碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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針は進む、無慈悲にも寸分違わず、一刻と


追う赤、立ち向かう黒

トゥリファス東部、イデアル森林にて“赤”のバーサーカーが“黒”の陣営の本拠地、ミレニア城塞へと移動していた。

 

“赤”のバーサーカーの真名はスパルタクス。

ローマの奴隷剣士であった彼は七十八人の仲間と共に脱走し、三千人の追撃部隊を敗退させた。その後各地の奴隷を武装蜂起させた英雄だ。圧制者を憎み、弱者を守る叛逆の狂戦士。

青白い肌の無数の傷は幾つもの叛逆を成した証拠。彼の頭の中は圧制者を屠ることのみ。剣と拳を振るう圧制者が先にいると思うと笑みが自然と溢れてしまうのだ。

 

「ーーー止まらぬか、バーサーカー!」

 

少女の声が森に響いた。翠緑の衣装を身に纏い、髪は無造作に伸ばされていた。眼差しは無機質で鋭い。貴婦人のような着飾った美しさはなく、自然が生み出した美しさを秘めていた。

枝から枝へと飛び移り、バーサーカーに制止するよう呼びかけた。が、バーサーカーは歩みを止めることなく、少女の言葉に応じた。

 

「ははは、アーチャーよ。その命令には応じかねるな。私はあの城塞に、圧制者たちの元へと赴かねばならないのだ」

 

少女ーーー“赤”のアーチャーは叫んだ。

 

「汝は愚か者よ! 機が熟すまで待てというのがなぜ分からぬ!」

 

それでも止まらない。一歩一歩確実にバーサーカーは城塞へと進んでいく。

 

「待つ、などという言葉は私にはないのだ」

 

はぁ…、とアーチャーは見限った。これは止まらない。鳩からの指示に従い、援護に徹するべきだと判断した。

 

「所詮、狂戦士。意思の疎通、能わずか」

 

「まあ、そうだろうねェ。伊達にバーサーカーのクラスじゃねぇな、ありゃ」

 

アーチャーの独り言に応じる声がし、見上げると枝の上に屈託のない笑みを浮かべた青年がいた。瞳は猛禽のように鋭く、体躯はしっかりと頑丈。美丈夫と言われるに値する青年だった。その正体は“赤”のライダーとして現界した英雄である。

 

「ライダー…、見捨てるしかないと、汝は申すか?」

 

「ま、仕方ねぇだろう。あれは、戦うことだけを思考している生物だ。説得しようとしたアンタの方が、よっぽど変わり者ですよ?」

 

「暴れる獣を御するのは得意だったのでな。いっそ膝を矢で射抜いてやればとも思うたのだが…」

 

攻撃した瞬間、バーサーカーは標的をアーチャーへと変えるだろう。まさしく狂戦士。思考が定まりそれ以外の事柄など見向きもしない、ある意味完成されているといっても間違いではない。

 

「自制してくれて良かったよ、姐さん」

 

「ところで汝。どうして後を追ってきた?」

 

ライダーは人懐っこい笑みを浮かべた。その笑みは数多の女の頬を赤らめさせ、初心な少女ならば恋に落ちてもおかしくないほどの魅惑を放つ。そんな笑みをアーチャーのみに向けて、彼女の問いに答えた。

 

「そりゃ、アンタが心配だったからですよ。決まってンだろ」

 

「フム、然様か」

 

無反応。獣に育てられたアーチャーにとって、口説き文句など意味をなさない。口説きが失敗したライダーは肩を竦めたまま移動するアーチャーに並走する。

 

「…で、だ。俺たちはこれからバーサーカーの後方支援しつつ、相手の情報収集ってわけなんだが…」

 

何やら言いにくそうにするライダーを不審と思ったアーチャーが首を傾げる。

 

「どうしたライダー」

 

「…いや、姐さんを追う前にアサシンの奴がやけに上機嫌にしていたことを思い出してな」

 

“赤”のアサシンとして現界したアッシリアの女帝、セミラミス。生粋の戦士たるライダーとアーチャーは女帝が纏う退廃的な雰囲気を毛嫌いする嫌いがある。その女帝がアーチャーの後を追おうとしたライダーに任務の内容を語っていた時の様子が、やけに楽しそうにしていたことがどうにも胡散臭かった。

