三大勢力ェ……
駒王学園オカルト研究部。部室は新校舎から少し離れた位置にある旧校舎で、二大お姉さまの一角であるリアス・グレモリーが部長を務めており、兵藤一誠を始めとした個性的な面々で構成された……一見すれば少し変わった部。
しかしてその実態は悪魔である彼等の集合所。主であるリアスを筆頭にそれぞれ彼女の下僕悪魔が悪魔の糧となる人間の願い────所謂契約を交わすために設けられた場所である。
だが今宵の主役は彼らではない。悪魔、天使、堕天使の三大勢力のトップが駒王学園に集結し、会談を行うのだ。
かつての大戦によって首魁を失った悪魔と天使、多くの戦力を失った堕天使は今まで不毛な睨み合いをしてきたが、戦争勃発を目論んだ堕天使、コカビエルの一件を機に和平を結ぶことが決定したのだ。此度の会談はそれを正式のものとするためである。
………そしてもう一つの最重要事項。世界が恐れた最強の悪神、アンリマユの復活。
1対1で拮抗するには二天龍すら凌ぐ龍の神が出張らなければならないといわれる最強の一角が、今回の会談に参加するというのだ。実際にその力の一端を目にしたリアス眷属は否応が無しにも緊張が走り、冷たい汗が背筋を伝う。眷属全員の力を合わせても手も足も出無かったコカビエルを、まるで取るに足らない存在と言わんばかりに捕食した醜悪な巨腕が、いつ気まぐれに向けられるか分からない。
実際に悪神と戦った北欧の主神、オーディンも抑止力として会談に参加するというが、伝承では100の神話を退けた絶対悪の話を聞いた後ではどうしても不安が残る。
言い知れぬ不安を抱えたまま迎えた会談当日。悪魔側からはトップの二人、つまり四大魔王の内の二人であるサーゼクス・ルシファーとセラフォルー・レヴィアタンがその護衛である、サーゼクスの『女王』グレイフィアが控えている。
そして、天使側からは
そしてきっかけとなった事件を目の当たりにしたリアスとその眷属、駒王学院の生徒会長にしてセラフォルーの妹であるソーナ・シトリーとその《女王》である真羅椿姫が参加するため、会議室の前までやってきていた。
緊張と恐怖を吐きだすように息を吐き、後ろに控える眷属たちに視線を向ける。
――――何があっても可愛い下僕たちだけは守る。
誰よりも己が眷属を愛するリアスは意を決し、人外魔境と化した会議室の扉を開けた――――
「おっと、また子供が生まれちまった。祝義として5千円ずつお前らからいただくぜ」
「ふふん♪ 人生ゲームでもアイドルになったレヴィアたんに死角はないね☆ あ、『1Pからお歳暮を貰う。1Pはお土産カードを1枚4Pに渡しましょう』だって! という訳でアンリちゃん、お土産カード1枚ちょーだい☆」
「ほっほっほっ。『自転車事故発生! 入院したが、1Pから慰謝料として2万円もらう』とな? どれ、遠慮なくアンリマユの財産をいただこうかの?」
「『持っていた石像の買い取り手が見つかる。1Pから1万円もらう』ですか。これも天の思し召しでしょう、あなたに加護があらんことを」
「ははははは。さっきから搾取され放題ですね、アンリマユ殿。おや、『企業に大成功。擦り寄ってきた1Pから賄賂として5万円もらう』とは……これで貴殿の所持金は-534000円ですね」
「やめろお前らぁぁぁああああ!! 俺からばかり一方的に財産を搾取して楽しいかぁあっ!? 見ろこの借金手形の山! お前ら、弱い者虐めなんて最低だぞ!!」
「悪神の言葉じゃねーな」
「序盤は『ふはははははは! 世界には搾取する強者と搾取される弱者がいる。搾取される弱者が悪いのだよ!』とか言ってなかったっけ?」
「誰? そんな下種なこと言ったの?」
――――瞬間、リアスたち全員はズッコケた。気合が出ばなから完全に空ぶった。というか、空ぶらされた。大事な大事な会議前に、いったい誰が人生ゲーム(テレビゲーム版)で遊んでいる各勢力の首魁と最強の悪神の姿を想像できようか。しかも件の悪神は全プレイヤーから一方的な搾取を受けて涙目である。
