そんなちょっとだけ特別な日だから。
ハピナさん主催の第1回ハーメルンコンテスト参加作品となります
「四年に一度と言えばなんだと思う?」
夕飯も食べ終わり、今日もまたお酒を飲みながら動画サイトでも見て夜更かししようかと思っていたときだった。夜も遅いと言うのに、誰かがウチのインターホンを鳴らしたのは。
そして、面倒だなぁ。なんて思いながら扉を開けるとそこには彼女の姿が。
――ひと狩りいこうぜ!
3DSを手に持ちながら彼女はそう言った。
それが今から3時時間ほど前の出来事。
それからは彼女と二人でひたすら狩りゲーを続けている。
「ん~、オリンピックとか」
このゲームはネットを繋げば離れていても多人数で遊べるもの。わざわざ俺の部屋へ来る意味はないと思うんだけどなぁ。会話だって電話をしながらやれば良いのだし。
「あー、やっぱりそっちを思い浮かべちゃうよね」
今は長過ぎる大学の春休み。ソイツは2月の頭から始まり、4月の頭までと、丸々2ヶ月もある。
そして、そんな今日はやっとその2月が終わる日だった。
友人なんかは外国へ旅行したり実家へ帰ったりとそれなりに予定があるらしいけれど、生憎俺にそんな予定はない。せっかくの長期休みなのだし、何かしたいなぁとは思っているんだけどさ。
そう言えば、この彼女はそう言う予定とかないのだろうか?
「んじゃあ、モテ期とか」
「ばかやろー、これまでの人生で1度も訪ずれてない私に喧嘩を売ってるのか」
いや、俺だって訪れたことないんだけど……
そしてそうだったんだ。それはちょっと意外かも。
彼女の容姿は決して悪いものじゃない。幼さのようなものを感じることはあるけれど、実際野郎共からの人気だってある。
そんな彼女とここまで仲良くなれたのは……まぁ、運が良かったからってことなのかな。
「おっ、おおー! 見て見て、紅玉が出た!」
「そりゃあ、良かったな。てか、さっきからずっと俺のぬいぐるみを押しつぶしてるけど、やめてください。座布団になっちゃうでしょうが」
そのピカチュウのぬいぐるみ結構高かったんだぞ。
「ふふん、君にこのピカチュウが汚される前に……えと、ほら。私がマ、マーキング? してあげてるんだ」
なんのためのマーキングだよ。
そのピカチュウ、俺の物なんだけどなぁ……
「はぁ、もう別に気にしないけどさ。ちょっと外行ってフィルターを通した新鮮な空気吸ってくるわ」
「またタバコ? 君ってよく吸ってるけどそんなに美味しいの?」
美味しいってのとはちょっと違うと思う。最初はただの格好つけで吸っていただけのはずだったのに、今じゃ吸わなきゃやってられないほどになってしまった。
タバコを吸ったって良いことなんて何もないことは分かっている。それでも、やめられないってのは、きっと中毒ってやつなんだろう。ホント、怖いものです。
「クソまずいよ」
「じゃあ、なんで吸ってるのさ……」
ホント、どうしてだろうね? そればっかりは俺もわからないかな。
火をつけたタバコを咥えながらボーっと考え事をしてみる。
別に考えることなんて何もないはずなのに、タバコを吸ってる最中ばかりは何かを考えないといけないと思ってしまう。
タバコの煙とともに吐き出された息は、真っ暗な世界へ少しだけ白色を加えてくれたけれど、それも直ぐにきえてしまった。今の季節はまだ冬と言って良い時期。この息を白く染めているのはタバコの煙だけではないだろう。
「今年は暖冬だって言ってたんだけどなぁ」
独り言が零れ落ちる。
その息はやはり白く染まっていた。今年も寒い日々が続きます。
さてさて、そんなことよりも今は考えなきゃいけないことがあるんだ。
彼女があんな質問をしてきた理由は分かっているし、どうして今日、彼女が俺の元へ来た理由とかも分かっている。いつもの彼女は俺と違ってアホみたいに素直な性格だ。そんな彼女が真っ直ぐじゃなく、あんな回りくどい質問をしてきたのは、やっぱり恥ずかしかったからなのかなって思う。
そんな俺の考えはもしかしたら、ただの勘違いなのかもしれない。もしそうだとしたら、これほど恥ずかしいことはないだろう。一人で勝手に深読みして、勝手に勘違いしていたんじゃあ笑い話にすらならない。
まぁ、あの彼女なら笑ってくれそうなんだけどさ。
そして、もし俺の勘違いだったとしても今日俺がやらなきゃいけないことは何も変わらないってのが、また困ったものなんですよ。
こう言うのは苦手なんだけどなぁ……
タバコの1本でも吸えば多少の勇気が出ると思っていたけれど、どうやらそんなことはないらしい。それくらい役に立ってくれても良いだろうに。
地面に擦りつけ、タバコの火を消してから灰皿代わりに使っている広口の珈琲の空き缶の中へ。
それから、数回ほど大きく深呼吸をした。それが無駄な抵抗だってことくらいわかっている。染みついてしまった煙の匂いは簡単に抜けてくれないのだから。
それでも、まぁ、やらないよりは良いのかなって思うんだ。
そんなことをしてから、部屋の中へ。
そろそろ3月になるって言うのに、相変わらず外の空気は冷たい。これ以上、外にいるのはちょっと大変だ。
う~ん、タバコを吸ったら喉が渇いちゃったな。ビール以外に飲み物はあっただろうか?
