間桐臓硯は使い魔からギルガメッシュが去り、戦意を削がれたのか次々に戦場を離れるサーヴァントたちを見届けた後、苛立ちと共に手に持っていた杖を地面に叩き付けた。
「おのれ!英雄王ギルガメッシュだと!?遠坂の小僧め、一体どのような手を使ったのだ!」
時臣は普通に召喚しただけだが、時臣がそのことを説明しても臓硯はきっと納得しないだろう。
ーー実は、臓硯もまた過去の聖杯戦争でギルガメッシュを召喚しようとしたのだ。
触媒は英雄王が大洪水を切り裂いたことで誕生したという「ギルガメッシュ川」の川底にある祭壇の一部だった。
アインツベルンや先代の遠坂当主のように汚い手段を使って入手したわけではないので臓硯は絶対の自信を持って召喚の儀式を眺めていた。
しかし、ギルガメッシュは召喚に応じなかった。
結局他のサーヴァントを召喚することになった間桐は惨敗。
そしてアインツベルンの妙なサーヴァントを見た臓硯は今回の聖杯戦争を様子見として諦めることにした。
しかし、......流石に目の前で召喚を狙っていたサーヴァントの力を見せつけられれば苛立ちもする。
だが同時にこれでギルガメッシュが召喚可能なことは分かった。
雁夜も遠坂時臣に憎しみを抱いているようだし遠坂邸を襲撃させて聖遺物を奪い取れば次の聖杯戦争こそあるいは........
「さて、この苛立ちは雁夜にでもぶつけるとするかの.......」
雁夜が帰宅したことを察した臓硯は歪んだ笑みを浮かべながら杖を拾って歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
雁夜は痛む身体を引きずって間桐邸への帰路へと付いていた。
「くそっ!何なんだあのサーヴァント!?ふざけやがって!.......時臣め......このままじゃ.....終わらせないぞ......俺は...お前を倒して.....必ず桜ちゃんを........救う!」
気の狂いそうな刻印虫と耐えがたい屈辱に打ちひしがれながらただ恨み言しか口に出来ない自分を呪う。
"やはり自分は遠坂時臣には一生勝てないのか?”
そんな弱気な気持ちにまでなって来た。
「くそっ!」
そんな気持ちをごまかすために近くに落ちていた空き缶を塀に手を付きながら無事な右足で蹴り飛ばす。
カランッ
ちっとも前に転がらない空き缶さえも憎かった
「くそっ!くそっ!くそっ!」
間桐邸に着いた雁夜は苛立ちながらドアを乱暴に開け放つ。
『戻ったか雁夜よ。ちと相談したいことがあるのでな、地下の蟲蔵に来てもらえんかのぉ。』
家に足を踏み入れた瞬間鳴り響く臓硯の声。
取り敢えずそれに従って蟲蔵まで降りていくとそこには何やら苛立ちと喜悦が混じったような複雑な顔をした臓硯がいた。
「取り敢えずご苦労じゃった雁夜。あのサーヴァントを相手によく健闘したな。」
珍しく純粋に雁夜を褒める臓硯.........正直気色悪い。
加えて言うと屈辱に耐えている雁夜からすればそのねぎらいの言葉すら苛立ちの原因となった。
「フンッ。どうせ俺のバーサーカーはあっけなく串刺しにされたよ。口ではそう言ってるが臓硯、お前も俺のサーヴァントがあっけなくやられるのを見て嬉しかっただろう?」
「いやいや何を言う、儂は純粋におぬしを褒めておるのだぞ?素直に喜ばんか。こんな機会二度と訪れんぞ。」
「そうだ。親の称賛は素直に受け取るものだぞ。それにお前のバーサーカーは結構強かったのだぞ?」
「うるさい!好き勝手に言いやがって!だいたいお前らあのアーチャーに勝てるようなサーヴァント知ってるのか!」
.......あれ?お前ら?
