『セイバーウォーズ ~ Fate of Flower ~』   作:歌場ゆき

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「花の如く散っていく血潮」

剣と剣がぶつかる。

 

――何度も何度も。

―――何度も何度も何度も。

――――何度も何度も何度も何度も。

 

その度に響き渡る轟音。

 

尋常ではないパワーに翻弄されつつも、迫る刃を全て受け流す。

 

大気を裂くようにして放たれる斬撃の威力がすさまじい。

次々に周囲の地形が変わっていくほどの衝撃波。

 

自分と全く同じ体格にも関わらず。

この一撃の重さ。

 

「ぐっ―――――――――――――――」

 

思わず声が漏れる。

 

掠っただけでも出血する。

まともに受けてしまえば、まず力負けして腕ごともっていかれるだろう。

 

時に間合いを詰めて、または離れて。

躱せる斬撃は全て躱す。

 

やむなく剣を交えることになってもタイミングを見切って、

最も力のこもったポイントでは攻撃を受けないようにする。

 

そうして相手の剣をいなし続ける。

 

 

 

ただ、

 

まだまだ序の口だと言わんばかりに威力の上がる剣。

ほんの数秒前の一振りとは比べ物にならない。

 

「はぁぁああああああああああああああ」

 

厄介なのは相手の圧倒的な攻撃の下地となっている、

 

―――――スピード

 

言うまでもなく、同じ攻撃でも速度の速い攻撃のほうが威力は増す。

 

それしか知らぬというように叩きつけられる連撃。

時を経るごとにパワーとスピードを増していく。

 

アサシンクラスの移動速度を最大限に活かして力の乗った剣を振るってくる。

 

いや、既にアサシンクラスのそれを超えているかもしれない。

 

視界の端にかろうじて捉えることのできる黒い影。

 

「フッ――――――――」

 

リリィの速度はとうに視認できる状態ではなくなっているのだ。

 

 

 

動いた――――

 

 

 

と思ってから反応したのでは遅すぎる。

 

それでは、次の瞬間に斬り伏せられる。

 

これ以上ないというほどに集中し、周囲の地形、空気の流れ、筋肉の動き、

戦いの中で得られる情報を一瞬で把握し、統合する。

 

相手が動く直前に最善と思われる動作を起こす。

 

その上、

自身の直感による危機回避能力をフルに働かせて斬撃が放たれる場所を予測し、

相手の力が最大になるポイントからは少しずらした点を狙って剣を振るい、迎撃する。

 

このような針の穴に糸を通すような紙一重の技巧を駆使して、

ようやく攻撃をいなすことができる。

 

 

 

情けないことだが――――、

まだ”この体”での戦いには慣れない。

 

 

 

そんなことを考えていると、

 

次の攻撃が、

 

「だぁああああ――――――――――――!」

 

―――――――上下左右

 

ほぼ同時、立て続けに放たれる。

 

 

 

大したダメージにならないことがわかる左からの攻撃をあえて受けて、

 

「くっ――――――――――――――――」

 

他を全て凌ぐ――――。

 

 

相手はアサシンであり元セイバー。

 

いくらアサシンクラスでもこれほどの速さを保ちながら、

こんなにも縦横無尽に攻撃できるはずがない。

 

魔力放出によるブーストで真っ直ぐ飛び出してこれたとしても、

次の方向転換がスムーズにいくはずがないのだ。

 

しかし、

――――リリィは超高速の変幻自在な攻撃を成し得ている。

 

おそらく―――、

セイバークラス時の卓越した魔力コントロール能力が

アサシンクラスの移動速度を超えたスピードと

ありえない精度の方向転換を可能にしているのだ。

 

リリィがセイバーを狩り続けて得た経験の全てーー

それが余すところなく完全に発揮されているーー

 

 

 

 

だが。

 

あらゆるセイバーを翻弄し、圧倒したであろう攻撃が、

その攻撃がまだ通用していない。

 

 

――――本調子ではなくとも、それをなんとか捌くことが私には可能だ。

 

 

相手の攻撃に若干の焦りが伺える。

 

受け流すことしかなかった剣戟。

 

一瞬の隙をついて、

 

「―――――――――――!」

 

瞬時に反撃の一太刀を振るう。

 

ギン、という鋭い金属音が鳴り響き、こちらの斬撃が弾かれたことを悟る。

 

しかし、剣先には赤いしたたり。

――掠りはしたのだろう。

 

 

 

攻撃のリズムが崩れたことを嫌ってか、相手は大きく距離を取った。

 

 

 

「ここまで長い間、私の前に立っていたセイバーも珍しいです」

 

――もう貴女で最後なんですから。

――いい加減に殺されてくれません?

