新・ギルガメッシュ叙事詩   作:赤坂緑

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私は帰ってきたッ!(ドヤ顔)
この間のことは…まぁ、作者も疲れていたということで一つお願いいたします。


王の戦

 

 

「いかんなぁ…」

 

 赤毛の巨漢、ライダーのサーヴァントであるイスカンダルはポツリと呟いた。

 

「何がいけないんだよ?今も僕に勝ったばかりじゃないか?」

 

 拗ねたような口調で言葉を返したウェイバーの手にはゲームのコントローラが握られていた。つい先ほど、己のサーヴァントにゲームで敗北を期したところだったのだ。

 勝者であるライダーが何を嘆いているのかと責める彼の視線は未だテレビの画面に向いている。――どうやら現代の娯楽にすっかり夢中になってしまったらしい。

 

 そんな己のマスターに苦笑しつつ、コントローラを置いてサーヴァントは口を開いた。

 

「実は英雄王を打倒する策を練っていたのだが…どうやっても敗北する未来しか見えなくてなぁ…」

「ふーん…って、お前!僕をゲームでボコボコにしながらそんなこと考えてたのか!?」

 

 憤慨する己のマスターにイスカンダルは年季が違うわいと胸を張る。

 実際、ゲーム初心者のウェイバーを片すのは楽勝だった。

 

「…けど、確かにあの英雄王を倒すのは難しいよな…」

「あぁ……」

 

 二人して黙り込む。

 難しいどころの話ではない。事実不可能に近い挑戦だ。

 イスカンダルなどギルガメッシュの戦闘能力を知るためだけにウェイバーの反対を押し切って他陣営と同盟を組み戦いを挑んだというのに、ウェイバーの令呪がなければ生還することもままならなかった。

 

「――やっぱり、令呪しかないか。」

 

 その時、ウェイバーの声が響いた。

 

 先日の戦闘を思い出していたイスカンダルは思わずその鋭い視線を己のマスターの手の甲に向けた。そこにはギルガメッシュの奥義を喰らいかけた彼の運命を塗り替えた武器がある。

 

 手の甲を見やるウェイバー。

 令呪を見つめるその視線は、初めてあった時よりも鋭く、理知的で、一人の将のように見える。

 

「…ふむ、軍師あたりが適任か。」

「はぁ?」

 

 イスカンダルは今のウェイバーを見て思ったことをそのまま口にした。

 突如彼の口から出た軍の位に怪訝な顔をするウェイバー。また何時もの戯言かと思ったのだ。

 

「如何なる逆境であろうとも、常に最善の策を見出し、軍を導く――正に軍師だ。」

 

 だが、いつになくライダーの顔は真剣だった。その眼は強敵を前に熱を放つ英雄の眼ではなく、現代の娯楽に眼を輝かせるイスカンダルの眼でもない。人を見極め、その才を見出す王の眼。

 彼は征服王イスカンダルとしてウェイバー・ベルベットを見ていた。

 

 その事実を感じ取ったウェイバーの胸に、何故か正体不明の熱いものがこみ上げてくる。

 この感情は何だろうか?認められたことへの喜び?――いや、そんな軽いものではない。これは感動だ。憧れていた王に認められたことへの感動。

 

「……そうか、()()とはそういう意味だったのか。」

 

 笑みを浮かべ、イスカンダルを見上げるその眼を見てようやっと征服王は気が付いた。己が現代に来たその意義を、英雄王が述べた言葉の意味を。

 

「――ウェイバー・ベルベットに問う。汝、余の臣下となり、覇の軍に加わる覚悟はあるか?」

「……」

 

 言葉を失った。

 あり得るはずのないその提案に、王の軍勢を見た時に抱いた夢が叶おうとしている現実に、ウェイバーは言葉を失った。

 

 ちっぽけで、卑屈で、虚栄心の塊である自分が歴史に名高い征服王に、羨ましいほどの輝きと冒険心を持った男に認められ、軍師を勧められている。

 

「ど、どうして僕なんかに…?」

 

 信じられない状況に直面したウェイバーは何時ものように体を小さく縮め、自分を恥じるようにボソボソと口を開いた。

 

「どうしてもこうしてもあるかッ!お前は余の命を救い、その能力を示した。誇るべき偉業だ。称賛されるべき判断だ。胸を張れ。」

「……」

 

 嘘偽りのないその言葉。

 嘗てない栄誉にウェイバーは嬉しさと照れから顔を真っ赤にしていた。

 

