『セイバーウォーズ ~ Fate of Flower ~』   作:歌場ゆき

3 / 5
「すると、王は花のような微笑みをたたえて」

 

 

 

あれはいつだったか。

 

時空と時空の間を移動しているときに、

 

――――突如として機体が引っ張られた。

 

本来、その時空にいてはならない存在が時空間を超えてやってくるのだから

大なり小なり抵抗が生じる。

空気抵抗の時空版と思ってもらえればいい。

 

いわばその時空抵抗によって、本来飛ぼうとしていた時空に飛べず、

全く異なる時空に飛ばされることがまれにある。

 

今回もおそらくそれだ。

 

どこかあてがあるわけではないが、あてがないなりに考えた上でセイバーの生き残りが

いそうな時空を選んで飛んでいるのだから、妙な時空に飛ばされてはたまらない。

できる限りの抵抗をしてみる。

 

時空抵抗に抵抗してみる。

 

 

 

 

――――全然、駄目だった。

 

完全に流れに捕まった。

 

こうなっては仕方がない。

着いた時空にセイバーがいないと判断でき次第、また元の航路に戻るとしよう。

 

と、そこまで考えたところで―――、

 

あ、そういえば、と思った。

 

 

 

 

 

そういえば、

あの“彼女”と出会う前にも妙な流れに引っ張られたことが原因で

“彼女”のいる時空に不時着したのではなかったか。

 

 

 

 

 

とすると、今回。

 

今回の時空では。

もしかするともしかするかもしれない。

 

妙な流れに引っ張られてコントロールを失いかけている機体をどうにか地面へと着陸させ、

逸る気持ちを抑えて外に出る。

 

 

 

 

赤い夕陽が目に染みる。

さっと手で顔の前を覆って、影を作った。

 

 

はたして、

 

 

 

目の前に広がっていたものは―――

 

 

 

――――――――――見覚えのあるような城から煙が上がっている光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城内に侵入したとき、城はすでに蹂躙され尽くした後であり、

ところどころ瓦礫の残骸が道を塞いでいる。

 

これまた見覚えのあるような円卓は今や見る影もない。

 

そこら中に――――、死が広がっていた。

 

ここはセイバークラスの巣窟と言って差しつかえないところだ。

被害が大きくなるのも当然である。

 

城に入り込む前に見た城外の様子からすると、少なからず民に被害が出ている。

 

ここにもセイバーの生き残りはいないか……。

 

思考のために足が止まる。

 

 

 

 

 

 

いや――――、

 

 

―――――――待て。

 

 

―――――――――――これは、おかしい。

 

 

 

 

 

 

民に被害が出て動揺し、騒ぎが起こっている。

 

城からも煙が上がっており、戦闘があったことは誰が見てもわかる。

 

残留した魔力からして、”彼女”がこの被害をもたらしたことは間違いない。

 

 

 

しかし、何故これほどまでに中途半端なのか。

 

この時空に残るのは”彼女”の残留魔力のみ。”彼女”は既にここを離れている。

 

ざわめく民衆。

 

これほどの”目撃者”を残して”彼女”はどこへ消えた?

 

 

 

これでは完全に、作業途中だ。

 

どの時空でも徹底していた”彼女”らしくない。

 

まさか己の「セイバー狩り」のミスに気がついたのか――――

 

それでも、この時空を放置しておく理由がわからない。

 

もしかすると、”彼女”はここに戻ってくるつもりなのだろうか。

 

―――わからない。なんだこれは。

 

 

……とりあえず、城内の捜索を続けよう。

 

残っている衛兵がなんとか押さえているようだが、民衆の様子からして、

おそらくあと数刻もしないうちにこの荒れ果てた城内に人の波が押し寄せるだろう。

 

この時空で”彼女”を待たないにしろ、待つにしろ。

城内に長く留まるのは得策ではない。

 

そうして、また移動する。

 

この時空、もっと言えばこの城にはなにかがある。

 

 

 

そんな予感めいたものを感じながら歩を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは――――、

 

