新・ギルガメッシュ叙事詩   作:赤坂緑

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長くなりそうなので、区切りのいいところで切って後編までつなげたいと思います。
聖杯問答はどうしても長くなってしまいますが、お許しください。

それと......今日のパパガメッシュは本気(マジ)ですぜ!


王の宴≪中編≫

杯に注がれた液体は神秘的な色合いで視界を塗りつぶし、ありえないほど芳醇な香りで激しく脳を揺さぶり、理性を刺激してくる。

されど、自分は王である。たかだか酒程度に理性を奪われるなどという失態は侵さない。

 

 

「っ!?」

 

しかし、そんな決意も一口、たった一口含んだだけで吹き飛びそうになった。

安易に感想を述べることもままならない。ただただ美味いという感情にのみ支配され、邪魔な喉を切り裂いてでも欲望のままにこの酒を掻っ攫いたい、という強烈な餓えに襲われる。このまま欲望に任せて飲み続けると、この酒の傀儡になりかねないほどだった。

 

「...舐められたものだな」

 

されど、彼女こそかつてのブリテンの地を救いし騎士たちの誉れたる『騎士王』。十二の会戦全てを己の勝利で乗り切り、一時期とはいえ、ブリテンに平和をもたらした英雄に他ならない。

どれほどの美酒であろうとも酒に違いはない。残念ながら、騎士王の理性を落とすには至らなかった。

 

「なるほど...貴方の意図が読めましたよ英雄王。まずはこの美酒に耐えられるかどうか私たちを試したのですね?」

 

そして同時に納得した。これほど強烈な美酒を相手にしては並みの英雄では直ぐに理性を溶かされ、落ちてしまうだろう。だからこそ敢えてこの酒を自分たちに振る舞い、王の器に相応しい英雄かどうか試そうというのだろう。

 

ーー面白い!

 

すでに王の宴は始まっているのだと悟ったセイバーは不敵な笑みと決意を持って面を上げた。

 

「うっま!えっ?うま過ぎるだろうこの酒!もう一杯もらうぞ!」

 

「うまいのは当然であろう?なにせこの酒は......って貴様!注ぎ過ぎだぞ戯け!一杯の意味を分かっておるのか!?」

 

「けち臭いこと言うでない!お主はいつでも飲めるであろうが!」

 

「戯け!貴様は俺の妻の怖さを知らんからそういうことが言えるのだ!......休肝日怖い......」

 

「そ、そうか......なんかすまんかったな。そら飲め飲め!今宵はお主の嫁もおらん。羽目を外そうぞ!!」

 

 

「......」

 

 

そこには何事もなく酒に呑まれている征服王イスカンダル(どうしようもないバカ)英雄王ギルガメッシュ(ただのアホ)がいた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「では改めて、これより聖杯問答を行う。このような機会は二度となかろう。存分に己の懐の内を語るがよい。」

 

セイバーの居酒屋の前に放置された汚物を見るような視線に耐えきれず、渋々杯を置いたギルガメッシュは威厳をもって宣言した。

 

「おう!では早速......英雄王よ、お主の懐の内聞かせてもらおうか。」

 

「?別に構わんが、意外だな。てっきり貴様が我先にと語りだすかと思っていたのだが......」

 

「ふむ。確かに余も己の王道を語って聞かせたくてうずうずしておるがな、しかしそれ以上に今回の聖杯戦争で一番気になっているのはお主なのだ英雄王。」

 

「ほう?」

 

「英雄王ギルガメッシュ。古代ウルクに君臨した人類最古の英雄...即ち我ら英雄の祖たる存在。神を殺し、富も名もこの世のありとあらゆるものを手に入れた男。何故お主ほどの大英雄が聖杯なんてもんを求めて参戦したのかが余には分からんのだ。」

 

「ふむ。では要求通りに俺から語るとするか。まずはっきりと言っておくと、俺は聖杯などというものに微塵も興味はない。俺を現世に呼びつけたシステムそのものは見事だが...それだけだ。」

 

聖杯を奪い合う戦争に参加しておきながら、戦利品には欠片も興味がないと英雄王は言い切った。

 

