この悪神、なんか軽い   作:大小判

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序章 駒王会談
プロローグ


 

 

 

 

 

 ここは地獄の最下層(コキュートス)。吹き荒れる猛毒の吹雪を吹き飛ばし、嘆きの河の氷を溶かしながら、〝彼〟は地上へと視線を持ち上げた。瞼を下し、遠い過去に思いを馳せる。

 

 

 拝火(ゾロアスター)教における“彼〟の伝承はいたって単純だ。

 醜悪なる悪神と化した女が世界を滅ぼさんが為に生み出した5体の化生を討伐し、悪女の心臓を光輝の剣で貫くという、ありがちな御伽噺(ブイリーナ)。これは人間の悪性に囚われた結末を示した戒めだ。

 人間の業に限度はない。その凶悪さは悪魔などの比ではない。力を得た者が際限なく悪行を繰り返せば、それは民族を、国を、世界を滅ぼして余りある。

 その業を戒める力が強ければ強いほど、悪神となった女が纏う醜悪さは増していった。白い肌には鮮血がこびり付き、銀色の髪からは絶え間なく血の臭いを発し、翡翠の瞳には常に凌辱された死体を映していた。

 屈強な英雄が嘔吐するほどに禍々しく。

 清廉な僧侶が悲鳴を上げるほどに汚らわしい。

 浴びせられた呪詛と怨嗟は世界を覆うほどに積み重ねられ、その度に女の怪物性は高められていった。血濡れの手で世界中の善人を弄ぶその姿は真の悪神と呼ぶに相応しいだろう。

 

 ――――汝、絶対悪であるべし。

 

 それすなわち、不倶戴天。倒されるべき悪は何よりも醜く、誰よりも残虐であってほしいと願われ続け、女は悪を災いに変えて世界にふりまき続けた。

 絶対悪を倒すべく始まった〝彼〟の旅路。疫病の化身を切り裂き、背教の女神を首級を挙げ、婦人を苦しめる悪魔を両断し、義無き武神を打ち破り、三頭龍を屠り、人々から絶賛の声を浴びながらなぞった軌跡の果て。閉ざされた眼が生み出す暗闇に、女の姿を映し出す。

 悪神である女は……泣いていた。その女の涙こそが全ての始まりだった。

 善と悪。男と女。陰と陽。光と闇。創造と終末。その女はゾロアスターとは無関係に生まれ、世界の片割れを担い、終末を人類に告げる存在として悪神の名と力を押し付けられた。

 幾星霜の時をかけて戦うことを宿命づけられた女は、己の宿命に耐えきれずいつも泣いていた。己に挑む勇者の臓腑を貫き、屍山血河の中で膝をつき、血塗れの手で顔を覆って泣いていた。

 ……女が絶対悪であることを望み、女と戦うために旅をした〝彼〟には何故女が泣くのか理解できなかった。戦うことが嫌なのか問うたが、女は首を横に振る。誰かを殺めることが嫌なのかと問うたが、女はまた首を横に振る。不倶戴天であることが嫌なのかと問うたが、女はまたしても首を横に振る。では何が悲しいのかと問えば、女は静かに答えた。

 

「…………何の因果だろうな」

 

 時の果てに辿り着いたとしても、〝彼〟は決して忘れない。宝石のような瞳から止めどなく流れる涙の訳を。その涙を拭えるのなら永劫を賭しても構わないと誓った熱い想いを。

 

 ――――君の罪を、代わりに俺が背負おう。

 

 そういって女の心臓を貫いた時から今に至るまでの軌跡は、何の因果か今なお続いている。

 ならば見定めなければならない。役目が終わっても(・・・・・・・・)、世界がこの絶対悪に何を求めるのかを。出来なければ、世界は再び思い知るだろう。善と悪が成立した黎明期に顕現した、最強の悪神の恐怖を。

 

「裁定の時だ。英雄たちよ、今こそ真価を見せるがいい………!」

 

 

 

 

 