 

苦虫を噛み潰したようような表情でそうぼやく。

 

セイバーになってからの初めての戦闘。

ぎこちなさは多少残るが、十分に通用する。

 

 

 

 

とはいえ――――、

 

ここまでほぼ防戦一方。

やられてばかりでは師として面目が立たないだろう。

 

――ここでひとつ勝負を。

 

剣を中段に構える。

 

 

なにかを悟ったらしい相手は一瞬目を細めて、こちらに剣先を向けるようにして同じく構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの少し―――、申し訳なく思う。

 

これは”私の剣であって私の剣”ではないから。

 

今、少し、私に力を貸してほしい。

 

剣を握る手に力をこめる。

 

自らの身体にみなぎる魔力を集中し、

 

大気のマナをも巻き込んで一点に集約していく。

 

 

 

剣を上段に構え直す。

 

 

 

黄金に輝ける此の剣こそ、

 

常勝の王に勝利をもたらし続けた聖剣。

 

その宝具の名を――――、

 

 

 

 

 

――――――私は、知っている。

 

 

 

 

 

「‟約束された(エクス)―――――」

 

 

 

と同時に、

 

リリィは剣を中段からこちらに突き出すようにして、

 

 

 

「‟勝利すべき(カリ)―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――勝利の剣(カリバー)”」                 「―――――黄金の剣(バーン)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

互いに宝具の真名を同時に叫んで放たれた一撃は

 

 

黄金と暗黒の光の柱となってぶつかり合い、

 

 

その瞬間、巨大な風が巻き起こる。

 

 

互いの立つ中間地点で拮抗する光の奔流。

 

 

極限まで高められた魔力同士の衝突が大地を震わせる。

 

 

向かい合う光の奔流を呑み込むようにして

 

 

黄金と暗黒が周囲の景色を塗りつぶしていく。

 

 

―――なにも見えなくなり、

 

 

―――光の波が完全に消滅して。

 

 

 

―――――――――――まだだ。

 

 

 

数瞬もしないうちに、こちらから特攻を仕掛ける――――

 

すると、向こうも砂煙を切り裂くようにして、

突進してくる―――!

 

 

 

 

――――宝具解放が第二幕開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宝具とは英霊が持つ唯一無二のマジックアイテム。

 

一度、宝具を解放すれば、莫大な魔力を消費して

英霊によっては戦闘不能に陥る場合もあるが――――、

 

 

「――――がぁぁぁあああああああ!!」

 

「――――はぁぁぁあああああああ!!」

 

 

最初に宝具を解放してから、数刻が経過している。

互いにそんなことは無関係だというような激しい剣戟。

 

宝具も幾度となく互いに放っている。

 

魂喰いを幾度となく行っているリリィはもとより、あいにく私も特別製。

それほどやわではない。

 

そして、ようやくこの体の戦い方も“思い出してきた”。

 

剣を握る指を一度緩め、再度握りこむ。

 

―――しっくりくる。

 

 

 

剣が奔る。

拮抗する両者の斬り合い。

 

正直、宝具解放前よりも次元が上の戦闘だ。

 

「貴女なら、わかるでしょうーーー!」

 

 

――私の気持ちが。

――私の絶望が。

 

 

片腕が動かなくなっても、腹が裂けても、

出血で片目がつぶれても、脚の感覚がなくなっても厭わない。

 

烈火の気勢を以って、残像さえ霞むような猛攻を互いに繰り返す。

 

「セイバーを殺す以外、私には、私にはっ、ないっっ―――!!」

 

 

――そうでないと自我が保てない。

 

 

もはや駆け引きの入り込む余地はない。

この局面に至って小細工は不要――というよりも不可能。

相手の攻撃の対抗策など考えている余裕はない。

 

「―――――――――――――――――ぐ」

 

そんなことをしようものなら、

その瞬間に致命傷を食らう。

 

攻撃は最大の防御という言葉の体現だ。

意識の全てを攻撃に回す。

 

ぶつかる度に飛び散る火花。

 

花の如く散っていく血潮。

 

両者の周囲は何者も寄せつけることのかなわない空間と化している。

 

「なんでなんでなんでなんでなんで――――」

 

ただ相手を凌駕することのみを考える。

 

「私の、邪魔を、するっっ!?」

 

 

――これは、貴女が望んだコトじゃないか。

 

 

稲妻のような剣筋。

一撃のひとつひとつが必殺。

互いにそれがわかる。

 

「はあ――――はあ――――はあ――――」

 

呼吸をする間すら惜しい。

一瞬でも相手より先を捉えるために。

後退などありえない。

一歩でも下がればそこで全て終わる。

 

 

 

なおも嵐のような剣戟の勢いは増していく。

一撃一撃が大地を抉り、穿ち、削りさらう。

 

「もう……、死ねぇぇえええええええええ――――!」

 

