碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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戦いを、始めよう


激突

「…笑っていたな」

 

「笑うていたな」

 

  “赤”のライダーと“赤”のアーチャーは気まずそうに視線を合わせた。理由は“赤”のバーサーカーだ。“赤”のバーサーカーは一方的にホムンクルスとゴーレムの攻撃を受け、ーーー笑顔で、反撃した。ゴーレムの頭を握力だけで握りつぶし、無造作に剣を振るうとホムンクルス達の上半身を吹き飛ばす。全て、攻撃を受けた後に行われる反撃。全て笑顔で、一層に笑みを深めて行われる叛逆の行進。バーサーカーの通った後は血肉と瓦礫と破壊の爪痕。

 

「…確かにあの英霊は狂戦士以外の何者でもないな」

 

「ともあれ、これで実力は明瞭になった。あれならば、余程の宝具でも使われぬ限り、進撃を止めることはできまい」

 

「ふぅん。アーチャー、アンタの見立てでは一騎くらいサーヴァントを喰えるかい?」

 

「どうかな。彼奴の宝具が淀みなく機能すれば、有り得ない話ではなかろうが…」

 

「だが、その『淀みなく機能する』ってのが至難の技だからな、あいつの宝具は…」

 

  バーサーカーの宝具名は『疵獣の咆哮』。それはあまりに特異であるため、“赤”のサーヴァント達全員に伝えられているが、ライダーの言う通り『淀みなく機能する』ことは困難であろう。

  なんせ、傷を負えば負うほど強さを増す宝具なのだ。バーサーカーの異常性から推測すると、その威力は計り知れぬものと昇華されるであろう。

 

「…む」

 

  アーチャーがふと空を見上げると、眉を顰めた。空はすでに黒く、日は沈んでいたが薄い雲から途切れ途切れに月が顔を出していた。

 

「どうした姐さん?」

 

「もしやすると、雨が降るかもしれぬ」

 

「ん? 雲は薄いが…」

 

「あの雲の流れは雨の予兆。近々降るかもしれぬぞ」

 

  へぇ、と雲を見上げる“赤”のライダー。雲はゆっくりと風に身を任せて流れている。

 

「それはどこで習ったんだ? 俺の先生もそれは教えてくれなかったぞ」

 

「習ったなどではない。いつかは知らぬが耳にした程度ぞ」

 

  だが、いつ、どこで、誰に聞いたのであったか。薄れた記憶から引きずり出そうとしたが、どうにも思い出せない。ただ覚えていた。覚えておくほどの知識であったのは間違いない。

 

「……来たか」

 

  思考を切り替える。風に乗る匂いが変わった。草と土の匂いの他に違うものが混ざった。

 

「どうした?」

 

「気づかれた。“黒”のサーヴァントが接近してくるぞ」

 

  弓兵の知覚がサーヴァントの存在を察知した。

 

「ーーーやるぞ」

 

「応よ」

 

  ライダーは槍を手に召喚し、アーチャーは弓を喚びだした。ライダーの槍は白兵戦に向く、シンプルなつくりの槍。アーチャーの弓は彼女の身長を超すほどの大きさの弓であった。

 

「ではライダー。私は後退し、汝とバーサーカーを援護しよう」

 

  アーチャーは弓兵らしく遠距離でのサポートに徹するようだ。深く暗い森の中に潜み、気配を消す。

 

「あいよ。それじゃ、軽く揉んでやりますか」

 

  近づいてくるサーヴァントの姿がライダーにも確認できるようになった。森の奥から鎧を着た男が()()、姿を現した。

 

「ーーー甘く見られたもんだな、“黒”のサーヴァントめ。この“赤”のライダーを単騎で倒せると思ったか」

 

  莫大な闘志と絶大な自信が満ち溢れる。不敵な笑みが“黒”のセイバーに向けられ、セイバーは大剣を構える。

 

「よう“黒”のセイバー。俺は“赤”のライダー。ああ、心配するな。騎乗してないのは、まさか戦争も序盤で馬を失ったからではない。一人相手に使うのは勿体ないからだ。どうせなら、七騎揃ってなければ面白くも何ともならん」

 

