新・ギルガメッシュ叙事詩   作:赤坂緑

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見届けよ、その勇姿を。

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

「貴方に決闘を申し込む!!」

 

 彼女には分かっていた。己の答えはもはや、自分の内側に問い掛けて出るものではないのだと。この聖杯戦争中、飽きるほど自己問答を繰り返しても意味はなかったのだから。

 

 ――ならば、問う相手を変えればいい。

 己よりもこの胸の内を知り、国を導いた偉大なる王へと。

 

 ただ言葉を尽くすだけではいけない。

 ただ答えを尋ねるだけでもいけない。

 

 彼女は命を懸けた死闘を通じ、剣でもって英雄王を理解するつもりでいた。

 死と生の狭間で英雄王と交わり、彼の視点を得られたのなら己の答えも自らの手で得られると考えて。

 

「…良いだろう。貴様の覚悟に免じて俺も乖離剣は使わないでおく。これよりは、我が武具と我が武技でもって語ろう。故に誓うがよい。貴様もまた己が剣でのみ語るとな。」

 

「えぇ、誓いましょう!これよりは我が聖剣によって私を示す!」

 

 それは口頭での約束なれど、王としての誇りを重んじる二人にとっては何よりも堅い誓いとなった。

 

 ルールは定まった。あとは斬り合うのみ。

 セイバーは聖剣を構え、ギルガメッシュは宝物庫より美しい剣を一本引き抜いた。

 

 武器は構えた。後は戦いの合図を待つのみ。

 だが、剣を構えたその瞬間から二人には妙な()()があった。

 先手も何もなく、ただお互い同時に戦いの火蓋を切るのだという予感が。

 

 ――その()()は現実となる。

 

 穏やかな風が二人の頬を撫でたその瞬間、一拍も遅れることなく二人は同時に動き出した。

 一瞬でゼロになる距離。

 

 振り上げた剣を振り下ろす。ただ全力で、渾身の力で。

 

 そしてその初撃の選択もまた、互いに同じであった。

 故に、これから起きるのは鍔迫り合いだろう。刃が重なり、お互いの力を競い合う一種の膠着状態へと陥るはずだ。

 しかし、その予想は外れることとなる。

 

 聖剣と宝剣が衝突する。――それと同時に身体中に電流が流れたかのような衝撃が走った。

 

「「――ッ!?」」

 

 驚愕もまた同時だった。そのまま鍔迫り合いをするでもなく二人は大きく距離を取った。

 

 セイバーは最初、先程の現象をギルガメッシュの宝具によるものかと分析した。

 だが、珍しく驚いた顔をしているギルガメッシュを見るにその可能性は薄いだろう。

 

 それに、害のある衝撃には思えなかった。寧ろ何か欠けていたものが埋まったような、歯車が噛み合ったような、そんな感覚だったような――

 

「決闘の最中に考え事か?」

 

 だが思考に浸る余地は与えられなかった。セイバーより幾分早く戦意を取り戻したギルガメッシュが新たに呼び出した槍で刺突を繰り出してきた。

 条件反射により、剣で受け止めるセイバー。――今度は未知の感覚に襲われることはなかった。

 やはり先程のギルガメッシュの武器が原因なのかと考えるが、今となっては詮無き事。セイバーは戦いへと意識を傾けていった。

 

 斬り、弾き、いなし、また斬りかかる。

 

 音楽のように決まったリズム性はないが、武具たちの衝突が奏でる音はとても心地よいものだった。思えば、ギルガメッシュと直に剣を交えるというのはこれが初めてであるということにセイバーは今さらながら気が付いた。

 

 だからこそ、彼の戦い方には実に驚かされることとなる。

 

 ギルガメッシュの周りに王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の門が幾つか現れる。

 それはさながら石を投げ入れ広がった水の波紋のようで――ギルガメッシュは黄金の波紋から露出した柄を掴み取り、セイバーに切り掛かって来る。

 

 川を流れる水のように、流麗で華麗な剣技。

 ――いや、それを剣技と呼ぶのが果たして正しいのかどうか。

 斧があった。槍が、槌が、棍棒があった。

 彼はその全てを武器の特性を活かしながら巧みに操り、猛攻を仕掛ける。恐らくはセイバーの弱点や癖を探っているのだろう。多種多様な武器でセイバーを翻弄してくる。

 

(武器に合わせて動きが最適化されている…?――いや、己の攻撃に合わせて武器を選択しているのか。)