 

「アサシンが、か」

 

「ああ、尊大な態度が気に食わねぇっていうのにやけに上機嫌だと引っかかるもんがあるだろ?」

 

「気にすること無し。女帝らしく策略でも思いついたのであろう」

 

アーチャーは気にせずバーサーカーの後を追う。そうかねぇ、とセミラミスの手の平で踊らされているようで気に入らないライダーは、アーチャーの後を追った。

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「・・・・・」

 

「どうしたのさヒッポメネス、難しい顔をしてさ」

 

ミレニア城塞の高台で日が沈みかけ、夜が垣間見える空の色を厳しい目つきで睨む“黒”のバーサーカーを横にいた“黒”のライダーが顔を覗き込んだ。

 

「…雲行きが芳しくないねぇ」

 

「雲行きが? 雲はあんなに薄くて綺麗なのに?」

 

日没時に見える夕焼け空は見事な橙色をしていた。 山に沈む太陽は地平線が赤く、上に行くほど漆黒へと染まっていく。都会の濁った大気では見えない清々な雲の色が幻想的とも見えた。最も科学が発達していない時代に生まれた英霊二人にとってこの空の色こそ正常なものなのだが。

 

「ん〜、あの鱗のように薄くて途切れるような雲は雨の前兆だ。戦闘に関して雨は好ましいんだけど、戦いの前に雨が降る前兆を見るとどうも不吉な気がしてねぇ」

 

「ああ〜、なんか分かる。天が敵に回った気がするよね」

 

ウンウンと頷く二人がいる高台の下ではもうすぐ城塞の麓まで近づいてくる“赤”のバーサーカーを捕獲するため、ゴーレムや戦闘用ホムンクルスが歩き回っていた。“黒”のバーサーカーの目に戦闘用ホムンクルスが映り、ライダーが助けたホムンクルスの少年のことについて思い出した。

 

「ライダー。彼の調子はどうだった?」

 

「うん。アーチャーに説教食らってた」

 

「は?」

 

大賢者ケイローンが叱った?

“黒”のライダー、アストルフォは難しそうに頭を捻りながら話を続ける。

 

「ホムンクルスっていうのはさ、ある意味生まれながらにして完璧な存在らしいんだ。だから、どう生きていくのか自分で考えるようにしなくちゃいけないんだってさ」

 

ホムンクルスは誕生した時から自立できる。必要な知識も、力も、判断能力を設計されている。

なるほど、アーチャーの言うとおりだ。

寿命が三年ほどしかないホムンクルスにとって、どう生きるのかなど考えたこともなかっただろう。だが、誰かに押し付けられた道のりの人生よりも、自分が決めて生きた道のりの人生の方が終わった時に『これでよかった』と思えるだろう。死ぬ時に後悔や無念が残るより、納得ができる終わり方なら生きたと胸が張れる。

だからこそ、ホムンクルスの少年は考えるべきなのだ。生きる意味があったと誇れるように。

 

「…そうか。なら、彼は考えなければならないねぇ」

 

「ボクは生きているだけで儲けモノだと思うけどなー」

 

「それも悪くないけど、ただ生きるよりかはどう生きていくか決めた方が人生楽しくないかな?」

 

「あ、それもそうか」

 

ポンと手を叩いて納得した。今頃、ホムンクルスの少年はアーチャーの言葉をどう受け取ったのだろう、とバーサーカーは考える。近頃はカウレスの傍にいることが多いため、会う機会が少なくなったが暇さえあれば様子を見ていた。ライダーの話を大人しく聞くこともあれば、バーサーカーの嗜み程度の神代の魔術を見て興味深そうにしていたことを思い出す。

 

「あ、そうだ。“赤”のバーサーカーを捕まえた後にさ、彼を城の外に連れ出そうと思うんだ」

 

「え、そうなの?」

 

「この魔窟にずっと置いておくのは危ないでしょ? 」

 

それもそうだ。何故か“黒”のキャスターは未だホムンクルスの少年を探している。時折ホムンクルス達が城を捜索している姿を見かける。キャスターに見つかれば彼がどうなるか分からない。城から抜け出し、外で生きていく方が安全だ。

 

「…あ〜、ならもっと会いに行けばよかったなぁ」

 

