A.
ヒッポメネス:アタランテはオカリナとか似合いそうだよね。
アタランテ:お前は…カスタネットか?
では、どうぞ。
息を呑んだのはどちらだったのか。いや、どちらともだったのだろう。城塞の外に存在する神々しく、美しい巨人を目の前にして心が奪われてしまった。
巨人から放たれる甘美な匂いにそこが楽園ではないかと思わされる。巨人の足元には木々が生え、地面を巨人の栄光で満たしていた。
カウレスは目の前の大いなる存在に平伏しそうになりながら、巨人の肩に乗っていた者の姿を見つけた。
「キャスター…!」
仮面に蒼い装束のサーヴァントは自分ではなく、巨人が開けた穴ーーーつまり、フィオレやゴルド、ホムンクルスのジークと“黒”のライダーがいる地下室へと視線を向けていた。
「カウレス様…」
腕を握っていたホムンクルスの少女の声にカウレスは振り返る。
「ここにいては危険です。いったん引きましょう」
確かに彼女の言う通りだ。キャスターが自分に気づいてないのは意識する値もないということだ。それはそれで思うところがあるが、余計なプライドで命を無駄にはできない。カウレスは頷くと、気づかれないようにその場を去っていこうとした。
「ーーー君に気づいていないとでも?バーサーカーのマスター」
巨腕が城塞を破壊しながら迫ってくる。キャスターは別にカウレスを無視していたのではない。まず、誰が生き残っていたのかを確かめていただけだった。
そして、一番近くにいたカウレスをまず始末しようと巨人に指示した。
「走れ!!」
ホムンクルスの少女と共に城塞の廊下を走る。一刻も早く彼らを潰さんと巨腕が伸びてくる。
カウレスの生存本能は最大限に働き、普段動かさない筋肉を酷使させて全力で足を動かした。しかし、カウレスの足よりも巨人の腕の方が早い。手のひらがカウレスを握りしめようとした時。
「ーーー失礼します!」
隣に並走していたホムンクルスの少女がカウレスを抱きかかえて、弾丸のように窓から外へと飛び出した。突如感じる浮遊感、遥か下には崩れた瓦礫が転がっているのが見えた。
高さとしては五十メートル強、魔術礼装がない今、無事に着地することは不可能だ。それはまた、ホムンクルスの少女も同じ。少女が如何に戦闘用のホムンクルスといってもこの高さでは無事では済まない。
ホムンクルスの少女はそれを理解していたのかカウレスを両腕で抱きしめ、自身の背中を地面へと向けた。
「なっ!お前…!」
体を襲う重力が下へと堕ちていく。加速していく視界には残り数秒で地面へと辿り着くことになる。地面と接触した時、カウレスは軽症で済み、ホムンクルスの少女は死ぬ。
自分の命を救わんとしているのは少し前に解放されたはずの人工生命の人形。短い命だが、それでも自由となった身なのに、それでも生み出された役割をーーー創造主に忠実でいようとしている。
カウレスは、納得がいかなかった。憤っているのは義憤ではない。自分は魔術師だし、彼女の同胞達が使い捨てにされていることを好しとしてきた。そんな自分が今更義憤なんて感情を抱くとは白々しいにも程がある。
だけどよーーー少しは自分の命を優先しろよ。
そう言いたかった。でもそんな言葉を伝える時間なんて一切ない。一寸先は闇どころか真っ赤な地獄だ。だからこそ、カウレスは希望に縋って息を一瞬で吸い込んだ。
「バーサーカアアアアアアアァァァ!!」
契約したサーヴァントへの叫び。
そうして、返事はやってきた。
「マスター!!」
○ ○ ○ ○ ○
「キャスター!」
「ふむ、君か。どうやら僕と同じように主を替えたようだな」
「お前と同じにするな!」
天井をぶち抜き現れた巨人と、巨人の肩に乗るキャスターに全員の恨みがましい視線が集まる。裏切り仲間だった者達の前へと平然と現れたことと、マスターを贄として宝具を使用したことに。
「そんな木偶の坊を引き連れて何の用だ!」
“黒”のライダーの叫びにそこにいたライダー以外の者達の頬が引き攣った。あの宝具である巨人の威光を前にしてこの言い様。理性が蒸発していると言うべきか、恐れを知らぬと言うべきか。
