新・ギルガメッシュ叙事詩   作:赤坂緑

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本来なら書く予定のなかったセイバー回続です。

※お砂糖成分多めです。


恋せよ乙女

 Q.剣を交わすことでお互いに似た境遇であることが分かり、一瞬とは言え魂が共鳴したマイソウルフレンドが所帯持ちの自分に告白してきた。どうすればよいのだろうか?

 

 A.爆発してください。

 

「ハァ……」

 

 英雄王ギルガメッシュは尋常ではない深いため息をついた。

 原因は言うまでもなく騎士王改め恋する乙女のアルトリアだ。

 

 あろうことか彼女は騎士王としての答えを得た途端に、少女として告白してきたのだ。

 

 嬉しくないわけではない。

 

 確かに容姿は戦女神さながらの凛々しさと美しさに彩られている。

 性格は生真面目だがお堅いということもなく、ジョークも解する気さくさも兼ね備えている。

 その健気で聖女が如き清らかな魂は英雄王をして愛でる価値ありと認めざるを得ない。

 最後に見せた笑顔も女の子らしくてなかなかにチャーミングだった。ギャップ萌えという奴だろう。

 

 ――だが、その告白は受け入れられるものではない。

 

 自分は妻がいる。

 そして何より、昔から恋愛というやつが致命的なまでに苦手で嫌いだったのだ。

 

 イシュタルは別だ。

 あれは女神の力を味方につけるために己のスペックを総動員して恋に落としたのだ。

 ――その過程で自分も恋に落ちたのは想定外だったが…

 

 ともあれ、次に会った時には正面から丁寧に断らなければなるまいと昨日の出来事を思い出していたギルガメッシュ。

 

 ピンポーン

 

 その時、遠坂邸にチャイムの音が響き渡った。現在の時刻は午前9時。

 子供たちはテレビに夢中で葵は朝食の片づけの最中。

 時臣は何やら滅多に掛かって来ない電話の応対に追われている。

 

「まったく、どこのどいつだ…?」

 

 仕方なくギルガメッシュは重い腰を上げた。

 人類最古の英雄王を来客の応対に向かわせる遠坂家の人々は、なかなかに精神を鍛えられていた。

 

 ガチャ

 

「――おはようございます。」

「……」

 

 バタン

 

 渋々開いたドアを一旦閉じた。

 そしてもう一度先程の光景を思い浮かべる。

 

 白い上物のお洒落なコートに青いスカート。

 足にはニーソックスとブーツ。

 顔はすごく見覚えがあった。具体的に言うと昨日の朝、公園で斬り合ったような顔。

 

 もう一度ゆっくりとドアを開ける。

 

 するとそこには少し拗ねたような面持ちの美しい顔があった。

 自分のとはまた違った色合いの金髪に、綺麗な碧眼。

 

 どっからどう見ても美人でセイバーな彼女が現代衣装で少女らしくお洒落をして立っていた。

 

「どうして私の顔を見た途端にドアを閉めるのですか?」

「……何をしている?」

 

 あからさまに拗ねて見せるセイバーいや、――アルトリア。

 彼女に冷静な声で突っ込みを入れるギルガメッシュの眼は些か疲れたような色をしていた。

 

「昨日、言ったではありませんか。“また明日”と。」

 

 だから来ましたとばかりに笑顔を浮かべる彼女に頭痛が止まないギルガメッシュ。

 そんな彼を見たアルトリアは美しく微笑み告げた。

 

「買い物に行きませんか?」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「粗茶ですが…」

「有難うございます。」

 

 場所は移って遠坂邸の居間。

 葵の出した紅茶を優雅に楽しむアルトリア。

 

 見かけは完全にただの少女だが、その正体は今でも剣の英霊である。

 凛と桜は自室に退避し、紅茶を注いだ葵もさっさと退散していった。

 こうなると居間に残るのは一組の男女のみ。

 