 

玉座の間だった。

 

ここで数多の騎士が散ったのだろう。

 

激闘の跡が見て取れる。

 

瓦礫で足の踏み場は一切ない。

 

床が抜けていたり、天井が落ちていたり。

 

なにより空間が死臭で埋め尽くされている。

 

そして、

 

 

 

玉座の前に辿り着く。

 

 

 

 

 

―――――――アーサー・ペンドラゴンが眠るようにして座っていた。

 

 

 

 

 

周辺よりも少し高い場所に据えてある玉座の背にもたれかかっている。

 

外傷がないところがないというほどに、その体の有様は酷いものだった。

 

左の眼は潰されている。腕に切り傷、脚に刺し傷、体中に打撲と裂傷。

なかでも正面の肩口から腹部にかけての傷は深い。

致命傷であることは火を見るよりも明らかだろう。

 

傷だらけの玉座はおびただしい量の血で染まり、

ボロボロに荒らされた足元にある赤い絨毯は赤黒く変色している。

 

窓から赤い西日が差し込んで、王の最期を照らしているかのようだった。

 

過去に訪れた時空に比べるとこうして死体が残っているのは珍しいが、

おそらく存在が消える直前なのだろう。

 

城内にこの王以外の姿はない。

 

 

―――ここも、駄目なのか。

 

 

そう思い、踵を返した――

 

その瞬間。

 

「もう…、帰る、のか?」

 

弱々しくも凛とした響きが耳朶を打つ。

 

 

 

 

声のした方向に目をやると先ほどと同じ姿勢ではあるが、

右眼のみを薄く開いた王がこちらに顔を向けていた。

 

 

ああ、本当に。

 

意識がなければ、特にそんなことも思わなかったが。

 

まるで鏡でも見ているような気分になる。

 

 

 

 

ともあれ、

 

セイバーの生き残りが――――、

 

―――――――――――いた。

 

 

 

 

かの王に向き直る。

 

どれだけ時空を巡ろうとも出会えなかった存在が目の前にいる。

 

“彼女”が王に致命傷を与え、この惨状を引き起こしたことに間違いはない。

 

ならば、どうしてとどめを刺さなかったのか――――

この時空の違和感は何なのか――――

あれほどまでの徹底ぶりを見せていた“彼女”が、なぜ。

 

そんな思っていることが顔に出ていたのか。

王は口を開き、

 

―――“彼女”は、たしかに私を殺した。

―――ただ、殺し切ることはできなかった。

 

そう語る王の様子からすると、

私が“誰なのか”、”彼女”が誰なのかを王は知っているようだ。

 

 

 

そして、私の目的も王は知っているようだ。

問いただすまでもない、と。

 

 

 

王によれば―――、

 

突如として現れた白く美しい騎士姫が全てを破壊し、蹂躙し、殺戮して回った。

 

まるでバーサーカーのように猛り狂いながら。それでいて合理的に命を奪っていった。

 

円卓の騎士も次々に殺害され、最後に残った王も敗れ致命傷を受けた。

 

ただ、王には《鞘》があった。一度殺した程度でそう簡単に死ぬことはない。

なかなか死にきらない。

それは“彼女”も理解していたはずだ。

 

しかし、とどめを刺さなかった。

 

―――――――否、刺せなかった。

 

 

 

 

王に致命傷を与えた瞬間、

 

“彼女”は―――、

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――泥に飲まれた。

 

 

 

 

 

どこから表出したのか、

 

真白な姫騎士を一瞬にして泥が飲み込み、

 

気がついたときには暗黒に輝く騎士姫が立っていた。

 

セイバーではなく、アサシンとして。

 

 

 

 

 

泥の正体はわからない。

ただ、あれは、

 

ヨ ク ナ イ モ ノ

 

それは直感的にわかる。

 

 

まるで、【この世全ての悪】のカタマリのような。

 

 

泥によって存在が変質した“彼女”はなにが起こったのかわからないという様子で

茫然と立ち尽くした後に、

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

声にならない叫びを上げて、忽然と姿を消した。

 

