新・ギルガメッシュ叙事詩   作:赤坂緑

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お久しぶりです。
長らくお待たせいたしました。
夏休みに入り、時間を多くとれるようになったのでこれからまた更新していけると思います。






真・英雄無双≪中編≫

 ギルガメッシュ神話の中で有名な話として「冥界下り」というものがある。

 非常に有名な話だが、まずは要所を押さえて簡単にあらすじを説明したいと思う。

 神殺しの旅に出かけたギルガメッシュはある日、戦いの神ザババと対峙することになる。

 山を切り落とすとまで言われる巨大な剣を振り回すザババに苦戦を強いられるギルガメッシュ。

 やがて追い詰められた彼は、ザババによって切り裂かれた大地の分け目へと飛び込んで逃走を図った。

 無事に逃げおおせたと安堵したギルガメッシュだったが、不運にもそこは冥界へと通じる通路だったのだ。

 偶然にも冥界に足を踏み入れることとなったギルガメッシュはそこですでに死んでしまった己の民たちと再会する。再会を喜ぶギルガメッシュだったが、彼らは二度と地上に戻れぬという。

 そのことを嘆きつつも彼は、かつての民たちが次の生へと向けて新たな門を潜る場面を目撃する。

 ここで彼は、命が終わるものであり、死とは終わりから始まる新たな巡礼への門であることを知る。

 彼は、自らの口でこう語っている。

 

 “我、真実を見たり。死を超ゆること不可能なれど、恐れることなかれ。全ては流れの中にある。”

 

 死を知り、この世の運命の流れを知った彼はその後も冥界にて数々の試練や冒険を乗り越え、現世に帰還を果たした際には、冥界にて習得した運命を司る技で、あれほど苦戦していたザババ神を一撃で仕留め、神の剣「千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)」を手に入れたという。

 

 この「冥界下り」の中でギルガメッシュが見出した死に対する見方は、その後のユダヤ教や仏教に大きな影響を与えたと言われている。

 

 

「ギルガメッシュと神々の戦い」より抜粋

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

「はぁ…」

 

 大きなため息をつく英雄王。

 それは様々な要因からきたため息ではあるが、その理由の一つに乖離剣エアが使えないというものがあった。先ほど試しにエアを呼び出し、千里眼を発動させてみたがこの状況で発動した場合、イスカンダルの固有結界を破壊できるが同時に遠坂邸も巻き添えを食らうことが判明したのだ。

 

 霊的に冬木の地と繋がっていた遠坂邸のラインの中に無理やり割り込んできた征服王の固有結界は元々あったラインをズタズタにし、遠坂邸を不安定な空間においてしまったのだ。

勿論、征服王が普通に結界を解除すれば解決する話であるが、もし仮にギルガメッシュが乖離剣で無理やりこの世界を切り裂いた時にはどんな反動を遠坂邸が受けるかわからない。

 

 この事実に気が付いた瞬間、ギルガメッシュの中から一瞬で乖離剣エアを使うという選択肢は消滅した。

 

 そのほかの方法としては単純に王の軍勢の兵士の数を減らせばいい。この固有結界が全員の心象から成り立っている以上は一定数の兵が減れば結界を維持できなくなるはずだ。

 

 しかし、ここでまたため息の原因の一つだが、ギルガメッシュの大好物である超破壊宝具を使用できないというのがある。なにせ先ほども言ったように遠坂邸があるためだ。

 

 余談だが、これがギルガメッシュの戦闘における数少ない弱点である。基本的に人知を超えた神を相手取っていた彼は頭の悪い大火力宝具に重点を置くようになってしまい、結果として宝具を使えない状況になると、大幅に戦闘能力を制限されてしまうのだ。

 

「やれやれ…まぁ、能力を制限されるのには慣れているがな」

 

 眼前に広がる英雄たちの同盟軍団。そのどれもが俺に剣を向けている。その光景に「四面楚歌」という単語が頭に浮かぶ。

 どうやら俺はまた勝手にヘイト値を貯めていたようだ。文字通り死んでも治らなかった持病の一つである。だが――

 

「流石にこの仕打ちは理不尽ではないか?なぁ、騎士王?」

 

