この悪神、なんか軽い   作:大小判

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しゃくしゃくするぜ、駒王学園……!


壱章 悪神の夏休み
悪神、駒王学園を掌握す


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駒王会談より一夜明け、堕天使提督のアザゼルが学園の教師として着任してから更に時は過ぎ、本日駒王学園は一学期終業式を迎える。時刻は早朝出勤の教師がポツポツと現れる6時頃、部活の集まりが解散して教室へ向かう一人の悪魔が叫んでいた。

 

「全っ然! 良くねえよ!! 最強の悪神様が何故か俺の野望の前に立ちふさがってるんですけどぉ!?」

 

 三度の飯よりハーレムとおっぱいを望む助平悪魔、一誠だ。

 リアス眷属の3年生以外と天界から派遣されたイリナ、そして職員室へ向かうアザゼルが夏休みに伴う冥界での集まりやレーティングゲームの特訓について話し合い、話題は件の悪神に移っていた。

 

 ――――ハーレム絶対壊すマンって呼ばれてました。

 

 蒼天にキラッ☆ と輝く顔すら浮かべるアンリマユの姿が映って見えそうなほどの死活問題。伝説のドラゴンとか鼻で笑いそうな強さの、正真正銘最強の悪神が世界中のハーレムをぶっ壊す宣言をされては堪ったものではない。

 もっとも、そんな一誠を心配そうに宥めるアーシア、一誠の子供が欲しいと公言するゼノヴィア、何気にライバルが多い上にハーレムすら阻止されそうな事に焦りを覚えるイリナを除いたオカ研メンバーは苦笑すら浮かべそうな微妙な心境だが。

 

「アザゼル先生! どうして……どうしてあの人が俺の夢の前に立ち塞がってるんですかぁぁ!!?」

 

 言ってることは欲望塗れなのに何故か熱く清々しい涙すら浮かべるエロ少年は部活の顧問になったアザゼルに縋りつく勢いで問い詰める。

 

「ふむ。奴が封印されたのは俺が生まれるよりずっと昔だから、オーディンから聞いた話でしかないんだが……アンリマユのハーレム嫌いは常軌を逸脱していてな。一夫多妻制が権力者の常だった時代において、奴はハーレムというハーレムを根こそぎ崩壊させてきたんだ。中でも凄いのが、インドの大英雄クリシュナの16000人に及ぶ大ハーレムを僅か1週間で全員と離縁させたらしい」

「1週間で16000人のハーレムを崩壊ぃぃぃ!?」

 

 クリシュナに同族嫌悪すら近い嫉妬を浮かべるよりも先に、その大ハーレムを1週間で崩壊させた事実に恐怖を覚える一誠。『ハーレムは美女、美少女10人くらいは欲しいなー』とか実に軽薄なことを考えていたが、10人くらいなら1日と掛からず全員離れてしまうのではないかと思うと、脚の震えが止まらなくなる。

 

「数多くの王や英雄、ゼウスを筆頭とした神霊を問わず、ハーレムを崩壊させまくって、あともう少し倒されるのが遅かったら人類文明からハーレムという概念そのものが無くなっていたといっても過言じゃなかったな。そんなアンリマユが復活したからには、お前の夢は諦めた方がいいかもな」

「夢を諦めろとか教師にあるまじき台詞を……! あ、諦める訳ないじゃないっすか!! 例えこの身が砕かれようとも、絶対にハーレムを築いて見せます!!」

「……諦めた方がいいんじゃないですか? ハーレムとか不健全ですし、何より男性として最低です」

「うぐぅっ!? こ、小猫ちゃん……」

 

 瞳に色欲の炎を燃やす一誠に半眼で冷や水を浴びせる小猫。冷静に考えて、節度を美徳とする日本人と思えぬ節操の無さである。

 

 そんな会話をしながらそれぞれの教室で分かれ、校内放送と共に全校生徒は体育館へと移動を始める。外からの熱された太陽の光と、体育館内の人口密度が加わって湿度が上昇する中で整列しながら終業式の開始を待ちわびる生徒たち。待つこと数分、学年主任の一人がマイクの前に立った。

