運命の陰陽師と予言の子   作:霧のまほろば

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今回はちょっとオリジナル設定が混じってます。

ではでは、お楽しみくださいませ


第3話 ダイアゴン横丁

遂にイギリスに旅立つ日がやって来た。

晴明と名を改めた千代経とマリナは千代経の両親と元鳳と並び、迎えに来るはずのホグワーツの教師を、ダンブルドアが現れた庭で待っていた。

晴明とマリナはお互いを見比べて身だしなみを整えていた。晴明は襲名式で着たものとは別の狩衣を纏い、長い黒髪は頭上で束ねてポニーテールに。マリナはストライプのワンピースに晴明とお揃いのポニーテールにしている。

お互いに似合ってるね、と褒めあい、恋人では無いはずなのに、甘い空間を構成している。とばっちりを食らった元鳳たちはさっさとこの2人くっつけばいいのに、と燻し茶が飲みたくなったそうだ。

 

 

それから数分して、バチンという姿現し特有の音を立てて、深いエメラルド色のローブを纏った老年の魔女が現れた。

 

「初めまして。私は【ミネルバ・マクゴナガル】と申します。ホグワーツに入学されるのは御二方で宜しいですね?」

 

老年にしては背筋もしっかりと伸び、なんとも厳格さを感じさせる硬い言葉遣いだったが、その表情には軽い微笑みがあり、新しい生徒の入学を喜ぶ母親とも祖母とも言えるような柔らかい表情だった。

マクゴナガルはあの日、マリナに会ってはいるが、眠っている赤子のため、記憶に無いだろうと初対面の挨拶を済ましてきた。

 

「はい。安倍……晴明・安倍になるのでしたね。英語での自己紹介では」

「マリナ・ポッターです」

「素晴らしい発音です。イギリス式の英語もしっかり出来ているようで何よりです。さて、時間も押しているようですので、早速イギリスに向かいーー」

《キュ!キューー!》

 

突如山の方から突風が吹いてきたかと思えば、晴明の前に9本の尾を持つ白い毛並みの巨大な狐が現れた。

人の身丈程もある巨大なこの狐、神狐と呼ばれ、日本では神の使いと崇められる狐である。

 

「ハク!」

《ぼくを置いて行くなんてヒドイよ!》

「小さくなれば連れて行けると思うよ。……あ、マクゴナガル先生、この子も連れて行けないでしょうか?」

「校則では基本的に梟か、猫となっていますが、時々鼠や、蛙を持ち込む生徒もいますので、狐でも問題ないでしょう。ですが、先ほどの大きさだと迷惑になることもあるので、大きくても猫と同じくらいの大きさに抑えてください」

《キュ!》

 

たちまち、猫と同じくらいの大きさに変化し、晴明の肩へ飛び乗る。そんなハクにマクゴナガルは驚いたようで目を大きく開いていた。

 

「素晴らしい!なんと見事な変化です!」

「これで大丈夫ですか?」

「ええ、もちろん。では早速向かいましょう。ご家族とご挨拶はお済みですか?」

「はい。曾祖父さま、お父さま、お母さま行って参ります」

「ゲンホウさん、カゲトラさん、チフユさん、行ってきます!」

 

挨拶を終えた晴明がどこからともなく一枚の札を取り出して人差し指と中指で挟む。

 

「マクゴナガル先生、マリナ。しっかり掴まって。ーーひ、ふ、み、よ、いつ、む、な、や、ここの、たり……神風清明、神火清明神水清明……風になりて飛ばん」

 

ふわりと風が吹けば、晴明たちを中心にして瞬く間に竜巻のように渦巻いていく。

次の瞬間、ぶわっと下から風が吹き、体が浮き上がる。

 

「わ、わわ!?」

「大丈夫、大丈夫だよ。マリナ」

 

浮き上がった事で体制を崩して慌てる声が聞こえてくる。だが、晴明に掴まっている限り竜巻が逸れないように渦巻いて守ってくれる。晴明を挟んで反対側のマクゴナガルは驚きつつも姿現しの応用と捉えていたため、姿勢の制御には苦労していなかった。

だが、一旦上空に上がれば、魔法使いの箒でも体験した事のない猛スピードを体験する事になる。

地球の上空はジェット気流というものがある。昔、マリナを日本に連れてきた時もこの気流に乗ってやって来た。そして、今日もまたこの気流でイギリスに向かう。

ただ、昔と違うのは、ジェット気流の流れが一定のため、日本からイギリスへは大陸ルートは使えない。太平洋を通って行く方法のみ。

他には大地を巡る龍脈と呼ばれる気の流れに乗って行く方法もあるが、マクゴナガルとマリナはその龍脈に乗って移動するための修行を受けていないため、不可能だった。

 

