ラブライブ! 若虎と女神たちの物語   作:截流

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どうも、截流です。

いよいよあのシーンが来ます。今回はギャグ一切なし、原作よりも更にシリアス度を盛った(あくまでも主観)1話となります。


それではどうぞお楽しみください。


43話 崩れゆく翼

それは1つの報せから始まった―――

 

「大変です勝頼さま!!木曾義昌さまが織田軍に寝返りました!!」

 

その報せからなんとか衰え行く武田家を支えていた武田勝頼の凋落が始まった。

 

「何だと!?妹の真理を娶り、一門衆の地位を父上から賜ったというのにその恩を忘れたというのか!!」

 

激怒した勝頼は義昌を討伐しようとするも、深い雪に閉ざされた木曾谷に攻め込むのは容易ではなく、さらに兵たちも徳川との度重なる戦で疲弊しきっていたために義昌討伐を諦めざるを得なかった。しかし・・・。

 

「織田信忠率いる織田の軍勢が木曾義昌を先陣に、信濃へ攻め入ってきました!!」

 

「それに続き、遠江の徳川家康も駿河に攻め入ってきました!!」

 

義昌の謀反を契機にここぞとばかりに織田と徳川が西と南の二方面から攻めてきたという知らせに勝頼は怒りと焦りを抱いた。

 

「飯田城と田中城が落城しました!!」

 

「さらに伊豆から北条が進軍!戸倉城と三枚橋城が落とされました!!」

 

「上野の諸城も次々と北条軍に寝返っている模様!真田どのの岩櫃と沼田が何とかまだ残っているそうです!!」

 

「くそ・・・!」

 

3方向からの同時侵攻の対処に追われる勝頼のもとに、彼をさらに絶望させる知らせが届いた。

 

「仁科盛信さまがお守りしている高遠城が・・・落ちました・・・!盛信さまは城と運命を共にし、ご立派な最期を遂げられたそうです・・・!!」

 

伝令が涙ながらに勝頼の弟の仁科盛信が守る高遠城の陥落と彼の戦死を伝えた。

 

「馬鹿な・・・。あの盛信の守る城が、たった1日で・・・!?」

 

高遠城は南信濃の要衝の地であると同時に堅城であり、そこを守る盛信は武勇の誉れ高い猛将だったので少なくとも3日は耐えられると思っていたがその目論見は大きく外れ、たった1日で高遠城は落城した。

 

「くっ、新府城に退くぞ!!」

 

弟の最期に涙を流す暇も無く、勝頼は戦力を整えるために兵を本拠地である新府城へ退却した。

 

「駿府の穴山梅雪さまが徳川軍に寝返りました!!」

 

「武田信豊さま、小諸城にて下曾根浄喜に背かれご自害!!」

 

「一条信龍さま、上野城にてお討ち死に!!」

 

新府城に戻り、新府城を焼き払ってわずかに残った家臣たちや妻や侍女たちと共に、小山田信茂が守る岩殿城に落ち延びる途中でも、止むことなく勝頼のもとに悲報が押し寄せて来た。

 

「何故だ・・・。父上が築いた武田家が何故こうも容易く崩れていくんだ・・・。」

 

かつては戦国最強とまで言われた武田家が将棋倒しのように崩れていく様をまじまじと見せつけられた勝頼はやつれた表情で力なく呟いた。

 

そして、やっとの思いで勝頼たちは小山田の領地にたどり着いたが・・・。

 

「大変です!!お・・・、小山田信茂さま謀反!!小山田信茂さまが織田軍に寝返りました!!!」

 

勝頼の耳に入ったのは最後の頼みの綱にして、最後の譜代家臣であった小山田信茂の寝返りの報せであった。その知らせを耳にした勝頼はもう自分に道は残されてない事を悟った。

 

「おのれ小山田め、この土壇場で勝頼さまを裏切るとは・・・!」

 

「もうよい・・・。」

 

「し、しかし・・・!」

 

「もう我らの命運は決した。これより天目山へ向かうぞ。」

 

