碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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今回も戦闘なし。特に進むことはないですが、是非読んでいただいたら幸いです。

式セイバーさんが来ない!!!


戦争の報酬は?

カラカラと車輪が押される音が城塞内の古めかしい廊下に響いた。廊下には車椅子に乗る少女と、車椅子を押す青年。

 

少女の名はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。この度アーチャーのマスターとして聖杯大戦に参加した魔術師だ。ユグドミレニア一族随一の能力を持つ魔術師であり、ダーニックの後継者。次期ユグドミレニア一族の長になる者として期待されている。

 

押している青年はアーチャー、真名はケイローン。

彼は大英雄を育て上げたケンタウロス族の大賢者。物腰は柔らかく、人格者であり、誰に対しても礼を忘れない好青年だ。

ケイローンといえば半人半馬で有名だが、それではすぐに真名が割れてしまうため、ステータス低下を代償に人の姿で召喚された。

 

二人は召喚されてから数日の間、良き信頼関係を築けている。そんな二人は移動中にふと、こんな会話を始めた。

 

「アーチャー、貴方から見てバーサーカーはどう判断します?」

 

フィオレは数日の間、思いついては考えた存在についてアーチャーに尋ねた。それは自分の弟であるカウレスのサーヴァント、バーサーカーだ。

 

「バーサーカーには悪いけど、正直戦力になるか不安が残ります」

 

バーサーカーなのに狂わない。バーサーカーとして前代未聞の正常な思考回路を有するサーヴァント、ヒッポメネス。弟は最初、フランケンシュタインを召喚つもりだったのだがとあるミスにて彼が召喚されてしまった。

 

そのミスとは、カウレスが買った触媒が古いだけの“模造品”だったのだ。

 

カウレスにその触媒を売ったフリーランスの魔術師はフィオレの知己である。まさか、彼が偽物の触媒を弟に売ったとは思いもよらず、罪悪感に苛まれていた。

 

それをユグドレミニアの一族は嘲笑った。触媒が本物かどうかも見分けられない愚か者。カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは所詮フィオレの予備に過ぎず、令呪が浮かびあがったのは偶然に過ぎないなど、侮蔑を隠さない言葉でカウレスを笑った。

 

セイバーのマスター、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアは嘲笑を隠さなかった。

ランサーのマスター、ダーニックは落胆を隠せなかった。

セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアとロシェ・フレイン・ユグドミレニアは特に思うことは無いらしい。

 

申し訳なかった。弟は自分のバックアップで来ただけだったのにマスターとして選ばれて、殺し合いに参加することになった。魔術師として必要があれば、血縁同士でも殺しあうことも理解の範疇だ。それでも、億劫となってしまうのだ。

 

「バーサーカーのことですね」

 

「はい。同じギリシャの英雄として、貴方は彼をどう見えますか?」

 

ケイローンは英雄ヘラクレス、イアソンなど神話に名を残す英雄を育てた賢者だ。英雄を見る目は長けているに相違ない。そんな彼はヒッポメネスをどう見るかーーー

 

「さして問題はないでしょう」

 

「え?」

 

さらっと答えを言ってのけた事に脱力したような声が出た。その様子にアーチャーはクスクスと笑い、諭すように説明し始めた。

 

「確かに彼の逸話や知名度から考えれば不安も残るでしょうが、戦闘面に関しては心配する必要はないかと」

 

「…貴方がそれまで言うほどなんですか?」

 

「はい。理由は既に、彼の逸話が証明しています」

 

フィオレはヒッポメネスの逸話、黄金の林檎を使いアタランテを妻とした逸話を思い出す。女神に黄金の林檎を三つ受け取り、それを使い俊足のアタランテとの徒競走に勝った。

 

「重要なのは彼が妻に勝ったことではありません。彼が女神から黄金の林檎を受け取ったことですよ」

 

「あの、それが…」

 

「“女神”から認められたのです。彼は」

 

あ、とフィオレは手で口を押さえた。アタランテに黄金の林檎を使い、勝ったことばかり目が行き過ぎていた。ヒッポメネスは神に認められて、あの林檎を渡された。食べれば不老不死となり、トロイア戦争の原因ともなったあの神々の秘宝をだ。

 

