高く孤独な道を往け   作:スパルヴィエロ大公

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ご存知ですか?
バレンタインデーに女性が男性にチョコを渡すのを、セクハラだと感じる女性が増えているそうですよ?

いいぞもっとやれ(迫真)



※なお同じ作者のラブライブ!ssと本作は別物です。
イチャラブ成分とかそういうのは向こうで補完してどうぞ。


第一話 結局、彼と彼女の距離は縮まらない。

人はなぜ、週末が近づくと気分がよくなるのだろう。

それはやはり学校とか仕事でストレスを溜め、体が休息を求めているからではないだろうか。

 

俺も言うに及ばず、今日が金曜日であると何度も確認し、その度にホッとため息をつく。

何せあと数時間乗り切れば、二日間家でのんびりと過ごせるわけである。心躍らぬわけがない。

 

そのためならば、多少の苦難が降りかかろうと乗り切れるというものだ。

 

「……勿論、曾ての郷党の鬼才と云われた自分に、自尊心が無かったとは云わない。

しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった……」

 

今は二時間目、科目は現国。担当はあの平塚先生だ。

教室に入るなり俺の方を不機嫌そうにちらと見てきたから、ああ一昨日のことを根に持ってやがるなと確信した。

そして授業が始まると、いきなり俺を指名してきた。教科書を音読させる役を。

 

それ自体は国語の授業の典型的なやり方だが……よりによって中島敦の「山月記」かよ。

俺が名作だが好きになれない文学を上げるなら、まずこれは筆頭に入るだろう。それを読ませるとは、中々先生もお人が悪い。

 

「生は何事をも為なさぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。

己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ……」

 

「……そこまで、着席してよし。次はもっと感情を籠めて読むように」

 

こんな辛い話を感情を籠めて読め?いやいやいや。

クラス中が気分悪くして倒れるだろ。脳内お花畑な奴なら右から左に抜けるか、こうなってはいけないのだなと安い教訓を胸に抱いて終わるだろうが。

 

そしてその後は内容の解説、もとい平塚先生の説教話が始まる。

頭がいいから勉強ができるからと己惚れるな、云々。人と積極的に関わろうとしない奴はいつか同じ目に遭うぞ、云々。

 

つまりは俺への当てつけ。実に上手いやり方だと思わず感心する。

これなら指導法としてやってはいけない行為にはならない。まあ、お説教臭いとうんざりする生徒はいるだろうが。

少なくとも一昨日体罰まがいのことをやらかしてマズいことをしたとは思っているらしい。そこでこうした訳か。

 

それでも結局やってることは、子供じみた復讐心からの幼稚な報復でしかないんだがな……。

まるで大きな子供である。そんなだから結婚できないんだよ。

 

……なんてことは、勿論言わないが。

ただもう一つ反論するなら、流石に俺だってこの話の李徴ほどこじらせてはいないと思う。

「一人で過ごすのが好き」と「一人でも生きていける」は違う。俺は前者のタイプであり、一人では生きていけないと言うことも自覚している。

ただ学校では面倒事に巻き込まれるから必要以上に人と関わりたくない、それだけだ。

 

まあ、何を言ったところであの担任は「屁理屈言うな」で済ませるのだろう。

本当に脳筋タイプの人間は厄介である。全く、学校がつまらなくなっちまうよ、元からだけど。

 

「いいか!君たちもくれぐれも愛する妻や子より文学にのめりこむ様な軟弱な人間には……」

 

……おい。

それ完全に文学作品への冒涜だぞ。本当にこの人国語教師なのか。

 

 

「―――そういえば、また駅前のフォーティーワンで新商品出たらしいな」

 

「そうそう!あーしそれ、ちょー食べにいきたいんだけど!」

 

「いやいや優美子、もうヤバくね?あんま食べ過ぎっと良くないしさぁー」

 

「ちょ、あんたデリカシーなさすぎだし!マジ死ね!」

 

……あー、五月蠅い。

今日が雨じゃなけりゃすぐにでも屋上に行くんだが。おまけに俺の椅子を定位置にしていた女子からはすげえ睨まれるし、今日はやっぱり最低の日かもしれない。

 

どこのクラスにも上位ヒエラルキー的な連中というのはいるもので、ここF組では葉山隼人と三浦優美子のグループがそれだ。

ほぼ全員が髪を明るく染め、休み時間には必ずつるんでぺちゃくちゃと騒ぎ出す。他の奴らは決してそれを妨害してはならないとの暗黙の掟がある。

何せリーダーの葉山は成績優秀でサッカー部のエース、コミュ力抜群の爽やか笑顔で女子に大人気ときたもんだ。俺のような奴は触れることも許されない、そんなポジションにいる。

……別にそっちのケがあるわけではないし、お近づきになりたいとも思わないが。

 