信茂の裏切りに憤る側近、長坂釣閑斎をたしなめた勝頼は穏やかな声色で指示を出し、馬首を返した。

 

 

 

 

――――ああ。武田はもう滅んでしまっていたのか・・・。しょせん諏訪の子にも、武田の子にもなれなかった俺には武田を統べる資格も無ければ力も無かったわけだ。そう、全てが無意味だったのだ・・・。

 

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

ガバっと飛び起きた志郎は慌てて周りを見回した。もちろん周りにはいつもと変わらない自分の部屋の風景が広がっているだけだったが、それだけでも志郎の心にはわずかな安堵が芽生えた。

 

「はぁ・・・はあ・・・。今の夢は・・・!」

 

志郎は肩で息をしながら額に浮かぶ汗を拭い、さっきまで見ていた夢に思いを馳せた。

 

「間違いなく甲州崩れだ・・・。忘れもしないし、忘れることもできない俺の最期の記憶・・・!」

 

確信を持つと同時に、志郎の心にはさらなる不安が芽生える。

 

 

「・・・何も起こらなければいいのだが。」

 

志郎はそう呟くと、逃げるように自分の部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

「おはよう、幸雄。」

 

「おお、志郎か。俺より遅いなんて珍しいな。」

 

「ああ、少し寝入りが悪かったようで少し寝坊した。」

 

志郎は自分の見た悪夢が凶兆になる事を知っている幸雄に、かつての自分の凋落を夢に見たことは敢えて教えなかった。昨日の一件でただでさえ気まずい状況になっているところにさらに畳みかけるように凶兆があると口に出すことは、志郎にはできなかったからだ。

 

「そうかい。」

 

幸雄は志郎の言葉に何かを察したような表情で頷き、何もたずねなかった。

 

「穂乃果は?」

 

「あいつなら・・・。ほれ。」

 

穂乃果についてたずねられた幸雄が彼女の席の方を指差した。

 

「・・・。」

 

志郎の視線の先には机に突っ伏している穂乃果がいた。

 

「寝ているわけじゃあねえんだがな。さっきもヒフミトリオと話してたしな。」

 

「そうか。やはり昨日の一件で相当落ち込んでいるようだな・・・。」

 

「この前の一件もそうだがあれだけ大きなマイナスになる出来事が起こりゃ、誰でもあれぐらい落ち込むわな・・・。」

 

穂乃果の様子を見て志郎と幸雄がそう話していると、

 

「穂乃果ー!志郎、幸雄!」

 

「・・・ん?」

 

机に突っ伏していた穂乃果は顔を上げて自分を呼ぶ声のする方に顔を向けた。そこにはいつの間にか教室の外に絵里が立っていた。

 

「ちょっと屋上に来てくれないかしら。」

 

『屋上?』

 

絵里は軽く手招きをすると3人に屋上へ来るように言った。

 

 

 

 

「・・・ライブ?」

 

「そう!みんなで話したの。ことりがいなくなる前に全員でライブをやろうって。」

 

「来たらことりちゃんにも言うつもりよ。」

 

絵里は先に屋上に来ていた穂乃果とことり以外のメンバーと一緒に、穂乃果と志郎たちにことりの留学前にライブを行う事を説明した。

 

「思いっきりにぎやかにして門出を祝うにゃ!」

 

「はしゃぎすぎないの!」

 

「にゃっ!にこちゃん何するのー!!」

 

「ふん、手加減してやったわよ。」

 

「シャー!!」

 

凛とにこはいつものようにはしゃいでいた。

 

「・・・。」

 

「まだ落ち込んでるのですか?」

 

絵里たちの話を聞く穂乃果の表情はあまり良いものとはいえず、海未も穂乃果の事を心配してそう声を掛けた。

 

「明るくいきましょ!これが9人の最後のライブになるんだから。」

 

絵里は暗くなりそうな雰囲気を変えるために努めて明るく言ったが、穂乃果の表情は一層険しくなっていた。

 

「・・・私がもう少し周りを見ていれば、こんな事にはならなかった。」

 