それがこのキャメロットで起こったことの顛末だ、と王は語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまで語り終えた王は致命傷を負った体に力を込めて

玉座の上で可能な限り姿勢を正し、こう切り出した。

 

「ひと…つ、た、のみを、聞いて……もら、えない、だろうか」

 

……………。

―――頼み、ときたか。

 

「私が、よりにもよって――――、よりにもよって、セイバーの頼みを聞くとでも?」

 

そう辛辣に答える。

自分でも思ったより冷たい声色になってしまったと口に出してから気がつく。

べつに気に病むようなことでもないけれど。

 

「そう、だろ…、うな」

 

王は自嘲気味に呟く。

目の前の私がどういう存在なのかわからないわけでもあるまいに。

 

しかし、王はそれでも食い下がり、

 

「だ…から…、な」

 

――――――これは、独り言だ、と。

 

そう前置きして、放たれた言葉は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拙く、短い一言。

だが、そこには万感の思いが込められている。

 

 

 

 

 

私には、わかる。

 

私だから、わかる。

 

 

 

 

 

 

それに。

 

その独り言が存外に気に入ってしまった。

 

“私”は気に入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

図らずも、背中を押されたような気持ちになる。

 

 

 

 

 

 

だから、

 

 

 

 

 

「わかりました、アーサー王」

 

 

 

 

 

数秒前の自分が聞けばなにを血迷ったことを言っているのか、と怒鳴りだしそうだけれど。

 

しかし―――、うん。

 

悪くない。

悪くない気分だ。

 

憎むべきセイバーではあるが、最後の最後まで懸命に戦い抜いた者に敬意を表して、

独り言にそう応えた。

 

 

 

そういうことにして自分で自分を騙せそうなぐらいにはいい気分だ。

 

 

 

すると、王は花のような微笑みをたたえて、

 

「ああ――あ、ん…しん…、した」

 

と言って、目を閉じ深く息を吐いた。

 

 

 

と同時に、

柔らかい輝きに包まれ、光の粒子のようになって存在が消え始める。

 

 

不意に訪れたあっさりとした幕切れにどんな顔をしていいのかわからない。

 

死とは、こんなにも淡泊なものなのか。

 

この王に対して、なにかをしようという(いとま)すらなかった。

 

 

 

せめて、と。

王の最期を目に焼き付ける。

 

 

 

王が消えゆく中、

 

 

王の死を待っていたかのように夕陽が沈んでいった。

 

 

沈みゆく夕陽に照らされて見た王の表情は―――、

 

 

―――――それは、王らしからぬ、

―――――――少女のような表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

王を看取ってから。

 

おそらくもう一度この時空に来るであろう”彼女”をここで待ち受けるか、

それとも……、と考えていた私に

 

「アーサー王!!!」

 

という声が届いた。

 

王の身を案じる声がひとつやふたつではなく、次々に聞こえてくる。

 

案の定、衛兵が押さえられなくなった民衆が城内に入って来たらしい。

城内がどうなっているか衛兵も不安だったろう。よくここまでもったものだ。

 

しかし、

ここに私が残っていても面倒なことになる。

見つかる前にここを離れないと。

 

そう思って、玉座の間から移動―――、

 

 

 

 

――――――――――できなかった。

 

 

 

 

身動きすら取れない。

 

あらゆる方向から万力で体を押さえつけられているようだ。

 

 

 

なんだ、これは。

この時空はいったいなにがどうなっている。

 

 

 

困惑して全く動けないでいる間に私は多くの人々に囲まれてしまった。

 

そして彼らは口々に

 

「王よ…、無事でしたか!」「私は、もう駄目かと」「いえ、わたくしは王ならばなにも問題はないと思っておりました」「流石、王だ!」「これほどの被害をもたらした相手を打ち取ったのですね」「……他の騎士のことは、残念でした」「民に被害もありますが、最小限に留められたかと」「いやはや…、王がいれば安心だ」「お疲れでしょうから、どうぞお休みください」