ただ、奴らを見ていると、ある面白いことに気付く。

 

「ねー、結衣もそう思うっしょー?」

 

「あはは、そうだねぇ……」

 

キョロ充。強者の中の格差。

見ていてこれほど愉快なものもないだろう。

 

周りの奴らの話に合わせるだけで、自分からは何も言えない。

そのピンク髪の由比ヶ浜という女子は、葉山グループ内ではそんな立場に置かれているようだった。

本人がどう思っているかは知らんが、俺が同じ立場なら即座にぼっちでいたいと思うだろう。息苦しくてとてもやっていけそうにない。

 

しかも様子を見るに、今日は何か用事があって早急に話の輪から抜けださなくてはならないようだ。

悲しいかな、彼女はそのタイミングが全く掴めない。いっそ早退するからとでも言えばいいのに。俺と違ってノートなぞいくらでも写させてもらえるだろうし。

 

するとメンバー内では唯一の黒髪ロングの地味目な女子が、哀れな由比ヶ浜さんの様子を察したのか声を掛ける。

おお、彼女はデキる。いい友達を持てて良かったな。

 

「結衣、どしたん?具合悪そうだよ」

 

「あ、うん、ちょっとあたし抜けてくるかも……」

 

「それじゃあーし、レモンティー飲みたいから買ってきて欲しいんだけど」

 

「え、えっと……その、昼休み終わるまでには帰ってこれないかなー……って」

 

……おいバカ。

後で他所のクラスの連中に捕まったとか言って誤魔化せばいいだろうが。俺は言えないけど。

折角のチャンスを無駄にして……。おまけに言い訳も最悪だ。

 

それを不審に思ったのか、三浦の機嫌がだんだん悪くなりはじめる。

 

「はい?最近さ、結衣、付き合い悪くない?放課後もすぐ帰りたがるし」

 

「あはは、その、ごめん……」

 

「笑い事じゃないんだけど?あーしのこと嫌いなん?そこんとこはっきり言ってほしいんだけど」

 

「えっと、その……」

 

修羅場ってますわぁ……。他人事だからどうでもいいが。

クラスの雰囲気が一気に凍り付く。葉山が止めに入ろうとするがあっさり一蹴されてしまった。

やはり女は怖い。

 

既に小町お手製の愛妹弁当も食べ終わ、トイレに行こうと思っていたところだ。昼休みが終わるまで教室から避難するとしよう。

由比ヶ浜を助ける?ナイナイ。一蹴どころか三浦に地の果てまで吹っ飛ばされて終わりである。

 

そこで様子を見計らいながら、教室の扉へと移動していた時。

 

「!」

 

なんと。

 

当の由比ヶ浜と、偶然にも目が合ってしまったではないか。

 

おい、なぜこっちを見るんだ。三浦の火の粉がこっちに飛んできたらどうする。

すぐに目を逸らして教室を出ようとするが―――

 

「……おい、ヒキオ」

 

勘付かれたか!?

まあここは別人を装って逃げよう。だって俺、ヒキオなんて名前じゃないしー。

 

「無視すんなし。マジキモイんだけど」

 

チェックメイト。こちらへ向かってきた三浦に腕を掴まれてしまった。

 

「……何?」

 

「何?じゃなくて。あんたなんで結衣っつーかあーし達の方見てたし、何か用でもあんの?」

 

いや、お前らっつーか由比ヶ浜の方が見てきたんだが。

……なんてことは勿論言えるはずもなく。何とかテンパりそうなのを抑えて言い返す。

 

「……いや、別に」

 

「は?だったらいちいち見てくんなし。マジキモいから」

 

そう言うと三浦は直ぐに由比ヶ浜の方へと戻っていく。

マジヤバかった、心臓止まるかと思ったわ……。というかキモい以外に罵倒語を思いつかんのかアンタ。

 

ともあれ釈放された以上ここに長居は無用。すぐ退散するとしよう。

そして教室の扉を開け―――

 

 

目の前に、別のクラスの女子が立っていた。それも黒髪の、どこか儚げという感じの美少女が。

 

 

「―――何?道を通してほしいのだけれど」

 

「あ、はい、すいません」

 

慌てて脇に逸れる。

 

そう言えばこの女子、確か入学式の新入生代表だった様な気が……。名前は確か、雪ノ下と言って……。

 

いや、それはどうでもいい。

躊躇せずこいつが三浦と由比ヶ浜の方へ向かっていくのを見て、何か嫌な予感がする。

 

俺はダッシュで、周りの目を物ともせず男子トイレへ直行するのだった。

……背中に、F組から聞こえる喧噪を感じつつ。

 

 

「あー……」

 

