碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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酒呑童子様、カルデアへおいでなさいまし(錯乱)

新イベント楽しいですね。

では、どうぞ。


三秒間の幕間

  その一撃こそ英雄の証ーーー

 

  研鑽を怠らず、血が滲むほどの激闘と、数多の出会いがあった人生だった。

  友の為に戦い、女の為に戦い、我儘の為に戦い、何よりも英雄であるが為に拳を握りしめた。

 

  遠く、あまりに遠く。

 

  最初に目指したものは何だったのか。憧れた原初の光景さえ、遠くに置き去りにしてしまった。

  後悔などしない。後悔するほどの暇などないほどに駆け抜けてきた。

  振り返った時には心臓が潰れ、足も動かない。誰よりも疾き者として名を語り継がれることを確信した時だった。

  走馬灯というものなのだろう。一から百まで、そして百から一に戻る為の再生と逆行。瞼を閉じなくとも流れこむのはーーー師への尊敬。

 

  強さの起点。それこそが我が師だった。

 

  英雄の祖とも言える賢者と、競ったことがなかった。旅立つ時には、あまりにも幼かった自分。挑むことさえ考えて…いや、思い出した。

 

 

 

  いずれ挑んで、勝ってみたかった。

 

 

 

  旅立った、最初の一歩で混ざり合った感情の中に燻っていた思い。悲しみ、郷愁、不安、期待と雁字絡みにされていた願いを思い出した。

 

  …無理だったなぁ。先生、亡くなってしまったし。

 

  兄弟子の不祥事で師はあの空の星になった。また会いたいと願ったが、もう届かない。何よりも自分も死ぬ。足掻こうとも因果は捻じ曲げれない。突きつけられた現実に英雄らしい英雄はーーー微笑んだ。

 

 

 

  んじゃ、次は空で戦おうか。

 

 

 

  血と臓物と腐臭と熱気が漂う戦場で大英雄はその命を尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー見事」

 

「ーーー感謝」

 

  上空七千五百メートル。天には遠く、大地から遠い空で決着はついた。

  崩れ落ちたのは“黒”のアーチャー、拳を強く握りしめたのは“赤”のライダーだった。

  ライダーは中央に突き刺さっていた槍を引き抜くと、周りに流れていた緩慢な景色は破れ、風が暴れる上空へと戻った。

  アーチャー(ケイローン)は立ち上がることはない。アキレウスの一撃は霊核を砕き、彼を構成するものを粉々にしたのだから。

 

「先生ーーー」

 

「先生は止めなさい。“赤”のライダー(アキレウス)。既にあの戦いが終わった以上、貴方は私を“黒”のアーチャーと呼ぶべきだ」

 

  そう言われてもライダーは何かを言いたげに、しかし、何も言えずに…頭を下げた。謝意では決してない。その行為が意味するのは、感謝。その一つだけだった。

  アーチャーは苦笑いのような笑みを浮かべて、告げる。

 

「さあ、とどめを刺しなさい。私は貴方の敵だ。ケイローンとアキレウスではなく、“黒”のアーチャーと“赤”のライダーなのだから」

 

「…できません」

 

  あの戦いに応えた時から、アキレウスの中では“黒”のアーチャーはケイローンに戻っていた。それを今から戻すほどアキレウスはーーー非情になれなかった。

 

「私が貴方との戦いで宝具を使わなかったのは条件があったからです」

 

  唐突にアーチャーが呟いた。

 

「私に可能な攻撃手段の中でも、この宝具は威力と精密性において最高峰でしょう。けれど、何よりも特異な点が一つだけある」

 

  残り少ない命、サーヴァントとしての第二の人生が尽きかけであるのに、淡々と語る。

 

「当然ながら、これは攻撃の為の宝具です。ならば、私は弓に矢を番えなければならない。それもそうでしょう。剣であれ、槍であれ、あらゆる宝具は手にして構えて発動させるものだ」

 