体のあちこちから悲鳴が上がる。

もう限界だと。これ以上は動かないと。

 

 

限界など知ったことじゃない。

私はまだ折れていない、私がやれると信じている。

 

「ふ――――ああああああああああああ!」

 

千切れそうな腕を振るう。

速く、より速く、今を常に更新し続けろ。

 

残った体力や魔力など関係ない。

全てを燃やし尽くしてもなお相手を斬り伏せるまでは止まらない。

 

繰り出される剣を弾き返し、重撃に耐え切れなくなっている体を引きずり回すようにして、

ほんのわずかでも肉迫する。

 

「は――――――――――――――――――!」

 

懐に入り込んで瀑布の如き連撃を放つ。

その勢いのままに吹き飛ばし―――、

 

間髪入れずに吹き飛ばした先に急襲をかける。

叩きつけるようにして振るった剣を中心にして旋風が巻き起こった。

 

しかし、振り下ろした剣先に手応えはなく、

 

 

真横から――、

 

「―――――――――――――――――がはっ」

 

衝撃。

今度は逆にこちらが打ち飛ばされる。

ろくに受け身も取れず、ごろごろと勢いのまま転がる。

 

剣を地面に突き立て、寄りかかるようにして

なんとか、上体を起こし追い討ちに備える。

 

 

が――――、追撃はない。

 

 

あちらも剣に自重を預けるようにして、肩で息をしながら

先ほどの場所から射抜くような眼でこちらを見ている。

 

「ん、はぁ―――もう、立つのも、精一杯……、でしょう?」

 

息を切らしながら、そう言うリリィ。

 

「そこに―――、…がはっ……寝ていて、ください」

 

 

――首をはねに行きますから。

 

 

血を吐き、剣を引きずりながらゆっくりと近づいてくる。

 

まだだ―――。

まだ体は動く。

まだ相手は立っている。

 

理由はそれで十分。

 

今一度、剣を握り直し、

こちらも彼女に向かって近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

≪貴女なら、わかるでしょう―――!≫

 

―――ああ、わかるとも。

 

≪セイバーを殺す以外、私には、私にはっ、ないっ―――!!≫

 

―――そうじゃないのだ。

 

≪なんでなんでなんでなんでなんで――――≫

≪私の、邪魔を、するっっ!?≫

 

―――そんなの、決まっている。

 

≪もう…、死ねぇぇえええええええええ――――!≫

 

―――駄目だ。死んでやらない。

 

 

 

 

 

 

 

奇しくも、

互いの距離が初めの戦闘開始時の互いに特攻をかけた間合いになったところで

二人同時に歩を止めた。

 

伝説上の剣による破壊がもたらされたこの土地は

もう見る影もなく、爆心地のような様相を呈している。

 

 

―――――――――――これで、仕切り直し

 

 

しかし、直感する。

 

次の一合で終わる。

 

三桁を超える斬り結びの果てに決着がつく。

 

膝はがくがくと震え、剣を持つ手は力が入らない。

 

眼は既に機能を失い、腹からは臓器が飛び出す寸前。

 

骨という骨が軋み、要所要所が砕けている。

 

血を流し過ぎたからか、全身の感覚が薄い。

 

満身創痍。

最悪のコンディション。

 

それでも、いまだ心は折れていない。

私には―――、やるべきことがある。

やらなければならないことがある。

 

 

 

 

 

“「――――――――――――――」”

 

 

 

 

 

かの王にも背中を押されたのだ。

 

“少女”の苦しみがわかるからこそ、

 

引導を渡してやれるのは自分しかいない。

 

 

 

 

【セイバーがセイバーを皆殺しにする】ことの自己矛盾。

 

その問題を―――

己をアサシンと化すことで捻じ曲げた。

 

自ら望んだ変化ではないだろうがそういう解決方法は予想していたし、それで一応の筋は通る。

 

―――――――だが。

 

【セイバークラスを抹消する】

 

【英霊を抹消する】

 

それがどういうことなのか。

それによって生じる歪みがなにをもたらすのか。

 

おそらく―――、リリィはまだ理解していない。

 

 

“私という「セイバー」はその歪みによって生まれたのだ”

 

それを理解できていない。

 

 

 

 

 

 

今の体の状態などもういい。

 

喉の奥につまった血の塊を飲み下し、特攻の構えを取る。

 

次の瞬間。

最高最速の一撃を相手の体に叩きこむ。

それだけに全神経を研ぎ澄ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――なんちゃって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――もう十分。

 

 

―――――――少し欲張り過ぎたか。

 

 

―――――――でも、これぐらいは構わないだろう。

 

 

―――――――まあ、なんにせよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――これが、師から弟子への最後の教えとなる。

 

 

 

 

 

 

 


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