ですがその前に甘い展開がありますので注意くださいませ。
雀が囀り、鶏の声は聞こえなかったが、東の山脈線から太陽が乗り出して安倍家の屋敷を照らし、千代経の部屋の障子が白く輝き、朝が来た事を告げる。
「ぅうん……んん……?」
鼻腔を甘い香りが擽り、艶やかな声を漏らして温かい温もりの中でぼやける意識を覚醒させようと何度か瞬かせると、目の前に影があるのが見えた。太陽に照らされて輝く障子が逆光となって顔が見えなかったが、目が光に慣れてくると、顔の輪郭がくっきりと見えてくる。
そして、マリナの意識が一気に覚醒し、顔がボッと赤くなる。なにせ、自身が想いをよせる千代経の寝顔が、鼻が触れそうな程にまで近い場所にあったからだ。
長く、純粋な黒い睫毛がくっきりと見え、整った鼻が。その下には肉厚の唇が。総じて美少女と呼んでも違和感の無い顔が穏やかな寝息を立てている。
ドキドキと鼓動が早まるのを感じ、未だ赤いままの顔を抑えて、千代経の寝顔をじっくりと観察する。
マリナも比較的整った顔をしているが、千代経のそれはモデルとか、ヴィーラとか、雪女とか、リリスとか、そういう蠱惑、妖艶……は違うかもしれないけど、人の範囲にいて良いとは思えない。
だが、千代経もは赤子のころから兄妹のように育ってきたから、千代経の長所、短所も知って、それも全て引っ括めて、自分の大好きな千代経だ。
「本当、千代経って、産まれてくる性別間違えたんじゃないのかなぁ?」
「……にぇおきにいきにゃり…失礼にゃこと…言わにゃいでよ…」
寝惚けたような声が目の前から聞こえて来た。千代経の顔を見るとうつらうつらとしながらも何とか反応出来たみたいだった。
実は千代経も自身の容姿が美少女のそれと大差ない事を気にしていた。男の子らしい身体を手に入れようと鍛錬を積んできたが、一目で筋肉が付いたとは分からないほど華奢な体つきのままで此処まで来てしまった。
千代経としてはこれから差し掛かる成長期に最後の望みを賭けているといった所だろうか。
さておき、未だ寝惚けたまま、トロンとした顔の千代経。その緩んだ顔に癒やされるマリナだったが、再びその顔が真っ赤になることが起きた。
「んん……、ちゅ……すりすり……♪」
「$¥%#○☆〒€(^_−)−☆ーー!!?」
普段見せない幸せそうな満面の笑みを浮かべて、マリナの頬に軽く口付けした後、首筋に頭を擦りつけてきたのだ。しかもいつの間にかマリナが下になって千代経が跨って再び眠りにつくという不思議な現象も起こっていた。
只でさえ近かった距離が更に密着する所までくっついたのだ。流石にマリナもこれには限界を迎えたようで言葉にならない悲鳴をあげて思わず気絶してしまった。但し、その顔は幸せそうに緩んでいたので、更に距離は縮まったようにも感じられた。
それから数刻。今度こそ完全に目覚めた千代経が状況に気付き、大慌てで気絶したままのマリナから退いて状況の把握をしようとしたが、寝惚けていた時間帯の記憶は全く無かったので、全く憶えていなかった。
「少なくとも、どっちも服を脱いでいないから、まだ最後まではイッていないと思うけど、どうしてこうなったんだろう……?」
何とも知識豊富な11歳である。だが、それも無理はないだろう。陰陽師は15歳で成人と認められ、正式に以前より定めていた許嫁を迎え入れるという風習が根強く残っていたため、千代経だけではなく、マリナも年上の女性陰陽師にそういうコトの知識を囁かれたのだ。
暫くはお互いの顔にを見るだけで赤くなる事もしばしばあったが、マリナが土御門家に泊まりに行き、千代経も鍛錬に集中したこともあって、おくびには出さない程にまで精神もは鍛えられた。
兎も角。
千代経がマリナから退いて、寝間着から狩衣に着替え終わるのと同時にマリナも目覚める。初めは千代経の存在を探そうと布団の中でモゾモゾしていたが、漸く意識が覚醒したのか、上半身のみ起こして、軽く伸びをして千代経の方を向く。
「あふぁ……、おはよう、千代経」
「ああ、おはよう、マリナ。よく眠れたかい?」
お互い、内心はドキドキしながらの挨拶だったが、極めて平静な微笑みを浮かべての挨拶だったため、恥ずかしい事を思い出さずに済んだ。
千代経にも、マリナにとっては思い出さない方がいい事もあるのだ。
「千代経さま、マリナさま。御当主がお待ちです」
「もうそんな時間?マリナ、早く着替えて。寝間着のまま出るわけにはいかないから。私は部屋の外で待っているから」