「そ、そんなに自分を責めなくても・・・!」

 

「自分が何もしなければこんな事にはならなかった!!」

 

花陽は自分を責める穂乃果をフォローしようとしたが、それは全く効果が無かったどころか火に油を注いでしまっていた。

 

「あんたねえ!!」

 

「そうやって全部自分のせいにするのは傲慢よ。」

 

「でも!!」

 

そんな穂乃果に対してにこは声を荒げ、絵里はあくまでも冷静に穂乃果をたしなめるも、穂乃果はそれでも納得できなかった。

 

「それをここで言って何になるの?何も始まらないし、誰もいい思いをしない。」

 

「絵里の言う通りだぜ。世の中ってのはな、心を鬼にしなきゃならねえ時ってもんがあるんだよ。」

 

絵里に続いて幸雄が冷静にそう言い放つ。幸雄はかつての人生が人生だったので、その言葉から漂う説得力は尋常ではなかった。

 

「ラブライブだって、まだ次があるわ。」

 

「そう!今度こそ出場してやるんだから、落ち込んでる暇なんかないわよ!」

 

真姫はまだ次があると言って穂乃果を励まし、にこも心を落ち着かせていつものように不敵に笑って穂乃果を鼓舞しようとするが、

 

「出場してどうするの?」

 

「え・・・?」

 

「なに・・・!?」

 

穂乃果の口から出て来た、おおよそ彼女の口から出てくるものとは思えない言葉ににこは驚き、今まで静観していた志郎も愕然とした。

 

「もう学校は存続できたんだから、出たってしょうがないよ。」

 

「おい、冗談でも言って良い事と悪い事ってもんがあるだろ。」

 

穂乃果の言葉を聞いて、幸雄はドスの効いた低い声で穂乃果に忠告する。いつもは垂れている彼の目は吊り上がりつつあった。激昂こそしないものの、幸雄も彼女の発言は見過ごせなかった。

 

「それに無理だよ。A-RISEみたいになんて、どんなに練習したってなれっこない。」

 

「・・・あんたそれ、本気で言ってる?」

 

にこは拳を震わせながら穂乃果を問い詰めたが、穂乃果は何も答えなかった。

 

「本気だったら許さないわよ。」

 

にこはもう一度問いかけるも、穂乃果は黙りこくったままだった。

 

「許さないって言ってんでしょ!?」

 

「だめ!!!」

 

にこは激昂し穂乃果に掴みかかろうとするも、真姫が彼女を押さえた。もしここでにこが穂乃果を殴ってしまったらμ'sはもう取り返しのつかない所まで行ってしまう・・・そう本能で感じた真姫はにこの前に飛び出して力いっぱい彼女を押さえたのだ。

 

「離しなさいよ!!にこはね!あんたが本気だって思ったから、あんたが本気でアイドルをやりたいんだって思ったからμ'sに入ったのよ!!ここに賭けようって思ったのよ!!それをこんな事くらいで諦めるの!?こんな事くらいでやる気をなくすの!!?」

 

にこは真姫に押さえられながらも彼女を振りほどかんと暴れながら心中を曝け出した。μ'sに、そして穂乃果に託した夢と願いをありのままに、感情的にぶちまけ続けた。

 

他のメンバーはそれを黙って見守る事しかできなかった。幸雄も、志郎さえも・・・。

 

「どうした志郎。」

 

幸雄はふと、隣にいた志郎の様子がおかしい事に気付き、周りに聞こえないような小声で声を掛けた。

 

「やめろ・・・。やめてくれ・・・!崩れる、崩れてしまう・・・!!」

 

志郎は頭を抱え、肩で息をしながらうわ言のようにそれだけを何度もつぶやいていた。

 

「あれを・・・!あの悲劇を繰り返しては・・・!だが俺は、俺には・・・!!」

 

「志郎、お前・・・。」

 