「…ふむ、お前の自己評価の低さは分かっていたつもりだったが、このままでは埒が明かんな。――今、この場で決めよ。余に仕えるか、それともマスターであり続けるか。」

 

 答えを返さないウェイバーへと征服王が再度問い掛ける。その真剣な声音から、先延ばしにするのは不可能だと悟った。そんな事を申し出るような輩を征服王は軍に加えないだろう。

 

 二者択一

 入るか、入らないか。

 

 答えはもう己の中で出ているのだ。だが、期待を裏切ってしまうのではないかという不安が、どうしても卑下してしまう自分が、王の軍勢に相応しくないと考えてしまう。

 

「……」

 

 黙り込むウェイバーを征服王が見据えている。

 思えば、征服王は最初ウェイバーのことなんて見てなかった。ただ己の冒険心と野心のままに聖杯戦争をかき回していた。それが今では見向きもしてなかった己の契約者と向き合い、同じ道を駆けようと手を伸ばしている。

 

(同じ道…王の軍勢が駆けるあの大地…)

 

 思い浮かぶ。

 

 青い空、砂の大地、進軍する王の兵たち。

 先頭を行くのは我らが王。周りを固めるのは歴戦の英雄達と軍師である自分――

 

「――あなたこそ、僕の王だ。僕を導いてほしい。同じ夢を、同じ大地を、共に歩ませてほしい。」

 

 答えは出た。隙あらば直ぐに出てくる卑下な自分に打ち勝ち、ウェイバーは己の本心を告げた。

 

「当然だ。ウェイバー・ベルベットよ、お前を将の一人として認め、我が軍に加える。余に仕え、知恵を絞り、軍勢をこの先へと進ませて見せよ。」

 

 此処に主従が誕生した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

「王の帰還であるぞ~」

 

 セイバーを武家屋敷まで送り、遠坂邸に帰って来たギルガメッシュは気だるげに肩を回しながら居間へと入った。

 

「王さまおかえりなさい!で~と、どうだった?」

「デートではない。ただの買い物だ。」

 

 女の子らしく他人の恋愛に興味深々の凛を軽くあしらい、王は特別に設けた遠坂邸内の自室へと足を向ける。

 

「王よ、お帰りなさいませ。」

「時臣か。何用だ?俺は少々疲れているのだが…」

 

 その途中で己の契約者である時臣とも出くわしてしまった。早く自室で休みたい彼はぞんざいな態度で接する。――正直、敵と戦うよりも疲れていた。やはり恋愛事は嫌いである。

 

 

「実は、王が出かけている間にこのような手紙が届きまして…」

 

 時臣は恭しく手紙を王に差し出した。

 何となく嫌な予感がしつつも受け取り中身を見てみる。

 

「……なんだ、こう、最近の流行りなのか?決闘を申し込むというのは…」

 

 そこには筆ペンで書いたのか、無駄に達筆な字で英雄王に決闘を申し込む旨が記載されていた。場所と時間まできっちり指定されている。裏には「マケドニアの征服王より」などとご丁寧に差出人の名前も記載されている。

 

「流行りかどうかはわかりませんが…こうも決闘が続くと聖杯戦争の在り方を思い出せなくなりますね…」

 

 時臣も頭が痛いとばかりに額を押さえている。ギルガメッシュも同意見だった。下手に策略を巡らされたり、遠坂邸を固有結界に放り込まれるよりは単純明快で綺麗に決着のつく方法ではあるが、いまいち釈然としない。

 

「だがまぁ、挑戦を受けた以上は受けねばなるまい。丁度奴とは決着をつける予定だったしな。」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 冬木大橋。

 

 太陽が沈み、闇が訪れるその時間。人払いの結界の中で巨漢の男と彼に寄り添う従者のような少年が何をするでもなく佇んでいた。

 

 彼らが待つのは黄金の王。

 即ち、英雄の始まりにして神話の頂点。

 万夫不当の英雄王である。

 

 彼の王の強さは身をもって体験している。

 強力な原典宝具の数々と何処かの神話系統に属する未知の奥義。

 真紅の魔眼と手数の多さも相まって、もはや存在自体が反則の存在である。

 

 ――だが、決して無敵ではない。勝機はあるはずだ。

 

 征服王イスカンダルと軍師ウェイバー・ベルベットの視線が交わる。策を生み出し、魔力も十分。お互いの在り方を定め、覚悟を決めた。もはや後戻りはできない。

 