  ライダーはアーチャーの言葉を黙って聞き入っていた。聞き入りながらも、止まることのない悪寒を感じながら。

 

「しかし、私の宝具はそれが異なるのです。ーーー宙空に浮かぶ星。それが私であるのなら、“私は常に弓を構えている”」

 

  理解した。アーチャーが、ケイローンが何を語っているのかを。

  かつて友であり、弟子であった大英雄に神さえ苦しめる毒を喰らい、不死を捨てることで命を尽きることとなった大賢者。神がそれを憐れみ、ケイローンは宙空に浮かぶ星へと召し上げた。

 

  名を射手座(サジタリウス)

 

  常に矢を番え、引き絞っている。ライダーの魔術によって遮られていた夜星はライダーとアーチャーを見下ろしている。そして勿論ーーー射手座もライダーを見下ろし、弓を構えている。

 

  そして、気がついた時には全てが終わっていた。

 

「が、ああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

  アーチャーに必要なのは標的だけ。魔力を込める必要も、真名の発動すらいらない。弓という武器の致命的な弱点、タイムラグも必要としない完全絶対射撃。

 

  ケイローンの宝具『天蠍一射』(アンタレス・スナイプ)

 

  星座からの精密射撃がライダーの踵に射抜かれていた。

 

「てめえ、アーチャー…!!」

 

「我が星は、正しく射抜くべき場所を射抜いたか。…最後の最後で、私はようやくサーヴァントとしての務めを果たせたようだ」

 

  安心したと、安堵の息をつく。アーチャーの目には生気が徐々に失われていく。弱点である踵を射抜かれたライダーは、何も叫べなくなった。何と言おうとも応えるほどの力が既にないのだから。

  不意に床が揺れた。戦いの余波に耐えられなくなった飛行機が墜落していく。ライダーは一度アーチャーに目を向けて、近くを飛行していた飛行機に飛び移った。

 

 

 

  アーチャーは失墜する。

  既にやるべきこともない。やれることもやりきった。サーヴァントとしての務めも果たせた。

  考えるのはマスターであるフィオレのこと。彼女は今後の生で何を成し得るのだろうか。魔術の才に恵まれ、魔術師として無才であったマスター。

  大事なものを捨て、歩き続けることになる彼女の前にはきっと苦難が待っているのだろう。捨てたことを後悔し続け、それでも自分で決めた道を歩むことになる。

 

  願わくば、彼女達の人生が輝けるように。

 

 

 

  ライダーは痛みを噛み締める。

  最後の最後でサーヴァントとして、アーチャーに戻っていた。

  ライダーの体は不死身を引き剥がされ、俊足も七割減となっている。宝具でもあった踵を射抜かれた影響だ。『神性』スキルを保有していなくとも今ならば傷つけることができる。

  それでも並のサーヴァントに負ける気はない。しかし、痛手なのは間違いない。

  最大の好敵手は破った。ならば次はどうするべきか。アーチャーとした約束を守るべきか、否か。それともシロウと庭園を護るためにルーラー、セイバー、“黒”のライダー、バーサーカー、とぶつかるべきか。

 

 

 

『ヒッポメネェェェェェェェェェス!!!』

 

 

 

  失墜するアーチャーと思考するライダー。その二人は突如空に響いた咆哮に同時に振り向いた。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  流星群。地上から空を見上げた人々がいるのなら、そう呟いただろう。

  庭園を取り巻くように浮遊する黒棺から放たれ続ける光弾。その光弾は一機の飛行機に集中している。飛行機の先頭に立つのは聖旗を手に持ち、光弾を全て捌き続ける聖女。金糸を束ねたような三つ編みが聖旗を振るうごとに揺れ跳ねる。ルーラーは“赤”のアサシンの魔術光弾を相手しながらも庭園へと視線を向ける。

 