中居でもある女性の弟子が千代経とマリナを呼びに来る。
すでに時刻は8時。朝餉の時間であり、大広間には晴明を始め、各家の当主、若君が揃っている。朝餉が終わり、支度が整い次第、千代経の襲名式が執り行われる手筈である。
マリナの着替えが終わり次第、急ぎ足で大広間に向かう。
安倍家は山を丸ごと屋敷にした広大な敷居であるため、移動するだけでも大変な労力を要する。山という起伏に富んだ地形に沿って廊下が造られたので、単に移動するだけでも鍛錬になるほどである。
大広間は山の中腹にあり、千代経の部屋は山頂近くに造られた回廊に沿って造られた部屋の1つが割り振られている。急ぎ足で移動しても5分から7分はかかるほどの道のりなのだ。
そして、漸く大広間にたどり着くと、既に何人もの弟子が近くにある厨房から多くのお膳を運び入れている。その流れに紛れて大広間に入り込むと、上座には晴明とダンブルドアが向いあって座し、それから順序に並ぶ。
千代経は晴明の曾孫にあたるため、千代経の両親の隣にマリナと共に座る。
弟子たちが料理を運び入れる、騒がしい音が止み、暫しの静寂が大広間に波打つ。
その静寂を破ったのは現当主でもある安倍晴明。
「各家の御当主、若君の方。此度は陰陽総会に参加いただき、感謝に堪えませぬ。はてさて、此度の陰陽総会は次期【晴明】の名の襲名式を執り行おうと思う」
ざわりと騒めく大広間。此処に集まった各家の当主、若君も驚愕の表情を浮かべた。
今の晴明は襲名してから既に50年以上が経つ。今まで今の晴明の力を超える存在がいなかったからなのだが、それが今になって、新たな晴明が生まれるというのだから。
因みに各家当主や若君も破軍を扱えるが、最大でも7人迄であり、襲名する事は許されなかった。
「新たな晴明は此処にいる私の曾孫、千代経に決まった。千代経はつい先日、破軍を12人全員を呼び出す偉業を成し遂げた。此れはご先祖様であられる【初代晴明様】以来初の事」
今度は雄叫びのような歓声が上がる。
破軍12人全員を呼び出す事は全ての陰陽師にとって悲願と言っても差し支えない事だった。
それがまだ11才の幼い千代経が成し遂げたのだ。悔しさもあるだろうが、千代経は各家の陰陽師にその容姿と性格で男女分け隔て無く人気があったため、僻みや、罵詈雑言は一言も上がる事は無かった。
「此れから執り行われる襲名式以来、千代経は死に、晴明として生まれ変わる。だが、ご存知と通り、千代経はまだ11才の子。そして、此方の来客、アルバス・ダンブルドア。彼の勧めもあって千代経とマリナはイギリスにあるホグワーツ魔法学校に通う事に相成った」
「よって、晴明不在の時期がある為、その間は今まで通り、お爺様が取り仕切ることになるが、各自宜しいか?」
晴明の言葉を受け継いて、景虎が宣言する。
やはりというべきか、困惑の声が上がり始めた。今まではどれほど若くても、当主である晴明はこの安倍家に在することになっていたが、千代経になって初めて不在ということになったのだ。
それに合わせて上座にすわる来客がイギリス最強の魔法使いと謳われるダンブルドアだったという事もあった。
「此れには理由がある。貴君らもマリナ・ポッターの出生と当家に預けられる事になった経緯は存じているだろう。マリナはホグワーツ魔法学校に通いたいと希望を出し、私も此れに賛成した」
「じゃが、信頼のできる学友が必要じゃ。そこで、マリナと同じ年齢である千代経にもホグワーツに通う事を提案してみたのじゃ」
なるほど、と唸る各家の当主たち。彼らも伊達に当主を務めている訳ではないのだ。晴明とダンブルドアの狙いに気付いたのだろう。
確かに闇の帝王はマリナ敗れ、イギリスは闇から解放された。
だが、闇の帝王の僕である死喰い人はまだ全員がアズカバンに連行された訳では無く、魔法省の目を掻い潜って今の今まで生き延びているのが多くいる。
その死喰い人が闇の帝王を斃したマリナを復讐として狙わないという確証がある訳でもない。
そして、未知の世界でのマリナのメンタルケアの為にもマリナとの付き合いが深い者を共にホグワーツに入学させようという考えだった。
生半可な実力の子供では護衛など務まるはずが無い。かといって、何の大義名分が無いのに大人の陰陽師を派遣すれば余計に勘繰られる。
だが、今は次期晴明に選ばれた千代経がいる。千代経の実力は周知の通り、大人の陰陽師を越える才能を有している。確かに子供であるがゆえの未熟な面もあるが、成長と共に補われていくだろう。