「…このゴーレムは世界を救済できる『原初の人間』の現し身だ。木偶の坊とは不遜極まりないとは思わないのか?」
「そんなの君が作った道具だろ!君が何を作ったなんか知るもんか!」
確かにその通りだ。キャスターがどれほど神々しいゴーレムを創造しようともそれは所詮道具に過ぎない。
仮面の奥に隠されたキャスターの表情は分からないが、ライダーの言葉に身に纏う雰囲気が変わるのが分かった。
ライダーが構えてジークとフィオレやホムンクルス達を守るように前へ立つ。キャスターが指示し、ゴーレムの腕が動き出し。
「ーーー君に気づいていないとでも?バーサーカーのマスター」
「「「なっ!?」」」
突如腕を城塞へと薙ぎ払い始めた。腕が城塞の廊下を破壊しはじめ、その廊下を走るカウレスとホムンクルスの少女がいた。
「カウレス!?」
弟の存在を確認し、フィオレが叫ぶ。ゴーレムの巨腕がカウレス達を飲み込もうと迫っていく。あと少しで押しつぶされそうになった瞬間、ホムンクルスの少女がカウレスを抱え、外へと飛び出した。
「くっ!!」
ライダーが助けようと飛び出すが、ゴーレムの足が道を防いだ。
「邪魔だ!!」
「そうはいかない。君達はここで終わりにさせてーーー」
「いや、お前がここで終わるんだ。キャスター」
空から響く声と共に、音速の矢が飛来する。矢がキャスターの肩へと深く刺さり、青い装束に赤い染みが広がる。
「ぐっ…!」
「アーチャー…!」
少し離れた城壁に頼もしく知恵深き賢者の姿があった。手には弓と次弾の矢を番えており、いつでもキャスターを射抜けるように狙いを定めていた。
“黒”のアーチャーの姿を見てフィオレの歓喜の声が出た。だがすぐに落ちていったカウレスのことを思い出し、表情が反転する。だがその焦燥の顔もすぐに終わる。
「よっと…、あぶないあぶない」
「バーサーカー!」
カウレスとホムンクルスの少女を抱えた“黒”のバーサーカーがフィオレ達の近くに降り立った。二人を下ろすとバーサーカーは小剣と槍を構え、ライダーと並び立つ。
「おかえり!」
「ただいま…って、悠長なこと言えないか」
バーサーカーの視線はキャスターとゴーレムへと向く。
アーチャーが矢の先をキャスターの脳天と胸板に向けたまま冷酷に言い放つ。
「次は仕留めてみせよう、キャスター」
「…そうか。だが」
「分かっている。恐らく、君を仕留めようとも…君の宝具は停止しないだろう」
「…全て分かっている、ということか」
返事はーーー矢だった。矢は全て狙い通り脳天と胸板を射抜いた。キャスターは絶命した、と思われた。しかしキャスターは強い意志のみで、この世からの消失を免れている。
「……残念だが、僕の役割は全て終わっている。これが裏切りの代償なら甘んじて受けよう」
だが、とキャスターは決死の思いを告げる。
「この『叡智の光』だけは残していく!こいつなら、世界を救える!必ず…必ずや楽園を創造できる!世界を、人を、我らが民を、救い給え!!」
そうして、キャスターは己の肉体をゴーレムへと捧げた。ゴーレムが創造主たる存在を自身の肉体へと溶かし入れた。
「な、に…!?」
「馬鹿な、あり得ん!」
周りにいた魔術師、サーヴァント達が愕然とした。サーヴァントという巨大な魔力の塊を取り込んだことが原因か、ゴーレムの存在が一気に膨れ上がる。
ゴーレムが右手を振ると黒曜石で構成された剣が生まれた。ゴーレムは誰かを探すように周囲を見渡すと、フィオレを目に止めた。
「ライダー!」
「了解!」
サーヴァント達はゴーレムの行動を理解し、いち早く行動した。ライダーが車椅子に乗るフィオレを抱えると、フィオレを狙う黒曜の剣が落とされる。ライダーは城壁を足場に飛び、宝具であるヒポグリフを呼び出した。
「しっかり掴まっててよ!」
剣が幾度も振るわれるが、風を切り空を舞うヒポグリフへとは届かない。途中、ゴーレムが動きを止めるといきなり後方へと剣を振るった。
ガオンッ!!!
