噛ませ犬でも頑張りたい   作:とるびす

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噛ませ犬の逆襲

 お茶の間が凍りついた。

 ヤムチャが緑色のよくわからない生物に殺された。

 この戦いを不安に思っていた人々ではあるが、潜在的には全員こう思っていた。

 ”どうせヤムチャがいればどうにかなる”と。

 だが、その安全神話とも言える当の本人が前座で殺されてしまったのだ。

 人々が恐慌に陥るには、十分すぎる内容と言えるだろう。人々はこれから訪れるであろう破滅の未来に絶望した。

 

 

 

「ミ、ミスターサタン…ど、どうされますか?我々は撤退した方が良いのでは…」

 

 Z戦士たちとサイヤ人が相対する荒野よりさらに後方。そこにはキングキャッスル主導による地球防衛軍と、ヤムチャお墨付きのスーパースター、ミスターサタンが控えていた。

 あくまで自分たちは保険、そのような考えが地球防衛軍全軍の者たちにはあった。しかし中継に映し出されたのは絶望。数的にはこちらの方が遥かに有利であるはずなのに勝てる気がしない。

 一重に英雄ヤムチャの死が大きい。

 軍団を纏め上げるはずの司令官ですらも己で判断するのを恐れ、ミスターサタンに判断を仰ぐ始末であった。

 そしてミスターサタンは…

 

「バカ者!なぜ撤退する必要があるのだ」

 

 一喝した。

 サタンはZ戦士には大きく劣るものの、常人の中では最強レベルの戦闘能力をもつ武闘家だ。それ故にそのインパクトも大きい。

 

「し、しかしまさかあのヤムチャさんが…」

 

「トリックだ」

 

「え?」

 

 サタンの口から出た不可解な言葉に司令官は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「ピッコロ大魔王との戦いを思い出せ。ヤムチャさんは幾多の敵のトリックによって地に伏せても、最後には何度も立ちあがった!今もそうだ、なぜ死んだと断定できる!?ヤムチャさんがあの程度で死ぬはずなかろう!目には目を、トリックにはトリックを!ヤムチャさんは今、敵を油断させているのだ!」

 

「な、なるほど…言われてみれば!」

 

「だから我々はここに陣取り、もしものために控えておかねばならんのだ!わかったか!」

 

『ハイッ!』

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「えーん!ヤムチャ〜〜!!」

 

「うーん…」

 

「お、おいプーアル!しっかりしろ!」

 

 ヤムチャの死は漏れなくカメハウスにも届いていた。その姿を見たブルマは泣き叫び、プーアルは卒倒する。チチと牛魔王は心配そうにブルマを宥め、ウーロンはプーアルを揺する。

 亀仙人は難しい顔で画面を見つめ、ラディッツはただ呆然と画面を眺めていた。

 

「…のうラディッツとやら。お主はどう見る?」

 

「……あいつは(ヤムチャ)…恐らく死んだ。まさか密着していたとはいえ、サイバイマンの自爆にこれほどの威力があったとは…」

 

 ラディッツは居心地悪そうに視線をテレビから外した。自分があそこに行って戦っていればこうならずに済んだかもしれない。一緒に戦っていればベジータにも届きえたかもしれない。

 だが…もう遅い。

 ヤムチャは死んだのだ。

 

 悟空たちがいない状況での勝ち筋はほぼなくなったと見ていいだろう。

 亀仙人はバンッと机を叩き「天下無敵の武天老師と謳われたこのワシが…今では弟子とともに戦うことすらできんのか…!」と自分の無力さを嘆いた。

 この中で唯一あの戦いに参加することができるだろうラディッツは目を背けた。

 その時であった。

 

「なあラディッツさ…。あの人たちと一緒に戦ってくんねぇか?」

 

 チチがラディッツにそのようなことを言った。ラディッツは無表情でチチを見やると、やるせなさそうに首を横に振った。

 

「オレでは…勝てん…」

 

「弱虫!」

 

 ブルマが叫んだ。

 ポロポロと涙を零しながら。

 

「あんた孫くんのお兄さんなんでしょ!?ヤムチャに強くしてもらったんでしょ!?なのになんで戦わないのよ!!」

 

「オレは…サイヤ人だ。地球のために戦う義理などない。ましてや命を賭けてまで…な」

 