  その言葉にセイバーは不愉快そうに眉根を上げた。ライダーはセイバーに『お前だけでは相手にならん』と宣言したのだ。殺意が場を満たし始めるが、受けたライダーは涼しい顔で受けとめる。彼が生きたのは殺意が蠢き、増悪がぶつかり合う戦場。この程度、慣れしたしんでいる。

 

「来い。真の英雄、真の戦士というものをその身に刻んでやろう」

 

 

 

 

 

『セイバー、申し訳ないけど僕は後方支援に徹しさせてもらうよ』

 

  任務によりバーサーカーの護衛らしきサーヴァント二人を相手するよう命じられ、“黒”のバーサーカーと移動しながら戦いの方針について話した。

 

『僕の実力は大して高くないからね〜。宝具も戦闘向けじゃないし、正直あなたの横で戦えばあなたの邪魔にしかならないと言い切れる。だから僕は、卑怯者と呼ばれるようなやり方で戦うつもりだ。それで構わないかい?』

 

  セイバーは首肯した。バーサーカーがどのような英霊で、卑怯者と呼ばれる戦いに徹しようともそれはマスターを勝利に導くために必要なこと。むしろ、マスターのため泥を被ることを厭わないその信念は好感的だ。

 

  故にセイバーは“赤”のライダーと名乗る美丈夫に一人で戦いに挑んでいる。敵は二人と聞いていた。もう一人はどこに消えた? と、疑問に思っていたが。

  それを考える暇は訪れそうにない。

  大剣を振り下ろせば槍で受け止められ、受け止められた直後に蹴り返される。

  大剣が“赤”のライダーの肉体を刻み込むが傷一つ無し。また同様に“黒”のセイバーの胴体に槍が食い込むが腹は抉れない。

  “黒”のセイバー、ジークフリートの宝具『悪竜の血鎧』はBランクの攻撃を無効化とする。現在ライダーはBランク以上の攻撃を放たないため均衡状態であるが、それを超える宝具があるのならば話は変わる。

  すでに激突が百を超える。双方の肉体に外傷はなく、呼吸も整い、汗ひとつ流してない。それに比べ周りの木々は折れ、吹き飛んでいた。

 

「…互いに手詰まりだな」

 

「・・・・・」

 

  セイバーは口を開かない。マスターの指示を守る為。その無反応が気に入らないため、“赤”のライダーは不快そうに顔を歪めた。

 

「無愛想な奴め。戦場で笑わぬ者は、エリュシオンで笑いを忘れてしまうぞ?」

 

  返事は無い。無愛想に向けられたのは大剣の鋒。セイバーはライダーのように戦場では笑わない。戦場の笑いは嘲笑とも受け取られ、敵を侮蔑することになるかもしれないから。

 

「…まあいい。だが」

 

  笑いながらライダーは槍を構える。

 

「散り様は陽気がいいぞ!」

 

  疾風のごとき俊足。距離を一呼吸で詰め、セイバーの間合いに入る。上段の振り下ろしを放つセイバーより、ライダーの速さが勝る。セイバーの胸元に槍を突き刺そうと一歩踏み込もうとした時。ーーー視界がブレた。

 

「なっ…!」

 

  セイバーの一撃をまともに喰らい吹き飛んだ。木々を巻き込んで、地面を一度転がると体を起こし体勢を立て直す。

  “赤”のライダーは何が起こったと目を見開いた。“黒”のセイバーも僅かに戸惑いを浮かばせているがすぐに表情を戻し、大剣を構える。

  “赤”のライダーは大剣の一撃を喰らう前に何があったか掴めなかった。足を踏み出し、腕を突き出してセイバーを殺そうとしたが叶わず、一撃を貰った。

  何が自分を遅らせた?理由を探ろうと足を動かすと、足の裏に違和感を感じた。

 

「…泥?」

 

  足には泥が付着していた。自分が先ほど立っていた地面を見ると地面が湿り黒く変色している。視界がブレたのではない。泥を踏み、体がずれただけだ。

 

「なるほど、そちらも二人だった訳か」

 

  不可解な現象を起こせるのはサーヴァントの中で魔術に特化したクラス、キャスターだ。セイバーとキャスターがこちらの首を取りに来たのだとライダーはせせら笑う。

 

