新作ダブル発表きたーーーーっ!!!
来年までは必ず生きねば働かねば!!
新作ゲームには是非アーチャー枠にアタランテをおおお!!
間を空けすぎてすみませんでした。
では、どうぞ。
崩れ落ちる瓦礫が多くあった。ひび割れ、焦げて焼かれ、脆く儚く崩れ落ちる其処はーーー“黒”の陣営の本拠地、ミレニア城塞だった。
頭上から散り散りに落ちてくる埃や砂塵等をくぐり抜け、数人の男女が咳き込みながら安否を確認していた。
「…ゲホッ!…み、みんな生きてますか?」
「俺は大丈夫だ、姉さん…」
「…えぇ、私もよ」
「な、何が起きたのだ?」
ユグドレミニアの魔術師達は幸いにも“赤”のバーサーカー、最後の一撃を貰うことはなかった。だが、ミレニア城塞は半壊まで追いやられ、彼らがいる数メートル先は崩れていた。
「…“赤”のバーサーカーは?」
「消失したようだ。…こちらのバーサーカーは生きているが他は?」
「アーチャーは生きています。ライダーは?」
セレニケは忌々しげに頷いた。ライダーに何度も霊体化して戻るよう伝えたのにホムンクルスを優先し、命令を無視したのだ。ライダーの行動に、そろそろ決断すべきなのかもしれない、とセレニケは考慮していた。
「ライダーも生きているわ。キャスターは?」
問われたロシェは顔を真っ青にしながら頷いた。自身とキャスターで作り上げたゴーレム達が木っ端微塵にされたのだ。衝撃がないわけない。
「先生なら無事だよ。…ゴーレムは八割方吹き飛んで、城塞で待機させていたゴーレムが、かろうじて稼働可能かな」
「そう。後はランサーですね。おじさまは生きていらっしゃるようですが…」
「領王も無事だ、“赤”のランサーとの戦いが有耶無耶の内に終了でね。ひどくお怒りだよ。それよりも、緊急事態だ」
ダーニックは壊れた窓枠に立ち、空を見上げている。緊迫し、焦るような声で全員に聞こえるように呟いた。
「ーーー空中庭園が、接近を開始した」
○ ○ ○ ○ ○
散り散りとなった雲々を押し潰しながら“赤”の陣営の本拠地、『虚栄の空中庭園』はトゥリファスの象徴であり町の中心であった半壊のミレニア城塞の真上に動きを止めた。
漆黒の衣に身を包む美女、“赤”の女帝は嫋やかな唇の端をあげてせせら嗤う。
「…ふむ。あの城塞を破壊するのは些か面倒だと思っていたが手間が省けたな。ランサーの宝具でも使わなければなるまいか、と思っていたのだがな」
“赤”のアサシンが崩れた城塞を見下ろすと、他のサーヴァント達へと視線を移した。
それぞれマスターからの命令とはいえ、戦いの最中に帰投を命じられたのだから不満げな雰囲気を放っていた。最もそれはライダーとアーチャーのみで、キャスターとシロウは変わりなく、ランサーも黙したまま指示を待っている。
「ご苦労、皆の衆。滾った血はまだ収まりがつかぬと見えるがーーー何、少し我慢しろ。すぐに再戦だ」
“赤”のサーヴァント達の中で、“赤”のアーチャーがアサシンの言葉に首を傾げた。
「それは構わぬが。ーーーあの城塞に接近してどうする気だ?マスター達を直接殺しに行くつもりか?」
「知れたこと。ーーー大聖杯を返して貰うまでよ」
「……何?」
その言葉に流石に寡黙な“赤”のランサーまでもが訝しげに呟いた。アーチャーもライダーもアサシンの言葉に表情を変える。
「返して貰う、だって。いや、そもそも…どうやってだ」
「ーーーこの空中庭園が浮遊しているのは『逆しまである』という概念によるものだ。植物は下に向かって生長し、水は下流から上流へと流れていく」
床へと指差し、嫣然に嘲笑いながら女帝は告げる。
「聢と見るがいい、矮小な魔術師どもめ。これが魔術の真なる領域だ」
ーーー嵐が吹き荒れる。空中庭園の底部から嵐によく似たそれが、パイプのように城塞と合致した。
