碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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アンケートご参加ありがとうございます。また今度、活動報告に結果を載せますが、書くとしてもこの作品を完結させてからにしますので暫しお待ちください。

では、どうぞ


一縷の光

  ーーー痛い

 

  この痛みが何処から、何故、私を蝕むのか一切分からなかった。

 

  “赤”のアサシンの誇る『虚栄の空中庭園』には各サーヴァントに私室が用意されている。

  霊体化を拒み、現実に足を降ろしていたいと思うサーヴァントは少なくない。聖杯と接続されたシロウにより、魔力の心配がなくなったサーヴァント達は各々実体化して過ごしていた。

 

  アタランテも皆と同じく実体化し、私室に用意されてた寝床で体を丸めていた。

  赤子のように体を曲げ、手で頭を抱えていた。斥候から戻り、キャスターに話しかけられてからずっと、正体無き頭痛が彼女を襲っていた。

  “黒”のアサシン、あの子供達の怨念を正面から受けた後遺症だと最初は思っていた。

  しかし、違う。それとは違った。意識を腕に集中させれば聞こえてくる。

 

『いたいいたいいたい』『かえりたい、かえりりたいよぅ』『たすけてたすけて』

 

  腕には歪に漂い蠢く黒い痣が幾重にも擦り込まれたように存在していた。これの正体はあの“黒”のアサシンの残留思念。切り裂きジャックに囚われていた怨霊の思念だ。声だけが響き、いつまでも囁き続ける。だが、この痛みとは関係ない。

 

  内にある何かが、自分で自身を傷つけている。何かが頭を悩ませ、熱を齎す程に働かせ、痛みを生み出すほどの棘を生む。

 

  その痛みは槍で貫かれるほどに、剣で引き裂かれるより、矢で射抜かれるより苦痛を広がらせる。

 

「…っ」

 

  脳裏に浮かぶはあの忌まわしき男だった。

  平穏で、呑気で、何よりも悪賢い男。

  あの男に会って、話し、挑まれて負けた。己が課した条件を策略で突破し、娶られることとなった。

 

  カリュドンの猪狩りで自分を巡り、大きな諍いが起こった。我が美貌に惹かれ、女であることを蔑まれ、功績を否定されたあの諍い。

 

  婚姻の条件も思えば、自身の美貌と名誉が絡んでいた。多くの男を亡くし、一人の青年が終わらせた騒動も結局はーーー肉欲と名誉欲が根本にあった。

 

  あの男もそうだったはず、私を欲しがった、私を求めた。故に私はあの男の妻となった。

  愛せるはずがない、愛せられるはずが無い。所詮は肉欲と名誉だけだった、それが、私を求めた理由だ。

 

  アタランテは嘲笑する。

 

  …今更なにを。

 

  そんなこと生前に行き着いた結末だ。何を振り返る必要があるのだと嗤った。

  乾いた笑いが口元から漏れて、頭痛が和らいだと思った瞬間

 

  ーーー君だったから、僕は今こうしている

 

「…っ!!」

 

  頭痛が戻ってきた。頭皮に食い込むほどに爪を立て、奥歯が砕けそうなほどに噛み締める。

 

  記憶が振り返る。

 

  肉欲と名誉欲しさに自分を手に入れた男は、生涯一度も、己を“抱いた”ことがなかった。

  一国の王となれたはずなのに、それを蹴って自分の手を取って国を出た。

 

  分からない。

 

  今も昔も、それだけが分からなかった。

  思えばあの大船の旅と大猪狩りの日々が終わり、彼と出会ってから常に共にいた。

  下らないと笑い、些細なことで喧嘩した。ありふれた平和な日々を終わりの時まで過ごした。

 

  分からない。

 

  なのに…彼の事を何一つ知らない自分がいた。表面的なことは知っている。だが、踏み込んだことは何も知らなかった。

 

「なんなのだ」

 

  ポツリと呟かれた。返事はない、あるはずが無いのにそれでも口に出た。

  彼の事を思い出す度に頭痛は引き起こる。

 

「なんなのだ汝は…!」

 

  この怒りは何なのかすら分からない。

  子供達を殺した男を許さないのか、自分を苦しめる正体に対する疑惑なのかは分からない。

  でもーーー

 