「それで、買い物に行きたいとは…どういった風の吹き回しだ?」

「どういったも何も、そのままの意味です。――思えば私はこの現世を楽しんだ記憶があまりないので、貴方に案内してもらいたかったのです。」

 

 穏やかな顔で語るアルトリア。

 

「それで俺のところに来たという訳か…。確かに俺は現世を充分に堪能しているが、別に俺である必要はないのではないか?」

「いえ、私は貴方と一緒に行きたい。貴方と一緒なら、私でも純粋に楽しめると思うのです。――私は楽しむのが下手ですから。」

 

 猛アタックを仕掛けてくる少女アルトリア。

 昨日の今日でこれとは恐ろしい子!と戦慄する一方で、その少し寂しそうな顔を見せられてしまっては彼もなかなか断れない。

 

 なまじ共鳴した分、多少彼女の心の動きに過敏になっているのだ。

 

 

「…分かった。共に町へ繰り出すとしよう。だが、その前に――」

 

 ギルガメッシュは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を起動させた。

 

 アルトリアとギルガメッシュはただでさえ目立つ存在だ。二人で出かけるとなれば衆目を集めずにはいられない。

 ギルガメッシュとて讃えられるのには慣れているが、今回ばかりは別だ。

 人混みに上手く紛れる為にも認知阻害の指輪が必要だろうと思ったのだ。

 

 だが――

 

「うん?故障か…?」

 

 いつまで経っても指輪が出て来ない。王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に限って故障はないだろうが、とにかくおかしい。

 疑問に思ったギルガメッシュは直々に自分の腕を黄金の波紋の中に突っ込んでみた。

 もしかしたら手前でつっかえているかもしれない。

 

「まったく、今日は何だってんだ――痛ッ!?」

 

 その瞬間、手の甲に痛みが走った。

 

 文句を垂れながら宝物庫の中を探っていたギルガメッシュは突如腕を引っこ抜く。

 何事かと思い引っこ抜いた手を見ると、何かに抓ねられたかのように赤く腫れていた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 慌てて駆け寄ってくるアルトリアを片手で制し、ギルガメッシュは首を傾げた。

 

(はて?前にもこんなことがあった気が…?)

 

「あぁ、赤く腫れてしまっていますね…本当に大丈夫ですか?」

 

 心配そうに見つめてくるアルトリアに大丈夫だと簡潔に答え、ギルガメッシュは指輪を諦めて出かける準備を始めた。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「…ギルガメッシュ。貴方は騎乗スキルも所持しているのですか?」

 

 アルトリアは車の助手席でポツリと呟いた。

 

「あぁ、一応持っているぞ。だが、そもそも俺の身体は神々にデザインされたものだ。わざわざスキルで区分しなくとも、大概のことは出来る。」

 

 巧みなギアチェンジと加速。滑らかなハンドルさばき。

 アイリスフィールの運転を味わった身から言わせてもらうと、彼の運転はまさに完璧だった。

 それを特に誇示するでもなく楽しそうに運転をする英雄王。

 

 その横顔を時折チラチラと伺いながらアルトリアは改めて車内を見渡してみた。

 

(その…凄く…高そう、です。)

 

 上品な革張りのシート。低い車体。明らかに普通の乗用車とは違うエンジン音。――俗に言うスポーツカーという代物だ。

 アイリスフィールが暴走させていた車も高そうだったが、今乗っているこのスポーツカーもあれと同じ、いやそれ以上に高そうな内装と外装だった。

 

 免許はどうしたのか?とか、何故サーヴァントが車を持っているのか?などと無粋なことは問わない。――セイバーだって無免許でバイク乗り回していたのだから。

 

「……安物であることは許せ。本当はもっといい車があるのだが、何故か王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から出せなくてなぁ…反抗期か?」

 

(これで安いんですか!?というか王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に車収納してたんですね!?)