「皆様、もう会議が始まる時間ですよ! いい加減に………って、ほら! 学園の代表者が来ました! 早くそのゲームを片付けて席に着いてください!」
「HA☆NA☆SE!! ここからだ! ここから俺の華麗なる大逆転劇が始まるんだよ!!」
「ほっほっ! 無駄無駄無駄無駄無駄! -534000円からの逆転など不可能じゃ!」
「何おうっ!?」
「オーディン様も煽らないでください! これではいつまでたっても会議が始まりません!」
「えぇい、お主も相変わらず堅いのぅ。もっと遊び心を持たぬか。そんなんじゃから彼氏が出来ぬのだ」
「ど、どどどどうせ……どうせ私はお堅いですよぉーだ! う、うぇぇぇぇぇぇんっ!」
そんな中、たった一人で場の空気を正そうとして二柱の神に振り回される銀髪の戦乙女がやけに印象的だった。
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「いざ対面してみると、実に話の分かる楽しい御仁だったよ」
後日、リアスの兄であるサーゼクスは実に楽しそうにそういった。
結局人生ゲームが終わるまで待たされ、ようやく始まった会談。チラリと部屋の隅に視線を向けると、そこには人生ゲームでボコボコにされ、体育座りでいじけているアンリマユが涙目で3DSをピコピコしていた。
「ケッ! もういいし! 人生ゲームで集中攻撃してくる奴らなんか知らねぇし! 俺はソロで最強の敵、ドスファンゴ倒しに行くし!! そっちの話が終わるまで話しかけてこないでよね! バカっ!」
リアス眷属、ソーナ眷属、そしてミカエルの護衛である紫藤イリナの心はシンクロした。
――――こんなんが最強の悪神? なんか思ってたのよりも色々酷い。ありとあらゆるダメな意味で。
こんなんでも最強の悪神である。例えファーストコンタクトの衝撃を盛大に裏切られようとも、いじけながらゲームしていようと、各勢力のトップから生暖かい目を向けられようとも、最強の悪神ったら最強の悪神なのである。
その後、複雑な事情が交錯しつつも会議は和平に向けて進められていく。途中、アザゼルが世界を揺るがす存在である今代の二天龍に己自身の考えを問うた時――――
「俺は強い奴と戦えればそれでいいさ」
「ふむ……それじゃあ赤龍帝、お前はどうだ?」
「いいっ!? ……いや、そんな難しいこといきなり言われても」
「よし、なら分かりやすく言おう。和平が成立すればリアス・グレモリーとその眷属と小作りができる。戦争になれば小作りは無しだ」
「和平でっ!! 和平でお願いします!! 平和が一番っす!!」
などというやり取りで笑いを取りながら、無事に和平は成立する。そして会談は最重要事案に移った。
「さて、和平は成ったし、伝説の二天龍の意見も聞いたことだし、そろそろ最後の議題に移ろうか」
『『『っ!』』』
朗らかな雰囲気を引き裂くようなアザゼルの声に若者たちは息を呑む。見れば、他の勢力の主要人物も真剣な表情で部屋の隅にいる悪神に視線を向けた。
「え? 何? そっちの話終わった?」
今まで我関せずといわんばかりにゲーム内で蜂蜜を採取していたアンリマユが顔を上げる。3DSを閉じると面倒くさそうに頭を掻きながら各勢力のトップを一瞥した。
「んで? 俺に何の用だ? オーディンに誘われてきたけど、お前らも俺に用があってきたんだろ?」
「話が早くて助かります。それでは単刀直入に聞きましょう」
「ゾロアスターの悪神…………いや、こう言うのが正しいか」
勿体ぶるようにアザゼルは言いなおす。
「終末論、
アザゼルの言い回しにリアスやソーナ、ロスヴァイセは首を傾げる。だが場の雰囲気からこの場で質問することは控えた。