「ヒッポメネス、なんなのだお前は!!!」

 

  怒りは何処にも辿り着けず、頭痛は蝕む。痛みに腕が鈍ることはない。だが、痛みは精神に穴を穿つ。

 

『たすけてたすけてたすけて』『かえりたいよかえりたいよ』

 

「…ああ、そうだな。そうだったな」

 

  痛みが和らいだ気がした。囁く声がする腕をそっと撫でた。黒い痣はかつて在った薄汚れた歴史の残骸達。救うべきで、見捨てるべきではなかった幼き子供達の思念が、自分に助けを求めている。

 

『ころしてころして』『あのひとたちを』『わたしたちをおびやかす、あのひとたちを』

 

「…ああ」

 

  そう、聞こえた気がする。いやそう言った。子供達はそう望んだのだ。

  実際、残留思念達は自我も意思もない。ただ囁き続けるだけの低級霊にしか過ぎない。そう聞こえたのは、彼女がそう思っているからその様に囁いてると受け取った。

 

「関係ないな」

 

  そうだ。あの男が何であれ関係ない。あの男と聖女は殺した。殺したのだ。愛しい子供達を。それが何よりの事実で自分が最も嫌悪し、殺さなければならぬ人種だ。

 

「安心してくれ。汝達は私が守ってやる。何があろうともお前達の存在を私が肯定しよう。お前達が望む、お前達の敵は私が殺してやろう」

 

  怒りと困惑は消え去った。痛みも疑惑も何処かへ行った。ただ残ったのはーーーいや、生まれたのは『憎しみ』という感情だった。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  ミレニア城塞、会議室には“黒”の陣営全サーヴァントとルーラー、そしてマスターが揃った。

  “黒”のアサシンを討伐した事を報告と同時に、今後の行動について話そうとしていたのだが、フィオレとカウレスはそれよりも“黒”のバーサーカーの様子に目が行っていた。

  顔は何度も殴られて腫れ上がり、皮膚が切れて出血している。服は己の血で汚れ、右手には本来見慣れない包帯を巻きつけていた。

 

「カウレス殿、あとでバーサーカーの治癒を」

 

「あ、あぁ」

 

  “黒”のアーチャーの声かけによりカウレスのみならずフィオレも姿勢を正した。

 

「明日の昼、トゥリファスからブカレストに移り、飛行機に乗って『虚栄の空中庭園』に空襲を仕掛けます」

 

「はいはーい、結局飛行機に乗っていくの?」

 

「ええ、だっていくら考えても迎撃されないなんて不可能ですもの。なら、できるだけ擬装した飛行機に乗って攻め入るのがベストでしょう」

 

「あ、ならならボクが運転したい!僕ライダーだし!」

 

  張り切って手を挙げる“黒”のライダーだったがフィオレは真っ先に首を横に振った。

 

「飛行機の操縦はゴーレムに任せます。サーヴァントの手を塞ぐわけにも参りませんし」

 

「えー、ボクの騎乗スキルはA+だよ!ヒポグリフ以外にも色々操縦できるってところを見せてやるさ!」

 

「そういう理由なら尚更いけません。…正直なにをするか分かったものじゃありませんし」

 

  フィオレの呟きにライダー以外の全員が頷いた。このライダー、ある意味信頼されている。

 

「むー!なんだい!ボクだって弁えているさ!」

 

「なら飛行機はゴーレムに任せてください。それにあなたが操縦に集中していたらマスターを護れないのでは?」

 

  むむー、と唸りながらもマスターを出されては何も言えないのでライダーは引き下がった。

 

「空中庭園に向かうメンバーは、“黒”のアーチャー、“黒”のライダー、“黒”のバーサーカー、ルーラー、それから“黒”のセイバーと成れる彼。…そして、私とカウレスです」

 

「しかし、マスター」

 

  アーチャーが引きとめようとしたが、フィオレは頑なにそれを否定する。

 

「くどいです、アーチャー。私にもユグドミレニアの長としての誇りがあります。まさか、戦闘の途中で魔力切れなど起こさせる訳にもいかないでしょう」

 