「おいおい。…まさか、本当に奪うつもりか!?」
叫ぶライダーに、アサシンは哄笑しながら叫び返した。
「無論だ!この庭園はそのために設計されたもの故な!さあ、出てくるがいい大聖杯よ!神域の如き魔術で構築された、その醜くも美しき姿をな!」
瓦礫が弾き飛ばされ、地盤が捲れ上がる。城塞はほとんど崩壊に近い状態までに破壊されている。砂塵が舞い、岩が砕け散るとーーーそれは姿を現した。
「あれがーーー聖杯、か?」
そこにいる全ての者の心内を代表するようにアーチャーが唖然としながら呟く。
ランサーも、ライダーも、キャスターも呆然とするしかなかった。六十年以上もの間、溜め込んだ膨大不変の魔力の蔵が渦巻いていたのだ。
「あれが聖杯…!良い!あれは良すぎる!素晴らしい!素晴らしい、素晴らしい、素晴らしいッ!!ここから吾輩ですら感じ取れるあの圧倒的な魔力!飛び込み溺れ、一体化したいとさえ願う!その癖、あの剥き出しの人体のような醜く!まさに『綺麗は汚く、汚いは綺麗』!」
キャスターの歓喜の叫びが響き渡る。
あの無色透明の魔力の塊ならば『万能の願望機』と呼ぶに差し支えない。彼らが興奮するのも無理はない。
「…ちっ、完全に霊脈と癒着しておるな。剥がすのには時間がかかる。その間に奴らがくるであろうな」
サーヴァント達は感じていた。空中庭園に乗り込み、大聖杯を取り戻そうとする“黒”のサーヴァント達を。
「我はあの大聖杯へと注力せねばならん。他の連中は任せるぞ。ここで止めねばお主らの願いも露へと消える。心して掛かれよ?」
○ ○ ○ ○ ○
「ぐっ!…っぅ、
空中庭園に流れる水流へと折れた左腕を浸し、魔術を発動させる。下流から上流へと流れる水の流れに奇妙だと思いながら、腕の内部の骨を繋ぎ合わせ、細胞、血管、筋肉を治癒していく。ついでに“赤”のセイバーとの戦いで傷ついた肉体をここで癒した。
水流から腕を出して手を開け閉めすると左腕は問題なく動いた。
“黒”のバーサーカーは空中庭園の内部でサーヴァント同士がぶつかり合う気配を感じながら、内部へと繋がる庭園の回廊を走り始めた。
空中庭園に大聖杯が奪われる光景を目にし、“黒”のサーヴァント達は一斉に庭園へと乗り込んでいった。大聖杯を奪われては叶えてもらうはずの願いも叶えられないかもしれないのだ。
聖杯を奪われ、自分の領地を破壊された“黒”のランサーの怒りなど最も顕著だっただろう。真っ先に先行したランサーを追うように他のサーヴァントも侵入していった。“黒”のバーサーカーも後に続き、出遅れた形で空中庭園へと侵入したのだが。
「…空気が違う?」
違和感だ。まるで朝靄の中にいるような不明瞭な感覚。体が重くなったわけでも、軽くなったわけでもない。だが、どこか異質とは違う違和感が体に纏わりつく。
謎の違和感に囚われながらもそれ以外の変化が無いことに納得が行かないが、バーサーカーは仲間達との合流を急ぐべく庭園内を突き進む。
○ ○ ○ ○ ○
“黒”のバーサーカーが感じた違和感はステータスの低下だった。
ここは“赤”のアサシン、セミラミスの宝具である『虚栄の空中庭園』の内部である。この空中庭園は特定の地域の材料で作り上げられた、言うならばセミラミスの為の要塞だ。この庭園内ならばセミラミスは魔法に近い魔術を行使できる。
だが、他のサーヴァントは違う。ここはセミラミスの為の要塞であり、セミラミスが支配する領域だ。サーヴァントは知名度によってステータスが補強される。しかししつこいようだが此処は女帝の庭園。女帝の領地であり、国である。彼女こそが絶対であり神話である。故にーーー
「…やはりな」
「くっ…!」
“赤”のランサー、カルナの槍の一撃が“黒”のランサー、ヴラド三世を傷つける。
草原での戦いとは違い、槍兵同士の戦いは一方的となっていた。