幸雄は悲痛な表情で呻く志郎にかけられる言葉を見つけられなかった。志郎は今のこの状況に甲州征伐での武田家が脆くも崩れ去っていく様を重ねていた。細かな状況こそ違えど、『人は城、人は石垣』の言葉のように団結していた武田と、廃校を阻止するという目標のもとにメンバーが結束していたμ's、その固い結束が崩れていく様はどちらも志郎にとって自分の身が引き裂かれるように辛いものだった。

 

その光景は志郎に昔のトラウマを呼び覚まさせ、思考や判断力を鈍らせ、彼の心を大いに乱すにはあまりにも効果的すぎた。

 

「じゃあ穂乃果はどうすればいいと思う?どうしたい?」

 

「・・・。」

 

絵里は穂乃果にどうするかを優しく諭すようにたずねた。

 

「答えて。」

 

「・・・。」

 

(これが9人の最後のライブになるんだから。)

 

絵里の言葉を聞く穂乃果の脳裏にはさっき絵里が言った言葉が流れた。そして数秒あまりの沈黙の中、穂乃果は決意し―――

 

 

 

「やめます。」

 

 

 

―――ただ一言、穂乃果は全てを諦めたような表情で淡白に、無感情にメンバーに告げた。

 

『えっ!?』

 

穂乃果の言葉に絵里たちは愕然とした。

 

「私、スクールアイドルやめます。」

 

穂乃果は何の躊躇いも無くみんなにそう告げると、そのままその場を去るために歩き出した。

 

絵里たちはただ茫然と穂乃果の背を見て、黙って彼女の背を見送ることしかできなかった。

 

「穂乃果ちゃん・・・。」

 

希も、ただ悲しげにそう呟くことしかできなかった。

 

「・・・。」

 

だが志郎は違った。みんながただ穂乃果の背を見て黙っていた中、志郎だけは違う反応を見せた。

 

「貴様・・・!」

 

志郎はそう呟くと、腕に血管が浮き出るほどに力強く右拳をを握り締め穂乃果を追おうとするが、

 

「よせ志郎。」

 

志郎の殺気を察知した幸雄が志郎の右腕を握って彼の動きを止めた。

 

「勝頼さま、あなたはさっき真姫がにこを押さえた理由が分からないほど愚かな男ではないはずだ。それに、あなたが本気で彼女を殴ってしまえば骨折どころの騒ぎでは済みませんぞ。」

 

幸雄は周りに聞こえない声で志郎を諭し、暴挙に出ようとする親友を諫めた。幸雄にとってこの行動は志郎がそのまま聞き分けるか、彼の心を逆なでて激高させてしまうかどうなるか分からない博打のような行為だった。

 

「お前の言い分は分かる。だが・・・。」

 

志郎が幸雄の言葉に苦虫を噛み潰したような表情で反論していたその瞬間、志郎の隣を海未が走り抜けた。そして海未はそのまま穂乃果の腕を掴んで無理やり自分の方に振り向かせた。そして―――

 

 

 

パシン・・・。

 

 

 

―――そんな乾いた音が静かな屋上に響いた。海未が穂乃果の頬を打ったのだ。

 

「海未・・・。」

 

メンバーが愕然とする中、志郎は彼女の名を呟いた。

 

「あなたがそんな人だとは思いませんでした・・・!」

 

海未は穂乃果の目を真っ直ぐ睨みながら口を開き、

 

「最低です・・・!あなたは・・・、あなたは最低ですっ!!」

 

目に涙を浮かべながら、叫ぶように穂乃果へ言い放った。

 

だがそれでも穂乃果は何も言わず、海未に打たれた頬を押さえて屋上を下りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその日の放課後、穂乃果は部室や屋上に顔を出すことなくそのまま家に帰ることにしたのか、校舎前の道を歩いていた。

 

「待て穂乃果。」

 

その言葉に穂乃果が顔を上げると、目の前には志郎が立っていた。彼は険しい表情で穂乃果と校門の間に立っており、ここは通さないと言わんばかりに仁王立ちをしていたのだ。

 

「今ならまだ間に合う、引き返せ。」

 

