『セイバーウォーズ ~ Fate of Flower ~』   作:歌場ゆき

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「それは―――、」

 

同時に飛び出した―――。

 

周囲の様子はもう感じ取れない。

 

全く光のない暗闇の中にいるようだ。

 

ただ目前の敵のみが克明に把握できる。

 

打倒すべき敵のみが。

 

縮んでいく互いの距離。

 

上段から腕を振り抜こうとしてくる相手が迫り。

 

 

―――――悟った。

 

 

コンマ数秒に満たない時間の中、己の辿る未来がわかる。

 

 

 

油断はなかったはずだ。

 

己の最高の速さを以って接近し、最大の魔力を乗せた一撃を相手に食らわせるつもりだった。

 

体のあちこちが機能不全を起こしているとはいえ、向こうもそれは同じこと。

 

むしろ、与えたダメージ量はこちらのほうが上のはず。

 

 

 

――なのに。

 

――それなのにも関わらず、相手のほうが速い。

 

 

 

ほんの僅かな差ではあるが、こちらが腕を振り抜くよりも先に敵が腕を振り抜く。

 

それが直感的にわかってしまう。

 

その事実が理解できたところで、もはや対応はできない。

これ以上ない必殺を意識した特攻だ。

自分の機動力であろうと、これほどの勢いの攻撃体勢から別の行動を取ることはかなわない。

 

 

 

駄目、であったか。

 

―――流石だ。

 

敵は憎悪すべき“セイバー”だけれど。

認めざるを得ない。

 

考えられないほどの数の“セイバー”を殺して、自分も強くなったと思ったけれど。

“こんな身”になっても殺せない“セイバー”がいる。

 

 

 

 

流石は、私の『師匠』だ。

 

 

 

 

そんなことを思いながら止まらない勢いのままに

腕を振るった。

 

―――――“振るうことができてしまった”

 

本来、相手の一撃を先に食らうはずの私が師に攻撃できるはずがない。

 

紙一重ではありつつも、彼我の差はそれだけの差であったはずだ。

 

しかし。

 

師が腕を振り抜く直前――、

 

―――師の手に握られていたはずの、聖剣が消えた。

 

空振った腕に引っ張られ、お辞儀をするように頭を垂れる身体がこちらに突っ込んできて―――

 

私はその身体を逆袈裟斬りに斬りつけることができてしまった。

 

そうして、

物理法則を無視するかのような勢いで吹き飛んでいく体。

地に叩きつけられてもなお勢いは止まらず、低くバウンドして転がっていく。

 

――本当なら私がああなるはずだった。

――師の一太刀によって。

 

岩のような瓦礫にぶつかってようやく止まっても

瓦礫を背に寄りかかるようにして立ち上がる気配はない。

 

――――当然だ。

 

今も手の中にある感触が訴える。

 

あれは、

まるで疑いようのない―――――致命傷なのだから。

 

 

 

 

 

「…なぜ、ですか?」

 

それが致命傷を負った師の傍に寄って、初めて出た言葉だった。

 

止めを刺す前に、訊かずにはいられない。

 

「…………さ、て……、なぜ、でしょ…う、ね?」

 

虫の息でようやく口にしたのは疑問。

いたずらが見つかってしまった子どものような口調。

 

「私はまだ、こんな身になっても、まだ……、貴女には、勝てないとーーーー」

 

忸怩たる思いを師にぶつける。

 

かつてセイバーのクラスであった私は殺戮を繰り返すうちにアサシンのクラスへと成り果てた。

 

自らの“未来の可能性”を殺すことで存在が切り替わった。

 

そもそも私がどうしてセイバークラスを皆殺しにしようと思ったのか、

その発端の詳細はもはや思い出せない。

 

ただ―――、絶望を見た。

 

『私以外のセイバーがいなくなればいい』

その狂気に憑りつかれた。

 

 

そして、

全てのセイバーを狩り続けて、その魂を食らい続けて、今の領域にまで辿り着いたのだ。

 

もう自分の敵はいないと思っていたのに。

 

