「アイリスフィール!!マスター!!」
屋敷へと帰還した切嗣とアイリスフィールを迎えたのは己のサーヴァントの大声であった。
思わず眉をしかめる切嗣だがそんなことには気付かずセイバーは嬉しそうに二人へと駆け寄った。
「良かった!御無事だったのですね…。念話で聞いても二人とも応答してくれないのでそこら中探していました。」
英雄王との戦いで疲弊していたにもかかわらず彼女は文字通り、街中を駆けまわっていた。その証拠に、身にまとっている黒いスーツはくしゃくしゃで、髪形もかなり乱れている。
「ッ!!私としたことが。さぁ、アイリスフィール!早く私の鞘を!!」
「ごめんなさいねセイバー。でも、もう大丈夫よ。」
更に彼女の暴走は止まらない。主が無事だったことを確認したその次は流れるように取り出した鞘をアイリスフィールに押し付け始めた。
その姿に微笑ましいものを覚えながらも彼女はやんわりと断った。
怪訝な顔をするセイバーだったが、顔色の良いアイリスフィールを見て安堵したのか鞘を仕舞った。
「それで、何があったのですか?」
安堵を見せていた顔から一転、セイバーは鋭い目つきとなって二人に問いかけた。
その反応も当然だろう。それだけの心配を二人はセイバーに掛けたのだ。
そして、さらに残酷な真実をセイバーはこれから聞かされることとなる。
「……セイバー。話があるんだ。」
「ッ!?――分かりました。」
切嗣が自分から話しかけてきたことに驚く彼女だったが、その真剣な表情と一抹の罪悪感を漂わせる瞳を見てただ事ではないと判断し、重々しく頷いた。
◇◇◇◇◇◇
「なぁ、本当に大丈夫なのかよ?」
「おう!寧ろこの程度怪我のうちに入らぬわ!」
「入るだろ!右腕千切れ掛けてたろうが!?」
ハァ、とウェイバーはここ最近で慣れた溜息をつく。
昨夜の敗戦から命からがら戦車で離脱したライダーはボロボロだった。
戦車は傷だらけ、右腕は千切れ掛けで、魔力もほとんど空だった。
はっきり言って無様な敗北だったにも関わらず、目の前の赤毛の巨漢は諦めるという言葉を知らないらしい。
その図太い神経に呆れるやら安堵するやら。
ともかく暫くは戦闘も無理だな、と考えていたその時――
ピンポーン
ごく普通にチャイムが鳴った。
現在の時間は午前十時。おじさんは市の図書館に出かけているがおばさんが対応してくれるだろうと考え、再び己のサーヴァントへの説教に戻ろうとしたウェイバー。
「ウェイバーちゃん?お友達が訪ねて来たわよぉ~!」
しかし、それは一階から嬉しそうに彼を呼ぶおばさんの大声によって遮られることとなった。
「お友達?こんな極東の島に?一体どこのどいつだ?」
そもそもウェイバーには友人と呼べる人がほとんどいない。
それも聖杯戦争真っ只中のこの町にわざわざウェイバーに会うためにやって来るような知り合いに心当たりはなかった。
「…なぁ坊主。こりゃあ怪しくないか?」
「確かに怪しいけど…まぁ、顔ぐらいは拝んでおくか。」
相手が誰であれ、こんな朝っぱらに民家で戦いを始めるような奴はいないと考え、軽い気持ちでウェイバーは階段を下っていた。
「やぁ、ウェイバー君。久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「もぉ~ウェイバーちゃんたら、こんなに紳士的で素敵なお友達がいたならもっと早くに教えてくれれば良かったのに!」
「……」
リビングから漂う紅茶のいい香り。
滅多に出さないおばさん秘蔵の茶葉を優雅に楽しんでいるのは柔らかな笑みを浮かべた金髪の男。――