 

『えー、それではこれより第一学期終業式を開始したいと思いますが、その前に生徒の皆さんにお知らせすることがあります』

 

 ドヨドヨと騒めく生徒たちを鎮め、学年主任は告げる。

 

『先日、校長先生と教頭先生がご家庭の都合により急遽退職されることとなりました。そして本日より、新しく赴任した教頭先生並び、校長先生を紹介したいと思います』

 

 そんな言葉と共にスーツ姿の若い女性が壇上に上がる。美麗な長い銀髪と非常に整った容姿、凹凸のある体がスーツの上からでもわかる悩ましい肢体を晒しながら、彼女は壇上の上から生徒たちを見下ろした。

 

『皆さん初めまして。この度駒王学園の教職員に赴任しましたロスヴァイセです。北欧出身でこの国にはまだ慣れていませんが、誠心誠意努めますので、どうぞよろしくお願いします』

 

 新しい教頭が美人な外国人女性であることに全校生徒(主に男子)が黄色い声をあげる中、生徒会役員とオカルト研究会のメンバーは突如教頭として赴任してきたロスヴァイセに驚きの視線を向けた。ただ一人、したり顔で笑うのはアザゼルだけだ。

 挨拶もそこそこに何故か異様に疲れた表情を浮かべるロスヴァイセが壇上を降りると、体育館の照明が落とされた。カーテンで日光が遮られ、館内は暗闇に包まれる。説明もない演出には生徒たちどころか生徒会役員まで動揺の声が上がるが、そんな彼らを無視するように壇上の天井部分から巨大なスクリーンが下りてきた。

 そこに映し出されたのは、甚平を着た褐色肌で死体のように真っ白な髪の青年の後ろ姿。決して顔を見せようとしない彼は、背中越しに下種な高笑いをあげる。

 

『ひゃはははははははははは!! おはようからこんにちは、生徒諸君(マゲッツ共)!! これより駒王学園は、校長たる我が玩具である!!』

 

 愛しき学び舎が最恐の悪神の手に堕ちた瞬間である。

 

 

 

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 時は遡る。

 

 遥か上空1万メートルに浮かぶアンリマユ邸の浮遊島。ロスヴァイセは自分なりにこの島の事を調べてみた。

 風力発電のように風をエネルギーに変換して飛行するこの島の面積は駒王町がすっぽりと収まる広さで、住人はアンリマユとロスヴァイセ、そして何故か二足歩行する武装した猫が100匹程。そんな猫たちの正体は、アンリマユが保健所から連れてきて改造を施した猫らしい。なぜそんなことをしたのかと尋ねると――――

 

『リアルアイルー村を作ってみたかったわけよ。何? アイルー村を知らない? ハッ! これだからロスヴァイセは』

 

 鼻で笑われた上に詳しく教えてくれなかったが、多分ゲームの真似事がしたかったのだろうと深くは追及しなかった。この浮遊島には、猫……アイルーたちの食用に全長500メートルほどの50メートル先まで見渡せる透明度の高い水で満たされた湖があり、その中にはこれまたアンリマユに改造された魚類が繁殖、小規模な生態系を形成している。

 他にも、生えている木が全て食用出来る実がなるものばかりったり、どこから持ってきたのか、作物の種を撒いて育てていて、アイルーたちが村というコミュニティを築いている。

 

 高さゆえに雑草も虫も湧かない。瑞々しく肌触りの良い一種類の植物で構成された草原が島全体に広がり、転落防止と言わんばかりに高い丘に周辺を囲まれてる島の中央に、半壊状態の古い神殿と思われる建物の地下に続く階段を降りると、そこには豪邸と見紛う住居スペース。

 島全体を結界で覆い、雨や台風どころか紫外線すら遮断、結界内部は夏になれば涼しく、冬になれば暖かくなるという実に快適な空間となっている。まさに田舎に住むならこんな場所がいいと言わんばかりの最高の場所。……島の主である悪神さえいなければ。

 