志郎は再び穂乃果に声を掛ける。しかし、穂乃果は志郎の言葉を無視して彼の隣を素通りしてそのまま帰ろうとした。

 

「待て・・・。本当にこのまま帰るつもりなのか。」

 

志郎は校門を通り抜けようとする穂乃果の方へ振り向き、もう一度声を掛けた。二度目までは冷静だったが、三度目の声にはわずかながら怒りがこもっていた。

 

「スクールアイドルをやめるって言ったんだから、私の勝手でしょ。」

 

穂乃果は志郎の顔を見ることなくそう淡々と言うと、そのままもう一度歩き出した。しかし、志郎は穂乃果の腕を掴み、

 

「ふざけるな!これはお前だけの問題じゃない、アイドル研究部に所属している人間全員の問題なんだ!!」

 

と穂乃果に怒鳴った。

 

「お前が自分だけの夢を自分で侮辱し捨てるのであれば勝手にすればいい。だが貴様はみんなの夢を侮辱したのだ!!あいつらがどんな想いを抱いてμ'sに入ったのか知らないわけではないだろう!貴様とて、このμ'sの為にどれだけの汗と涙を流してきた!!貴様のさっきの言葉は、他の8人のメンバーの夢や願いを踏みにじり、彼女たちの心を裏切ったも同然なのだ!!」

 

志郎は穂乃果に自分の感情を思いっきりぶつけた。感情をありのままにさらけ出すあまり、口調が勝頼だった頃のものに戻りつつあったが、志郎にそんな細事を気にする余裕はなかった。

 

「とにかく、今すぐ引き返して海未たちの元へ戻り、皆の前で先の言葉を詫びて取り消せ!!今ならまだ間に合う!!さあ、戻れ!!」

 

志郎の怒りが込められていた叫びはいつしか懇願に変わっていた。志郎にとってはここが正念場だったからだ。ここで穂乃果を翻意させることが出来なければ取り返しがつかなくなる。志郎はもはや志郎は直感に近い間隔でそれを感じ取り、幸雄の制止を振り切ってここに来ていたのだ。

 

「前から思ってたんだけどさ。なんで志郎くんたちは私たちの事を手伝ってるの?」

 

「なに・・・!?」

 

志郎は、予想しなかった穂乃果の質問に戸惑い、たじろいだ。

 

「だってさ、志郎くんたちはこの学校の共学化に向けての実験生って事でこの学校に入ったけど元はと言えばこの音ノ木坂学院とはまったく関係ない赤の他人だよね。だったら手伝う理由なんてないじゃん。」

 

穂乃果はさっきと同じような諦観の境地に立ったような表情で志郎に語りかける。

 

「それに、学校の廃校だって阻止されたんだからもう志郎くんたちが手伝う必要なんてないでしょ。志郎くんたちはなんのために私たちを手伝ってくれているの?」

 

「そ、それは・・・!」

 

『かつての自分と同じ道を歩ませないため』とは口が滑っても言えない志郎は口ごもる。

 

「答えられないなら理由なんてないんでしょ?だったらもう志郎くんたちには関係ないじゃん。」

 

「なに・・・!?」

 

穂乃果の口から放たれた冷たい言葉が志郎の虎の尾を踏んだ。

 

「俺の事をどれほど悪しざまに罵ろうが侮辱しようが構わん。だが屋上で貴様が放った言葉は今この時に夢を追い求めて努力しているすべての夢追い人に対する侮辱だ!!いや・・・、志半ばに倒れた者や、何らかの事情で夢を諦めざるを得なかった者、そして夢を追うというステージに立つことすらできなかった者たちさえも冒涜していることが分からんのか!!」

 

志郎は穂乃果の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで穂乃果に詰め寄る。

 

「貴様は全てにおいて恵まれていた。天の時、地の利、そして人の和・・・!人が大業を成し遂げるために必要だとされている天地人の要素に恵まれ天運にも愛されていながら、貴様は夢を捨てると言ったのだぞ・・・!!」

 