 

 それを防ぐセイバーの精神状態は嘗てないほど安定していた。

 極めて冷静にかつ効率的に英雄王の攻撃を防ぎ、弾いていく。

 

 だが弾かれ砕かれることも計算の内なのか、彼の手から武器が尽きることはない。

 

 やはり驚くべくはその戦術眼か。

 手の振りの延長に武器が現出し、それをそのまま振るってみせた英雄王。

 さながら居合のようなその攻撃は一手先を読んでいなければ不可能だ。

 

「ハァッ!!」

 

 理の戦術を駆使する英雄王と誇りの剣を振るう騎士王の剣が、何度目かの鍔迫り合いを起こす。

 火花を散らす剣と二人の視線が絡み合う。

 

「――理想が叶わぬと知った割には落ち着いているな、セイバー。」

 

 美しい碧眼を見てギルガメッシュが言葉を紡ぐ。

 もっと感情的になると想像していたのだろう。言葉には小さくない驚きが感じられた。

 

「そうですね。私自身、もっと取り乱すものと思っていました。しかし、不思議と穏やかな気持ちでいる。今はただ、貴方のことが知りたい。」

 

 鍔迫り合いを止め、二人は大きく後方に下がって距離を取った。

 

「俺のことが知りたいだと?――分からんな。俺のことを知ることと、お前が騎士王としての答えを得ること。この二つに何の関係がある?」

 

 珍しく、心底不思議そうな顔をして英雄王は問い掛けた。

 そんな彼にセイバーは美しく微笑み、再び剣を構えて切り掛かって来た。

 

 答えを返さないセイバーに怪訝な顔をしつつも打ち合わせていたように迎撃するギルガメッシュ。

 

 十合、二十合、三十合、…

 

 途切れることなく、飽きることなく繰り返される。

 二人の織り成す円舞は命の奪い合いでありながらどこか神聖で犯しがたい儀式のようであった。

 

 首を断とうと振るった剣の切っ先が届かない。心臓を刺そうと突き出した槍が躱される。どちらも、()()()()()()()()()

 それはギルガメッシュの千里眼による先読みの結果か、それともセイバーの直感の賜物か。

 ――いや、それだけではないだろう。

 

 予定調和のようにギルガメッシュがセイバーの上段からの一撃を下段から剣を振り上げ受け止める。衝撃と余波で大地が揺れる。歯車のように嚙み合う二人の力。

 それを振り払うようにギルガメッシュが手元を器用に動かす。妙手により、セイバーの聖剣が下に、彼の剣が上へと逆転する。

 訪れた機会を逃すはずもなくギルガメッシュは隙のできたセイバーの胴体へと刺突を放つ。しかし、これもまた予定調和のようにセイバーはひらりと身体をひねって躱して見せた。

 それを追うべくギルガメッシュの横薙ぎが迫る。

 だがこれも軽々と受け止めて見せるセイバー。そして再びの鍔迫り合い。

 

 二人には妙な確信が生まれつつあった。()()()()()()()()()()()()()()という確信が。

 

 黄金をそのまま刀にしたような双剣をギルガメッシュが交互に振るう。刺突に横薙ぎ、逆薙ぎからの袈裟切り。攻撃パターンを手数の多い双剣へと変えたことでその剣の壁は苛烈さを増していく。息もつかせぬ連撃の嵐。重く、鋭くなる一撃。

 だが、セイバーはそれを聖剣一本で防いでいく。剛の一撃には柔で、柔には剛で。心得たとばかりに剣を合わせていく。

 

 流派どころか出身も武器も違う二人の英霊。本来ならば何の接点もないこの二人はしかし、終わることない剣の詩を奏で続ける。

 

 一体いつ終わるのか。

 

 三つの夜を超えた時か、魔力が切れた時か、気力が尽きた時か。――その全て()であると答えよう。二人の剣戟は止まない。終わりがあるとすればそれは、どちらかが読みを外した時だ。

 

 死に近いようで最も遠い境界面で二人は踊っていた。

 

 その未知の感覚にセイバーは心躍らせ、ギルガメッシュは驚きに目を見開いていた。

 

 この現象が起きた原因は至って単純。ようはこの二人の接近戦における技量が全く同じだった。ただそれだけである。

 武にのみ特化した達人の域には届かぬものの、英霊としては恥じぬ技量。

 

(これは…)

 

 やがてセイバーは気が付き始めた。

 己の剣と、英雄王の剣の根底にあるものが同じであることを。

 

(守りの…守護の剣。弱きを助け、強きを挫く騎士の剣。)

 

 彼は騎士ではない。剣筋も正統なものではないし、戦法も出鱈目な我流だ。

 しかし、通じるものがあった。

 その剣技に染み付いた覚悟が、信念が、己の民を守るために求めたものであるとセイバーに訴えていた。

 

(同じだ。私とギルガメッシュは同じなのだ!!)

