碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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Q.一目見たとき、彼のことをどう思いましたか?

A.アタランテ「さてな、昔のことだから覚えていないな」


はじまりは憧憬より

  ーーー焦がれる夢を、視た。

 

 走る姿はまさに獣の如く俊敏であった。

  相手を先に走らせ、体に武装を身につけているのにも関係なく彼女は颯爽と相手より早く走り、先に線引きされた線を越えた。

  彼女が先に到着した、すなわち彼女が勝ったという事だ。

  彼女より後に到着した相手の男は顔を青褪めて逃げ出した。

  そんな後ろ姿を眺めながら、彼女は弓と矢を取り出した。

  矢を番い、キリキリと弦が軋みような音を立ててーーー放たれた。

  矢は男の背中を貫き、心の臓に当たる。

  心臓が破られ男は間も無く絶命した。

 

  その姿に周りの観衆は沸き立ち、一部は息を飲んだ。

  だが一人だけ、寂しそうな表情を浮かべながら彼女ーーー翠緑の狩人、アタランテを見ている青年がいる。

 

  海神の血が四分の一混ざる人間、ヒッポメネスだった。

 

  アタランテの父、アルカディア王イアソスは世継ぎたる男の子を欲したために彼女に子を産むように婚約を強いた。

  彼女はそれを拒んだが父に逆らう事はできず、一つの条件を出し、それを満たせれば従うことを約束した。

 

『私との競争に勝った者を夫として認めよう。だが、負けた者には死んでもらう』

 

  この事は多くの若者に伝わり、彼女の夫にならんと毎日多くの男が彼女に挑むが結果は先ほどの男のような結末に辿り着く。

  早いのだ。早く、速く、疾いのだ。

  彼女は人間において最も疾い脚を持っていたのだ。それに勝てるのはーーー当たり前だがーーー彼女よりも疾くなければならないのだ。

  そんな人間など、現時点においてヘラクレス級の大英雄しか考えられない。

  ゆえに、今日も屍が彼女によって積み上げられる。これで何人目なのだろうか。次で何人目となるのだろうか。

 

  それを思うと、アタランテには子を産みたくない理由があるのではないかと考えてしまう。

 

  彼女を讃える群衆の中でひっそりと静かに眺めていた。

  前に声をかけられた時に近くで話したあの時の事が今でも忘れない。

 

 彼女の声が耳に残っている。

 

 彼女の瞳の深さを覚えている。

 

 彼女の肌の色が目に焼き付いている。

 

  あの時ほど心が浮ついた事は無かった。アタランテとの出会いはそれほどまでに、彼の一生に刻み込まれたのだ。

 

 

 

  ヒッポメネスはしばらく国に留まった。すぐに故郷である海辺に帰るつもりだったのに、アタランテの事が気にかかったのだ。

  国に留まるも彼には財宝などの蓄えはない。野宿で暮らす他ないため、その日に狩りに出て食べる為の食材を調達している。

上と内容が同じ

 

  今日もヒッポメネスは狩りに出ていた。弓と矢筒を持ち、鬱蒼と茂る森の中を進む。視界が狭まる森の中で目を凝らすと雄鹿を見つけた。

  立派な角を天へと伸ばし、筋が付いた肉体は数日は肉に困る事はないだろう。

  息を潜め、ゆっくりと狙いを鹿の眉間へと定める。鹿の動きが止まった瞬間を待ち、放った。

  ーーーだが、矢は鹿に当たらず横にあった木に当たった。

  あ、と声が出た間に鹿は森の奥深くに逃げてしまった。

  このヒッポメネス、実は狩りをしたことがあまり無いのだ。弓は持っていても使ったことは指で数えられるほど。

  海で泳ぐ魚達を一撃で仕留める技量を持とうとも、陸に住まう生き物達を仕留める技は無に近かったのだ。

 

「下手だな。幼い子供達でももう少し巧かろう」

 

  くすりと、笑う声が後ろから届いた。嘲りではない、からかうような声音だった。

  振り返り、声の正体を確かめるとーーー体が震えた。

 

「汝、まだ国にいたのか。挑戦者ではないと申していたであろう」

 

  ーーーアタランテ。美貌と野性を秘める俊足の女狩人がいた。

  手には月の女神から賜ったと聞く弓を持ち、反対の手には仕留めたと思われる兎を持っていた。

 

「え、え〜?なんで、君…が?」

 

「狩りだ。昼餉を仕留めに来ただけだ」

 

  兎を掲げ、それを主張する。なるほどと納得したと同時になんで狩りにと疑問が浮かぶ。

  彼女はこの国の王女であり、この時間帯には挑戦者を相手し徒競走をしているはず。それを聞くとアタランテは不快そうに表情を変えた。

 

「君は…夫探しに走っているはず、というか王女様だから侍従が食事を用意してくれるんじゃ…」

 

「…城の食事は口に合わん。そして本日は挑戦は無しとなったのだ。父の策略でな」

 

「策略?」

 

「挑戦者を一人一人相手するのではなく一度に連続で挑戦させた方が私に勝てると考えたのだ」

 

  その不快さにはわずかにだが、悲しみの感情が混じっているように見えた。何に悲嘆に暮れているのだろうか。

  何故か悲しくないはずなのに、とても心臓が重く感じた。これは何なのだろうか。それを自身に問い尋ねようかと思うよりも、ヒッポメネスはアタランテに問いた。

 

「君には…惚れた人でもいるの?」

 

  出た質問はこれであった。

  アタランテは少しばかり疑問そうに眉を顰めたが、すぐに答えてくれた。

 

「否、私には愛した者など一人もいない」

 

  だが、と一度区切られた。

 

「愛する者はこの先にも現れることはないだろう」

 

  どこか確信があった。決めつけたように、そう納得したようだった。

  言い切った彼女にどう話しかけるべきか迷った。何故それに至ったのか、そう決めたのか聞きたいとは思ったが、それは彼女によって閉じられた。

 

「ーーー狩りの邪魔をして悪かった」

 

  そう言って踵を返して去っていく。留めようと伸ばした手は止まる。止めて何になる。二度会った男に話す事もなく、その決意の奥にあるものを話そうとも思わないだろう。

  だが、彼女は立ち止まりヒッポメネスに助言を与えた。

 

「…木を的に弓の鍛錬を行うがいい。あと、狙うなら眉間ではなく腹を狙え。慣れていないクセに的が小さい頭を狙うのは愚かよ」

 

  それだけ言って次こそは去っていった。

  残された彼は暫く自分の弓を眺めると、矢を番えて離れた木に射抜き始めた。

 

 

 

  アタランテと再び会った次の日、彼女の挑もうとする男の数は今までの倍以上の数に集まっていた。数十人にも及ぶ屈強な男達、それを見て周りに集まった物好きな観客達は大いに盛り上がっていた。

  今日こそは決まる、あのアタランテの夫が、と。

 

 

 

  それは結局杞憂として終わった。

  アタランテはその何十人にも及ぶ男達全てに打ち勝った。

  数時間にも及ぶ立て続けの競争にも彼女の脚には疲れはなく、俊足は劣えることはなかった。

  昨日と変わることなく挑戦者の屍が積まれた。流石の観客達も言葉を失った。

  沈黙が満たすなか、一人だけ離れた場所からそれを見守る青年がいた。

  ヒッポメネスは獲ったばかりの鹿の肉を焼き、アタランテの疾走を眺めていた。最後の一人に打ち勝ち、矢を放って命を奪う。どこまでも課した条件を忠実に守るアタランテの冷酷さに観衆も恐れ慄いていた。

  しかし、ヒッポメネスだけはそれを平然と眺めていた。まるで押しては帰る海の波の流れをいつも通り見ているようだった。

  焼けた肉を頬張り、肉の脂を舌で楽しむ。目の前は死屍累々とした場所なのに呑気に肉を食べている姿は不謹慎にも思えるが、そんなことをヒッポメネスは考えてすらなかった。

 

  愛する者はいないと語ったアタランテの言葉が頭にこびりつく。

  愛していないからこそ夫を迎えることを拒む。ならば、最初から断れば良かったのではないか?

  こんな条件を付けずに最初から父である王に訴え、婚約するつもりなどないと言えばいい。

  しかし彼女は訴えもせずに挑戦者と走り、負ければ殺している。

 

  彼女の心中を知りたくなった。どうしても知りたくなったのだ。会って数日しか経っていない彼女に何故こんなにも惹かれているのか、彼は答えを得ていた。

 

  ーーー所謂、一目惚れなのだろう。

 

  恋をしてしまった。彼女に、翠緑の狩人に、アタランテにどうしようもないほど恋い焦がれてしまった。

  この想いはどう心を抑えても抑え切れるものではなかった。本能が彼女に近づけと耳元で囁いているようだった。

  意気込みの為にと肉をさらにかぶりつき、

 

「…ぅ!?むぐぅ!?」

 

  喉に詰めて悶絶した。空気が肺に行き届かず、苦しみのあまり地面に転げ回る。胸を叩くも食べた肉が大きすぎて食道に流し込まれない。

  こんなことで死ねないと力強く何度も胸を叩く。それでも肉は流れない。意識が徐々に消えていき、顔が青くなり始めた時

 

「ぶふぅ!?」

 

  背中に鋭い拳打が入った。骨に浸透するような振動が臓器まで響き、食道でさえ震わせた。肉が胃まで流れ込み、気道に空気が通じるようになった。

 

「た、助かったーーー」

 

「…何をしているか汝は」

 

「よおおおおおおおおおおおおおおおお!!?!」

 

  ヒッポメネスの背中を叩き、命を救ったのは一目惚れした意中の女性、アタランテであった。

 

 

 

「…汝は馬鹿だな」

 

「……否定しないけどさ、少しだけ言葉を選んでほしいよ」

 

  彼女は本日の挑戦を済ませ、その場から去っている最中焚き火の近くで無様に転げ回る男を見つけ、近づいてみると知った顔であったため事態を察して背中を叩いたのであった。

  どういう状態かは分かっていたが、改めて話を聞くとアタランテはヒッポメネスを呆れた様子で見つめた。

 

「ふむ、この焼いた鹿肉は汝が獲ったものか?」

 

「う、うん。君に言われた通りに練習してね」

 

  照れながらも焼きたての肉を刺した枝を持ち上げた。

 

「一晩中山を走り回ってやっと昼頃に一体仕留めることができたよ!」

 

「……昼に、一体だけか?」

 

「え?うん」

 

「…そうか」

 

  何故だろうか、アタランテから可哀想なものを見るような目で見られた。

  アタランテは立ち上がり、弓を持って森へ向かおうとした。

 

「え、あれ、食べないの?」

 

「それは汝の獲物だ。私が仕留めた獲物ではない。私の糧は私が獲る。施しはいらぬよ」

 

  食事しながら話すことができると思っていたのにアタランテは自身の食事を取りに行くために離れていく。

  早々と森へ入っていったアタランテとまだ多く焼いている鹿肉を交互に見て、ヒッポメネスは一つの判断を決めた。

 

 

 

「うぇ…」

 

  獲った命を粗末にしてはならない。狩りは神聖なものであり、決して捨てることは禁断である。

  ゆえに即座に肉を平らげたのだが、胃は限界に近くあり、中身を吐き出しそうになっていた。

  それでもヒッポメネスは彼女を探すべく森へ入り込むもアタランテの姿は見当たらない。気配すら森と一体化しているようで、どこにいるのかすら見当もつかない。

 

「…どうしよう」

 

  勢いであった。ここで機会を逃すと次はいつ話せれるか分からなかった。

  もしかすると次会った時には他の男の妻となっているのかもしれない。

 