 

ジェット気流の流れを縫うように竜巻が吹き荒れ、僅か30秒後にはマクゴナガルにとって見慣れた風景が広がるところに降り立っていた。

 

「こ、此処は……『漏れ鍋』?」

 

初めてのマリナはふらふらになりながらも晴明の手にしがみついて、イギリスのロンドンのある表通りから離れた細い裏道を通った先にある古びたパブに掛けられた傾いた看板に書かれた文字を読み上げる。

 

「素晴らしい力ですね、日本からイギリスまでの距離を僅かな時間でたどり着くとは………。ダンブルドア校長が話していた意味が少し理解出来たような気がします」

「ダンブルドア先生はなんと?」

「陰陽師は我ら魔法使いと似て非なるもの、魔法使いは自身の体にある魔力を使って魔法を使うが、陰陽師は自然の力を借りて術を使う、と仰っていました。先程の移動方法でその意味が少し理解できたと思います」

 

若干興奮気味に話すマクゴナガル。人間、誰もが新しい事には目がないと言う事はマクゴナガルのような厳格な教師にも適応されるようだった。

その数秒後、我に返ったマクゴナガルがさあ、行きましょう。と促してくるので、ついて行き、漏れ鍋のドアを潜る。

カランカランと呼び鈴の音が聞こえ、漏れ鍋の中にいる店主からお客皆が振り返って、マクゴナガルの方を……いや、正確に言えば、晴明とマリナの方を見ていた。

マクゴナガルは毎年この様に此処を通っているから見慣れた風景だからか、呆れたような表情を浮かべつつも店主らしき男の所へ歩いて行く。

その一方、不可視の視線に晒されたマリナは恥ずかしそうに晴明の背中に隠れる。晴明はこのような視線に晒されることなど日常茶飯事だったので、微動だにせず、マクゴナガルについていく。

 

「いらっしゃい、マクゴナガル先生。そちらは新入生の子達ですか?」

「こんにちは、トム。今回はとても珍しい子ですよ」

「初めまして、日本の陰陽師、セイメイ・アベノです」

 

ざわりと酒場が騒めく。日本からの新入生。それもあの【安倍晴明】の名を持つ人物。

ホグワーツ黎明期に関わったとされる伝説の人物であり、グリフィンドールたちホグワーツを建てたと言われる4人と並ぶ伝説を立てた存在。

目の前にいるのは本人ではないにしても、その子孫とあれば、否が応でも注目を浴びるのは仕方ない事なのかもしれない。それと、美少女と言える容姿という事も注目を浴びる要因となった。

 

「かのセイメイの子孫と会う事があろうとは………。感激です。学校生活に幸運がありますように」

「ありがとうございます。ほら、マリナ、挨拶しないとダメだよ」

 

その瞬間、酒場から音が消え去る。

次の瞬間、マリナに人がズサァッも集まる。ひぃっと引いた悲鳴をあげてさらに小さくなって晴明の背中に隠れ、そこから恐る恐る顔を覗かせる。

 

「も、もしや……、あの『生き残った女の子』………?」

「よ、良く分かりませんが、マリナ・ポッターです……」

「おお!なんとも素晴らしい日だ!いつの日か、貴女にお会いしたいと願っておりました!」

「は、はぁ……?」

「『名を言ってはいけない例のあの人』に支配されていた暗黒の時代を終わらせてくれた英雄にお目にかかれようとは!」

 

ついていけないマリナをそっちのけで勝手に盛り上がる客席。

マリナは困惑した顔をマクゴナガルに向ける。その意味を受け取ったマクゴナガルは眉を顰めて、先に進もうと人波を掻き分けて晴明とマリナを連れて行き、漏れ鍋の裏口の方へ向かう。

その途中で厚めのターバンを巻いた臆病そうに吃りながら言葉を紡ぐ男がマクゴナガルに近寄る。

 

「クィレル先生、どうしたのですか?……ああ、セイメイ、マリナ。此方はホグワーツの『闇の魔術に対する防衛術』を教えているクィレル先生です」

「や、やあ、マ、ママ、マリナ・ポッター、だね。そ、そそ、其方は、セ、セイメイ・アベノ、だったね。あ、会えて、う、嬉しいよ」

「はい、今年から新入生ですので、よろしくお願いします(………?あのターバンの中に別の意思?霊魂?存在が曖昧でよくわからないけど、何かいる。でも、こういう人もいる……のかな)」