 

 鳥肌が立ち、顔には笑みが浮かぶ。

 未知の感動と幸福感にセイバーは酔いしれていた。

 

 

 

 対するギルガメッシュは嘗て味わった衝動を思い出していた。

 神々に操られた哀れな傀儡。泥より生まれし兵器。正史であれば友となっていたであろう彼の宿敵。即ち、

 

(エルキドゥ…)

 

 今戦っているセイバーとは似ても似つかぬ。

 だが、ギルガメッシュはその美しい碧眼に、浮かぶ嬉しそうな笑みに、共鳴する剣戟に、思わずその姿を重ねてしまっていた。

 

 思っていたよりも女々しい自分に思わず苦笑するギルガメッシュだが、エルキドゥとはそもそも彼の心を地上に繋ぎ止める為に作られた存在。彼の心を縛っているのも道理と言える。

 

(だが…これほどまでに心を揺さぶられたのはいつ以来か…)

 

 ギルガメッシュはこの剣戟がお互いの技量による一種の膠着状態であることを見抜いていた。同じレベルの者たちが張り合っているだけだと。

 しかし、それだけではないことにも業腹ながら気が付いていた。

 

(――同じなのか。俺と騎士王が。)

 

 ()()が惹かれ合い、共鳴しているのを感じる。

 千里を見通す眼であっても捉えられぬ何かが。

 

 

 

 加速。加速、加速、加速――そして加速。

 

 ギアを上げるがごとく剣撃の速度が上がっていく。

 煌めく剣。嵐がごとき猛攻。膨れ上がる王の気迫。

 

 しかし、セイバーは動じることなく剣を合わせる。

 

 少しでも技量が劣っていれば容易く引き裂かれていただろう。少しでも技量が上回っていれば隙を付いて切り捨てていただろう。だが、()()なのだ。同じであるが上に、鏡合わせのようにセイバーは少しも息を乱すことなく全ての剣を受け止める。

 

 交わる剣、合わさる呼吸、共鳴する心。

 セイバーの美しい碧眼が、ギルガメッシュの禍々しい紅眼を真っ直ぐに捉える。

 その純粋で曇りなき視線はギルガメッシュという男を理解しようとしていた。その心に触れようとしていた。

 

 ――故にこその報い

 

 英雄王が畳み掛ける。もはや武器の切り替えはなかった。彼の手に握られているのは一振りの剣のみだ。何の剣であるかは知らないし、どうでもよかった。

 小細工は効かぬ。であればこちらも余計なことは考えずにただ剣を振るうことのみに専心する。

 

 剣戟が苛烈さを増す。戦略を放棄した英雄王が本能の赴くままに剣を振るう。

 

 そして鍔迫り合い。

 

「「ハァッ!!」」

 

 均衡する二人の力。交わる視線。そして暴かれるその心。

 

 

 ――彼女は確かに垣間見た。英雄王ギルガメッシュの心象を。その魂の一端を。

 

 無限に広がる虚空の闇。

 燃えゆく星と命

 燦然と一人輝く黄金の光

 

 

「ッ!?」

 

 

 寒気が走った。

 理解できぬものを見たかのように震える心。

 

 

「」

 

 

 気合い一閃。英雄王の剛撃が明らかに動揺したセイバーに迫る。

 半ば無意識に防ぐが体勢が崩れる。

 

 

「グッ…!!」

 

 均衡は崩れた。

 

 張り合っていたはずの剣が、噛み合っていたはずの歯車がずれていく。

 

 圧倒され、押し切られる。

 

 合わせようとする剣が一拍遅れる。

 辛うじて直撃は避けるが防戦一方となるセイバー。

 

 

 ――もうセイバーには分からなかった。

 

 確かに同じものを見たはずだった。剣の中に、彼女と同じ信念を見たはずだった。

 だというのに――

 

「なぜこうも違うのだッ!?」

 