 

 驚愕のアルトリア。

 もはや非常識すぎてどこからツッコミを入れればいいのか分からない。

 

「だが、これもいい車ではある。――うむ、神代の舟には敵わぬが良き乗り物だ。これもまた現世に来た甲斐があるというもの。」

 

 本当に楽しそうな英雄王。

 思えば、彼は聖杯問答の際に言っていた。この時代を見極めるために来たのだと。

 

 その言葉通りかどうかはわからないが、彼は己の眼で現代の街と人を見つめ、己の手で現代の発展した技術に触れている。

 

 その姿を見ていると、何だか戦いと聖杯しか頭になかった自分が損をしていたような気持ちになる。

 

「……帰りは私が運転してみてもいいですか?」

「おぉ!お前もこの車の良さが分かって来たか!――良いだろう、お前のハンドルさばきを見せてもらおうではないか!」

 

 今からでも遅くはないはずだ。

 現代に触れ、心のままに楽しむ。

 

 愛車を褒められて嬉しそうな英雄王を見て微笑み、少女は胸を高鳴らせた。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「……道理で駐車場が混んでいたわけだ。」

 

 大型ショッピングモールに到着した二人は早速連れ立って散策を始めたのだが、如何せん日が悪かった。

 今日は日曜日。

 ギルガメッシュもアルトリアも曜日など気にしないので注意を払っていなかったが、よりにもよって一番人が集まる日にやって来てしまったらしい。

 

「その…人目が凄いですね…?」

 

 しかもアルトリアの錯覚でなければ、ショッピングモールを訪れているほぼ全ての人々の視線がこちらに向いている気がする。

 

 鋭利な金髪のイケ面と女神が如き美貌の少女。

 そして二人とも持っているカリスマスキル。

 

 人の眼が集まるのは必然だった。

 

「…予定変更だ。先ずは変装が最重要使命だな。」

 

 その気になれば一睨みで視線を払える自信がギルガメッシュにはあったが流石にそれは憚れた。

 となれば少しでも自分たちの容姿が目立たぬように努めるほかない。

 

「変装、ですか…?」

 

 可愛らしく首を傾げるセイバーに頷き、ギルガメッシュは千里眼で見つけた服屋へと彼女を連れて入っていった。

 

「いらっしゃいま…せ……」

 

 固まる店員をスルーし、奥へと向かうギルガメッシュ。

 そこには様々な小物が置かれていた。伊達メガネや帽子、サングラスなどまさに変装にはもってこいの品々。

 

 暫く棚の品を見ていたギルガメッシュは無造作に黒縁の伊達メガネを装着し、黒い中折れ帽を頭に被った。

 

(さて、鏡は…)

 

「おぉ!とてもよく似合っています!!」

 

 鏡を探していたギルガメッシュはしかし、興奮した様子の少女に遮られた。

 これがお洒落男子というものなのですね!キリツグにも見習わせたい…などとブツブツ言っているアルトリアに嘆息しながら彼はツッコミを入れる。

 

「いや…似合ってたらダメだろう…目立たせないための変装だぞ…?」

 

 だが、事実として彼にそのメガネと帽子は似合っていた。

 伊達メガネは少々鋭すぎるその紅眼を柔らかくし、帽子は日本では珍しい純正の金髪を隠していた。

 

「……まぁ、いいか。そら、次はお前だぞセイバー。」

 

 心得たように近づいてきた店員にメガネと帽子を預け、購入の旨を伝える。

 自然と恭しくお辞儀をした店員には眼もくれず、ギルガメッシュはアルトリアのための変装キットを探し始めた。

 

「い、いえ…私は別に……」

 

 何やら照れる彼女をガン無視し、ギルガメッシュは小物を漁る。

 

「ふむ、これなんかどうだ?」

 