「何か飲む?」
自分だけ飲むのは申し訳ないから、一応彼女に確認。
そんな彼女はピカチュウがえらく気に入ったらしく、先ほどよりもずっと強く押しつぶしていた。きっとあのピカチュウのぬいぐるみには彼女の匂いが……ああ、いや、なんでもないです。
……マーキング、か。
「ビールがいい」
お酒は却下で。
あんたこの前、チューハイ1缶で酔っぱらって暴れだしたことを忘れたのか。忘れたんだろうなぁ……
あの時は後片付けとかホント大変だったんだぞ。当の本人は寝てしまってちっとも手伝ってくれなかったし。
彼女の妄言はさておき、冷蔵庫を開け中を確認すると、ビールと麦茶が入っていた。ああ、じゃあ麦茶で良いか。ビールも麦茶も原料的にはそれほど変わらないし。
「麦茶でいい?」
「冷たいやつ?」
「冷たいやつ」
そう俺が伝えると、彼女はうーんと考えるような仕草をしてから、結局麦茶はいらないと言った。どうやら今は暖かいものが飲みたいらしい。
ビールだって冷たい飲み物なんだけどなぁ。
さて、暖かい飲み物となると、もうインスタントコーヒーくらいしか残っていない。しゃーない、ちょいと面倒だけどお湯を沸かすとしよう。
「なんの飲み物を用意してくれるの?」
「コーヒー」
この時間に飲んだら寝られなくなりそうだけど、まぁ、別に良いか。今日もまたどうせ外が明るくなるくらいまでゲームすることになりそうだし。
「私、ブラックは無理なんだけど……お砂糖か牛乳ってある?」
ああ、そう言えばブラックは無理とか言っていたっけかな。しかし、残念ながら我が家には砂糖も牛乳もない。これを機に彼女にはブラックコーヒーを飲めるようになってもらおうか。そうなってくれればこの先、楽ができる。
そんなことを彼女に伝えようとした時、動画サイトを開きっぱなしだった俺のノートパソコンから、0時くらいをお知らせする時報が流れた。
ああ、日付変わっちゃったのか。
これでもう後に引くことはできなくなってしまった。
「いや、砂糖も牛乳もないよ」
「んもう、それくらい用意しておいてよ」
なんで俺がお前のために用意しておかにゃならんのだ。
コーヒーを出してあげるだけ有り難いと思ってください。
「自分の部屋から持って来たら? 隣の隣なんだし直ぐでしょ」
「うん、そうする」
そう言ってから3DSを机の上に置き、押しつぶしていたピカチュウを手に持ち彼女は立ち上がった。
おい、こら。ピカチュウは置いていきなさいよ。そのピカチュウをどうするつもりだ。
てか、そんなにピカチュウ好きだったんだ……
いや、まぁ、それなら丁度良いんだけどさ。
「そう言えば、今日は何時までやる?」
「ん~……私の体力が尽きるまでかなぁ」
ああ、やっぱり朝までか。流石に寝落ちすることはないと思うけれど、また今日も疲れそうだ。
そして彼女の言葉を聞いてから用意しておいた物を押し入れから取り出した。
「ちょい待って」
んで、今にも俺の部屋を出そうな彼女を呼び止めてみる。
「うん? どしたの?」
コテンと首を傾げた彼女。
そんな彼女の顔面へ、用意しておいた物を投げつけた。
「へぶっ……な、何をしやがりますか!」
ナイス顔面キャッチ。
本当はこんな適当な渡し方じゃなく、もっとちゃんと渡した方が良いんだと思う。
でもさ。ほら、なんか恥ずかしいじゃん。こんな時だってひねくれた俺の性格は素直になってくれやしないんだ。
「20歳の誕生日、おめでとう」
今は2016年。そんな今年はうるう年。四年に一度訪れる、ちょっとだけ特別な年。
そして、そのちょっとだけ特別な年の2月29日はこの彼女の誕生日だった。
「……知ってたんだ」
ポカンと口を開け、驚いたような表情。
そりゃあ、こんな日が誕生日なら記憶にだって残る。
「え、えと……あ、開けても良いですか?」
「良くない、自分の部屋で開けてください」
恥ずかしいからそれはやめてもらいたいところ。
けれども、そんな俺の言葉も感情も無視して、彼女はプレゼントを開けてしまった。最初から開けるつもりだったならなんで聞いたんだ……
「おおー、ピカチュウじゃん! へへ、でもこの子と比べるとちょっとちっちゃいね」