「キャスターが前線に出るとはな。魔術師っていうのは穴ぐらに閉じこもるもんだと思ってたがそうでもないらしい」

 

 

 

 

 

  魔術使うけどバーサーカーなんだよね〜、と口に出さず心中で呟く。“黒”のバーサーカーは“黒”のセイバーと“赤”のライダーが激突するから少し離れた小川で戦いを監視していた。

  右手は川に触れ、左手は大地に触れる。

 

淵源=波及(セット)

 

  水の流れを読み取り、魔術を発動する。小川の水流が蛇のように動き、土へと染み込むようになだれ込む。大地に水が浸透し、地中からセイバー達の足元へと移動する。

  地中では水が広範囲に染み渡り、セイバー達の踏み込む振動、声、重さの情報をバーサーカーへと瞬時に伝達してくれる。受け取った情報からセイバーが有利に動けるよう地面を変化させる。

 

  ライダーが駆けると足が着く寸前に水を集め泥を形成、セイバーが踏み込むと水を吸収して硬い地面へと整える。

  轟音が地面に触れる手と耳から伝わる。セイバーが一太刀入れたようだ。

  でも、この状態も永くは続かない。相手は英霊。悪環境などすぐに適応し、反撃へと移るだろう。多種多様に水を移動させセイバーを補助し、ライダーを妨害するが段々とライダーの動きが滑らかになるのが分かる。

 

「…相手の真名が分かれば有利になるかなぁ」

 

  相手はセイバーと同じく不死身の英霊だろうとは予測できる。筋力がB+の剣撃を喰らい、ビクともしないのは宝具の影響以外考えられない。宝具ならば不死身となった逸話が存在する。

  ライダーがセイバーに言った言葉“エリュシオン”。これには聞き覚えがある。ギリシャ神話で神々に愛された人々が死後に行く楽園だ。ならば“赤”のライダーの正体はギリシャの英雄。それも不死身の騎手だ、これならばある程度絞れるはずだ。あとほしい情報はステータスだ。

 

『カウレス君、ライダーのステータスは』

 

『…やばいぞあいつ! ステータスが魔力と幸運はCとDだがそれ以外は全てB+以上だ!』

 

『それはまたご高名な英雄なんだろうねぇ』

 

  遠見の魔術でセイバーとライダーの戦いを監視しているカウレスからステータスを測ってもらうと、予想以上の高ステータスに乾いた笑いが止まらない。

  高ステータスという事は知名度による補正、もしくは武勇を誇る逸話を残したのだろう。いや、そのどちらとも考え得る。

  敵対するのは“赤”のサーヴァント達は魔術協会が触媒を集め、現界させたのだ。生半可な逸話の英雄ではない。世界に名を広めた英雄だろう。

 

「…カマかけてみようか」

 

  聖杯の知識から最も該当するであろう英霊がいた。バーサーカーは脳裏にある男を思い浮かべた。自分の推測が正しければ酷なことではないのか?

  でも、その考えを内にしまい、バーサーカーは魔術を発動させた。

 

 

 

 

 

「はっ、甘いぞキャスター! その程度で怯むと思ったか!」

 

  “赤”のライダーはぬかるんだ地面をものともしない。滑るのならば流れに身をまかせ槍を振るうのみ。序盤ではやりにくかったがその程度で“赤”のライダーの槍は衰えることはない。泥の上であるのにも関わらず、“黒”のセイバーの剣を捌き流し反撃をも可能とする。

  三百を超える連突を喰らうもセイバーの肉体に変化はない。ライダーも無論同じ。人間ならば真っ二つになるどころか剣圧で無残な肉塊になってもおかしくないのにも関わらず、傷は皆無。

  終わることのない激突を何度繰り返せば勝機が見えてくるか。

  変化は突然訪れた。

  ライダーの足元周りの地面から水が緩やかな速度で湧き上がる。ライダーは一歩身を引いて警戒すると、水が突如湧き上がり蔓の形となった。十数の水蔓はしなり、蛇のようにライダーに絡み突こうと一斉に襲いかかる。

 

「痺れを切らして打って出たか!」

 