 消極的なアルトリアを置いて店内をうろついていたギルガメッシュは青い縁の伊達メガネと女性用の洒落た茶色い帽子を彼女に差し出した。

 変装としては些か安易だが、差し出されたアルトリアはとても嬉しそうにそれを受け取った。

 

「――良く似合っている。」

 

 身に着け、鏡を探す彼女にギルガメッシュはシンプルな誉め言葉を送った。

 彼には詩の才能も添付されていたが、この場では過大な言葉で飾るよりも率直に伝えたほうがいいと思ったのだ。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 頬を赤く染め、嬉しそうに照れる彼女。

 ギルガメッシュの見込んだ通り、それらの小物は彼女によく似合っていた。

 青いメガネは彼女をより理知的に見せ、洒落た帽子が大人っぽさを演出している。

 

「よし、これを貰おうか。」

 

 サクッと変装道具を購入したギルガメッシュ。

 お礼を言ってくるアルトリアにひらひらと手を振った。

 

「さて、買い物と行くか。」

 

 先ず向かったのは本屋。

 その蔵書の多さに驚くアルトリアを連れ、ギルガメッシュは気ままに本棚を見て回る。

 

 哲学書、歴史書、ミステリー小説、少年漫画の続巻。

 少しでも興味の湧いた本を片っ端から手に取るギルガメッシュ。

 

 自分はどうしようかと本棚の間を歩くアルトリアはふと、目に付く本を見つけた。

 

 “アーサー王物語”

 

 王の責務から解放された少女は感慨深くその表紙に手を添わせる。

 目の前にある本が真実を語っているのかは分からない。或いは後世の人々によって都合よく捻じ曲げられた創作物かもしれない。

 

 けれども、例えそうだとしても、彼女は残るものがあったのだと信じている。

 

 柔らかく、何かに思いを馳せて微笑む少女。

 

 ――ふと、後ろから伸びてきた男の腕がその本を掴んでいった。

 

 何事かと振り向いたアルトリアの正面にいたのは、買いたい本を山積みにしたギルガメッシュ。

 彼は何食わぬ顔でアーサー王物語を山の中に加えた。

 

 驚き目を見開く彼女を置いて彼はまた本の探索に出かけてしまった。

 

「フフフ、素直ではないというか、何というか…」

 

 彼の持つ本の山の運搬を手伝おうと歩き出したアルトリアはまたしても目に付く本を見つけた。

 

「――すいません。この本も加えていただけませんか?」

 

 もう十分に探索したのか会計に向かおうとするギルガメッシュに声を掛ける少女。

 チラリと差し出してきたその本の題名を見た彼の顔が引き攣った。

 

 “ギルガメッシュ叙事詩”

 

 悪戯っぽく微笑む彼女に嘆息しながら彼は渋々その本を山に加えた。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「……よく食べるな。」

 

 山積みになった空の皿を見て思わずギルガメッシュは呟いた。

 二人は現在、昼食を取るために少々お高いレストランを訪れていた。

 

 最初は遠慮していたセイバーだったが、気が付けばテーブルに皿の山を積み上げていた。

 ギルガメッシュの言葉に恥ずかしそうにする彼女だったが、フォークを持った手が休まることはない。

 

「まぁ、そう嬉しそうな顔をするのなら注文した甲斐がある。――そこの君、この欄に並んでいるデザートを全て持って来てくれ。」

 

 メニューを適当に指さしてウェイターに注文するギルガメッシュ。

 果たしてそれを注文と呼んでいいのか。金に糸目をつけないその豪快さに戦慄するウェイターとアルトリア。

 

「あ、あの…流石にこれ以上は頼み過ぎでは…?」

「うん?金の心配をしているのなら大丈夫だぞ。我が黄金律を持ってすれば全てのメニューはおろか、この店ごと買い取ることも可能だ。――というか、買うか?」

「……」

 