「……来たか。」

 

 故に、強大な気配が橋に侵入し黄金の粒子が逆巻いた時もウェイバーは動じることなかった。

 

 黄金の甲冑。鋭利な真紅の瞳。

 戦闘準備を整えた英雄王はチラリとウェイバーに視線をやり、口を開いた。

 

「その少年を避難させなくて良いのか?戦いの余波だけで死にそうだが?」

 

 開口一番、皮肉を飛ばす英雄王。その唇は笑みを描いており、どういう心境からその言葉を選んだのかは不明だった。

 

 しかし、彼の言葉は真理である。

 ウェイバー・ベルベットという平凡な魔術師の少年がこれから起こる神話の戦いに放り込まれて命を保てる保証はどこにもない。

 彼はただの人間。英霊を前にしては自衛さえままならない貧弱な命なのだ。

 

「心配は無用だ。こいつは余の()()である。共に戦場を駆け、己の武器を振るい、敵の首を討つ将の一人である。」

 

 だが、征服王はそれを否定する。彼は己の臣下なのだと。共に戦うに値する価値ある命なのだと。

 ウェイバーの肩に手を置き、イスカンダルは胸を張る。

 

「そうか。やはり見込んだ通りの関係になったか。」

 

 そんな彼らの少し歪な関係をしかし、英雄王は笑わなかった。寧ろ、懐かしいものを見るような好意的な態度である。

 

「…やはりお主は余と坊主の関係がこうなることを予期していたようだな。一体どんな眼をしておるのだ?」

 

 今回のことに関しては千里眼ではなく、彼という特殊な個体が備えていた知識によるものである――が、一々説明するのも面倒である。英雄王は誤魔化すように肩をすくめて見せた。

 

「…まぁ、些末事よな。これから始まる戦に比べれば。」

 

 征服王の魔力が膨れ上がる。

 空間が、彼の放つ膨大な覇気と魔力によって軋みを上げる。

 

 鳴り響くは雷鳴。

 吹き荒れるは熱砂。

 灼熱の太陽の元、

 軍団の足音が迫りくる。

 

「――集えよ我が同胞たちッ!今こそ原初の伝説を倒し、我らは最果て(オケアノス)へと至るッ!さぁ、開戦だッ!!」

 

 固有結界が発動する。

 現代の風景が征服王たちの心象で塗りつぶされ、今は亡き戦場を甦らせる。

 

 禁忌とされる大魔術に三度放り込まれた英雄王。最早見慣れた景色と肌を焼く灼熱の太陽。――だが、太陽を遮る()()を見た。それは線の集合体のような何かで、例えるならば…雨が近いだろうか。だが、砂漠に雨は降らない。ましてやここは固有結界の中。在り得ざる事象だ。

 であればアレは何か?答えは簡単だ。

 

「以前、貴様が降らせた血の雨だ。存分に味わうがいい。」

 

 ――()である。

 

 固有結界の支配者である征服王が英雄王の現出する場所と時間を僅かながらに指定することで、最初から待機させていた兵たちによる投槍での奇襲を成功させたのだ。

 

 取り込まれた瞬間、眼前に迫る槍の雨。不意打ちに等しいその攻撃に対し、英雄王は片腕を無造作に振った。すると彼を守るように一瞬で数多の盾が現出する。

 

「この程度の奇襲で俺を仕留められると?」

「――思っとらんさ。」

 

 悪寒が背筋に走る。

 急ぎ、視界を防いでいる盾を収納し、頭上を見上げる。そこには太陽を背に、こちらへと急降下するライダーの戦車があった。稲妻を纏い、重力を味方にして速度を増すその威容。あれに潰されれば、ギルガメッシュとて命はない。

 

(迎撃は間に合わない。あの速度と角度では防御も無駄か…)

 

 ライダー決死の突撃を安易に止められるとは彼も思っていない。だが、()()ではない。

 ギルガメッシュは刹那の間に征服王から視線を外し、横を見た。千里眼により拡大された景色に映るのは騎乗し、待機する兵たち。恐らくはライダーが仕留めそこなった時、ギルガメッシュの退路を断つために配置されているのだろう。良くできた軍略に感心しつつ、そのうちの一人に目を付けた。

 

(…仕方がない)

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 彼ら騎馬隊に課せられた任務は、王自ら仕掛ける攻撃を防いだ英雄王の挟撃だった。