「あの時代の神々は気まぐれで、時に暴虐とも言える一面が見えました。しかし、愚かではなかった。 愛の女神が何を思って彼に黄金の林檎を授けたのかは知りません。…ですが預けるに値する何かを彼から見出した。だから、林檎を三つも預けたのです」

 

神から贈り物を授かることは稀ではあるが珍しいことではなかった。神話において武器や防具を授かり、偉業を成した英雄は存在する。

神は授けた人物がそれを受け取るに相応しいと見抜き、贈ったのだ。

ましてや黄金の林檎だ。一つでトロイア戦争を起こし、幾人の英雄を生み、死者を築いた。それを三つ、女神から預かった。

英雄じゃないわけがない。聖杯戦争に相応しくないわけがない。ヒッポメネスはこの戦争に参戦するに値するなにかがある。

 

「他のマスター達は彼を低く見ている傾向がありますが、この城にいる英雄皆、バーサーカーを下とは見ていませんよ」

 

「そう…ですか」

 

確かにそうだった。一斉召喚の後の顔合わせの時、バーサーカーの真名を聞いても誰一人彼に対し、疑惑や卑下する態度はなかった。

 

「ならば私は彼に謝らなければなりませんね。どの様な経緯であれ、弟の為に聖杯を取ると誓ってくれた彼に、不遜な態度を取ってしまったのですから」

 

「それは必要ないと思いますよ?」

 

「なんでですか?」

 

「彼自身そうなることは覚悟のようでしたし、彼は英雄です。自身の名誉は、戦場で勝ち取るでしょう」

 

彼は武勇を誇ったわけではない。しかし、バーサーカーとして喚ばれたからにはそれ相応の働きをするだろう、とアーチャーは言外に言っている。

 

「そうですか。ならば、彼が英雄だと証明した時、改めて賞賛を送りましょう」

 

カラカラと、車椅子が押される。目指す場所はミレニア城塞、王の間。

そこでトゥリファスに侵入した“赤”のサーヴァントを迎え撃つのだ。

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

ミレニア城塞、王の間には“黒”の陣営のマスターとサーヴァントが集まっていた。

“黒”のキャスター、アヴィケブロンが七枝の燭台に灯った炎を通じて現在トゥリファスの市街で行われている戦闘を映し出していた。そこに見えるのは“赤”のセイバーらしき全身鎧のサーヴァントが、“黒”のキャスターが作り出したゴーレム相手に奮迅していた。

“赤”のセイバーが大剣を振るえば、瓦礫が吹き飛ぶ。大剣に切り刻まれれば微塵に粉砕される。

ダーニックを除いたマスター達は圧倒され、サーヴァント達は冷静に戦いを分析している。

“黒”のキャスターが作り出されたゴーレム達は低ランクのサーヴァントならば互角に戦える程度の力を有している。それを嵐の如く、木っ端微塵にしていく。

 

「さすがセイバー、と言うべきか」

 

そう言い放つのは“黒”のランサー、ヴラド三世だ。

ルーマニアにおいて最大の英雄、この地において最高の知名度を誇るサーヴァントだ。信仰心に篤く、小国の王として君臨した人物である。

 

「筋力B+、耐久A、敏捷B、魔力B…幸運は高くありませんがそれを差し引いても剣の英雄に選ばれただけある、ということでしょう」

 

ランサーの言葉に頷いたのはダーニック。彼がヴラド三世と契約したマスターだ。ダーニックはランサーの主ではなく、臣下の姿勢を取っていた。

 

「更に注目すべきは一部のステータスを隠蔽している節があることです」

 

マスターはサーヴァントのステータスを読み取ることができる。しかし、何故かそれを読み取ることができない。

固有スキルか宝具かは分からないが、自身の情報を隠すことができるらしい。

 

「他の者はどう思う? セイバーよ、君は彼に勝てるかね?」

 

“黒”のセイバーは無言で頷いた。セイバーは話せないわけではない。しかし、セイバーのマスターであるゴルドが喋らないように命令したのだ。彼の真名から致命的な弱点が露呈することを恐れてのことらしい。真名を知るのはマスターであるゴルド、ダーニック、ランサーのみ。それゆえにランサーはセイバーの無言の首肯を許している。

 

「大賢者よ。君は考察を聞かせてくれ」

 

アーチャーはランサーの問いに微笑みで答えた。

 

「難敵であることには違いないでしょう。ですが、後は宝具の性質さえ判明すればさほど問題はないように思われます」

 

