

穂乃果はそう叫んで手を伸ばしたが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んん・・・。あれ?」

 

目を覚ました穂乃果はゆっくりと体を起こして周りを見回した。穂乃果の目の前に広がっていたのは夢の中で勝頼と話していた真っ白な空間ではなく、朝日が差し込む彼女の部屋であった。

 

「私、また変な夢見た・・・ん?」

 

穂乃果は腕を上げ、背筋を伸ばしながらそう呟くと顔に濡れた感触が事に気が付いた。

 

「これって・・・、涙?」

 

穂乃果は頬のあたりを触りながら鏡を見ると、彼女の両目からそれぞれ一筋ずつ涙が流れていることに気が付いた。

 

「・・・どうして私、泣いてるんだろ?」

 

鏡に映る自分を見ながら穂乃果は呟く。

 

夢とは醒めた後に内容を思い出そうとしても思い出せないものだという誰かが言っていた言葉を穂乃果は思い出した。

 

「どんな夢を見てたんだろう・・・。」

 

 

 

穂乃果は首を傾げながら涙を拭う。だが、涙を拭っても彼女の心に引っかかるように刺さっている疑問が晴れることはなかった。

 

穂乃果は分からないものは考えてもしょうがないと自分の思考を一旦完結させ、部屋を出る。そうして今日も穂乃果の一日がいつも通りに始まろうとしていた。

 

 

ことりが旅立つまで、あと1日




いかがでしたでしょうか?


遂に穂乃果ちゃんと勝頼(志郎だけど厳密に言うと違う)が面と向かって話をする回が来ました!もちろん夢なので穂乃果ちゃんは憶えてませんがね!!

そして次回から遂に1期最終話である13話に突入します!!

志郎は穂乃果と和解できるのか!?

幸雄がことりに対して練っている策とは!?

穂乃果とことりは再び絆を取り戻せるのか!?


そしてμ'sは無事に復活を果たせるのか!!!?


様々な思いが交錯する1期編の佳境を楽しんでいただけると幸いです!!あと感想も書いてくださると嬉しいです!!(どさくさ)


それでは次回もまたお楽しみください!!

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