「よろしくお願いします。クィレル先生」

「では、私はこの2人の案内がありますので、この辺りで失礼しますよ」

 

先を促すマクゴナガルに連れられてクィレルと別れると漏れ鍋の裏口から出る。

すると、目の前には歴史を感じさせる古いレンガが積まれた壁があった。

 

「ここがダイアゴン横丁の入り口です。少し離れていなさい」

 

懐から杖を取り出し、特定のレンガを順に叩くとカラクリのようにレンガが滑り出し、門が開くように左右に引っ込んで行く。

レンガの壁の向こうは活気付く横丁が広がっていた。

 

「わぁ……!」

「ここがダイアゴン横丁です。先ず、グリンゴッツ銀行に行き、お金を下ろしましょう。お金が無くては買い物もできませんから」

 

先を行くマクゴナガルについて行くが、その道中、晴明とすれ違った魔法使い、魔女関わり無く、視線が釘付けになったように振り向いて視線で追ってくる。

西洋では中々見る事のない濡れた黒羽のような艶やかな黒い、腰まである長い髪と黒真珠のような漆黒の瞳。そして、何の因果か絶世の美少女と呼ばれても可笑しくないその整った顔立ち。そして、陰陽師独特の狩衣と肩に乗る雪のように真っ白な毛並みと9本の尾が生えたハクは否が応でも注目を浴びる。

 

「………わかっていたことだけど……、微妙な気分だね……」

《キュー………》

「そ、そうだね……、凄い注目されているもんね」

 

ため息を吐きたくなる衝動に駆られながらも歩みを進めて、視線を振り切る。

延々と注目を浴びながらもグリンゴッツ銀行の前までたどり着く。

白磁のような大理石で作られた荘厳な建物が視界にそびえる。

 

「ここがグリンゴッツ銀行です。此処でお金を下ろしたり預けたりする事が出来ますが、此処で働いている小鬼(ゴブリン)とは何があっても問題を起こさないように」

 

真剣な顔つきで忠告するマクゴナガルに頷いて門を潜る。門の取っ手には物騒な警告文が書かれていたが、日本のケガレが住む【禍野】の方が遥かに物騒であるため、気にしなかった。

門を潜った先には大勢の小鬼が忙しなく動き回り、イギリス魔法界を支える巨大な銀行を回していた。

 

カツカツと音を立てて大理石の床を踏みしめて普通のカウンターとは段違いに高い小鬼専用の受付に向かう。

 

「ミスマリナ・ポッターとミスターセイメイ・アベノさんの金庫からお金を引き落としたいのですが」

「………ポッターさんの方は鍵はお持ちで?」

「此方に。それで、ミスターアベノの金庫は?」

 

マクゴナガルがポケットから金で作られた金庫の鍵を取り出す。しかし、晴明の金庫の鍵の所在についての質疑が無かったため、怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「アベノさんの金庫は我らゴブリンの技術とも、魔法使いの魔法とも全く違う方法で作られているため、私共では手を出す事も出来ないのです。恐らく、これを開けるのは陰陽師の方のみかと」

「そうですか……、ミスターアベノ。開き方は分かりますか?」

「はい。先代晴明から話を聞いていますので、大丈夫です」

「よろしい。それではよろしく頼みます」

「かしこまりました。グリップフック!この方たちのご案内を」

 

受付のゴブリンが奥に向かって叫ぶと向こうから別のゴブリンが小走りで駆け寄ってくる。

 

「此方へどうぞ」

 

グリップフックについていくと、何とも古びたトロッコの停車場の様な所へ連れて行かれる。

そして、ちょうど何故か上から轟音が聞こえてきたかと思えば、3m近い大男を乗せたトロッコが火花を散らし、耳障りな甲高い音を立てて止まる。

傍でマリナがぽかんとしていると、ふらふらになり、気持ち悪そうにしながらもトロッコから大男が降りてくる。

 

「ハグリット!」

「……あ?ぁあ……マクゴナガル先生……イッチ年生の案内ですかい?」

「ええ、そうです。貴方も良くご存じの子ですよ」

「……ってことは……!マリナなのか!?」

「ひゃ、ひゃい!」

 

酔いが完全に吹き飛んだのか、雷の様な大声で叫び、それによって我に返ったマリナが裏返った声で返事をする。

 

