運命の陰陽師と予言の子   作:霧のまほろば

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第6話 ホグワーツ

ゴトン……。

 

青白い満月の月の灯りに照らされ、浮かび上がる赤いホグワーツ特急がホームに入り、ゆっくりと轍がレールの繋ぎ目を通り過ぎて止まる音が聞こえ、僅かに揺れると静かになる。

そして、次の瞬間、客車内が学生たちの声で騒がしくなり、我先にと客車を飛び降りて、それぞれの学年に用意された交通手段でホグワーツの方へ去っていく。

残るのはポカンとした表情を浮かべる一年生と呼ばれる魔法使い未満の学生たち。そこに雷鳴のように轟く声。

 

「イッチ年生!イッチ年生はこっちだ!」

 

もじゃもじゃした豊富な髭を蓄え、2メートルを超え、3メートルに達するのではないかと思えるほどの巨軀を誇る大男ーールビウス・ハグリッドの声だ。

巨体から出る声は雷鳴のように轟き、気の弱い子なんて恐縮仕切って今にも気絶してしまいそうだ。

 

「デッケェ………」

「わぁ……、おっきい……」

「巨人と魔法使いの間に生まれたみたいだね。私も昨日初めて見たよ」

「私は赤ちゃんだった時に抱っこされていたみたいだけど、よく覚えてないなぁ」

 

ハグリッドの声に促されて一年生の波が湖の方へ流れていき、マリナたちがハグリッドのそばを通ると、ハグリッドの顔がズイッと近寄り、マリナの表情を見つめると僅かに見える顔に浮かぶつぶらな黒い瞳に歓喜の色が浮かぶ。

 

「おう!マリナ!それにセイメイか!」

「ハグリッド!」

「ホグワーツはもう少しだからな。さあ、行った行った!おれはイッチ年生を引率しなきゃなんねぇからな」

「ホグワーツでまたね!」

 

片手を上げて、にっこりと破顔させたハグリッドから離れて湖畔まで行くと、カヤックのようなボードが幾つも並んでおり、既に半分程が学生で埋まっていた。

ハグリッドも巨体を揺らしてやってくると、のっし、と一つのボードに乗り、その体重に押されてボードが大きく揺れた。尚、ハグリッドの乗るボードはハグリッド専用に作られた一回りも大きなカヤックだ。

マリナたちも一隻に纏まって乗り込むとハグリッドの声が響く。

 

「よしよし、全員乗り込めたな?よーし、出発!」

 

ゆらりゆらりとカヤックが揺れて岸を離れて湖面に映るオレンジ色の灯りが見える方面へハグリッドのカヤックを先頭にゆっくりと進んでいく。

 

「凄い!凄いわ!誰も漕いでいないのに、勝手に進んでいくカヤック!ああ、どんな魔法がかけられているのかしら!?移動魔法?呼び寄せ魔法?直ぐにでも聞きたいわ!」

「お、落ち着いて、ハーマイオニー!」

 

鼻息を荒げ、誰が見ても興奮しているのがわかるハーマイオニーが騒ぐ。

それをなんとか落ち着けようと奮闘するマリナとネビル。清明は微笑ましげに見つめていただけだったが、その視線に気づいたのか、顔を赤くして縮こまるハーマイオニー。

そこに先頭を行くハグリッドの声が飛ぶ。

 

「頭気をつけろよー!」

 

航路の先を見ると、木の根がトンネルのように伸びてその下をゆっくりと進んで行く。

トンネルをくぐり抜けるとホグワーツがあるのだろう。わくわく、ドキドキしながら、どんなところだろうと期待して、マリナと笑いあう。

 

そして、トンネルをくぐり抜けるとーーー

 

「うわぁーー!すっごい!すごいよ!清明!」

「うん………!幻想的……」

 

中世時代の城のような巨城が湖畔に聳え、月の光に照らされて幻想的に浮かび上がる。城の窓という窓から篝火のオレンジ色の灯りが洩れてそれが、一つの絵画のような幻想的な風景を生みあげていた。

目をキラキラと輝かせて、清明の腕をパシパシと叩いて興奮の度合いを示してくるマリナ。マリナ程にではないものの、清明も初めて見る美しい光景に目を輝かせて魅入る。

 