 

そう私に言った。

私に――――、である。

 

まさか、この私がアーサー王に間違えられるとは。

姿かたちはいざ知らず、今の私の格好などはこの世界観に全く合っていないだろうに。

 

「いや、私は―――」

 

―――違うのだ、とは言えなかった。

 

またもや妙な力が、私の口を押さえつける。

 

 

―――――――――余計なことを言うなとばかりに。

 

 

 

 

 

 

―――この不可思議な出来事を後から振り返るならば。

 

 

―――いわゆる歴史の修正力というものだったのだと思う。

 

 

―――存在するはずの王が突如として消えた。

 

 

―――それによって大きな、非常に大きな穴が生まれた。

 

 

―――そこに、いかにもおあつらえ向きの”別存在”がいる。

 

 

―――だから、“それ”でフタをしたわけだ。

 

 

―――そうすることで少なくとも王の存在に関しては、この時空の歪みは最小限となるわけだ。

 

 

―――また、歪みの生じた不確定な時空に外部から侵入することは困難を極める。

 

 

―――これまで”彼女”がこの時空に現れなかったこともこう考えると説明がつく。

 

 

 

 

 

 

あれよあれよという間に、私は王として祭り上げられた。

 

この時空から出ることを許されず、余計なことをさせてもらえず、

妙な力によって王としての振る舞いを強制させられた。

 

 

――――アーサー・ペンドラゴンとして。

 

――――セイバーとして。

 

 

人々の願いの形、想いの形に寄り添うように

自分の存在が徐々に切り替わっていくことはわかった。

 

どれだけの時間が流れたかはわからない。

ただ時の流れを経て、自分が完全にアサシンからセイバーへと転じたことは間違いない。

 

気がついたときにはそうなっていた。

 

この時空にそう望まれたことによる不可逆の変化。

 

 

 

もうどの時空にも自分以外のセイバーの存在を感じ取ることができない。

 

まがいものの私が最後のセイバーになるなんて。

笑える話だ。

 

かの王がこれを狙っていたのかどうか今となってはそれを確かめる術もないが、

狙っていたのなら大したものだ。

 

一国を率いるだけのことはある。

 

堅物かと思いきやジョークのセンスもあったらしい。

イヤミが効きすぎているきらいもあるが。

 

セイバーにしておくのはもったいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セイバーとして私の存在がこの時空に定着したからだろう。

 

もう時空移動は可能になった。

 

ここを私が離れたとしても、王の存在はこの時空に残る。

 

 

そして、私の存在が固定され、時空の歪みが修正された今、”彼女”はきっとここに来れるだろう。

王の愛した場所を戦場にするのは忍びない。

なんてことは口が裂けても言わないが、ここで戦うのは望むところではない。

 

私がこの時空を出れば、”彼女”もついてくるはず。

この時空を処理するのは大元を叩いてからと考えるに違いない。

 

 

 

だから、

 

 

 

忠臣のひとりに、

 

「少し、ここを離れる」

 

と告げる。

慌てた様子の臣下だったが、

 

「案ずるな、すぐ戻る」

 

と言ってその場をやり過ごす。

 

 

決して長くはない。されど短くもない付き合い。

 

我ながら慣れないことはするものではないと思ったが、案外様になっていたのかもしれない。

 

まさしく花の下の半日の客、月の前の一夜の友というものか。

 

何ということはなく、”私にはそういうこともあった”という話だ。

 

 

 

 

機体を呼び出して、乗り込む。

行き先は決めている。

 

初めて、“彼女”と出会った場所。

 

 

 

 

さて、

 

いつの日かの修行の続きだ。

 

――――――――――――馬鹿弟子には灸を据えてやらねばなるまい。

 

 

 

 

 




前日譚終わり!



Twitterをやっています。

@katatukiNISIO

FGOのことを主体に、アニメ、マンガ、ゲームについて雑多に呟いてます。
よろしければ、仲良くしてください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。