「おっと、いけねぇ。ビックリしたもんでよ。……そうだ、オレはハグリットってぇんだ。お前さんが赤子のときに一回会ったんだが、流石に覚えてねぇよなぁ。少しだけだったけどよ、この腕で抱いたもんでよ」

「赤ちゃんの時かぁ……」

 

昔を思い浮かべ、感激したかのようなハグリットと薄れていく記憶の中から必死に赤ちゃんの頃を思い出そうと奮闘するマリナ。それを微笑ましげに見つめる晴明とマクゴナガル。

 

「ニホンでお前さんがどんな生活を送ってきたのか、その表情を見りゃ分かる。たくさんの友達が出来て良かったなぁ。いや、ジェームズとリリーの子だ。心配はしてねぇさ。………おっと、こいつぁいけねぇ、時間だ。オレぁ、ホグワーツに戻らにゃいけねぇ。またな。マリナ、それと……「晴明・安倍です」セイメイか。ホグワーツでな!」

 

のしのしと熊のような巨大を揺すり動かしてグリンゴッツ銀行から出て行く。

ハグリットと話している間、待機していたグリップフックから催促があり、トロッコに乗ると、想像外の動きを見せつける。

前後はもちろん、上下左右にも縦横無尽に動き回るのだ。しかも、相当早いスピードでだ。

マクゴナガルは慣れているのか、顔を顰め、手すりにしっかり掴まっていたが、マリナと晴明はそうはいかなかった。

左右に激しく動く事でトロッコから放り投げられそうになるが、マクゴナガルが杖を操ってトロッコに引き戻される。

そんなやり取りが何回か起きた後、漸くポッター家の金庫にたどり着く。

 

グリップフックがマクゴナガルから受け取った鍵で金庫の扉を開けると床一杯に、黄金に煌めく金貨が積み上げられていた。

 

「わぁ……!」

「この金貨の山は貴女のご両親が遺したものです。良く考えて使ってください。おおよそ100ガリオンもあれば、今年の学費や、その他諸々は足りるでしょう」

 

マクゴナガルが杖を振って積み上げられた金貨の山から100枚の金貨を呼び寄せ、皮袋に入れてマリナに持たせる。ズッシリした重みでよろめくが咄嗟に晴明が支えた事で大事無かった。

 

そして、再びあのトロッコに乗って更に地下へ降りていく。

 

「グリップフックさん、ここの銀行の地下はどのくらいあるのですか?」

「およそ7000mはあるでしょう。至る所に罠が仕掛けられていますので、一度盗人が入れば生きては戻れません。10年に一度ゴブリン総出で銀行内の掃除を行いますが、その度に沢山の白骨死体が見つかりますね」

 

と、ニヤリと醜悪な顔を歪ませて歪な牙を見せつける。

盗人の末路を想像してしまったのか、ブルリと身震いするマリナ。

一方、晴明はうーん、と顎に手を添えて何かを考えるそぶりを見せる。この時、晴明の脳内では【禍野】とグリンゴッツ銀行、どちらがおぞましいところかと思案していた。

その結果ーー

 

「禍野の方がもっと怖かった、かなぁ?」

「禍野……ですか?」

 

とぼそっと呟きが出てきた。それを拾うマクゴナガル。

実際、禍野はケガレと呼ばれる異形の存在が跋扈する魔界とでも呼べる忌まわしい場所。この世のありとあらゆる負の感情が具現化したような気味の悪い空間と人肉を喰らうケガレと呼ばれる悪鬼が蠢く。そして、そのケガレは度々、禍野から外界に出現しては人を引きずり込み、それを喰らう。

一度迷い込めば生きて帰れない、という点はグリンゴッツ銀行と同じなのだが、禍野では生きたまま喰われるという地獄を味わうのだ。

更に言えば、日本にはケガレと呼ばれる悪鬼のみだけではなく、羽衣狐や牛鬼、土蜘蛛などの大妖怪も度々陰陽師やケガレと衝突する事もあり、その度に天災クラスの甚大な被害が発生する。

つまり、日本は陰陽師とケガレと妖怪が三つ巴の関係で成り立っているのだ。

その旨の事をマクゴナガルに説明すると、聞き耳立てていたグリップフックも引き攣った顔をしている。

 

「ご希望ならば、禍野に連れて行くこともできますが」

 

にこりと影を作った笑顔を浮かべる。晴明の頭の中には禍野での戦闘や妖怪との戦闘の記憶が流れるように浮かんでは消えていった。

 

