碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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Q.スマホで一番使うアプリを教えてください。

A.
ヒッポメネス「○イッターとカメラ機能。何を撮っているのかはノーコメントで」

アタランテ(入手5分で大破。使えない)


旅立ちの時

  立つ者もいない見張り台は寒々としていた。召喚された当初からこの見張り台で夜空を眺め、雲の動きと城下町の人の流れを見ていた。

 

  ここにはもう戻れない、と“黒”のバーサーカー(ヒッポメネス)は実感した。

 

  特に理由もなくいた場所であったがいざ離れるとなると愛着が湧いていたことが分かった。おかしなものだと軽く笑うと床に手を置き、名残惜しそうに軽く撫でた。

 

「じゃあね。いつまでも残っていることを祈るよ」

 

  それだけ告げて霊体化した。その場には誰も残らない。ただ、そこに誰かがいたことだけは確かに残った。それが誰だったかは、いずれ分からなくなるだけであった。

 

 

 

「へぇ〜、これがリムジンかぁ」

 

  城塞前に用意された長く上品な黒く濡れたボディの車体にバーサーカーは物珍しく眺めた。

 

「ええ、折角なので全員でと用意したのです」

 

「いいね〜、なんか豪華な感じだよ」

 

「…やれやれ。呑気なものだ」

 

  戦いの前だと言うのに調子を崩さないバーサーカーの様子に呆れながらため息を吐くゴルド。そんな彼だが現在の身なりは前と比べて少し崩れた様子であった。整えていた髪は崩れ、無精髭は伸ばしっぱなし。前のように威張った貴族のような態度は消え、何処か憑き物が落ちたようだった。

 

「まあ、ある意味絶好調ということじゃないのか?」

 

「少しは真面目になってもいいと思うが」

 

  慣れたと言わんばかりのカウレスと見送りに来たホムンクルスのトゥールは肩を竦めた。

  フィオレと“黒”のアーチャーはその様子を楽しそうに眺めた後、ゴルドに頭を下げた。

 

「それではゴルド叔父様、後をよろしくお願いします」

 

「…ん。まあ、なんだ。無事に戻ってこい」

 

  後のこと、すなわち破壊された城塞の修繕とユグドミレニアが起こした事の後始末のための協会との交渉のことである。サーヴァントを持たないマスターとして、面倒事を頼まれた身だがゴルドからは大して嫌そうな雰囲気はなかった。

 

「えぇ。死のうとは思ってはいません。必ず返ってくるつもりなのでホムンクルスたちの事もよろしくお願いします」

 

「…こいつらは私がいなくても勝手に生きるだろう」

 

「ーーーいえ、なんだかんだ言ってゴルド“様”は私達を救ってくれた慈悲深い方ですので、大丈夫です」

 

  トゥールの言い方に眉を顰めたゴルドを見て、何故か姉弟は声を上げて笑い合った。

 

 

 

「さて、参りましょうか」

 

「それじゃあ…」

 

  バーサーカーが先行し、リムジンの扉を開けて優雅に礼をした。

 

「どうぞお嬢様、お坊っちゃま」

 

「…それはなんですかバーサーカー?」

 

  バーサーカーの突然の敬語口調にアーチャーは僅かに呆然とし、すぐに口元を手で隠しながら問うた。

 

「え? 前にライダーと見た映画の執事がこんな事していたんですよ〜」

 

  ぷっ、とフィオレとカウレスが吹いた。アーチャーは笑うというより笑いを堪えているといった感じに肩を揺らしている。

 

「ぜんっっっぜん似合わねえな」

 

「ええ、モノマネをしているひとのモノマネって感じね」

 

「貴方には似合わない職業かもしれませんね。執事というのは」

 

「え〜?」

 

  そんな小さく笑いあえる出来事が有りつつも、四人はリムジンに乗り込んだ。

  共に乗り込む仲間と、旅立つ為の飛行機が待つ空港へと。召喚されたトゥリファスの街を去って。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「あ! バーサーカー!」

 

  ジーク、ライダー、ルーラーが待つブカレストの隠れ家に着いたのは夕方になった。フィオレとアーチャーが迎えに行っている間、カウレスとバーサーカーは車内で待っていたがすぐにライダーが乗り込んできて、バーサーカーを見つけるなり近くに座ってきた。

