ボォー……と汽笛が鳴り、先頭で列車を率いる赤い蒸気機関車の車輪レールを掴んで動き出し、ホームにて立ち尽くす愛しき者たちと別れ、ホグワーツに一路ひた走る。
そのホグワーツ特急の最後尾にある客車のある一つのコンパートメント。そこにはマリナ・ポッター、安倍晴明、ロン・ウィーズリーの三人がいた。最初、マリナと晴明は向かい合っていたが、ロンが入った事でマリナが晴明のそばに移動し、マリナがいたところにロンが座る事となった。
「へぇー、日本の魔法使いってオンミョウジっていうんだ?」
「陰陽師が此処での魔法使いに当てはまるかどうか分からないけど、大概そうなるかな。でも、巫女もいれば、イタコもいるし、呪術師もいるからね。うーん……、魔法使いの職業の違いが一番近いのかな」
「成る程ォ、治癒師や闇祓い、魔法戦士とかそんなもんかい」
「その中で言えば闇祓いや魔法戦士に近いかも。妖怪やケガレとの戦闘が主な仕事だからね」
矢継ぎ早に質問を繰り出してくるロンに極めて丁寧に言葉を選んで返す晴明。やはりと言うべきだろうか、文化の違いによる認識の違いが出ていたため、それぞれの職業について補足しながら語り合っていた。
それをなんだか面白く無いような表情で見つめているマリナ。胸がなんだかムカムカする。チクチクする。
(ーーチヨツネともっと話していたいのに……。チヨツネを独占したい……ってな、何を考えていたの!?)
ポンッという音が聞こえそうなほどに顔を赤くして俯くマリナ。
それにロンと盛んに議題を交わしていたにもかかわらず、目敏く気づき、ひょいと顔を覗き込む。心配そうに麗美な眉をひそめて白い白魚のような綺麗な手を額に当てて体温まで計ってくる。
「ひゃ!?チ………セイメイ!?な、なな何?」
「顔が赤いけど、大丈夫?辛いんだったら、膝を貸すよ」
その言葉に思いっきり頭を悩ませる事となる。晴明に心配をかけたく無い、けど、晴明の膝枕の誘惑。
想いを寄せる大切な人の膝で甘えられるのなら、どれほど幸せだろうか。
でも、体調も悪く無いのに、晴明に心配させたく無い。
そんな感情がせめぎ合っていた。
数瞬、唸っていたが、ガラッとコンパートメントの扉が開いた事で思考が中断されてしまう。扉の前に立つのは栗毛色の髪の女の子と気が弱そうな男の子の二人。
「ねぇ、ネビルのヒキガエル見なかった?」
「そ、その、茶色のこのくらいの大きさなんだけど……、気づいたら、いつの間にか居なくなってて……」
「んーと……、えっと、ネビル、だったけ?ああ、そんなに不安がらなくていいよ。直ぐに見つかるから」
ひぃっ、と悲鳴をあげて縮こまるネビルをなだめるようにふわりと微笑みかけると、目をパチクリとして、おずおずと視線を合わせてくれる。しかし、またニコリと微笑むと顔を真っ赤にして視線を逸らされる。その反応に、?マークを浮かべて首を傾ける清明。
「ネビル、そのヒキガエルの名前を教えてくれるかな?」
「ト、トトトレバー………」
「トトトレバー?」
「じ、じゃなくて、トレバー……」
思わずクスクスと笑ってしまい、ネビルは更に顔を赤くして俯いてしまう。慌てて謝りながら扇子を取り出して水平に広げて呪文を唱えようと口を開こうとしたら、横から疑問の声が入る。
「ちょっと、扇子は何に使うの?貴女の杖は無いの?」
「ああ、この扇子は私にとっての杖だよ。初代安倍晴明が造られたこの世にたったひとつ。二つと無き傑作だよ」
マリナとロンがその様子に苛ついたように顔を顰めるがやんわりと押し留めて気にしないようにニコリと柔らかく微笑む。
心底驚いたかのように栗毛の女の子の目が見開かれ、ずいっと近寄られる。それはもう、鼻がくっつきそうなほどにまで。その途端にマリナの不機嫌オーラが漏れ出す。
「えっ!?安倍晴明!?あの安倍晴明!?私、ホグワーツ叙書を呼んでから憧れてたの!ホグワーツ黎明期に関わった遠い異国の、東の海の果てにある国の大魔法使い、見たことの無い魔法を使うって書いてあったわ!」
「それ、私のご先祖さまだよ」
「へ?……あ、貴女、安倍さん?」
「そうだよ。今代の安倍清明。初代から数えて二十七代目になるよ」
そう言うと、感激したかのような顔が咲き、手を握ってくる。そして、なんと、流暢な日本語で話しかけられる。それに合わせてマリナの不機嫌オーラも強くなるが、ハーマイオニーは図太い性格なのか、気づかず。
「初めまして!私はハーマイオニー・グレンジャーです。ハーマイオニーと呼んでね。ええと……。私は、大学を卒業したら、日本に行って働きたいって思っていたの!だから、日本語を少し話せるの」
「わぁ……!凄い!ありがとう、ハーマイオニー。私は清明で呼んでくれると嬉しいかな。長い付き合いになると思うけど、よろしくね」
「え、ええ。よろしく。そちらの子は?」