「…『原初の人間』とは…、“黒”のキャスターも、厄介なものを遺してくれますね」
黒曜の剣を受け止めたのはルーラーだった。華奢な腕で、旗で、巨大な剣を押しとどめている。
「ルーラー、そのまま!」
アーチャーが限界まで引き絞った一撃を放つ。矢はゴーレムの目へと突き刺さり、動きを止め怯ませた。ルーラーが駆け、聖旗をゴーレムの膝へと叩き込む。
関節が砕け、ゴーレムは後ろへと仰け反る。城塞の東部にある崖から落ち、地面へと着地した。結果としてマスターやホムンクルス達に被害が及ばないようになり、ルーラーとゴーレムが一騎打ちの形となる。
アーチャーが援護のため、矢を立て続け様に射出する。視界を奪うため、もう一つの眼球を狙う。しかし、このゴーレムは今までのキャスターのゴーレムとは違う。
「なに!?」
飛来する矢を払いのけ、目に刺さった矢を抜く。鈍重なゴーレムとは思えない、俊敏かつ迅速な行動、的確な動作に驚くがルーラー達にさらなる驚愕が襲う。破壊された眼球、そして膝が修復されはじめたのだ。
「治癒…魔術?いや、これは魔術じゃないもっと自然現象に近いものか」
ルーラーの横へと飛び降りてきたバーサーカーが呟く。ルーラーはバーサーカーの言葉に頷き、修復の正体を言い当てた。
「ええ。あれは恐らく大地からの祝福です」
『王冠・叡智の光』は自律した固有結界『原初の人間』を生み出す。その存在はそこにいるだけで周囲を異界へと変貌させる。楽園では誰も傷つかず、血を流さない。故に、矢傷など存在しなかったことになる。
「急いで倒さないと!このまま周囲が楽園と化せば、彼が“不死身”となってしまいます!」
ルーラーが聖旗を突き上げ、ゴーレムが剣を振り下ろす。バーサーカーが伸びた腕に槍を突き刺し、腕を破壊しようと試みる。魔力を込めた一撃はゴーレムの腕を破壊したが、徐々に復元されていく。
「…ダメだ!これは弱点である炉心を破壊しなきゃ死なない!」
『ダメですバーサーカー。炉心を壊すだけではあの巨人を葬るには至りません』
『アーチャー?』
ゴーレムの拳を躱しながら、地道に体を削ろうとしている最中アーチャーからの念話が届いた。それはルーラーも同様でゴーレムに集中しながらアーチャーの言葉に耳を傾ける。
『あの巨人はゴーレムというよりサーヴァントに近い状態になっています。頭部の霊核、心臓の炉心、そして大地から魔力を受け取っている足の裏。その三つを同時に破壊しなければ巨人は復活し続けます』
『それじゃあ最低でも三人のサーヴァントが必要じゃないですか!』
しかも完全に破壊するために強力な一撃を放てるサーヴァントだ。ルーラーは剣を受け止めれる膂力が存在するが完全な破壊はできない。アーチャーも破壊できる宝具があるが三つ同時には破壊できない。バーサーカーの宝具は対人ではあるが攻撃用の代物ではない。
八方ふさがりの状況にルーラーとバーサーカーは焦るが、アーチャーは焦りなど一切見せず、力強く宣告した。
『ええ、ですから
「…そういうことですか!」
ルーラーが聖旗を掲げ、高らかに叫ぶ。
「“赤”のセイバー!我が真名ジャンヌ・ダルクの名に於て、参陣を要求します!声が聞こえぬ場所に居るわけでもないでしょう、来なさい!」
返事は静寂。だが、すぐに現れた。城塞の瓦礫の陰から白銀の全身鎧を纏う騎士が現れる。