 

「やあ、ライダー。ブカレストは楽しめたかい?」

 

「ああ! 色々な人や色んな物があって楽しめた!」

 

  本当に楽しめたようだ。屈託のない笑顔はそれを物語っていた。時折男だと言うことを忘れそうだとバーサーカーは思いながらも女だとしても妻一筋だから問題ないと心の中で一人結論づけた。

  それから直ぐにジークが入ってきて、ルーラーも入ってきた。

 

「バーサーカー」

 

「や、ジーク君にルーラー。ブカレストはどうだった?」

 

「ええ。色々と現代を知ることができました。悪くない…そんな気持ちです」

 

「ああ、色々と学べること、知ることができた機会だった」

 

  三人とも悪くは無い顔、そうバーサーカーは判断した。最後の時を過ごし互いに思い残すことはない、というより悔いがないようにしてきたというべきか。

 

「バーサーカー。貴方は?」

 

  ルーラーの問いにバーサーカーとの両者に僅かな沈黙が生まれた。見ていたジークは少しだけ息を呑み、フィオレと共にリムジンに乗り込もうとしたアーチャーは静かに見守った。

  二人の沈黙の中には“黒”のアサシンが存在していた。そして“赤”のアーチャーも。決して恨みはなかった。どちらもそうしなければならなかったと理解していた。だが、それでも拭えきれないものもある筈だった。

 

「ああ、大丈夫だよ。ルーラー」

 

  それを踏まえた上でバーサーカーは笑って答えた。

 

「やれるさ。君は?」

 

「…ええ。問題はありません」

 

  その笑みにルーラーもまた微笑みで答えた。ジークは何故か顔には出さなかったがストンと胸に何かが落ちたような気がした。アーチャーは何も答えず安心したようにリムジンの席に座った。

 

「では、よいですね?」

 

  フィオレの言葉に全員が頷いて、リムジンは走り出した。目指すのはルーマニアの空港、アンリ・コアンダ国際空港だ。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「こ、これは…」

 

  ルーラーの口元が引きつっていた。何せ無理もない。一般人感覚を持つ、というよりルーラーの姿、精神瓜二つの少女に憑依しているジャンヌ・ダルクは目の前に絶句するしかなかった。

 

「一般人に知られるわけにはいかないでしょう。ですのでーーー空港を“貸し切り”ました」

 

  空港とは人が雑多し、常に騒がしい印象を持たされる場であるが国際空港に関わらずフィオレを筆頭とする“黒”の陣営のマスターとサーヴァントしかいなかった。

  電子掲示板も、カウンターも、コンベアも止まっていた。

  広い空港にポツンと自分たちだけが立っているというのは僅かな不安が生まれるほどだった。

 

「…我が姉ながら、すげえな」

 

  驚いているのはルーラーだけではなくカウレスもだった。他の反応といえば合理的だとか、すげー、だとか、あ…美味しそうな店があるとか、賢明な判断ですだとかまともな反応が返ってきていない。ここで一般人と魔術に深く関わる者の違いが出ていた。

 

「私の魔術礼装を五つほど売って十二時間まで貸しきれました。…それにしても飛行機は新しいのでは無くていいと言ったのに、あれほど高くなるとは。ダーニック叔父様の蓄えがあって助かりました」

 

「そりゃあジャンボジェット機だからな…」

 

  空港のロビーから見える着陸場には十機のジェット機が揃えられていた。

  飛行機一機で向かえば自然に集中砲火を受けることとなる。ならば、複数で向かうことにより空中庭園の魔術攻撃を分散させることができる。

  そのために飛行機十機と空港を貸し切ったのだが…、かなり散財をしたものだ。

 

「さて、最後の準備ですがライダー。魔導書の真名を思い出せましたか?」

 

「ん? え、え〜っとね…」

 

  ライダーは慌てたように目を逸らす。流石にそれは全員を焦らせるのには充分だった。

 

「ライダー!?それは流石に洒落になりません!なんとしてでも思い出しなさい!!」

 

「マジで頼むぞお前!?ここで思い出さなきゃやばいからな!全員が!!」

 

「ま、待って待って!思い出してきているんだ!今が夕方なだけで夜になれば確実に思い出せるからさ!」

 