余りにも無垢な笑顔だったため、思わずたじろぐ。このまま見つめていたら、不思議な気持ちになってしまいそうで、慌てて咄嗟に清明の隣に座る女の子に視線を向けた。
「あ、私はマリナ・ポッターだよ。よろしくね」
「えぇ、よろし………はい?マリナ?え、あのマリナ・ポッター!?」
「え、あ、う、うん」
再び驚愕に目を見開き、次はマリナに詰め寄る。しかも、がっちりとマリナの手を握っているため、思わず仰け反るしかなかった。
「感激だわ!まさか、魔法界の『英雄』と『東洋の魔法使い』に同じ日に会えるなんて!なんて幸運な日なのかしら!」
「そんなに凄いことしたのかなぁ?私って?」
マリナが英雄と崇められるようになったきっかけはマリナがまだ赤子の頃のことであるため、マリナには自身が英雄なんて呼ばれるようなことをした覚えがないため、英雄と呼ばれることに違和感を感じる。
だからこその言葉であったが、それがロンとハーマイオニーに火をつけることになるとは思わなかった。
「凄い事だよ!『名前を言ってはいけない例のあの人』はイギリス魔法界史上最悪の闇の魔法使い!対抗できるのは、ダンブルドアしかいないと言われるほどの魔法使いなんだよ!それを生まれて間もない君が打ち破ったんだから!」
「そうよ!ありとあらゆる教科書に必ず載っている程の偉業なのよ!私は魔法界生まれじゃないから当時の事は分からないけど、本を読めば、どれ程恐ろしい時代だったか理解出来たわよ。そんな時代を終わらせたのだから、英雄と言われて当然よ!」
マシンガントークとばかりに次々と言葉を並べてマリナの凄さについて褒め称えていく。
しかし、マリナは複雑そうな表情である。
それもそうだろう。ヴォルデモートを破ったのはマリナ自身の魔法ではなく、母リリーの愛による、古から伝わる魔法による守護。
マリナは何もしていない。それなのに、自分の事が褒め称えられているのは微妙な気分なのだろう。
「そ、そうなんだ……。あ、それで、トレバーはいいの?」
「………あ、完全に忘れていたわ。ごめんなさい、ネビル」
「あ、いや、その、僕のことはいいんだ……」
二人のマシンガントークに押されたのか、ボソボソと細々に言葉を紡ぐネビル。気のせいか、小柄の体が更に縮こまったかのように見えるほど萎縮しきっている。見ているこっちが哀れに思ってしまうほどだ。
「あ、ネビル。ちょっと待っててね。ーー神風清明ーー風よ舞え。破軍ーー蒼龍」
「きゃ……」
その言葉に応え、どこからともなく長髪の男性ーー蒼龍が現れる。しかし、清明とマリナ以外の者たちには見えなかった。
不思議と列車の中なのに、どこからともなく、ふわり、と風が吹くと小さな旋風が巻き起こり、列車の隅から隅までを吹き流れる。
突如として起こった風に悲鳴があちこちで上がるが、一瞬の事のため、気のせいかと首を傾げてキョロキョロと辺りを見回していた。
「………風を操ったの?」
「んー、ちょっと違うかな。風を操ったんじゃなくて、風の神の力を借りたんだよ。トレバーを探したいので、力を貸してくださいってお願いして、ね」
ファンタシー風に言えば、風の精霊の契約して、その力を行使するのに近い。清明の場合は十二神将の力を借りている。
ここで補足しておきたいのだが、十二神将と主人の契約の固さ、つまりは絆の深さによって行使出来る力量の割合も大きく変わってくる。十二神将もロボットではなく、心を持った神に近い存在であり、邪な野心を持った者には力を貸そうとはしない。只、正義感に溢れているだけでも難しい。誰かを守るため、方角を司る存在の十二神将の存在意義を果たせる覚悟と実力を持った人物でないと実力を十全に使えない。
簡単に言えば、相性の良さ、器の大きさという言葉に尽きる。
その点、千代経……清明は如何かと言われれば、十二神将の視点から見れば初代清明となんら変わりない程、忠誠を誓い、力の限り尽くせると言える。十二神将が術者に求める条件を完璧と言えるまで満たしている。
だからこそ、蒼龍はこう思う。
ーー初代清明様のようーー
実力、覚悟のみならず、何故か容姿まで先祖返りしたかのようにそっくりそのまま現世に生を受けていた。流石に性格まで一致とは行かないまでも、言動の影に初代清明が重なって見えてしまう程だった。
恐ろしくも不思議な程に目の前の少女のような子は初代清明と似通っていた。今もこうして扇を開いたり閉じたりしている癖も初代清明と重なる。
不思議と初代清明の声も聞こえてくるようだ。
ーーのぅ、蒼龍。おんしは、ほんに厳しいが優しい男じゃの。正に風のようじゃな!うむ、その風で儂らを導いておくれーー
幼い見た目であるにも、頬を緩ませて、目を細めてこちらを見つめてくる。
ハッと我に返れば、同じような表情でこちらを優しい眼差しで見つめてくる今の清明がいる。