 メニューに載っているデザートと同じ感覚で店ごと購入しようとする彼に急いで首を横に振るアルトリア。

 そうか、とあっさり購入の検討を止めた彼は優雅に紅茶を口に運ぶ。

 特に金持ちであることを見せびらかしているわけではないが、彼は時折こういった出鱈目な価値観を見せる。

 

 そのことに驚きつつも不満などあろうはずはない。

 

 実は非常に金の掛かる女であるアルトリアと、規格外の黄金律を誇るギルガメッシュ。

 金銭的な意味でもこの二人の相性は抜群であった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

「なかなかやりますね…」

「当然だ。言っただろう?この身は神々により全ての才を与えられていると。この程度の球技など造作もない。」

 

 ギルガメッシュとアルトリアのペアは現在、公園でバドミントンを楽しんでいた。

 きっかけは、昼食を済ませぶらぶらとショッピングモールを散策していたその時、アルトリアが興味を示したので、ギルガメッシュが財力に物を言わせてスポーツショップでやたらと高いラケットと羽を購入したのだ。

 最初は遠慮していた彼女だが、公園で打ち合ううちに楽しくなったのか、今ではやたらと綺麗なフォームで羽を打ち返していた。

 

 初めてラケットに触れたにしては大したものだ。が、生憎と相手はチートボディーの持ち主であるギルガメッシュ。瞬く間にコツをつかみ、プロ顔負けの無駄に洗練されたフォームで悠々と彼女の相手をしていた。

 

 だが、彼は忘れていた。アルトリアという少女が持つ負けず嫌いという特性を。

 

 結果として、根本的に相性がいい二人は途切れることのない高度なラリーを続け、公園中の注目を集めることとなってしまった。

 ただでさえ人間離れした美貌の二人だ。中には写真を撮る人もいる。

 

 流石に居心地が悪くなってきたギルガメッシュ。

 

「な、なぁそろそろ止めないか?」

「何を言うのです?勝負はまだまだこれからですよ!!」

 

 あっ、これ終わらねーやつだ。

 ギルガメッシュが気付いた時には既に時遅く、手を抜くと怒り、差をつけると拗ねる彼女の相手を強いられることになるのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「やはりこの車はいいですね!!」

「当然であろう!!」

 

 結局、購入した全ての羽が使い物にならなくなるまでバドミントンを楽しんだ二人は現在、ドライブと洒落込んでいた。

 

 ドライバーはアルトリア。

 運転がしたいと頼み込んでくる彼女にギルガメッシュがハンドルを譲ったのだ。

 

 華麗にギアを変え、ハンドルを回すアルトリア。それを褒め称えるギルガメッシュ。

 現在、二人のテンションはMaxであった。

 普段は真面目なアルトリアですらコーナーを狙ってドリフトかましていることから、その振れ切れようが分かろうというものだ。

 

 実はというべきか、ギルガメッシュは兎も角アルトリアもスピード狂だったのだ。

 

 地面を舐めるように疾走する鉄の騎馬に大興奮のセイバー。

 それは自分がハンドルを握っているが故だろう。

 

 そして助手席なのに楽しそうなギルガメッシュ。

 彼は普段から自分しか運転しないのでこの助手席というのは初めてだったのだ。

 

(こう、何と言うか…いつ事故が起こるかわからないスリルがいいなぁ!!)

 謎の理由で興奮している英雄王。

 

 ――現代の若者のように、偉人である二人の英霊は冬木の道路を駆ける。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 暖かい色。

 眩しく、燃えるような夕陽。

 

「綺麗ですね…」

「あぁ…」

 

 海岸沿いの駐車場に停車した二人は、海の地平線に沈もうとする夕陽を眺めながら散歩していた。

 

 昼の終わりと夜の到来を告げるその光は、力強くも儚かった。

 

 海風が吹き付ける。

 とても冷たい風だったが、英霊である二人には関係のない話だった。

 

「私は――」

 