「ええ……いえ、結構です」

 

引き攣った笑顔を浮かべてやんわりと断るマクゴナガル。グリップフックもその短い首の上に乗せた頭を必死に動かして拒否の意を示す。

 

「あ、ほら、あれ!あれがチヨーーセイメイの金庫じゃない?」

 

マクゴナガルと晴明のやり取りの間にもトロッコは進み、晴明の金庫へたどり着く。

何というか、場違い感が充満していた。何せここは地下3000m辺り。そこに何故か鳥居がある。その向こうには神社のような建物も見える。

 

「……?扉が無いようで無防備に見えるのですが」

「ふむ、これは……。結界のようですね。侵入者除けの」

 

そこらへんに落ちていた石を拾って軽く鳥居の方へ投げる。すると、バチバチバチと激しい音と稲妻が走り、石が一瞬にして溶けて蒸発して消え去る。握りこぶし大の石であったが、それが一瞬にして蒸発したのだ。人間だったら、丸焦げどころか、消し炭になる

 

「………物騒な結界だね……」

「………確かにゴブリンたちが手出し出来ない理由も理解出来ました。私たちでも手出し出来ないでしょう」

「……私共もこの金庫が出来た時は開けようとしたゴブリンが何人か犠牲になるました。それに10年毎の大掃除の際もこの辺りは異様な程に"綺麗"なのです」

 

それを見たマリナ、マクゴナガル、グリップフックの3人の感想である。ちなみにグリップフックの「異様な程に綺麗なのです」という言葉はここに盗人が来てもこの結界によって亡骸すら残さず消滅しているからなのだ。

 

人差し指と中指を揃え、印を結び、五芒星を空中に描くと星の先端部に『火』『水』『木』『土』『雷』の文字が仄かに発光しながら浮かび上がる。そして、星がくるりと時計回りに回り、『雷』が頂上に来る。

これは初代晴明が作ったとされる、五行相剋であり、自然の理を表したものである。

 

「雷遁 誘雷の術、急々如律令」

 

鳥居に細い青い稲妻がアーチを作ると晴明は普段通りに歩いて行き、鳥居を潜るが先程の石のような事は起こらなかった。

鳥居に稲妻の通り道を2つに分けることで出来た空間を晴明は通ったのだ。

 

マリナたちも鳥居を潜ると、グニャリと空間が歪み、神社が消え、大広間のような広大な空間の中にいた。

そして、目を見張ったのは、広大な空間を埋め尽くす金銀財宝から宝刀、宝玉、国宝級のお宝に至る様々な物が所狭しと積み上がっていた。日本の通貨に換金すれば、数千億円に至る、まさに宝物殿だった。

そして、晴明はこの風景に何処か見覚えがあった。そう、奈良のーー

 

「……此処は……、宝物殿?まさか日本と空間を繋げるとは、無茶苦茶をしましたね、曾祖父さま」

「え?もしかして元鳳さん、奈良にある宝物殿と空間を繋げたの?」

 

肯定。

先程潜った鳥居から先の空間は日本にある奈良の宝物殿につながっている。宝物殿を含めて、陰陽道に関わりのある施設群は古来より朝廷から安倍家に管理が任されている。

宝物殿からグリンゴッツ銀行に行くことは不可能。一方通行である。それに、この宝物殿から外に出る事は出来ない。あくまで宝物殿の空間内のみとつながっているのだ。

此処の財宝は晴明が今までのケガレや妖の討伐で得た報酬もあるが、歴代の晴明が貯めてきたものであり、安倍家の財産である。

ただ、1つ問題があった。

 

「おや、此処の財産は金銀財宝と紙幣ばかりで魔法界の通貨が1つもないようですね。……これは参りました。換金のレートが分かりませんね」

 

そういう事だ。

実はグリンゴッツ銀行内で日本の円との換金レートが無いのだ。ホグワーツが始まって以来1000年間日本からの入学者が居なかったからだ。辛うじて伝説上にホグワーツ創設者の中に初代晴明の名がある事、40年程前に元鳳がダンブルドアに請われて助勢した時のみが日本人がイギリス魔法界に関わった事例である。

うーん、と悩んだ晴明はふと視界に金の延棒が壁のように聳えていたのを収める。

 

「紙幣ではなく、この金の延棒と交換する事は?」

「鑑定に少々時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」

 