「この空中庭園においては、こちらのアサシンが支配する領域だ。お前の領土というわけではない。つまり、この庭園に居る限り、お前は救国の英雄ではない訳だ」
ルーマニアでこそヴラド三世の実力は発揮される。だが、ここはセミラミスの領域。カルナもそれは同様だが、カルナは世界中に名を残す大英雄。反してヴラド三世はルーマニアから出れば吸血鬼として名を残す。
ルーマニアの地ではないヴラド三世はただの吸血鬼の汚名を背負わされたサーヴァントでしかなく、対してカルナは武人のサーヴァントであり、ステータスに依存しない武芸を持つ。ならば互いに槍を突き合わせばどうなるか? 結果は先程出てしまった。
ヴラド三世がいまだカルナに打ち倒されないのは英雄としての矜持があるからこそ。でも、それだけではカルナを殺すには程遠い。
ーーー余は、死ぬのか。
確信に近い思いが湧いた。二度目の生で得た“人”がいながらも敗北を喫してしまうことを恥じて、後悔してしまう。
もう、どうしようもない。敗北を覚悟し、せめて一太刀、目の前の大英雄に爪痕を残してやろうと決めた時、悪魔染みた言葉が囁かれた。
「いいえ、まだ勝てない訳ではありません」
その声は本来此処にいる筈のない、いるべきではない魔術師の声だった。
白を基調とし、血族であることを主張する為に整えられた衣服を見に纏う老いよりも若さを感じさせる男が、其処にいた。
「貴方がーーー宝具を、世に広く恐れられる怪物になれば不可能ではない」
囁いたのはユグドミレニアの長であり、“黒”のランサー、ヴラド三世のマスター、ダーニックだった。突然の闖入者にその場にいた全てのサーヴァントが動きを止めた。突如現れた魔術師よりも、“黒”のランサーはダーニックの言葉に反応した。
「…ダーニック、貴様、今この余に何と申した」
殺意がダーニックへとぶつけられた。混じりっけのない純粋な殺意。それを難なく受け止めたダーニックは臣下として偽りの忠誠を誓った主へと言葉を続ける。
「領王よ。宝具を開放しなさいと言ったのです。勝機はそれ以外に有り得ない」
「貴様、何を言っている!?あの宝具は使わぬと言ったぞ、忘れたか!?余はここで死ぬ!無念と共に死に、朽ち果てる!だが、それが敗者の定めだ!ダーニック!余はあれを使って、無様な存在に為ろうなどとは考えておらん!断じて、断じてだ!」
ランサーの激昂はそれこそ悪魔の相貌だった。元々青白い肌に蛇のように鋭い目つきだったのだが、傷により顔に血が滲み、大きく開かれては剥き出しになった眼球は威圧だけで人を恐怖で屈服させられるだろう。
だがダーニックは怯えることも、平伏すこともなかった。
「忘れているのは貴方の方だ。我々はどんな犠牲を払おうと大聖杯を手にせねばならない!あれを象徴とし、魔術協会への叛逆のために!領王とて、願いは切実のはずだ。ならばーーー宝具をつかうしか他ならない」
「貴様…!」
ダーニックが腕を翳すと、血の赤のような令呪が輝く。
「令呪を以って命じる。“ヴラド三世よ。宝具『鮮血の伝承』をーーー発動せよ”」
「ダーニック、貴様ァァァァァァァァァッ!!!」
絶叫が空中庭園に虚しく広がる。“黒”のランサーの嘆きはダーニックには届かない。
彼は無情に、無感情に、無関心に淡々と己の
「余は、吸血鬼では、ない…ない、のだ!」
「ーーーいや、お前は吸血鬼だよ。創作によって生まれ、汚名を被せられた哀れな怪物だ。第二の令呪を以って命じる。“大聖杯を手に入れるまで生き続けろ”」
「ダァァァァニィィィィィィィィック!!!!!!」
“黒”のランサー、ヴラド三世はダーニック目掛けて飛びかかった。ダーニックは笑みを浮かべながら、ヴラド三世の腕を受け入れた。
ヴラド三世の腕がダーニックの胸を貫き、胸から鮮血が噴き出した。それでも、ダーニックの表情から笑みは消えず、逆に深まっていく。