「……」
「どうしたんだいウェイバー君?魂を誰かに盗まれたような顔をして…うん?おぉ!このクッキーは実に美味ですな!ハーブですか?」
「あら、まぁ!お察しの通りよ!舌も肥えていらっしゃるのね。確かお名前は…」
「
「そうでしたわね!Mr.ケイネス。宜しければどうぞごゆっくりと寛いで行って下さいな!」
「そうしたいのですが、実は昼の飛行機でロンドンに帰国する予定でして…帰る前に少し、ウェイバー君と話をしておきたかったのです。」
「そうなの…残念ね…なら、ウェイバーちゃん!しっかりとお見送りして差し上げるのよ!おばさんは自分の部屋にいるから。」
茶目っ気のある上品なウインクを残し、おばさんは自室へと戻って行った。
取り残されたのは相変わらず優雅に紅茶を嗜むケイネスと、呆然と立ち竦むウェイバーのみであった。
「――そこで突っ立ったままかね?美味しいお茶とクッキーがある。座ったらどうかね?」
「……」
おばさんが立ち去った途端、この家の主がごとく尊大な口調と態度を取り始めたケイネス。その見慣れた姿にウェイバーは少しだけ安堵した。
流石に先程までの好青年ぶりがケイネスの素だったら色々と怖い。
「…一体何の御用ですか?」
聖杯戦争前のウェイバーであればこの状況だけで白目をむいて現実逃避に走っていただろう。しかし、今の彼はケイネスの向かいの席に腰を下ろし、彼の眼光と真正面から向き合っていた。
思いがけない生徒の成長に驚いた様子を見せたケイネスだったが、すぐに興味を無くしたように紅茶で喉を潤し、口を開いた。
「さっきご婦人に話したのと同じ内容だ。」
「ご婦人…?あぁ、おばさんのことですか。」
「……君、目上の方にはもう少し敬意を払うべきだと思うがね。」
呆れたように呟くケイネス。その姿にまたしてもウェイバーは衝撃を受けた。さっきのは芝居じゃなかったのか!と。
それはともかく、ケイネスが先程話していた内容と言えばロンドンに帰国するという話だったが…
「まさか、本当に時計塔に帰るんですか!?」
「何をそんなに驚く?私はサーヴァントを失ったのだ。もうこれ以上このふざけた戦争に肩入れする意味はない。」
「……」
正論と言えば正論だった。だが、ウェイバーにはにわかに信じられない話だった。
彼に聖遺物を盗まれてもなお諦めずに聖杯戦争に参加した彼がサーヴァントを失ったとは言え、途中辞退するという決断を下したことが。
訝しげにケイネスを見るウェイバー。そんな彼に対し、ケイネスはため息を一つついて再び口を開いた。
「戦争が進んでいくうちに理解したのだ。これは私のような優秀な魔術師が出るべき戦ではない、とな。」
「…というと?」
「この戦争のカギを握るのは英霊達だ。召喚したその英霊のスペックによって勝者が決まるといっても過言ではない。無論、マスターとて戦術によって補える部分はある。しかし、私の戦争はあの英雄王が召喚された時点で既に敗北が決まっていたのだろう。あれが相手ではどうあっても勝ち目はない。特に真っ当な魔術師である私にはな。」
最初、ウェイバーはその殊勝な言葉の数々がケイネスの口から飛び出してきたことを信じられなかった。
だが彼の良く知るケイネスとは違い、その翡翠の眼には以前のような苛烈さが少し薄まっているように感じた。落ち着きを得たというか、貫録を得たというか、上手く言葉にはできないが、何となく彼もこの聖杯戦争で得るものがあったのだと察した。
「それで、僕に話というのは?」
「決まっているだろう――よくも私の聖遺物を盗んでくれたな小僧ッ!!