「ふむ…」

 

満足げにランサーは頷いた。

 

「おじ様。マスターの方はご存知なのですか?」

 

フィオレは映り出した光景にセイバーのマスターらしき人物を見つけた。スカーフェイスに剃刀のような目つき。筋骨隆々な肉体に、黒いジャケット。一般人には見えない格好の彼は襲いくるホムンクルス達を相手に魔術で迎撃した。

 

「ああ、時計塔に潜ませた血族から情報を得ている。獅子劫界離。死霊魔術師の賞金稼ぎだ。時計塔に限らず、どこの依頼も受けるフリーランスだ」

 

「魔術で金を稼ぐ、薄汚い面汚しということか」

 

ゴルドが吐き捨てるように言う。生粋の魔術師として獅子劫の在り方が気に入らないようだ。

「…セイバーは既に去っていった。今宵はこれで終い、皆の者解散せよ」

 

「はっ」

 

 

ランサーの合図にてダーニック以外のマスターとサーヴァントが王の間から去っていく。ゴルドはセイバーを引き連れて自室へ帰る。ライダーは勝手に何処かに行き、マスターであるセレニケは嘆息する。ロシェはキャスターと共に工房へ帰る。カウレスとフィオレもそれぞれサーヴァントを引き連れて自室へと帰ることにした。

 

『なあ、バーサーカー』

 

『なんだい、カウレス君?』

 

契約を結ぶマスターとサーヴァントは言葉にしなくとも意思疎通が可能だ。カウレスは先ほどの戦いを見てからバーサーカーに聞きたいことがある。

 

『お前、あいつに勝てるか?』

 

『真正面からは限りなくゼロに近いねぇ』

 

『やっぱりか』

 

想像どおりだから特に落ち込むことも、嘆くこともない。カウレスはありのままの事実を受け止める。

 

『僕が“赤”のセイバーに勝つにはマスターを狙うか、他のサーヴァントと共闘して不意打ちを狙うかのどちらかだねぇ』

 

『そうか、ならお前は他のサーヴァントのサポートに回って貰うことになると思うけど大丈夫か?』

 

『もちろんさ』

 

マスターの戦闘方針に異を唱えない。というよりカウレスが提示した方針こそがヒッポメネスという英雄を最も活かせるだろう。

召喚してからの数日間、カウレスはバーサーカーのステータスと宝具を確認し、一撃必殺や遊撃として戦場に放り込んで自爆するよりも他のサーヴァントと協力したほうがいいと判断した。

バーサーカーもそれがいいと思っている。その方がマスターと自分が聖杯を手に入れる確率が上がる。

戦場で首級を得るのも悪くはないが、目的を優先する方が大事と考えているバーサーカーとカウレスは色々と気が合う。

それもそうだ。触媒無し(触媒が偽物)の召喚の場合は精神性が近いサーヴァントが召喚されるのだ。カウレスとバーサーカーが気が合うのは不思議ではないのだ。

 

『それはそうとカウレス君』

 

『ん? なんだよ』

 

『君が僕を最も活かせる方法を考えてくれるのは嬉しいけど、僕は聞かなきゃいけないことを聞いていなかったよ』

 

バーサーカー、ヒッポメネスは問う。

 

『マスター、君が聖杯に願う望みはなんだい?』

バーサーカーにそう問われると、どう答えたらいいか困ってしまった。正直に言うと、カウレスはこれといって聖杯に願うものがない。

 

カウレスはそもそも魔術師になるつもりはない。魔術は好きだ。科学で起こし得ない不条理を手に掴む快感は得難いものがある。が、魔術に一生を捧げるのは御免蒙りたい。

魔術師とは人間でありながら人間ではなくなった人でなしの連中だ。

魔術を習っているのも姉であるフィオレの予備。聖杯大戦のマスターになったのも令呪が顕れたからだ。

一応は魔術師なのだから、魔術師の悲願『根源の渦』に到達したいと思う気持ちもある。しかしだ。聖杯ーーー万能の願望機がそんな簡単に根源に到達できるのか? それが疑問だった。

とにかくカウレスには願うものがないのだ。しかし、それを正直に答えるのはどうだろうか?