「参上してやったぞ、ルーラー。で、オレに何をして欲しいんだ?」
「アーチャーに聞いてください!」
「…む?」
“赤”のセイバーが事の詳細をアーチャーへと尋ねようとした時、丁度ライダーが乗るヒポグリフから飛び降りて、ルーラーの側へと着地した銀髪赤目の少年、ジークと目があった。
「…ふん、お前か」
「過去の遺恨は水に流せーーーとまではいきませんが、少し忘れましょう。今はあれを打ち倒すことが先決です」
「分かってるよ。おいホムンクルス!お前もそれで構わないよな!?」
セイバーの呼び掛けにジークは頷きながら応じた。
「構わない!」
「ジーク!貴方も手伝って欲しいのですが、もう一度、宝具を解放することは可能ですか!?」
ジークは左手の甲に刻まれている二画の令呪を見る。手に刻まれた令呪の数は“黒”のセイバーへと成れる残りの回数。一度目の令呪使用から時間は経過し、肉体の回復も済んだ。令呪の使用に問題や障害など一切ない。
「大丈夫だ。どちらも問題ない」
「ちょ、マスター!アーチャー!ボクのマスターに何をさせるつもりさ!?」
ライダーがヒポグリフに乗りながらゴーレムの動きをかく乱している。ジークはライダーへ何も言うなと首を横に振って合図すると、一瞬だけ顔を顰めたが再びヒポグリフの手綱を操ることに集中し始めた。
「これで準備は完了なのかい!?」
「ええ、あとは私と貴方が道を拓き、場を確立させます。そして、ジーク君と“赤”のセイバーが巨人を粉砕する。これでアーチャーの手筈通りです」
「よし!分かった!」
バーサーカーが突貫し、ゴーレムの手首へと鋭い突きで砕こうとするも、ゴーレムが足を後ろへと引いて槍を躱した。黒曜石の剣がバーサーカーを消し飛ばそうと振るわれるもバーサーカーは体を低くして、間一髪に避けた。少しでもゴーレムの剣に触れたならば身体の部位が無くなることが言われなくても分かる。
徐々に動きに人間味が増していくゴーレムに冷や汗を抑えられないがバーサーカーに恐怖はない。一人ならば消滅の危機に撤退したくなるが、今は救国の聖女が共にいる。彼女と息を合わせて再び突貫を試みようと目で合図をおくろうとしたが。
「あれ!?ルーラー!?」
隣には誰もおらず、一人ゴーレムの前に立ち尽くすのみ。急いでルーラーの姿を探せばニヤつき顔の“赤”のセイバーに何やら焦ったような顔をしながら慌てふためいていた。
「ちょ!?僕一人じゃ抑えられないんだけど!!」
「ま、待ってくださいバーサーカー!!今、決断を…!」
「ーーーオオオオオオオォォォォ!?」
ゴーレムの袈裟斬りを槍の柄で防ぐ。足が浮き、剣の重みで吹き飛んだ。衝撃を受け流せきれず、圧力が身体の内部を軋めかせる。血を吐きながらも空中で体勢を整えて、地面へと着地する。のだが、ゴーレムは確実に命を狩ろうと巨軀を器用に動かしながら突撃してくる。その光景にバーサーカーは思わず叫んだ。
「ルゥーーーラァーーー!!!」
「ほらほら、早く決めねえとバーサーカーがやられるぞ?」
「うぅ!!分かりました一画です!一画だけです!!」
「よし、決まりだ!!」
ルーラーとの間にあった何らかの取引が成立し、“赤”のセイバーが意気揚々と剣を天へと掲げて宣言した。ルーラーは「令呪がぁ…」と嘆いているが、バーサーカーとしてはどうでもいいから助太刀に来てほしいと念を送り続けている。