「…それは、嫌だなぁ」

 

  吐き気が、嫌気がこみ上げる。アタランテの隣に知らない男が立っているのを想像すると、気分が下がる。

  アタランテの特別でも、親しくもないのに何を思っているのかと自嘲しながらもヒッポメネスは森の中へ進み始める。

  陽が徐々に沈みかけ、完全な闇へと近づきつつある森は漆黒へと侵食されつつある。

  これでは昨日のように獲物を探すだけで一夜を過ごすだけとなってしまう。

  アタランテに会うための策を講じるが、どうしてもいい案が思いつかない。

 

「…一応、顔を覚えてもらっているから明日話しかけてみようか」

 

  諦めた、とは言いたくないがこの状況で彼女と会うのは絶望的であった。

  妥協案として、せめてとヒッポメネスは獲物の一つは狩ってやろうと決めた。

 

「よし、早速成功した手段を使うか」

 

  腰に括り付けていた鞘から小剣を抜き取り、鋒を僅かだが前腕に突き刺した。

 

淵源=波及(セット)

 

  詠唱が完了すると同時にヒッポメネスの体が霧に包まれ、晴れたと同時にそこには青年の姿ではなく、雄鹿の姿があった。

  鹿となれば鹿も警戒心を解き、自身が射抜きやすい位置まで移動することができると考えた末の作戦であった。

  蹄を鳴らし、森へと進もうとした時ーーー風を斬る音が聞こえた。

  鹿となったヒッポメネスは咄嗟に前足を後ろへと蹴った。

 

  先ほど立っていた鹿の頭の位置にあったところへ矢が飛来した。

 

  ヒッポメネスは無い筈の全身の体毛が逆毛立つのを感じた。根拠もなく、颯爽とその場から逃げようと走り出す。

  擬態している四本脚で走り森へ出ようとするも、音も姿もない矢が何度も飛んできた。冷や汗は止まることなく、恐怖は心臓を爆発させんと暴れ狂う。

  呼吸が短くなってくる前にと魔術の擬装を解き、人の姿に戻ったと同時に小剣を振り、矢を弾き落とした。

 

「ままままって!!僕は鹿じゃない、人間だ!」

 

  矢が放たれた方向に向かって大声で叫ぶ。鹿の姿から人間の姿と戻った今なら襲われることも無い。必死になって手を振って合図していると。

 

「…また汝か」

 

  さらに汗が溢れ出たのは言うまでもない。

 

 

 

  矢を放った狩人ーーーアタランテは立派な雄鹿だと思って狙ったら避けられて逃げるので、闘争心が燃え滾り仕留めようと追いかけたら見知る青年が魔術で擬装していたことに大層ご立腹であった。

 

「…汝は本当になんだ。挑戦者かと思えば違い、下手くそであれば魔術師であった。前から私の周りを嗅ぎ回るように現れる。汝はやはり私と婚姻を結びにきた者か」

 

「…ごめん。不快にさせる気はなかったんだけど、あの方法だったら確実に獲物を仕留められたんだ」

 

「次は狩猟の腕を磨いた後に森へ参れ」

 

「うん…」

 

  森の茂みから抜け出すと空には円を描く月が現れていた。時は既に子が眠る刻。ヒッポメネスとアタランテは森の奥深くまで足を踏み入れていたらしい。

  アタランテはその場から去ろうと踵を返した。それと同時にヒッポメネスは嘆息しそうになる。話しかけようとしたのに、次会う時に話しかけづらくなった。

  自分も帰ろうと振り返ろうとしたが、アタランテの動きが止まっていることに気づいた。

  アタランテが去ろうとした方向に松明を持った侍従らしき男達と、その奥にいる壮年の男がいたのだ。

 

「ほう、アタランテ。帰りが遅いと思ったが男とおったのか」

 

「…いえ。この者は森で狩りの最中に出くわした者にしか過ぎません」

 

「ほうほう、そうかそうか。別に私はそれでもよかったのだがな」

 

「……失礼します」

 

  アタランテは男の横を通って去っていく。

  背中越しから伝わる感情を殺したような声に、ヒッポメネスは視線を鋭くした。よく見れば、壮年の男のことを彼は知っている。

  アルカディア王、アタランテの父ーーーイアソス王だ。

  イアソス王は去っていくアタランテの背中をつまらなそうに見送ると、飾ったような笑顔をヒッポメネスに向けた。

 

「ふむ、君の名はなんというのだね?」

 

「…ヒッポメネスと申します。イアソス王」

 

「そうかそうか」

 

  何が面白いのか、愉しそうに笑う王の笑顔を卑しいとさえ思う。目の前の男が王で無ければ直ぐにでも立ち去りたい気分だった。

  イアソス王は笑いながらヒッポメネスに近づくと彼の肩に手を置いて言った。

 

「ーーーアタランテの夫になるつもりはないか?」

 

  驚くほどに、驚嘆という感情は湧かなかった。

  それと同時になぜアタランテが父である王から足早く去っていったのか分かった気もした。

  この男は、気色悪い。

 

「実はなここ数日間君に監視の者をつけさせて貰った」

 

「…え?」

 

「いや、なに。あのアタランテが一人の男と話しているのが気になってな。先ほども仲睦まじく狩りに出ておったところから、君ならばアタランテも競争にわざと負けてくれるのではないかと思ったのだよ」

 

  和気藹々と一人で話すイアソス王を前にして、己が監視されていたことに驚く。

  ヒッポメネスは聞きたいことが多く出てきたが、この王の前にして真っ先に聞きたいことがあった。

 

「王よ。一つ訪ねたいことがあるのですが」

 

「む?なんだ、申してみよ」

 

「なぜそれほどまでに王女の婚約を急かすのでしょうか」

 

  アタランテは婚約をすることを条件をつけてまで拒否している。そのことを父であるイアソス王が知らぬ筈がない。それを理解したうえでこの王はアタランテの伴侶を求めている。

  イアソス王の真意を知りたかった。拒絶する彼女の意思を考慮せずに行う意味をーーー

 

 

 

「男児がほしいのだよ。国を存続させるためのな」

 

 

 

「………は?」

 

「王は必ず男で無ければならぬ。だがアタランテは勿論女の身である。王を継げぬよ」

 

  男児がほしい、それは、つまりーーー

 

「アタランテには早く夫に娶ってもらい、子を成してもらわねば困る。儂も老い先短い、国がこの先も残るかどうか見極めねばならぬのでな」

 

  この男は、自分の娘をーーー

 

「ああ、勿論アタランテの子が成長するまでは夫が国を統べてもらう。だから君がアタランテの夫となってくれれば、君には王となってもらう」

 

  国を存続させるための道具としてしか見てないのだ。

 

 

 

  何もする気が起きなかった。狩りのために森へ行くのも、狩りの腕を上げるための鍛錬も、アタランテの夫が決まる競争の見学も、何も行動する気力が沸かない。

  昨夜の王との会話に、怒りを感じていた。

  怒りを感じたが、何も言い返せなかった。

  言い返せるほどの、材料がなかったのだ。

  億劫な気持ちに体を鞭打つ気分にもなれない。ただ、大地に横たわり通過する白亜の雲を見て過ごした。

 

「汝、父と話したそうだな」

 

  首を横に回すと、恋い焦がれているアタランテがいた。

  いつの間に現れたのか、驚きを隠せなかったが。表情を直ぐに納めて彼女に告げた。

 

「僕を王にしてやると言われた」

 

「そうなのか」

 

「ああ、君の父は君の子を望んでいるようだね」

 

「そのようだな」

 

「知っていたんだ」

 

「知っているからこそ拒んでいるのだ」

 

「君は…父君を愛しているのかい?」

 

「さあ、な。少なくとも再会した時には喜びを感じていたさ」

 

  味気のない会話、子を産むだけに父に求められている事実を伝えたというのに、伝えられた彼女自身は何も変わった様子がなかった。

 

「聞いていい?」

 

「なんだ」

 

「君は…父と昔からああなのかい?」

 

「…否、父がああなのは知ったばかりだ。少なくとも、そうなのだろうとは予想がつくはずだったのにな」

 

  ーーーアタランテは産まれた直後に捨てられた。

  理由は女児だったから、それだけで捨てられた。しかし彼女は月女神が恩恵を受け、雌熊に育てられた。

  成長したのちに狩人に拾われ、狩人として育った。 カリュドンの猪、アルゴー船への参加。その功績がギリシャ全体へと轟き、その噂を聞きつけた父がアタランテに会いにいき、親子の再会へと繋がってしまった。

  捨てられたのに、彼女は父との再会を純粋に喜んだ。

  父の方も喜んだーーー婚姻の材料が現れたことに。

  そう語った少女に、青年はすでに悟っているであろう真実を言葉にした。

 

「父君は、君を愛していないよ」

 

  幼い頃に父と母を亡くしたヒッポメネスでも、人が人を愛する形を知っている。

  無償の愛は報酬を求めぬ奉公であり、未来の幸福こそが報酬となる。

  娘に子を産むことだけを求める父に、愛など存在せぬと言い切った。

 

「そうだな」

 

「ならなんで逃げないんだい。逃げればこんなことに付き合わなくていいだろう」

 

  ふ、と笑われた。それは話している彼にではない。己を嘲るように笑ったのだ。

 

「なんでだろうな。父だからだろうか」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  釈然としない気持ちだ。ヒッポメネスは彼女の感情に理解しようとしたが、考えれば考えるほどに胸が重くなる。

 

  彼女は、父に愛されたかった。

 

  親がいない子どもが親を求めるのを当たり前のように。子供の頃に求めた親の愛情を求め、今も心の何処かで諦めきれない彼女がいる。

  国の存命という大義だけしか見ていない王である父でも、彼女は何処かで親の愛を見つけようとしている。

 

  ーーー答えなんて、分かっているくせに。

 

  娘に子だけしか求めていないあの男に、アタランテへの愛など皆目無いとしか思えないヒッポメネスはため息を漏らすことしかできなかった。

 

  所詮自分は親がいた子供だ。父に頭を撫でられ、母に子守唄を歌われ寝かせつけられた幸せな子供だった。親の愛情には既に満たされ、求めていない。

  無意味だと悟ったとしても、彼の言葉は彼女に届くことはないだろう。

  それが、ヒッポメネスの心を掻き乱させる。

 

「くそっ」

 

  たき火の側で肉を焼いていたが、今は食べる気分ではない。

  アタランテとの会話から数日、彼女と会うことはなかった。今日とて男達が挑み、負けては心臓を射抜かれていた。それが当たり前だと思い始めたのはきっと感覚が麻痺しているからだろう。

  夜空の月光と焚き火の光がやけに眩しく見えてしまうのは、きっと心が虚しくなっているからだろう。さっさと寝ようと敷いた布地にヒッポメネスは寝転んだ。瞼を閉じ、意識を閉ざそうとした。

 

  カサリッ。

 

  目を開けた。近くの茂みから物音がした。体を起こし、剣を構える。

 

「誰だ」

 

  獣の可能性もある。だが焚き火を燃やし、森の奥でもないこの場に獣がやってくる可能性は低い。野盗か、ヒッポメネスは目を鋭く細めて殺意を飛ばす。

  その物音の正体はすぐに姿を見せた。

 

「待て、落ち着かれよ」

 

  茂みから姿を出したのは、兵士の身なりをした男だった。手には薬草や花が詰められた袋を持ち、服についた葉をはたき落としていた。

 

「君は…」

 

  その男の顔には覚えがある。この男はヒッポメネスがイアソス王と会った時、侍従として横に引き連れていた男の内の一人だ。

 

