ラブライブ! 若虎と女神たちの物語   作:截流

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どうも、截流です。

遂にこの回がやって来ました。μ'sと志郎たちの運命を決める学園祭のライブが如何なる結末を迎えるのか、その目に焼き付けてください!!



それではどうぞお楽しみください!!


39話 決壊

「穂乃果!」

 

そう呼ぶ声を聞いた穂乃果は目を開けた。

 

 

―――あれ、いつもより瞼が重い?

 

 

「今日文化祭でしょ?早起きするんじゃなかったの?」

 

穂乃果の母はそう言って部屋を出た。

 

「んん・・・。へっくし!」

 

穂乃果はその言葉を聞くと、くしゃみをしながら起き上がり、顔を洗いに洗面所へと向かうために歩き出した。

 

 

―――それにしても変な夢だったな。昔の、歴史の教科書で習ったような戦争の夢だなんて・・・。あれ?体が重い・・・。それに、なんかフラフラする・・・?

 

 

穂乃果はおぼつかない足取りで歩くもそのままよろけて転んでしまった。

 

「痛たた・・・。」

 

そう声を出すはずだったが、

 

「・・・!!」

 

声が出なかった。

 

「・・・!・・・あ。」

 

何度声を出そうとしても喉が嗄れてしまっているのか、ほんの僅かばかりの音しか出せなかった。

 

 

 

 

 

 

学園祭が始まる2、3時間ほど前、志郎と幸雄はステージの最終調整をするために誰よりも早く学校に来ていた。

 

「いやー、まさかこんな雨になるとは思わなんだな。こんなこともあろうとステージをブルーシートで覆っておいて正解だったわ。」

 

誰もいない屋上で、幸雄がステージを見上げながら独り言を呟いていると、志郎がやって来た。

 

「・・・。」

 

志郎の表情はとても険しく、幸雄はそれを見てかつての憂いを帯びていた勝頼の表情を思い出した。

 

「どうした志郎、随分と悩ましい顔をしてるな。そういえば昨晩はどうだったよ?」

 

幸雄は昨日の夜の志郎による張り込みの成果をたずねた。

 

「・・・案の定、あいつはやって来たよ。」

 

「なんだと!?昨日はかなり雨が降ってたじゃねえか!」

 

「ああ、あいつはそういう奴だからな。」

 

「で、どうした?」

 

「ちゃんと連れて帰ったよ。ごねるもんだから軽く脅しておいた。多少力ずくだった感は否めないが、これもあいつの為だ。」

 

「そっか、それを聞いて安心したぜ。」

 

幸雄は志郎の報告を聞いて胸を撫でおろした。

 

「いや、安心するのはまだ早いぞ。」

 

「え?」

 

「実は昨晩に夢を見た。」

 

「まさか・・・例の吉兆ならぬ凶兆の夢か?」

 

「ああ・・・。」

 

志郎が頷くのを見た幸雄の額に冷や汗が浮かんだ。

 

「で、その夢はどうだったんだ・・・!?」

 

幸雄はそのまま志郎に夢が鮮明であったか曖昧であったかを聞いた。志郎の表情を見れば答えは明白であったが、それでも幸雄はわずかな可能性を信じてたずねる事しかできなかった。

 

「・・・恐ろしいほどに鮮明だった。正直に言うと今までにないほどはっきりしていた。まるであの戦をもう一度体験しているような気分だった・・・。」

 

幸雄にそう語る志郎の表情は、今まで『諏訪部志郎』として17年間生きてきた中で最も緊迫していたものだったのだろうな―――志郎は語りながら心の中でそう実感していた。

 

「えらいことになったな・・・。どうする?」

 

幸雄も精一杯動揺を隠そうとするがそれでも隠しきれていない何とも言えない表情で志郎の判断を仰ぐ。

 

「・・・とにかくそれを決めるのはあいつらが来てからだ。」

 

志郎はそう言うと、屋上の出入り口に向かって歩いて行った。

 

「何も起こらずに済めばいいんだがなぁ・・・。」

 

幸雄は雨が降る空を仰いで呟くと、志郎に付いて行った。

 

 

 