 ちょっとしたいらだちも込めてセイバーに話を振ってみる。

 

「…謝罪をするつもりはありません。貴方は強大な王だ。どうか卑劣な手段で討つことをお許し願いたい。そして願わくは…」

 

 “私の憧れた王様のまま死んでいただきたい”

 

 清廉で迷いのないセイバーの碧眼を見つめ返すギルガメッシュの紅眼。

 

「…迷いは晴れたのか?」

「いいえ、私は今も迷ったままです。考えがまとまらないのです。貴方は滅びを受け入れろという。確かにそれは正しいことだ。貴方に限らず、それは全ての王たちが果たしてきた重要な責務なのでしょう。」

 

 己の苦悩を打ち明けるセイバー。

 だがやはり、その瞳に迷いは見えない。

 

「しかし、私は()()()です。あなたとは違い私はあのブリテンという国に忠誠を誓ったのです。騎士として。それは、それだけは私が捨ててはならない誇りなのです。」

 

 彼女の瞳はただただ綺麗で、まっすぐで

 

「だからこそ、あなたには倒れてもらいます。貴方がいると私はあなたしか目に入らなくなる。思考が鈍り、感情が制御できない。もうこれ以上私の頭の中に入ってこないでいただきたい。」

 

「ふん、俺を殺せば頭の中から俺が、俺の言葉が消えてくれると?残念ながらそれは有り得ない話だよ、セイバー。」

 

「…確かにそうでしょうね。もう私は貴方を忘れることはできない。しかし、ここであなたがいなくなれば私は今以上に惑わされることはなくなるでしょう。もう、あなたのことばかり思い浮かべることもなくなるでしょう。」

 

「なるほど。まぁ、それが貴様の決断ならば好きにするがいい。なに、遠慮はいらぬ。全力で俺を叩き潰すがいい。まぁ…()()()()の話だが。」

 

 ギルガメッシュの放つ威圧感が一際大きくなったその時、黄金の光が彼の体を包んだ。

 この砂漠にいる多くの者が一度目にした光景。

 その光が晴れたとき、そこには黄金の戦装束を装着し、神々しいまでの輝きを放つ英雄王がいた。

 その姿はまさしく伝承に語られた姿と全く同じである。

 曰はく、

 

 “ウルクの王、太陽神より賜りし黄金でその身を包み、神威を示した。その御姿、まさしく戦神の如き猛々しさと美神の如き美麗なり。黄金はあらゆる災厄を祓い、御身汚すこと能わず。嗚呼、偉大なるやギルガメッシュ王”

 

 生前ギルガメッシュ王が愛用したという黄金の鎧。太陽神の加護から形作られたその鎧は絶対的な防御力を誇っているという。

 また、太陽神の加護、絶対的防御力という観点から古代インドの大英雄()()()()()の伝説は、このギルガメッシュの鎧から派生したものではないかと考える説もある。

 

 そんな伝説の防具が放つ輝きと禍々しい魔力に思わず尻込みする兵士たち。

 

 瞬間、流星が駆けた。豹のように身体をしならせ、地を這うように黄金の王へと接近する。その両手にはそれぞれ長槍と短槍が握られ、体を覆う鎧は動きやすさを意識した必要最低限の軽鎧だ。

 

 フィオナ騎士団が一番槍ディルムッド・オディナ

 

 その名に恥じぬ勇猛果敢な突進に対し、ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべてただそこにあるのみ。武器を出すこともしない。

 よほどその鎧に自信があると見たが、ディルムッドには関係のないことであった。なにせ彼の槍、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)はあらゆる魔力の流れを断つ破魔の槍である。この槍を前にしては如何なる英霊の防具も意味をなさないものになる。防御力の高さなど関係ないのだ。

 

 しかし、その前提は英雄王によって覆されることになる。

 

「なにっ!?」

 

 心臓を狙った一撃は、胸前に持って来た左の手甲によって容易に防がれ、そのまま英雄王が腕を振ったことによって完全に外へと衝撃を逃されてしまった。神秘はより強い神秘によって塗り替えられる。大英雄カルナの鎧の源流にディルムッドの槍が通じるはずもない。