それを微笑ましげに見つめるハグリッド。

十一年振りに会ったマリナはすっかり赤子から成長して少女へと。そして、純粋な少女らしく、表情が豊かだ。驚いたり、笑ったり、おどけてみたり、とコロコロ表情が変わっていくのを眺めているだけで楽しい。

あんな悲劇があったことなんて感じさせない、一人の素敵な、可愛らしい少女だ。

此れからの六年、良い思い出で埋め尽くされる学生時代を送れるように、とハグリッドは笑顔の中でそう祈る。

そして、となりでニコニコと愛らしい笑顔を浮かべる清明も幸せな学生時代を送れるように、と感謝の念も込めて祈った。

 

 

 

 

ボードから降りて、城門と言える巨大な門の前に一年生と、率いるハグリッドが集まり、ハグリッドが木の瘤のような大きな手を振り上げて鋼鉄の飛びをたたく。

ゴォンゴォン……と低い音が響いて、数瞬すれば、割れ目からオレンジ色の灯りが差し込み、左右に開かれていく。

その開かれた門の中からエメラルドに煌めくローブと魔女帽子を纏った厳格そうな老魔女が年を感じさせない背筋でハグリッドの元へ歩み寄ってくる。

 

「マクゴナガル先生。イッチ年生を連れて来ました」

「ご苦労様です、ハグリッド。後は私が引き連れましょう。貴方はボードを片付けた後、大広間へ向かってください」

 

へい、と返事をして巨体を揺すって闇の中に浮かぶカンテラの灯りとともに消えていく。

視線をもどすとちょうどマクゴナガルと目が合い、軽く会釈すると、口に微笑を浮かべて頷き返してくれる。

それに嬉しかったのか、パァッと表情を明るくするマリナ。厳格そうな表情で、昨日会った時と違って見えていたため、不安そうだったけど、そんな不安も消えたみたいだ。

 

「新入生の皆さん。ホグワーツにようこそ。私はミネルバ・マクゴナガル。主に変身術の講師を務めています。魔法とは聞こえは良いのでしょうが、使い方を誤れば危険なものへと変貌してしまうものでもあります。ゆえにここでは誤った魔法の使い方をしないように学ぶところでもあります。学生、思春期の真っ只中ということもあって、此れからの六年間を大人しく授業を受けろとは言いませんが、程々にしてください。先輩方には問題ある方々もいらっしゃいますが見習ってはなりませんよ」

 

最後の言葉はちらりとロンの方を見て悪戯っぽく告げてくる。恐らく、ホームで会ったロンの双子の兄のことを指しているのだろう。

フレッドとジョージのことであるが、ホグワーツの歴史でも屈指の悪戯をかましてくる問題児だ。タチの悪いことに魔法の才能は非凡なものであり、実技でも学年上位に食い込める程の実力があるのだろうが、その実力と発想を悪戯に振り切っているため、マクゴナガルたちは頭を悩ませつつも、手の焼ける生徒を見ているかのような優しい顔を浮かべている。

 

コホン、と咳払いをして、ついてきてくださいと一言発して踵を返していく。

老魔女とは思えないキビキビした足取りでさっさと歩いて行くマクゴナガルを追うように一年生の群がゾロゾロと移動を始めた。

そして、大広間に通じる階段に差し掛かるとマクゴナガルの足が止まる。

 

「此処で少々お待ちなさい。組み分けの用意がありますので、私は先に中に入りますが、くれぐれも問題を起こさないように。いいですね?」

 

キラリ、と睨むように一年生を隅から隅まで見回して静かになったのを機に大広間の中へ去っていく。

組み分け。その言葉を聞けば、ざわざわと騒めいて不安そうな声が飛び交う。

やれ、魔法を使った試験だの、魔法を使って教師と決闘だのと確証もない噂話が一人歩きしてそれが余計に不安を駆り立てた。

 

「ね、清明。組み分けってどんなことをするのかな?いきなり魔法を使うのかな」

「んー、それは無いと思うよ。一年生だと、知っている魔法や使える魔法も限られているだろうから、いきなり魔法を使った試験っていうのは無理があると思うよ。さっきマクゴナガル先生も言っていたけど、ホグワーツは四つの寮があって、それぞれ毛色が違う寮みたいだね。だから、多分適性を調べて組み分けするんじゃないのかな?」