 暫く無言で海岸沿いを歩いていたその時、ポツリとアルトリアが呟いた。

 足を止め、ギルガメッシュは彼女に向き直った。

 

 

「――私はもう聖杯を求めません。ですが、この現世に留まるつもりでいます。」

「何故だ?」

「…マスターとアイリスフィールに頼まれたのです。どうか、イリヤスフィールを救うために力を貸してほしいと。私もあの幼子を救うために騎士として剣を振るうことに異議はありません。彼らの安全を保障できた後、私は現世を去ろうと思っています。」

 

 今後の方針を伝えたセイバーの瞳がこちらを捉える。

 その目は暗に問うていた。“貴方はどうするのか?”と。

 

「…俺は現世に留まるつもりはない。見るべきものをこの目で見極め、英雄たちの勇姿を見届けた。後はあの征服王と決着をつけるのみだ。」

 

「……そうですか。」

 

 きっぱりと言い切った英雄王。その瞳には迷いなど欠片もなく、未練も何も残していないことを意味していた。

 分かっていたとはいえ、アルトリアの胸中にズキリと鈍痛が走る。

 

「……では、私の思いには応えてもらえないのですね…?」

 

「……そうだ。」

 

 少々迷ったものの、彼ははっきりと答えた。

 

 一気に沈んだ顔となるアルトリア。心なし浮きだっていた顔が陰る。

 さながら太陽が雲に覆われたかのようだった。

 

「……分かっていました。貴方は愛妻家の英霊として後世に伝わっている。多少の浮気話もありましたが誠実な貴方のことだ。全て誤解なのでしょう。」

「……。」

「しかし、それでも私の思いは知ってほしかった。――剣で共鳴したあの時確信したのです。貴方は、私の運命の人なのだと。」

「……それは」

 

「出来れば、貴方にとっての私もそうでありたかった。」

 

 共鳴。

 

 間違いなくそれは俺とセイバーが根本的に近しい者であるから起きたことだ。

 “運命の人”という表現とて誇張ではない。

 恐らく出会いさえ違えば、俺は彼女と結ばれていただろう。

 

 だが、それはもしもの話だ。

 

 俺は女神を妻に持つ英雄王としてこの聖杯戦争に参加した。

 生前ならともかく死後にあってその在り方を歪めることは出来ない。

 

 ――涙を浮かべ、悲しそうな彼女を真っ直ぐに見つめ、ギルガメッシュは告げる。

 

「お前は美しい騎士であり――女だ。それだけは事実だ。胸を張れ。」

「……フフフ、もしかして慰めているのですか?」

 

 少々不愛想ながらアルトリアを気遣うギルガメッシュ。

 その姿を見たセイバーはクスリと嬉しそうに微笑んだ。

 

「む?よもや俺が恋愛下手に見えたのか?だとしたら心外だぞ。」

 

 不機嫌そうに眉を吊り上げる英雄王。

 そもそも恋愛初心者はセイバーの方だろうと、ぶつくさ言っている。

 

 気付いていないかもしれないが、あの戦いから彼はこういった素の表情を見せるようになった。無意識のうちに彼女に心を許しているのだろう。

 アルトリアはそのことを誇らしく、嬉しく思う。たとえ受け入れられないとしても――だからこそ

 

「――鬱陶しいかもしれませんが、どうか私が貴方を思うのを赦して欲しい。」

 

 儚くも力強い瞳。

 

「…ふん、人を思うのに許可などいるものか。俺もお前のような美女に思われるのは気分が良い。残り少ない時間ではあるが、お前が頼んでくるのであれば買い物であれ何であれ、多少は付き合おう。」

 

 恋人というには遠く、友人にしては近い距離で肩を並べ、二人は夕陽の中歩いて行く。

 

 

 

 




この小説は、恋愛苦手なギルガメッシュ(受)×恋愛初心者セイバー(攻)
で出来ている。イイね?

次回から第四次聖杯戦争編最終章です。

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