碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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はい、更新です。毎日できるように頑張っていきたいところですが、二日に一回に落ちる可能性あり。根性出しますが、今後とも暖かい目で見てください。

では、どうぞ!!


はじまりの海祖

  ーーーそこは、果てしなく続く海が見えた。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  少年は帰る場所もなく、ひたすら歩いて海へ辿り着いた。

 

  父は戦に参戦し、早くに亡くなった。母も父を追うように病で亡くなった。

  父に教わったことは自身に流れるお祖父様の血を尊うことと、槍と剣の鍛錬は欠かさないこと。

  母には心はいつも平穏を保つことと、憤りと悲しみを忘れずに人に優しくなるようにと言いつけられた。

 

 

 

  両親を亡くし、行く宛のない僕は海へと辿り着いた。お祖父様を尊えとの父の教えの通り、地平線の果てまで碧が広がる海へと跪いた。

 

『お祖父様、僕の名はヒッポメネスともうします。父はメガレウス、母はメロペ。あなたの孫です』

 

『どうかお祖父様、僕にお導きを。僕に道を照らしてください』

 

  ーーー嵐が吹き荒れ、僕は波にさらわれた。

 

  空には重く黒い雲と矢のような雨が降り体を叩き、海は渦が体を引き裂こうと狂い回る。痛いし、苦しいし、何もできない。お祖父様が統治する海で一部になれということか。これがお祖父様のお導きというのなら仕方ない。生きるのを諦めたくはないが、お祖父様がそうしろというのならそうするしかない。意識は闇に、痛みは薄れ、体は海の底へと引き摺られる。

 

 

 

  いつしか本当に何も感じなくなったと思った時。頭を誰かに小突かれた。気がつけばそこは海辺だった。

  顔につく砂を払い、顔を上げるとそこには会ったこともない顔が皺だらけのお爺さんが立っていた。

 

  ーーーよう来なさった、ささ、こちらへ。

 

  言われるがままついていくと、海辺の近くにはこぢんまりとしていたが立派な神殿が建てられていた。お爺さんの後ろへついていくと、神殿の中央には巨大な石像があった。

 

  掘られていた石像は男だった。巌のように荒々しくも凛とした顔立ちに、手には鋒が三つに分かれた三叉槍。嵐の波に立ち、海を統べるにふさわしき誇り高き姿をした神の姿が石像となって神殿の中央に座していた。

 

 ーーーポセイドン(お祖父様)

 

  天空神の兄、あらゆる英雄の父でもある海神の石像を前にして、僕は思わず呟いた。

  その呟きを聞いていたお爺さんは膝を曲げ、僕に優しく語ってくれた。

  この場所はポセイドンを信仰とする者によって造られた神殿、ここは海神の家でもあり屋敷でもある。そして、僕の新しい家でもある、と。

  そして、ポセイドンが此処へ僕を導いてくれたと話してくれた。

 

 

  それを聞き、僕は再び海へと向かった。夜の海は朝の喧騒を全て飲み込み無へと帰らせる。あらゆる命が、多くの命が漂う生命の箱。その海を統べるが我が祖父、ポセイドン。

 

『ありがとうございます、お祖父様。僕にお導きを、ありがとうございます』

 

  跪いて、感謝を告げる。父と母を亡くした僕に与えられた新たな場所。全て祖父の贈り物だと瞳に涙を溜めながら、感謝した。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  これがヒッポメネスの幼年期か、とカウレスは幼いバーサーカーの後ろ姿を眺めていた。幼年期の頃から平和そうな顔立ちをしているのかと呟きながら彼が跪く海を眺めた。

  ここは夢の中。契約により因果線が主従に繋がることで見れる英霊の過去。召喚した初日振りの夢にカウレスは何処となく高揚していた。

  アタランテとの出会いまでヒッポメネスの生前は語られていない。誰もが知らぬ神話の裏側を自分だけが独占できている感覚に、浅はかだと自覚しながらも鑑賞し始める。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