「俺が現世に降臨した理由は神の手から解放された人間たちの今に興味があったからだ。俺が神々の手から人間を解放しておよそ4000年の時が流れた。自然は人間たちの生存力によって文明へと変革させられ、神秘は大きく衰退した。人間たちもそのありようを大きく変えた。正直俺の出る幕はもうなかろうと座にて人類史を眺めておったが......まぁ直接自分の目で確かめなければ分らんこともあると言うからな。いい機会だと思い、こうして出てきた次第だ。」

 

淡々と語られる英雄王の語りに目を見開いたのはセイバーであった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!確か英霊の座は時間軸とはまた異なった時空に存在すると聞いているのですが...」

 

英霊の座は現世から隔離された場所にあり、およそ“時間”という概念が存在しないのが通常である。

仮に英雄王の座だけ特別であったとしても、4000年もの間人類史を見守り続けるということがどういうことなのか。

セイバーは想像しただけで目眩がしそうだった。取り敢えず、普通の人間であるならば、たやすく精神が崩壊するか若しくは直ぐに逃げ出すであろうことは想像に難くない。

 

「その通りだ。だが俺の座は少々特殊な位置付けでな......まぁ面倒だから説明はせんが。それに時空の隔たりがなんだというのだ?我が(まなこ)は時間、空間に左右されることなく事実を映す。人類史を覗き見るなど造作もない。」

 

「......では、貴方はずっと見守り続けてきたのですか?人類史を、およそ4000年もの間......」

 

「あぁ。.....何をそんなに驚いている?」

 

セイバーは絶句し、口をあんぐりと開けている。というかその顔可愛いな。間抜けな顔のはずなのに、セイバーがやるだけで普段の凛々しい顔とのギャップが生まれて余計魅力的に映る。美人は得とはこのことか...

 

 

しかし...征服王テメェはダメだ。正直吐き気しかしないぞ。

 

 

 

というかなんで二人とも驚いているんだ?そんなに驚くようなことか?何も4000年間生きていたという訳ではないのだ。ただ見ていただけ。

 

「っ!驚くに決まっています!どうしてそんなに長い間見守り続けてこれたのです!?いったい何の義務があってそのようなことをしているのです!?」

 

半ば叫び声のようになりながらもセイバーは英雄王に問いかけた。

 

ーー何が原因でこんなに取り乱しているのかは分からないが......これは真面目に応えねばなるまい。

 

英雄王はその質問を機に意識を完全に切り替えた。“人”よりの意識から4000年間人類史を見つめ続けてきた“王”としての意識へと。

 

「人類史とは、俺が神と人間の縁を完全に断ち切った瞬間から始まった。まぁ、度し難いことに俺が解放したにもかかわらず人の弱き心は自分たちを擁護する存在として新たな神を作り出していたがな。ともあれ、俺が言いたいのはこれまでの人類史は俺の下した裁定によってその歩みを進めてきたということだ。」

 

「そ、それは全てが貴方の責任という訳ではないのでは...?」

 

突如変わった雰囲気に戸惑いながらもセイバーは思わず全てが自分の責であるかのように話すギルガメッシュに問いかけていた。

いや、もしかしたらそれはセイバーなりの心遣いだったのかもしれない。全てを貴方一人で背負う必要はないという....

 

 

ーーしかし、英雄王はそんなセイバーの気遣いも軽く蹴り飛ばしていく

 

「いや、俺にはこの未来が()えていた。......確かに今に至るまでに数え切れないほどの人間の決断と人生が積み重なってきているのは理解している。だが、間違いなく神を廃したあの瞬間、俺は人類が進むべき長い航路の最初の舵を切ったのだ。世界を乗せて、な。なればこそ、その行き先を見守るのは決断を下した王として、舵を切った者として当然のことであろう?」

 

英雄王は杯に残っていた酒を全て飲み干し、圧倒的な覇気と確固たる決意でもって朗々と語り始めた。

 

「我が名はギルガメッシュ。ウルクの王にして神の鎖を断ちし者、原初の舵を取りし者。我が(まなこ)は人の歩みを見守り、真実を読み解く紅玉の(ひとみ)。我が手足は人を諫める黄金の(かいな)。我が剣は世界を語る原初の理。我より先に王はなく、この星の後に在る王は我のみ。我は星の終わりまで“人”の行く先を見届ける最果ての王。人は移り変わろうとも、我は最期の時まで変わらず在り続けようぞ。」

