実は暫くの間、二次創作やFGOを含め、Fateから距離を取っておりました。理由はリアルの事情にかかわるのでお話しできませんが、こうして舞い戻って参りました。
リハビリがてらちゃちゃっと書こうと思ったらプロット上ではまさかの綺礼ターン。
という訳で難産回です。
言峰綺礼はずっと答えを探している。
人々が美しいと讃える物に共感を示せず、真に情熱を傾けることのできる物を見つけられない歪な己という存在に関する答えを。
決して綺礼がひねくれているとかそういう訳ではない。寧ろ彼は実直で真面目な聖職者である。
故にこそ悩むのだ。
そして聖職者である彼は己が主、即ち
何年、いや何十年と飽くことなくただただ愚直に、真っすぐに信仰を続けてきた。ーーしかし神は答えを返さない。
聖書を擦り切れるまで読み込み、神の敵と闘うために地獄のような鍛錬に耐え、身体を苛め抜いた。ーーしかし神は答えを返さない。
自らの生き方を聖書に委ねた。つまりは聖書に書いてある通りに生活し、信仰し、父を愛し、祈り捧げた。ーーしかし神は答えを返さない。
妻ができた。こんな己を理解し、愛してくれる聖女のような妻が。彼女は己の苦悩に寄り添い、寄り添い過ぎた結果、自ら命を絶った。綺礼が彼女を心から愛していると証明するために。
ーーしかし…いや、
絶望、あるいは失望というべきか。暗い感情が己を飲み込もうとする。何十年問い続けてきたが神は己を救わない。いや、もしかすると…
「そんなはずはない!!そんなことが…あって…たまるものか…」
それに気づきそうになった己を強引に声でもって戒める。そうだ。そんなことがあっていいはずがない。己のしてきたことが無為であったなど。神が我々を救えないなど…
パリンッ
甲高い音を立てて手に持っていたワイングラスが割れた。どうやら力が入りすぎたらしい。
「やはり酒の飲み過ぎはよくないな。酔って正常な思考が保てない」
ガラスの破片を片付けながら言い訳などしてみる。
そうして別のことに思考を割きながら再び浮上してきた考えに蓋をする。もう二度と考えぬように。これ以上苦しまぬように。
『いや全く同感だな。酔うと碌なことにならん』
突如虚空から玲瓏な声が響き渡った。しかし、綺礼は焦らない。寧ろまたかとばかりに呆れの表情を見せた。
「酔いを醒ましにでも来たのか?英雄王。」
「そうさな。偶には安酒で酔いを醒まそうかと足を運んだのだが…珍しいこともあるものだ。あの鉄仮面が苦しみ悶えているとはなぁ。」
黄金の粒子と共に姿を現した英雄王ギルガメッシュはニヤニヤと嫌な笑いを顔に張り付けながら綺礼秘蔵のワインを手に取った。
「今の俺はすこぶる機嫌が悪い…が、貴様の悶える姿を見て多少は溜飲が下がった。ほら、言うであろう?他人の不幸は蜜の味とな。」
「......趣味の悪いことだな。」
ただでさえ悪とされる他人の不幸を自らの幸福の糧とするなどとんでもないことだ。まさに悪趣味だ。許されざる悪徳だ。
しかし、善なる神に仕える綺礼は即座に英雄王の言葉を否定することができなかった。
不可解な己自身に疑問を抱く綺礼をチラリと見やった英雄王は肩をすくめ、飄々と言葉を返した。
「さてどうだかな?趣味嗜好など千差万別だと思うがな。まぁ何はともあれ、乾杯。」
飲むにふさわしい時が来るまで寝かせておこうと決めていた秘蔵のワインが二つのグラスに注がれていく。顔をしかめる持ち主をよそにギルガメッシュは手際よく適度に注いでから片方を綺礼に渡し、乾杯の音頭を取った。
チンッと涼やかな音が響き、二つグラスがぶつかる。
「ふむ、悪くない味だ。喜べよ綺礼。俺の機嫌は回復の兆しを見せつつある。」
「それは結構だ。だが、私にはそもそもお前の機嫌が悪くなった原因がわからないのだが?あの宴では終始ご機嫌に見えたのだが…」
「......貴様はもう少し空気が読めんのか?忘れたいことがあるからこうして安酒に甘んじておるのではないか…」
どこか疲れた中高年のオッサンじみた雰囲気を醸し出しながら英雄王は酒をグビッと飲み干した。
それもこれも宴の最後でテンションの上がり過ぎたギルガメッシュが調子に乗ってエアを解放したことが原因だ。