 提案したのは彼らの大王――ではなく、彼のマスターである小柄な少年だという。さらに王曰く、その少年を王の軍勢に加えたいのだとか。

 その話を王の号令と共に英霊の座で聞いた彼は相も変らず困った王だと苦笑しつつ、その少年には懐疑的だった。

 

 王が突如新しい配下を連れてくることは珍しくないため、驚きもしなかったが今度の臣下は現代の魔術師で、戦士でもなく貧弱な精神と肉体の凡庸な少年であった。

 

 見どころも特になく、彼によって立案された策もミスがないようにと作られた弱気で保守的なものだった。王が補正を加えたものの、大よそ少年の意見に肯定的だったというのも気に喰わない話だ。

 

 地面とぶつかる寸前に向きを変えた戦車に轢かれたであろう英雄王を警戒しつつも、彼はそのようなことをつらつらと考えていた。

 

 パリンッ

 

 その時、何かが割れるような音がした。水晶玉を落としてしまった時のような、繊細な物の壊れる音。はて、一体何が壊れたのだろうかと少し視線を後ろにしたその時、彼の視界に黄金の甲冑に包まれた足が見えた。そして首には走る衝撃。

 

 バキッ

 

 骨を折られたような異音と共に、騎乗していた彼の命は絶えた。

 

 文字通り瞬間移動を果たし、強烈な蹴りで一人仕留めた英雄王は蹴りの勢いもそのままにふわりと回転し、持ち主を失った騎馬に跨った。

 当然馬は暴れ出すが、圧倒的な覇気で強引に沈め、手綱を握る。

 

(やはり壊れたか…)

 

 驚愕する兵士たちを尻目に騎乗した英雄王は粉々になった手元の宝具を見た。この宝具は、ランクこそ高くないものの目視で確認した目標物まで使用者を空間転移させる優れ物である。――欠点を挙げるとすれば、緊急脱出などに使うものではないため非常に壊れやすいとう点か。

 

 だが、使ってしまったものは仕方ない。彼は手元に残った最後の破片を砂漠に放り、兵士たちに向き直った。

 

「さて、貴様らのせいで貴重な宝具を一つ使い捨てた。弁償してもらうとするか。」

 

 馬に跨り、王は片手をゆるりと上げた。すると後光が差すかのように彼の背後が黄金に染まり、数多の武具が顔を出す。

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)ッ!!」

 

 片手を振り下ろすのと同時に圧倒的な暴力が解放された。

 

 槍が、剣が、斧が、王の眼前に広がる有象無象を吹き飛ばす。

 抵抗は無意味だ。防御も、回避も。

 無限に等しい質量と、先を見る王の権能。

 逃れられる道理はなく、軍勢は紙切れか何かのように蹂躙されていく。

 

 残酷で、無慈悲

 圧倒的で、絶望的だった。

 

「投槍を投擲、これ以上撃たせるなッ!!」

 

 征服王の新たな臣下となった少年が、与えられた騎馬の上から指示を飛ばす。

 これ以上好き勝手をさせていては固有結界の維持に関わるのだ。

 今は()()、その時ではない。

 

「「「応ッ!!」」」

 

 予想していたよりも力強く、覇気を感じさせるその指示に兵士たちは笑みを浮かべて返事を返す。危機に瀕してはいるものの、少年の不思議な頼もしさが心に響いたのだ。なるほど、我らが王はまた面白い奴を拾って来たらしい、と。

 

 だが、彼らの思いは別として英雄王の猛攻は止まない。

 

 彼の王は、自身の周りに盾を配置して投槍を防ぎ、兵士から奪った馬を巧みに操って陣を整えようとする王の軍勢に追い打ちを掛ける。

 思うがままに戦場を駆け、気の赴くままに蹂躙する。

 暴力の化身、財の極み。躊躇うことなく王の権能を駆使する彼を止められる猛者は、この場にはいなかった。

 

(やれやれ、歯ごたえがないな。乖離剣を警戒しているのは知っていたが、それまでか。)

 

 一方の英雄王はと言うと、そのあまりの手ごたえのなさに疑問を抱いていた。

 乖離剣を使わせないために、細心の注意を払ってくるのかと思いきや、以前の襲撃ほど焦っているようには見えなかった。

 故に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)でちまちまと戦っていたのだが…このまま雑魚を蹂躙していても埒が明かないと判断した。