 

自身が人類の行き先を決めたと言い切る人類最古の英雄王。それは聞くものによっては傲慢であると非難し、その身勝手さに呆れるだろう。

 

しかし、セイバーは人類を、世界を背負うと言ってみせたこの英雄に幼き頃に覚えた感情を思い出した。

 

恋に狂う娘のように

 

手に入らないと知りながらなおも手を伸ばす愚者のように

 

ただただ胸を焦がす純粋な憧れ。

 

 

 

 

 

 

「うむ。英雄の祖に恥じぬ見事な口上であった。」

 

英雄王の語りの余韻に突如征服王イスカンダルが割り込んできた。いつもの笑みを消した“王”としての顔で。

 

「貴様がどれほどの覚悟をもって神を廃し、英雄になったのかはよく分かった。なればこそ......余が世界征服を始める時、貴様は()として余の前に立ちはだかるという認識で良いのかの?」

 

「そうさな......まぁ状況によるだろうな。貴様が受肉の一つでもして一人の人間として征服を開始しようというならば別段俺はそれを咎めるつもりはない。それもまた一つの歴史だろうからな。しかし、死人である貴様が今の歴史に土足で踏み入り、荒らそうというのならば、俺は容赦なく貴様を処断するだろう。」

 

「ふむ......」

 

何やら考え込む征服王を尻目に英雄王は気ままに酒を流し込んでいたが、ふと黙ったままのセイバーが気になったのか声をかけた。

 

「どうしたセイバー?先ほどからだんまりを決め込んでいるが....お前も語りたいことがあるのならば杯を置いて言を発するがよい。」

 

英雄王の言葉を機に征服王もまた顔を上げ、セイバーの語りを聞く姿勢を見せた。

 

完全に場の流れが自身に向けられたのを感じ取ったセイバーは小さく深呼吸をし、決意新たに語りだした。

 

 

 

 

「私の願いは......故国の救済です。万能の願望機をもってブリテンを、滅びの運命から救う。」

 

 

「......」

 

 

場に静寂が訪れる。

 

 

 

 

静かに腕を組み、セイバーの願いを吟味する英雄王ギルガメッシュ。

耳が痛くなるほどの沈黙の中、口を開いたのは

 

「......なぁ騎士王よ、貴様は自身が語った願いがどのような意味をもっているのか、本当に分かっておるのか?」

 

先ほどまで黙って英雄王の口上を聞いていた征服王は真剣な眼差しでセイバーを見据えていた。

その目はセイバーを責めるように苛烈でありながら、どこか憐れみも含まれているようにセイバー感じた。

 

ーーふざけるなっ!

 

セイバーがその視線に対して感じた感情は憤りであった。

セイバーの願いを真っ向から否定するのならばまだいい。例え何を言われようとも、自分は自分を信じてくれたあの民たちを救うだけのこと。

 

しかし、憐れみなど以ての外であるとセイバーは断じる。自身の願いに憐れみを受ける要素などない。

 

「貴様がしようとしているのは。共に時代を築いた仲間たちに対する裏切りだ。よりにもよって王たるものが自身の行いを悔やみ、やり直しを求めるとはな......嘆かわしいことだ。悪いことは言わん。今すぐに剣を置き、自身について見つめ直せ。」

 

しかし、征服王は流れ出る言葉を止めない。それはセイバーが妄執に取りつかれた哀れな小娘であると悟ったため。また彼が“人”として王になったためか......ともあれセイバーには理解できないだろうが、これは慈悲であった。妄執から娘を解き放たんとする征服王なりの。

 

「っ!王であるからこそ悔やむのだ!身命を捧げた故国が私の決断によって滅んだのだぞ!?これを救おうと思うことの何がおかしい!?」

 

悲痛な声でセイバーは叫ぶ。認められぬと、あんな結末は断じて認められぬと......