肯定。

金塊にも、純度によって価値が変動する。不純物が混じっている割合が高いとその分金の価値が下がる。

しかし、この宝物殿に収められた金塊は日本古来の技術で作られており、不純物の混入率は極めて低い。そのため、限りなく純粋な黄金が出来上がる訳だ。だからこそ、『黄金の国 ジパング』という名前まで付くほど世界から認められた価値があるのだ。

 

金の延棒を2つ取り上げるとズッシリした重みが手のひらに伝わってくる。鍛えた晴明でも僅かによろめくほどの重さだ。

 

「それでは地上に戻りましょう」

 

再びあの不規則な動きを見せるトロッコに乗って受付まで戻り、早速鑑定してもらう。

時間にして20分程だろうか。それほど経てば、グリップフックがやって来て、個室に案内される。

 

「私は長い間此処で勤めていますが、これほど純度の高い金塊は見た事がありません。非常に価値があるものと判定が下りました。よって、この金額になりますがよろしいでしょうか?」

 

提示された金額は【金塊1つにつき500ガリオン】。

その金額を見たマクゴナガルの目が驚愕で見開かれる。其れ程晴明が持ち込んだ金塊は非常に価値があるものなのだ。

ゴブリンは貴金属の加工を得意とする種族であるが、そのゴブリンでもこの金塊は滅多に見る事の出来ない純度の金塊であるため、この価値が付いたのだ。

 

「2つ合わせて1000ガリオン……。教師の10年分の給料と同じですよ……」

 

半ば放心気味のマクゴナガルを何とか戻し、一年で必要になる100ガリオンのみ残して700ガリオンは再び晴明とグリップフックの2人で金庫に収めに行った。

そして、戻ってきた晴明と合流したマクゴナガルたちはグリンゴッツ銀行を出て、様々な店を回って、入学に必要になるものを買い求めた。

魔法界では魔法である程度の事はなんでも自分でできるため、店にそれほど需要がある訳でもなく、素材も安く仕上がる。そのため、物価が異常に安く買える。

 

 

【マダム・マルキンの衣服店】

「いらっしゃい!あら、新入生かしら?早速採寸するからその台に乗って頂戴!」

「あ、は、はい」

 

マダム・マルキンの勢いに押され、台にマリナが最初に乗る。女子の採寸を見るわけにはいかず、晴明は店の中に展示されているローブや、三角帽子など、魔法使いらしい服装を見て回っていた。

するとメジャーが1人で動き出し、採寸を始める。スルスルと目盛りが伸びていき、各所を測り、その数字をマルキンが帳簿に記入していく。

ただ、その中で、胸囲の数字になるとマリナの顔は何処か死んでいた。1つ付け加えるならば、マリナは今年11になったばかりで成長が始まったばかりである。

そして、女子にスリーサイズの話は禁物である。

 

マリナの測量が終わり、晴明の番になると、何故か店中の客の視線が台に集まる。それはマリナもマクゴナガルすら例外ではなかった。

そして、マルキンも何をトチ狂ったのか、晴明に狩衣を脱ぐように言う。

あ、因みにいい加えておくと、マルキンも最初は晴明を女と勘違いし、スカートにしようとしていたが、マクゴナガルが凄まじい剣幕でそれを阻止し、性別はれっきとした男である、と懇々説明した。そのため、スカートになるのは回避できた。

 

「その衣服の上からだと体の形がわかりにくくて、測量し辛いのよ」

 

訂正。

トチ狂っていなかった。正当な理由があった。

決して(男の娘をこの目で見る事が出来るとは思わなかったわ!ああ……、興奮するわぁ………!)と鼻息を荒くするマルキンの姿はそこにはない。無いはずである。

 

狩衣を脱いで、襦袢一枚の姿になり、少し恥ずかしそうに体を抱きしめるその姿は見る者に強烈な印象を残し、幾人が鼻血を吹き出し、慌てたマクゴナガルによって治癒呪文をかけられ、店を追い出された。その中にプラチナのオールバックの少年とその父親もいたそうな。

 

「上から57、49、55ね。細すぎるわよ。しっかり食べなさい。これから成長期なんだからね」

「負けた……。男の子の晴明に負けた……」

 

片眉を釣り上げて小言をいうマルキンと狩衣を着なおしながらマルキンの小言を受ける晴明と敗北感にうちひがれたマリナとそれを慰めるマクゴナガル。

カオスであった。

 

その他にも様々な店を回ったが、特筆すべきなのはこの店だろう。

 

【オリバンダーの杖店】

 

創設から1000年以上も経っている歴史ある店であり、歴代の杖職人であるオリバンダーによって経営され、イギリス魔法界にとって欠かす事の出来ない店である。

 