 

 故に、英雄王は選択する。乖離剣の開帳を。

 元より征服王相手ならば不足はないと思っていたのだ。

 この世界を切り裂き、そして橋の上で決着をつける。些か興ざめではあるが、正に理想の終わり方だ。

 

「さぁ、目覚めよエア!お前にふさわしき舞台が整った!!」

 

 英雄王は騎乗したまま乖離剣を引き抜き、頭上に掲げた。

 刀身が回転し、紅い暴風が吹き荒れる。

 最早こうなっては止めることは不可能。

 

 此処に、正史と同じ結末が訪れる。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)ッ!!」

 

 世界を切り裂く一撃が放たれる

 

 時空を切り裂く紅い風は偽りの大地を削り、剥がしていく。

 空は裂け、兵は座に還り、全てが現代へと――あるべき姿に戻っていく。

 

 

 ところで、

 

 英雄王にとって一番の()とは何だろうか。

 敵が未知の宝具を使ってきた時?否。彼には未知なんて存在しない。

 予想もしない奇襲を受けた時?否。予想不可の攻撃も、王の財宝は容易く防ぐ。

 

 答えは単純。

 ()()()()使()()()()()だ。

 

 乖離剣エア。その反則じみた力を持つ剣に唯一の弱点があるとすれば、如何に英雄王といえどもこの宝具の使用中は王の財宝を使わないことだろう。

 切り札とは、その存在に絶対の自信と信頼を寄せているからこそ成り立つものだ。

 次いで言うと、乖離剣解放中では王の財宝を開いたところで意味はないだろう。全てを破壊する暴風なのだから。――開くとすれば、乖離剣解放の前後だ。

 

 そして英雄王は今回、宝物庫を閉じていた。

 身を守る盾は見渡らず、解放直後の現在、身体は硬直している。

 

『 令呪効果発動。

 “乖離剣によって固有結界を破壊された()()、英雄王の背後に空間転移し、真名解放せよ”』

 

 

遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)ォォオ!!」

 

 開戦()にウェイバーが発動させておいた令呪が今、効果を発揮する。

 征服王イスカンダルをその戦車ごと英雄王の背後に空間転移させたのだ。

 

 迫る雷の戦車。

 ゼウスの牡牛を従え、征服の王たるイスカンダルが今、原初の英雄に覇を唱える。

 

「――」

 

 雷光が爆ぜる。滾るゼウスの紫電は空気を焼き、真名解放により一瞬でトップスピードに踏み込んだ神牛の突進が迫る。

 

 避けられるはずなどなかった。

 

 一人の男の肢体がボールのようにバウンドしていく。

 アスファルトを削り、血が飛び散る。

 数回目のバウンドでようやっと衝撃を拡散させたのか、男の動きは止まった。

 

 それを見届けたライダーの戦車もまた動きを止める。

 白煙を上げる車輪の向こう。

 そこには掛け値なしの本気を浴びせた王が橋の手すりにもたれかかるように倒れていた。

 

 黄金の甲冑はボロボロで、時折紫電が帯電しているのが見て取れる。先程の攻撃の残滓だろう。顔は此処からでは分からないが、血を流しているところを見るに無残な様子となっているのではないだろうか?

 

 

 だが、一つ問題があるとすれば――

 

「…なぜ、生きておるのかのぉ…?」

 

 生き残れる道理などなかった。だというのに、英雄王はまだ動こうとしている。

 呆れた生命力と頑丈さだった。

 

 だが、瀕死であることに変わりはない。疾く首を刎ねるべく、征服王はキュプリオスの剣を引き抜き、戦車の手綱を引いた。

 

 ――が、牡牛たちは動こうとしない。いや、()()()()()()

 

 怪訝に思ったイスカンダルが車輪を見てみると、そこには何かしらの拘束宝具が絡みついている。驚きに目を見張ったその瞬間、数多の宝具が飛来した。

 

「フンッ!」

 

 剣を振るい、叩き落としていく。

 動けぬ戦車から離れ、瀕死のはずの英雄王を見やる。

 

「えぇい、貴様不死身か何かかッ!?」

 

 思わず悪態をついてしまう。その視線の先には、ふらつきながらも英雄王が橋の手すりに手を掛けて立ち上がっていたのだ。何かしらの治癒宝具を使用しているのか、身体の周囲には王の財宝が展開され、緑色の暖かな光を放っていた。

 