志郎は、感情が高ぶるままに穂乃果に怒鳴り散らした。志郎は―――人を引っ張ることのできるカリスマを持ち、どんな突拍子のない事を言い出しても信じて付いて来てくれる仲間がいて―――夢を追う事ができる穂乃果に心の奥底で嫉妬していた。彼女の力に嫉妬し、憧れ、彼女の夢を支えようと心に誓った志郎だったからこそ屋上での穂乃果の言い分を許すことが出来なかったのだ。

 

「お前はあまりにもわがままな女だ・・・。幼馴染が外国に行くというだけの細事に囚われ、共に同じ夢に向かって歩む同志たちの心を裏切るなどあまりにも無体な仕打ちだと思わんのか!!」

 

そして志郎の怒りがさらにエスカレートしたその瞬間・・・。

 

 

 

「うるさい!!!」

 

 

 

穂乃果が志郎の声を遮るほどの大声で怒鳴った。

 

「・・・!?」

 

志郎は今まで聞いたの事の無い穂乃果の怒鳴り声に気圧されて言葉を止め、彼女の顔を見て驚いた。

 

「志郎くんには分かんないよ・・・。私にとってどれだけ幼馴染が・・・、ことりちゃんの事が大事なのかなんて・・・!!」

 

穂乃果は泣いていた。穂乃果は透き通った瞳から大粒の涙をぽろぽろと流していた。

 

「穂乃果・・・。」

 

志郎は彼女の泣き顔を見て、自分が大きな過ちを犯してしまったことに気付いた。幼馴染であることりを大切に思っている穂乃果の前で、夢を重んずるばかりに幼馴染の事を『細事』だと言い捨ててしまったという過ちに・・・。

 

「ま、待ってくれ穂乃果!!」

 

志郎は自分の過ちを詫びるため縋るように彼女の手を掴むも、その手はにべも無く振り払われてしまった。

 

「ついて・・・、来ないで・・・!」

 

穂乃果は志郎にそう告げるとそのまま走り去ってしまった。志郎は走り去っていく彼女の背中をただただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

そして穂乃果の背中が見えなくなると、校門の前に立ち尽くしていた志郎は崩れ落ちるように膝をつき、四つん這いになって項垂れた。

 

「ふふふ・・・。ふふふふふはははははははははは・・・!!」

 

しばらくすると志郎は、身を起こして立ち上がり狂ったように笑い出した。

 

「愚かなのは・・・俺の方ではないか・・・!『馬鹿は死んでも治らない』と言うが全くその通りではないか・・・!人の心の機微を読み取れず、人の心を傷つけるなど勝頼だった頃以下ではないか!ふははははははは!!」

 

志郎は笑いながら自分が如何に愚かであるか自嘲しながら笑い続けたが、

 

「くそ!!!何が・・・、何がμ'sのサポーター、何がμ'sの両腕だ!!」

 

そう言って志郎は再び跪き、地面を力いっぱいに殴りつけた。

 

「こんな一大事だというのに、役に立たないどころかあいつの心に傷までつけてしまった!!昔もそうだ、御館の乱の時だって、血がつながっておらずとも兄弟である景勝と景虎の争いを止められればと思い、工作に乗って和平を仲介したことで結果的に桂の兄であった景虎を見殺しにして氏政との同盟が破れたり、織田との和平交渉を進めていたせいで高天神城を見殺しにせざるをえなかったりと、昔からやることなす事が全て裏目に出ていた!!」

 

地面を何度も殴りながら志郎は自分の要領の悪さや、良かれと思って下した判断が全て過ちとなっていたことを思い返し、考えが甘い自分の無能さを呪った。

 

「μ'sに・・・、穂乃果たちに俺の二の足を踏ませないなどと大言壮語を吐いておきながら結局はいざという時に何もできなかった!!何もしてやれなかった!!指をくわえて見ている事しかできなかった!!そんな男が無能でなくて何だと言うんだ!!!くそっ!くそっ!!くそおおおおおおお!!!」

 

「やれやれ・・・。だから俺はやめとけって言ったんだがなぁ・・・。」

 