カランカランと客が来た事を告げる鳴り子が音を立てるドアを開いてマクゴナガルを先頭に店の中に入る。

店の中は歴史を感じる古い構造をしており、高い天井にまで届く棚には大量の杖が入った箱がひしめき合っていた。

そして、店の奥からガラガラと音を立てながら脚立が滑り込んで、その脚立から1人の老人が下りてくる。

 

「いらっしゃい。……おお、マクゴナガル先生じゃないですか!今日は如何様に?」

「こんにちは、オリバンダー。この2人の杖を見繕って頂けませんか。ホグワーツの新入生ですので」

「かしこまりました。さて、どちらから……これはこれは、マリナ・ポッターさん……。光栄な事ですな。さて、杖腕は何方かな?」

「ええと、利き腕なら左です」

「ふむ……、これはどうでしょう?マンティコアの尾とイチジクの木、38センチ、しなやかながら強靭で振りやすい」

 

後ろの棚に積み重なっている箱の1つを取り出す。そして、大切なものを扱うかのように慎重に箱から杖を取り出し、マリナに持たせーーすぐに奪い去った。

 

「失礼、合わなかったようで。魔法使いの杖は魔法使いが選ぶのではなく、杖が選ぶのです。………キメラの鬣にブナの木、29センチ。柔軟でしなりやすい」

 

今度はマリナにしっかりと持たせ、試しに杖を振ろうとしたところで目にも止まらぬ早さで杖を奪われる。

 

「なるほど、これでダメならば……。ふむ、まさかとは思いますが、これはどうでしょう。ドラゴンの心臓の琴線に琵琶の木。硬質ながら程よいしなり」

 

杖を振ると箱がバラバラと飛び出し、あちこちを飛び回る。

 

「ううむ、難しいものです。これほど難しいのは久しぶりです。………もしかすると……不死鳥の尾羽と柊。28㎝でしなやか」

 

マリナに持たせると閉め切った店内だというのに、ブワッと暖かい風が吹き、杖の先から暖かい色の光の玉が踊るように現れ、店内を舞う。

 

「ブラボー!それにしても不思議な因縁です。その杖に使われる不死鳥の尾羽は2つありましてな、1つは貴女の杖に、もう1つの杖は貴女にその稲妻型の傷を付けた………。まことに不思議な巡り合わせです」

 

因果関係。断ち切れぬ繋がり。なんとも感慨深そうに頷くオリバンダーとその対照的に哀しげな顔をしたマクゴナガルが印象的だった。

 

「さて、次はーー……アベノさん……?」

「どうされたのですか?」

「はっ!?あ、あぁ、いや、先祖代々語られてきたセイメイ・アベノさんの特徴が貴女とほぼ一致していまして、驚いてしまいました」

 

【あなた】のところのアクセントが妙に気になったが、そんなことよりも初代晴明がこの店と付き合いがあった事の方が驚きである。

 

「なんでもご先祖さまの言うには、グリフィンドールたちと話していたら、この店が話題に上がり、興味があったから立ち寄ってみたとのことでした。ついでに杖を作る技術を応用してセンスというものを作って行かれたとも」

 

そこまで言われ、晴明とマリナには1つのひらめきがはしった。

それは安倍家の大広間の裏にある祭壇に祀られた扇子の事だ。薄い紫と白い和紙の絶妙な配合し具合と不思議な力を感じる木の骨で作られた神秘的な扇子。一度振れば突風が吹き、雷鳴が轟き、水面は高くうねり、火はたちまち業火となり、木は大木へ育つといわれる。

 

「紫綬倭紋襲の扇子……(しじゅわもんかさねのおうぎ)」

「正にその名です!何故その名を……?」

「申し遅れました。私は今代26代目安倍晴明と申します」

「なんと……!感激です……!私の代になって2人目の晴明と会えようとは!」

 

感激しながらも、店の奥へ引っ込むオリバンダー。何事かと思い、不思議そうに待つ晴明たち。すると、晴明の肩に立っているハクがいきなり落ち着きがなさそうにそわそわし始めた。

 

「どうしたの?ハク?」

《なんか店の奥から懐かしい感じがする!母様の力を感じるの》

 

オリバンダーが2つの大小異なる古びて埃を被った箱を持ってくる。ふう、と息を吹きかければ、埃が舞い、隠された文字が見えてくる。

 