 

 

 

そして学園祭が始まり、ライブが始まるまであと1時間を切った。

 

 

「あー!!すごい雨!」

 

「お客さん全然いない・・・。」

 

「この雨だもの、しょうがないわ。」

 

屋上の出入り口から外を覗いて嘆く凛と花陽に対して、真姫がフォローを入れる。

 

「志郎と幸雄も宣伝で頑張ってくれてるみたいだけど、私たちの歌声でお客さんを集めるしかないわね。」

 

「う~~!そう言われると燃えるわね!!にっこにっこにー!!」

 

一年生たちを前に自分たちに言い聞かせるように絵里とにこが喝を入れていた。

 

 

「本当にいいんですか?」

 

その一方で、海未はことりと階段で話をしていた。話の内容は、昨夜にことりが海未に打ち明けた悩みについてであった。

 

「うん、本番直前にこんな話したら穂乃果ちゃんにも、みんなにも悪いよ・・・。」

 

ことりは遠慮がちに海未の言葉に応える。

 

「でも今日がリミットなのでしょう!?」

 

「うん、だからライブが終わったら私から話す。みんなにも、穂乃果ちゃんにも・・・。」

 

 

「なるほど、そういうわけだったのか。」

 

 

『!!』

 

ことりが階段から降りようとすると、志郎と幸雄が下から上がって来た。

 

「志郎くん、幸雄くん・・・。」

 

「宣伝で学校中を回っていたのではないのですか!?」

 

「ああ、そうだったんだが一通り終わってな。」

 

「そんでヒフミたちと交代して、そろそろ着替えの時間だとお前らに知らせに来たんだが・・・。えらい話を聞いちまったなこりゃ。」

 

「・・・。」

 

頭を掻きながらバツが悪そうに苦笑いする幸雄を見て、ことりと海未は何とも言えない表情をしていたが、

 

「案ずるな、俺たちは何も聞いていなかった。そうだろう幸雄?」

 

志郎がそう言うと、

 

「・・・?あ、ああ!そうだな!!おーいみんな!!そろそろ着替えの時間だぞ!!」

 

幸雄は一瞬ポカンとした表情をしたが、すぐに志郎の意思を汲んで上にいる絵里たちに部室へ戻るように大声で声を掛けた。

 

「あら、もうそんな時間なのね。」

 

「いよいよね!!」

 

「うう、緊張してきた・・・。」

 

「テンション上げてくにゃー!!」

 

「全力を尽くしましょ!」

 

絵里たちは幸雄の言葉を聞いて次々と部室へ向かって行った。

 

「・・・ごめんね、ありがとう志郎くん。」

 

ことりは去り際に志郎に礼を言った。

 

「俺はただ自分がなすべき最善の行動をとっただけだ。さっ、ことりも着替えてこい!今はライブに集中しろよ。」

 

志郎は明るい声でことりにそう返した。

 

「・・・2人ともありがとうございます。」

 

海未も2人にお辞儀をしてことりの後に続いて去っていった。

 

「いやー・・・ことりがエアメールを持っていたのを見た時には大体察しはついていたが、まさか本当に留学だったとはな・・・。」

 

海未とことりも去って二人っきりになると幸雄が階段に座り込んでそう言った。

 

「予想以上に厄介な事になったな。下手をすればμ'sの存続も・・・。」

 

「どうするよ。止めるか?」

 

志郎が言葉の最後を言いきる前に幸雄が志郎にたずねる。

 

「こればかりは俺たちがどうこう足掻いてどうにかなるものでもないからな・・・。とにかく今はライブを成功させることを考えよう。」

 

志郎はそう言うとことりたちを追って階段を下りて行った。

 

(ライブを成功させる・・・か。穂乃果がまだ来てないのが引っかかるが、まあそうするしかないんだろうな。)

 

幸雄は穂乃果がまだ学校に来ていない事を不安に感じつつも、それを振り切って階段を下りた。

 

 

 

 

 

 

そしてみんなが着替え終わった時・・・。

 

「おはよ~。」

 

と穂乃果が控え室に入って来た。

 

「穂乃果!」

 

「遅いわよ。」

 