 さらに、そのまま流れるようにランサーの懐へと飛び込んだギルガメッシュは黄金の手甲に包まれた右拳を思いっ切りランサーの顔面目掛けて振りぬいた。

 苦悶の声をあげながら錐揉みに吹き飛ばされるランサー。

 “輝く貌”の顔面をグーで殴るという偉業を成し遂げたギルガメッシュは満足そうな笑顔を浮かべていた。彼は自分以外のイケメンが嫌いだったのだ。

 顔を見るだけで女が惚れるとかありえないだろいい加減にしろ!俺が女神口説くのにどれだけ苦労したと思ってんだ!(八つ当たり

 

 英雄王にあるまじき幼稚な思考をしていたギルガメッシュだったが、その余裕はすぐになくなった。

 

「ッ!?」

 

 一瞬の悪寒の後、首を右に傾けたギルガメッシュの左首筋を槍が轟音とともに撫でていったのだ。恐ろしく正確で、見事なまでの槍の投擲だった。首を元に戻して正面を見据えれば投擲を終えた姿勢のディルムッドが不敵に微笑んでいた。恐らく先ほどの投槍は王の軍勢の兵士から借りたのだろう。槍をなくした兵士が不満げにディルムッドを睨んでいるのが見える。

 

「見事な投擲だったぞ、ディルムッド・オディナ。俺の拳をもらっておきながらあの精密さとは恐れ入る。思っていた以上に根性のある奴だったようだな。」

 

「喜んでもらえたようで何よりだ、英雄王。てっきり俺の相手をするのは不満かと思っていたのでな。」

 

「あの投擲を見てそのような評価をする気にはなれぬ。ただ、貴様と戦うには邪魔者が多いと思っていただけだ。故に、我が使い魔に露払いをさせるとしよう。」

 

 

「出でよ!『天地制す覇来の獅子(レオ・レクス)』!!」

 

 王の財宝が開帳され、中から一匹の獣が悠然と歩み出てきた。

 嘗てギルガメッシュと共に多くの戦いに参加し、数々の伝説を築き上げた黄金の獣。

 気品すら感じさせるその獅子こそはギルガメッシュの伴侶である女神イシュタルの使い魔にして英雄王たる彼の宝具である。

 門から現出した獣は周りの兵たちを威圧するようにぐるりと視線を巡らせた後、天に向かって咆哮を放った。指向性があるわけではないただの咆哮はしかし、大地を震わせ、天を落とすような勢いだった。正しく獣の王。神代にのみ存在を許された神獣である。

 

 咆哮を終えた神獣は自身の主である英雄王へと視線を向け、英雄王もまた視線を合わせる。両者の間に言葉など不要だった。共に戦っていたあの頃からお互いにとって必要なものは視線だけだった。

 やがて主から視線を外した獣の王は王の軍勢へと駆け出した。

 牙をむき、風を切り、再び主と戦える喜びに身体を震わせ、獅子は獲物へと飛び掛かった。

 

「…凄まじいな。あれが、英雄王ギルガメッシュの従えていた神獣か。」

 

 文字通り、兵士たちをちぎっては投げている獅子の戦闘能力に戦慄するディルムッド。兵士たちも反撃しようと槍や剣を叩き付けているがいかなる怪異か、刃が通らない。

 兵士たちの武器は獅子の皮膚を貫通することなく表面で弾かれ、遂には繰り返し叩き付けていた武器はへし折れてしまっていた。まさに一方的な虐殺だった。

 

「…神代の獣の中には、人類の文明、すなわち人理を否定する者が稀に存在する。奴はそのうちの一体だ。奴には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が付属されている。生半可な宝具では傷一つ付けれぬよ。」

 

「…恐ろしいな。あれがヘラクレスの栄光の一つ、ネメアの谷の獅子の元と言われる怪物か…」

 

 古代ギリシアの大英雄ヘラクレスが対峙した怪物の一体にネメアの谷の獅子というものがいる。この獅子の毛は、矢や刃物を通さない性質を持っていたため、ヘラクレスは素手で獅子を羽交い締めにして首をへし折り、退治した後は毛皮を剥いで防具として使うようになったとされている。