「そなたに用があったのではない。王の命により森の奥へ赴いていたのだが道に迷い、彷徨っていたのだ。焚き火を見つけ、それを頼りに此処へ来ただけだ」

 

「そうなんですか、これは失礼を」

 

「では、これにて」

 

  ヒッポメネスは横を通り過ぎ、去っていく兵士を見送る。だが、ヒッポメネスは彼が持っていた薬草や花が詰められた袋の中身を見て、首を傾げた。

 

「あれは…」

 

  ヒッポメネスが抱いた疑問が解消されることはなく、兵士は城へ向かって消えていく。残された焚き火がパチパチと火花を上げながら燃えていく音に振り返り、ヒッポメネスは今夜の出会いをすぐに忘れた。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「今日も今日とて、変わらないねぇ…」

 

  彼がこの国に訪れてから何日が経ったのだろうか。本来ならばヒッポメネスは育った神殿へと戻り、漁師と神殿の守り手として生涯を全うしていたはずだったのだが、あの狩人に心奪われ、日に日に想いが募っていくばかりだった。

  彼の目に映るのは今日も競争に勤しむアタランテとそれに挑み敗れる男達の姿だった。結果は昨日と一昨日と変わらずアタランテの圧勝、彼女の疾走を越す勇者は本日も現れなかったようだ。

  見物と集まった民衆は本日の競争が終わったと解散していく、ヒッポメネスもまた立ち上がり、前に設置した天幕へと戻ろうとした。

 

「…イケる、かなあ?」

 

  しかし、今日は少し頑張ってみようと思った。きっかけは特にない。なんとなく、アタランテに顔を知ってもらったのだから、話しかけても大丈夫だろうと思っただけだった。

 

「…よし!」

 

  競技場から去っていく彼女の後ろ姿を視認して、ヒッポメネスは駆け出した。

 

 

 

 

「あ、あれぇ?」

 

  だがすぐに見失った。競技場に近くにある城は市街地と比べ、整地されている方であり、草木が生えていないのだがアタランテが向かったのは城から離れた森の中だ。

  すぐに追いつくと高を括っていたのだが、見つからないことに落胆を隠せなかった。

  彼女との会話のために話題を幾つか用意していたのだが、次の機会に持ち越しということだろう。

  このまま探しても自分では見つけられないだろうと、早く帰って本日の夕餉を探そうと元の道を引き返そうとした。

 

  ーーーカサ…。

 

「ん?」

 

  近くに物音を感じた。ヒッポメネスは兎か鹿かと思い、近づいた。しかし、そこに居たのは。

 

  アタランテだった。

 

「うぇ、えええええええ!?」

 

「…うるさい」

 

  首を絞められた鶏のような奇怪な叫び声をするヒッポメネスにアタランテは不機嫌になる。すぐにヒッポメネスは口を閉ざし、慌てたが前以て用意していた話題で彼女に話しかけようとして。

 

「どう…したの!?」

 

  アタランテがぐったりと木に背を預け、苦しそうに呼吸をしていた。額には大粒の汗を流し、呼吸するたびに汗が流れ落ちる。明らかに疲労している、すぐさま駆け寄ったヒッポメネスにアタランテは苦い笑いを浮かべた。

 

「何…、近頃病が風に乗ってきたと耳にしたのを聞いてな、恐らくはそれの類にかかった、だけだろう。肉を喰らい、休めばすぐに…」

 

  流行り病? 確かに市街地に行けばそんな噂話を耳にしたが、彼女はこの状態で先ほどの競争を受け入れたのか? だとすればなんという体力だ、病で疲労困憊なのにそれでも圧勝するというのは尋常ではないということがよくわかる。

 

「何言ってるんだい! とにかく、ほら! 看病するから行くよ!」

 

「助けは…」

 

「病人が何言ってるんだよ!」

 

  拒もうとするアタランテを無視して、ヒッポメネスは彼女を抱えた。アタランテが一瞬睨んだが、彼はそれに気づかない。やがて彼女は諦めたのか、されるがまま彼の指示に従った。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「よし。はい、どうぞ」

 

「…う、む」

 

  アタランテを自分の天幕へと運び、体に毛布をかけて額には濡れた布地を乗せる。冷えた水で濡らした布地はアタランテの熱した体をよく冷やし、気持ちいいのかアタランテは瞼を軽く閉じた。

 

「まったく、こんな状態になっているのに競争を拒まないなんてどうかしてるよ?」

 

「…約束だ。例外は決して、ない」

 

  父との約束。それが彼女をこんな状態でも走らせていることにヒッポメネスは少しだけ嫌悪したが、今はそれどころじゃない。とにかく看病だ。彼は今ある材料で食べやすいようにスープを作ろうと鍋の中に食材を投下していく。

 

「…明日の競争はやめるんだ。その状態のままなら、いつか負けるよ」

 

「…その時は致し方なし。病に負けた、私が弱かったのみだ」

 

「……そうかい」

 

  喉から出かけた言葉をすぐに飲み込み、違う言葉を吐く。彼女に何を言っても無駄だ。短く、親密な付き合いではない彼でもそれが分かる。いや、思い込んでいるのかもしれないが、彼女は自分で決めたことを曲げない。曲げるつもりなど一切ないのかもしれない。

 

「なら僕がさっさと治すよ」

 

「…なに? 汝は薬師なのか」

 

「違うよ。僕は魔術師だけど…と魔術師と言うのもおかしいか。まあ、肉体を治癒することが得意なんだ」

 

  そう言ってヒッポメネスはアタランテの首筋に触れた。

 

淵源=波及(セット)

 

  彼の魔力が彼女の肌を通じ、血管に染み込み全身へと伝わる。肉体及び水に通じる業は祖父より賜りし知識から派生し、魔術へと変換させたヒッポメネスにとって病の特定や治療、肉体の治癒などは得意分野である。

  触れた指先から彼女の肉体の情報を解読して、脳へと響き渡らせた。

 

「ーーーーー」

 

  得た情報から病原の特定、必要な治療方法を選択し、魔術を施工する。

 

淵源=波及(セット)

 

「…けほ」

 

  アタランテの肉体にヒッポメネスの魔力が響き、その影響で彼女の痛覚が刺激される。僅かな痛みに彼女が咳き込むが一瞬で痛みは収まった。

  治療が済み、ヒッポメネスはアタランテへと微笑んだ。

 

「これで治療は済んだよ」

 

「…これでか?」

 

「病原体を直接殺すことは難しいからね。今君の体に擬似的な合図を出し、体温を上げるようにしたからね」

 

「熱を?」

 

「人っていうのはね、体に入った病を消そうとして熱を出す体をしているんだ。今晩は少し苦しいかもしれないけど明日には完治しているはずさ」

 

  寝床に横になりながらもアタランテは納得したように頷いた。ヒッポメネスは彼女の体にかかった毛布をかけ直し、近くに水が入った桶と布を置いた。

 

「汗を大量にかくだろうから、これで体を拭いてね」

 

「すまないな…」

 

  病人は安静にね、と言葉を残しヒッポメネスは天幕から出ようとした。ここは彼の場所だが彼女がいる以上いるべきではないだろうという判断だった。

 

「待ってくれ…」

 

  垂れた幕を上げた所でアタランテに呼び止められた。

 

「顔を知ってしばらく経つが、肝心な事を忘れていた…」

 

  肝心なこと? ヒッポメネスは頭を傾げるが、その事について覚えがない。彼女は何を言いたいのだろうかと、思い。

 

「汝の名を、私は未だ知らぬ…」

 

「ありゃりゃ…」

 

  少しばかり脱力した。そう言えばそうだった。ヒッポメネスはアタランテの名前を一方的に知っていたが、彼からは一度も彼女へ名前を告げたことがない。

  名前を知らない人物にここまでして貰ったのに、名前を知らない事に気付いたのだろう。彼は苦笑しながらもアタランテへと名乗った。

 

「僕の名はヒッポメネス、祖父ポセイドンの血を引く者さ」

 

「そうか…、神の血を引く者だったか」

 

  ならば魔術を使える筈だ、と納得してアタランテは頷いた。

 

「ありがとうヒッポメネス、助かったよ」

 

「ーーーーー」

 

  屈託のない笑顔にヒッポメネスの心臓は射抜かれた。冷徹な狩人の面貌とは裏腹に嘘偽りのない感謝の言葉と笑みはそれはもう一つの芸術のような麗しさと可憐さだった。

 

「だだだだだ大丈夫だよっ!? うん、全く全然問題ないよ!?」

 

「…そうか、すまないが一晩厄介になるぞ」

 

「う、うん!僕は外にいるから何かあったら声を掛けてね!」

 

  颯爽と天幕を離れたヒッポメネスの背中を見送りながら、アタランテは小さく呟いた。

 

「ヒッポメネス、か…」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「ふう…」

 

  天幕から勢いよく出たちょっとした後、ヒッポメネスは一度大きく深呼吸した。不意打ちのような可憐な笑みに心を奪われたが、少しだけ全力疾走したら落ち着いた。

  荒れた呼吸を落ち着かせ、ヒッポメネスは顔を上げた。

 

「ーーーよし」

 

  顔を上げた先、其処は。

 

  この国ーーー牧人の国アルカディアのアルカディア王が住む城だった。

  城の前には兵士達が守りを固めており、兵士各々が鍛えられた体と軽鎧で国の守護者たる相応しき出で立ちをしていた。そんな彼等を前にしてもヒッポメネスは揺らぐことも怯えることもなかった。

 

「すいません」

 

「ん? 何かーーー」

 

  いや、それよりも寧ろ。

 

「ひぃ…っ!?」

 

  怯えることになるのは、兵士だった。

 

  城門を守る為に配備された兵士のうち一人は突然現れた訪問者の前に、情けない悲鳴を上げた。彼は国を守ろうと血が滲むような鍛錬を積み重ね、鋼のような魂を持つと自負するような人物だった。突然城に訪れたならず者ぐらい片手間で追い払えると、思っていた。

 

「アルカディア王に話がある」

 

  ーーーなのに、目の前にいる男は何なのだ。

  顔を確認した直後、震えが止まらない。ただ目の前に立つだけなのに恐怖を呼び起こされる。

 

  その男は率直に言うとーーー激怒していた。

 

  顔は色も熱もないように冷めたものに違いないのに、それに反して纏う空気の厚みと熱は何なのか。近くにいるだけで血管を逆流させられるかのような圧は何なのか。

 

  怖い、ひたすらに怖い。

  まるで嵐の前の静けさのような不穏さ。

 

  それをなぜ自分に、いや、アルカディア王へと向けられているのか。兵士たる自分はこの男を取り押さえるか、殺す必要がある。

  なのに、できない。この威圧の塊のような男に刃向かおうとする気概を持てない。震えが体を押さえつけ、喉元に刃を突き立てられているような幻覚はなんだ。

 

「ーーー聞いていますか?」

 

  勘弁してくれ、何で自分がこんな目に。

  いつまで経っても答えられない兵士に、意識が集中した。足腰が弱まり尻餅をつく。見上げ、見下ろす形が更に恐怖を煽る。

  いずれは股間から暖かい液体が流れ、涙が溢れ出てくるであろう兵士はただ黙って恐怖に怯えることしかできなかった。

 

  しかし、そこに救世主と思ってしまうほどに、頼りになる人物が現れた。

 

「ふむ?君は確か、ヒッポメネスだったかね?」

 

  この国の王、イアソス王だった。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「やあ、君が私の元に会いにくるとは驚きを隠せないな。今日は何の用だね?」

 