  ガクガクと肩を揺さぶられる姿は以前にも見たことあるような気がしなくもない。

  ライダーが言う通り今宵は新月。魔導書の真名を思い出せる条件である新月が浮かぶまでまだ時間がある。

  今思い出せないのにも納得だ。だが

 

「すまない。少しだけ離れさせてくれ」

 

「え、え?ちょっ、ジーク?」

 

  有無を言わせずにジークはライダーの腕を引き、離れていった。その様子を見送るのだが。

 

「すいません。少し行ってきます」

 

  ルーラーもジーク達の後を追っていく。結局残ったのはアーチャー、バーサーカー主従なのだが…。

 

「どうしたのでしょう?」

 

「さあ、愛の告白か?」

 

「ライダーならありえるかもしれませんがジークはないでしょう」

 

「まあ、彼なら受け入れそうな気も…どうなんだろう?」

 

  そんな呑気な会話をしながら彼等の帰りを待つことにした。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「…そろそろ時間ですね」

 

  フィオレが手首元の時計を見ると既に出立の時間だった。

  ジークも、ライダーも、ルーラーも、アーチャーも、バーサーカーも、カウレスも理解した。

  ジャンボジェット機の操縦はゴーレムに任せている。ゴーレムは鋳造された後にも必要な術式を拡張させることが可能だ。ロシェが残したゴーレムを拡張させ、空中庭園まで飛行機を飛ばす。

  後はただ各々が決めた相手と戦闘するのみ。つまり、ここで集まるのは最後となる。

 

「…それじゃあ、まあ。ここで最後だバーサーカー」

 

「そうだねカウレス君」

 

  フィオレはアーチャーと、ジークとライダーはルーラーと最後になるかもしれない会話、そして別れを告げ始めた。それはバーサーカーとカウレスも例外じゃない。

 

「これ、どうするよ?」

 

  カウレスが掲げた手には二画の令呪が刻まれていた。最初の一画は“赤”のセイバー(モードレッド)への一撃に使われた。残り二つの令呪の内一つはバーサーカーを現界させるための楔として必要、一画だけはこれから始まる戦いの為に使える。

 

「お前の好きなタイミングで使用するつもりだ。言ってくれれば使うぞ」

 

  全てサーヴァントに任せる。それは信頼の現れだった。令呪は誇り高い英雄を縛り、服従させるための首輪でもある。また、彼等の支援、強化のために存在するものでもある。それを全てサーヴァントの判断に任せる、それぐらいの信頼が二人の間にできていた。

 

「それかぁ。なんてお願いしようかな?」

 

「勝て、とかにしとくか?」

 

「ん〜…、じゃあそれで?」

 

「そこで疑問系とか勘弁しろよ…」

 

  この男、今まで穏やかとか緩やかとか思っていたけどかなりマイペース、天然な部分がある。これにはあの狩人も困らされたのではないかと思い始めてしまったカウレス。…だが、だからこそ令呪の使い道が見えてきた。

 

「バーサーカー、なんでもいいなら俺の独断でいいか?」

 

「え? まあ、そこはマスターたる君の判断に任せるけど」

 

「そうか、じゃあ…」

 

  令呪に意識を向けて、魔力を通す。魔術刻印を継承したおかげで魔力の量、質とも向上している。バーサーカーの戦いに支障をきたさない。今まで以上に万全として戦えるだろう。その上でカウレスはこの呆れるほどに緩やかな英雄を令呪で命令する。

 

「令呪を以って命ずる。バーサーカー、『最後まで自分の願いに忠実になれ』」

 

「はい?」

 

  令呪は受理された。バーサーカーの体は言葉通りに縛られ、そして促進させられる。予想だにしなかった命令に固まるバーサーカーにカウレスはバンッと勢いよく背中を叩いた。

 

「俺達にはもう聖杯に託す願いなんてない。それぞれやるべきことが目の前にできちまった。幸い、お前の相手は奥さんだ。やるべきこととやりたいことが一致しているなら、みんな文句ねえだろう」

 

「…君は」

 