最後の一合。

師は剣を振り抜く直前に間違いなく、

わざと自らの剣を消した――――

 

 

 

 

 

「あな、たは…じゅ、うぶんに……ぅぐーー、つよ、く、な…り…ましたよ」

 

――以前の私が為そうとしていたことを成し遂げたのですから、と。

 

「だから、わざと…?」

 

「どう、で……しょう…ね?」

 

―――今となっては、それは重要ではなく。

 

―――ただただ、

―――弟子の成長が嬉しい。

 

師はそんな顔をしている。

 

ずるい、それはとても、ずるい。

あまりにも身勝手だ。

 

今にも死にそうで、

苦しくて仕方がないはずなのに、

どうしてそんな顔ができるのだろう。

 

今すぐ殺したくて、

止めを刺したくてたまらないのに、

もっと顔を見ていたくなってしまう。

 

自分の中になぜこんな感情があるのか、

そんなふうに戸惑っていると、

 

 

唐突に――――、

 

「こ、れ…から、は、あっ……なたが―――、さい、ごの、セイ…バーで……、す」

 

―――正確には、最後であり”最初の”セイバーです。

 

投げかけられた言葉の意味がわからなかった。

 

私はもうアサシンなのだ。

この人はなにを言っている…?

 

「い、いえ」

 

師は震える手で自らを刺し、

 

 

 

――悪の限りを尽くしたアサシンはここで消える。

 

――これはウルトラCなのですよ。

 

 

 

今にも消え入りそうな声で、たしかにそう言った。

 

なにを馬鹿な。

 

そんな都合のいいことがあっていいはずがない。

 

そもそもやってきたことへの罪の大きさに私が耐えられないわけがないじゃないか。

 

「そ、れが…あなた……ごふっ…、への、罪…な、ので、すよ」

 

耐えられるとわかっている罪に耐えることのなにが罰だと言わんばかりに、声音で訴えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これはかつての修行の続きと言ってもいいかもしれません。

 

――耐えられないと思う咎になんとしても耐え抜きなさい。

 

――過去、貴女は私が与えたどんな馬鹿げた修行でも素直にやり抜きましたから。

 

――リベンジしたいのなら、その後にまた私に挑みに来るといい。

 

――私は、

 

――私は星にでもなっています。

 

――そこで貴女のことを見ていますから。

 

――ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけのことを語ると、

訪れるタイムリミットを悟ったかのようにして――――

 

師は最後の力を振り絞り、聖剣を今一度、呼び出した。

 

それから、

剣の柄と刃の部分をそれぞれ両の手の平に乗せて、ゆっくりとこちらに手を伸ばす。

 

「お…か、えしーーーーしま……、す」

 

 

 

――私が行った時空のアーサー王は最期に

 

――「 “私”をよろしくお願いします」

 

――と言っていました……。

 

 

 

―――――これは、貴女が持つべきものだ。

 

 

 

小さくとも力強い声で師はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………。

………………………………。

……………………………………。

…………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

振るえる腕を懸命に伸ばしながら、

 

私が受け取ることをじっと待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――。

――――――――――――。

――――――――――――――。

――――――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

《鞘》の力が生命力をなまじ高めているのだ。

 

簡単には死なない。

 

簡単には死ねない。

 

どんどんと血溜まりが広がっていく。

 

これ以上―――、

 

師を苦しめたくない。

 

他のことは考えられず、

 

もうそれだけしか考えられなかった。

 

 

 

 

手を伸ばす。

 

師の両の手に重ねるようにして聖剣を受け取る。

 

 

 

 

 

 

そして、師は

 

 

 

―――――――――― “セイバー”。

 

 

―――もう、お願いできますか。

 

 

 

と言った。

 

自分を『セイバー』と呼んでくれた。

 

久しく呼ばれることのなかったその名で師が自分を呼んでくれた。

 

そうか。そうだったのか。

こんなにも単純なことだったのだ。

ただ、一人前のセイバーと誰かに認めてもらうだけ。

たったそれだけのことで私は――――

 

――それだけで、よかったのだ。

 

 

 

だから、師の言うこと

 