「ごめんごめ~ん。当日に寝坊しちゃうなんて、おろろろ・・・。」

 

メンバーたちに軽く謝りながら歩くも、またよろけて倒れそうになるがことりに支えてもらって、なんとか転ばずに済んだ。

 

「穂乃果ちゃん?大丈夫!?」

 

「ごめんごめん。う・・・。」

 

「穂乃果?声がちょっと変じゃない?」

 

「え!?そ、そうかな!のど飴舐めとくよ、えへへ・・・。」

 

喉の様子が少しおかしい事を絵里に指摘された穂乃果はなんとかいつもの様子を取り繕って誤魔化した。

 

「・・・。」

 

「志郎?」

 

「今日はライブを中止にした方がいいんじゃないか・・・?」

 

穂乃果たちのやり取りを見ていた志郎はそう呟いた。

 

「気は確かか志郎!?」

 

それを聞いた幸雄は他のメンバーに聞こえないように小声で志郎に詰め寄った。

 

「お前なら分かるだろ、穂乃果の様子がおかしいことぐらい・・・!」

 

「そりゃあそうだがよ・・・。」

 

志郎の言う通り、卓越した観察眼を持つ幸雄は部室に入って来た時の穂乃果の様子を見ただけで彼女が無理をしているのを見破っていた。

 

「天気はこんなんだし、穂乃果も本調子とは言えない・・・。幸い学園祭は明日もあるんだから今日の所は中止にして、明日に今日の分も挽回するのが最善策だと俺は思っている・・・。」

 

「常識を考えたらそれが一番だろうよ。だが、それを本番直前に言い出して聞く奴がいると思うか?」

 

「それは・・・。」

 

幸雄の言い分に志郎は何も言い返すことは出来なかった。実際にそれを言うべきタイミングがあるとすれば、屋上の出入り口の階段でみんなに着替えるように呼び掛けた時しかなかったのだから。

 

「とにかく、ここまで来ちまったからにはもう天に身を任せる事しかできねえ。お前も腹くくれよ、あとはあいつらのライブが成功するように少しだけでもお膳立てしてやろうぜ?」

 

「ああ、そうだな・・・。」

 

幸雄の言葉に志郎は何とか頷いた。

 

「じゃあ、俺たちはそろそろステージの準備に行ってくるぜ。」

 

話を終えた幸雄は穂乃果たちにそう言い残して志郎と共に控え室から出て行った。

 

「うん、よろしくね!」

 

穂乃果はそう言って志郎たちを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

「なんでお前がここにいるんだ。」

 

屋上でステージの準備と屋上にやって来た観客たちの入場案内をしていた志郎たちの前に現れたのは、

 

「ふはははは!!遂に来たぞμ'sの生ライブ!!」

 

傘を差しながら高笑いをしている政康だった。μ'sのライブが楽しみで仕方ないのかテンションがやたら高く感じられる。

 

「いやマジでお前何しに来たんだよ。」

 

「というか音ノ木坂の学園祭って男子も入れるんだな。」

 

「正直に言うと俺も伝統に厳しい女子高であるここに入れたことに驚いてはいる。だが!!μ'sがライブを行うと言えばたとえ火の中水の中、どこへでも馳せ参じるつもりだ!!ふはははは!!!」

 

「お、おう・・・。」

 

「ほんとお前はファンの鑑だよな・・・。」

 

μ'sに対する並大抵ではない熱意をアピールする政康に志郎は苦笑し、幸雄は呆れを通り越して賞賛していた。

 

「して、ライブが始まるのはいつ頃なのだ?」

 

「いや、それくらいチラシ読めよ・・・。あと20分後だな。」

 

政康に開始時間をたずねられた志郎は腕時計を見ながら答えた。

 

「そろそろあいつらも準備終わってるだろうからそろそろ呼びに行こうぜ。」

 

「そうだな。じゃあ政康、俺たちもう行くわ。」

 

志郎は政康にそう言って屋上から降りようとすると、

 

「待て志郎。」

 

と、政康が志郎を呼び止めた。

 

「なんだ?急いでるんだが。」

 

志郎は立ち止まってそれに応える。

 