  庭園から降り注ぐ光弾は前と比べて数が減り続けている。その理由は見て分かる。

  少女と見間違う可憐さを持つ少年、“黒”のライダーが幻馬に跨り黒棺に突貫し続けているからだ。庭園では高密度の魔力のぶつかりが察知できる。ーーー“黒”のセイバーとなったジークと“赤”のランサーが戦っている。

 

  また“赤”のライダーと“黒”のアーチャーも戦っている。こちらは一瞬気配が希薄になったものの、つい先ほど気配が明確となった。

 

  そして、気になるのは“黒”のバーサーカーと“赤”のアーチャーだ。光弾がこちらへと集中しているものの一発が二騎の戦いへと放たれている。あれからどうなったのか。ルーラーは僅かに焦りを放つ。

  バーサーカーが負ければすぐにアーチャーがこちらへ向かってくる。負ける気はないが時間がかかればかかるほどシロウの目的を阻止できなくなる。

 

  “赤”のアサシンの嘲笑を察知できる。こちらの考えを見抜いている。ルーラーができるのは光弾を防ぐのみ。早く庭園に乗り込むことを考えてーーー

 

 

 

『ヒッポメネェェェェェェェェェス!!!』

 

 

 

  不意に耳にした叫びにルーラーは振り返った。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

「ヒッポメネェェェェェェェェェス!!!!」

 

  “赤”のアーチャーの叫びが空に響き渡る。殺意を目に秘め、牙と錯覚するほどの犬歯を剥き出しにする。

  “黒”のバーサーカーに掴まれ、足場もない上空へと身を投げ出される。“赤”のアーチャーには空を歩く手段も、飛行する魔術もない。一度墜落してしまえば、空へ這い上がることなど不可能。

  バーサーカーを足場にして墜落しかけの飛行機へ戻ることもできる。だが、バーサーカーはしがみついて離せない。

 

  思考し、答えを出す時間などない。

 

  滞空は一秒にも満たない。後は、墜落するのみ。

 

  目にしたのは“赤”の二騎、“黒”の一騎、ルーラーだった。

  “赤”のライダーと“赤”のアサシンは目を見開き、驚愕に固まる。“黒”のアーチャーとルーラーは驚き、口角を思わずあげてしまう。敵の数が減ったからでもある。それよりも彼らが微笑んでしまったのは“彼らしい”からだったから。

 

  殺害を選べない、勝利を得られない、剣を握る手が緩んでしまう。

 

  “黒”のバーサーカー(ヒッポメネス)にとって、“赤”のアーチャー(アタランテ)とはその三拍子を揃えてしまう相手だった。

 

  これはヒッポネスなりの勝利。打倒せず、戦線から脱却させる。英雄の在り方とサーヴァントの務めと“黒”の陣営の役割を果たす。

  彼は空中庭園に来られないだろう。マスターに再会することはない。でも、勝った。彼の勝利にーーールーラーと“黒”のアーチャーは微笑んだのだ。

 

 

 

  墜落する飛行機の上に伏せる“黒”のアーチャーと“赤”のアーチャーを掴んだまま失墜する“黒”のバーサーカーの目が百メートル近く離れているのに合った。

  互いの目の奥には満足が浮かんでいる。当然だ、両者とも望みと役目を果たせているのだから。

 

 

 

  ーーーさらば

 

 

 

  “黒”のアーチャーは静かに消失し、“赤”のアーチャーと“黒”のバーサーカーは雲の中へと消えていく。

 

  ルーラーは一度頭を振りかぶった。これで振り返ることはもうない。ーーー目指すは空中庭園のみ。充分な距離に止んだ光弾の流星群。

 

  “黒”のライダーが全ての黒棺を破壊した。

 

  ルーラーは助走をつけ、一気に飛翔する。たどり着いたのは美しい花々が醜く咲き誇る花畑の中。感覚が理解させてくれる極東の聖人の位置。

  聖女は真っ直ぐ走り出す。後方にあった闘いに見向きすることもなく。

 

 

 




ジャックちゃんにアタランテ姐さん、茨木童子相手に大活躍。フレンドの師匠ありがたや〜。

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