全てを受け入れて。

 

 

 

「わかりました、Xさん」

 

 

 

かつての師の名前を呼んだ。

 

いつの間にか暗黒ではなく真白な輝きを取り戻したセイバーは、

 

師から受け取った黄金に輝く聖剣でかつての師であるアサシンの胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=========================================

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このようにして、物語は閉じられた。

 

その後、

「セイバー狩り」を行ったアサシンを打倒したセイバーである白百合の騎士姫は、

 

【ピュアリー・ブルーム】

 

と人々に呼ばれて親しまれたのだとか。

 

 

 

 

人々がいる限り、英雄というものは祭り上げられる。

 

英雄を作り出す想念というのは人の営みとともに存在する。

 

つまり、名もなき英雄はそこに人がいれば、どこからだって生まれる可能性があるのだ。

 

「セイバー狩り」によってセイバークラスの可能性は一度ゼロになった。

それは間違いない。

 

しかし、そこからまた増えないとは限らないのだ。

 

むしろ、ゼロになった可能性を少しでも上げようと、

歴史の修正力が働く。

 

―――元アサシンがセイバーとなり得たように。

 

結論を言ってしまえば、セイバークラスを完全無欠に抹殺するなんてことは不可能なのだ。

 

全時空の人類を滅亡させてもまだ足りない。

それこそ人理焼却を完遂でもしなければ……。

 

 

 

それこそが【最悪の事態】

 

師は弟子にこのことを教えた。

 

言わず語らず、その剣を以って

 

その命を以って、弟子に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで、その弟子である騎士姫は―――

 

ある目的のため、今も時空を飛び回っている。

 

というのも、

 

「踏み込みが甘い―――――――!」

 

言いながら、相手の渾身の一撃を弾き返す。

 

己の渾身の一撃を返されて地に尻もちをつく、まだ子どもと言って差し支えない少女。

 

「すぐに立つ!!」

 

「ぁああああああ――――――――!」

 

言われて立ち上がり、べそをかきながらも

身の丈に合わない剣を強く握り、がむしゃらに振るう。

 

夕陽に照らされて、流れる汗がきらきらと輝く。

 

少女には頼れる親類がない。

この時空のとある時代の戦争に巻き込まれて戦争孤児となってしまった子どものひとり。

 

「もっと! 思い切りよくっ!!」

 

この少女は後に数々の戦場を駆け抜け「戦乙女」と呼ばれるようになり、

英霊となる可能性を秘めている。

 

 

 

 

クラスはセイバー。

 

 

 

 

その未来を知っているのは、少女の前に立つ―――

 

「まあ、まだまだこれからですね」

 

少女なりの猛攻をいともたやすく捌く騎士姫。

 

 

時空を渡り続けて、自らの壊したものの再生に尽力する。

 

 

それが騎士姫なりの贖罪であった。

 

「―――――休憩にしましょうか」

 

そう言って、少し湿った草の上にそのまま腰を下ろす。

 

とてとてと騎士姫の傍に来て、少女は座り込みつつ荒い息を整える。

 

そんな少女に目を合わせながら、

 

「先ほどの踏み込みですが……」

 

こういう状況の時はああしなさい。

ああいう場合になったらこうしなさい。

 

体を使った剣術だけではなく、少しずつ頭でも考えさせる。

 

一言一句聞き漏らすまいとして、少女は真剣な表情で頷く。

この時代には持ち運び可能な紙なんてものはないが、

もし手元に紙があれば全てをメモしかねない勢いだ。

 

そんな座学が落ち着いたところで、

一言、眠いと言った少女に騎士姫が膝を貸してやる。

 

「筋肉がついてしまっているから、

 あまり心地のよいものではないかもしれませんが…」

 

ううん、とかぶりを振る少女。

どうやら気持ちがいいらしい。

 

騎士姫がさらさらと少女の髪をすく。

 

すぐに眠りにつくかと思い、しばらくそのままにして、騎士姫がぼうっと遠くのほうを眺めていると。

 

陽が少しずつ沈んでいく様が見える。

 