「……ふん、不死身ではない。この鎧に助けられたと言っておこう。」

 

 さらには征服王の悪態にも返事を返して見せた。驚く征服王に向かって不敵に微笑む英雄王。

 その言葉の通り、英雄王は黄金の鎧によって一命を取り留めていた。正確に言うと、乖離剣発動前に真名解放した鎧によって、だ。

「備えあれば患いなし」とはよく言ったものだ。

 

 だが、流石に今回のは肝を冷やした。まさか事前に令呪を条件付けで使用しているとは思わなかったのだ。ウェイバーの残り令呪数を見れば、千里眼で内容まで知ることも出来ただろうが、二人が主従関係になったことが何故かものすごく嬉しくて()()()()忘れていたのだ。

 

 まぁ、今回は二人に軍配が上がったということにしておこう。

 ――自分を納得させた英雄王は手すりを乗り越え、()()()()()()()()()

 

「なにッ!?」

 

 驚愕する征服王は思わず手すりに駆け寄る。戦車に轢かれて頭を打ち、気でも触れたのか。己の宿敵の姿を追って下を覗き込んだ征服王は、己の杞憂が霧散していくのを感じた。

 

 ――闇夜の川に黄金の光が輝く。

 

「フハハハハハッ!!」

 

 “天翔る王の御座(ヴィマーナ)

 

 古代インド神話に登場する黄金とエメラルドで形成された空飛ぶ舟。水銀を燃料とする太陽水晶によって太陽エネルギーを発生させ駆動する古代オーバーテクノロジーの結晶が橋の上から飛び出してきた。

 

「なんとぉッ!?」

 

 一瞬で橋の上まで上昇した黄金帆船は一旦静止した。

 空中に浮かぶ美しきその威容。

 神秘的な舟の王座に腰掛け、王は不敵な笑みを浮かべた。

 

「だが、次を譲るつもりはないぞ。――覚悟しろ、反撃の時間だ。」

 

 輝舟の周囲に、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の門が複数開いた。

 

「チィッ!?」

 

 上空から仕留めるつもりなのだろう。

 イスカンダルは急ぎ、拘束された戦車へと駆け寄り、拘束宝具を剣で斬り払った。

 

「行くぞッ!『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』!!」

 

 機動力を取り戻した二匹の神牛、飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)が吼える。

 頭上から降り注ぐ剣群を避けるように戦車が走り出した。

 

「逃がすかッ!『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』!!」

「ヌォッ!?」

 

 冬木大橋にガトリング砲が如く降り注ぐ宝剣たち。アスファルトに容易く穴をあけるその威力と量に戦慄しつつ、征服王は空へと退路を求める。

 

「――空中戦とはこれまた懐かしい。良いぞ、付き合おうではないかッ!!」

 

 黄金帆船が空を駆ける征服王の戦車を追う。エメラルド色の軌跡を描きながら物理法則を無視した軌道を魅せる黄金の舟。――だが、征服王とてライダーのクラスで召喚された戦車乗りだ。アーチャーのクラスである英雄王に負けるわけにはいかない。

 

「ハァッ!!」

 

 手綱を振るい、加速を促す。嘗てない主の切羽詰まった様子に神牛たちも力を振り絞る。

 紫電が勢いを増し、追尾してくる英雄王の宝具を幾つか焼き払う。

 空を足場とする車輪が回転数を増し、トップスピードに踏み込む。

 

「フハハハハハ!!面白いッ!このような鬼ごっこはイシュタル以来だぞ!!」

 

 思っていた以上の奮戦を見せる征服王に嬉しそうな英雄王。彼は久々の空中戦に心を躍らせながら人差し指で軽く玉座の肘掛けを二回ほど叩いた。

 

「ギアを二つ上げるぞ!上手く逃げ切れよ?さもなくば串刺しだッ!!」

 

 天翔る王の御座(ヴィマーナ)の内部機構が王の指示により稼働する。ギアが二段変換され、唸るような音と共にエメラルド色の翼が輝きを増す。

 宣言通り、王の舟はさらに加速を始めた。

 

 最早速度で張り合っていても魔力量で敗北すると読んだ征服王は動きで英雄王の追尾から逃れようとしていた。即ち、空中と言う地理を生かした三次元の立体起動。

 急反転、からの急上昇。180度旋回からの急降下。

 