「ふふーん、ボクは彼と結構仲良くなったよ! 羨ましいでしょう!」

 

最初はライダーと共に責任を持とうと思ったのだがライダーに任せきりになってしまった。それに後ろめたさが残るが、ライダーは気にしてなさそうなのだ。

 

「なら、戦闘が終わり次第迅速にね〜。僕は追っ手が来ないか見張っておくからさ」

 

「うん! よろしくね!」

 

密かに終わった逃亡計画。“赤”のバーサーカーが到着するまで刻一刻も迫っていた。ライダーと“黒”のバーサーカーは互いのマスターの連絡が来るまで、高台でホムンクルスの少年の未来について語り合った。

 

そして、ライダーはマスターに呼ばれランサーとキャスターの元へ向かい、バーサーカーはカウレスに呼ばれてイデアル森林の入り口へと走った。

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「さて、バーサーカー。ダーニックおじさんからの任務だ」

 

「うん、分かっているさ」

 

カウレスからの連絡で即座に主人の下に現れたバーサーカー。そのバーサーカーにダーニックとランサーから任務が下された。

バーサーカーが軽くカウレスの横を見ると、カウレスの五歩ほど隣にはゴルドがいた。チラリチラリとバーサーカーを窺っている。バーサーカーは軽くゴルドにお辞儀するとされた本人はビクリと後ずさった。

 

『…別に頭下げなくてもいいんじゃないのか?』

 

『殺そうとしたのは事実だし、それに後腐れがない方がいいかなってねぇ』

 

カウレスは肩をすくめ、ゴルドはセイバーの霊体化を解いて盾になるように立たせた。バーサーカーはセイバーの前に立つとセイバーにも頭を下げた。

 

「昨日はすみませんでした。怒りに身を任せ、仲間であるはずなのに斬りかかった無礼、許してください」

 

セイバーは首を横に振り、自身もバーサーカーへ頭を下げた。こちらもマスターの無礼をすまない、ということだろう。マスター本人はバーサーカーに怯え、反省しているかどうか分からないけど。

 

「…なら、これからの任務。共に力を合わせましょう」

 

“黒”のセイバーは首肯する。そして“黒”のセイバーと“黒”のバーサーカーは“赤”のバーサーカーが現れた森の奥へと視線を向ける。ランサー主従から与えられた任務は一つ。

 

『“赤”のバーサーカーの護衛らしきサーヴァントが二人現れた。“赤”のバーサーカー捕獲までセイバーとバーサーカーの二騎で対応してほしい』

 

相手のサーヴァントがどのクラスかは分からない。だが、相手にとって不足はしないだろう。バーサーカーは腰に吊るした鞘から小剣を抜き、空へと翳した。

 

「ではカウレス君ーーー否、マスター! “黒”のバーサーカー、戦場へ赴く!!」

 

英雄らしく高らかに宣言した。その背中に一瞬圧倒したがカウレスも男。近づく戦場の雰囲気に高揚し、バーサーカーの宣言に応えた。

 

「ああ! 行ってこいバーサーカー!!」

 

「お前も行け! セイバー!!」

 

主の命令を忠実に応え、寡黙な剣士は大剣を鞘から抜いた。

寡黙な剣士と理性を保つ狂戦士は同時に駆け出し、闇が犇めく森林へと踏み込んだ。常人なら前方の物体さえも認識できない暗い細道だが英霊である二人には関係ない。狭い木々をくぐり抜けながら、二人は迫る三騎の内の二騎の英雄達の元へと向かう。

 

(さて、初陣か)

 

緊張と戦意が混じり合い、息に熱が籠る。決して武芸に秀でた英雄ではないバーサーカーにとって、戦術など知らないも同然。

知るとしたら、教わった獣の狩り方のみ。

英雄と獣を同列に扱えるはずがないし、自分の技は狩人ではないから通用するかも分からない。だが。

 

ーーー彼女に、もう一度会う為に。

 

息を吐き捨て、熱を捨てる。一切の甘えも、妥協も捨てる。冷徹になりきり、刃を敵の喉に突き立てる。それだけを考え、バーサーカーは疾走を加速させた。

 

 

 

 

ここに聖杯大戦第二戦目が開始される。

 

 

 




刃は、向けられるのか?

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