「黒雛(くろひな)………、緋座袮鈴音の扇子(ひざねすずねのおうぎ)」

「これは1000年前、アベノさんから預けられ、それ以来1000年間誰にも仕える事のなく、倉庫の奥で眠っていたものです。恐らく貴女にしか仕えないことでしょう」

 

箱の蓋を開ければ、黒雛の方には禍々しさと神々しさがせめぎ合う、一振りの日本刀。緋座袮鈴音の扇子には赤い和紙と黄色の和紙の組み合わせに金で水を連想させる風流な絵が描かれ、黒漆で塗られた骨で作られた扇子。

 

「まず、扇子の方は神に近い力を持った狐の毛と鳳凰の尾羽とご神木として崇められた千年杉の木で作られたもの。30㎝で非常にしなやかながらも強靭」

 

畳まれた状態の扇子を手に取ると、チリーン……と、鈴の音が鳴り、扇子が優しい紅い光を纏い、ゆっくりと開かれる。扇子に描かれた風流な絵が命を持ったかのように動き出したではないか。それに留まらず、絵が消えたかと思えば、晴明の意思を反映して【美麗……驚愕!】とやけに達筆な文字が浮かんだ。

 

「まさか……、こんなことがあり得るのか……」

「オ、オリバンダー、これは一体……?」

「私にも分かりません。初めて見る現象です。ですが、その扇子が杖としても機能することは確かです」

 

心底驚いたかのようなオリバンダーとマクゴナガル。確かに杖は主人を選ぶが、この扇子のように完全に自我があるように振る舞うのはありえない事だった。だが、その扇子は扇子に意思があるように絵柄が動いたり、晴明の意思を文字として反映している。

実はこの扇子には初代晴明が作った扇子であり、1000年の歳月を経たものであるため、付喪神化していた。しかし、今代の晴明と魂の波長が合ったのか忠誠を誓ったようだ。

そして、この扇子に使われている狐とは初代晴明が使役していた式の一つ、1000年の時を生きた神狐であり、ハクの母親の事だ。

 

「ううむ……。この黒雛は恐らくであるが、日本に伝わる大妖怪と神に近い存在から取った素材を活かしたのだと思いますが、いかんせん、未知なものでしてな……」

 

厳しい目をして立派に蓄えた顎髭を撫でながらそうごちる。この黒雛も1000年経った、晴明の遺産と言っても良いものである。妖刀なのか神刀なのか分からないが、二つの力が宿る刀である。

 

「正確には分かりませんが、恐らく……八岐大蛇の骨と鳳凰の尾羽を使ったものだと思います」

「八岐大蛇……?」

「八岐大蛇とは日本に伝わる大妖怪の1つで、一つの山ほどの巨大な八つ首の蛇の妖怪です。首を斬り落としても直ぐに再生しますし、その硬い鱗は如何なる攻撃を受け付けないといわれてます。吐く瘴気は瞬く間に草木を枯らし、湖を猛毒に変え、大地を侵すとも」

 

日本神話で素戔嗚尊が斃したとされる大蛇である。だが、1000年程昔に再び出現し、初代晴明に討伐された妖。されど、古来より妖の頂点を争った大妖怪であり、その力は並大抵のものではない。

 

「そして、鳳凰ですが、不死鳥が神として崇められ、神格を得て、格が上がった不死鳥の事で、古来より吉兆の神獣として祀られます」

 

鳳凰には様々な呼び方があり、朱雀や大鵬などもそれにあたるが、鳳凰はそれとは別格の存在である。

 

黒雛を手にとって、鞘から刀身を抜き払ってみると確かに異様な刀だった。

切身から鎬までガラスのように透明。鎬から峰までは蛇の鱗のような紋様で覆われた刀だった。

 

「…….なるほど、ありがたく頂戴します」

「私も不思議な縁を見届けられたのは僥倖というものです」

 

マリナの杖のみの代金を払ってオリバンダーの店を後にする。晴明のものは不思議なものを見せてくれた礼ということで譲渡された。

 

そして、マクゴナガルと別れた晴明とマリナは再び漏れ鍋に戻ってそこで一晩泊まり、明日の朝、ホグワーツに向けて発つことになった。

その日の一晩、泊まる部屋を一緒にするか別にするかで揉めたが、部屋が余っていないとトムの言葉によってマリナの勝利が決まったのは言うまでもない。




はい、ということで、晴明の杖は扇子にしました。そして、黒雛という刀はマクゴナガルがダンブルドアに許可をもらいに行き、問題なく帯刀許可をもらいました。

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