「ははははは!これは失礼!詫びに我が血を吸うがいい!お前はやはりヴァンパイアだ!貴様の願望など不要。私の夢、私の願望を、私の存在を残すがいい!第三の令呪を以って命じる、
「なーーーに?」
○ ○ ○ ○ ○
霊体であるサーヴァントは人間の魂を喰らい、魔力として変換することができる。それは霊体であるサーヴァントだからこそできる特権だ。
生きている魔術師は魂を魔力として変換することなどできはしない。
だが、例外はある。その例外を扱える魔術師こそダーニックなのだ。
ダーニックは他者の魂を己の糧とする魔術を編み出したのだ。
その魔術は危険極まりなく、細心の注意を払わねば死へと繋がる禁忌に近い技だった。
実際、ダーニックは六十年という時間の中で三度しかこの術を使用していない。この術は使えば使うほどダーニックという自我が削れ、違うものの魂と混じり、ダーニックという名の“誰か”へと成り代りつつあるのだ。
それをーーーダーニックは“黒”のランサーに発動させた。英霊の魂を現代の魔術師が支配できるはずもない。明らかな自殺行為。誰もが失敗だと、思っていた。
「莫迦な、あり得ん…!」
だが、失敗とはならなかった。そこにいるサーヴァント達は察知した。“黒”のランサーの魂がダーニックという魔術師の魂に蝕まれつつあるのを。
「令呪。いや、それでも有り得ない。ダーニック…いや、今の貴方は…ダーニックでもなければ、ヴラド三世ですらないのだな」
“黒”のアーチャーの推察に、“黒”のランサーともダーニックでもない何かが笑った。
「その通りだ、アーチャー。第三の、令呪、で、ヴラド三世という英霊の魂を、取り込まれやすいよう…加工するなど無理な話。取り込むなど不可能だ」
しかし、と。
「しかしだ。刻み付けることはできる。この私の、百年に及ぶ思念ならば…聖杯に対する執念ならば…刻み付けることはできるのだ。私は、既にダーニックでもなければ、ヴラド三世でもない!聖杯を求める怪物で、構わない!!」
元々、ダーニックとヴラド三世の精神性は近い傾向があった。精神性が近いということは魂の色が似ている。だからこそダーニックはヴラド三世の魂に己を刻み付けることが可能だったのだ。
妄執に近い執念が、僅かに英霊の魂に上回った。
「やめろやめろやめろ!やめてくれ!!余はワラキアの王、ヴラド二世の息子ーーー余の中に入ってくるなァァァァァ!!!」
「ははははははは!!!これで私と貴方は共になった!領王よ、否、吸血鬼!貴方の力は我らの共有財産となる!全ては聖杯のため!我が希望は貴方の中に根付き、永遠に生き続ける!」
「お、のれェェェェェェェェェェェェッ!!!」
「…いかんな」
今まで見に徹していた“赤”のランサーが動き、巨大な槍で“黒”のランサーの胸を貫いた。霊核がある心臓を貫いた。殆どのサーヴァントはこれで死滅するはずだ。耐久力が高いサーヴァントならば、まだ現界は可能だろうが貫いたのは“黒”のランサー、ヴラド三世。本来ならばこれで終わりのはずだ。ーーー本来ならば。
「……ッ!」
胸から漏れたのは血ではなく、黒い影に似たものだった。槍を引き抜き、自身の槍を眺めると“赤”のランサーは呟いた。
「確かに手応えはあったが。ああ成り果てては意味をなさないということか」
「ランサー、汝の槍は効果がなかったと?」
「吸血鬼になる前だったら、恐らく普通に砕いて殺せてはいただろう」
神から賜った業物の槍。それが効かないことに周囲に驚愕が走る。
「だが、オレたちの眼前に居るのは“黒”のランサー、ヴラド三世ではない。世界中から知られ、恐れられているーーー吸血鬼だ」