「ヒィッ!?」
先程までの貫録はどこへやら、眉間に皺を寄せ、額に血管を浮かばせてケイネスは大声で怒鳴り散らした。
ある意味いつも通りのケイネスに妙な安堵感を覚えるウェイバーだったが怖いものは怖い。情けなくも悲鳴を上げた彼は椅子から転がり落ちた。
「あれを取り寄せるのに幾ら掛かったと思っているんだッ!!えぇ?貴様に弁償できるのか!?」
ヒステリックに唾飛ばしながら怒鳴るケイネス。ウェイバーはおばさんにばれないかと気が気でなかったが、よくよく周囲を見てみれば防音の結界が張られていた。その手際の良さに感心する間もなくケイネスの説教は続く。
「だいたい君はいつもそうだ。レポートにおいても自分で提示した論題からいつも趣旨が逸れている。いいか?論文というのは――だから君には恋人の一人もできはしないんだ。だいたい君は――ソラウもランサーが消えてから塞ぎこんでしまっているし…ってそんなことはどうでもいい!だいたい君は――」
止むことない言葉の暴力。ウェイバーの普段の素行から彼の人格を全否定。論文のうんちくを垂れたかと思えば何故か婚約者ソラウの話になり、急に怒り出したかと思えばウェイバーに八つ当たり。だいたい君はというフレーズが区切りとなって兎に角話が止まない。
30分ほど続いた毒舌のマシンガンはウェイバーのメンタルに的確なダメージを与え、彼の眼から生気を奪っていた。
「――ふむ、こんなものか。」
いろいろと愚痴を吐き出して満足したのか彼はやっと腰を下ろし、喋り過ぎで疲れた喉を紅茶で潤した。
「……結局先生は何しに来たんですか?」
「うん?だから君と話をしにだが?」
一方的な言葉の暴力は
「だから、どうして
「――君は優秀な魔術師ではない。」
いきなり貶されたウェイバー。先程までの口撃で多少は耐性が付いたとはいえ、やはり罵倒は堪える。それが本人の気にしている事柄であり、自覚があるのであれば尚更。
しかし、ウェイバーは反論しようとはしなかった。
理由としては真に優秀な魔術師であるケイネスに言っても無駄であるということと、彼の眼には言葉に反して蔑みの感情が見えなかったからだ。
「凡庸で平凡。取り立てて得意な分野もなく、その才では君自身が一流の魔術師として大成するのは不可能に近い。というか不可能だろう。」
「あ、あの流石に言い過ぎじゃ?」
「事実だ。」
「……」
「――だが、君は己のサーヴァントを生還させている。英雄王と対峙したにもかかわらず的確な状況判断と令呪を使用することによって今も聖杯戦争のマスターで在り続けている。…私は脱落したにもかかわらず、な。」
何かを思い出すように己の手の甲を擦るケイネス。今もマスターであるウェイバーは知っている。そこが令呪の位置であったことを。
「君は低俗で、愚かで、考えなしの貧乏学生だが…それだけの男ではないのだろう。」
「……」
「言いたいことはそれだけだ。兎も角、聖遺物の弁償はきっちり果たしてもらうからな。覚えておけ。」
紅茶を飲み干し、ケイネスはスッと立ち上がった。その所作一つ見ても分かる。彼がいかに洗練された貴族であるのかが。
「…お見送りします。」
「うむ。」
ウェイバーもまた立ち上がり、ケイネスを玄関まで送る。
すると防音結界が解け、耳ざとく帰宅の気配を感じ取ったおばさんがパタパタとスリッパを鳴らしながらやって来た。
「あらぁ、もう帰ってしまわれるの?」
「えぇ、残念なことに表にタクシーを待たせていますので。」
「そう…また何時でも遊びにいらしてくださいね?私の主人ともぜひ会ってほしいの。きっと貴方のことを気にいると思うわ!」
「そうですか。貴方の御主人ということはきっと素敵な方なのでしょう。」
「まぁ!お上手ですこと!」
「ではまたお会いしましょう。ご婦人。」