 見えない。ギルガメッシュが見えない。

 掴みかけたはずだった。理解できたはずだった。

 

「ッ!どうして!?どうして貴方はこんなにも強いのだ!?私と同じ筈だ!同じ信念でもってその剣を振るった筈だ!なのに、どうして貴方は折れない!?愛した国の滅びを見て、全てが無為に消え去ったのを見て、どうしてそのままで在り続けられるのだ!?」

 

 剣戟が止んだ。

 

 聖剣の切っ先は地面を向いており、柄には力が込められていないのが見て取れる。

 戦意喪失。――いや、答えを前に恐れをなしたか。

 

 その怯えたような姿を見て直感的に悟った。――()()()、と。

 

 この身を理解しようと欲し、僅かながらであれそこに至ったのであれば応えねばなるまい。

 それこそが先達たる俺の役目だろう。

 

「…どうして、か。――なに、簡単なことだ。」

 

 答えを求める碧眼と、答えを与える紅瞳が交差する。

 

 ギルガメッシュはセイバーの中に美しい草原を幻視し、

 セイバーはギルガメッシュの中にどこまでも広がる宇宙に燦然と輝く星を見た。

 

 お互いの心象が今、()()()()

 

 思えば、彼と彼女は似ていた。

 完璧な王としてデザインされ、事実その通りに生きたものの、人としての自分を捨てきれなかった英雄王。

 祖国救済のため、数々の希望を背負って完璧な王として振る舞いながらも少女アルトリアを秘めていた騎士王。

 

 二人はもしかしたら誰よりも()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その苦悩を、歩んできた道のりを分かち合える存在。共鳴していたのは心ではなく魂だったのだ。

 

 似た在り方をした同志に、答えを求める騎士に、

 今こそ答えよう。己の在り方を。

 

 王は、――いや、()は吼える。

 

「俺は()()()()()!俺の選んだ道が、人類の歩む道が、必ず意味を持つのだと()()()()()!」

 

 理想主義で夢見がち。楽観的で真っ直ぐな瞳。人の可能性を愚直に信じ続けるその姿。

 ――英雄王と呼ぶにはあまりに単純で、青臭い。

 

「故に――」

 

 けれど、それが()の答えなのだろう。

 英雄王という黄金の甲冑に隠された()の。

 

「――俺は後悔なんてしないッ!世界の全てが俺を否定しようとも、人理が間違っていると証明されようとも、後悔などしない!」

 

 

 セイバーはギルガメッシュの視点を垣間見た。

 彼はただ信じて見守っているのだ。人類が旅立つその時を。積み上げた歴史と思いが形を成すその時を。

 我が子の成長を見守る父のように。星に願いを託す少年のように。

 

「お前のことも視ていたよ、アルトリア。その足掻きを、嘆きを、そして民たちへの愛を。終わりは儚く、理想には至らなかったとしても、決して無駄ではなかった。この俺が認めよう。」

 

 慈愛に満ちた優しい顔でギルガメッシュは告げた。

 思えば、彼は見守っていたあの頃からこの少女にどこか通じるものを感じていたのかもしれない。

 

「だから――」

 

 ほんの一瞬、共鳴した騎士王アーサーへとギルガメッシュは最期の助言を送る。

 

「お前も信じればいい。お前の国の滅びを、それに抗った事実を。意味はあったのだと。ブリテンは確かに在ったのだと。」

 

 

(あぁ、そうか…)

 

 

 “信じる”――それがどれほど難しいことか。ただ思いを託すのとは違う。

 

 美しいところ、醜いところ、清濁併せ呑む覚悟と愛を持ち、起こる事象全てに目を逸らさず正面から向き合わなければならないのだ。

 逃げることは許されない。途中で放り出すなどあってはならない。

 

 だが、国を愛する気持ちだけは誰にも負けないという自負が騎士王にはあった。

 

(信じれば良かったのか。私たちの全て、民たちの犠牲、無意味なことなど何もなかったのだと。)

 

 そも、騎士道における忠誠とは主君が騎士を、騎士が主君を信じる事によって成り立つ道。

 民たちは、アーサーの主君はアーサーを信じて王冠を託したのだ。なればこそ、アーサーもまた民を信じなければなるまい。

 

 滅びを回避できなかった無念はある。悔しさも、情けなさも。

 しかし相手を認めず、信じる事もせずに懺悔など出来ようはずもない。

 