「アンリマユ様……これは何ですか?」

「朝飯のスイカだな。泣いて喜べ、お前の分も出してやったぞ」

 

 そして今日も今日とてロスヴァイセはアンリマユのはっちゃけ振りに悩まされる。

 目の前のテーブルの上に鎮座するスイカ丸々二玉を引き攣った表情で眺めるロスヴァイセを、さも「どうした? 食べないの?」と言わんばかりの眼でニヤニヤと見るアンリマユ。

 

 この悪神と生活を続けて数日で分かったことだが、彼の食生活は極めて杜撰なものだった。まず第一に調理器具が全てない。何を思って購入したのか、馬鹿デカい業務用冷蔵庫の中にあるのは肉と魚、果物とアイスだけ。調味料は無く野菜もない。

 古代出身ゆえに近年の食生活に沿う生活を送らないかもしれないとは思っていたがこれは酷い。まさに自分の好きなものばかり食べる小学生のような食生活だ。以前野菜はないのかと聞いてみても、彼は嫌そうな顔でこう告げていた。

 

『苦い、水臭い、不味い、青臭い、泥臭い。齧ってみても口に合わねぇんだよな』

 

 野菜が嫌い……というか、何の調理も処理されていない店で売っている野菜をそのまま食べて嫌いになったのだろう。肉と魚を火で炙るくらいの調理しかできないようだし、果物も皮ごと食べる。原始人かと内心ツッコんだものだ。

 だがそこまではまだいい。問題はそんなところではない。テーブルの上に乱雑に置かれたスイカの包装。そこに張られた値段票を恐る恐る目に映す。

 

「……一玉5360円!? ひ、ひぃぃぃ!?」

 

 一食で大金を消費する悪神に倹約趣味の戦乙女は悲鳴を上げる。そう、この悪神は「なんか美味そう」という理由で高級食材を海外まで行って安物感覚でホイホイと大量に買ってきたりするから極めて質が悪い。たとえ自分の金でなくても、こうも大金が無駄に消えていくかと思うとロスヴァイセのストレスはマッハで胃に影響を及ぼす。

 

「ア、アンリマユ様! またこんな無駄に高い買い物を……って、あああぁぁ!!? そんな5360円を一口でぇぇぇ!!」

 

 顔が口を中心に四つに裂けて出来た巨大な口でスイカ一玉丸ごとを収めると、ボグゥッ! とくぐもった破裂音と共に果肉を皮や種ごと嚙み砕くアンリマユに涙目を浮かべるロスヴァイセ。5360円がたった一口で消えてしまった思うと、何ともやり切れない気持になる。

 好物の果物を食べてご満悦なまま3DSを起動して某狩ゲーを開始するアンリマユを恨めしそうな涙目で見ながら、ロスヴァイセは仕方なしとスイカを切り分け、大事に味わいながらチョビチョビ齧る。美味しいのにしょっぱく感じるのはきっと涙のせいだ。

 日常の食における無駄な出費を抑えてもらうには、自分が食事を管理するしかない。そうでもしなければ、倹約家の彼女の胃に穴が開くどころか胃が爆発四散して死にそうになる。 

 もっとも食費を抑える方法は自炊なのだが、標高1万メートルの浮遊島までガスコンロやクッキングヒーターを設置してくれる業者など存在しない。ならば自力でどうにかするしかないと思った矢先、ロスヴァイセはふと思い立った。

 

(そういえば、アンリマユ様ってお金はどうしてるんでしょう?)

 

 悪神復活からまだ一月と経過していない。この浮遊島の施設は魔術でどうにかなっているとしても、彼が今プレイしているゲーム機、業務用冷蔵庫、高級食材の山々。これらの出費はどうやって賄っているのか?