「何か不安な事でもあるのか?」

 

「何言ってるんだ、そんなことは・・・。」

 

「ふふふ、そんなものは顔を見れば分かるものよ。」

 

「・・・。」

 

「案ずることはない。貴様はμ'sのサポート役なのであろう?サポートする者がそのような不安そうな顔をするな。そんな事では支えられる物も支えられんぞ?」

 

「ああ、そうだな。」

 

政康からの檄を受け取った志郎は笑って返事をすると、そのまま駆け下りて行った。

 

 

 

 

 

 

そしてライブ開始15分前・・・。

 

「あーーー・・・。」

 

穂乃果は着替えを終えると少しだけ発声練習をした。

 

(よし、声もなんとか戻った・・・。これならいける・・・!)

 

声の調子が戻ったのを確信した穂乃果の顔は希望に満ちていた。

 

 

「全然弱くならないわね・・・。」

 

「ていうかさっきより強くなってない!?」

 

「これじゃあたとえお客さんが来てくれたとしても・・・。」

 

弱まるどころか強くなる様子さえ見せる雨を見て、絵里とにこと真姫が心配そうにしていたが、

 

「やろう!!」

 

「穂乃果・・・。」

 

「ファーストライブの時もそうだった・・・。あそこで諦めずにやって来たから今のμ'sがあると思うの。だからみんな・・・行こう!!」

 

穂乃果はいつものようにみんなを励ました。

 

「そうだよね・・・。そのためにずっと頑張って来たんだもん!」

 

「後悔だけはしたくないにゃ!!」

 

「泣いても笑っても、このライブが終わった後に結果が出る!」

 

「なら思いっきりやるしかないやん♪」

 

「進化した私たちを見せるわよ!!」

 

「やってやるわ!!」

 

穂乃果の鼓舞を受けてメンバーの士気はみるみると高まっていく。

 

「・・・。」

 

「ことり。」

 

「あ、ごめん。」

 

相変わらず不安げな様子だったことりだが、海未に呼ばれてふと我に返った。

 

「とにかく今はライブに集中しましょう、せっかくここまで来たんですから。」

 

「うん・・・。」

 

ことりも海未の言葉を受けて、せめてこの時だけでも迷いを打ち消そうと思い、頷いた。

 

 

 

 

「・・・あの頃と同じだな。」

 

控え室のドアの前で中のやり取りを聞いていた志郎は感慨深そうに呟いた。

 

「だな。」

 

志郎の呟きに、普段なら何か軽口や皮肉を言う幸雄もこの時はただ素直に彼の言葉に頷いていた。

 

「にしても皮肉だな、あの戦から7年と17年経ってようやくあの時の軍議での信春と昌豊、そして昌景らの苦労を知ることになるのだからな。」

 

志郎は、かつて長篠で決戦に踏み切ろうとした際に撤退を進言した宿老たちの顔を思い浮かべながら現在の自分の状況を皮肉って笑った。

 

「・・・もう、止まらないのだな。」

 

「ああ。あいつらがああなったら最後まで止まらないのはお前も知ってるだろ?それにその諦めない強さをあいつらに与えたのはお前だ。」

 

幸雄はファーストライブでくじけそうになった穂乃果たちに激励を送った志郎の言葉を思い返しながら志郎の言葉に応える。

 

「あの時、あんな事を言わなければあいつらも少しは諦めと聞き分けが良くなってたのかな・・・。」

 

「おいおい!それだけは言っちゃいけねえぜ志郎!!あの時のお前の言葉があったからこそあいつらは今ここにいるんだ!お前がその事を後悔して否定しちまったら、あいつらを否定することにもなるんだぞ!」

 

「・・・!!そうだったな、すまん。」

 

「いいってことよ。迷った主君、もとい親友のケツはたいて目ぇ覚まさせてやるのも俺の務めさ。」

 

謝る志郎に対して、幸雄はそう言ってにかっと笑ってみせた。

 

「すまんな。そうだ、俺があいつらを信じてやらなくてどうする・・・!サポート役ならばそれこそあいつらを信じてやらなくてはいかんな!」

 