「いや知らん。すまんな最強で。........あっお邪魔しているぞ。」
何時の間にかバーサーカーを串刺しにしたあのサーヴァントが目の前に立っていた。
「っ!貴様!」
臓硯が驚愕に眼を開きながら後ずさる。どうやら臓硯でさえもこのサーヴァントの不法侵入を感知できなかったらしい。
「っ!令呪を持って命ずる!バーサーカー、こいつを殺せ!」
傷が癒えていないにも関わらず強制的に実体化させられ、ギルガメッシュに襲いかかるバーサーカー。
「やれやれ、また突進か?もう俺は飽きたぞ。」
片手を挙げて背後に武器を展開するギルガメッシュ。
それに対しバーサーカーは突進は止めてその武器が射出されるのを待つことにした。
こちらに武器はない。ならば相手の武器を奪って反撃に出る。
周囲に武器を展開されても両腕が空いている今なら難なく捌ける。
身体は上手く動かないがこの狭い空間では縦横無尽に武器の射出はできま
い。
バーサーカーは狂戦士にあるまじき速さで思考を積み重ねると飛来した剣を掴み取ろうと腕を伸ばし.........
ーーそして両膝の裏に展開された槍に貫かれて崩れ落ちた。
「前ばかりを見て下を見ないからこうなるのだ。先ほど串刺しになったのを忘れたのか?やはり所詮は狂戦士か。」
そして跪いたバーサーカーを囲む宝具の群れ。
「貴様は俺の友となるに能わぬ。疾く失せよ。」
射出される宝具の群れ。今度こそバーサーカーは消滅した。
≪湖の騎士ランスロット≫
ただでさえ強力な円卓最強の騎士を狂化させた雁夜のサーヴァントはあっけなく聖杯戦争の舞台から転がり落ちた。
バーサーカーの消滅をつまらなそうに見届けたギルガメッシュは唖然としている雁夜たちへと向き直った。
近くで見るからこそ感じる圧倒的な存在感。人間など虫けらのように踏みつぶせる圧倒的な力。
雁夜の頭の中にあの武器に自分が串刺しにされるという明確な死の光景が浮かび上がる。
だがそんな雁夜になどお構いなしにギルガメッシュは口を開いた。
「さて、色々と言いたいことはあるが.....まずそこの雁夜とやら。空き缶はきちんとゴミ箱に捨てよ。まったく、王に空き缶拾いをさせたのは人類史上お前が初めてだぞ?」
一瞬何を言っているのか理解できない雁夜だったが直ぐに帰宅途中で八つ当たりに空き缶を蹴ったのを思い出した。
「........まさかお前、ずっと俺をつけていたのか?」
というか空き缶をきちんとゴミ箱に入れたのか........
「うむ。実は時臣に今夜一騎落とすと宣言した手前、手ぶらで帰るのもカッコ悪かったのでな、こうしてバーサーカーの首を取りに来たのだ。」
雁夜は先ほどの空き缶発言と全く変わらないノリでサーヴァントの首を取りに来たと言うこのサーヴァントが益々恐ろしくなって来た。
「.......俺を殺すのか?」
「さてな。それは取り敢えず保留としておこう。それよりも聞きたいことがある。此処は何だ?」
「我が間桐家の工房でございます。英雄王ギルガメッシュ閣下。」
突如黙っていた臓硯が口を挟んできた。それもえらく大仰な言葉遣いで。
おそらくギルガメッシュがあまり敵意を持っていないことに気が付き、急いで取り入ろうとしているのだろう。
「ほう?これが工房なのか?時臣のとは随分趣が異なるようだが?」
雁夜は呑気に工房を観察する目の前のサーヴァントに苛立っていた。彼は知らないのだ。この工房とは名ばかりの拷問場のことを。
「実は魔術師によって工房も『此処は工房なんかじゃない!』む?」
臓硯の戯言を遮って雁夜が叫ぶ。もう我慢ならなかった。
「此処は蟲蔵だ!中に放り込まれた者は気が狂う寸前まで蟲に精神と身体を犯され人権を剥奪されるんだ!いいか、よく聞け!お前のマスターである遠坂時臣はな自分の実の娘である桜ちゃんをこの蟲蔵に落とすことを良しとしたんだ!許されると思うか!?あんなに小さな子供を死ぬよりも辛い地獄に実の親が放り込んだという事実が!俺は絶対に許さない!時臣も