  魔術師とサーヴァントは因果線により結ばれている。結ばれている限り因果線には距離は関係ない。だが、魔術師とサーヴァントの因果線は聖杯により召喚された擬似的な物でしかなく、あまりに遠すぎると因果線が切れてしまう可能性があるのだ。

 

「それに、私にはユグドミレニアの長としてこの戦いの終結を見届ける使命があります。カウレスもマスターであるため、行かせなければならないのが申し訳ありませんが…」

 

「…姉さん」

 

  それは兄弟としての情か、魔術師として後継者を危険地帯に送り込んでしまわなければならない憂いか。いや、カウレスは分かっていた。姉が、その言葉の真意がどちらかなど。

 

「飛行機ですか。…速度は大丈夫でしょうが対策は如何程に?」

 

「ええ、三手ほど思いつきました。まずーーー」

 

 

 

「え、えぇ。なるほど、これが魔術師と一般人の違いですか…」

 

「? どうなさいましたか」

 

  フィオレから告げられた作戦にルーラーは軽く引いていた。作戦としては上々で、悪くないと判断できる。少なくともここにいる皆、その作戦に異を唱える者はいない。しかし、その作戦は一般常識を知るルーラーにとって魔術師と一般人に大きな溝があることを深く再認識した。

 

「ですが、あともう一手ほしいですね」

 

  フィオレの作戦は空中庭園に肉薄できるだけ。空中庭園に接近し、着陸できるのはまだどうしても難しい。

 

「我々が乗る物とは別に爆薬を詰めた飛行機を用意、それを庭園に向けて墜落させるのは如何でしょう」

 

「だ、大胆ですね」

 

  今度はフィオレが引いた。幾多の戦場を駆け抜けたルーラーの策は過激で、魔術師であるフィオレにしても大胆すぎた。

 

「…一つは、僕が囮になる」

 

  ポツリとバーサーカーが難しい顔で呟いた。全員がバーサーカーへ集中すると、バーサーカーは手に黄金の林檎を喚び寄せた。

 

「僕の宝具の真骨頂は引き寄せること。あのアサシンの爆撃もこの林檎の解放で飛行機から逸らすことだって可能だ」

 

「でもよ、それじゃあお前が…」

 

  “赤”のアサシンの魔術攻撃がバーサーカーへと集中する。あの光の爆撃は対魔力Aであるライダーの防御を突破し傷を負わせるほどだ。それをバーサーカーが喰らえば、消滅することは必定だ。

 

「いけません、それは悪手です。貴方は重要な戦力の一人、囮で済ませていいわけありません」

 

  さすがにこの案は否定された。敵は大英雄クラスばかりの強者揃い。戦闘力に欠けるが、それでも勝てる可能性がある人材を欠く行動はできない。

 

「そうか…。でも、本当にどうしようか。今のままじゃ庭園に乗り込むことも困難だし」

 

  振り出しに戻った。皆が頭を悩ませ、場の空気が濁っていくのを感じる。このまま正面突破という愚策に頼るしかない。

 

「大丈夫大丈夫! 少なくともマスターと、あと一人ぐらいならボクが守ってみせるさ!」

 

 そんな中、空気を壊したのは天真爛漫な“黒”のライダーだった。

 

「ヒポグリフか?」

 

「うん! 前回の戦いでは本領発揮できなかったけど、今度こそは上手くやるさ! なんてたって君がマスターだし!」

 

  朗らかに笑うライダーに空気が明るくなった。強がりや見栄ではない。自信と勇気に溢れた言葉こそ、英雄たる証にも思えた。

 

「それにほら。ボクは魔術関係は全然問題ないしね! 何しろ魔術だったらどんな物でも攻略できる書物があるし!」

 

「…あぁ、そういや言ってたね。確か『魔術万能攻略書』だっけ?」

 

「そうそう、それ!」

 

  召喚された当時より“黒”のライダーと付き合いが長いバーサーカーはライダーの宝具名とそれの能力について把握していた。

  無理矢理街に連れて行かれた時はそれを手に入れた経緯について詳しく教えてもらい、話のネタに欠くことはなかった。

  ーーーその宝具は確か…。

 

「…ん?」

 

  とてつもなく、何かが引っかかった。

 

「んん?」

 