「おうとも!確かに天候、穂乃果の様子、そしてことりの迷いと心配すべき要素は山積みだが・・・、それでもあの時とは違って織田軍のように絶対的な脅威はなにも無い!それだけは胸を張って言える!」

 

「・・・とにかく穂乃果がぶっ倒れずに済むのを祈るしかないって事か?」

 

「ははは・・・、情けねえがそうなるな。でもライブが終わるまで持ち堪えてくれればそれで万事解決よ!」

 

幸雄は志郎に自分が言いたかったことを指摘され、苦笑いした。

 

「お前、実はけっこう楽観的なんだな。策士ってのはどこまでも慎重で疑り深い性格だと思ってたが。」

 

「まあな。だが策士っつーのは結局のところ楽観的な生き物なのさ。どれだけ慎重に用心深く緻密な策を巡らそうと、最終的にはおのれの策を信用する・・・。安芸の謀神こと毛利元就も、備前の風雲児こと宇喜多直家も、出雲の謀聖こと尼子経久も、松永久秀も、天下の三英傑も、お屋形様も、我が父幸綱も、そして俺もそうさ・・・。みんなみんな、楽観的なのよ。」

 

「そうなのか・・・。」

 

志郎は幸雄が普段見せないような表情で語るのを見て、ただそれに頷くだけだった。

 

「さっ!しみったれた話はここまでだ!!あとの事は天と、俺らのμ's(女神たち)に任せようぜ。」

 

「ああ!!」

 

2人はそう言って覚悟を決めると控え室のドアを開けて呼びかけた。

 

 

『さあみんな!ライブの時間だ!!』

 

 

『うん(ええ)!!』

 

 

 

 

 

「えー皆さん、雨の降る中大変お待たせいたしました!」

 

「まもなくこの音ノ木坂学院屋上特設ステージにて、μ'sのライブが始まります!!」

 

志郎と幸雄はそれぞれ左右に分かれてステージの下の脇の部分に立ち、ライブ開催のアナウンスをしていた。

 

 

「亜里沙~!よかった、間に合った?」

 

雪穂は、ステージ前でライブが始まるのを待っていた雪穂のもとに駆け寄った。

 

「うん、今始まるところ!」

 

「やれやれ、せっかくの姉の晴れ舞台に遅れては本末転倒だぞ?」

 

「あはは・・・、間に合ったからいいじゃん!」

 

雪穂は政康の苦笑を軽く流し、ステージに立つ穂乃果に目を向けた。そして彼女と同じように、屋上に集まった観客たちの視線はステージ上に立っているμ'sに注がれていた。

 

そんな数多の視線を浴びる彼女たちの目には迷いや緊張といった感情は微塵もなかった。

 

 

――――大丈夫。

 

穂乃果は心の中でそう唱えながら拳をきゅっと握る。

 

――――いける。できる。今までもそうやって頑張って来た!

 

穂乃果はさらに念じると同時にその眼をカッと見開く。

 

――――出来ると思えばなんだってやってこられた!!

 

穂乃果は今までの事を思い出しながらさらに自分を鼓舞し、息を深く吸い込む。

 

――――大丈夫!!

 

 

 

 

穂乃果が完全に覚悟を決めたと同時にロックな雰囲気のイントロが鳴りだし、ライブは始まった。

 

曲名は『No brand girls』、穂乃果が一番最初に使おうと提案したこの曲はまさにライブの始まりにもってこいな、盛り上がる曲だった。それと同時に『No brand』、すなわち『無名』という言葉を冠するこの曲は全くの無名な状態からラブライブへの挑戦者に成長した自分たちの存在を高らかに歌い、人々に知らしめる宣戦布告の意を込めたさらなる決意と挑戦の歌でもあった。

 

(すげえな、この雨の中でステージもべらぼうに滑りやすくなってるってのにあいつらそんな気配を全く感じさせないほどに踊りが上達してる・・・。俺たちがステージの準備で見てない間にもぐんぐん成長しやがった!)