  全て把握するのに時間がかかった。まさか、マスターがサーヴァントの願いのために力を貸すとは。

  サーヴァントは分類上、使い魔でしかない。一時的な主従関係で、互いの利益のために互いを使い合う間柄だ。それを無視して、この魔術師の少年はマスター最大の武器を使ったのだ。

 

「…カウレス君。いや、マスター」

 

  だからこそ。思った。思えてしまった。

 

「君に出会えてよかった。君がマスターで、本当によかった」

 

「…間違えて召喚しちまったけどな。本当はフランケンシュタインの怪物を喚ぶつもりだったが、まさかこんな英雄に会うとはなにがあるか分からないものだ」

 

  本当に分からない。触媒が偽物で、代わりに召喚されたサーヴァントはかなりの弱小。勝利になんて諦めていたのも同然だった。しかし、案外悪くない関係だった。サーヴァント同様マスターもそう思えた。

 

「それでも君でよかった。もし、フランケンシュタインがバーサーカーで喚ばれたとしても、彼は君がマスターでよかったと思えるほどに君は良き人さ、カウレス君」

 

「なら、今度は思い切って大英雄でも召喚してみるか?」

 

「あ、それは止めといたほうがいい。それとこれとは別だから」

 

「分かってんだから言うなよ、この馬鹿」

 

  軽く小突いて笑いあう。まるで只の友達のようだった。下らないことで大笑いし、どうでもいいことで怒る。そんな、当たり前のような眩しい存在。

  どうしようもなく明るいものだったがここで別れであることを二人は悟る。だからこそ、笑ったまま互いに拳を突き合わせた。

 

「じゃあね。僕の誇れる素敵なマスターくん」

 

「じゃあな。俺の馬鹿で眩しいサーヴァント」

 

  それで別れを終えた。それぞれが乗るべき飛行機へと向かう。これ以上話すと名残惜しくなってしまう。そんな気持ちがあったから、振り返らなかった。

  向かった先には同じ飛行機に乗ると決めていた同乗者が待っていてくれていた。“彼女”も彼らと話す事が終えて、バーサーカーを待っていたようだ。

 

「では、短い空の旅のご同行お願いします」

 

「僕じゃつまらないかもしれないけどよろしくね」

 

  “ルーラー”と同じ飛行機には理由がある。アタランテ(“赤”のアーチャー)だ。子供達を浄化したことをアタランテは許さない。きっと報復の為にバーサーカーとルーラーに襲いかかってくるだろう。敵の主力であるアタランテをバーサーカーが抑えている間、ルーラーは首謀者たる天草四郎の元に行く。そのために二人が共に行動したほうが都合がいいのだ。

  挨拶も短く飛行機に乗り込む。振り返るとアーチャーも、ジークとライダーも乗り込んでいた。カウレスとフィオレも同じ飛行機に乗り込んでいる。

  それを確認したあと、ルーラーとバーサーカーも飛行機の機内に入り込み、窓側の座席に着席した。ルーラーは中央近くの席に顔を青くして座った。疑問に思ったが先程までと違い妙に緊張しているので声をかけないほうが賢明だと判断した。

 

  やがて飛行機が動き出す。僅かに震えるのを座席から感じとり、時間をかけて空へ飛び立った。窓から眺める景色にバーサーカーは見入った。街の灯りが一つ一つ小さくなり、ブカレストの街並みが両手に収まる宝石箱のようだった。神代の時代にはない、奇跡に頼らず己の知識と力だけで築いてきた人間の結晶。この飛行機もそうだ。魔術や魔法など必要ない、一つ一つ小さく弱々しい人間が手を取ってやってきたことだ。

  素晴らしい。例え偽りの輝きであろうと、人は本物を作っていける。

  それを彼女は知っているのだろうか。今更ながら、そんなことを考えていた。

 

  街を超え、海の上を飛ぶ景色になっていた。あの人工物の明かりではなく、原初から夜に光りを放つ月が海面を反射し光を灯している。

 

「アタランテはこっちの方が好きそうだ」

 

 

 




Q.腕相撲してください

A.
ヒッポメネス(アタランテの手の平柔らかい! 超柔らかい! もうちょっと強く握ってくれても…!!)

アタランテ「ふんっ!!」ベキィッ!!

ヒッポメネス「腕がぁっ!?」

モードレッド「でも手は離さないんだな」

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