 ブルマは再び泣き崩れた。

 その悔しさと悲しさに。

 ラディッツは苦しそうにギュッと目を閉じる。

 

「(オレは何も間違ったことは言っていない!地球のために戦えだと?ヤムチャの敵討ちに戦えだと!?オレにはそんな義理など一つもないんだ!むしろヤムチャの野郎が死んでくれてせいせいしたぜ!ははは…は…は…)」

 

 

 〜〜

 

「にいちゃん!一緒に頑張ろうな!」

 

「ラディッツさ!畑で採れた野菜で作っただ。いっぱい食べてけろ!」

 

「な、ラディッツ!弱虫脱却、頑張ろうぜ!ん?嫌だと?ピーピー言うぞ?あ、言っちまった」

 

 〜〜

 

 

 蘇るのはこの一年の記憶。

 悟空が、チチが、悟飯が、クリリンが、天津飯が、餃子が、ブルマが、ヤムチャが、自分を受け入れてくれたのだ。

 

「(……義理は…あるな…)」

 

 ラディッツは目を見開いた。

 

「(それにこのままナッパとベジータが勝てばオレはどっちにしろ助からん。そして地球は売られフリーザのものとなる。オレの畑もタダではすまんだろう…)」

 

 これほどまでに美しい星なのだ。きっと高値で売れるだろう。それから先の地球の運命は決して良いものではない。断言できる。

 

「(ならば……弱虫で終わりたくない!臆病者のまま終わりたくない!このまま終わるくらいなら…せめて一発入れてやる!もう、あいつらに弱虫なんて言わせねえ!)」

 

 ラディッツは飛び出した。なけなしの勇気を振り絞り、今までの汚名を返上すべく死地に向かうのだ。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 クリリンはヤムチャの死骸を前に憤慨した。

 

「ヤムチャさんは分かってたんだ…何か嫌な予感がするって…オレの代わりに…!」

 

 いつも自分より先を行く頼りになる人だった。ひたすらまっすぐで、いつも影で自分たちのために頑張ってくれている優しい人だったのだ。

 それを…サイヤ人はボロクズと揶揄した。

 それをクリリンは許せない!

 

「ヤムチャさんの仇だ!くらえーッ!」

 

 クリリンが両手から放ったのは超高密度のエネルギー波。しかし威力があってもスピードが足りない。

 サイヤ人の二人は勿論、サイバイマンも躱す体勢に入る。…それこそがクリリンの狙いであるとも知らずに。

 クリリンはエネルギー波の進行を着弾ギリギリで上へと変更しサイヤ人、サイバイマンの不意を突く。そしてその上空までいったところでエネルギー波は分裂、シャワーのように地上へと降り注いだ。

 

 クリリンの抜き出た緻密な気のコントロール。さらにヤムチャから享受してもらった気を自由に操作する力。これらをもってすれば逃げ回るサイバイマン全員を捉えることなどワケがなかった。

 

 この一撃によりサイバイマンは全滅、サイヤ人はナッパにのみ少量のダメージを与えることとなった。

 

「くそ…いてぇじゃねえかこのハゲチビがぁ!!」

 

「こんなもので終わると思うなよ!ヤムチャさんの痛みを思い知れっ!!」

 

 激昂するナッパは気を爆発させながらZ戦士たちへと歩みを進める。そんなことは関係ないとサイヤ人へと殴りかかろうとしたクリリンであったが…それは天津飯によって止められる。天津飯は思いの外冷静なようだ。

 

「落ち着けクリリン。このまま突っ込んでは袋叩きにされる危険がある。全員でまとまって行動するんだ」

 

「天津飯さん!ヤムチャさんが殺されたのに悔しくないんですか!?」

 

「ああ、実のところ悔しくないな。それに…あのサイヤ人はもう終わりだ」

 

「へ?」

 

 そんな会話もつゆ知らず、ナッパは目の前の地球人をいたぶるべくポキポキと指を鳴らす。下等種族に遅れをとるなど微塵にも考えてはいない。サイヤ人として、エリートとしての自信の表れだろう。

 

「へへ…さぁてどいつから殺してやろうか…!ハゲチビか…三つ目か…白いボウズか……。よし、てめぇだァァ!!」

 