手の甲に優しく口付け、ケイネスは朗らかな笑みを浮かべて去っていった。
「とっても素敵な人だったわね~!」
「――うん。そうだね。きっと僕が思っていたよりもずっと。」
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはウェイバーが考えていたよりもずっと器が大きく、目上の人への礼儀を欠かさない紳士で、洗練された本物の貴族だった。
彼は言った。弁償させるから覚えておけと。それはつまり無事に時計塔に戻って来いということだろう。
「……」
ウェイバーは所謂井の中の蛙だった。世界を知ったつもりで、自分を、他人を理解したつもりで生きていた。けれど、この聖杯戦争で学んだことがたくさんある。世界の広さを、自分で勝手に狭めていた価値観を。まぁ、つまるところ
「僕はまだまだ全然なってないってことか…」
一人呟き自室に戻る。
「なんだ、ようやっと気が付いたのか?」
背後から聞こえてきた声に不機嫌そうな顔でウェイバーは振り返った。
「おいライダー……お前僕が困ってるの見てただろ?何で助けなかったんだよ?」
恨みの籠った視線で薄情者のサーヴァントを睨み付けるウェイバー。だが、その程度の視線に怖気づくような可愛い男ではない。ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべて巨漢のサーヴァントは己のマスターの背中をバンバン叩いた。
「助けるも何も、良き教師ではないか!あのケイネスという男は。己の生徒の不義を怒り、注意する。まぁ、些か私情が混ざり過ぎていたような気がせんでもないが…」
ライダーをしてあの説教嵐は恐ろしかったのか、軽く身震いしていた。
「――だが、あの男の言うとおりだな。礼を言うのを忘れておった。貴様の機転のお陰で余は生還することが出来た。感謝するぞ、我が契約者ウェイバー・ベルベットよ。」
真面目な顔で礼を告げる己のサーヴァント。
その殊勝な姿に思わず照れくささと恥ずかしさを覚える。
「ぼ、僕はお前のマスターだからな!当然のことをしただけだ!…だからよせよ礼なんて。気恥ずかしい。」
「ハハハハハ!!照れるな照れるな!!胸を張れ!お前は征服王の賛辞を得たのだぞ?」
「うるさい!取り敢えず僕はもう一回眠る。お前も霊体化して早く回復しろよ。」
「えぇ…余今からゲームしたいのだが…」
「ふざけんな!それじゃあ僕が眠れないだろうが!」
「ふむ。――じゃあ、お前も一緒にゲームをすれば良い。さて、もう一つのコントローラーはどこだったかの?」
「ちょッ!?何勝手に決めたんだよ!僕はやるなんて一言も…」
「おぉ!あったわい!」
「話聞けぇ!!」
「良いではないか。それに先ほど己の見識の狭さを痛感したばかりであろう?ならばこれもまた新たなる世界を知るための第一歩だ!」
「……」
相変わらず無茶苦茶なサーヴァントに振り回されるウェイバー。
だが、確かに知らない世界を知ることも大事なのかもしれない。
「……ちょっとだけだぞ。」
「おぉ!それでこそ我がマスター!」
彼らの聖杯戦争はまだ続く。
◇◇◇◇◇◇
「……すいません。暫しの間、一人にしてください。」
それが切嗣とアイリスフィールにより聖杯の真実を聞かされたセイバーが辛うじて絞り出した発言だった。
首肯するマスターを見た彼女は一礼して部屋を出ていった。
「セイバー…」
心配そうな顔で彼女の出ていった障子を見つめるアイリスフィール。
彼女の肉体は今、身体の内側に秘められた英雄王の聖杯によって前までとは比べ物にならないほど健康になっていた。汚染されていた方の杯は既に英雄王によって摘出されている。今頃は彼によって一欠片も残さず消滅されているだろう。
