これからもよろしくお願いします!
まず、グラスに注いだその液体の色彩をじっくりと眺め、目を楽しませる。窓から差し込む月の光を受けて赤く輝くその液体はそこにあるだけで一つの芸術品のような存在感を放っている。間違いなく最高級の品だ。
次いでグラスを鼻まで近づけ、その香りをじっくりと堪能する。選び抜かれた素材から作られた芳醇な香りが脳を刺激する。
最後に仕上げとして妖しく輝く赤い液体を喉に流し込む。決して下品にはならないように、あくまでも優雅に。
喉を甘く、苦い味が駆け抜ける。
冷めているくせして身体を芯から熱くさせるという一瞬矛盾した至高の飲み物、赤ワインを優雅に堪能したグラスの持ち主は一言呟いた。
「.................不味い。」
"いや味は悪くないんだけれども”と誰かに言い訳するかのように心の中で呟いたグラスの持ち主ギルガメッシュは酒の不味くなった原因へと顔を向けた。
「桜?」
「...............」
そこにはギルガメッシュから事情を説明され必死になって娘に話し掛ける時臣と、それをぼんやりと聞き流している桜というどこか致命的にずれた親子再会の光景があった。
ちなみに雁夜は話を拗らせるばかりだと判断したギルガメッシュによって治療を施された状態で遠坂邸の一室で寝かされている。
「........はぁ。桜、今夜はもう眠るがよい。」
ギルガメッシュの言葉に素直に頷いた桜は時臣に一礼をしてから部屋を退室した。
そんな人形のような自分の娘を見送った時臣は苦しそうな表情で語り始めた。
「...........王よ、私は桜の幸せな未来を願っていました。その恵まれた才能でもって自分の道を切り開き、立派な魔術師となってくれる未来を。だからこそ間桐の家に託したのです。間桐ならば必ずや桜に幸ある未来を与えてくれると。それをまさか魔術師の教育も受けずに胎盤としての扱いを受けていたなどと.......許されることではない!」
時臣は激怒していた『桜が魔術師としての教育を受けていなかったこと』に。
ギルガメッシュは時臣の激白をどこか冷めた眼で見ながら桜と引き合わせた時も桜が蟲に犯されていたことよりも胎盤としての扱いを受けていたことに怒っていたことを思い出した。
この男は根本的に人とは考え方の異なる生き物なのだと今になってギルガメッシュは悟った。
「それにあれほど心を閉ざしていては魔術を行使することさえもままにならない。このままでは桜は..........王よ、どうか私に助言を授けてはいただけませんか?」
頭を下げてギルガメッシュに頼み込む時臣。
正直そこまで肩入れする必要もないのだが臣下の礼をとる者の頼みとあれば捨て置けない。ギルガメッシュは取り敢えず思考する。
まず、魔術云々は置いておいて桜を『人』に戻すところから始めなければならないだろう。あの状態では自分で自分の道を定めることも出来ない。
心を閉ざした子供にはやはり肉親の愛情が一番効くのだろうが残念ながら魔術師としての常識に囚われた時臣の致命的にずれた愛情だけでは意味がないだろう。となれば........