  アルカディアの王、イアソス。壮年の風貌に相応しく、髪には白髪が混じり、顔には木の幹の様に深い皺がなぞられている。

  城門から中庭へと場所を移し、小さな中庭にあった人間大の石に腰掛けるその姿は、不覚にもその石が玉座だと思わせる程に優雅な佇まいをしていた。

  突然の他人に近き男の来訪に驚くことも、憤ることもなく、更には兵士を下がらせて一体一でヒッポメネスと対面している。

  対面を望んだ張本人であるヒッポメネスはイアソス王を前にして、敬う態度を取ることなく、泰然と腰掛けるイアソス王の前に立っていた。

 

「前にあったのは…ふむ、数日前か、十数日前だったか。いやはや歳は取りたくないものだな。どうしても記憶が薄れていってしまい、最近のことでも思い出すのが難しくなる。仕方ないことだと分かっていても、抗いたいものだな」

 

  そう言いながら朗らかに笑う姿は好青年ならぬ好老年だった。並の女性ならこの笑みだけで心を許し、他愛ない会話を咲かせて楽しんでいただろう。

 

「おお、そういえば。あれからアタランテとはどうかね?あの娘も変わらず婚姻を避けたいみたいでね。最近は最初と比べると挑戦する若者も減ってしまって、まあ寂しいものになってしまった。そろそろ親として、安心させてもらいたいものだがーーー」

 

  それは、音もなく差し向けられていた。

 

「ーーーほう、何のつもりかな?」

 

  目の前に現れた、剣を前にしてもイアソスの顔色は変わらなかった。まるで最初から分かっていたように、突きつけられた刃に物怖じしない。

 

  剣を握り、差し向けているのは当然、ヒッポメネスである。

 

  ヒッポメネスは冷たい眼差しで、冷めた剣を握りしめ、冷えた声音で王である目の前の男へと問いかけた。

 

「何のつもりか、か。その言葉が出るのは当然でしょうが、本当にそう思っているのなら眉の一つぐらい動かしたらどうなんですか?」

 

「私も一応王でね。剣を向けられたことなど幾らでもあるのだよ。今更ながらこんな瑣末に心動かされることなどないな」

 

「ああ、そうですか。そう言うならさっさと本題に移りましょう」

 

  剣を下ろさず、未だイアソスの喉元へと突きつけられている刃は不動のまま、ヒッポメネスは侮蔑と怒りを交えた声色で呟いた。

 

 

 

「アタランテに()を忍ばせたのは貴様か」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  ヒッポメネスはアタランテの体に触れ、彼女の内部を魔術で覗いた瞬間、瞬時にアタランテの肉体を侵している異変に気づいた。

  高熱と疲労、眩暈と吐き気、この症状だけならば病に身を冒されていると考えるアタランテは何も可笑しくない。そのような症状を引き起こす病など世にごまんと存在している。ヒッポメネスも彼女は病に身を蝕まれていると思っていた。そのつもりで肉体を把握し、突然の事に顔に驚きを浮かべなかっただけでも己を褒めていいとさえ思う。

 

  彼女の肉体は、毒によりゆっくりと侵食されている。

 

  この毒は即効性ではない。ならば遅延性の毒か?

 

  それも違う。

 

 

 

  この毒は、ゆっくりと肉体に()()()()()ことにより症状を引き起こす血に、肉に、臓物に沈殿する毒だった。

 

 

 

  自然に蓄積されることは考えられにくい()()()が加えられた人工の毒物。肉体に摂取しすぎたら確実に骨の髄から肉体を腐らせて死に至らしめる悍ましき代物にヒッポメネスの心臓は一瞬に縮まった。

  アタランテの体に貯蓄した毒はまだ微量の方で、外傷の治癒を得意とする彼でもまだ対処できる段階だった。肉体の機能を活発化させ、排泄物と共に外部へ排出するように誘導したからアタランテは今夜中に毒を肉体から全て退けることはできるだろう。

 

  だが、誰がアタランテに毒を忍ばせた?

 

  彼女は森で暮らす狩人だ。毒の恐ろしさだって知っているし、そもそも毒物が含んだ食べ物を口にするとは考えにくい。

  誰かが意図的に彼女に毒を飲ませていることは確かだ。アタランテは毒ではなく病と信じている以上間違いないだろう。

 

  ヒッポメネスの思考は自然と一人の男へと辿り着きーーーそして否定した。

 

  流石にあり得ないだろう。

  確かにあの人ならば、アタランテに毒を忍ばせる動機もあるし、怪しまれずに実行できる。

  でも、それはあまりにも()()()()()()。確かに最初に会った時から彼女に求めていた物があり、気持ち悪いほどに本心を語っていた。

 

  だがーーー仮にも()()だ。

 

  …こんな、こんなことを娘にする筈がないだろう!

 

  そんな正当性を引き出しておいて、ヒッポメネスは脳裏に数日前に起きた出会いを思い出す。

  その出会いは突然で、特に変わりばえしない夜空の下で起こったことだった。

 

 

 

  ーーーあの()()()()()()()()()()()を詰めた袋を持つ兵士との出会いは。

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「不思議なこともあるもんですね。前に貴方の命で森の奥に入った兵士と、その兵士が持っていた薬草が丁度アタランテの体を苦しめている毒を作れるなんて」

 

  そう、あの時、兵士が持っていた薬草の種類を見て首を傾げたのは、あの薬草が決して薬の材料になることはなく、人の命を奪う為の毒薬の材料だけを集めていたからだった。

  自分には関係ないことだと無視したが、あの材料でできる毒薬がアタランテを苦しませているのなら見逃すことなどできる筈がない。

 

  あの毒薬を持って帰るように指示したのはイアソス王。そしてもし狩人であり武人である彼女に、気づかれず、悟らせず、病であると錯覚させるほどにゆっくりと時間をかけて毒を忍ばせることが可能なのは。

 

  この世に父親であるイアソス王以外にあり得ない。

 

「…ふむ。なるほどなるほど」

 

  その当の本人はヒッポメネスから伝えられた毒の話を無言で聞き、聞き終わった直後納得したように頷いた。

 

「確かに、もしアタランテに毒を忍ばせられるとしたら私ぐらいだろうね」

 

「認めるんですか?」

 

「認めるも何もーーー」

 

 

 

「私以外に毒を忍ばせる者などいないだろう?」

 

 

 

  剣を振り上げなかっただけでも、上等だったと思う。

  代わりにイアソス王の服を掴み上げた。痩せて肉が少ない体は軽々と持ち上がる。

 

「貴様正気か!!」

 

  普段の丁寧で語尾が伸びた口調など吹き飛び、荒々しい言葉遣いで国王へ怒気を浴びせる。王を掴み上げる真逆の拳が常に握りしめられ、いつ飛び出すかも分からない。

 

「お前は父親だろう!!なぜ娘にそのような仕打ち、いや、そこまでも外道に堕ちれる!?」

 

  娘に婚姻を強要し、命を落とす危険もある毒を忍ばせてまで娘を負かしーーー娘の子を望む。

  その行動に、思惑にヒッポメネスは吐き気すら感じる。まるで人を人と思わないその所業に殺意すら覚える。

 

「なぜだ!! なぜそこまでして彼女を負かそうとさせる!!」

 

「言っただろう? 国を存続させる為に、男児が必要だと」

 

「ふざ、けるなぁ!!」

 

  イアソスを地面へと投げ飛ばす。強く地面へと叩き落とされたイアソスは短い苦悶の声を上げたが、服についた泥を手で叩き落としながらゆっくりと立ち上がった。

 

「ふう、乱暴だな。もしかしたら私は君の義父となるのだぞ? 父に敬意を示すよう母君に教えられなかったのかな?」

 

「黙れ! 貴様の息子など御免だ!」

 

「ならば、アタランテは不要と?」

 

  アタランテ。麗しき女性の名に一瞬だけヒッポメネスの肩は揺れた。

  そして、その動揺を決して彼女の父は見逃さなかった。

 

「ーーーやはり惚れているな? アタランテに」

 

  くつくつと心底面白そうに、愉快そうにーーー思惑通りになったと言わんばかりにイアソス王は笑う。

 

「…お前には関係ない」

 

「いやいや、そんな冷たいことを言わんでくれヒッポメネス君。私は嬉しいよ、君のような優しそうな男が娘に惚れてくれたことに」

 

「黙れ」

 

「アタランテに挑んだ男達は殆どがアタランテの美貌に酔い、目が眩んで命を落とした。だが君だ。君だけなんだよ。アタランテに純粋に、ひたすら心を奪われている男は」

 

「黙れと言った」

 

「どうだろう? このまま()()()いったら君もアタランテに勝てる。そしたら君は栄えあるアルカディアの玉座に、次代の王に、何よりもアタランテを」

 

「黙れぇ!!!」

 

  一喝。ヒッポメネスの怒りの叫びに、イアソス王は口を閉ざした。辺りに静寂が訪れ、遠くの兵士達の鍛錬の掛け声が、小鳥の囀りが遠くから聞こえてくる。

  ヒッポメネスは乱れた息を整え、イアソスに背を向けた。

 

「アタランテに真実を伝える。それで貴方の思惑は破綻だ」

 

  それだけを伝え、ヒッポメネスは自身の天幕の所へ、眠るアタランテの元へ向かおうとした。

  イアソスがどれだけ陰謀を思いつこうとも、明白にされてしまっては意味はない。流石のアタランテも父の所業に婚姻の条件である競争も辞退するだろう。

  ヒッポメネスはいち早く帰ろうと走ろうとした。

 

「今から…大体五日ぐらい前かな?」

 

  唐突に始まったイアソスの語りに足を止めようとしたが、構わず歩き出す。

 

「私はね、アタランテを食事に誘ったのだよ」

 

  だが、そんな不退転の思いもすぐに砕け散ってしまった。

 

「なに、理由は娘と食事をしたいという適当なものだった。断られてしまったらもう少し考えた理由をつけようとしたがアタランテはあっさり私の誘いに乗ってくれてね」

 

「アタランテはぶっきらぼうに答えたが、嬉しそうに私と食事を取ってくれたよ。食事の内容は…私が狩りで取ってきた獲物を、私自ら調理したものだった」

 

「獲物は大層痩せてて、身も少なかった。あまり満腹にはならないものだったが…娘は文句を言いながらも食べてくれたよ」

 

「その次の日はアタランテが狩りで取ってきてくれた。調理もアタランテがしてくれてね。それは美味しいものだった。狩りのコツや弓の弾き方、そんなことを語ってくれながら一緒に食事を取ったよ」

 

「その次の日は、一緒に狩りに行ったな。いやはや、流石カリュドンの大猪に一矢を与えただけある。長く狩りをしてきた私も、娘の実力の前では赤子にも等しい」

 

「アタランテはあの冷徹な美貌で純潔の狩人だと持て囃されてはいるが、愛に飢えた幼子のようなものだったよ」

 

「遥か昔に捨てたこの父を今も尚父と慕ってくれる。それはとても嬉しいことだよ」

 

 

 

 

 

「全ての食事に私が一滴の毒を落としている事も、毒の入った酒も、疑わず腹に収めてくれるのだから」

 

 

 

  一度収めた剣を再び引き抜き、振り返っては全力で走り出した。

  ただその男に怒りも侮蔑も超え、一見純粋とも見える殺意と衝動だけで突き動かされる。

  剣は小剣で握りしめられ、天へ伸びるように振り上げられて。力強く振り落とされる軌跡は躊躇いなく外道の首をーーー

 

「殺すか? アタランテの父を」

 

  落とす、ことは無かった。

  ほんの僅かな隙間が首と刃に挟まれていた。この隙間が埋められることがあればヒッポメネスの体に赤い飛沫が舞うことになるが、震える刃がそれはないと告げている。

 