 信じること。受け入れること。

 これはきっと騎士として国に仕えたアーサーが果たすべき王としての役割なのだろう。

 

「――私は、()()()()。」

 

 一人呟く。するとどうだろうか、体中に力が駆け巡る。

 この充実した覇気、胸に宿る使命感。これほどまでに力を感じたのはあの選定の剣を抜いた時、いや王冠を戴いたあの瞬間以来か。

 

 王としての自覚が沸き上がる。誇りが胸に満ちる。

 

 顔を上げると、目の前には王としての在り方を説いた原初の王。一介の騎士に過ぎなかった小娘を王にしてくれた男だ。彼には返し切れない恩ができてしまった。

 だから迷惑ついでにもう一つ、願いを聞いてもらうことにする。

 

「英雄王ギルガメッシュよ、最後に一つ頼みがある。」

「――赦す。申してみよ、騎士王。」

 

「人々の祈りと願いの結晶。我が聖剣の輝きが見たい。付き合ってもらえるか?」

「…良いだろう。貴様の光、願いの力を魅せてみせよ。」

 

 頷き、騎士王アーサーは静かに聖剣を頭上に掲げた。

 

 今ここに証明する。彼らの願いと祈りを。その光の美しさを。

 彼らの生が無意味でなかったと世界に知らしめよう。

 

 ――光が集う。

 

 祈りと願いが形を成した救世の光。

 それは祈りであるがゆえに純粋無垢。

 それは願いであるがゆえに美しい。

 

 嘗てあった国の民と王。あまりに儚く無惨な終わりではあったけれども、希望という光を持ち続けた彼らの心はきっと、美しいもののはずだ。

 

 “この一撃でもって未練を断ち切り、王としての責務を果たす。”

 

 騎士王は覚悟を胸に光の束を紡ぎ続ける。これまでの軌跡を、己の国の最期を頭に思い浮かべながら。――それでも、それを受け入れるために。

 

 

 対する英雄王は乖離剣を宝物庫より抜き出していた。

 決闘は終わったのだ。これより始まるは王の証明。騎士王の証。

 なればこそ、彼もまたそれにふさわしい英雄王の証で応じるべきだろう。

 

「目覚めよ、エア。此度の相手は少々手強いぞ?」

 

 英雄王ギルガメッシュは乖離剣を頭上に掲げた。

 回転を始める刀身。紅い暴風が吹き荒れ、大地を削る。

 

 放つは地の理。正史であれば星の聖剣でも相殺すら出来なかったその力をしかし、ギルガメッシュは本気で解き放つ気でいた。

 

 これも全て騎士王を信じるが故のこと。

 

「さぁ、時は満ちた!今こそお前の、お前を信じた者たちの輝きの真価を示す時だ!魅せてみるがいい!嘗てあったブリテンという国の光を。騎士王の誇りを!!」

「えぇ、――今こそ王の責務を果たす時。聖なる剣よ、我が民たちよ、騎士王アーサー・ペンドラゴンの勇姿を見届けよ!!」

 

 光の輝きが頂点に達する。

 

 “輝ける彼の剣こそは”

 

 過去・現在・未来を通じ戦場に散ってゆく全ての兵たちが今際の際に懐く――哀しくも尊き夢。

 

 その意志を誇りと掲げ、その信義を貫けと糾し

 

 今常勝の王は高らかに手にとる奇跡の真名を謳う

 

 其は

 

約束された(エクス)――勝利の剣(カリバー)!!』

 

 輝ける命の奔流。それが光となって放たれた。

 

 

 

 迎え撃つは紅き暴風。

 世界を滅ぼす乖離の剣を躊躇なく英雄王は振り下ろした。

 

天地乖離す(エヌマ)――開闢の星(エリシュ)!!」

 

 迸る光の奔流と荒れ狂う紅い風がぶつかり合う。

 極光が世界を焼き、時空を切断する風が全てを切り刻む。

 

 真っすぐに突き進む二つの巨大なエネルギーはやがて、どちらに傾くこともなく巨大な光の柱となって上空の曇に穴をあけた。

 

 視界を埋め尽くす黄金の光。

 

「――――」

 

 

 そしてアーサー王は無意味でないことを悟った。

 

 “ほら、だって……こんなにも美しい。”

 

 聳え立つ光の柱。

 力強く、そして美しいその姿に深く心打たれた。

 

 星の聖剣は、乖離剣を相殺して見せた。

 その奇跡を、栄光を、祈りと願いの力を、騎士王は眼に焼き付けた。

 