 

「フハハハハハ! 怪鳥イャンクックだと? すぐに息の根を止めて――――ぎゃあああああああ!!? なんだこの攻撃範囲と攻撃力は!?大型モンスター糞やべぇ!!」

「あの……今思ったんですけど、アンリマユ様ってお金はどうされているんですか?」

「そこに一纏めにしてる」

 

 意気揚々と挑みに掛かってすぐに息の根を止められながらも、3DSの画面から目を離さずに顎をしゃくった先に何の変哲もないドアがあった。返答に疑問を抱きつつも扉を開けると、そこには広い一室を埋め尽くす金銀宝石、散らばった紙幣や小銭の山が築かれている。

 

「………………あいたっ!?」

 

 防犯もへったくれもない、ドアを開けたら取ってくださいと言わんばかりの警戒心の無さ。金銭が貴重ではないと言わんばかりの圧倒的杜撰ぶり。空想の中でしかなかった圧倒的ブルジョワジーを前にしてロスヴァイセは気絶、頭を床にぶつけて覚醒していた。

 

「っ!!? いhtがhtgはgtっはlthgぁてゅいtら;l!!!!?」

「どうしたんだロスヴァイセ? 何を言っているのかまるで分らんぞ? ひゃぁーはっはっはっはっはっ!!」

 

 あまりの財産に腰が抜けて立てない。声にならぬ悲鳴をあげながら詰め寄る小市民的戦乙女と、そんな彼女の醜態をニヤニヤと眺め、遂には下卑た高笑いをあげる悪神。必死に息を整えながら、ロスヴァイセは恐る恐る問いかける。

 

「こ、このお金とか宝石はどうしたのです?」

「あぁ、アトランティスは多くの金銀財宝ごと海に沈められててな。そこにあったのを根こそぎ貰っただけ。もっとも、これも半分ほどになっちまったけどな」

「は、半分って……!? だってこれだけでも一生遊んで暮らせそうな……!?」

「少なくなったらラスベガスにでも行ってみるか。スロットの目押しなら何とかなるだろ」

 

 余りにも……余りにもノープラン。この世全ての節約家を嘲笑する地獄の散財家。しかも最終手段がギャンブルとはいったい何事か。曲がりなりにも部下の役職なのだし、これはもう自分が管理するしかないだろうとロスヴァイセは気炎をあげる。これほどの財をこんなチャランポランな駄神に預けていては同居しているこっちの身がもたない。

 

「……アンリマユ様。明日から……いえ、今からでも就職活動をしましょう」

「え? やだよ。怠い」

「いいえ、駄目です!! このままじゃあ破産待った無しですよ!? 少しでも貯金をしていかないと!!」

「それは……俺がイャンクックをハントするより大事な事か?」

「少なくとも、ゲームよりも100倍は大事です」

「HAHAHA、そんな馬鹿な」

「あぁもう! 寝転がりながらゲームを再開しないでください! ほら! こっち向いて私を話を聞いてください」

「そもそも就職だと? はっ! 俺が働かないのは、俺に相応しい仕事がない今の社会が悪いのSA☆」

「んまー! このニート悪神は駄目駄目ですね!!」

「ひゃはははははははははははは!! 俺に仕事を押し付けたければ、俺の興味がそそるのを持ってこい!!」

 

 ややお節介かもしれないが、ロスヴァイセも自身の精神安定と同居人の未来のために必死である。やいのやいのと駄神を説得するロスヴァイセに、アンリマユはヤレヤレと言わんばかりに告げた。

 

「まったく、忙しい女だな。いくら自分の給料が掛かっているからといって」

「………ゑ? あ、あの……私の給料が掛かってるって……?」

「あれれー? オーディンから聞いてなかったのぉ―?」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら何故か見た目は子供、頭脳は大人な名探偵風にわざとらしく呟くアンリマユ。

 

「お前、俺の部下になった時に北欧神群からゾロアスター神群に移籍になってんだよ。そうなると、当然給料払うのは俺の役目って訳になる訳よ。ひゃはははは!! 実は左遷ではなく切り離されて吸収されていたという衝撃の真実ぅ!! ……って、聞いてる?」

 

 所詮は他人事だと楽観的に考えていた部分がまさかの当事者側だった事実に愕然とするロスヴァイセは真っ白な灰のようになっていた。北欧から支払われると思い込んでいた大事な大事な給料が、こんな破産待ったなしの悪神に託されているなんて聞かされれば呆然自失となるのも無理はないだろう。