 そんな獅子のモデルになったとされているのがギルガメッシュの従えていた女神イシュタルの随獣である神獣なのだ。ギルガメッシュの死後、彼の息子であるエルマドゥスに仕えていたことは残されていた彫刻のレリーフから確認できているものの、その後神獣がどうなったのかを知る者はいない。そのため、()()()()()()()()()()()()()()()、若しくはその子孫ではないかという説も存在している。だが、メソポタミアとギリシアでは距離が離れているうえに年代もかなり違うので信憑性のない話ではあるが。

 

「…厄介払いは奴に任せておくとして、こちらはこちらで正々堂々勝負と行こうではないか。」

 

 己が神獣を見やり、少々考え込んでいたギルガメッシュだったが、直ぐにディルムッドへと向き直り、不意打ちが得意なこの王にしては珍しく正面切っての勝負を提案した。

 

「少々意外だな。その…貴方はこういった騎士のような決闘に興味がないと思っていた。」

 

 バーサーカーとの戦いを見ていたランサーは当然胡乱な視線で英雄王を見やる。

 

「ふん、確かに俺の戦闘スタイルは正々堂々とは言い難い。しかし、俺は英雄だぞ。必要に迫られない以上は真正面から向かってくるものには同じように己の武勇で応えたいものさ。」

 

 噓でもないが、本当でもないギルガメッシュの言葉。

 しかし、無駄にカリスマ性のある彼の言葉は割と真剣に聞こえたようだ。

 

「流石は我ら英雄の祖と呼ばれる男だ。これはその首を落とす瞬間が楽しみになって来た。」

 

 英雄らしく(見える)堂々としたギルガメッシュの態度に感化されたのか好戦的でいながら爽やかというよく分からない笑みを浮かべるディルムッド。

 

「やれるものならやってみろ。では、尋常に…」

 

「「勝負!!」」

 

 こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。

 

 先手は敏捷性で勝るランサーだった。

 文字通り目にも留まらぬ速さで無手の英雄王へと接近する。

 武術を極めた人ならざる者、英雄にのみ許された高速移動。一呼吸で間合いを詰めたディルムッドはあえて力を抜き弛緩させていた右腕に一瞬で筋肉という名の魔力を注ぎ込み、槍と同化させる。正しく手の延長線上に槍。体の一部と言っても過言ではないほどの一体感。その状態から腰のひねりも加えた完璧な一刺は英雄王の眉間へと向けられていた。心の臓を抉れぬのであれば鎧に守られていない顔を狙うまでのこと。

 本来であれば視認することすら不可能であろう神速の一撃をギルガメッシュは王の財宝から取り出した剣、原罪(メロダック)を盾のように構えることで破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の軌道を逸らすことに成功した。しかし、ディルムッドは双槍使いである。左手に握っている短槍を巧みに操り、ギルガメッシュの首を落とそうと試みる。

 この攻めに対しギルガメッシュが王の財宝より召喚したのは中世の騎士が愛用した盾だった。美し芸術品のような輝きを放つ盾を左の手甲に装着し、ギルガメッシュは自身の首を狙う短槍を迎撃する。

 

 長槍と剣、短槍と盾による攻防はしばらく続いた。

 己の敏捷性を生かしてギルガメッシュの周りを絶え間なく移動して間合いを図り、側面からの攻撃を試みるディルムッドは正しく蝶のように舞い、蜂のように刺すという言葉が似合う。対するギルガメッシュは堅牢な守りでディルムッドの攻撃を防いでいるが、豪奢な黄金の鎧と美麗な盾に長剣も相まってどこか物語の騎士を連想させる。実際の騎士はディルムッドの方なのだが。

 

 だが、状況は動くことになる。何度目かの膠着状態に陥ったその瞬間、ギルガメッシュが盾を前面に押し出してタックルを仕掛けたのだ。

 予期せぬ攻撃にたまらず押し込まれるディルムッド。そして反射的に後ろへと跳躍した彼はそこで己の失策を悟った。

 

「光よ!」

 