―――言い訳をするのならあそこまでやる気なかったのだ
ただライダーにばかり切り札を自慢されるのも癪だったので真正面から粉々に打ち砕いただけなのだ。後悔はない。しかし、固有結界を切り裂いた後の皆の反応を見てギルガメッシュは悟った。「あ~あ。やっちゃった」と。もう皆ドン引きだった。ラスボスを見る目だった。
ギルガメッシュの頭の中を様々な憶測が飛び交う。
やり過ぎ。ラスボス。人類悪(ボッチ)。みんなドン引き。
↓
友達zero。どの聖杯戦争行ってもボッチ。カルデアに召喚されてもボッチ。絆レベル上限と共に解放されていく悲しき孤高の黒歴史マテリアル…etc
ともあれ酔いとその場の勢いで盛大にやらかしてしまった。
よって英雄王の機嫌は悪い。Q.E.D. 証明終了。
「…ふん、俺のことはよい。それよりも貴様の抱えている苦悩を話せ。そっちのほうがいい酒の肴になるだろう。」
すっかり機嫌を損ねたギルガメッシュは気持ちよく酒を飲みたいがために綺礼へと無茶ぶりをかます。
「苦悩を明かせとはな。随分と簡単に言ってくれる…」
傍若無人な振る舞いに顔をしかめる綺礼。しかし、しかしである。
その一方でこの全てにおいて規格外なこの男ならば、綺礼の苦悩を少なからず理解してくれるという可能性がないわけではなかった。
「身内にも相談できぬような悩みなのであろう?なればこそ完全に赤の他人である俺に相談するのはそれなりに得策だと思うが。」
英雄王の言う通りである。綺礼にとっては知り合いに話す方が気の引ける苦悩であったため、聖杯戦争が終われば消える運命にある英雄王に悩みを打ち明け、心理的負担の軽減化を図るのはかなり効率的であるように思えた。
◇◇◇◇◇◇
薄暗い廃墟。ただでさえ人が近寄らないであろう場所に、ただでさえ人々は眠りに就くであろう時間帯。そこに魔術的隠蔽も加えれば立派な秘密基地の完成だ。
そんな場所に一人、青いコートを靡かせる青年が佇んでいた。青年は険しい表情で遠くを見据えていたが、やがて何かに気づいたのか前で組んでいた両腕を後ろ手に回した。
「首尾はどうだね?ランサー。」
青いコートの青年、ケイネス・アーチボルトは突如虚空に向かって問いを発した。
『はっ。セイバー陣営、ライダー陣営共に招待状を確かに渡しました。そして件のアーチャーですが、遠坂邸への帰還を確かに確認しました。』
すると、ケイネスの問いへの返答と同時に虚空から美しい青年が姿を現した。美貌のランサー、ディルムッド・オディナである。
「そうか…ご苦労だった。」
簡潔にねぎらいの言葉を掛けるケイネス。しかし、ディルムッドの顔は晴れなかった。
「我が主よ、不遜ながら申し上げますが…些か早急過ぎたのでは?」
「いいや。あの英雄王の突出した戦闘能力を顧みるに時期としては早すぎるはずがない。それは御三家も…あの小賢しい貧乏学生とて分かっているだろう。」
思い出したくない誰かの顔が脳裏に浮かんだのか苦い顔をするケイネス。しかし、すぐにその顔は喜悦に取って代わった。
「それにあの招待状には微弱ではあるが位置を特定できる魔術を掛けておいた。アインツベルンならばともかくあの子泥棒には分かるまい!――きちんと各陣営が解散した瞬間を狙って渡したろうな?」
「もちろんです。遠坂の監視の眼も感知できませんでした。」
一つ頷いたケイネスは改めてこれから立ち向かうことになる脅威。黄金の王の姿を思い浮かべた。
この世界の絶対者として君臨する男。嵐が形をとった災厄。理不尽の代名詞。
「そうだ。遠坂にだけは、強いては
◇◇◇◇◇
「なるほど、自身の歪さを自覚していながらもその正体に至っていないという訳か…」
「......」
結局綺礼はギルガメッシュにすべてを打ち明けていた。これは意外というべきか、ギルガメッシュが聞き上手だったことも関係している。まるで手品のように言葉に詰まる綺礼からするすると話を引き出し、要点をまとめて見せたのだ。
万人の言う美しさを理解できぬ破綻者。自分が捧げるに足る理念も目的も見つけられぬ空虚な人の形をした何か。
そんな自分を再確認する度に綺礼の心は暗雲に覆われていった。