これで後はイリヤスフィールを取り戻し、再びアイリスフィールから聖杯を取り出して親子そろって人としての肉体を望めば万事うまくいくと英雄王は教えてくれた。まさしく人となった瞬間に切嗣が望んだ願いを寸分違わずに叶えて見せる計画である。
しかしこの方法をとる場合、彼らのサーヴァントであるセイバーの願いは叶えられないことになる。さしもの英雄王も聖杯は一つしか所持していなかった。――そう何個もあっても困るだけだが。
だから切嗣とアイリスフィールは心苦しいながらもセイバーに告げるしかなかった。
“君の願いは諦めてくれ”と。
この話を聞いたセイバーは最初、健康になったアイリスフィールの身を心の底から喜び、最後には複雑そうな顔をしていた。
「……だけど彼女がどれほど悩もうと、僕は君とイリヤの肉体を諦めるつもりはないよ。そして人としての肉体を手に入れた君たちを今度こそ背負って見せる。僕の命に懸けて。」
ギュッと妻の温かな手のひらを握り占めて切嗣は宣言した。
涙を浮かべながらも嬉しそうな笑みを浮かべて手を握る返すアイリスフィール。
「英雄王に感謝しなくちゃね。」
ニッコリと微笑むアイリスフィール。しかし、笑みを返しながらも切嗣の内心は複雑であった。
帰り際、先に部屋を退出したアイリスフィールに続いて帰路に着こうとした切嗣の耳に確かにその声は聞こえてきたのだ。
「アイリスフィールか…あれは、
驚き振り向いた切嗣の視界に映ったのは、妖しげな笑みを浮かべた件の英雄王であった。
肉食獣が獲物を狙うような野性的な目付きで己の妻を見る男。
その瞬間、切嗣の脳内を英雄王ギルガメッシュの様々な伝承が駆け巡った。
曰はく、異国の女神に手を出した。
曰はく、妖精たちを口説いた。
曰はく、美しい人妻を虜にした。
英雄王は武勇において間違いなく英雄の頂点だったが、流石というべきなのか、その手の色の話においても何気に頂点に立つ男だった。
「英雄色を好む」の元となった性格は伊達ではないということか。
思わず睨み付ける切嗣の視線に気が付いた英雄王は邪悪な笑みを浮かべた。
切嗣に人道を説いたあの威厳ある英雄王を返してほしい。
心の底からそう思った。
(まぁ、多分僕に発破をかけただけだろうけど。死ぬ気で守れよ?さもなきゃ奪うぞってね。)
言われるまでもない。切嗣は不敵な笑みを浮かべた。
原初の王だか何だか知らないが、妻と娘は絶対に守り切る。
一方その頃、部屋を退出したセイバーは一人畳の上で正座をし、考え事に耽っていた。
考えるのは当然、叶わなくなってしまった己の理想についてだった。
彼女とて悲しき運命にあったアイリスフィールとイリヤスフィールに人としての肉体が与えられることは嬉しく思う。
しかし欲深いことに、アイリスフィールの中に正常な聖杯があるという事実が彼女を苦しめていた。
(私は…一体どうすれば…?)
ここで頭に思い浮かぶのは例のごとく英雄王だった。
重傷だな、とセイバーは苦笑した。
――しかし、セイバーには妙な確信があった。
あの英雄王ともう一度、正面から対峙したその時、彼女の答えは出るのだという確信が。
だからこそセイバーは願いが叶わないと知った今もそこまで取り乱すことなく、冷静でいられる。ただ一抹の悔しさと、何故か納得が心の中にあった。
きっと自身の中で答えは、結論は出ているのだろう。
もはや祖国救済は叶わぬ祈願であるという結論が。
だが、はいそうですかと納得できるような軽い気持ちで彼女は世界と契約を結んだ訳ではない。
故に彼女は決断する。
元よりセイバーは器用な人間ではない。
どちらかと言えば不器用で、分かりやすいことを好む性質だった。
だからこそ答えを出すための手段も単純かつ明快で真正面から己の身の丈をぶつけられるものがいい。
何時間と悩み続けた彼女は遂に決意を固めた。
「マスター。頼みがあります。」