そう言って彼女はくるくると笑った。
彼女へのプレゼントは手のひらサイズのぬいぐるみにした。あんまり高価な物を送っても相手は困ってしまう。多分、これくらいが丁度良いのかなって思うんだ。
「……うん、ありがと。嬉しい。大事にする」
プレゼントしたぬいぐるみの確認を終えると、どこか恥ずかしそうに彼女がそんな言葉を落とした。
そして、足早に俺の部屋を出て行ってしまった彼女。
どういたしまして。そう言ってもらえれば俺も嬉しいよ。
はぁ、とりあえずこれで一山越えたと言ったところ。
そして、もう一山あるわけだけど……そっちの山を越えるのは大変そうだ。
「あの時の質問ってさ。やっぱり自分の誕生日を伝えたかったからしたの?」
たっぷりと砂糖を加えたコーヒーをすする彼女に質問。
そんな彼女は相変わらず、俺のぬいぐるみを大事そうに抱えていた。俺のプレゼントしたぬいぐるみはどうなったんだろうか?
「そ、それを聞きますか?」
いや、だって気になるじゃん。
けれども、今の彼女の反応を見るにどうやら俺の考えは当たっていたらしい。良かった。これで恥ずかしい思いをすることはなさそうだ。
「そ、そうですけど……だって、君が私の誕生日を覚えているなんて思ってなかったもん。でも、忘れられたままじゃちょっと悔しかったから……」
「俺だって親しい人の誕生日くらいはちゃんと覚えるよ」
なんて強がってみたけれど、もし彼女の誕生日が2月29日なんて言う覚えやすい日じゃなかったら、絶対覚えていないだろうってのはここだけのお話。
他人の誕生日なんて一々覚えてられないし。
「ホントに? ちょっと信じられないんだけど……」
疑うような視線を向けられた。所謂、ジト目。
そんな表情の彼女もなかなか可愛らしい。
「まぁ、ちゃんと覚えてくれたみたいだからいいんだけどさ」
そう言ってから彼女はまたコーヒーをすすった。お願いだから、ぬいぐるみには溢さないようにね。
彼女につられて俺も自分のコーヒーをすすってみた。ちょっと粉を入れ過ぎたって思っていたけれど、どうしてなのやらそれほど苦くは感じない。
砂糖を入れた覚えもないんだけどなぁ。
「私ってさ。2月29日って言う、ちょっと特別な日が誕生日じゃん」
ぬいぐるみを抱き、両手でコーヒーの入ったマグカップを持ちながら、彼女がぽつりぽつりと何かしらの言葉を落とし始めた。
「だからさ、小さい時は私って特別な人間なんじゃないかな。とか思ってた」
そんな彼女の気持ちは少しだけわかる気がした。別に俺の誕生日は特別な日でも何でもない。けれども、小さいころは他人と自分の違うことを見つけた時、俺は他の人とはちょっと違うんじゃないかって思った。
――思った。つまり過去形。そしてそれはこの彼女も同じなんだろう。
「私は特別だから幽霊が見えたりするんじゃないか。とか」
「でもお前、幽霊とか苦手じゃん」
にらまれた。
まだ口を挟んじゃいけないらしい。
「もしかしたら、魔法を使えるんじゃないかとか。超能力とか使えるんじゃないかとか」
彼女の言葉を聞き、何と言うか……いかにも小さい子が考えそうなことだなって思った。そんなこと誰だって考えるだろう。誰だって夢に見るだろう。
つまり、この彼女の考えていたことは別に特別なことでも何でもないってこと。けれども、そんな考えを大人になっても喋ることができるってのは、特別なことだと思う。少なくとも、俺みたいにひねくれた人間にできることじゃない。きっとそれは彼女みたいに真っ直ぐな人間ができること。
そんな彼女はちょっとだけ特別だ。
「でもさ。大きくなるとわかっちゃうんだ。別に私は特別な人間なんかじゃなくて、極々普通の人間なんだって。それがわかった時はやっぱり切なかったかな」
「小さい時なんてそんなもんだろ。そんくらい普通だ、普通」
俺だって小さい時は一生懸命かめはめ波の練習をしたものだ。何故かあの頃は俺ならできるとか、バカみたいなことを思っていた。
そんなことあるわけないってのに。
「そう……なのかな?」