 現代の戦闘機では即座に機体が崩壊すること間違いなしの、物理法則を無視した超起動。流石はライダーというべきか。神話の戦車を操るに足る実力だった。――だが、英雄王はその全ての挙動に付いて来る。

 

「ええいッ!一体どうなっとるんだあの舟は!?出鱈目な軌道をしよって!!」

 

 音すら置き去りにする古代兵器たちのドッグファイト。雷が煌めき、剣群が飛び交う混沌とした現代の空で英雄王は笑う。

 

「フハハハハハッ!!逃げ切れるとでも!?」

 

 彼は完全に修復した肉体で玉座に腰掛け、眼でライダーの戦車を追っていた。

 舵輪を操る必要などない。何せこの舟は、叙事詩において「思考と同じ速度で天を駆ける」と謳われた究極の空中戦闘機。彼はただ、征服王の戦車に追いつきたいと願うだけでいいのだ。

 

 千里を見通す真紅の魔眼が輝きを増す。先程は見落としがあったせいで手痛い一撃を貰ったが、次は見落とすつもりはない。

 

(さて、あと数手で詰みか…なかなか楽しかったが、仕方あるまい。)

 

 雲へと突っ込んだ征服王を追うため、先回りをすべく舟を操る英雄王。

 ライダーもかなりの消耗を強いられていた。雲を抜けてきた時にはもう逃げ切るだけの魔力も体力も残っていないだろう。

 

(うん?あの馬は…?)

 

 だが、舟を操っていたギルガメッシュはその時、遠方からこちらに駆けて来る一頭の巨馬を視界に捉えた。黒く艶やかな毛並みと逞しい体躯。美しさと力強さが同居したその馬の名は「ブケファラス」。征服王イスカンダルに幼少のころから付き添う相棒である。彼の戦車と同じく空を駆けるその馬の背には小柄な()()が乗っていた。

 

(あれは…!?)

 

「これで最後だッ!『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』ォォオ!!」

 

 その少年の顔を捉えた瞬間、雲を突き破り、雷を纏った征服王の戦車が飛び出してきた。

 

「――ッチ」

 

 軽く舌打ちをしたギルガメッシュはすぐさま玉座から跳躍した。

 機動力においては群を抜いた性能を誇る天翔る王の御座(ヴィマーナ)だが、その耐久性は残念ながらライダーの戦車と張り合える程ではない。

 

「その舟は貴様にやるッ!――だが、貴様の戦車も頂くぞッ!!」

 

 あっさり舟を手放した英雄王はしかし直ぐに次の舟を召喚した。確かに天翔る王の御座(ヴィマーナ)は便利な宝具だが、予備機体などいくらでもある。

 宝物庫から取り出した先程よりも少し小柄な機体に乗り込み、英雄王は腕を振るった。

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!!」

 

 蜂の巣にされる征服王の戦車。既に限界を迎えていたのだろう。余りにもあっけなく、神威の車輪は跡形もなく破壊された。

 

 だが、まだ決着ではない。

 

 千里眼は確かに捉えた。征服王が令呪によって転移される瞬間を。相も変わらず見事な令呪の使い方だが、転移先の見当はついている。

 

「やはり、か。」

 

 視線を横にやった英雄王は、征服王と少年を乗せたブケファラスが地上に降りていくのを見つけた。恐らく空中に留まる為の魔力すら尽きたのだろう。

 それに合わせるように英雄王も舟を地上に降ろしていく。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

「またお前に助けられたな…礼を言うぞウェイバー。それからもう一つ。――すまんなぁ、折角計画通りに進んでいたのに仕留めきれんかったわい。」

 

 警護のために貸し与えていたブケファラスを駆り、またしても窮地を救って見せた少年を讃える王。そんな彼の言に照れくさそうにしつつ、少年は答えた。

 

「礼なんかいいよ。――僕は、お前の臣下なんだから。それと英雄王のことは仕方ない、かな。もともとこんな雑な作戦で仕留められるとも思ってなかったしね。」

 

 気にしていない、と少年は強がって笑った。笑うしかなかった。――これが()()()()()であると分かっていたから。

 

「……余は臣下に恵まれておるの。」

 

 笑って終わろうとするウェイバーに応えるため、王もまた笑みを浮かべた。

 その眼尻に浮かんでいる涙には見て見ぬふりをし、彼は王として臣下に最後の命を下す。

 

「ウェイバー・ベルベットよ、お前はまだわが軍に加わるには未熟で幼い。お前にはまだ、知るべき真実と、見るべき世界と、重ねるべき年がある。」

 