「よし!アーチャー、タイミングを計れ!ホムンクルス、とっとと変身しろ!この木偶の坊を三分で始末するぞ!」
「いいからーーー!!助けてえーーー!!」
「す、すいません!」
ようやく助太刀に来たルーラーがゴーレムの剣を聖旗の先端で受け流し、軌道を変えた。加勢が入り、ようやく攻勢に打って出れると思いーーーすぐにその考えを改めた。
ゴーレムはただ、合理的な思考で動いてなどいない。この巨人は、『原初の人間』は思考し、学習する。感情も意思も存在しない。単純に、必要なことを模索し、不必要な物を切り捨てる。それゆえに。
「くっ…!?」
「疾い!?」
ルーラーとバーサーカーが徐々に押され始めてきている。闘いの中で戦闘経験を積み、僅かな時間で動きに現す。巨人に見合った膂力とそれを裏切る技術を見せつける。その光景に魔術師だけではなく、サーヴァントでさえも息を呑む。
「ーーー令呪を以って、我が肉体に命ずる」
令呪が忠実に作動し、ジークの肉体が『竜殺し』へと変貌した。悪竜の血を浴びた鋼鉄の肉体、悪竜を切り裂いた聖剣を握りしめーーー三分という時間だけ、この世に現界した。
「よし、後はアーチャーが隙を…」
隙を作り、自分たちが終わらせる予定なのだが。
ゴーレムの猛攻にルーラーとバーサーカーが押されていた。暴風雨と言ってもおかしくない状況下で、一つの失敗も許さず耐え切っている。隙を作ろうとも、ゴーレムはアーチャーやセイバー達の姿を忘れてはなかった。
『ジーク、“赤”のセイバー。…やれますか?』
ならば、四人で潰しにかかればいい。四人でかかり、一瞬だけでもいいから、アーチャーから意識をそらせる状況にさせてやればいいのだ。
「よし、やってやらぁ!」
魔力を放出させ、その勢いで弾丸のように飛び出した。“赤”のセイバーは赤い弾丸となり、ゴーレムへと大剣を薙ぐ。
「な!?」
その一撃もゴーレムは見切り、凄まじい跳躍によって躱した。落下の重力を加えた斬撃が“赤”のセイバーに振り下ろされた。
呻きながら剣を受け止めるも、地面に叩きつけられて鎧に罅が走る。マスターの治癒魔術により修復されるもあと一撃でも加えれば鎧は砕け散るだろう。それを狙ってかゴーレムの巨腕が振るわれる。
刹那、“赤”のセイバーとゴーレムの間に灰色髪の青年が割り込んだ。大剣がゴーレムの拳を受け止める。
「ぐぅ…!!」
ジークは凄まじい膂力の一撃に後退するも、地面に足をつけて耐えきった。大地に二つの大きな溝を残しながらも、最後には両脚で立っていた。
「よし!そのままでいろ!」
後ろから“赤”のセイバーが回り込み、ゴーレムの手首に剣を振り上げ破壊した。ゴーレムの腕は大地から魔力を吸い上げ、すぐに修復されていくが叛逆の騎士はそれを簡単に許すつもりはない。
「ぶっ倒れろ木偶の坊!!」
赤雷が迸り、ゴーレムの肩へと直撃した。肩の根元から崩壊し腕が弾き飛ぶ。片腕を無くしたゴーレムが剣を持つ腕を振り上げようとした。
「させはしない」
先に動いたのはジークだった。竜殺しの聖剣が先ほどアーチャーが貫いたゴーレムの眼球部位を切り裂いた。夜の闇に煌めく聖剣の剣閃がゴーレムの頭部を斜めにズラす。ズレた視界で剣の軌跡が歪み、“赤”のセイバーから離れた場所に落ちた。
ーーーここだ。