 天へと掲げた英雄王の剣に光が集っていた。

 黄金の鎧に盾と天高く振り上げられた光り輝く剣。

 その非現実的で幻想的な英雄王の姿にディルムッドは場違いにも“光の騎士”などという感想を抱いた。

 

 しかし、見とれている場合ではない。今すぐにでも離脱しなければこれから放たれる光の斬撃に呑まれてディルムッドの霊体は消滅するだろう。

 

「なにっ!?」

 

 だが、ディルムッドはその場から移動すること叶わなかった。何時の間にか槍兵の武器である足に足枷のように縄が括りついていたからだ。この縄こそは北欧神話において怪物フェンリルを繋ぎ止めるためにドワーフたちが作り出した拘束宝具“グレイプニル”。伝承の怪物さえ縛り付けた束縛から抜け出す術をランサーは持たない。

 正面対決に応じると見せかけての罠。実にギルガメッシュらしい悪質な手口だった。ちなみにギルガメッシュはこれでもまだ真剣勝負の域を出てないと考えている。ただ行けると思ったからトラップし掛けただけである。

 

「さぁ、光に呑まれて消えよ!原罪(メロダック)――

 

 ギルガメッシュの右手が振り下ろされる。剣から光が溢れ出す。

 この光景を前にディルムッドができるあがきはただ一つだけだ。

 

必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)ッ!!」

 

 稼働する身体の筋肉をすべて稼働させ、全力で放った投擲。

 真名解放に伴い威力の増したその一撃は剣を掲げるギルガメッシュの黄金の手甲に吸い込まれ…

 

「グッ……!?」

 

 先程まで傷一つ付けれなかった鎧を容易く貫いて右腕を貫通した。

 たまらずギルガメッシュは剣を手放す。

 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)はその槍を折るまで永遠に消えない痛みと傷を残す。つまり、現在の英雄王は片腕を潰された状態というわけだ。

 

 ――正しく致命的な隙だった。

 

 しかし、ランサーの援護に回ろうとするセイバーは縦横無尽に暴れ回り、兵士の数を減らす神獣を抑えるので精一杯だ。ライダーもその兵士たちもまた然り。

 ならば自分がと思い、敢えて手元に残した破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)で足元の拘束宝具の解除を試みるが流石に神代の宝具というだけあって上手くいかない。

 

 だが、この機会を逃せば最後、英雄王は決して隙を見せないだろう。

 

(もう失敗はできないっ…!)

 

 ランサーは一度ギルガメッシュを仕留めそこなっている。確かな隙があったにもかかわらずだ。

 ここでまたしくじれば主に合わせる顔がない。

 これは主ケイネスが強大に過ぎる英雄王を仕留めるために、苦渋の決断で他の陣営と協力して挑む作戦なのだ。ディルムッドは忘れない。主の悔しそうな顔を。そして、あまり信用するには至らなかったであろう自分に英雄王の殺害を命じた時の決意に満ちた顔を。

 

 ケイネスが聞けば怒るだろうが、ディルムッドは、英雄王ギルガメッシュの偉大さとその力の強大さに感謝していた。

 何故なら彼の力が、その伝説への畏怖が、眠っていたケイネスの本能を叩き起こしたからだ。すなわち戦うものとしての気概と、騎士を従えるだけの器である。

 不遜にもディルムッドは、ギルガメッシュと戦うことを決意したケイネスの顔を見て初めて、心の底から彼を主として自身の騎士道を全うすることを誓ったのだ。

 彼こそが現世における自身の主にふさわしいと認めて。

 

(ケイネス殿に…いや、わが主に勝利をッ!!)

 

 そう決断すれば迷いはなかった。

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

 雄たけび声をあげて気合を入れる。

 そしてディルムッド・オディナはグレイプニルに繋がれた自身の左足を手元に残った破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)()()()()

 ディルムッドは、痛みを闘志と誇りで塗りつぶし、残された右足だけで地面を蹴り、空中へと跳躍した。

 

 ()()()!喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ

 

 己の槍にただ命じる。

 この空気中に存在する全ての魔素を喰らい尽せと

 あの英雄王を打破するに足る力を己に寄越せと

 

 ――だが、所詮は破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)。対軍宝具ではなく、ただの対人宝具でしかない。

 

(ダメだ!これでは足りない!あの英雄王を倒すには到底たりないッ!!)