志郎が地面を殴りながら無能な自分への怨嗟の言葉を吼えたてているところに現れたのは幸雄だった。

 

「俺は忠告したぜ志郎?『今の穂乃果はいろんな出来事に押しつぶされてて冷静な判断が出来てる状態じゃあない。お前みたいなタイプの奴が説得しようとしても言い争いになって最終的に拗らせるだけだ。』ってな。なのにお前さんはその忠告を聞かなかった、まさにあの時と同じだな。俺が岩櫃城に来いと進言したのにそれを蹴って小山田の岩殿城に行った結果お前は梯子を外されてそのまま死地へと向かわざるを得なかった・・・。」

 

「うおおおおおおおお・・・!!!」

 

幸雄は冷酷な眼差しで志郎に語りかけるも、返ってくるのは志郎の怒りと悲しみに満ちた叫びだけだった。

 

「・・・ふぅ、聞こえちゃあいねえか。」

 

幸雄はため息をつくと、頭を掻きながらそう言って志郎をそのままに校門に向かって歩き始めた。

 

「あ~あ、こういう時こそ志郎には頑張ってもらいたかったんだが・・・。ありゃ心がボッキリと折れちまってやがるから、当分精神的に再起不能だろうな。となると・・・。μ'sはもう、ダメかもしれんな。」

 

幸雄は、もしμ'sが進むべき道を見失ったり、大きな壁にぶつかって挫けそうになった時にはファーストライブの時のように彼女たちを励まし、立ち直らせ、進むべき道を再び進めるように導く、太陽に代わる篝火のような役目を志郎に期待していた。

 

だが幸雄の目には、今の志郎にはその役目を果たすことはできないと映った。『μ'sは9人だからこそ輝く』、『μ'sの原動力は穂乃果にある』、『いざという時は志郎が9人の道を照らす』、幸雄が思い浮かべていたμ'sが上手く立ち行くために必要だと考えている3つの条件が全て潰えたことで、μ'sはもう再起不能かもしれないという結論を幸雄は出したのだ。

 

「可哀想なもんだが、俺は沈みそうな泥舟にいつまでも乗ってる趣味は無いんでね。廃校が阻止されて『共学化に向けた研究生』という俺たちの肩書は失われ、μ'sがダメになったことで『μ'sのサポーター』というこの学校にいられる大義名分も無くなったも同然・・・。となると俺も身の振り方を考えるのに忙しくなるな。」

 

損得の切り分けが非常に巧みな幸雄の頭の中は、既に音ノ木坂学院にいる大義名分を失くした後はどうするべきかという思考に切り替わっていた。かつて、武田滅亡後に生き残りを懸けて知恵を振り絞っていた真田昌幸らしい思考の切り替えであった。そしてそれは幸雄がμ'sに見切りをつけたという事を意味している。

 

 

文化祭でのライブ失敗からのラブライブの出場辞退、そしてことりの留学と穂乃果の離脱・・・。これらの出来事に揺れ、何よりも固いと思われた結束が崩れていくμ's。それを立ち直らせるためのカギを握っているであろう2人の若き虎も、志郎は心が折れ、幸雄は見切りをつけると、11人の心は、崩れるようにバラバラになっていった・・・。

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーっ!!!」

 

 

 

かつての崩れ行く武田家を連想させる出来事に直面し、再びなす術も無くμ'sの分裂をただ見ている事しかできなかった志郎の嘆きと無力な自分を呪う自身への怨嗟がこもった咆哮が、朱色に染まる夕焼け空に虚しく響き渡った。




いかがでしたでしょうか?


遂に来てしまったこの回・・・、崩れゆくμ'sと若虎たちの結束。自身の無力さを痛いほどに実感させられた志郎は再び立ち上がることはできるのか!?そして、彼女たちに見切りをつけてしまった幸雄は戻ってくるのだろうか!?それは次回をご期待ください!!

感想があればどしどし書いてください!!待っています!



それでは、次回もまたお楽しみください!!

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