「唯一の肉親を、娘が望むものを唯一与えられる存在を、冷え荒む彼女の心を癒す者を殺せるか? 君に」

 

  アタランテがこの世で最も望むもの。それは愛。捨てられた寂しさと孤独を埋めてくれる温もりを、捨てられた筈の父に求めている。

  それをヒッポメネスは知っている。強引な婚姻も、イアソスが父であるからこそ条件を付けてでも従っている。

  そしてそれを、この、毒を盛ってまで彼女に子を産ませようとするイアソスも知っていた。

 

「もし、アタランテが実の父に毒を盛られていたと知れば、どう思うだろうね」

 

  絶望、もしかしたら殺意かもしれない。怒りに身を任せ、イアソスを殺すことがあれば。アタランテは親殺しの罪を背負うことになるだろう。

  いや、それを彼女が気にすることはないだろう。彼女に最も大事なのは、

 

  父に裏切られたということだ。

 

「…そんなの、脅しにならない!!」

 

「ああ、脅しにならないと私も思うよ。だが、脅しになっているだろう?」

 

  笑みは変わらない。最初会った時も、再開した時も、投げ飛ばされた後も笑みは変わらず、薄い笑み。

  だからこそ、気持ち悪い。酷く淡々とこちらを嘲笑っているように嗤うこの男に吐き気を覚えるしかない。

 

「本当に嬉しいよ。アタランテのことをこんなに()()()男が好きになってくれて、父として嬉しいと思う以外にないよ」

 

  ヒッポメネスが真実を語ればアタランテは裏切りに深く悲しみ心に傷を負う、ここでヒッポメネスが怒りのままイアソスを殺してもアタランテは悲しみ傷を負う。

  もしヒッポメネスがもっと傲慢で、自信家だったら『それでもアタランテを幸せにしてみせよう』とイアソスを斬り捨てて、彼女に真実を伝えれただろう。

 

  だが、ヒッポメネスは刃を止めてしまった。怒りに身を任せて振り上げた剣を、父という言葉に理性が働き、想像をかき立てた。

 

  ーーー父を失い、泣き腫らす愛しき狩人の姿を。

 

 

 

「…ぜ」

 

「うん?」

 

「なぜそこまで、アタランテの子を望む」

 

  悔しさに唇を噛み締め、震える刃を下ろせないヒッポメネスは最初の疑問を問いにして投げた。イアソスはただ、変わらずに薄ら笑いで告げる。

 

「君はこのアルカディアの歴史を、先代の王達の名を知っているかね?」

 

  アルカディアの祖、ゼウスの子にして星座となったアルカス。そのアルカスの血筋を辿りアルカディアとなる国に地上最初の都市を建設し、神の怒りを買い狼となったリュカオン。イアソスの父にして、王殺しを成したリュクルゴス。

  数多の偉業がこの地で打ち立てられ、神の名が色濃く残る牧人の楽園の王達は、まさしく英雄達だった。

 

「私の祖先、父達はそれはもうまさしく英雄であり、王だった。その英雄達が王として振る舞い、この国に永き時を渡り平和と栄誉を国民達に与え続けてきた。子供の頃に父からその逸話を聴き続けさせられた私は、当然、その血筋であることに光栄に感じた。私もその様にならなければ、私の子供達に誇れる様な男にならなければ。そう思い鍛錬に励んだがーーー私は、凡俗だった」

 

  その瞬間、笑みは崩れた。今までの得体の知れない微笑みが崩れ去り、本性が露わとなる。

 

「それを気づいた時、私は愕然とした!! 父が、祖父が、そのまた父が英雄なのに!! 私は英雄となれる素質を持っていなかった!! どれほどの絶望だったと思う!? 正統な血筋を継いでいたのに武も知も平凡で、そして英雄となれる機会など一切起こらず、ただ王という座に座り続けるだけの凡骨だということはーーーどれほどの苦痛を齎すかを!!?」

 

  凡骨、平凡、凡俗。自らをそう称するイアソスは、英雄ではなかった。怪物を殺す力も無ければ、困難を凌駕する程の知謀も持たず、しかして英雄となるべき舞台も用意されなかった。

 

  ーーー英雄になりたかった。アルカディア王の血筋として

 

  その血を吐き散らすほどの苦痛が言葉にせずとも伝わる。先程怒りだけで兵士を圧したヒッポメネスも、イアソスの威圧に一歩引き下がる。

 

「どれほど待っても! どれほどの血の滲む思いをしようとも! 私は英雄となれない!! 決してだ! その才能も運命も私には用意されない!

 

  それを悟った時、私はようやく王としての自分の使命を果たそうと決めたのだ」

 

  そして怒りが収まりーーーヒッポメネスもまた理解した。

  なんでイアソスの笑みがあんなにも気味が悪く、笑みを保ち続けられるのか。

 

  諦観と達観。

 

  いわば悟りだったのだろう。己の運命、宿命を勝手に確定させて国の為に生きようと決めた、哀れで、壊れた、王という舞台装置と成ろうとした者。

 

  その者の笑みは人に向けたものではない。

 

  国を機能させるために必要な、歯車という()を見る目だったから、心を許せなかったのだ。

 

「次代の王の、英雄の為の土台とだろう。英雄の父、英雄を産み出した者ならば私もかつての王達に恥じない偉業を果たす事ができる。そうやって私は妻を娶り、子を産ませた」

 

  そうして生まれたのが女児だった。

  最初はただ落胆し、森へ捨てさせた。英雄となる子は一人でいい、余計な存在は才を食い潰す原因となるかもしれない。女児の母は騒いだが関係ない。

  男児を、力強く賢智に溢れた才児を。しかし、悲しいことに女児を境にそれ以上子が恵まれる事がなかった。

  どうするべきか、神に祈るか、それとも遠縁の子を攫い父と偽るか。

 

  悩みに悩んだイアソスが歳を老い、子を継がせるための肉体として無理が生じてきた時ーーー捨てた筈の女児が、英雄となって現れた。

 

「…まさに、神からのお恵み。諦めかけた私に名も知れぬ神が与えてくださった恩赦だった。彼女の逸話を聞いた時、年甲斐もなくはしゃいだよ。アタランテの心躍る冒険譚にはーーーだからこそ、彼女には次なる英雄を産んでもらわなければね?」

 

  英雄が産まれた。ならば、次の英雄を。アルカディアの王を生み出さなければ。

  王の務めとして、王の娘にはアルカディアを継いでもらう息子を産んでもらわなければ。女王など認められない。王は男であるべき、今までもそうだった様にこれからも。

 

  だからイアソスは画策する。婚姻を拒絶するアタランテを組み伏せ、時代を継いでもらう。

  己の唯一の神話を築き、アルカディアの王という責務を果たすために。

 

「…巫山戯ている」

 

「そう巫山戯ている。私がどれほど血が冷えているなど分かっている。若き頃の私ならば、老いた私を殺していただろうね」

 

  もう何も感じない。非道だと、外道だと罵られても心は揺れない。何故ならば…その生き方を選び、それが正しいのだと決めつけたから。イアソスは殺されぬ限り、このやり方を止めない。自分の唯一性を守り続けるために。

 

「さて、ヒッポメネス君。長らく語ったが…君はどうするのかね? 娘の為と私を斬るのも良し。君には惚れた女を守るという思いがある、それは重々理解した。

 

  だがそれはアタランテから父を奪いーーーアルカディアの歴史に終止符を打つということだ。

 

  君にはできるか?

 

  王達が築き上げた歴史、栄えある功績に泥を塗りたくる勇気があるか?

 

  一人の女の為に、国民の平和を維持する王の命を絶つことができるのか?

 

  さあ、答え給えヒッポメネス。

 

  君には、一つの国を背負うことができるのか」

 

「ーーー」

 

  ヒッポメネスは剣を握りしめる。皮膚の色が赤から白へと変わり、指の隙間から血が滴り落ち、垂れた血筋が手首から腕を添って、地面へと落ちた瞬間ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでいい。当然の選択だ」

 

  剣は、柄に血が染み込んだ剣は、気がつけば地面へと突き刺さっていた。

  いつの間にーーーそう言葉にしようとしたが、その前に肩にイアソスの、王の手が乗せられていた。

  変わらぬ薄い笑みはヒッポメネスの瞳に映る。

 

「私は諦めない。アタランテが負けて、君の妻となる日まで。君も理解してくれればいいんだが…納得がいかないだろう。でも、それでいい。悪いのは全て私だ。悪いのは全て私だと納得すればいい。そして、納得した時には…君の腕にはアタランテがいることを約束しよう」

 

  違う。剣を落としたのは、そういう意味じゃない。

  王はそれを見越した上か、有無を言わせずに肩に置いていた手に力を込めている。

  反論しようにも、上手く口が動かない。何故だ、何故だ何故だ何故なんだ。

 

「では、失礼しよう。アタランテの毒は君が消したのだろう? 手はまだ幾らでもあるからね。君はアタランテとの仲を深め、夫婦となる準備をしておいてくれ」

 

「……待って、くれ」

 

  そうして去ろうとするイアソスに、ヒッポメネスはやっと口を開けた。

  何か、と目で訴えるイアソスにヒッポメネスは…何を聞こうかと迷った。

  考えて、考えて、考えて聞くべきことは……。

 

「なぜ、僕なんだ…?」

 

  ここまでの真意をなぜ話す。なぜアタランテと自分をくっつけようとする。他の男もいた筈だ。なのに、イアソス王は自分を優遇しようと動こうとする。剣を向けた時、兵士を呼ぶこともできた。なのに、なぜ、自分を助けようとする。

 

「…ふむ。ここまで来て嘘は通じないから語るとしよう」

 

 

 

 

 

「特に意味はない。誰でもよかったのだよ」

 

 

 

 

「……………は?」

 

「だから意味はないのだよ」

 

 

 

 

 

「本当に誰でもよかったのだよ。英雄はアタランテが成った。夫となる男はどんな凡俗でも、英傑でも、下劣でも……誰でもよかった。ただアタランテの近くにいたのは君だった。だから君に()()。ただ、それだけだよ」

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

「……ヒッポメネス、か?」

 

  天幕へと帰ってきた時、外にいるものの気配を感じ取ったアタランテは天幕の主の名を告げる。その声は昼間の苦しげなものではなく、いつもの彼女らしい声音に戻っていた。

 

「ああ、うん、ただいま。調子はどう?」

 

「ああ、お陰で快活だ。明日にはまた申し出を受けれるだろう」

 

「そう」

 

  ヒッポメネスは天幕の近くに腰を下ろした。中に入る気は起きなかった。というより入れなかった。

  天幕の中で火を点けている所為でアタランテの影が天幕に映り出されている。どうやらアタランテは体を拭いているのか、彼女の艶かしい体のラインが影に映し出されていた。

  大きくないが小さくない乳房に、細くともしっかりとした筋肉がついた腰。長い髪がハラリと動き、余計に扇情的に見える。

  ヒッポメネスは天幕を背にして座る。彼の耳には衣擦れの音が入るが、彼は黙って地面を見下ろす。

 

「悪いな」

 

「んー?」

 

「汝の天幕だと言うのに私が使うことになってしまって」

 

「構わないさ。………病人に、優先すべきだよ」

 

「そうか」

 

  何度か衣擦れの音がし、そして羽織るような音がした。ヒッポメネスが少しだけ天幕の方を見ると、艶かしい姿はなく、座るアタランテの影が映っていた。

 

「入っていいぞ?」

 

「…いいよ。今日は暖かい。外で寝ても問題ないだろうから」

 

「いや、快復した以上私の寝床へ帰ろうと思うのだが…」

 

「…ああ、かもね。だけど僕が君を診た以上、異変がないように最後まで診るべきかと、思ってね」

 