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 奪われた聖剣を取り戻すため、教会からの使者を手伝い、駒王学園でエクスカリバーを統合する。そして統合された時のエネルギーを使い、町を消滅させる魔法陣を発動させる。それを防ぐために、堕天使の幹部であるコカビエルと対峙しているリアス・グレモリーとその眷属達。

 その戦いはもはや佳境に入り、神の死を高らかに宣言している堕天使。その事実に全員が動揺し、心が挫けた。

 

「貴様らの首を手土産に……! 俺だけでもあの時の続きをしてやる!!」

 

 出現した光の槍を構え、彼らに投擲しようとしたその時――――

 

 

『GYEEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAYEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!』

 

 体育館の床を突き破り、それは(・・・)、悍ましい咆哮を挙げ現れた。見るだけで怖気が走る異形にして巨大な腕。その部分だけでも10メートルを超すであろう腕は真っ直ぐにコカビエル向かっていく。

 

「な、何だこいつは!?」

 

 突如現れた腕に危機感を覚えたコカビエルはリアス達に向けていた光槍の切っ先を巨腕に向け、音速を優に超える速さで投擲する。切っ先はソニックブームを巻き起こし、命中すればあらゆるものを木っ端微塵にするであろう一撃は見事に命中する。

 だが、それだけだった。

 

「バ、馬鹿なっ!!?」

 

 まるで何事もなかったかのように向かってくる拳が開かれ、正面にいる堕天使の思考は停止した。

 掌と指の内側は空洞となっており、巨漢であろうと余裕で入り込める穴には刃のように鋭い乱杭歯がギッシリと並び、獲物を舐るように蠢く巨大な舌がコカビエルに巻きつき、その肉体を五指で握りこんだ。

 

「ぐっ・・・があああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 まるで手の形をした醜悪な砂漠の巨蟲(サンドワーム)。乱杭歯はそれぞれが意思を持つかのようにコカビエルの体を食い破り、吹き出る溶解液は河も肉も骨も灼く。堕天使はまさに、生きながら食われていた。

 

「うぶっ!!? ……うえぇぇぇええ……っ!!」

「………―――――――」

 

 吹き出る血飛沫と食いちぎられた肉と内臓の破片が体育館の床の汚す。凄惨な光景を見せつけられた彼らの中で一番初めに反応を見せたのはリアス・グレモリーの眷属である《兵士》、今代の赤龍帝である兵藤一誠は思わず蹲りながら嘔吐し、同じくリアスの眷属である《僧侶》のアーシア・アルジェントは青い顔をして気を失った。つい最近悪魔に転生したばかりで戦いに慣れていない2人と違い、他の実戦経験豊富な者たちは正気を保っていたが、それでも目の前の光景には顔を青くし、吐き気を我慢せざるを得ない。

 

 

「ぐ……ご…えぇ…………ぇ………ぇ…………」

 

 やがて堕天使を咀嚼し終えた奇怪な腕は満足したかのように床の穴へと帰って行った。

 全てを見届けてから数秒。唐突に終わった事態に腰を抜かしたリアスは呆然とつぶやく。

 

「何だったの……? あれは……」

 

 その問いに答えられるものは、この場には誰一人としていない。

 だが人類の黎明期を駆け抜けた者たちは皆知っている。

 あれこそが世界の敵。あれこそが不倶戴天。あれこそが絶対悪。あれこそが人類が乗り越えるべき終末論の化身。

 

 ゾロアスター教に記された最狂最悪の具現。かの竜神たちとも渡り合うこの世全ての悪を背負う者。その名もアンリマユ。

 

 駒王町に復活した世界に暴威を振るう者は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いぃぃやあああああああああああああああまた殺されたっっ!! なんだこの飛び掛かりの攻撃力!? ドスランポス糞ヤベェ!!!!」

 

 パソコンの画面の中にいる某大人気狩猟ゲームの中ボスに打ちのめされていた。

 

 

 




 

この作品におけるゾロアスター教の伝承は脚色されているのであしからず。

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