 

 悔しさに奥歯をかみしめる。英霊としての己の貧弱さに嫌気がさす。

 

『令呪を持って命ずる――』

 

 

 声が聞こえた。仕えると決めた今生の主の声が。

 これまでの不義を晴らしてみせると誓った相手が。

 

 

『――わが騎士よ、その忠誠を示せ。』

 

 

 

 瞬間、槍を握る右腕の筋肉が膨張した。

 ――血管が何本か千切れたが気にしなかった。

 槍がさらに魔力を喰らい始めた。

 ――槍の表面にひびが入った気がしたがどうでもよかった。

 

 彼の頭の中で一つの単語がぐるぐるとリフレインしていた。

 

 “わが騎士”

 

 その一言が欲しかったのだ。

 自身の主に、騎士として認められたのだ!

 しかもそれだけではない!騎士として最初の命が下されたのだ!

 

 

 “忠誠を示せ”

 

 ハハハハハ!主殿はまだ満足してないらしい。このディルムッドはかつてないほど満身創痍だというのに!

 だが、命である以上は仕方あるまい

 

 主の期待に応えずして、()()()()()()()()()()()()()!!

 

破魔の(ゲイ・)――」

 

 

 紅蓮に輝く槍を構える彼の姿は、

 

 

「――紅薔薇(ジャルグ)ゥゥゥゥッ!!」

 

 

 奇しくも彼の憧れるアイルランドの光の御子に酷似していた。

 

 

 ディルムッドの誇りとケイネスの令呪。

 正しく主従一体となった一撃を前にして流石のギルガメッシュ王にも余裕などなかった。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 相性が悪いことは百も承知だ。しかし、投擲という攻撃に対し、絶対の防御力を誇る宝具もまたこれ以外考えられなかったのだ。

「グッ…!」

 

 もはや最初の奇襲時の威力など比較にならない。

 圧倒的魔力と破魔の紅薔薇が持つ魔力殺しの特性によって瞬く間に花弁が散らされていく。

 

(次の盾をッ…!!)

 

 もはやアイアスで耐えられるレベルの宝具ではない。

 ギルガメッシュは己の判断ミスを悔やみながらAランクの宝具を自身の前に重ねて展開した。

 これで流石に持ちこたえるだろうと思いかけたその時、目の前で展開されていた盾が全て砕けた。

 

(な、に……!?)

 

 眼前に迫る紅蓮の槍を回避することなど、できようはずもなかった。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

 渾身の破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を放ち終えたディルムッドは、空中浮遊後、受け身をとることもできずに無様に地面に衝突した。

 正しく己のすべてをかけた一撃だ。

 

 

 ――だが、

 

「…見事だ。正しく英雄の一撃であった。」

 

 英雄王は倒れない。

 

「馬、鹿な……!?」

 

 驚愕に目を見開くディルムッド。

 そんな彼を見やる無傷の英雄王は、ディルムッドの状態を見て思わず眉をしかめた。

 ひどい有様であった。

 右腕は血管がいくつも破れ、殆ど千切れかけの様な形で辛うじて右肩に繋がっている。

 左足は無く、身体中血まみれであった。

 それでもなお戦う意思を感じさせる眼は素直に賞賛に値する。

 

「俺にこの鎧の真名を解放させたのはいつぞやの神との戦以来だ。一先ず賞賛を受け取るがいいディルムッド・オディナ。貴様は誠の騎士である。」

 

 伝説の英雄王からの掛け値なしの賛辞に対し、ディルムッドはあくまで儀式的に礼を返すだけであった。

 

「…惜しいな。貴様ほどの勇士であれば或いは…いや、言うまい。」

 

 何か大事なことを告げようとした英雄王はしかし、己の私情を抑えた。

 そして、心底残念そうな顔をしながらも淡々と必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)をへし折って、自身の右腕にかかった呪いを解除した。そして未だにギルガメッシュを睨み付けるディルムッドへとボロボロの状態となった破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を無造作に投擲した。

 

「ッ!?」

 