「…なるほど」

 

  項垂れるように座るヒッポメネスの横顔に僅かな光が当たる。薄い光に目を細め見てみると、天幕の垂れ布が開かれて、そこからアタランテが天幕から出てきていた。

 

「なら、すまぬが今日は此処に厄介となろう」

 

「……え、いいのかい?」

 

「汝が申したことだろう」

 

  そう言って、アタランテはヒッポメネスの横へ座った。

 

 

 

 

 

  燦々と輝く星々は散りばめられてはいるものの、集めれば陽光にも負けぬ輝きがある。

  それを言ったのは誰だったのだろうかと、ヒッポメネスはアタランテと共に見上げる夜空を眺めながら思った。

  雲ひとつない空には月が浮かび、夜の闇を裂いて地上に灯りを与えてくれている。焚き火を点けていないのにアタランテの横顔が見えるのは月のお陰だろう。

 

「お祈りかい?」

 

「ああ」

 

  手を合わせ、空へ拝む。円を描く空の大地、太陽と対なる夜の象徴。月に向かってアタランテは信仰を捧げている。

 

「何を願ったか聞いていい?」

 

「願いか。そうだな、特に願いはないのだが感謝を。感謝を捧げている」

 

「感謝、かぁ」

 

  ーーー親に捨てられ、アルテミス様に救われた。

  前に聞いた昔話に胸が痛めつけられる気がした。だが、それはヒッポメネスの痛みではない。アタランテの痛みだ。ヒッポメネスはただ、痛みを想像しているにすぎない。

 

「前に君に『父君は君を愛していない』って言ったことを覚えている?」

 

「そんなことを言っていたな」

 

  思い出したのかアタランテは悲痛か、それとも自嘲か、どちらとも言える笑みを浮かべた。

 

「絶対、君は…父君に愛されていない」

 

「はっきりと言うのだな」

 

「・・・・・」

 

  ヒッポメネスはただ、自身の思いを告げた。告げたのだが、その次に何を言っていいのか分からなかった。具体性もなく、抽象的な言葉が口の中で転がり続ける。

 

「とにかく、もういいだろう。君は…いいんだよ」

 

「…はあ、さっきから何なのだ。意味が分からない」

 

 

  ーーー僕だって、分からないさ

 

 

「父に何か言われたのか?」

 

「…違う」

 

「そうか、言われたか」

 

「…違うって」

 

「何を言われたのかは知らんが、止めておけ」

 

「違うって!!」

 

 

  ーーー違う。言われただろう。さっさと話せ。

 

 

 

 

 

 

「汝は私に勝てない」

 

 

 

 

  ヒッポメネスは平穏である。それはもう、ひたすらに穏やかだった。

 

 

 

「もし汝が私を求めているのならば、やめておけ」

 

 

 

  気性が荒いと、好色であると逸話に残る海神ポセイドンの血筋としては考えられない程に平穏で一途だった。

 

 

 

「無駄死にになるだけだ」

 

 

 

  平穏ゆえに物事を正しく見定める。どちらかに加担することもなく公平な判断を下せる。偏見さえもそういう考えもあると納得できる。

  言葉の真意も汲み取れるだろう。

 

 

 

「汝に相応しき者がいる。決して私ではない。汝には汝の事を思う者がいずれ現れるさ」

 

 

 

  ーーー殺したくない

 

  アタランテは少なくともヒッポメネスの事をそう思っていた。今まで出会ってきた男達は皆、乱暴で粗野だった。必要以上の暴虐を振るう者もいたし、好色で強欲な者もいた。そういった輩に嫌悪しつつも、許容し友人となった者もいる。

  一人だけ珍しく穏やかな男とも友人となったが、それ以上に平穏が似合う男と出会った。

  陽だまりの中で眠る、幸せそうな笑みを浮かべ鼻唄を歌うのが様になるような優しげな男。

 

  名をヒッポメネス。

 

  惚れるような事はないが、好感なことには変わりない。会ってから間抜けなところを多く見かけたが、それでも見ていて飽きぬ男だった。

 

  また、この男も私を狙っている。

 

  培ってきた経験からそれを漠然と察したアタランテは忠言する。

  私のような女を選ぶな、挑戦するな、願わくばその雰囲気に似合うような生き方をしてほしい。

  魔猪狩りの終結から男に近づいてほしくなかったアタランテにとって、生きてほしいと思った男は稀有に違いなかった。

  競争を挑まれれば、必ず私が勝つ。どのような手段だろうと私が勝ち……ヒッポメネスを殺さねばならない。

 

 

 

「私に挑むなヒッポメネス。お前は此処にいていい男ではない」

 

 

 

  ーーーどうか幸せに。私じゃない誰かを幸せに。

  彼女が言葉の裏に込めた思いは彼女の顔を見て、少し考えれば分かることだった。冷徹な狩人ができる最大の思いやり。それを贈られたヒッポメネスは短い期間でそれほどの関係を築けられたのだろう。此処から先、どのような言葉が、どのような行動が彼女の心を動かし、救いを与えられるか。平穏なヒッポメネスならば理解できただろう。

 

 

 

  ーーー普段の彼ならば

 

 

 

「おい、ヒッポメネス!?」

 

  おもむろに立ち上がり、名を呼ばれた彼は駆け出した。月の光も届かない森の奥へと走り出した。唖然となったアタランテは彼の背中を見送ることしかできず、去っていった彼の足音はすぐに消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  あぁ。

 

 

 

  あぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

  足を茂みに引っ掛けて惨めに転び、肩に枝が当たっては転がり、石を飛び越えた先にあった溝に嵌っては転げた。

  何度も無様に転び、立ち上がっては走り出す。痛みなど感じない。感じる余裕なんてない。ただ叫び、走らなければ正気が保てなかった。

  いや、正気などなかった。正気がないと理解できる理性を保てないから叫び走っている。

 

 

 

『誰でもよかった』

 

 

 

『無駄死にになるだけだ』

 

 

 

『汝は私に勝てない』

 

 

 

『特に意味はない』

 

 

 

  誰でもよかったわけではなかった。そんなわけなかった。いい気になっていたわけではない。彼女と出会い、話し、距離を縮められたのは間違いなく嬉しかった。

 

  でもあの男が、イアソス王が現れ、アタランテが僅かに語ってくれた過去と思い出ーーー心の何処かで、僕じゃなければならないと思っていたのかもしれない。

 

  彼女の事が分かってあげれるのは僕だけだって、救えるのは僕だけだって。だからこそイアソス王は僕に近づいた。アタランテの唯一である僕を唆し、企み通りにする。

 

  でもそんな甘い幻想なんて何処にもなく、僕はただ、彼女の近くにいただけの()()()に過ぎなかった。

 

  悔しい、悔しい、悔しくて悲しい。

  なんでこんな思いを、こんな無様なことになっているのだろうか。

  彼女に恋して、知りたくて知ってほしくて、でも僕じゃなかった。

 

 

 

『私は私より速い者と婚姻しよう』

 

 

 

  彼女を本当に救えるのは彼女が求む者、それは彼女より疾き英傑のみ。風より早く、風となれる人々の理想を形とした男だけだった。

 

  僕ではない、僕では決してなかった。

 

 

 

「あ、ああああああ!!!」

 

 

 

  ヒッポメネスは英雄ではない。英雄という益荒男ではなく、海辺で漁と知識を養ったものにしか過ぎない。

  足は疾いが探せば幾らでもいる程度で、弓の腕なんか壊滅的、殺し合いの経験なんて殆どなく英雄とは程遠い、神の血を引くだけの平凡な男。

 

  それが現実だった。

 

  覆せそうにもない自分だった。

 

  王の策略を口にして、彼女を傷つける勇気があれば何かが変わったのかもしれない。外道を斬り伏せ、その上で彼女を包み込む器があれば英雄となれたかもしれない。

 

  何もかも足りなく、思えば思うほどに足が竦み口が震える臆病者の自分に嫌気がさす。

 

「あ、ああ…」

 

  何処まで走ったのか、何時まで叫び続けたかなど分からない。気がつけば森を越えて、平原にただ一人蹲っていた。赤子のように、闇に怯える幼子のように両腕で体を抱いて泣いていた。

 

「僕は、僕はっ…」

 

  この先、どうすればいいか分からなかった。

  王の手から彼女を守り続けるのか。それとも彼女の身が壊れる前に彼女を救い出す英雄を探すのか。

  それとも、自分が彼女の望み通りの救い手になるのか。

 

「無理に、決まっているだろう…」

 

  何度も見た。彼女が走る姿を熱を込めた視線で何度も焼きつけた。だから分かる。同時に走りだした瞬間、最初は自分が勝っていると思い、すぐに抜かれて先に待ち受けるアタランテに胸を貫かれている。

  死ぬのは怖くない。怖いのは…何もできず、無意味なままで彼女の行く末を見続けること。

 

「誰か…」

 

  王になりたくない。名誉もいらない。国なんてほしくもない。

  ただ一つの望みはーーー

 

「…助けて」

 

  ーーーアタランテがほしい

 

 

 

  その願いは、届いた。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

  その日のことを、今でも覚えている

 

 

 

「汝か」

 

 

 

  あれは喉が焼けるような熱い日だったことを

 

 

 

「宣告したのに、それでも挑むか」

 

 

 

  あまりに明るい日差しのせいで彼女の顔がよく見えなかったことを覚えている

 

 

 

「……愚か者め」

 

 

 

 

 

 

  僕が過ちを犯したあの日のことを、今でも覚えている。

 

 

 

 

 

  語ることは特に無い。

  全ての逸話の通りに物事は進んだ。

  ヒッポメネスは女神より賜りし秘宝を手に、彼女の前へと現れた。

  美の女神より授けられた秘宝、不死の果実と名高き『黄金の林檎』を三つも渡された。

 

  ヒッポメネスはそれを使い、アタランテへと挑んだ。

 

  相手に必ず先に走らせて、次に自分が走り出すアタランテの行動は何ら変わらなかった。

  例え相手が数日に渡って知り合った知り合いでも、彼女は容赦しなかった。淡々と仕事をこなし、先に終着点へと辿り着いて弓を引く。矢を放ち、心の臓を貫く。

  いつも通りになるはずだった。

 

  だが、ならなかった。

 

  ヒッポメネスは追ってくるアタランテへ黄金の林檎を投げた。

 

  あまりにも美しく、魅力に魔力を撒き散らし、本能を掻き立てるその秘宝は獣である彼女の理性を揺るがした。

  強靭な精神で立て直すも、もう一つ、さらに一つと黄金の林檎は投げられた。

  全ての誘惑を振り払い、彼女は走ることを止めなかった。

 

  走り、走り、走りーーー

 

 

 

 

 

  彼女は初めての敗北を突きつけられた。

 

 

 

  そして、妻となった。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  全てが終わった後に夢から醒めたような、泥から這い出たような重みが頭から爪先に駆け巡った。

  耳にするのは喝采と罵声。声援が地面と空気を揺るがせ、彼はただ立ち尽くした。

 

「見事!! おお、見事だヒッポメネス君!!」

 

  誰よりも喜び、立ち尽くす彼に喝采を贈るのはアルカディア王のイアソス。用意されていた椅子から立ち上がり、大股で彼へと近づき力強く肩を叩いた。

 

「まさか、あのような手を使うとは! 私も予想できていなかった!! ああ、この驚愕は言葉にはできないよ」

 

  まるで自分が自分ではなかった。自分自身の感覚を絵と見立て、それを眺めている自分がいるような疎外感を覚える。

  肩を叩かれる衝撃も、肌を刺す日光も、耳に入る歓声と罵倒にも何も入らなかった。

  卑怯者、卑劣、それでも男かと自分を揶揄する男達の声がする。

 