「俺がどうするか……だと?」
「コカビエルを倒したくらいなら、別にそこまで重要視しない。いずれかの組織の観察下に置くか、組織そのものに加入してもらうかすれば良いだけだからな」
「だが貴殿に関してはそうはいかない。内に秘めた力は勿論のこと、実際貴殿と同じカテゴリーに属する存在………終末論、百王説を知る者が冥界の上層部含め、世界各地に今でも存在する。決して放置することはできない……それほどまでに、百王説は強すぎた」
この発言にはこの場にいる若手悪魔は驚いた。百王説という存在については分からないが、《紅髪の魔王》の異名をとるサーゼクスは冥界最強の実力者と言っても過言ではない。その彼をして『強すぎた』と言わせる存在。その百王説と目の前の悪神が同じカテゴリーに属するというのは一体どういうことなのか。少なくともゾロアスターに関連しているわけではないようだが。
(先ほどから仰っている終末論という言葉……これに何か意味が?………っと、それどころではありませんね)
思考の海に潜りかけたロスヴァイセだが寸のところで正気に戻る。
「お主の目的はすでに
「えぇ~………俺は知っての通り、日本のゲームとか漫画が楽しくて仕方ないだけなんだけど。んなわざわざ面倒事に首突っ込むとかやってらんねぇんだけど。中立で特に何もしないから放置とかじゃダメ?」
「残念ながら、組織としては許容しかねます。本来ならば完全な撃滅が妥当。あなたを狙う者たちも後を絶たないでしょうし、何よりあなたには強大な力と前科があります。皆を納得させるには中立という立場と各勢力からの監視だけでは足りないのですよ」
ミカエルの言に『ですよねー』と、欠伸をしながら答えるアンリマユ。しばらく逡巡した後、アンリマユはチラリとロスヴァイセを見た。
「……?」
ほんの一瞬で気のせいかと思われる視線。当の悪神は心底面倒くさそうに頭を掻きながら、右手で印契を結ぶ。
「あー、めんどくさ。良い子はもう寝る時間だってのに。言っとくけどお前ら、これ他の若ぇ奴にバラしたらマジでぶち殺すからな」
何が起きたのかわからない。一瞬空気が揺れたようにも思ったが、ただそれだけだ。しかしたったそれだけで三大勢力の首魁と北欧の主神は顔色を変え、考え込むように黙り込んだ。
「なるほどな……こういう理由があれば、うちの連中を黙らせることはできるな」
ニヤリと笑う堕天使総督。声を発さずとも意思を伝えた。先ほどの印契は伝達の魔術の一種を発動させるものとロスヴァイセは解釈した。
「――――では、アンリマユ殿を中立勢力として戴き、神話体系と三大勢力からそれぞれ監視の目を置くということでどうだろうか?」
「おう、俺は良いぜ」
「異議なーし☆」
「こちらも問題ありません」
「うむ。まぁ良いじゃろう」
伝達の魔術、その恩恵を受けなかったロスヴァイセや若手悪魔、ヴァーリとイリナは驚いた。あれほど危険視していた相手を監視付きとはいえあっさり放置する決断を下すとは思いもしなかったのだろう。
アンリマユが彼らに何を伝えたのかはわからない。だが彼らが一斉に意思をそろえるほどの情報、そしてそれを可能としたアンリマユ本人の力。きっと自分たちには及びもつかない理由があるに違いないのだと確信した。
「これ、一緒に人生ゲームして仲良くなったから有耶無耶にしよう的な理由じゃないですよね?」
「イッセー?」
「あいだっ!? ご、ごめんなさい部長!!」
身も蓋もないことをボソリと呟く下僕の尻を強めに抓っておいた。
「それでは監視体制だが……アンリマユ殿は今は駒王町に拠点を?」
「いや、特にどこかとか決めてねぇけど」
「それでは――――」
サーゼクスが提案しようとした瞬間――――
「あん?」
――――世界は停止した。
人生ゲームで嫌なことが連続で起こると泣きたくなりますよね