 驚きながらも残った左腕で難なく受け止めたディルムッドは困惑しながらギルガメッシュへと問うた。“何故か?”と。

 

「…応えねばなるまい。忠義の士に――

 

 己が主の命を果たさんとするその矜持に!!」

 

 英雄王が讃える。

 忠誠の大義を、その気高き魂を

 

「故にこそ、貴様には俺の()()を見せてやるッ!!」

 

 英雄王の宣言とともに、彼の上半身を覆う黄金の甲冑がそれぞれのパーツに分かれて弾け飛んだ。英雄王から離れたパーツは、何時の間にか四方八方に展開された王の財宝の門に収納されていく。

 

 鎧を外した彼の肢体は、神秘的な紅い稲妻のような刺青が施されていた。

 これこそ神々から与えられた神の加護の証。神との誓約である。

 

「来い、()()()()()()

 

 英雄王は王の財宝から禍々しい呪いを発する魔槍を取り出し、自身の魔力を注ぎ込んだ。

 その槍は古代ケルトにおける大英雄クーフーリンが師のスカサハより授かったという伝説の魔槍の原典。

 神殺しの際にも使用され、実際に神の心臓を喰らった魔槍を手に、ギルガメッシュはランサーへと背を向けた。

 

「最後に問おう。

 これから俺は、冥界で習得した奥義をお前に放つ。これは避けようのない死の運命だ。

 それでもなお、主の命に従って俺に挑むか?」

 

 返答は、槍を手に無理やり立ち上がったディルムッドの眼が語っていた。

 

「フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ。いざ、推して参る!!」

 

「…いいだろう。忠道大儀である!!この一撃、手向けとして受け取るがいい!!」

 

 ギルガメッシュの背中に刻まれた紋章が輝きを放つ。

 冥界の女主人にしてクタの都市神である女神エレシュキガルの加護である。

 

 運命を、死に至る因果を操るべく、ギルガメッシュの紋章が輝きを増す。

 そして禍々しい魔力によって膨張していく呪いの朱槍。

 

 命あるものならば恐怖せずにはいられない恐ろしい負の気配を前にしてもしかし、ディルムッドの歩みは止まらない。

 手に残った最後の槍を杖のようにして己の体を支えながら、一歩一歩前へと進んで行く。

 その姿は騎士というよりもどこか、尊い巡礼者を思わせた。

 彼を動かす原動力はただ一つ。()()()()()()()()()。ただ、それだけである。その愚直なまでの思いは、彼に最後の一撃を放たせた。

 

冥府へ誘う(ルガルシュガル)――因果の槍(エレキガル)

 

 左腕による破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の投擲は、結局英雄王には届かなかった。

 しかし、ディルムッドの顔に悔いはない。

 

『確かに見届けたぞ。わが騎士の忠誠を。』

 

 最後の主の言葉に満足げな笑みを浮かべながら、忠義の騎士は心臓を抉られ、現世を去った。

 

 




冥府へ誘う因果の槍(ルガルシュガル・エレキガル)

魔槍ゲイ・ボルクでのみ発動するギルガメッシュの必殺技。

元ネタは兄貴の当たらない必中の槍だが、今作のはちゃんと当たる。
神と戦うことになり、手元の武装では心もとなかったギルガメッシュは転生する前の知識から権能一歩手前とされていた兄貴の槍に目を付けた。
ゲイ・ボルク自体は千里眼ですぐに見つけたのだが、因果逆転の呪いは兄貴ないしおっぱいタイツ師匠が編み出したものであるため、ギルガメッシュに使えるはずもない。
じゃあ、こんなんただの紅い槍じゃねぇか!と逆切れしていたところ、偶然にも冥界に迷い込んだ。

そこでエレシュキガルと会ったり何やかんやしているうちに、自分で因果逆転技を作り出せばいいという本末転倒な結論に至り、エレシュキガルの協力もあって本当に完成させてしまった。
そのためこの因果逆転技は、厳密には兄貴たちのとは異なるものなのだが本人は気にしていない。

使用条件として、技を放つ相手にエレシュキガルの加護を見せなければならない。つまり上脱げってこと。

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