 ――やがて光は小さくなっていく。

 

 それが世の理だ。永遠に続くものなど在りはしない。

 いずれ消えゆくと分かっているからこそ世界は美しい。

 

 光の収束と共に、彼女の心も何かが解けていくのを感じていた。

 それは王の責務を果たしたが故の達成感か、それとも終わりを認めてしまったが故の虚無感か。いずれにせよ騎士王アーサーはここに消えた。

 

「……終わったのですね。」

 

 王の責務を果たした少女はポツリと感慨深く呟いた。

 

「あぁ、これで終わりだ。――聖剣の輝き、騎士王の勇姿。確かに見届けさせてもらった。胸を張るがよい、お前こそ誉れ高き騎士の王である。」

 

 そんな少女へ優しく微笑みかけるのはギルガメッシュだった。

 見事に己が役割を全うした彼女へと惜しみない賛辞を贈る。

 

「ありがとうございます。英雄王ギルガメッシュ。誇り高き貴方に最大の敬意と感謝を。」

「赦す。存分に俺を褒め称えよ。」

 

 柔らかく微笑むセイバーに気をよくしたのか調子に乗り出すギルガメッシュ。

 そんな彼を少々呆れた眼で見る彼女の眼はしかし、穏やかだ。

 

 ――ふと、頬を撫でる優しい風に導かれるようにセイバーは聖剣を黄金の粒子に変え、鎧を解いた。

 後に残ったのは蒼いバトルドレス姿の少女一人だけ。

 

 様々な思いが胸に去来する。

 

 責務を果たしたことへの達成感。

 一抹の寂しさ。

 そして胸の中で燻る温かい気持ち。

 

 全ては目の前の男のおかげであった。

 

 やがてギルガメッシュを見詰める彼女の瞳に決意の火が灯る。

 “よしッ!”と小さく呟いて気合を込めた彼女はキリッと凛々しくギルガメッシュの瞳を見つめた。

 

「ギルガメッシュ。貴方にアルトリア・ペンドラゴンとして伝えておきたいことがあるのですが……いいですか?」

 

 戦いは終わったにも関わらず、今にも戦に赴きそうな気迫を放つセイバー。

 そのあまりにも鬼気迫った覇気と覚悟に王の役目果たしたんじゃ?と首を傾げるギルガメッシュ。

 しかし、そこまで真剣に言うのならと特に深く考えるでもなく頷いた。頷いてしまった。

 

 ギルガメッシュの許可をもらった彼女は大きく息を吸い込み、長い深呼吸を一つ。

 

 ――思えば、一目ぼれだったのかもしれない。アルトリアは、初めてその姿を眼にした時から彼に心惹かれていた。ただ、騎士王としてのアーサーが彼女の思いを分かりにくくしていただけ。

 

 だから、アーサー亡き今、彼女の思いを阻害する者はいない。

 

 真紅の瞳を見つめ、微笑み告げた。

 

「――私は、貴方が好きです。」

 

 今までと変わらぬ凛々しい声音でありながらしかし、その言葉には万を越える思いが込められていた。

 

「――」

 

 絶句し、言葉を無くしたギルガメッシュ。彼とて鈍感ではない。その短い告白に込められた思いなど直ぐに読み取れた。

 しかし、百戦錬磨の英雄である彼は返答をすることもできず啞然としていた。

 

 それはあまりにも予想外の告白だったからか。それとも、目の前で微笑む彼女の笑みがあまりにも美しすぎたせいか。

 

 困惑した様子の彼を見たアルトリアは思う。もっといろんな顔を見てみたいと。

 

 自分の欲求に素直になった彼女は未だ硬直状態にあるギルガメッシュへと歩み寄り――その唇へ接吻を交わした。

 

 柔らかな感触と、甘い香り。

 

 それを名残惜しいと感じた時には彼女はすでに離れていた。

 

 風に揺れる鮮やかな金髪。草原を思わせる涼やかな緑の瞳。赤みを帯びた白い頬。

 女を思わせながらもその身に帯びる雰囲気は凛々しく、瞳は力強い。

 

「――では、また明日。」

 

 恥じらいながらも満面の笑みでギルガメッシュを見つめ、セイバーは風のように走り去っていった。

 

 朝日がアルトリアという少女の誕生を祝福するかのように、駆ける彼女を照らしていた。

 

 

 

 

 


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