 

「ブツブツと呟くだけの機械になってやがるぜ。とりあえずこのアホ面をカメラに納めてっと。俺はイャンクック狩りの続きを――――ん? 着信? はい、こちら葛飾区亀有公園前派出所……おー、どうした?」

 

 元凶の駄神2人を恨む以前にお先真っ暗な未来に絶望するしかない19歳戦乙女。このままでビシッとスーツを着たキャリアウーマンから幸せな寿退社の未来が消え失せ、くたびれた仕事場で安月給であくせくしながら、休日は煙草を吹かしてパチンコ台に座る独身生涯という最悪の未来が訪れてしまう。それだけは御免被る。

 

「ほう……ほうほう……それは中々面白そうだな。よかろう、その提案に乗ってやろうじゃないか。んじゃあ説明はまた今度な。おい、ロスヴァイセ。腹立たしいが朗報だぞ。おーい?」

 

 あぁ、だがどうすればいいのか? この最悪ニート駄神を働かせ、自分の給料を確保させ、散財を止める方法があるなら教えてほしい。世界一嫌な運命共同体の半身と化したロスヴァイセは虚ろな目で天井を眺めるばかりだった。

 

「おーい。ロスヴァイセー? おーい? ……正気に戻れ」

「はぐぅっ!!?」

 

 呆然とするロスヴァイセに手を向け、何もない場所でデコピンをする。指で押し出された空気の塊は彼女の額に直撃。信じられない衝撃が頭を突き抜け、痛すぎて気絶も出来ない。額を抑えながら体を丸めて小刻みに震えて悶絶するロスヴァイセを見て、アンリマユは全身がゾクゾクとした快感を覚えたが、幸か不幸かロスヴァイセがそれに気づくことは無かった。

 

「ア、アンリマユ様……!? 一体何を……!?」

「電話だよ。サーゼクスから」

 

 涙目で睨むロスヴァイセにスマートフィンを投げ渡す。電話の主は、まさに救世主といってもいい報告を彼女に告げた。

 

 

 

   ------------------

 

 

 

 そもそも駒王学園は、裏の事情を知る人間の有力者と冥府側が若い人外や魔術師などといった裏の事情に関わる生徒を受け入れるために設立された学校である。故に多くの犯罪者に狙われる可能性を常に内包しているのだが、もし最強の悪神がその学園に君臨すればどうなるのか?

 単純明快――――わざわざ死ぬリスクを冒してまで学園生徒を襲う輩は存在しなくなる。更には抑止力となると同時に、三大勢力からの監視のしやすさも兼ね備えてているのだ。懸念材料の一つとして、アンリマユがこの話を受けるかどうかが不安だったが、彼は思いの外あっさりと承諾する。

 

『青春の悩みに悶え苦しみ、悶々とする若者を眺めるのが最高なんだよねぇ』

 

後に悪神はゲス顔で笑いながら呟いた。九死に一生を得たと言わんばかりのロスヴァイセも涙ながらにサーゼクスを代表とした冥界側に感謝し、1学期終業式を機に赴任したのだが――――

 

『ていうか聞いて? 前の校長と教頭ったら、学園の運営資金を業務上横領と知り合いの妻を業務外横領したのが2人揃って同時発覚して教育免許剝奪されたんだぜ? ふはははは! ワロス!!』

 

 ちなみにこの時点で事情を知る教職員は顔を蒼くし、生徒会長にして上級悪魔のソーナ・シトリーは気絶した。信頼の上に成り立つ学園の醜聞をさも面白そうに全校生徒の前で暴露したスクリーンの中の新校長は彼らの注目を一身に集める。

 

『さて、本来ならここで有象無象の校長共がするように特に益体の無い話をするところなんだろうが、俺はもっと益体のある話をしようじゃないか』

 

 画面が切り替わって校長室に移動したアンリマユは、座り心地のいい高価な回転椅子に座って背を向ける。表情が見えない絶妙な角度を演出しながら、彼は1枚の用紙を手に取った。

 