  槍を大薙ぎで振る。それだけで水蔓は弾け飛び水滴となって木々を濡らす。ポツポツと上に飛び散った水滴が雨のように降り始めーーー泥が手の形となり、ライダーの足を掴みかかろうとした

 

「しっ!」

 

  笑みが僅かに崩れ、表情が一瞬歪む。その表情の変化を悟らせないとライダーはわざとらしく鼻で笑いながら、泥の手を容易く弾き飛ばした。

 

『成功すると思ったのは甘かったということだねぇ』

 

  周囲から声が響いた。一方向ではなく、多方向に聞こえてくる声は居場所を悟られないようにするためだろう。セイバーは正体がバーサーカーだと分かっている。だが“赤”のライダーはこれを“黒”のキャスターだと思い込んでいた。

 

「お前が“黒”のキャスターか。さっきから姑息な真似ばっか、姿の一つ見せたらどうだ?」

 

『う〜ん…、僕は武勇に優れた英霊じゃないからさ、こういう姑息なやり方でしかマスターに勝利と聖杯をあげられないんだよ』

 

「まあ、キャスターだからな」

 

  キャスターは自身の陣地を形成し、有利な状況で戦うのが主流である。嬉々として前線に出るキャスターなどそうそういないだろう。

 

「だがお前の魔術は俺には当たらんぞ。俺に一撃与えたければ姿を見せるんだな」

 

『生半可な腕じゃその槍がいつ自分を貫いたのかさえ気づかないだろうから断らせてもらうよ』

 

 

 

『君は誰よりも疾い英雄だからね。トロイア戦争の大英雄ーーー()()()()()

 

 

 

「ーーーへえ」

 

  “赤”のライダー、アキレウスは姿が見えぬ魔術師に賞賛を送りたかった。よくぞ我が真名を見破った、と。セイバーは目を見開いた。目の前の英霊が、全世界で名を轟かすギリシャの大英雄、アキレウスなんだと。

 

「よく分かったもんだな。俺の真名にどうやって至った?」

 

『エリュシオンで大笑いする不死身の騎手なんて君ぐらいのもんじゃないかい?』

 

「なるほど。口を滑らせちまったってわけか」

 

  一番の決定打は泥が足へ絡み突こうとした時だ。アキレウスは踵以外が不死身で、踵だけが人間の半神だ。神話でもアキレウスは踵を矢で射られたことが死因となった。アキレウスの不死身の肉体の弱点は踵。それを掴まれそうになれば動揺するのは当然である。

 

『ランサーといい君といい、魔術協会はなんで超弩級の英霊を現界させるかな〜? これで三大騎士のアーチャーがヘラクレスとかだったら驚くのを通り越して呆れるんだけど』

 

「それなら安心しなくていいぜ。ヘラクレスじゃないが弩級のアーチャーがこっちにはいるからよ」

 

『…勘弁してよ』

 

  割とげんなりした声で項垂れるキャスター(本当はバーサーカー)にライダーは笑った。敵と談笑するなどもってのほかだが“赤”のライダーは不愉快とは思わなかった。

 

「ま、アーチャーの正体を知りたくば俺を超えることだな。最も、それこそ無理だと知れ」

 

『…まあ、“赤”のライダーの真名を知れただけでも意味はあーーー』

 

 

 

  ゴウンッッッ!!!

 

 

 

  大地を揺るがす程の衝撃は轟音となってライダーとセイバーの元へと届いた。

  それと同時に周りから聞こえていたバーサーカーの声は搔き消え、セイバーはライダーに注意しながらも轟音の発生源へと意識を向ける。セイバー達から少し離れたところにある小川から水飛沫が上がり、落ちてきた水滴が雨のように降り注ぐ。

  汗か水滴か、セイバーはバーサーカーの安否を心配しマスターへ連絡を取ろうとした瞬間ーーー

 

  音速と共に飛来した矢が胸板に突き刺さり、衝撃と共に後方へと弾き飛ばされた。

 

「言っただろう? 弩級の弓兵がいると」

 

  くつくつと笑いながらライダーは最初に矢が着弾した小川へと駆け出した。

 

 




「容赦無し、それが自然の掟だ」

その言葉を、忘れていない

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