「そう普通、普通。そんなもの子供が悪の組織を蹴散らすヒーローに憧れることや、大きな入道雲を見つけたら、その中にラピュタがあると信じることと何も変わらないさ」
小さな頃は誰だって特別なことを夢に見て、求め、追いかけ――諦める。
そう言うものだと俺は思う。それは本来、恥ずべき事なんかじゃないはずだ。それを黒歴史なんて世間は騒ぐけれど、子供の時の夢を忘れてしまう方がよっぽど恥ずかしい。
昔のことを隠し、取り繕ってばかりの俺よりも、この真っ直ぐな彼女の方が絶対に輝いている。
「だから」
「だから?」
だから……そんな真っ直ぐな――
「貴方のことがずっと好きでした。付き合ってください」
彼女の目を真っ直ぐと見ながら言葉を落とした。
自分で言っておいてあれだけど、この告白はちょっとどうなんだろうか。ただ、これは前々から言ってやろうと思っていたこと。タイミングはあまり良くなかったかもしれないけれど、まぁ、言って良かったかなとは思える。
「…………は? えっ、ちょっ……え? い、今、君はなんと?」
ぽかんとしていたと思っていたら、急にあたふたと慌てる彼女。
「いや、だから……好きだから付き合っていただけないかなと」
二度も言わせないでほしい。俺だって滅茶苦茶恥ずかしいんだ。
それこそ、今までの人生で一番恥ずかしいし緊張しているくらい。
「す、好き?」
「うん」
「私のことが?」
「うん」
彼女は持っていたマグカップをそっと机の上へ置き、抱いていたぬいぐるみを更に強く抱きしめた。
まるで何かから自分を守るように、ぎゅっと。
「あ、愛の告白ですか?」
「そのつもりだったけど……あ~、その……お返事は?」
彼女の目を真っ直ぐと見てみる。
こう言う時くらいは彼女を見習って真っ直ぐになってみよう。
「や、やぶさかでない」
「……つまり?」
けれども、彼女はそんな俺から顔を反らし、代わりにその顔をぬいぐるみへ埋めた。
そして――
「……ょ、よろしくおねがいします」
小さな小さな声で、彼女はそんな言葉を落としてくれた。
え、えと……これはつまり、その、了解してくれたってことで……良いのかな?
「…………」
「…………」
そしてお互い無言に。なんだこれは。
本当は喜ばなきゃいけない時なんだろうけれど、どう喜んで良いのかがわからない。
ぬいぐるみへ埋めていた顔を上げてくれはしたものの、やはり俺の方を見てはくれない。まぁ、俺も恥ずかしくてしょうがないんだけどさ。
「ああ、もう! コンビニに行こう! だから車お願い!」
その沈黙を破ってくれたのは、やはり彼女だった。
何と言うか、彼女にはいつもいつも頼りっぱなしだ。
「あ~……えと、どうしてコンビニ?」
「今日から私は20歳だもん。だから今日から私はどや顔で年齢確認をパスすることができるじゃん。だから年齢確認されたいの!」
いや、うん。まぁ、そうだけど、俺的にはそれよりも……えと、どうしたいんだろうね? 俺も良くわかんないや。
それに、まぁ、この話の続きなんて何時でもできるか。このちょっとだけ特別な今日ばかりは彼女に付き合ってあげるのも悪くない。
そんなことを思うのです。
「よ、よし。それじゃあ、早速出発だ!」
一生懸命、普段通りに振る舞おうとしているみたいだけど、今の彼女からはそれが演技だってことがはっきりとわかった。
少しは意識してくれているのかな。そうだと嬉しいな。
わずかに残っていたコーヒーを飲みほし、車のカギを手に取ってから立ち上がる。
年齢確認されるためにコンビニへ行くそうだけど、彼女は何を買うつもりなんだろうね? お酒飲めないのに。
そして、俺と同じように立ち上がった彼女と漸く目が合った。
「え、えと。これからもよろしくお願いします」
そんな彼女の言葉。
こちらこそよろしくお願いします。
今日はそんなちょっとだけ特別な日らしいです。
読了お疲れ様でした
たまにはこういうのも良いなぁなんて思いました
うるう年の意味があったのか私はよくわかりません
さて、この作品を読んでくれた全ての読者の方々と今回のイベントを開いてくれたハピナさんに最大限の感謝を――
ありがとうございました