 

幸雄は客席から見てステージの右下から穂乃果たちのパフォーマンスを見て、彼女たちの成長に驚き歓喜していた。

 

(すごい・・・。俺たちがいない間にこんなに上達していたとは・・・!だからこそ最後まで何事もなく踊り切って欲しいものだ・・・。)

 

幸雄の反対側からパフォーマンスを見ていた志郎も、幸雄と同じく彼女たちの成長に驚くも、『何事もなく無事に終わって欲しい』という切実な願いが評定に浮かんでいた。

 

Aメロ、Bメロ、そしてサビと、穂乃果たちは全力で踊り、志郎はそれを見守っていた。

 

(よし、そろそろ1曲目が終わる!この調子でこのまま・・・!)

 

1曲目が終わりに近づき、志郎は最初の曲が無事に終わることを安堵しつつ次もこのまま、と心の中で祈ったが、

 

 

――――なんということだ・・・!

 

 

突然志郎の脳裏に、昨夜に見た夢の一部分が閃光のようによぎった。

 

 

(・・・なんだこれは!?)

 

志郎はいきなり起きた不思議な現象に片手で頭を押さえながらステージを見た。曲はラストスパートで、穂乃果たちはまだ踊っていた。

 

(ただの杞憂か・・・。)

 

それを見て志郎は自分の考えすぎだと思い直し胸を撫でおろした。そうしてるうちに1曲目が終わり、音楽が止まったその時――――――

 

 

 

ばたん

 

 

 

志郎の願いを無残に打ち砕く音が屋上に無慈悲に響いた。

 

 

 

「なっ・・・!?」

 

志郎はステージの上を見上げると、

 

「穂乃果!!」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

そこには、ステージの中央に倒れこんだ穂乃果とそんな彼女に駆け寄るメンバーの姿があった。

 

「なんてこった、えらいことになったぞこりゃあ!」

 

幸雄も事態が事態なのでステージにひらりと上がって彼女たちに駆け寄る。

 

「穂乃果!大丈夫!?・・・すごい熱!!」

 

絵里は穂乃果の首筋に手を当ててみると凄い熱さを帯びていた。

 

「お姉ちゃん!」

 

姉の緊急事態に雪穂も思わず傘を捨ててステージに向かって走っていった。

 

「すみません!ただいまメンバーにアクシデントが発生しました!!申し訳ありませんが少々お待ちください!!」

 

観客たちが予想外の事態にざわめき始めると、幸雄が一言アナウンスを入れた。

 

 

「・・・・・・!・・・かっ、はっ・・・!」

 

(俺が・・・こんな時こそ動かねばならないのに・・・!体が・・・!声も・・・!)

 

その一方で志郎は、自分の意思とは裏腹に体がいう事を聞かず、全く動けないという状況に陥っていた。

 

 

「穂乃果!!」

 

「穂乃果ちゃん!!」

 

海未とことりが必死に穂乃果に呼びかけると、

 

「成功・・・させな、きゃ・・・。せっかく、ここまで・・・来たんだから・・・。」

 

穂乃果は朦朧とした意識でそう呟いた。それを目にしたメンバーたちは何も言う事ができなかった。

 

「こりゃヤバいな、とりあえず保健室に・・・。志郎!!おい、志郎・・・!?」

 

幸雄は穂乃果を自分の傘に入れさせると、志郎に穂乃果を保健室に運ぶように呼び掛けたが返事が聞こえず、ステージに上がってくる気配さえしなかった。

 

「おい志郎どうした!聞こえねえのか!!」

 

幸雄はそう言って志郎のいる場所の近くまで駆け寄り、下にいる志郎を見ると、

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・!」

 

志郎は頭を抱え、肩で荒く息をしていた。心なしか呼吸のペースが異様に速く感じられる。

 

(なんてことだ、なんてことだ、なんてことだなんてことだなんてことだ!!まさかこんな、よりにもよってこんな形で、あの夢の・・・否、あの長篠の戦、あの悲劇の再来が訪れるなんて・・・!!あの時、いや、止める機会は何度もあったはずだ!それなのに俺は熱に浮かされ、あまりにもリスクが大きすぎるのにも関わらずわずかな可能性に縋って止めるのを放棄した!!その結果が・・・。)

 