放課後。

図書館での自習が終わり、帰り支度を済ませ昇降口へ。思わず伸びをすると、なんて今日という日はこんなにも長かったのかと感じさせられる。

日頃の二倍疲れてしまった。クラスの雰囲気があまりに重々しかったからな。

 

トイレから戻ってくれば、それ以前よりさらにご機嫌斜めな三浦がいて。

そんな女王様を葉山とその取り巻きが宥めているという構図だった。

そして、昼休みが終わるとおどおどと由比ヶ浜が戻ってきて。彼女が居心地悪くしているせいで自然と周りも居心地悪く感じてしまった。

 

これは予想だが、由比ヶ浜は恐らくあの雪ノ下と約束をしていたのだろう。

あまりに遅いので雪ノ下が迎えに行ったところ、当の由比ヶ浜は三浦とトラブっていた。そこで雪ノ下介入……というか三浦に喧嘩を売り、火に油を……というところだな。

やはり女社会は恐ろしい。二人が言い争う間戦々恐々としていたクラスメイトにちょっぴり同情した。

 

さて、これからあのグループはどうなることやら。

それ自体はどうでもいいが、頼むから周りにあまり被害を撒き散らさないでくれと思う。

ただ周りのことなどどうでもいい、自分たちがすべてだと考えるのが奴ら嫌なリア充様だ。恐らくこれからも迷惑を掛け続けるだろう。

また来週から陰鬱な学校生活を送ると思うと、少し嫌な気分になる。

 

「あの……ヒッキー……」

 

あん?

 

また背後から声を掛けられた気がするが、気のせいだな。俺ヒッキーなんて名前じゃないし。

 

「ま、待って!」

 

……またか。

腕を掴まれたので振り返ると、そこには由比ヶ浜が。今日の優雅な昼休みを台無しにしてくれた元凶の一人。

そこまで恨んでいるわけでもないが、だからと言って逆にいい印象もない。大体何の用があって来たというんだ。

 

「……何?」

 

三浦の時とは違い、冷たくぶっきらぼうに接する。

必殺、「俺はお前と話したくないんだ光線」。メンタルへのダメージは割と大。

事実俺もこれを初めてやられた時は結構なショックだった。誰でも笑顔で接すると評判の、片思い中の女子だけに。

そりゃ八方美人なんて実際問題無理だわな。俺みたいな奴に好かれても得などないだろうし。

 

やはり由比ヶ浜も、それを察して少々怖気づいてしまったらしい。

悪いがそのまま退散してくれ。こっちは早く帰って休みたいんだ。

 

だが、一向に向こうは引かない。そのまま時間が経過する。

 

そして、

 

「こ、これ!……お、お礼に……」

 

何かの入った包みを手渡してくる。中身は……お菓子か?

 

それ以前に、ちょっと待て。

お礼ってなんだ?俺は何もしていない。クラスだって今年初めて同じになったのだ、それ以前に関わった覚えはない。

 

その時、ある一つの可能性に思い当たった。

 

 

「―――なあ、これ、嘘告白ってやつか?」

 

 

「……え」

 

俺とこいつに今まで何の関わりもない以上、好意を抱く理由なんて存在しない。

一目惚れ?流石にそこまで脳内お花畑じゃないだろう。

 

となると、逆の方向性、すなわち悪意。

三浦あたりに指示されてやっているのか、それとも俺が知らないだけでこいつに俺を嫌う理由があるのか。

 

いずれにせよ、俺にこんなものを受け取る理由はなく、必要性も感じなかった。

それにしてもこんな詐欺に引っかかると思われるほど、俺は虚仮にされているのか……用心しなければな。

 

「悪いけど返すわ、これ。あと、これから俺に構わなくていいから」

 

「っ……」

 

菓子袋を突き返すと、踵を返し、そのまま昇降口を出る。

由比ヶ浜も、それ以上弁解しようとも追ってこようともしなかった。

 

今日もまた、高校生活最悪の一日を更新してしまったようだ。

 

 

「ヒッキー……なんで……あたし……」

 

 

少女の手から、焼き菓子を入れた包みが静かに落ちる。

 

焼き菓子の割れた音は、すぐにすすり泣きの声にかき消されていった。

 

 

 

 

 

 




終わりです。出典は「山月記」、青空文庫より。

悲しい結末に終わってしまいましたが、八幡がもっとコミュ症でより疑心暗鬼な性格だったら、恐らくこうなるのかもなと想像してしまいます。カッコ悪いというか意地悪すぎかもしれませんが。
あと、如何せんタイミングが……。空気読むって大事だね。

本編では説明は省きましたが、由比ヶ浜は由比ヶ浜で一応奉仕部に入ってます。
そのきっかけも同じ。昼休みに抜け出そうとしたのは、クッキー作りの練習のためでした。


なお、奉仕部は今後ロクに登場しません。陽乃はさらに空気かと。

次回は戸塚編かな?

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