また、重なって見えていたのか……。
「あ、来た!」
「え?あ、ほ、本当だ!トレバー!」
小さな竜巻のような旋風の上に茶色のヒキガエルが乗って車両の向こうからやってくる。
その途中のコンパートメントからはその竜巻に乗ってくるヒキガエルを驚愕の表情を浮かべて扉から身を乗り出して覗き見る生徒たち。
「ネビル、このカエルでいいのかな?」
「う、うん!ありがとう」
「見つかってよかったね。蒼龍、ありがとう」
満足そうにうなずいて消えていく蒼龍を見送った後、顔を戻せば、ハーマイオニーとロンが怪訝そうな表情で清明とマリナが見つめていた虚空を睨みつけていた。
「セイメイ。ソウリュウ、って何のことなの?」
「私が持っている式神……、此処では使い魔って言った方がわかりやすいのかな」
「ゲームとかに出てくる精霊とかそんなもの?」
「んー……。まぁ、そんなものかな?」
ふーん、と頷くそれ以来興味をなくしたかのように睨みつけていた虚空から、清明たちに視線を戻した。
「あ、そうだわ。もうそろそろ到着するらしいから、着替えた方が良いわ」
「もうそんなところ?じゃあ、マリナとハーマイオニーは先に着替えてて。私たちは外に出ているから」
「うん。わかった」
「え?セイメイもこっちでしょ?同じ女の子なんだから、一緒に着替えるべきでしょ?」
先程から感じていた違和感はこれか、とマリナと清明は納得した。ハーマイオニーとの距離感が近くて、ロンとネビルとこ距離感が離れていた理由。マリナと清明は日常的に顔を合わせているから気づかなかった事だが、初めて顔を合わせた者からすれば、そう判断する事だった。三人とも清明の性別は女子である、と判断していたのだ。
「あー、ええと、三人とも気づいていないみたいだけど、私は男だからね?」
「え?……う、嘘でしょ……?すっごい可愛いのに、男……!?」
「………なんだか複雑だね。褒められているのだろうけど、貶されているような」
「あはは……。それは仕方ないんじゃ無いのかな?私から見ても清明は可愛いくて抱きしめたくなるんだから」
「……ねぇ、マリナ。今、物凄い恥ずかしいこと言ったの気づいている?」
「………言わないで……」
顔を真っ赤にして座席に突っ伏して悶絶しているマリナ。かくいう清明も頬をほんのりと赤く染めている。
ポカンと二人の空気に置いていかれる三人だったが、慌てた清明に声を掛けられたことで我に戻った。
「ほらほら、そこの三人も意識を取り戻して着替えないと。もう少しで着くんでしょ?」
「え、あ。そ、そうね!男子は出て行ってちょうだい!」
「ほいほいっ、さっさと出て」
「うわ、押さないでくれよ!自分で出られるから!」
「あ、セイメイ。悪いけど、着替えは一人でお願いできるかい?」
「なんでっ!?」
「あー、その、うん、悪いけど、お願い!」
「そ、その……、ぼ、僕からもお願い……」
「そんなっ!?ネビルまでぇ!?」
女子が着替えを終えて、コンパートメントから出て、男子と入れ替わりになる。バツの悪そうな表情のロンとネビルが入ったのは見た。しかし、もう一人足りない。首を傾げると、クスン、と鼻をすする音がかすかに聞こえる。
音が聞こえた方を見ると、涙目になって頬を膨らませて蹲る清明の姿が。
そして、周りのコンパートメントからは同情するような、微笑ましげに笑って良いのだろうか、笑ってはいけないのだろうか、という微妙な表情を浮かべる学生たちの視線が。
それで、マリナとハーマイオニーには何があったのか理解できた。
「ああ……、また仲間外れにされちゃったのね?」
「グスッ……(コクリ)」
「また?前にもあったのかしら?」
「清明の家での着替えも、小さい時は一緒だったんだけど、10歳くらいになったら………ほら、この容姿でしょ?だから、個室を用意されて、そこで一人で着替えるようになったの」
「ああ……、納得出来るような、できないような………」
男性にとって、可愛い女の子にしか見えない清明と一緒に着替えるのは道徳的にも、背徳的にもヤバイ。それに、一緒に着替えているということを知った女性陰陽師からの凍えるような視線が物凄く痛いからなんとかしてくれ、と先代当主であった元鳳に泣きついた。そのために、清明専用の個室が用意された。これによって男性の危機は過ぎ去ったのだ。
運命とは画して奇なりものである。
此処に集まった者たち。
ーー安倍清明。
ーーマリナ・ポッター。
ーーハーマイオニー・グレンジャー。
ーーロン・ウィーズリー。
ーーネビル・ロングボトム。
まだ運命は廻らない。されど歯車は揃いつつある。
さぁ、運命よ。約束よ。汝らが子よ。
如何なる結末を齎す?
ーーー刮目せよ。
久しぶりに執筆したので、文章に変化あるかも………。
あ、でも、清明とマリナの可愛さは変わらずに出せたかなと思います!