「…貴様は自分が歪であると考えているようだが、そもそも正常な人というものがどういったものであると考えているのだ?」
「万人の共通認識に沿う価値観を持ち、美しいものを愛する者だ。」
「ほう?では万人が定義する美しさとはなんだ?」
「それ、は…穢れなきもの、だ。」
「ハハハハハ!穢れなきものか!これはまた珍回答だな!――まぁ、不正解という訳でもでもないがな。」
「…どういう意味だ?」
「なに、美しさの定義なぞ俺にも分からんということさ。結局のところ美を見出すのはそれぞれの感性。つまり、美しさとは主観だ。それを貴様は
「しかし…」
美しさの基準は確かに人それぞれ異なるだろう。しかし、それはあくまでも細かい話だ。問題は綺礼の持つ価値観がこの世界に生まれてはならないものであったことだ。
「どうした?よもや貴様の持つ悪性はこの世にそぐわぬものとでも考えているのか?」
「当然だろう。貴様のような人ならざる魔性の者ならば他者の辛苦を蜜の味とするのも頷けよう。しかし!それは許されざるものだ。少なくともこの私が歩む信仰の道においてはな!」
何年、何十年と積み上げてきた信仰の道。今や綺礼の人生の大半を占めるそれは鍛え上げた鋼の肉体と同様に己という存在を示す一つのものになっていた。
揺るぎない綺礼の信仰心を垣間見てか、ギルガメッシュも何かを見定めるように目を見開いた後、何かに納得したように目を閉じて吐息を漏らした。
「…ふむ。どうやらその信仰心に偽りはなさそうだ。しかしまぁ、なんとも難儀な男よなぁ…それではさぞかし生きにくかろう?」
「…貴様に同情される謂れはない。それに生きにくいからこうして苦しんでいるのだ…」
「ハハハハハ!そうであったな!貴様に苦悩を明かせと言ったのは俺であった!」
上機嫌に高笑いする英雄王。ここに来ていよいよ綺礼の堪忍袋の緒はブッツンと切れそうになっていた。それはそうだろう。人から苦悩を引き出しておきながら自分はそれを肴に美味しく酒を飲んでいるだけ。
溜まっていくフラストレーション
握られていく拳
懐に忍ばせた黒鍵
臨戦態勢の神父を見て流石にからかい過ぎたと感じたのか、ギルガメッシュは真剣な面持ちになると綺礼と向かい合った。
「さて、貴様の歪な魂の在り様をこの時代の言葉で説明すると…うむ。貴様はあれだ、ドSなのだ。」
「......はっ?」
突如発せられた性的嗜好の話に綺礼は一瞬固まり、そして一気に頭へと血が上っていくのを感じた。
「貴様!ふざけるのも大概にしろ!原初の王だか何だか知らないが、私を玩具にして楽しいのか!」
「ふざけてなどおらんさ。実際にその通りだろう?貴様は人の苦痛や嘆き、不幸に快楽を見出す者だ。」
「......」
「その
「私をあれらと一緒にするな!…確かに人の不幸に愉悦を見出していることは遺憾ながら認めよう。しかし!私はあのようなものを断じて認めない!私は…」
「偽物では満足できぬ。違うか?」
「ッ!?」
「それが貴様の質の悪いところであろうな。貴様は人を深く愛しすぎているがゆえにあのような紙媒体の
「私が人を、深く愛している?」
「無論だ。『好きの反対は無関心』と言うであろう?まさにその通りだ。事実貴様は人以外のものから真の愉悦を感じられぬのだろう?二次的な創作物を俗物と切って捨てるその姿勢を見ればわかる。」
「…しかし、私が人を深く愛していたとしても、それは許されざる、悪徳だ…」
「自身の
「…つまりは臭い物に蓋をしているだけだと言いたいのか?」
「その通りだ。しかし、それでもまだ需要が多少なりとも残っているからああして深夜のコンビニのブックコーナーに人が群がるのだ。」
「いや、それはあまり関係ないと思うが…」
やはり例えが悪かったか、と英雄王は頭を搔き、またまた酒を煽った。
綺礼からしてみれば英雄王の話は何というか…意外と役に立ったように思えた。まるで、自分という存在をあっさり許されたように感じ、気持ちが楽になった。しかし、
「…それでも英雄王、私には分からないのだ。なぜ、私のようなものが生きているのかが、そしてどうすればいいのかが…」
どうしてもその答えだけが分からない。