志郎は夢で見た長篠の戦の回想が脳内で何度もフラッシュバックし、立っていながら金縛りのような状態と、過呼吸に陥ってしまっていた。

 

「おい、おい志郎!!」

 

幸雄はなんとか志郎を正気に呼び戻そうとしたがどうにもならず、

 

「この野郎、気持ちは分かるがこんな時に・・・!」

 

殴って起こそうと拳を握って振りかぶった瞬間、

 

 

「諏訪部志郎!なんだそのザマは!!貴様それでもμ'sのサポート役かぁ!!何があったかは知らんが穂乃果さんたちが一大事だというのに寝ぼけるのも大概にしろこのたわけがあああああああ!!!」

 

 

なんと政康がいきなり志郎に向かって大声で叫んだ。

 

「・・・はっ!穂乃果!!」

 

志郎は政康の叫びで我に返ると、傘を放り捨ててステージに飛び上がり、一駆けで穂乃果たちの元へ走り寄った。

 

「う、うう・・・。」

 

志郎は苦しそうに呻く穂乃果を負ぶってそのままステージの端に向かって走り出し、なるべく揺らさないように下りてから保健室に向かって走り去っていた。

 

それを見て観客はさらにざわめき出すが、

 

「大変申し訳ありませんがメンバーで協議した結果、本日のライブは中止とさせていただくことになりました。誠にすいませんでした!!」

 

と幸雄が観客たちの前で頭を下げると、観客たちは事態を察して次々と屋上から降り始めて行った。

 

「そんな!せっかくのライブだってのに・・・!」

 

にこは納得のいかない様子だったが、

 

「にこっち、気持ちは分かるけどこうなった以上もう今日は無理や・・・。」

 

そう言って希が彼女を宥めた。

 

「幸雄、辛い役目をさせてごめんなさいね。」

 

絵里が、ライブ中止のアナウンスをした幸雄に謝るが、

 

「構いやしねえよ。こんな役目も俺たちの仕事なんだからさ。」

 

幸雄は彼女の気持ちを慮って、笑みを浮かべながら静かに答えた。

 

「穂乃果・・・、志郎・・・。」

 

幸雄は傘を差さずに雨に濡れながら空を見て2人の名を呟いた。

 

「・・・。」

 

最後まで屋上に残っていた政康も、そんな幸雄の表情を見て何も言わずに屋上から降りて行った。

 

 

 

 

「はあ、はあ・・・。ちくしょう、俺が、俺がちゃんと止めていれば・・・!」

 

その頃、志郎は校舎内で人の波を掻い潜りながら保健室へと向かっていた。無意識に自分を責める言葉を呟いていたが、そんなことをしてもどうにもならないと考えなおし、唇を噛みしめながらその足をさらに速めた。

 

 

 

歴史とは繰り返されるもの。

 

家中の結束が盤石でないまま連戦連勝の勢いに乗り織田徳川との決戦に踏み切った結果、戦国時代有数の敗戦を招いた武田勝頼。

 

始まりこそは大敗からのスタートであったが、そこからは幾度かにわたって壁にぶつかるもそれを乗り越えとんとん拍子で成長を重ねラブライブ出場に王手をかけ、それを確実にせんがために挑んだライブで無理が祟って倒れた高坂穂乃果。

 

 

勢いに乗ってさらなる成功を追い求めたがために無茶をして失敗する。時代や細かな形こそ違えどほとんど似たような形での失敗が、志郎がなんとしても防ぎたかった過ちがここに再現されてしまった。

 

 

志郎は穂乃果を保健室に運ぶ道中で、

 

(これ以上事態を悪化させてはならない、そのためにもさらに強く穂乃果たちを支えねば・・・。)

 

と決意を新たにするが――――

 

 

 

一難去ってまた一難。さらなる凋落の足音が迫ってきていることに、志郎はまだ気づいていなかった。




いかがでしたでしょうか?

今回は物語の山場その1という事でかなり執筆に気合が入っちゃいました。これからもしばらくの間さらに直球シリアスな展開が続きますが、それを含めて楽しんでいただけると幸いです!


それでは次回もまたお楽しみください!!

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