 

 

「なるほど、どうやらお主は決定的に“王”というものを履き違えているようだな。よいか?王が捧げるのではない。国が民草がその身命を王に捧げるのだ。断じてその逆ではない。」

 

「ッ!それは......」

 

()()

 

突如割り込んできた声の持ち主にセイバーは目を見開いた。

 

「......今何と言ったのです?英雄王」

 

()()、と言った。征服王の言うとおりだ。王に民草がその身命を捧げ、王はそれを預かる。それが俺の考え方だ。」

 

セイバーは愕然とした後、激しい怒りに襲われた。よりにもよって貴方が、と。

 

「.......それでは暴君の治世ではないか。」

 

何かに耐えるようにして絞り出されたセイバーの言葉には怒りと失望が混じっていた。

事実彼女は裏切られたかのような心境だったのだから。

 

「捉え方によっては、な。」

 

しかし、そんなセイバーの心境など知らぬとばかりに英雄王は飄々と呟く。

 

「......“王”とは人間たちの上に立つ絶対君臨者の名だ。高みの玉座から人間たちを動かし、国を守って文明を発達させる。預かった民たちの身命を礎としてな。だからこそ、その責務には最期まで見守る義務が発生すると俺は考える。」

 

礎となった者たちのためにも最期まで見届ける。そんな本来ならば背負う必要のない義務を律儀に4000年もの間背負い続けてきた英雄王の語る“王”の姿に思うところがなかった訳ではない。

 

「......例え、その最期が無残な滅びであったとしてもですか?」

 

しかし、それでもセイバーは問わずにはいられなかった。滅びの運命をその眼で受け入れることができるのか?と。

 

「無論だ。事実俺はウルクの滅亡をこの眼で見届けている。」

 

そして帰ってきた簡潔な答えにセイバーはまたもや絶句した。

 

「あ、あなたは自分の国が滅んだ姿を見て何とも思わなかったのですか!?もう一度やり直したいと思ったことはないのですか!?」

 

「何とも思わなかったわけがあるまい。言うまでもなく悲しかったさ。しかし、やり直しを求めようとは思わなかった。」

 

「何故です!?」

 

もはやそれは絶叫だった。理解できぬと首を振りながらセイバーは英雄王へと問い続ける。答えを求めて。

 

 

「それが、王の責務だからだ。」

 

 

「えっ?」

 

返ってきた言葉の意外さにセイバーは目を真ん丸に見開いて例のごとく口を半開きにした。

 

「民を愛し、国を治め、後継者へと受け継がせる。これが理想の王というやつだろう。しかし、優れた王であるならば、皆が知っていることがある。やがては滅びゆく運命にあるということだ。どれほど栄華を極めようとも、法を作り、人を戒めようとも、それは繁栄の影に常に潜んでいる。なればこそ受け入れる他あるまい。なにせすべての民の身命は王の手元にあるのだ。王がいつまでも滅びを認めず民たちの身命を手放さないなど、それこそ暴君に他ならない。」

 

一旦言葉を切った英雄王は何時の間に注いだのか、またもや酒器を傾けてから再び語りだした。

 

「先ほども言ったが、全ては王に責任がある。それが繁栄であれ、滅びであれな。だからこそ受け入れなければならんのだ。王が認めずして誰が国の終わりを認めるというのだ?それに、後に続く者たちもいる。彼らのためにも潔く認めるのが王というものだ。」

 

認めろと、受け入れろと英雄王は言う。

しかし、それは貴方が強いからできただけの話。

私にはとても......

 

「......まぁこれはあくまでも俺の王道だ。貴様に認めてもらいたい訳ではないし、真似されても困る。古き王の独り言ゆえ小耳にでも挟んでおけばよい。」

 

セイバーの葛藤を見抜いた英雄王はしかし、またのんびりと酒を飲み始めた。

 

そして、月を見上げて一言

 

 

 

「.....明日は二日酔いか」

 

聖杯問答はまだ終わらない。

 

 




補足説明

ギル君は友達探しが本当の理由と言いましたが、ギル君は何も星の終わりまで一緒にいてくれるような友達を探しているわけではありません。最期は一人きりと知っているので......
よって彼が探しているのは最期の時を迎えた時、直ぐに思い出せるようなインパクトの強い友達です。
ようは.....青春時代(聖杯戦争)の思い出ということですね!

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