  時は経ち、少年と青年の狭間の年頃となったヒッポメネスは浜辺で槍を振るっていた。父の教えを忘れず朝起きると槍と剣の鍛錬を開始する。それが終わると船を出して漁に行く。漁が終わるとヒッポメネスは必ず、海へと泳ぎにいった。

 

  海で泳ぐと様々な知識が自然と頭の中に入ってきた。人の体の中に流れる水流ーーー血流から人の肉体の構造を知り、治癒される工程、工程の仕組み。自然に流れる水が何処から生まれ、そして去っていくのか。

  それは様々なものだった。これも全て祖父であるポセイドンのお陰か。ポセイドンはヒッポメネスが青年になるまで姿を表すことも声もかけてくることもなかったが、ヒッポメネスは自然とこの知識を授けてくれるのが祖父なのだと理解していた。

  そして学んだ知識をヒッポメネスを拾ってくれた神殿の守り手である老人に話すと、老人はその知識を発展させるべく新たな知識を語ってくれた。

 

  世界の成り立ち、世界とは何ででき、そして誰によって創造を成されているのか。

  神は自然の権現であり、人は神を模して造られた現し身であること。

  神は気まぐれで、暴虐で、慈悲深い。神であり祖父でもあるポセイドンの慈悲深さに幼き頃のヒッポメネスは救われ、生きている。

  故に感謝を忘れない。母の言いつけでもあり、祖父の慈悲で実感したからこそヒッポメネスは祖父に対して感謝を忘れたことはなかった。

 

  それから数月、数年と時は流れ、ヒッポメネスは青年となった。彼が青年になる間、ギリシャではアルゴー船の冒険やヘラクレスの十二の試練、カリュドーンの猪など様々な冒険譚が広まっていた。若者は我こそはと名乗りを上げ、武勇と栄光を後世に残そうと猛々しくあったが、ヒッポメネスは我は知らんと今日も海に船を出していた。

 

  海に潜り、水中を自由に泳ぎ、挙句には海面を歩いていた。全て彼の体に流れる神の血の恩恵と教えのお陰である。その教えがいつの間にか魔術となって形になり、血脈の力を最大限まで引き伸ばした。

 

  欠点があるとしたら、彼はそれを誰にも披露しようとせず、生活に役立つものとしか捉えなかったこと。

  呪文を唱えれば崖を飛び越えられる脚力を、銛を最大限の力で投げれば鯨の脳天を貫ける膂力を、水を通せばどんな傷も癒せられる魔力を宿すのに、それを自慢しなかった。

  見せたとしたら守り手の老人だけ。

  老人も少しは祖父のように力を顕示しても怒られないのでは、と苦言したほどだ。

 

  幼少から育ててもらった老人が寿命を迎え、永い眠りについてからヒッポメネスは神殿を出て旅に出た。育ち過ごしてきた神殿で一生を過ごすのも良かったが、一度世界を見てみるのも悪くないと身支度をまとめて、幾つもの国を見て回り始めた。

  自由気ままな旅生活。悪くないと思いながらも、何処か物足りないと感じる日々。そろそろ海が恋しくなり、故郷へと戻ろうと最後に寄った国で、ヒッポメネスは一つの噂を耳にした。

 

『あのアタランテを妻として娶れるぞ』

 

  アルゴー船の乗務員にして、カリュドーンの猪を最初に傷つけた女狩人。旅先々で聞いた有名な狩人を妻として迎えられる。国中の男が意気揚々と話していたので嫌でも耳にする。ヒッポメネスも噂に誘われて、アタランテがいると聞いた場所へと足を進めた。

 

 

 

 そこで最初に見たのはーーー死体の山だった。

 

 木や草が抜かれ、固く踏まれた大地は兵を鍛える為の修練場であったのだろう。そこに何故死体が積まれているのかが理解できなかった。近くにいた者に聞くと、死体となった人物達はアタランテに挑戦して敗れた者達だった。

 

  アタランテは婚姻することに一つの条件をあげた。

 

『私と競争し勝った者の妻となろう。だが、負けた者は死んでもらう』

 