 ナッパが猛スピードで天津飯へと突っ込む。そして構える天津飯の腕をもぎ取ろうと拳を振り上げた……瞬間のことだった。

 ナッパの背中を貫き、胸から剣が生えた。ナッパは内からこみ上げる血反吐を口から吐き出すと、地面に転げ落ちた。

 自分の身に何が起こったか分からぬまま、ナッパは掠れ掠れに声を零す。

 

「!?ゴブッ…な、なんだ…こりゃぁ…」

 

「狼牙、風風斬…射出バージョンだ」

 

 ベジータのさらに背後から聞き覚えのある声が響く。その場では聞こえないはずのその声にクリリンと餃子は驚愕し、ベジータですらも目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、俺だよ」

 

『ヤムチャ(さん)!!?』

 

 変わらぬ姿で手を挙げるヤムチャの姿がそこにあったのだ。一方で自爆され、息絶えたヤムチャの死体は側に転がっている。

 だが異常事態はこれでもまだ終わらなかった。

 

「ヤムチャC!ヤムチャD!手筈通りに動け!」

 

「「了解!」」

 

 岩の陰から新たに二人のヤムチャが飛び出した。ベジータはさらに驚愕することとなったが、ここまでくればクリリンと餃子はヤムチャが何をしたのかを容易に想像できた。

 そう四身の拳である。

 

 確かにヤムチャBは死んだ。しかしそれはヤムチャの4分の1の存在に当たる。つまり半々殺し状態というわけだ。

 その程度のダメージなら仙豆ですぐにでも回復できる。ヤムチャ渾身の新技であった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 よう、俺ヤムチャ。

 

 実は昨日の間に天津飯と話し合いをしていてな。こうすることは決定事項だったんだ。

 ナッパとベジータ…各個撃破できれば楽だが、もし手を組まれると厄介なことこの上ないだろう。させる気はないがもし二人とも大猿になっちまったら本格的に手がつけられねぇからな。

 

 だからこうして不意を突いてナッパを無力化するのが、俺の本来の計画なのだよ。クリリンと餃子に知らせなかったのは…敵を騙すならまず味方から…ってヤツだ。うん。

 

 現在ヤムチャCは仙豆を、ヤムチャDはPPキャンディを持ってナッパに駆け寄り無理矢理咀嚼させる。

 よし、これで手駒2号の出来上がりだ!ラディッツがダメだったからな。これからは修行相手をナッパに頑張ってもらおう。もしもの時はベジータへの交換材料に…。

 

 ナッパが不思議そうな顔をして立ち上がる中、俺たちヤムチャズは死んだヤムチャBの元へと集合。一体化し元のヤムチャへと戻る。半々殺しは地味に辛いのでさっさと仙豆で回復した。

 

「やったな天津飯!作戦通りだ!」

 

「……作戦にお前が死ぬなんていう内容はなかったはずだが?」

 

「そこはスルーで頼む」

 

 いやね?サイバイマンに自爆で殺されるのはまさかの想定外だった。ヤムチャBの最大戦闘力は2000だからさ、負けはしないだろうと思ってたんだが…なんだこの結果…。

 まさか今のオリジンヤムチャでも勝てなかったりすんのかな…予定調和的な意味で。

 

「ヤムチャさん!どういうことなんですか!オレ死んだかと思って…」

 

「…」

 

「すまなかった。これは俺と天津飯が昨日のうちに決めていたことでな。速やかに片方のサイヤ人を無力化するために四人に分裂していたのさ。ついでに四身の拳は2年前に覚えた」

 

 クリリンが予想以上に怒ってくれたのは嬉しかったけどな!ありがとうクリリン。そして餃子、なんかお前怖い。あれか?お前の大好きな天さんと二人だけで作戦決めたりしたからか?後で謝るから超能力はやめてね?

 

 

 

 

「てめえらァ!!仲良く話し合ってんじゃあねえ!!このオレ様に何をしやがったっ!!」

 

 と、ここでナッパさんの咆哮が轟いた。頭が真っ赤になりすぎてタコさんウインナーみたいになってんな。流石ナッパさんだぜ!

 

「ナッパとやら、お前はもう俺に逆らうことはできない!お前を回復させる際にとある細工をさせてもらったのさ。まあ…言うよりは体験してもらう方が良いだろう。それピーピー!」

 

 さあナッパよ、無様に糞を漏らせ!安心しろ、尊厳を破壊されてベジータに捨てられても俺が拾ってやるからな!(サンドバックとして)

 

 ところがナッパは糞を漏らすどころかポーカンとしてこちらの様子をうかがっていた。あれ?早く漏らせよ。

 

「……?なんだ何もこねぇぞ」

 

「…ッ!?なん…だと…!?」

 

 PPキャンディが…効かない!?