「ええい黙れ! 衛兵、民衆を黙らせよ! 知恵も回せず、然りとて挑むこともできぬ臆病者達めが!! これから我が息子となる者を嘲る発言は許さん!!」

 

  むすこ、ムスコ、息子ーーー

  漸く、彼は全てを悟ることができた。

  そう、そうだった。彼は挑んだんだ。あの純潔の狩人に。

 

  彼は振り返る。

 

 

 

  振り返ってーーー

 

 

 

「…っ、あ、あぁ」

 

 

 

  自分の愚かさも、漸く悟った。

 

 

 

  アタランテを救うならば、言葉と時間が必要だった。

  それは特別なことでは無い。男女の仲を築くには英雄譚が必要か? それを問われれば、否と答えよう。

  わざわざ仰々しく回りくどい手段を用いなくても、人は人を愛し、次代を紡ぐことができてきた。

 

  アタランテもそうだったのかもしれない。彼女の境遇はそれは酷かったのかもしれない。彼女が中心となった諍いがあったこともあったが、それは全て彼女の所為であったわけではない。

  アタランテは美しい。美しいだけなのだ。神域の弓術があり、狩人でもあり、英雄でもあるのだが。

 

  それでも一人の女性なのだ。

 

  女を口説くのは難しい。それでも無理難題ではない。

 

  言葉と時間と出会いを幾度となく伝え、思いの丈をぶつけて、同じ思いを共感して、何度も何度も当たり前の日々を共有していけばーーー暴虐でも粗忽でもない、平穏な彼だったならば『もしかしたら』が、あったかもしれない。

 

  それに彼は気づいていた。彼女が最も望むものを、欲していたものを知っていた。

 

  なのにーーー選択を誤った。

 

 

 

「さあアタランテ。お前は負け、ヒッポメネス君は勝った」

 

  やめろ。

 

「条件は満たした。どのような手段だろうと、負けは負け、勝利は勝利だ。彼は…お前よりも速い。それは先ほどをもって証明された。何か反論はあるかね?」

 

  やめてくれ、お前が僕に近づくな横に立つな。

 

「ああ、ヒッポメネス君。本当によくやってくれた。これで約束通り、君をこの国の王とし…」

 

  やめて、くれ。

 

「娘は、君の物だ」

 

 

 

 

 

「ーーーああ、約束だ。認めよう」

 

  ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

「ヒッポメネス、お前は私に勝利した。だから…」

 

  卑劣で、優柔不断で、臆病者で、最低な男でごめんなさい。だからどうか、お願いだからーーー

 

 

 

「お前は私の夫だ。私は、お前の物だよヒッポメネス」

 

 

 

  そんな、全てを諦めたような顔で僕を見ないでくれ

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

  何をどうしても、取り返しがつかない。

  欲望に負けた、悔しさに報いたかった、どうしても特別に成りたくて、何よりもアタランテがほしかった。

  弁明がしようにもないほど、僕はかつて彼女に挑み命を散っていった男達と同じだった。彼女の美貌に呼び寄せられ、そして欲しては挑んだ。此処までは死んでいった者達と同じだったが、僕は違った。

 

  僕は神に祝福された。祝福され、勝つ手段を与えられた。

 

  僕自身の力ではなく、神により齎された勝利。

 

  聞こえはいいが僕が成したことは何一つない、神の助力無ければ僕は彼らと同じ末路を辿っていた。神に感謝すべきなのだが、僕は祈る気力も湧かなかった。

 

 

 

  僕はイアソス王と同じだった。

 

 

 

  イアソスは英雄になりたかった。だが、なれなかった。成れなかったから英雄の父として名を残し、そして次代の英雄の為に王として娘に子を産むよう指示したのだ。

  ヒッポメネスも英雄になりたかった。イアソスと違い、憧憬ではなく、アタランテを救う為には英雄という存在が必要だと気づき、英雄ではない自分に絶望し、英雄を望んだ。

 

  ヒッポメネスは神より賜りし秘宝を手にした瞬間、アタランテの思いなど頭から消え去り、彼女を手にせんと競争へと臨んだ。

 

  結果どうだったか?

  アタランテの目からしたら、ヒッポメネスはどういう男に映ったか。

  自身の父と供託し、自分に近づいて、自分を負かした卑劣な男。彼女が少しでも彼のことを信じ、好感を抱いていたのなら、それは間違いなく裏切りだろう。

 

  ヒッポメネスは間違えた。

 

  アタランテを救いたかったのなら、こんな手段に頼ることなく、ただ言葉と誠意を尽くして彼女の手を引けばよかったのだ。

  それをできなかったのは彼自身の臆病さと甘さが原因だった。いや、今更こんな言い訳を並べようとも言えることは一つしかない。

 

 

 

  ヒッポメネスは裏切った。アタランテの信頼を全て、自身の手で引き裂いた。

 

 

 

  彼の言葉は彼女に届かず、彼女も彼の言葉を信じない。そんな関係を自ら打ち付けてしまった。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  広々と続く石造りの廊下で夜空を見上げていた。いや、見上げていたと言うよりも見る物がそれしかなくて、ただ眺めていただけに過ぎないが。

 

「ヒッポメネス様」

 

  後ろからかけられた声に振り向くと、城で働く侍女がヒッポメネスに向かってお辞儀していた。

 

「寝床の用意はできました。姫様がお待ちです。どうぞ、お部屋へ」

 

「…ああ、向かうよ」

 

  もう一度お辞儀をすると廊下の先へと侍女は去っていった。

  ここはアルカディアの城。アルカディアの王達が代々此処で過ごし、生活してきた。その場所に住む一員として正式に認められたヒッポメネスは明日からこの城の『主』となる。

  アタランテとの競争に勝利し、その日の内に婚礼の宴が催された。盛大に酒と食事が振る舞われ、国を挙げての祝い事は町中を明るくした。

 

  花嫁と花婿は、終始口を開かなかったが。

 

  宴は終わり訪れた夜はあまりにも静かだったが、花婿達にはまだやらなければならない婚礼の『儀式』があった。

  これは宴よりもイアソスが力強く押していた。

 

  つまるところ、()()である。

 

  夫婦となった二人が夜を共にすることに問題はない。とても自然なことで、イアソスが告げなくても流れでそこに辿り着くだろう。

 

「・・・・・」

 

  ヒッポメネスは歩き出す。遅く重い足取りで、幽界へと赴くように歩き出した。

 

 

 

 

 

  不自然に香る花の香りは恐らく雰囲気を出すためなのだろう。蝋燭に灯された火だけが暖かに部屋を照らし出し、純白の布が光るように見えてしまう。

  純白の絹が敷かれた寝台にはーーーアタランテが座っていた。薄い寝巻きに体を包み、湯浴みで体を洗わされたのか髪も肌もより美しく、艶やかに潤っていた。

 

  部屋の中にはヒッポメネスとアタランテの二人だけ。二人だけの空間が広々とし、互いの存在を小さく追いやっているようだった。

 

  美女と二人きりの空間で並の男なら息を乱し、心臓の脈が早く波打っていただろう。

  だが此処にいる男であるヒッポメネスはーーー不思議なほどに何も感じなかった。麗しい狩人の薄着姿に顔を紅潮させることもなくただ、静かにアタランテへと近づいた。

  近づいていくたびに視界を埋める彼女の姿は、白く無味に見えた。あれだけ心動かされ、嘆き叫んだのに今ではどうでもよくなるほどにーーー普通の女性だった。

 

  彼女の肩に手を置き、そのまま押し倒した。

 

  抵抗も何もない。簡単に寝台に押し倒された彼女の金糸の髪が広がる。手のひらから感じるアタランテの肌の温もりが冷たく感じる。その度に、彼の心の虚無が広がっていく気がした。

  ヒッポメネスは寝台に腰を落とし、そしてアタランテへ覆いかぶさるように姿勢を変えた。

  ヒッポメネスの体の影がアタランテを覆い尽くすが、アタランテはヒッポメネスに顔を向けなかった。髪の陰に隠れた瞳は見えないが、恐らく侮蔑の色が浮かんでいるのだろう。

  分かりきった事を頭に浮かべて、ヒッポメネスは手を動かす。手は彼女の胸へと伸びてーーー

 

  触れることはなく、空中で拳を握りしめた。

 

 

 

  ーーー本当に、何をやっているんだろうね

 

 

 

  虚無が冷えた鉛に変わり、今すぐにでも胸を掻きむしってやりたい気持ちが浮かぶ。どこまでも流されやすく、このまま楽になりたいと考える己の頭蓋を叩き割ってやりたかった。

  抵抗しても、殺しても問題ないのに、アタランテはただ約束に準じていた。夫婦となるのは純潔を捧げるということで、それが例えどんな下卑た男でも結婚すれば『妻』として応じる彼女の高潔さにヒッポメネスは自分が如何に矮小だと思い知らされる。

 

  ヒッポメネスは誤った。取り返しがつかず、どうにもならないほどに選択を間違えた。

  アタランテを裏切る道に足を踏み入れたのにも関わらず、彼女は弾劾することもない。それが何よりも苦しかったから、そのまま『夫』として楽になろうとしたのにやはり駄目だった。

 

  ーーーこんなの望んでいない。

 

  既に終わりなのに、それなのに諦められない。醜く今でもアタランテを望んでいた。

  誇り高い彼女と小さく弱い自分では釣り合わないなど今思い知らされた。それでも、アタランテに振り向いてほしかった。

 

  どうしようもなく、見向きもされない自分となったが。

 

  卑劣で、悪賢い男になったが。

 

  英雄でもない、形だけの夫となったが。

 

 

 

  それでも、君に僕の全てを捧げよう。

 

 

 

「ごめんね」

 

「え?」

 

淵源=波及(セット)

 

  彼女の首筋に手を添えて、魔術を発動させる。彼女の体が一度跳ね上がり、苦悶の声を上げることなく彼女は意識を闇の奥深くに落とした。

  強制的に眠りへと誘われたアタランテの顔は、ただのあどけない少女の寝顔だった。

 

「ごめんね」

 

  そう、どれだけ強く、恐怖に打ち勝つ強靭な魂を胸に秘めてようとも、愛も恋も知らない少女の側面がアタランテにもあった。

  そんな側面があったからこそ、悲しみに伏せている。心を無残に引き裂き、痛めつけたヒッポメネスの所業は、忘れることはできないだろう。

 

「ごめんね」

 

  アタランテの頬にかかった髪の毛を指で掬い整えた。

  ーーー僅かに目尻から零れ落ちた涙を同じように指で掬い、

 

  アタランテが安らかな寝息をつく頃には、ヒッポメネスの姿はなかった。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「おい!こちらに応援寄越せ!!」

 

「なんでだよ!? 今日は宴だったのに、なんでこうなるんだ!?」

 

「知るかよ! 奴さんにあがぁ!?」

 

「ま、待って! 待ってくださぎゃはがぁ!?」

 

 

 

 

 

「止まれ!これ以上はお通しできません!」

 

「クソクソクソォ! なんだよ、ただの卑怯者じゃなかったのかよ!」

 

「ただの男ならあんな物持っているわけねえだろうが!」

 

「全員、やれぇ!!」

 

 

 

「うおおおおお!」

 

「バッ、やめ」

 

「待って待って待って!」

 

「…くそ、なんで、こうなる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかとは思っていたが、初夜を迎えることなくこうなったか」

 

  イアソスは玉座に座り、広間を見下ろした。百の人数は入る広間は、死屍累々となった兵士達の血によって赤に染められようとしている。倒れてる兵士達は皆死んではいないものの、虫の息だった。荒く浅い呼吸が苦しみをより強調している。