◇◇◇◇◇◇
「ハァ…」
ギルガメッシュは小さくないため息をついた。
汚染された聖杯を乖離剣で消滅させた彼は現在、遠坂邸の修復作業にあたっていた。
ライダーの固有結界の中でこびりついた砂粒をお掃除宝具で綺麗に洗い落とし、時折征服王によってズタズタにされた霊脈のラインを修復する時臣を手伝う。
彼とてこのように便利な道具として
しかし、時臣はともかく凛と桜、それに葵に頼まれたとあってはさしものギルガメッシュも逆らえない。いつの時代も女は強し、である。
だが、ただで使われる英雄王ではない。彼は、これを機会に遠坂邸を魔改造してやろうと密かな野望を秘めていた。もっと豪華絢爛に。もっとクールオブビューティーに。
フハハハハ!と英雄王は悪役さながらの邪悪な笑みで
「うん?――使い魔か。」
しかし、上空より飛来した美しい小鳥を見たギルガメッシュの手が止まった。辛うじて遠坂邸は存亡の危機を免れた。
特に敵意の見られぬその小鳥を手のひらに呼び寄せ、その足に括りつけられていた紙を取る。
「――時臣、急いで作業を終わらせるぞ。」
使い魔に括りつけられていた手紙を読んだ英雄王は急に真面目な顔で己の契約者に告げた。
急な変貌に驚くも英雄王がやる気を出してくれるのは時臣にとっても有り難い。
「はい。しかし、一体どうされたのですか、王よ?」
「セイバーからの招待状だ。明日の午前4時に○○公園で待つ。とのことだ。」
「行かれるのですか?」
「当然だ。――英雄王は挑戦を断らぬ。」
不敵な笑みでギルガメッシュは答えた。
◇◇◇◇◇◇
時刻は午前3時50分。
流石に辺りまだ薄暗く、人々は寝静まっていた。
この時間となると流石に寒さが堪えそうだがサーヴァントである彼女にとっては関係のない話であった。
人払いの結界が張られた朝の公園でセイバーは目を閉じ待ち人の到来を望んでいた。
――いや、本音を言うと彼が来るのが少し怖くもある。己の答えを知るその時が。醜い自分をさらしてしまうのではないかという不安が彼女の中で渦巻いていた。
だが、彼は来る。
人払いの結界の中に一際大きな気配が踏み込んでくるのを感じた。
静かに瞼を開いたセイバーの視界に移りこんで来たのは黄金の甲冑だった。
もはや見慣れた鎧姿で彼は迷うことなくこちらへと歩み寄る。堂々と歩みを進めていた彼はやがてセイバーの間合いギリギリの位置で止まった。
踏み込めば一気に詰められるがそれはあちらも同じという位置。
彼はこれから起こることを理解していた。
「――鞘はどうした?」
それが英雄王の第一声だった。
真紅の瞳が輝きを増している。恐らくはセイバーの中に
「置いて来ました。」
故にセイバーもまた簡潔に答えた。
訝しげな視線を向ける英雄王に対し、先ずセイバーは頭を下げた。
「――貴方に感謝を。アイリスフィールに身体を与え、キリツグを救ってくれた。それにイリヤスフィールも…」
「礼を言われるようなことではない。それに、そのイリヤスフィールとやらは俺には関わりのない話だ。」
素直ではない英雄王にクスリと微笑むセイバー。
だが直ぐにその顔を引き締め、聖剣を手元に呼び出した。
鞘も風の結界もない抜き身の刀身。
その眩い黄金の輝きに改めて眼を奪われる英雄王。
「これより先の戦いに鞘の守りは不要。――それに、貴方には通じませんしね。」
振り切ったように爽やかに微笑むセイバー。
涼やかな闘志と覚悟を漲らせ、彼女は宣言した。
「貴方に決闘を申し込む!!」
セイバーは聖剣の柄に両手を置き、ギルガメッシュの眼を真っすぐに見つめて宣言した。
此処に、運命の戦いが始まる。
次回セイバー回。
敢えて言おう…この小説は次話の為だけに存在したとッ!!
いやぁ、長かった~(白目
ほとんど書きあがってるので近いうちに投稿できると思います。