自身の歪さは認めよう。それが人への愛とやらから来るというのも何となく理解はできないが納得はした。
しかし、だからこそ
どうしてその愛が人の苦しみへと繋がるかが分からないのだ。
「ふむ…察するに、自身の性は認めたがそこどまりか。先ほど貴様は『許されざる悪徳だ』と言ったな。そも、
「悪とは…?」
考える。聖書を、世の定理を思い出す。
しかし、どこにも明確な定義はなく、英雄王を納得させるような言葉は出てこなかった。
諦めて首を振る綺礼を見て英雄王が口を開いた。
「先ほども言ったであろう。それと同じだ。
どこか透き通った真紅の瞳が綺礼を見据える。
「貴様の問に答えを返そう。なぜ?という問に答えはない。何故ならば貴様は俺のような存在と違って、明確な目的の元作成された個体ではないからだ。その
故に、恐れることはない。悲観することはない。それも貴様だ。」
朗々とした響きで語られる言葉に綺礼は聞き入っていた。一言一句見逃すものかと耳を立て、聞き入っていた。
「次に…
故に、恐れることはない。悲観することはない。それも
どこか子供に言い聞かせるような優しい声音だった。
不安を取り除くようにゆっくりと、しかしハッキリと脳に言葉が染み込んでいく。
「…王よ、私はどうすれば?」
「貴様が求める愛は必ずや周りに災厄をもたらす。それを理解した上で自身の
ギルガメッシュの言うとおりだった。
言峰綺礼という存在、そして愛を知った時、これまでの人生が、妻の顔が浮かんできたのだ。
あの日々が、妻の死が走馬灯のように流れ、ずっと追い求めていた答えと駆け寄ろうとする己をせき止める。
「幸福とは絶望から遠ければ遠いほどに大きくなる。無上の喜びとはな、苦の果てに得られるものなのだ。迷い続けるがいい、言峰綺礼。貴様がこれから歩む苦難の先に貴様だけの答えがある。」
「…英雄王、感謝する。そして、すまない。」
「ふん、謝ることはない。さっさと行け。」
再び酒を飲み始めた英雄王に一礼した綺礼は隠れ家の2階へと向かった。
此処はマスターとして戦うことになった綺礼に与えられた場所。
全体的に埃臭い印象を与える家の中でその部屋だけは清潔で、神聖な場所だった。
まさに塵一つ許さぬとばかりに隅々まで清掃されたその部屋で輝く十字架。
その下に跪き、両手を固く握った。
―――主よ、今一度誓います。貴方のお教えに従い、我が生を全うすると
言峰綺礼は答えを与えてくれた王から背を向け、己が主へと誓った。
◇◇◇◇◇
「…来たか。」
緊張で固まった身体を軽く動かしてほぐし、ケイネスは努めて朗らかな笑みを浮かべ、表へと出向いた。
「あら?そっちから呼び出しておいて遅れて登場とは、随分な御身分ですこと。」
姿を現したケイネスへと鈴の音が成るような上品な声で非難が飛ぶ。
その安い挑発には乗らずケイネスは笑みを維持したまま言葉を紡いだ。
「お待たせするつもりはありませんでした。しかし、客人が全員揃っていないのに主催者がいきなり登場というのもどうかと思ったもので…」
「?どういう意味かしら」
――その時、雷鳴が轟いた。
「アァァァァァラララライィィィィィ!!」
特徴ある野太い掛け声。そして遅れてエコーで響く少年の悲鳴。
間違いなくあの陣営だ。
「ふぅ、…ん?セイバーではないか!?さっきぶりだなぁ!」
「はぁ!?何でセイバーが…」
やはり罠だったか、とセイバーは冷静に分析し、聖剣へと手を掛けた。
宴の後直ぐに渡された誘いの文。その渡し方も怪しかったが内容はもっと胡散臭かった。
しかし、セイバーの真の主であるあの男はこの誘いに乗れというのだ。
命令が下った以上は出向かざるを得ない。渋々やって来たセイバーだったがどうやら文を送られたのはこちらの陣営だけではなかったらしい。
「これはどういう要件だ
聖剣エクスカリバーの切っ先を青いコートの魔術師ケイネス・エルメロイ・アーチボルトへと向ける。
常人ならばそれだけで気を失いかねない気配の中、ケイネスはゆっくりと両腕を広げ、高らかに宣言した。
「用件は簡単だ。ようこそ!英雄同盟結託会議へ!」
ここにボッチ補完計画が始動した。
まぁ、綺礼さんは救われないということで…