『俺はこの学園に赴任する際にまず驚いたのは、ガバガバな……そう、ガバガバなこの学園の風紀体制にある。なんと、2年の愉快な3人組……変態三人組が幾度となく女子生徒の着替えを覗いているそうじゃないか!!』

「「「ぶふぉぉっ!!?」」」

 

 変態三人組……それはこの学園では悪い意味で有名なトリオで、2年の一誠、元浜、松田が度重なる覗きと公衆の面前での……それも近年共学になったばかりで女子の比率が高い学園で……堂々とエロ本鑑賞などが悪名を呼び、名づけられた蔑称である。それを教員から……それも校長自ら全校集会で呼ばれると思ってなかった3人にとってまさに不意打ちである。

 

『いやぁ~、屑いなぁ。全女子生徒を恐怖のどん底に叩き込み、そればかりか無関係の男子生徒たちの評価までも貶めるなんて。そんなに女体が見たければ彼女でも作って自室で好きなだけ見ればいいものわざわざ学校で覗いて学園の評価すら貶める。許せないと思わないか? なぁ!? 2年の兵藤君! 元浜君! 松田君!」

 

 まさかの名指し。周囲の目が3人に集中し、凄まじ居心地の悪さを演出している。

 

『しかも女子生徒から聞くに変態3人組は愚かにも……実に愚かにもハーレム願望があるらしいじゃないか!! ひゃはははははははははは!! 笑わせてくれる!! 女にモテる要素を勉強してから出直せって感じだ!! なぁ!? 兵藤君! 元浜君! 松田君!』

 

 会えて変態3人組の構成員を公言せず、それでいて構成員を名指しで呼ぶアンリマユ。これでは変態3人組を名指ししていることと同義である。

 

『話がやや逸れたが、もう安心せよ生徒諸君(マゲッツ共)。これまでの学園風紀や教職員がどれだけ無能だったかは知らないが、俺が着た以上もう奴らの好きにはさせない』

 

 下卑た笑い声から翻って、安心させるかのような穏やかな声で語りかける。ざわついていた生徒たちはそれだけで一斉に口を閉ざし、新しい校長の言葉に耳を傾けていた。

 

『今この時より、駒王学園に新たな校則を加える! 学園内および学園行事にて覗きなどの猥褻行為を働いた生徒は、厳正な事実確認のもと特赦の必要なしと判断された場合、問答無用で停学または退学処分とする!! ちなみにこの校則、公然でエロ本とかエロ談義を晒した時にも適用されるパターンがあるから気を付けな!!』

『『『おおおおおおおおおおおおおっ!!!』』』

「「「な、なにぃぃぃぃ!!?」」」

 

 全女子生徒は歓声を、変態3人組は悲鳴を上げる。この校則はまさに対変態3人組封殺手段。これで彼らの被害にあって、処分が下されないことに涙を吞んでいた女子生徒は居なくなり、一誠たちは生の女体を拝む機会を失ったことになるのだ。

 

『この事は既に全校生徒の保護者に通達、反論が出なかったので正式に適用された。当然だわな。奴らが入学して1年と3か月、今まで3馬鹿共が放置されていたこと自体が可笑しい』

『『『うんうんうん!!』』』

『男子生徒諸君も今まで大変だったな。奴らが貶めた男子の評価……その影響で好いた惚れた娘に告白しても断られた奴もいるだろう。女子生徒の中には気になる男がいても、学園の男子の評価が気になって一歩前に踏み込む事が出来ないものがいるだろう。くそっ! 変態3人組め……! 一体何者なんだ? なぁ!? 兵藤く「それはもういいっての!!」』

 

 一部の男子が過去の出来事を思い出して咽び泣き、一部の女子が顔をそっと背ける。

 

『学園という小さなコミュニティでは、一人の男子の悪評が大なり小なり男子全体の評価に繋がり、一人の女子の悪評が女子全体の評価に繋がりうる。青春最後の3年間を暗い灰色で覆っていいのだろうか?』

 

 スクリーンの中の悪神は背を向けたまま椅子から立ち上がり、両手を広げて生徒たちの不安をあおるように語り掛ける。

 