 

グリフィンドール。

ハッフルパフ。

レイブンクロー。

スリザリン。

 

ホグワーツには四つの寮があり、それぞれ特徴と言うか、性格が異なる。

 

グリフィンドールーー勇猛果敢な者たちが集う紅い獅子の寮。

 

ハッフルパフーー心優しくて勤勉で真っ直ぐな者たちが集う黄色い穴熊の寮。

 

レイブンクロー ーー機知と叡智に優れた者たちが集う青い鷲の寮。

 

スリザリンーー狡猾な者たちが集う緑の蛇の寮。

 

ホグワーツにはこの四つの寮があり、それぞれに合った毛色の学生が集う。

この四つの寮の毛色を聞いたマリナはどれにしようかと悩む。

 

チラリと隣を見ると清明も真剣な顔で大広間の門の上にあるホグワーツの紋章を見つめていた。中世時代の騎士が使う盾のようなものの中心部にホグワーツのイニシャルの頭文字のH。左上にグリフィンドールの獅子、右上にスリザリンの蛇。左下にハッフルパフの穴熊、右下にレイブンクローの大鷲。

そして、『ホグワーツの紋章を囲むように安倍家の家紋である五芒星』が彫られている。

そのホグワーツの紋章を見れば、マリナの悩みが吹き飛ぶ。

 

「セーマン……!」

「そう、だね。ご先祖様が考案した五芒星、五行を司る象徴………」

「ねぇ、清明。やっぱり、これって初代清明がホグワーツに何らかの形で深く関わっていたってことだよね?」

「そういう事になるんだろうけど……。何で実家の方には“此処での活動の記録が一切残されていない”んだろう?私はそれが一番不思議なんだ。何のために、地球の反対側にある国まで足を運んで、“二年の空白があった”んだろう」

 

清明の疑問。それは京の実家には初代安倍清明がどのように生きてどのようなことを成し遂げたのか。その事を仔細に記された史実録が一年につき一冊あり、咒が掛けられた保管室には“百と五十冊と数冊”が立ち並んでいる。党首の清明以外に持ち出すことも触れることすら許されない厳重な咒の警護で守られている。

 

それなのに、イギリスの魔法史にある清明がホグワーツを訪れたとされる期間の二年の記録は一切存在していない。更に言うならば、先代清明ーー元鳳ーーですらダンブルドアに請われてイギリスに行った時に初代清明が空白の二年の間はイギリスにいたと初めて知った。それほど、不思議な事に二年の空白を知る者は誰一人とていない。記録すら無いのだ。ただ一つの手かがりとして、安倍家で家宝の一つとなっている、初代清明が魔法の杖の技術と扇の技術を融合させて作った二本の扇子のみ。

 

此処で元鳳がこっそりと耳打ちしてきた事を思い出した。

『初代清明に空白の二年が有るのは知っているな?此処では不思議なほどに完璧に抹消されているが、イギリスでは何らかの痕跡が残されている可能性がある。ほんの次いでで構わないから調べてみてくれ』

 

真逆、入学式の前日から、それこそ、オリバンダーの杖店から手かがりは沢山出てくるとは思わなかった。日本では全くと言ってもいいくらい手かがりが無かったから正直期待していなかった。

初代清明が作った二本の扇子に刀。

そして、ホグワーツの歴史にグリフィンドールたちと並んで登場する清明の名前。

トドメにホグワーツの紋章に安倍家の家紋でもある五芒星。

 

ますます空白の二年間が不思議に思えてならない。何故初代清明は空白の二年間の事を一切記録に残さず、言伝さえ残さなかったのだろうか。

 

「ーーー『生き残った女の子』っていうのは君かい?マリナ・ポッター」

「ーーーえ?私?」

 

不意に耳に入った声で現実に引き戻される。

気障ったらしく、甘ったるく口説くかのような口調でマリナに話しかけるプラチナのオールバックの少年。背後には同年代だとは思えないほど恰幅のいい男の子二人がお菓子を食べながらついてくる。本人としてはSPや用心棒のようなつもりなのだろうが、お菓子を美味しそうに、にこにこと笑顔を浮かべて食べていたので台無しとなっていた。