  そして、兵士達を瀕死にさせた張本人はイアソスの前に立っていた。

 

「予想はできていたことですね」

 

「どちらかと言うと予想外だ。君はそのままアタランテの夫となり、王として君臨し、アタランテの子にその玉座を奪われる。叛逆してもすぐに屈する、と思ってたのだが…」

 

  仕事終わりのようにため息をつき、イアソスは椅子に座りなおす。

 

「君が、強かったことを見抜けなかった」

 

「僕はポセイドンの孫です」

 

「…ああ、なるほど。見誤っていたか」

 

  薄ら笑いは苦笑いへと変わり、目つきは鋭く憎々しげになっていた。イアソスはヒッポメネスを何処ぞの若者としか思っておらず、まさか神々の血筋とは思わなかった。

  ーーー私と同じ、凡骨じゃなかったのか。

 

「それで? 明日には王となる君が何の目的でこんなことをしたか聞いていいかな」

 

「旅をします」

 

「……は?」

 

「アタランテと、共に国を出て旅をします」

 

  一瞬、間を空けて、唾を飲み込み、理解した瞬間にイアソスの顔は変わった。厳格に、そして無表情に色を感じさせない王の顔になった。

 

「ふざけているのか?」

 

「本気です」

 

「王が国を捨てるというのか?」

 

「捨てません」

 

「それを捨てるというのだ!!」

 

  玉座の肘掛けに拳を叩き落とし、顔を赤くさせながらイアソスは唾を飛ばしながら叫ぶ。

 

「国は王がいなければ成立しない! 君は王となった! アタランテは王妃となった! 王族となった以上その役目を果たさなければならない! 貴様はその役目を捨てるというのか!!」

 

  王として果たさねばならない義務。玉座に座り、民を導くという役目が王にはある。アタランテを手に入れたヒッポメネスは必然的にアルカディアの王として、民を導かねばならない。

  外道、非道という手段を用いてきたイアソスも自分の為でもあったが国の為に役目を果たそうとした。

 

「その役目も捨てませんよ」

 

「なに?」

 

  ヒッポメネスは揺るがない。激怒するイアソスを前にしても表情も体も物怖じしない。

 

「代わりはいるでしょう?」

 

  代わり? 誰だと聞こうとーーー

 

  ザシュ

 

「え?」

 

  手に衝撃が走った。イアソスが自分の左手に視線をズラすとーーー手に剣が突き刺さっていた。

 

「ひ、あがあああああああっ!!?」

 

  皮膚を貫き、肉を抉り、骨を砕く激痛にイアソスは悲鳴を上げる。突き刺さる剣が手の甲を玉座の肘掛けへと縫い付ける。刺された部分から血が湧き出し、叫ぶ強さに比例して血の色が赤く見える。

 

「すいません。だけど仕方ないことですから」

 

  そう言って、イアソスの手に剣を突き刺したヒッポメネスは、ゆっくりと剣を引き抜いた。

 

「く、き、貴様!? なにをする!?」

 

  手の甲に風穴を開けられたイアソスは傷口を押さえながら、ヒッポメネスへと睨みつける。睨まれた彼は特に反応することはなく、剣についた血を振って払った。

 

「呪いなんてものじゃないですけど、戒めでしょうか」

 

「なにを言っている!」

 

  ヒッポメネスは左手の甲を指差す。最初何を言っているのか分からなかったが、それは左手の甲を見ろという合図だと知り、イアソスは突き刺された自身の左手の甲を見た。

 

「…なんだ、これは?」

 

  気がついた時には貫かれた手の甲には、禍々しい紋様が広がっていた。その紋様の形は貫かれた部分からまるで()()したかのようだった。

  イアソスの疑問に付き合うことはなく、あくまで自分の速度でヒッポメネスは話し出す。

 

「ここに来るまでの間、この城の中を探らせてもらいました。結構広くて大変だったけど、探し出すことは何ら問題ではなかったです」

 

  懐から小瓶を取り出した。その小瓶を見た瞬間、イアソスの目の色は変わった。

 

「それ、は…!」

 

「ええ、アタランテに使った毒ですよね?」

 

  幾つもの毒草を煮詰め、凝縮させた毒の液体。一滴一滴、ゆっくりと時間をかけてアタランテの肉体を蝕んだ原因。その毒の効力は作ったイアソス自身がよく知っている。

 

「これは、一気に体に流れたらそれこそ絶命する危険な毒。だからこそあなたは扱いに慎重になりながらアタランテへと毒を流し込んだ」

 

  小瓶を投げ捨て、ヒッポメネスはイアソスに突き刺した剣を掲げた。

 

「この剣にーーーその毒を塗らせてもらいました」

 

「貴様ァ!!!」

 

  無事な右手で掴みかかろうと身を乗り出したが、その前にヒッポメネスがイアソスの首を掴み、玉座へと押し付け戻した。

  剣に塗りつけて、手に突き刺した瞬間僅かな毒がイアソスの中へと流れ込む。その瞬間にイアソスの体は異常をきたし、死へと追い込まれる。なのだが、イアソスの体に異常はなかった。

 

「安心してください。()()()()()のそれですので」

 

  ヒッポメネスが指差すのはイアソスの左手に刻まれた紋様。禍々しい黒い紋様はーーー小瓶の中に入っていた、どす黒い液体の色と酷似している。

 

「言ったでしょう? 呪いではなく戒めだって。僕の意思、僕が死んだ時にその戒めは開かれーーー閉じていた毒は貴方の体に流れ込みます」

 

  戒めーーー魔術的呪いではなく、毒を一時的に紋様と言う形で閉じ込める。そうすることでイアソスの体の中にある毒は血流に乗ることもなく、肉に溶け込むこともない。その戒めを解く権限は、ヒッポメネスにある。

 

「ーーー何が望みだ」

 

「だから、代わりですよ」

 

  ああ、ああ、と納得したようにヤケになりながらイアソスは頷く。

 

「王であり続けろと、このまま私に王の役目を押し付け続ける訳か」

 

「ええ、そうです。僕に王冠も玉座も必要ない、僕が欲するのはーーーアタランテの安寧だけ」

 

  掴んでいた首を離し、ヒッポメネスは踵を返して去っていく。玉座には傷ついた前王が、広間には去ろうとする次代の王がいた。

 

「安寧か。自分で砕いておいて、傲慢なことだ。恥知らずめ」

 

  既に王としての顔はない。義父としての顔もない。ただただ自分の理想を壊し、己の理想の為に闊歩しようとする忌々しい男に侮蔑を吐く男がいた。

 

「ええ、だから僕はーーー全てをかける」

 

  彼女が愛をほしいといえばーーー愛を用意しよう。

 

  彼女が戦争に嘆き悲しむならーーー戦争を終わらせよう。

 

  彼女が神を疎ましいと思うならーーー神を殺そう。

 

  愛は此処に極まれり。

  悔恨は胸を蝕み、嘆く喉は掻き切れた。

  欲したものに届くことはないが、その代わりにできることはアタランテに幸せを贈ることだけ。

 

  その為に、ヒッポメネスは暴逆も冷酷も己に許す。

 

  夫として、妻の為に世界ですら捧げよう。

 

  それが、己の命と魂を貶めることになろうとも。

 

  ヒッポメネスは広間を去る直前、後ろへと一回だけ振り向いた。イアソスには決して向けることのない、笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「ああ、前に僕に聞きましたよね? 国を背負う覚悟があるかって?」

 

 

 

「ーーーええ。彼女の為ならば、国も犠牲にします」

 

 

 

「彼女の為に、これからはいい父君を演じてくださいね? お義父さん」

 

 

 

  目には、濁ったような狂気の色が孕んでいた。

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  肌がやけに寒く、吐いた息には色がつきそうだった。昼間の熱と比べて、夜の空気は冷えて身震いを起こす。

  背中に人一人を背負い歩くものの温もりを感じるのは背中だけ。触れていない部分は寒さのせいで産毛が立っていた。

 

「……此処、は?」

 

  やがて寒さからか歩く振動からか、背中に背負っていたアタランテは目覚めた。

 

「やあ、おはよう。ごめんね起こしちゃったみたいだね」

 

「…ヒッポメネスか。此処はどこだ?」

 

「今は国の境目。時間は…あ〜、夜明け近くかな?」

 

「なぜ国の境目に…」

 

  起きたら背中に背負われて、しかも場所は国の境目。城で寝ていたらこうなったとは誰もが思わないだろう。

 

「…うん、ごめん。ちょっと僕の我儘で少し旅に出ることにしたんだ」

 

  完全に意識がまだ覚醒していないのだろう。魔術で強制的に眠りにつかされた副作用だろう。疑問を浮かべることが困難なのか、アタランテは短く「そうか」と呟いた。

 

「父は許したのか」

 

「あの人にはいずれ帰ってくるなら、と約束を取り付けたら納得してもらったよ」

 

  また「そうか」とアタランテは呟いた。

 

「…私が旅に同伴するのは、お前の意思か」

 

「うん。一人旅は寂しかったから、君についてきて貰いたいけど…嫌なら引き返すよ」

 

  立ち止まり、ヒッポメネスは肩越しに背負うアタランテの顔を覗いた。アタランテの瞼は重く、半分しか開いていなかったがそれでも瞳の色は見えた。睡魔により輝きが薄い瞳はヒッポメネスの瞳と交わり、背けられた。

 

「…構わない。同伴しよう」

 

「ありがとう」

 

  前を見てヒッポメネスは再び歩き出す。

  しばらく歩くと空の色が徐々に明るくなり始めてきた。やがて地平線には太陽が顔を出して、月は地平線の奥へ去っていくだろう。

 

「汝は、何がしたかった」

 

  唐突の問いかけにヒッポメネスは足を止めず、振り替えらずに答えた。

 

「何がって?」

 

「王になりたかったか、名誉がほしかったか、それとも私がほしかったのか。こうして旅に出る以上、手に入れたそれらは意味をなさんぞ。…いや、私があるか」

 

  自嘲するような声音にヒッポメネスは振り向かなかった。だが、その問いにヒッポメネスははっきりと答えた。

 

「君だから、かな」

 

「は?」

 

「うん。この答えが一番しっくりくる」

 

  自分だけ納得するように、ヒッポメネスは頷いた。アタランテは何が言いたいのか理解できなくて、ただ背負われたまま道を進む。

 

「君だったから、僕は今こうしている」

 

  「分からなくていいよ」と無理やり打ち切って、ヒッポメネスは歩みを早くする。有無を言わせない雰囲気にアタランテは黙った。

  答える気がないのか、答えたくないのかは分からない。よく分からなかったが今は眠たい、ゆえにアタランテは黙り、睡魔に身を任せ瞼を閉じる。

 

  再び眠りにつき、寝息を立てるアタランテを背負い直し

ヒッポメネスは歩み続ける。

  丁度太陽が地平線から現れ、正面からヒッポメネス達を日光が包む。その姿は希望に満ち、光に向かおうとしている者のように見えた。

 

  決してそんな、清らかなものではなかったが。

 

 

 

 

  こうして逸話は完成され、後世に伝えられた。

  その裏で起こったことなど、誰も知らない。ただその逸話には純潔の狩人が負けて、卑怯者の男の妻になってしまったという悲劇が綴られていた。

 

  その物語の主人公である彼女は知らない。物語の裏で起こった醜い争いと葛藤を。一人の男の流した涙の跡を知らない。

 

  そして、今後も知ることは決してなかった。

 

 




Q.後悔はしていませんか?

A.解答者ーーー0人。もう一度、該当者を募り検討してください。

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