  死体は例外なく胸に矢が生えていた。アタランテは自らの言葉を覆すことなく負けた者に等しく死を与えている。

 

  ヒッポメネスは正直理解できなかった。一人の女性を娶るためだけに命を捨てることができるのか? 死体の山は一つだけではないらしい。前にも一つ積み上がったらしく、国の王が臣下に命じて除けたのだ。

 

  男達に同情しつつ、ヒッポメネスは踵を返してその場を去ろうとした。命は捨てられない。海辺に帰り、漁をしながら暮らそう。今後の人生を海辺で過ごそうと決心し、国を離れようとした時ーーー

 

「なんだ、汝が次の挑戦者ではないのか」

 

  声をかけられた。若い女の声。誰だと振り返った時ーーー

 

 

 

  あの死体達のように、胸を射抜かれたような熱を覚えた。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  目を覚ますといつも通りの自室の光景だった。眼鏡をかけて時計を見ると一時間程しか眠れてない。目が疲労で重く、肩もだるさで重い。体にのしかかる脱力感に抗いながら、ベッドから立ち上がる。

  神話の語られなかった部分を知って、達成感や全能感を感じると思ったら、案外そうでもなかった。あるとしたら歯車が噛み合ったような納得。

  魔術が使えて、槍や剣も扱える。そして、何よりあのアキレウスを傷つけられる理由。

 

  ヒッポメネスは海の神、ポセイドンの孫だ。

 

  ヒッポメネスの父、メガレウスはポセイドンと人間の女性の間に生まれた半神。

  テーバイ攻めの七将に同じ名を持つ英雄がいるが、ヒッポメネスの父であるメガレウスはギリシャの地方都市の名祖となった英雄。クレタ王ミノスと戦うメガラー王ニソスを援護するために軍を率いて戦へ赴いたが、戦場で命を落とした。

 

  カウレスはヒッポメネスが持つクラス別スキル狂化以外の保有スキルを思い出す。

 

 

 

『魔力放出:C』『神性:C』『大海の血潮:B』『気配遮断:D』

 

 

 

『神性』という希少なスキルや『大海の血潮』という謎のスキルが付いていると疑問に思っていたがこれで全て分かった。

神の血が四分の一。だがその血は全世界で知れ渡っている海と地震を司る大神の血だ。薄まっているとはいえ、ランクがCとなるほどの神秘と知名度を誇っている。

 

  『大海の血潮』も希少なスキルだ。水に触れるか、水が近くにあるだけでステータス補正が入る。主に敏捷、魔力、幸運の三つが上昇するが、海水だと更に大幅に変化するらしい。ヒッポメネスが扱う魔術はこのスキルに含まれているものだろう。

  当初ダーニックがそのスキルを聞き、海水を用意しようとしたが『海と認識していないと意味がない』と言われ、ヒッポメネス自身が魔術で水を確保するということに終わった。

 

  そして『気配遮断』のスキル。まさかアサシンのクラス別スキルがあるとは想像していなかった。ヒッポメネスはアタランテとの競争に挑む際、彼女に黄金の林檎を持っていることがバレないように懐に隠し持ち続けたと逸話に残されている。その隠し持っていたことがスキルとして発現しているのだ。

 

  ともあれ、ヒッポメネスの保有するスキルの謎も解けた。自身のサーヴァントについて知らないことが多くある。

  バーサーカーとは聖杯大戦だけの短期間の付き合いだ。短い間に深く知ろうとすると争いの種になりかねないが、“赤”の陣営には“赤”のアーチャー、アタランテがいる。ヒッポメネスは裏切らないと言うものの、万が一を考え、ヒッポメネスの動向を観察しておくようにしようとカウレスは決める。

  信じるために疑う。疑念ではなく、確認の為の観察。なんか嫌だな、と呟きつつカウレスは部屋を出て行った。

 




ヒッポメネスのスキルとアタランテとの邂逅前の話。ほとんど会話ないのが盛り上がらない。
次の生前回想は言葉多めで頑張ります。

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