「あの娘の才能についてはひとまず置いておくとして、貴様のもう一人の子供と妻はどこにいる?」
「禅城の実家に預けていますが?」
「直ぐにこちらに呼べ。まずは凍り付いた娘の心を溶かすのが先決だ。でなければ貴様のいうところの立派な魔術師になる前にこの世を去ることになるぞ?」
精神の弱さはそのまま肉体にまで影響を及ぼすことがある。生きる気力を失い、刻印虫を全て取り除かれた今、病気などにかかった場合果たして抵抗することができるのか。
取り敢えず母親の加護は必要不可欠だろう。
さらに時臣もまた必要だ。あの虫けらに何をされたかいまいち分からない部分がある以上はこの父親もまた必要だろう。
「し、しかし今は聖杯戦争の途中です!もしものこと『黙れ』.......」
「貴様は王に助言を求めておきながらそれを自分で遮るのか?いいから最後まで聞け。」
いつもよりも威圧的な覇気を纏ったギルガメッシュに反抗できるはずもなく時臣は黙るしかなかった。
「さて、まずはお前たち親子で以前のような生活をするのだ。その時に桜に自分が必要とされていると実感させよ。例えば.....お前がいなくて寂しかったとか料理の手伝いをさせるなど所々でアピールするのだ。子供というのはな、大人とはまた違った意味で己の地位に固執するものだ。その地位を与えてやればそれなりに満足する。時間はかかるだろうが根気強くやっていけばそのうち変化も現れるだろう。永遠に心を閉ざしたままでいるにはあの娘はいささか若すぎるからな。ここまではいいな?」
無言で頷く時臣。
「次に心が良い方向へと回復した場合だが、どうしても魔術師にしたいと言うなら新たな後見人を探す必要があるな。通常ならば苦労するのだろうが...........喜べよ時臣、今この冬木の地には優秀な魔術師が集まっているのだろう?選び放題ではないか?.........となると、取り敢えず書類選考をしておくか。聖杯戦争の参加者の情報をよこせ。」
ギルガメッシュの勢いに流されるまま時臣は参加者のプロフィールが記載された紙を渡した。
その一枚一枚に目を通し吟味するギルガメッシュ。役に立たないと判断された紙は次々と床に捨てられ、手元に残ったのは一枚だった。
「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。こいつならちょうどいいのではないか?経歴を見る限り、あの虫けらのように気色悪い魔術の使い手ではないうえに純粋に優れたキャリアの持ち主だ。人柄は貴様が直接出向き、決闘でも仕掛けて自分で確かめよ。」
............結構いい案な気がしてきた。決闘の際にこちらが勝てば命を奪わぬ代わりに桜を養子に迎え入れてくれるように提案しておけば......
名門アーチボルト家の名は勿論時臣も知っている。あそこならば桜の才能の稀有さに気づき、適切な指導を施してくれるに違いない!
「ふむ。結論は出たようだな?最後に貴様の妻子のことだが、取り敢えずこの屋敷を俺の宝具で要塞化させ、さらに護衛も付けてやろう。これでサーヴァントに襲撃された場合も令呪を使うくらいの余裕はできるはずだ。異論はないな?」
勿論異論などあろうはずもない。そうと決まれば早速葵に連絡を......
「待て、大事なことを言い忘れていた。」
部屋の重力が変わった。そう形容してもおかしくないほどに英雄王の覇気が強く、重くなったのを感じて時臣は無意識のうちに背筋を伸ばした。
「...........よいか、子は親を裏切るものだ。いずれは親の思惑から外れ、自分自身の道を定めて高みを目指す。だからこそ子の裏切りは必定だ。しかし、親から子への裏切りは許されん。断じてな。もし仮に親から裏切られた場合子供はどんな目に合うと思う?
例えるなら目を塞がれた状態で知らぬ道を歩かされることになるのだ。
分かるか時臣?貴様がやったのはそういうことだ。お前はあの娘を裏切ったのだ。
碌に道を照らすこともせず、あの娘にひたすら茨の道を歩かせたのだ。
せめてもう少しあの虫けらが娘を欲しがった背景を考えるべきだったな。」
「.............」
時臣は何も言えなかった。ただ寂しそうな顔で遠坂家から旅立つ桜と心を閉ざした桜の顔が頭の中を駆け巡っていた。
「あの娘は今はまだ心を閉ざしているがその心が開いた時は覚悟するがいい。もしかすると貴様............自分の娘に殺されるかもしれんぞ?」
固まる時臣に背を向けてギルガメッシュはグラスをもう一度傾けた。
「..........やはり、不味いな。」
申し訳ないのですが暫くリアルの都合で執筆活動ができないと思います。
そんなに時間が掛かるとは思いませんが次回まで少し間が空いてしまうことをお許しください。