バーサーカーことヒッポメネスは聖杯に叶えてほしいことがあったから召喚に応じたのだ。自分が叶えてほしいものがないといえば、勝つつもりがないと怒り、殺されてしまうかもしれない。ならば、根源の到達と誤魔化しておくべきか? 魔術師とはそういうものだと聖杯から教えられているから、それで乗り切るべきなのか?

それでもーーー

 

『その、悪い。まだ決めてないんだ』

 

カウレスは嘘を切り捨てた。

 

『決めてない?』

 

『まあ、なんだ。望みが定まってないというか、そもそも願うことがなかったんだ。たまたまマスターになって、ここにいるだけだからな。いきなり聖杯を得られる機会が回ってきて、どうしたらいいか分からないんだ』

 

『・・・・・』

 

バーサーカーは無言だ。続けろ、ということなのだろう。

 

『根源の到達も悪くない。けど、それよりも願いたいことが大戦中に出てくるかもしれない。とにかく、何がなんでも叶えたいものが思いつかないんだ。だから、悪い』

 

本音は伝えた。隠すことなく、思っていることを開示した。それで許されるとは思えない。一発ぶん殴られることは覚悟しなきゃならないと思っていたら。

 

『うん、カウレス君らしくていいんじゃないかなぁ?』

 

許してくれた。バーサーカーは、ヒッポメネスは許してくれた。

 

『というより逆にそっちの方がいいかもしれないね』

 

『え、それでいいのか?』

 

『うん』

 

相変わらず穏やかなサーヴァントは、マスターを尊重している。

 

『僕はお世辞にもダークホースと言うものにもなれない二流サーヴァント。与えられた役割も果たせないかもしれない、勝てる可能性も極めて低いし、カウレス君が令呪で補強してくれても無駄になることも考えられるねぇ。君の為に聖杯と勝利をと言ったはいいが、正直かなり難しいところさ』

 

それもそうだ。“赤”のサーヴァントに勝ったとしてもその後は“黒”のサーヴァントとの戦いが待っている。ヴラド三世にケイローン、アストルフォにアヴィケブロン、謎のセイバーにジャック・ザ・リッパーと強力なサーヴァント達相手にヒッポメネスが勝ち残れるとは思えない。だからこそヒッポメネスは考える。

 

『願いはない。だとしたら君が戦いに巻き込まれたならまず考えるのは命の安全。それでいいと思うよ?』

 

『お前に願いはないのかよ?』

 

『あるさ。だけどその願いは君が僕を喚んでくれたからこそ叶えることができる願いだ。亡霊たる僕に機会をくれた。聖杯と勝利を与えられる事は出来なくともサーヴァントとして、マスターを守る。その義務だけは無欲の君が叶えさせてくれそうだから、それでいいんだよ』

 

ーーーなるほど、だからこいつは黄金の林檎を女神から貰えたのかもしれない

 

我欲は勿論ある。人間である限り、我欲を断ち切れない。この英雄だって我欲があるからこそ、聖杯を求めるのだ。自分だって興味が無かったものの当事者となれば我欲が浮かび上がる。

ヒッポメネスは我欲を抱いていても、感謝を忘れない。感謝されることなどしていない。ミスで喚ばれ、誇り高く、自尊心が高い英雄なら憤慨する態度を取っても怒りはしなかった。

 

“二度目の生をありがとう”

 

“おかげで願いが叶えられるかもしれない”

 

“君の剣と盾となろう。君の両手には聖杯と勝利を。それがダメなら命を守り抜こう”

 

英雄とは荒々しく尊大な存在であった時代に、穏やかで人を尊重できる人であったのだろう。だからこそ女神は黄金の林檎を渡すことができた。我欲に塗れた獣ではなく、我欲より感謝と平穏を崇めれる人に。

 

カウレスは己のサーヴァントをそう捉えれた。

 

『…そうか。でも勝てるものなら勝とうな、バーサーカー』

 

『そうだねカウレス君。貰えるものなら貰おうか』

 

そんな気軽で手に入るものじゃないだろう、とカウレスは苦笑する。

 

『なら、お前の願いはなんだ?』

 

次はバーサーカーの番だとカウレスは尋ねた。バーサーカーはカウレスの質問に逡巡なく答えた。

 

『僕の願いはねぇ』

 

 

 

『一日でいい。一日でいいからアタランテと現世に現界したいんだ』

 

 




ランサーとアサシンに好かれる作者。代わりにセイバーやキャスターに嫌われている。

FGO楽しいね。

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