多くの者たちが其処まで考えつければ、納得するしか無いと分かっていた。
故に反対意見など出るはずが無かった。
これに満足そうな顔を浮かべた晴明とダンブルドア。此処に千代経とマリナの入学が正式に決まったのだ。
「よし、ならば、後は襲名式だ。各自支度を整え次第、再び此処に戻られよ」
そう指示が下り、直様各家の当主は支度を整える為に大広間から飛び出していく。
「千代経、襲名式の手筈は理解しているな?」
「はい。常に十二神将を具現化させればいいのですね」
「大変な労力になるだろうが、襲名式も短いから倒れるまではいかないだろう」
つまり、千代経の登場から退場までずっと十二神将に護られながら式の全てを執り行うのだ。
千代経にはかなりの労力が強いられるため、式自体も短くなっている。
登場して直ぐに名乗りを上げ、今の晴明が隠居するときの名を名乗り、退場する。
大まかにだが、このように簡略化されているため、術者には最低限の消耗で済む。
朝餉から暫くしたのち、先ほどの大広間には各家と当主が勢ぞろいしていた。
【土御門家】【藤原家】【花開院家】【賀茂家】【三善家】【弓削家】【滋岡家】。
これらの当主は安倍家の思想に賛同し、傘下に入った陰陽師の一族である。もちろん、安倍家から分かれた分家も含まれている。
安倍晴明のライバルとして有名な蘆屋道満の蘆屋家は安倍家に反骨し、兵庫に拠点を作ったと言われるが、100年程昔に最悪のケガレと言われるバサラの襲撃に遭って壊滅したと言われ、現在は不明。
そして、大広間の戸には雨戸が引かれ、薄暗い部屋が出来上がる。弟子たちが灯火を運び入れ、各家の当主の右手に置き、灯りを点けると上座に向かって通路のようなものが出来上がる。
ちらちらと踊る火に照らされるマリナの顔はいくになく不安そうな顔をしていた。各家の当主の顔つきが、いつもは温和な顔つきだったのが今では緊張によって硬直させ、まるで妖やケガレとの討伐戦に出る前の顔をしていたからだ。
何でだろうと思っていたが、突如響いた鈴の音によってその疑問は掻き消された。
ーーシャン……シャン……ーー
そんな鈴の音と共に呼び名が上がる。
「千代経さまのおなーりー!」
スッと扉が開かれると、その奥から青白い光を纏う12人の男女が二列になり、その間に化粧が施された千代経の姿が。
その姿を認めた大広間から音が一切消え去る。誰しもが千代経の姿に見惚れ、12人の男女に驚いたからだ。
その姿を首を伸ばして見たマリナは思わず息を呑んだ。
余りにも幻想的で美しかったからだ。
白い布地に白銀の刺繍が織られたものと金糸を織り込んだ紫の裏地の狩衣。それが灯火の灯りに照らされ、キラキラと煌めく。
美少女と呼ばれてもおかしくない可憐な顔は薄っすらと化粧が施され、大人びた表情に。
それらの要素が絡み合ったことで幻想的な雰囲気を纏った千代経が其処に佇んでいた。
ーー本当に千代経は産まれる性別を間違えた。と、この場にいた者たち全員がそう思うのは無理も無かった。
再び鈴の音が鳴り、千代経を含めて13人の隊列は鈴の音に合わせて一歩一歩歩みを進める。
各家の当主が並ぶ通路を通って上座に座って待つ晴明の元へ歩み寄る。
「この私、晴明は晴明の名を降り、元鳳〔げんほう〕の名を取り戻しーーー」
「この私、千代経は千代経の名を封じ、晴明を名乗ります。我が祖先、安倍晴明と契約を交わした十二神将よ、名乗り上げよ」
「この青龍」
腰まで届く色素の薄い青い髪を持ち、若いが、厳格そうな印象の男性。
「私は勾陣」
艶やかな黒い髪を持ち、芸者のような容姿で琵琶を抱えた女性。
「六合にございます」
背中まである白みの入った茶髪で学者というような姿の若い男性。額に3つの目がある異形の存在。
「朱雀と申します」
綺麗な黒い髪を束ねた傾奇者のような格好をした美しい女性。簪に赤い羽根を差している。
「騰蛇だ」
手入れがされていなさそうな黒い短髪。仮面で鼻より上を覆い隠し、幾つもの札が身体中に貼られた男性。
「天乙貴人にございます」
透明感のある金髪を持った天女のような格好で、儚い雰囲気を与える女性。
「天后です」
鈍い色を放つ踵まで伸びる長い銀髪と華やかな着物を着た女性。
「大陰であります」
顔の左側を隠す緑色の髪を持ち、旅人のような格好をした若い男性。
「玄武じゃ」
厳つい顔つきと逆立った銀髪。筋骨隆々の中年男性。