 朗々と語るイスカンダルの胸には短い間であったが共に過ごした幼い契約者との日々が思い起こされていた。

 恐らく、このまま自分が死ねば少年は後をついて来たいと願うだろう。だが、それはまだ早い。少年にはまだまだ無限の可能性が広がっているのだ。それを今、摘み取るような真似は王として看過できない。故に、

 

「――生きろ。その生を全うし、小さくとも意義のある死を抱け。その命の火が火種となり、僅かであれ世界を灯したその時、余は我が軍勢と共にお前を迎え入れるであろう。」

 

 時は未だ満ちず。その小さな生に与えられた責任を果たせと王は告げた。

 

 

 ウェイバーは遠い未来へと思いを馳せる。

 

 成長した自分。

 これまで乗り越えてきた苦難を胸に、彼は王の軍勢へと駆け寄る。

 満面の笑みと共に迎え入れる大王。そんな王を見て苦笑しつつ、出発の準備を始める英雄たち。

 

「必ず。」

 

 此処に契約は成った。王は頷き、死地へと向かう。少年は、その雄姿を見届けようと眼を開く。

 

 何時の間にやら地上に降りて来ていた英雄王に最後の戦いを挑まんと征服王は己の愛馬に跨り、高々と剣を掲げた。

 

「彼方にこそ栄えありッ!!我らの夢、今生では届かなくとも、後に続く者がいるッ!我らを忘れぬ者いる限り、夢を諦めぬ限り、我らは世界に挑み続けるッ!――いざ行かん、最果て(オケアノス)へッ!!」

 

 世界へ、そして英雄王へと彼は吼える。

 無謀と笑うことなかれ。無意味と侮ることなかれ。

 これは王の戦である。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「――夢より覚めたか?」

「……ふん、此度も良き遠征であったわ。良き臣下にも出会えたし、な。」

 

 数多の武具に貫かれ、英雄王の前に膝をついた征服王。敗北し、消滅しようとする彼へと言葉を送る。

 

「また、幾度なりとも挑むがいいぞ。次は、あの少年も一緒にな。」

「ハハハ、そうだのぉ…そう、するか。」

 

 あれほど存在感を放っていた大王の威圧感が薄れていく。様々な爪後を刻んだ思い出深き現代から消えようとしている。

 

「……次こそは負けぬぞ、我が宿敵よ。」

「貴様が一方的に宿敵と言っているだけだがな。もっと、こう友好的に…」

「――いや、貴様は余の敵だ。」

「…ああ、そう。」

 

 ふざけるように、最期の時を笑って終わるために、二人は軽口を叩く。

 

「――先に行く。いずれまた会おうぞ、ギルガメッシュ。」

「あぁ。世界を駆け、この俺に追いついて見せるがいい。イスカンダル。」

 

 

 

 

 己の王が敗北し、現世から消える最期まで少年は王の勇姿を眼に焼き付けていた。

 

 決着はついた。

 勝ったのは英雄王。分かっていた結果とは言え、口惜しさが胸にこみあげる。

 

 唇を噛み、喪失感に耐えていたウェイバーはその時、力強い視線を感じた。顔を上げるとそこには彼を見つめる真紅の瞳があった。

 

「ッ!?」

 

 視線が交わる。魔眼が圧倒的な()を振りまく。()()、ウェイバーは震えながらも視線を外すことはなかった。確信があったのだ。外した瞬間に、己は死を迎えるという確信が。

 

 死ぬわけにはいかない。自分はまだ未熟で、若く、あの軍勢に相応しくないのだから。

 

 一体何秒の出来事だったか。ウェイバーにしてみれば、数十分のことのように感じたが、それは錯覚だろう。

 結果として、ウェイバーは小さな勝利を収めた。

 

 先に視線を外した英雄王は、特に何も言うことなく去っていったのだ。

 

「まだまだ全然なっていないってことか…」

 

 緊張から解放されたウェイバーは瓦礫となったアスファルトにしゃがみ込み、夜空を見上げた。

 一人という事実に胸が凍りそうになる。胸にぽっかりと穴が開いたかのように喪失感が押し寄せる。

 

 だが、残るものが確かにあった。

 

 まだ遠い未来を思い、少年は胸に手を当てる。

 確かな鼓動を刻むその音は、王が言っていたオケアノスの潮騒の様だった。

 

 

 

 


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