  確かそれは“黒”のセイバーが脱落する少し前、カウレスに許可を貰い、ライダーと共にトゥリファスの城下町に遊びに言ってた時のこと…。

 

 

 

『それでね、魔女にこの書物を貰ったのさ!』

 

『…これは、凄い。魔術にはちょっと知識があるから言えるけど。…ただの代物じゃないねコレ』

 

『これのおかげで僕は対魔力を持ってるからね!』

 

  そう、それが“黒”のライダー、アストルフォが三騎士クラスが持つ対魔力を保有している理由だ。

 

『でも、普通宝具は真名を開帳した時にこそ発動するものの筈だよね?持っているだけでその能力の末端を顕現させれるってことは…』

 

『もっとスゴイことになるよ!』

 

  自信満々に言う姿は正直同性には思えないが、それでも言葉から伝わる気持ちはあまりに真っ直ぐだった。…いや、重要なのはそれじゃない。確か、その先だったはず……。

 

『でもね〜、ダメなんだよね』

 

『え? 何が?』

 

『これね、魔術万能攻略書とか言ってるけどボクが名付けただけだから』

 

『…どういうこと?』

 

『真名を覚えてないんだよね〜。ほらボクって理性が蒸発しているからさ、なかなか思い出せないんだよ』

 

『ははは、君らしいけど…駄目じゃない?』

 

『マスターは「いざとなったら令呪使ってでも思い出させればいいわ」とか言ってたから大丈夫じゃない?』

 

『あの人も適当だね…』

 

  どうもライダーのマスターのセレニケは他のマスターと比べて聖杯戦争に意欲を感じれなかった。ライダーを召喚させたのも一族のダーニックの指示だっただけではない、か……。

 

 

 

  いや、ちょっと待て。

 

 

 

「まてまてまてまてまて…」

 

「バーサーカー?なに独り言いってんだ?」

 

  突然の独り言に皆の目線がバーサーカーに集まった。だが、バーサーカー本人はそんなことよりも重要なことを必死に思い出そうとしていた。

  セレニケのことよりも、ちょっと前のーーー

 

 

 

『真名を覚えてないんだよね〜』

 

 

 

カッと目が開かれた。

 

「ライダー!? 真名思い出した!?」

 

「え? 真名?」

 

  問われたライダーは何のことか分からず首を傾げた。他の面々もバーサーカーが何を指しているのか分からずに疑問符を浮かべたが、次の言葉に顔色を変えることとなる。

 

「君の魔導書! 真名を覚えてなくて本領発揮していないじゃんか!!」

 

  真っ先に反応したのはフィオレだった。

 

「ライダー!?それは本当なのですか!?」

 

「…あ、うん。そうだった」

 

  ポン、と手を打ってライダーは手を掲げた。

 

 

 

「こ、これが魔女より渡された魔導書…」

 

  机に置かれた魔導書に皆が集まった。現代の魔術師、フィオレ達はこの魔導書の異能性に慄いていた。魔導書とは魔術師にとって身近なものであったが、この本はそんな有り触れたものではない。

 

「喉まで出かかっているんだけどね〜」

 

  瞬間、フィオレの魔術礼装である義手がライダーの肩を掴んだ。

 

「思い出してください! 即刻に、今すぐ!上手くすれば庭園を突破できるのです!」

 

「わ、わぁ!? ちょ、あ、思い出した!今思い出した!」

 

「ライダー、本当に?」

 

  いつの間にかバーサーカーやルーラー、アーチャーまでもがライダーに詰め寄ってきていた。

 

「えっと…思い出したのは真名じゃなくて、思い出す条件…です」

 

「条件…?」

 

「うん。条件はーーー」

 

 




Q.Fateシリーズ全作品を見て、参加したい聖杯戦争はありますか?

A.
ヒッポメネス「うーん? 僕はアポだけでいいかな。じゃなきゃ本格的に勝てなさそうだし」

アタランテ「私はEXATRAだな。敵を屠ればいい。至極単直で分かりやすい」

ヒッポメネス「流石のはくのんでも僕とともにはキツすぎるだろうなー」

Q.Zeroはどうですか?

A.
二人「「キャスター主従はダメだ。絶対潰す!!」」

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