『人間関係の縮図の中で勝ち組になれる者は極少数だろう。だが俺は校長として君たち全員に勝ち組になってほしいと願っている』

 

 本心にも無いことをベラベラと垂れ流すアンリマユに、アザゼルとロスヴァイセは悪寒が背筋をなぞる感覚を覚えた。実によく口の回る男である。

 

『女学園なんて男の眼がないが故に女子力を低下させる悪しき制度が廃止され、駒王学園は男女の眼が晒される場所となった。男子生徒全体の評価を下げる最も巨大な要因を取り除いた。後は各々が、極上の男と極上の女に成長するだけでおのずと勝ち組の未来が手に入る!!』

 

 画面越しからでも伝わる眼を離す事が出来ない威光。耳を塞ぐ事が出来ないカリスマ。名も名乗らぬ校長の後ろ姿を見つめる彼らの瞳に十代特有の青春の炎とお祭り気分が宿る。それを感知したのか、拳をグッと握りこみ、新たな校長は全校生徒に問いかける。

 

『男子生徒たちに聞こう!! お前たちは彼女が手に入るならどんな女がいい!?』

『『『可愛い彼女!! 美人な彼女!! 女子力が高い彼女!!』』』

『ならば女子生徒たちよ!! お前たちは彼氏が手に入るならどんな男がいい!?』

『『『イケメンな彼氏!! 甲斐性のある彼氏!! 自慢しがいのある彼氏!!』』』

 

 まるで示し合わせたかのような叫び声をほぼ全校生徒があげる。まるで星の自転の中心に立ったかのような無敵感に支配され、彼らの魂は更に燃え上がる。

 

『若く瑞々しい、最も輝ける高校生活を暗雲で閉ざしてもいいのか!? そんなことが許されるのか!?』

『『『NO!! NO!! NОООООО!!!』』』

『熱く燃える、最も素晴らしき青春時代に彼氏彼女、成績優秀という花を添えたいか!?』

『『『YES!! YES!! YES!!!』』』

『なればこそ!! 校長たる俺がお前たちが輝く礎を与えよう!! リア充という栄光を手に入れ、遠慮せずに星となれ!!』

『『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!』』』』』』

『今まで興味の無かった者が大勢いた学園ホームページに無断で新設した“校長のお部屋〟も興味があったら見てほしい!! ここには――――』

 

 地鳴りのような歓声が体育館全体を揺らす。駒王学園ほぼ全校生徒が最恐最悪の悪神のカリスマに心奪われ、生徒会役員とオカルト研究部員はこれから訪れる混乱期を予感させた。

 

 

 

「それでアザゼル様」

「何だよロスヴァイセ」

「結局アンリマユ様は何をしたんですか!? なんか生徒たちが皆おかしな事になってるんですけど!? 催眠!? 集団洗脳!?」

「いや、あれは神話の主神格に与えられたカリスマの一つだな。人間の潜在的欲求や本能を表面化させて、生徒全員がお祭り気分になってるんだろ。龍の波動は強者や異性を無意識に引き付ける力があるが、神霊のカリスマは理性で逆らえる分、ハマったら凄いことになる。本能の扉を開けただけで後は自発的にああなってる分余計に質が悪い。アンリマユの奴……全校生徒を玩具にする気だな。まぁ、校長のフォローは教頭の仕事だし、せいぜい頑張れよ」

「えぇぇ!? そ、そんな他人事のように!? フォローする気はないんですか!?」

「ねーよ。なんだかんだでこのお祭り状態の方が面白そうだしな!!」

「こ、この人でなしぃぃぃぃ!! 校長のフォローって、どうやって収拾付ければいいんですかぁぁぁ!! うわぁ―――ん!!」

 

 

 

 

 

 







「赤龍帝の神器に覚醒した」
「素敵! 抱いて!」

「教えて? 君は一体何を望んでいるの?」
「女子力溢れる巨乳美少女の彼女が欲しいです……先生」

龍の波動と神霊のカリスマの違いは大体こんな感じ。

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