宝具によって変貌し、魂を妄執で穢され、ヴラド三世だったサーヴァント。それは世界中から恐れられている創作上の怪物、“吸血鬼ドラキュラ”。それが今、聖杯を求める化け物として生誕されてしまった。
蝙蝠が集まり、人の形を成すと吸血鬼はサーヴァントたちへと顔を向けた。優雅も気品も既になく、あるのは禍々しき妖気。身体から質量を持つ影が溢れ出し、ヴラド三世とはかけ離れた存在だった。
「…さあ、私の聖杯を返してくれ。私はあの大聖杯で、我が一族の悲願を叶えなければならないのだ。そう、我が悲願を叶えるため、私は無限に、そして無尽蔵に生きねばならぬ。血族を増やさなければならない。我が子を生み出さなければならない、眷属を更にふやさなければならない。才と努力と育成環境、それらを揃えて私の後に続く者たちを生み出さなくてはならないのだ。だから、大聖杯を…返せ、返せ、返せ、返せぇぇぇぇぇぇッ!!」
叫びに秘めたのはダーニックの悲願と吸血鬼の本能。混じり合った二つの思惑が一つとなり、向けられるのはただ一点。庭園の奥にある大聖杯だ。
「ハッ。どうあれ神々からは程遠いバケモンってのは変わりねえだろうが!」
“赤”のライダーが吸血鬼へと進み出す。英雄殺しの槍を手にし、どの英雄よりも疾い駿足が吸血鬼との距離を一気に縮めた。跳躍と共に投擲された槍は、一寸の狂いなく吸血鬼へと飛ばされる。
「いかん!」
叫んだのは“黒”のアーチャー。槍は吸血鬼を貫くのではなく、吸血鬼の手によって止められた。
「なに!?」
音速を超える速度の投擲を掴み取れば、腕は裂け、神経は断裂し、骨が砕けるだろう。だが、掴むのは吸血鬼。人の領域を超えた再生能力は腕を瞬時に再生させた。
笑みを浮かべた吸血鬼は“赤”のライダーへと跳躍する。宙に浮いていたライダーは組み伏せられるが、ライダーは余裕を保っている。ライダーの肉体は神性を宿さぬ限り傷つくことはない。
吸血鬼が牙を剥いた瞬間ーーー肌が粟立った。咄嗟に腕を突き出す。腕に吸血鬼の牙が食い込んだ。牙が食い込んだ瞬間感じたのはむず痒さ。
ーーー毒か!?
次の瞬間、“赤”のライダーは“黒”のアーチャーに蹴り飛ばされた。突然の蹴りに立ち上がりながら、師に抗議する。
「何するんだよ、先生!?」
「…貴方への攻撃は確かに『神性』スキルがなければ届かない。その勇猛さのせいで、精神への干渉する幻惑魔術のようなものすら通じません。ですが神の血を引いておらずとも、貴方を仲間にする方法は存在します」
躊躇なく、嘗ての仲間へ矢を射出した。吸血鬼に矢が突き刺さるが、平然とそれを引き抜いた。傷口はたちまち治り、塞がっていく。
「今のは攻撃ではない、吸血行為です。貴方を殺すのではなく、貴方を仲間に引き入れるための行動だ。貴方の躰は悪意や殺意には無敵に等しい。だが求められることには弱い。そう、つまりーーー」
「…友愛を示す行動には通用しない、か」
嫌そうに表情を歪めながら、言葉を引き継いだ。“黒”のアーチャーは頷き、弓に矢を番えた。他のサーヴァント達もそれぞれ吸血鬼へと戦意を向ける。向けられた戦意へと笑みを深めると、吸血鬼は躰から影を噴出させ、黒い風圧を全員へと叩きつけた。衝撃に近い風圧により全員が壁際まで引き下がられた。
吸血鬼の姿は消え、それぞれが姿を探すとーーー
「上だ!」
感覚が鋭い“赤”のアーチャーは上で影が集まるのを察知し、矢を射出させた。矢は形を成す前に当たったため、影は霧散し再度姿を消す。次に現れたのは、“赤”のアーチャーの眼前。影が腕となって掴みかかってくるので“赤”のアーチャーは横へと飛ぶが、影は蝙蝠となって“赤”のアーチャーへと襲いかかる。
「くっ!」
視界全体を覆い尽くす蝙蝠の群れを腕で薙ぎはらうと、吸血鬼の腕が“赤”のアーチャーの細い首を掴み上げた。
「がっ!」
「姐さん!」
「が、らがあああああああああっ!!!」