 なぜだ…PPキャンディの力は最強だ!たとえフリーザであろうと屈服できると思っていたんだぞ!?

 

「て、天さん!ぼくの超能力が効かない!」

 

「チッ、腹がピリピリするじゃねえか…気持ち悪い。そこの小僧か?」

 

 パワーアップした餃子の超能力も効かねえのかよ…まさかナッパには腹痛耐性Sとか付いてんのか?

 まずいな…作戦が頓挫した。こうなったら速攻でナッパを片付けて…

 

「ナッパ、不用意に前に出ない方がいいぞ。あのいけすかん男は貴様より戦闘力が上だ」

 

「な、なにぃ!?オレの戦闘力も上がってるだろ!どんくらいだ!?」

 

「お前が7280、あいつが8000だ。素直に引いておけ。オレがあのいけすかん奴を片付けてやるから、貴様はそこの雑魚3匹と遊んでろ」

 

 …ん?んん?

 

「そ、そうか…7280…。チッ…すまねえなベジータ、そっちは頼んだぜ」

 

「て、天津飯さん!あいつこっちに来ますよ!」

 

「チィ!ヤムチャ!あのチビは頼んだぞ!!はぁぁ…界王拳!」

 

「ぼ、ぼくも行く!界王拳!」

 

「ヤムチャさんお願いします!界王拳ッ!」

 

 みんなはナッパとともに荒野の奥へと消えていった。てか7280って…ちょっと強くなりすぎじゃない?作戦が裏目に出ちまったか…。

 ………それにしてもなんかなし崩しみたいに対ベジータが決まったな。まあ…これが一番ベストではあるか?ベジータに集中できるし。

 

 さて、正面のベジータと向き合う。

 なるほど…ヘタレ王子だの、第二の噛ませだの色々言われている奴ではあるが…凄まじい気だ。戦闘民族の王子をやってるだけのことはある。現時点での総員、四人だけどね。

 

「ふっ…感謝しろよ?貴様みたいな下等種族が、サイヤ人の…しかも超エリートと戦えるんだからな」

 

「へっ、お高くとまりやがって。そう思えるのも今のうちだぜ?地球人は学び、知恵を練り、成長する種族だ!舐めるなよォッ!!」

 




というわけでした。
ヤムチャが死んだ途端評価が下がりまくって、あーやっちまったなーって思うと同時に、みんなヤムチャが好きなんだなぁと実感しました。
ほらあれですよ。小学生の頃は好きな子に何かと意地悪したくなるでしょう?あれと同じです。

あとここで感想欄でもそれなりに質問のあった、コーチンはなぜ四星球を奪えたのかについて説明しておきます。
簡単な話、ピッコロが悟飯を拉致った際に悟飯が被っていた四星球付きの帽子がそこらへんに落ちただけです。それを両者ともに回収し忘れたというマヌケな話。

ちなみに界王様はカプセルコーポレーションにいます。カメハウスには面倒くさいのでついて行きませんでした。(作者が忘れていたなんて言えない…)


ナッパァ!
細菌を速やかに都ごと除去、天津飯の腕の腫瘍を抉り取り、後方のリスを助けるためにわざと気円斬を頬にかすらせ、ベジータの突然の乱心にもナイスアドリブで対応。心優しき最強の紳士である。
しかし本小説ではナッパ様からのご啓示により敢えて汚れ役で書きました。申し訳ございませんナッパ様。
悟空対ビルスにおいて西の都が崩壊しなかったのはCGに隠れてナッパ様が守ってくれたからというのは有名なお話。
なぜナッパにPPキャンディが効かなかったかというと…異星人の肉を長年食い続けたからという変な設定です。多分抗体でもついてたんですよ。あと我慢強い。ラディッツ?あいつは…さあ?

狼牙風風斬
ヤムチャ流手刀を原理そのままにブレード状にしたもの。また前方へと飛ばすことができる。その場合は狼牙風風突になるのかな?悟空ブラックのやつとも、サウザーブレードとも、スピリッツソードとも若干原理が異なる。


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