「大裳です」
茶髪をサイドテールにした少女。兄の太陰と似たような旅人の格好。
「白虎である!」
雪のような白い髪と金の目をもつ若武者のような格好の少年。
「……天空とお呼びください」
円盤のようなものに座し、ふわふわと飛ぶ老年の男性。
十二神将それぞれが自らの名を名乗り上げ、代表として青龍が口頭を上げる。
「我ら十二神将、新たなる晴明と契約を交わし、杯を交わし、義兄弟の契りを結ばん。我ら全員、貴方に忠誠を誓いましょう」
そして、元鳳から新たな【晴明】となった『千代経』に杯が渡され、なみなみと甘酒が注がれる。本来ならば、日本酒であるが、千代経はまだ11歳の少年。お酒を飲むには早すぎるため、甘酒という事に。
厳かな雰囲気の中、青龍から順番に杯を交わし、義兄弟の契りを結ぶ。
そして、晴明が鈴の音と共にしずしずと十二神将に護られながら大広間を後にする。
晴明がくぐり抜けた扉が静かに閉まると灯火の灯りが一斉に消え、同時に雨戸が開かれ、外の光が差し込む。
緊張の糸が解れたかのようにふぅ、とため息が漏れ出る。
隣に座るダンブルドア先生を見るとなんとも興奮したような満面の笑みを浮かべて辺りを見回していた。
「ほっほ、なんとも素晴らしいものを見たものじゃ!」
「退屈に感じなかったか?」
「なんの。初めて見るものは楽しいものじゃよ。それにちよ……、晴明のあの姿には思わず見惚れてしもうた」
確かに、あのチヨツネの姿は人外のものとしてしか捉えられなさそうだった。天女とか、天使とか。
同性の私でさえ釘付けになってしまったのだから、男性は目が離せなくなってしまったのだろう。チヨツネが退場するまで全員が最後まで見つめていたからね。
「……晴明が女に産まれなくて良かったと今更ながら実感してしまったな。もし、女に産まれたら、国が傾くぞ」
「はっは、いやいや、そんなこと……………いや、あり得るな……」
顔を青ざめて視線が泳いでしまう男の陰陽師たち。恐らく、全員がそう思ってしまったのだろう。
一方、女の陰陽師は何故か打ちのめされて、背中に哀愁を背負っていた。何を話しているのか、聞き耳を立ててみると……。
「男の子なのにあの美貌……、女としての尊厳が打ち砕かれるのを感じたような気分だわ……」
「ねー、あ、そういえば、晴明さまって、家事も出来るらしいよぉ?前にマリナちゃんと一緒にお菓子とか作っていたのを見た事あるよぉ」
「えぇ……、あの美貌で陰陽師としての才能も、女子力も高いとか……。どんな反則よ……」
ああ……。それは私も同じ事思ったなぁ……。ちょっと前に陰陽師の皆にお菓子作ろうと思って、チヨツネを誘って作ってみたんだけど、物凄い様になってて、本格的なお菓子を楽しむかのように作っていたから、敗北感を感じて数日立ち直れなかったんだっけ。
ちなみにお菓子は私がクッキーを、チヨツネは茶菓子。それも繊細な細工が施された茶菓子だった。
その日から私は女子力でチヨツネに対抗するのを諦めた。
唯一チヨツネに勝ててるのは言霊を操る力かな。チヨツネならこれも出来るけど、私はそれを上回る。
なんでも、ゲンホウさんによると、言霊は女性の方が長けているとの事。詳しくはよく分からなかったけど。
なんやかんやあったけど、無事、チヨツネの襲名式も終わり、ダンブルドア先生も満足そうな笑みを浮かべて、ゲンホウさんから渡された京都のオススメのお土産(八ツ橋)を持ってイギリスに帰って行った。
それから数週間したら、ダンブルドア先生から手紙が来て、
『あのお土産、先生方に好評で、どハマりする先生方が続出してしもうての、入学式の時に持ってきて欲しいのじゃ。ホグワーツのしもべ妖精たちにこれを作れないかと尋ねてみるつもりじゃ』
と書かれていた。それを読んだチヨツネとゲンホウさんは苦笑を浮かべながらも慣れないイギリスで日本のものを食べる事ができるのは喜ばしい事だと嬉々としてダンブルドア先生に渡したお菓子の他にも様々なお菓子を見繕っていた。
それから、チヨツネもセイメイとなったため、妖や、ケガレの討伐に向かうようになり、度々不在になる事も多くなった。
寂しいけど、無事に帰ってきた時はとても嬉しくて抱きついてしまったのは仕方ない事だと思う。
次の日はイギリスに向かう日。なんだかドキドキして眠れなさそうだったからまたチヨツネにお願いして一緒に寝てもらったのは秘密だ。
そして、また一日が過ぎていく。
感想楽しみにしてますね♪