“赤”のライダーが助けんと駆け寄ろうとするが、形を成した吸血鬼の内部から、杭が突出した。杭を十数本ほど量産され、サーヴァント達へと放たれる。
「ちっ!」
「…っ!」
全員が払い折ったり、避けたりと回避行動を取って動きが取れない。吸血鬼は杭を躰から放ち続けながら口を大きく開けた。鋭く尖った犬歯、“赤”のアーチャーがそれを目で捉えると、生存本能が激しく警鐘を鳴らす。首を掴んでくる腕に両足を絡めて、吸血鬼の腕を捻り上げる。吸血鬼の腕が悲鳴をあげ、骨が粉々となる感触が足から伝わるが、吸血鬼の握力が緩むことはなかった。
「…くそっ!?」
壁へと押し付けられ、吸血鬼の牙が“赤”のアーチャーの首筋へと近づく。止めようにも腕はへし折られないよう防ぐのに手一杯。味方は杭への対処で間に合わない。窮地と悟り、歯を噛み締めたその時ーーー
ズブシュッ
肉に食い込む音がした。それは牙が皮膚を貫き、血管へと達したものであった。
どくどくと血が流れ、破れた皮膚から血が噴き出し、肌を沿って床へと血の水滴が流れ落ちる。
しかし、不思議と“赤”のアーチャーに痛みはなかった。なぜなら、
食い込んだのは吸血鬼の牙、その牙が食い込んだのは。
「…ヒッポメネス?」
“黒”のバーサーカーの腕だった。
現れた“黒”の狂戦士の姿に、全員の視線が集まった。“赤”のアーチャーの首筋を庇うため、差し出された腕は吸血鬼に噛まれている。
「バーサーカー! 腕から牙を外しなさい!!」
吸血鬼に噛まれる。つまりそれは吸血行為であり、己が眷属を作るための手順である。“黒”のアーチャーの呼びかけにバーサーカーは。
「…貴様は」
ただ、そう呟いた。
“黒”のバーサーカーにより吸血を免れた“赤”のアーチャーは噛まれたまま不動の体勢を保つバーサーカーの顔を見ると、虚を突かれた。
その顔は酷く、冷たかった。人を人として見ず、地面に転がる死骸を見る目よりももっと侮蔑と怒り、様々な負の感情を織り交ぜたかのような絶対零度の眼差しで、吸血鬼に成り果てた“黒”のランサーを
「ーーー殺す」
かつて、“黒”のバーサーカーは“黒”のランサーを王として認め、頭を下げていた。国を守らんと、冤罪というべき怪物の二つ名を消し去らんとする誇り高き精神に、羨望の眼差しで見ていたこともあった。
だがその憧れは遠く、過去の物へと消え去った。
小さき殺人声明と共に小剣を引き抜き、吸血鬼の首へと突き刺した。
「っか!?」
牙がバーサーカーの腕から離れるやいなや、バーサーカーは吸血鬼の髪を掴み、小剣を横へと滑らせて頭を胴体から引き抜いた。冗談のように首から噴き出す血を浴びながらバーサーカーは吸血鬼の頭を床へと勢いよく叩きつけた。残された胴体は影と消え、叩きつけられた頭部は苦悶の表情で固まっていたが、一度床に叩きつけられて跳ね上がった次にーーー
ぐしゃり。
トマトでも踏みつけたような生々しい音がした。
バーサーカーがしたのはただ、
その行動を見ていた者は戦慄に近いものを感じた。近くで見ていた“赤”のアーチャーなど、驚愕で口を開けていた。
平穏と称される“黒”のバーサーカーの一連の動作に幻惑なのかと疑ってしまう。“赤”のアーチャー、アタランテは生前にも見たことがない“黒”のバーサーカー、ヒッポメネスの残酷な一面を目にし、彼の後ろ姿をまじまじと眺めた。
飛び散った肉の破片は霧へと姿を変えて、胴体だった影と交わる。霧の流れに沿って“黒”のバーサーカーの首もそちらへと動いた。
影と霧が混ざり合い、肉体を再び形成する。形成した肉体は“黒”のランサーだった吸血鬼。吸血鬼は苦痛と憤悶に体を震わせ、喉を震わせた。
「…死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