そして、陽の光よりも上にある星々が我が意を得たりと輝き出す。

 

中でもひときわ明るい星のひとつをちょうど目線の延長線上に発見する。

 

どの時空であろうと燦然と輝く一等星よりも明るい星。

 

 

 

 

 

ずっと眠らずに起きていた少女は、

自分の側にいてくれる騎士姫がその星を

悲しそうででもどこか誇らしげにいつも見ているのが気になっていた。

 

先ほどの稽古中に「思い切りよく!」と言われたことを思い出して、

勇気を振り絞って聞いてみようと、

 

 

―――――ねぇ、師匠。

 

 

騎士姫にそう呼びかける。

 

 

―――あの星に名前はあるのですか、と。

 

 

「ああ、あの星は『アルトリアの星』と言うのですよ」

 

 

――私がここではない異なるところに行っていたときのこと。

 

――とある国のとある城を訪れたことがあるのですが。

 

――『アルトリア』とは、その城を治めていた王の名です。

 

――実は、私はそこでその王と間違えられてしまって。

 

――大臣のひとりに「『案ずるな、すぐ戻る』と言ったではありませんか」なんて言われました。

 

――それは私ではないのですが……。泣いて喜んでいました。

 

――私にはそんなことを言ってもらえる、資格は、ないはず、なのですけれど。

 

――それでも。

 

――それでも、私には。

 

――私には”修行”がありましたから。

 

――私はその国の新たな王が決まるまで王として国を治めたのです。

 

――ああ、申し訳ありません。あまり面白い話でもなかったでしょうか。

 

 

 

そう言って星から目を離し、少女の顔を覗き込んだ師の顔は涙に濡れていた。

 

それを見た少女は見てはいけないものを見てしまったような気がして、

目を逸らす。

 

けれど、少女の頬にまで伝う滴が少女のささやかな努力を無駄にしてしまう。

 

――――泣かないで。

 

本当はそう言いたいのだけれど、きっと今の自分では駄目だ。

そう口にしたところで、師は「ごめんなさいね」と言って困ったように笑うだけだ。

それがなんとなくわかる。

 

 

自分は幼いし、弱い。師の涙を止めるだけの力もない。

 

いつか。

 

自分がその涙を拭ってあげられるようになるだろうか。

 

先のことはわからない。

 

 

でも自分がこの人の支えになることができたら、それはどんなに素晴らしいことだろう。

 

 

そんな未来への思いを馳せて、

 

――――もう少しだけお話して。

 

とねだる。

 

師にとって、それはつらい過去なのかもしれない。

でも、一人で抱えていたらぐしゃりと潰れてしまう。

それなら、私にも背負わせてほしい。

 

少女はそう思う。

 

たとえ、子どもっぽい背伸びであろうと、少女がそうありたいと願った形。

 

 

 

 

師はそれをどう思ったのだろうか。

 

「では、眠るまでの間だけ」

 

――眠たくなったら眠っても構いませんからね。

 

と母が娘に語るように優しく言った。

 

「では、どこから話しましょうか」

 

――そうですね、貴女にとって私は師ですけれど。

 

――私にもかつて師匠がいたのです。

 

――遠い昔のことですけれど。

 

 

 

 

そう言って、騎士姫は昔話を語り始める。

 

 

 

 

どんな話をしたのか――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは―――、言わぬが花というものだろう。

 

 

 

 

 

 

 




おしまい。

拙い上に短い文章でしたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。

顔も知らないかたが自分のへんてこりんな文章を読んでくださっているのだと思うと、
どこか不思議な気持ちであり、自分の作品のために時間を割いてくださったのだと考えると、
感謝の言葉しかありません。

細々どころか大きなミスなどあるかと思います。
読んでいただけるだけでこれ以上を望むべくもないのですが、
叱咤激励、諸々含めて意見をいただけると非常に嬉しいです。

本当にありがとうございました。




Twitterをやっています。

@katatukiNISIO

FGOのことを主体に、アニメ、マンガ、ゲームについて雑多に呟いてます。
よろしければ、仲良くしてください。

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