しかし、先頭にいるオールバックの少年はマリナに視線を向けていたため気づくことは無かった。

そして、視線を動かすと、不意に清明と目が合ってしまい、その途端、少年の脳裏には昨日見た。いや、見てしまった、清明の学生ローブの採寸で白無垢の襦袢一枚になって恥ずかしそうにしていたワンシーンが浮かぶ。

 

官能的、背徳的。

烏の濡れ羽のように艶めいた黒い髪が時折吹いてくる風に揺らぎ、白磁のように白い肌がほんのりと羞恥で上気して赤く染まり、華奢な体を守るかのように細い腕で自らの体を抱きしめる。

もしも、誰も清明が男である事を知らなかったら犯罪の一幕となりかねない。実際にマダム・マルキンもこのインパクトは強烈過ぎたため、一時的に店中が鼻血事件で大混乱に陥り、店の真ん中で採寸した事を深く反省していた模様。女の子と同じ扱いにすべきであったと。余談であるが、これを機に個室が新たに作られ、そこで採寸するようになったとか。

 

脳裏に生々しく焼きついた一幕。ちょうど第二次性徴期に差し掛かり、思春期へと突入した11歳の少年には目の毒であったが故に脳裏に深く刻まれた。

 

「あ、ああ、あの、その。ぼくはドラコ・マルフォイと言う。き、君の名前は?」

「そんなに慌てないで。私は安倍………あ、セイメイ・アベノ。よろしくね?」

 

思いっきり、どもりながら清明に話しかけるマルフォイ。

補足しておくが、マルフォイはいまだ清明が男であると気づいていない。いや、此れは二重の意味で酷なことであるが、清明が男である事を知っているのは、ダンブルドアによって徹底的に教えられたホグワーツの教師、あの時、コンパートメントにいたハーマイオニー、ロン、ネビル。そして、マダム・マルキン。

今の所はこの程度だ。

 

「…………」

「マルフォイくん?黙っててどうしたの?」

「あっ!?い、いや、何でもないんだ。うん、何でも無い!」

 

清明の微笑みに見惚れて、我を忘れていたマルフォイ。何の反応を示さず、硬直した彼を不思議に思ったのか、首を傾げて覗き込むように近寄る。

清明の身体を包む、石鹸を思わせる甘い香りが鼻を刺激し、我に戻ったマルフォイは慌てて仰け反り、赤かった顔を真っ赤にしてそそくさと逃げていく。

 

「あっ……どうしたんだろう?」

「………ねぇ、セイメイって」

「………うん。何も言わない方がいいよ。自信喪失しちゃうから……」

 

清明は自身の容姿になんの自覚もない。そのため、マルフォイが逃げて行った理由が分からず、首を傾げて疑問符を浮かべていたが、その後ろではハーマイオニーとマリナがヒソヒソと言葉を交わしては影を背負う。

二人とも女の子であるが故に思うところがあるのだろう。

 

「新入生の皆さん、用意はよろしいですか………なんです?この騒ぎは?」

 

マクゴナガルが現れ、空気を引き締めようとするが、ざわざわとざわめいて静かにならない新入生に眉を顰めた。

しかし、新入生の視線が清明とマリナを向いていることから、原因がわかったため、仕方ないとばかりに肩を竦めて、ついてくるように、と言い残して踵を返す。

 

 

いよいよ、遂に入学式。

胸が踊るような、わくわくする気持ちが抑えきれず、顔に笑顔となって浮かぶマリナを見て、ふふ、と笑いが溢れてしまう。

その笑いが聞こえたのか、顔を赤くして、わたわたと慌てるマリナ。

 

「え、ええ!?ど、どうしたの?」

「ううん、可愛いなぁって思って」

「ぁ、あうぅ……、不意打ちぃ……!」

 

顔を真っ赤にして俯いてしまうマリナ。此処でも清明の天然さは遺憾無く発揮された模様。

そんな様子をみて、ハーマイオニーは思わず苦い物が食べたくなった模様。

 




最後の最後にこの話最大の謎を落としていきました。

初代清明はホグワーツが建てられた時期に当たる二年の間、日本には不在であり、誰も清明の行方を知りませんでした。
そして、何故か毎年必ず綴られる史実書もその二年の間の行動は一切書かれておらず、その二年の間だけ、書庫の本の中に空白があります。

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