体から生みだした杭を手にとってバーサーカー目掛けて投擲する。吸血鬼の怪力によって放たれた杭は音速を凌駕している。そんな杭などどうでもいいようにバーサーカーは小剣で弾き飛ばした。
吸血鬼は次々に槍を身体から形成し、生まれ落とした瞬間に投げ飛ばす。そんな杭の猛攻にーーーバーサーカーは突っ込んだ。
「バーサーカー!?止めなさい!」
“黒”のアーチャーの呼びかけは届かず、大量の杭が正面から降り注ぐのを無視し、小剣と喚び出した槍で弾き、逸らし、躱しながら突き進む。対処できなかった杭がバーサーカーの肉体へと突き刺さる。肩、脚、脇腹へと一本ずつ刺さった。だが、バーサーカーは仰け反ることもなく、立ち止まることもない。
その様子に誰かが息を呑んだ。身体に異物が刺さるも、苦悶の表情を浮かべない。淡々と前へ進む為、飛ぶ杭を作業のように捌き続ける。それはまさに狂戦士。“赤”のバーサーカーのような荒々しさはない、冷ややかな狂気が滲み出ていた。
「…怒りで我を忘れているな」
“赤”のランサーがぼそっと呟いた。“赤”のランサーは『貧者の見識』というスキルがある。そのスキルは相手の性格、属性を一目で見抜く。ランサーに嘘も欺瞞も通じず、その者の本質を語る。
「妻を傷つけられるのを目にし、狂戦士へと傾いたか。力も俊敏さも忍耐も変わらないが、殺意と憤怒は燃え上がっている」
「…つまり、姐さんが襲われるのを目にしてブチ切れてるってか?」
静かにランサーは頷き、“赤”のライダーは嘆息した。
ーーーどれだけ姐さんが好きなんだよ?
槍を手にすると、“赤”のライダーは吸血鬼へと跳躍した。次は投擲するのではなく、横から風を切るように槍を突き出した。
身体を蝙蝠の群れへと変え、槍を躱す。肉体を現すと、“赤”のランサーや“黒”のアーチャー、“黒”のキャスターのゴーレム達が襲いかかる。
それを霧に変え、杭を飛ばし、時に猛犬へとなって、逃げ続ける。
“黒”のバーサーカーは吸血鬼を殺そうと一歩前へ進み出したところに、“赤”のライダーが近づいた。
「おいおい待てよ、落ち着けって」
「・・・・・」
眼だけがライダーへと向けられーーー暫くライダーの顔を注視した後、バーサーカーの小剣が素早くライダーの喉元へと迫った。
「おっと」
鋼鉄の甲高い音が響く。バーサーカーの一撃をライダーが槍で払った。本当に我を忘れているのか?と苦笑すると、バーサーカーはもう一つの主武器である槍をライダーへ突き刺そうとした。
でも、その槍が突き刺さることはない。
「止めろ、バーサーカー」
槍を持つ手にーーー“赤”のアーチャーの手が添えられた。 彼女は驚愕に身を固めていたが、すぐに彼の変わり様を受け止めて暴走を止めるべく走り出したのだ。手を握る程度でバーサーカーが止まるとは思えないがすぐに取り押さえれるように、手を添えるだけではなくバーサーカーの胸に彼女は手を置いた。
ーーー怒りと狂気によって満たされたバーサーカーの心に涼風が通った気がした。
殺意も薄まり、正常となっていくバーサーカーの理性がアーチャーを、妻を捉えた。
「アタランテ…?」
「あぁ、私だ」
狂気から己を取り戻したバーサーカーは手と胸に、彼女の手が触れていることに三割の恥ずかしさと七割の嬉しさで、先程の怒りなど忘れて叫びそうになったが。
「………痛たたたた!?」
激痛で叫んでしまった。
アーチャーを認識した瞬間、バーサーカーの痛覚が正常に働いた。『狂化E−』はある程度の痛覚を緩和するが、杭が数本身体に突き刺さっている状態を無視できなかったのだ。
「…はあ」
杭を引き抜き、痛みで涙目になる男の姿に“赤”のアーチャーはため息をついた。
もしかしたらまた間が空くかもしれません。申し訳ありません。
うおおおおおおーーー!! 三月三十日は第5章、でも夜通し仕事だ!
泣ける。