臓硯も蟲蔵も魔術師も!........絶対にな。」
言葉の流れるままに任せて雁夜は思いのうちを語った。
「..........ふむ。その桜とかいう少女は元々遠坂の家の者で間違いないのだな?」
特に大きな反応を示すことなく雁夜の話を聞き終えたギルガメッシュは桜について尋ねてきた。
「ああそうだ!時臣は自分の娘を自分で地獄に叩き落したんだ!許されるわけがない!」
反応のなかったことに憤然としつつも雁夜は律義に答えた。
「ふむ.......土産がバーサーカーの首だけと言うのも味気ないか。おい、そこな魔術師!その娘、俺がもらい受けよう。」
ギルガメッシュのこちらを一方的に無視した発言に内心大いに苛立ちつつもここを生き延びなければ聖杯も何もない臓硯は笑みを顔に貼り付けて胎盤を手放すことを決めた。
「英雄王閣下が欲しいとおっしゃるならば致し方ありませんな。桜は上の階におります。どうぞご自由になさって下さい。」
「分かった。ああそうだ、貴様にも悪いことをしたな娘をもらい受ける代わりに褒美を取らせよう。」
「おぉ!有り難き幸せ。この老体には勿体ない慈悲でございます!」
意外にも寛容なギルガメッシュに臓硯はホッと胸を撫で下ろした。
これは益々召喚したくなってきた。
取り敢えず今回は命拾いしただけでも良しとして次回に備えるとするか。
幸い雁夜はまだ手中にある。今回の聖杯戦争の暇つぶし程度にはなってくれるだろう。
ーーそして臓硯の身体は炎に包まれた。
「ギイャアアアアアアアアアアアアアアア!?」
「褒美の炎剣だ。おっと、取り扱いには注意しろよ?」
唖然と見つめる雁夜の隣で炎剣を振ったギルガメッシュが呟いた。
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
臓硯は炎に包まれながらも生き残るために本体を逃がそうとする。
何故自分が殺されかかっているのかは後回しだ!取り敢えず今は生き延びることだけを考えて.....
「逃がすと思うか?」
そしてこの間桐邸を囲むように展開された結界宝具の発動を感じてようやく臓硯はこの英雄王が自分を本気で殺す気なのを悟った。
「い、嫌じゃ......死にとうない、死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない死にとうない......儂は死にとうない!」
どうにかして結界を破ろうとしている諦めの悪い最後の一匹にギルガメッシュは悠然と歩み寄って行く。おそらくあれが臓硯の本体なのだろう。
「........なぜじゃ。なぜ儂が!?」
「なぜかだと?分からんのか?......やれやれ、俺はこの星の未来を人間に託したのだ。分かるか?『人間』だ。断じて貴様のような虫けらにではない。この星の未来を握っているかもしれん命を無為に刈り取る害虫を野放しにしておく理由がどこにある?」
燃えていく臓硯の本体にむかってギルガメッシュは語る。
「と、まぁこれは英雄王ギルガメッシュとしての判断だ。俺個人としてはどうにも貴様を見ているとキシュ族の長を思い出すのでな。目ざわりだったのだ。だから......さっさと燃え尽きよ。」
こうしてギルガメッシュの極めて個人的な理由で間桐臓硯はこの世を去った。
◇◇◇◇◇◇
「英雄王!どこに行っておられたのですか!?」
突然ギルガメッシュとのパスが途切れ、遠坂邸で落ち着きなくウロウロしていた時臣は突然ヴィマーナで帰宅してきたギルガメッシュに驚いていた。
「喜べ時臣、お前の望み通りバーサーカーを討ち取って来たぞ。あっこれお土産。」
どうやら重傷を負わせたバーサーカーに止めを刺しに行ったのだと分かった時臣は一安心し、ギルガメッシュから渡された物を見た。
「.................桜?」
時臣の腕の中には濁った瞳で時臣を見つめる桜の姿があった。
「褒美・慈悲」と書いて「死」と呼ばせる今作のギルガメッシュ。