“黒”のアーチャーが矢を番えた。二本の矢を引き、両脚へと狙いを定める。今まで手を出さず、機会を窺い、その時が訪れた。ここで外してしまえばゴーレムの再生能力が上がり、ルーマニアが『原初の人間』の力により異界と化してしまうだろう。
重責を担う立場、だが責任という枷でアーチャーの技巧は衰えない。
“黒”のアーチャー、ケイローンが二つの矢を射ち放った。
ゴーレムの片方の眼球がアーチャーの放った二つの矢を捉えた。
“死ぬわけにはいかない”
死の恐怖はない。人々を救済するという創造主の意思を忠実に実行するため、ゴーレムは必要最低限、合理的判断で巨躯を動かした。
「…馬鹿な!!」
誰が叫んだかは分からない。ただ、ゴーレムが取った行動に叫んだことは理解している。残った片腕で片脚を守り、残りの脚を犠牲にする。アーチャーのミサイルに近い威力を持つ矢が着弾し、腕と片脚を破壊した。ゴーレムに残ったのは修復しつつある片腕と片脚、失ったのは腕と脚の一つずつ。
だが、問題はない。地面に一つでも触れていれば世界はゴーレムを祝福し、楽園は傷をなかったことにする。
しかし、ゴーレムの身体は後ろへと仰け反った。
『原初の人間』は驚きはしない。しかし思考は停止する。何故倒れていくのか、誰がそうしたのか、『原初の人間』は考えて理解した。
悠然と空を舞う幻想種とその背中に乗る小さな騎士の姿を見た。
ここには叛逆の騎士、大賢者、竜殺し、聖女、狩人の夫という英雄達が揃っている。そして、忘れてはいけないもう一人の英雄がいた。
理性が蒸発しても騎士としての誇りと在り方を忘れない、神をも恐れぬ英雄を。
その英雄の名はシャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ。
「よっし、後は任せた!マスター!」
手には黄金の馬上槍、宝具
この宝具の真髄は槍の一突きの威力ではない。触れた相手を転ばせる。どれだけ堅固な守りであっても、無窮の武練を積んだものであろうとも転倒させる。
滑稽な概念武装が、ゴーレムの生き死にを決めた。
転倒するゴーレムに二つの光が届く。
赤く猛々しい稲妻の光と黄昏に染まる尊き極光。
ライダーによって大地と遮断された『原初の人間』に祝福は届かない。足は失い、残りは頭部と炉心の二つ。
二騎の英雄はそれぞれが誇り、憎み、己が代名詞たる一撃の真名を叫んだ。
“黒”と“赤”の咆哮が響き渡った。
赤と黄昏の光が『原初の人間』の頭部と炉心を貫いた。
「ヘッドショットだ、木偶の坊。楽園は他所でさがしてろ」
“赤”のセイバーの哄笑とともに『原初の人間』は朽ちていく。神々しい姿も、救済の幻想も滅びていく。
途中からいつでも横入りできるよう構えていたバーサーカーもやっと構えを解く。周りではマスター達とホムンクルス達の安堵の溜息が溢れ、サーヴァント達はそれぞれ勝利を味わう。そうして実感する。
聖杯大戦は変わってしまった。
“赤”と“黒”の戦いではなく、“聖人”と“聖人”の戦いへと変貌してしまった。
Q.とりあえず叫んでください。
A.
ヒッポメネス:アタランテえええええええええ!!!
アタランテ:リンゴっっっ!!!…なんなんだコレは。
アストルフォ:キィヤァァァァァァァァァァァァァァァ!!!
ジーク:落ち着けライダー。
二人を描いてみたかっただけ。
【挿絵表示】